歯科用語集
2025年10月28日

デンタルインプラント

「デンタルインプラント」とは?歯科用語の解説と症例を紹介

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定義・語源

デンタルインプラントとは、歯を失った部位に埋入される人工歯根のことである。通常、チタン製のスクリュー状の構造を持ち、顎骨に固定される。語源は「インプラント(implant)」という英語で、「埋め込む」という意味を持つ。デンタルインプラントは、歯科治療において失った歯の機能を回復するための重要な手段であり、近年ではその技術が進化し、成功率も高まっている。日本においては、1990年代から普及し始め、現在では多くの歯科医院で提供されている治療法である。


臨床における位置づけ・判断基準

臨床においてデンタルインプラントは、歯を失った患者に対する治療選択肢の一つであり、特に顎骨の状態が良好である場合に適応される。判断基準としては、患者の全身的健康状態、顎骨の質と量、歯周病の有無、患者の治療に対する理解と協力が挙げられる。また、インプラント治療は保険適用外であるため、患者への説明と同意が重要である。治療計画には、CTスキャンやデジタル印象などの先進的な技術が活用され、より精密な治療が可能となっている。

関連用語・類義語との違い

デンタルインプラントに関連する用語として、ブリッジや義歯がある。ブリッジは、隣接する歯を支えにして失った歯を補う方法であり、義歯は取り外し可能な人工歯である。これらの治療法は、インプラントと比較して、顎骨への負担が少ないが、長期的な安定性や咀嚼機能の回復においては劣る場合がある。また、インプラントは顎骨と結合することで、より自然な感覚を提供するため、患者のQOL(生活の質)向上に寄与する。

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デンタルインプラントの定義と基本的な理解デンタルインプラントとは、失った歯の代わりに顎骨に埋め込む人工歯根のことである。この処置は、歯が失われた部位に対して安定した支持を提供し、機能的かつ審美的な回復を可能にする。インプラントは主にチタン製であり、生体適合性が高く、骨と結合する特性を持つ。デンタルインプラントの導入に際しては、患者の口腔内の状態や全身的な健康状態を考慮する必要がある。特に、骨量や骨質の評価は、成功率に大きく影響するため、診査が重要である。デンタルインプラントの処置手順デンタルインプラントの処置は、一般的に以下の手順で行われる。まず、術前診査を行い、患者の口腔内の状態を評価する。次に、インプラント埋入のための外科的手術を実施する。手術は局所麻酔下で行われ、必要に応じて静脈鎮静を併用することもある。手術後は、インプラントが骨と結合するまでの期間(オッセオインテグレーション)を待つ。この期間は通常3ヶ月から6ヶ月である。その後、上部構造(クラウンやブリッジ)を装着する。これらの手順は、患者の状態やインプラントの種類によって異なる場合があるため、柔軟な対応が求められる。デンタルインプラントのメリットとデメリットデンタルインプラントの最大のメリットは、自然な歯に近い機能と審美性を提供できる点である。インプラントは周囲の歯に負担をかけず、咀嚼機能を回復することができる。また、顎骨の萎縮を防ぐ効果も期待できる。一方で、デメリットとしては、手術に伴うリスクや合併症が挙げられる。感染症やインプラントの失敗、神経損傷などが発生する可能性があるため、術前の十分な診査と患者への説明が不可欠である。また、インプラント治療は保険適用外の場合が多く、経済的な負担も考慮する必要がある。デンタルインプラントにおける症例分析デンタルインプラントの成功には、症例ごとの適切な判断が求められる。例えば、全顎的な欠損の場合、インプラントの本数や配置を慎重に計画する必要がある。また、糖尿病や喫煙歴のある患者に対しては、インプラントの成功率が低下する可能性があるため、事前にリスク評価を行い、必要に応じて治療計画を見直すことが重要である。症例ごとのデータを蓄積し、分析することで、より良い治療結果を導くことができる。デンタルインプラントの注意点とコツデンタルインプラントを成功させるためには、いくつかの注意点がある。まず、術前の診査を徹底し、患者の全身状態や口腔内の環境を正確に把握することが重要である。また、術後のフォローアップも欠かせない。定期的なメンテナンスを行い、インプラント周囲炎などの合併症を早期に発見することが求められる。さらに、患者への教育も重要である。インプラントの正しいケア方法や生活習慣の改善について指導し、長期的な成功を目指すことが必要である。
1D編集部
2024年6月1日
歯科医療、すべての歴史を「365日」で表してみた

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歯科医療のすべての歴史を、「365日 = 1年」というスケールで表してみると、意外な発見がある。歯科医療史を身近なものに感じていただけたら幸いである。歯科医療のはじまり、元旦0時歯科医療の歴史は、紀元前1700年頃にさかのぼる。歯科医療のはじまりは、エジプト医学『パピルス・エーベルス』での、歯痛や歯肉の炎症に対する薬物治療法に関する記述が初出であると言われている。同時期の『パピルス・スミス』には、脱臼した下顎の整復固定術についての記載もある。エジプト医学は、インダス文明から生まれたインド医学と融合して、のちにヒポクラテス(B.C.4世紀頃)らを輩出したギリシア医学を形成することになる。これを元旦・1月1日の午前0時0分に置いて、歯科医療史の主要なできごとについて振り返ってみよう。古典的な医学理論が完成ガレノス(A.D 129〜A.D 216)は、医学に関する膨大な書物を残した。彼の著作『ガレノス全集』は近代に至るまでの1400年間、医学の聖典として扱われた。もちろん現代の医学体系と比べると誤りも多いものの、自然観察では足りない概念を実験で補った点が今日でも評価されている。ガレノスによる歯科医療の記述は、歯の解剖の詳解や、歯痛は「歯自身の痛み」と「歯肉の痛み」に分けられること、う蝕、歯牙漂白法、抜歯、髄腔穿通法など多岐にわたる。髄腔穿通法は現在でも行われている感染根管に対する穿通法である。そんなガレノスによる古典医学理論の完成は、歯科医学の勃興から1900年後のことである。既に時刻は、7月6日の深夜1時20分頃になっている。中世ヨーロッパからルネサンスへルネサンス以前の中世ヨーロッパの医学・歯科医学は、学問的な発展が少なく、停滞期であったと言える。この時代、「歯抜き師」や「歯科施術者(Dentature)」という職業が存在したという文献は存在するものの、不明な点が多い。歯抜き師に至っては街の広場にいたという記述もある。この時点で、10月16日の20時30分頃。まだ記事の冒頭だが、年末になってきた。ルネサンスでは、前時代と比べ自然科学の重要性が提唱され、歯科医学も科学としての道を歩み始めた。特にレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)とミケランジェロ(1475〜1564)は、人体を表現するために解剖学を探究し、それが新しい医学研究へとつながった。ダ・ヴィンチの『解剖図譜』には、歯の解剖に関する詳細な記述もある。ルネサンス期における歯科医学者として、アルコラーニ(生年不明〜1460)とビーゴ(1460〜1525)が挙げられる。アルコラーニはペリカンという抜歯器具や、金箔充填について言及している。またビーゴは、う蝕をノコギリやヤスリなどで除去し、金箔充填をすることを推奨している。ビーゴは、ローマ教皇ユリウス2世に招かれ、金箔充填を施したと言われている。この時代は、床屋外科医(当時は床屋で外科的処置が施されていた)や歯抜き師が「抜歯」を標榜し、実臨床を行っていた。また、大道香具師やニセ医者など技術的・学問的裏付けのない者が歯科医業を行っており、混沌とした時代だったようである。この時代は、だいたい11月5日の午前中あたりだ。近代歯科医学への道が開く前出のガレノスは「下顎骨が2つある」と主張していたが、ヴェサリウス(1514〜1564)は下顎骨が1つの骨であることを観察した。ヴェサリウスは近代解剖学の祖であり、歯の解剖学にも多大な功績を残した。歯と骨を初めて区別したこと、歯髄腔が歯に対する栄養を供給すること、智歯抜歯における切開の重要性などが主な功績である。しかし「歯は一生にわたって萌出し続ける」「永久歯は乳歯の歯根から発生する」などの誤った見解も多かった。この時代は、コロンボ(1516〜1559)による歯根膜の発見、エウスタキオ(1502〜1574)によるエナメル質・象牙質の区別、レーヴェンフック(1632〜1723)による口腔内細菌の発見(それまでう蝕は "歯の虫" が原因と考えられていた)など、近代歯科医学に続く研究が花開いた。この時代の日本では、和歌山県で世界最古の義歯が発見されている。1538年4月に没した中岡テイのもので、木でできた全部床義歯であった。木床義歯は日本独自の文化であり、その後江戸時代の鎖国時代に職人による精巧な手作業によって独自の発展を遂げた。ルネサンス後の17世紀頃、近代国家が力を持つようになると、医療も国家により統制されるようになった。1685年には、ドイツ・ベルリンに良いて医術令が発布され、歯科医学の実施者にも試験による認定を受けさせることになった。同時期にフランス・パリでも歯科医師の試験が開始された(現実的には試験は形骸化していたとの指摘もある)。職業としての歯科医師の誕生である。これが、11月28日の10時45分頃の話だ。フォシャールの登場それから時は流れ、近代歯科医学の父、フォシャール(1678〜1761)が登場する。フォシャールは歯科医師を単なる歯抜き師から独立した職業としての立場を確立し、歯科医学自体の義務と歯科医師の仕事、その名称をはっきりさせた。フォシャールの『歯科外科医ー歯に関する論文(1746)』では、う蝕の切削や窩洞形成、部分床義歯・全部床義歯に関する記述がなされている。さらに、歯肉の疾患を予防するためには歯石除去と根面滑沢化が必要であると考え、予防歯科医学を主張した。歯科用ユニットが作られたのもこの頃で、彼による開発である。同時期の出来事としては、18世紀最大の外科医・ハンター(1728〜1793)による犬歯・小臼歯の命名(彼の私塾の門下生には天然痘ワクチンを発見したエドワード・ジェンナーがいる)、ボンウィル(1833〜1899)による咬合器の開発などがある。近代歯科医学の誕生、時刻は既に、12月14日の昼頃である。世界初の歯学部が設立される1840年、米国にボルチモア歯科医学校が設立され、卒業した者にはDoctor of Dental Surgery(D. D. S)の称号が与えられるようになった。これに続いて、1859年にイギリス・ロンドンにメトロポリタン歯科医学校、1867年にハーバード大学歯学部、1884年にベルリン大学に歯科医師養成学校が誕生した。日本においては、1890年に高山紀齋(1850〜1933)によって高山歯科医学院が創設された。高山歯科医学院は1899年に血脇守之助(1870〜1947)に譲渡され、東京歯科医学校を経て現在の東京歯科大学に発展している。現代歯科医学に続く研究が出現ブラック(1836〜1915)の名を知らない歯科医師はいないだろう。彼は独学で歯科医師となり、21歳で歯科医院を開業した。窩洞形成の標準的原則である「ブラック窩洞」があまりにも有名だが、歯のフッ素症(斑状歯)、抜歯時の笑気麻酔応用、予防拡大の概念など、さまざまな分野で近代歯科医学の確立に貢献した。レントゲン(1845〜1923)によるエックス線の発見もこの頃である。1895年のことだ。1年で表すと12月19日の深夜0時15分となる。レントゲンの発見からわずか8ヶ月後、ケルズ(1856〜1928)によりエックス線が歯科医療に応用された。一方その頃日本では...アメリカを中心に現代歯科医学に続く研究が出現していたこの頃、日本は江戸時代であった。鎖国政策の影響からか、お歯黒や木床義歯、房楊枝など独特な文化が栄えた。歯痛が起こると、民衆は祈祷や厄除けに頼った。当時、浅草寺などの人が多く集まる場所には、歯痛に対する薬や歯磨剤、抜歯や木床義歯などを売る商人が存在していたという。1867年、明治新政府が誕生し、日本は近代化に舵を切ることになる。1875年には医務条例により医術試験規則が出され、小幡英之助(1850〜1909)が最初の歯科専門医となった。当時は身分上・制度上ともに歯科医師という職種は存在せず、医師の範疇で歯科医業が行われていた。しかし1884年、医業を行う者と歯科医業を行う者とが別の身分制度を確立すべき端緒が開かれ、医籍とは別に歯科医籍が誕生した。時刻は12月17日の深夜になっている。歯科医師法の公布をめぐる争い1899年、東京帝国大学医学部の関係者を中心とする明治医会は、医師法案を発表し、「歯科医師には本法を適用しない」とした。こうした医師側の情勢を鑑みて、当時の全国的歯科医師団体である大日本歯科医会は、独自の立場から歯科医師に関する特別法、すなわち歯科医師法を1904年9月27日に決定した。中心となって動いていたのは高山紀齋、血脇守之助、伊澤信平、広瀬武郎ら。一方の医師法案は1906年に第二十二回帝国議会に提出されたため、大日本歯科医会は歯科医師法案を急遽提出することを決め、衆議院に提出された。歯科医師法案は衆議院、貴族院において一部修正された上で、同年3月に通過成立し、医師法と同時交付された。歯科医師の身分を定める歯科医師法は、政府から与えられたものではなく、私塾や師弟制度から生まれたものであるというユニークな歴史がある。前述のように1890年に高山歯科医学院(現在の東京歯科大学)が創設されたが、1907年には中原市五郎(1867〜1941)によって共立歯科医学校(現在の日本歯科大学)が設立される。1911年には大阪歯科医学校(現在の大阪歯科大学)、1920年には東洋歯科医学専門学校(現在の日大歯学部)、1928年には東京高等歯科医学校(現在の東京医科歯科大学)が設立された。この頃の時刻は、12月22日の早朝あたりである。戦後、現代歯科医療の時代へ12月22日の午後には、さまざまな歯科医学に関する専門学会が誕生した。歯科医師法の制定や歯科医学教育体制の充実に伴う変化だろう。1902年には日本歯科医学会が創設され、1918年の日本歯科口腔科学会(現在の日本口腔科学会)、1926年の矯正歯科学会(現在の日本矯正歯科学会)、1931年の日本補綴歯科学会、1935年の口腔外科学会(現在の日本口腔外科学会)へと続いた。第二次世界大戦の終戦後は、GHQによる占領政策で医療制度は大きく変化した。当時の医師・歯科医師は戦時末期に急増しており養成期間も短期であったことから、その資質向上が課題となった。これまでは許認可のある大学・専門学校を卒業すれば無試験で医師・歯科医師の免許を得ることができたが、国家試験の合格が免許要件となったのもこの頃である。歯科衛生士法は、1948年に保健師助産師看護婦法とともに制定された。1年で表すと12月24日、クリスマスイブの朝である。1955年には歯科技工士法が制定され、歯科医師・歯科衛生士ともに歯科三職種の身分が明確化された。この頃のできごととして特筆すべきは、ブローネマルク(1929〜2014)によるオッセオインテグレーションの発見(1952)と、それに伴うデンタルインプラントの開発だろう。これがちょうどクリスマスイブからクリスマスに日付が変わる頃の話だ。歯学部の新設ラッシュが始まる1960年代に入ると、歯科医師不足の風潮もあいまって、全国各地で歯学部が新設されるようになった。最も新しい歯学部は1980年に開設された岡山大学歯学部と長崎大学歯学部である。両大学の開設は、1年というスケールで表すと12月27日の朝8時00分である。歯科医師臨床研修が義務化されたのは2006年だ。これは、12月29日の夜21時である。この日から現在を表す12月31日23時59分までのあいだで、歯科医師過剰問題の議論、アライナー矯正の誕生、全身の健康との関連に関するエビデンス蓄積などのできごとが発生した。紀元前1700年から受け継がれる歯科医療・歯科医学の歴史を振り返ってみると、昨今の医療技術の発展は凄まじいスピードであることが見てとれるだろう。現代を生きる歯科医療者として、日々知識やスキルのアップデートをしていかなければならない。
1D編集部
2022年1月16日

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