歯科用語集
2025年10月28日

歯科医籍

「歯科医籍」とは?歯科用語の解説と症例を紹介

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定義・語源

歯科医籍とは、歯科医師が登録される公的な名簿を指す。日本においては、歯科医師法に基づき、各都道府県の歯科医師会が管理している。歯科医籍は、歯科医師の資格を証明する重要な文書であり、医療機関での業務を行うためには必須である。語源としては、「医籍」は医療従事者の登録名簿を意味し、「歯科」は歯に関連する医療分野を示す。したがって、歯科医籍は歯科医師に特化した登録名簿である。


臨床における位置づけ・判断基準

臨床において、歯科医籍は歯科医師の資格を確認するための基準となる。患者の信頼を得るためには、歯科医師が適切に登録されていることが重要である。歯科医籍に登録されていることで、歯科医師は保険診療を行う権利を有し、医療機関での業務を遂行することができる。また、歯科医籍の情報は、患者が医療機関を選ぶ際の判断材料ともなるため、正確な管理が求められる。


関連用語・類義語との違い

関連用語としては「医籍」や「歯科医師免許」が挙げられる。医籍は医療従事者全般の登録名簿を指し、歯科医籍はその中の歯科医師に特化したものである。また、歯科医師免許は、歯科医師としての資格を証明する証書であり、歯科医籍はその免許を持つ者が登録される名簿である。これらの用語は、医療従事者の資格や登録に関連するが、それぞれの役割や範囲が異なるため、正確に理解することが重要である。


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歯科医籍の理解と活用。歯科臨床における役立つ情報と処置のポイント

歯科医籍の理解と活用。歯科臨床における役立つ情報と処置のポイント

歯科医籍とは何か歯科医籍は、歯科医師が登録される公的な名簿であり、歯科医療の質を確保するための重要な制度である。日本においては、歯科医師法に基づき、各都道府県の知事が管理する。歯科医籍には、歯科医師の氏名、登録番号、専門分野などが記載されており、患者が信頼できる医療を受けるための基盤となっている。この制度は、歯科医師の資格を証明するものであり、医療機関や患者が歯科医師の経歴や専門性を確認する際に利用される。歯科医籍の正確な管理は、医療の透明性を高め、患者の安全を守るために不可欠である。歯科医籍の登録手続きと注意点歯科医籍への登録は、歯科医師免許を取得した後に行われる。登録手続きは、各都道府県の歯科医師会を通じて行われ、必要な書類を提出することが求められる。主な書類には、免許証のコピーや履歴書、健康診断書などが含まれる。登録手続きにおいて注意すべき点は、提出書類の不備や期限の遵守である。特に、健康診断書は最新のものでなければならず、適切な時期に取得することが重要である。また、登録後も定期的な更新が必要であり、これを怠ると医籍から抹消される可能性があるため、注意が必要である。歯科医籍の活用方法とメリット歯科医籍は、歯科医師が自身の専門性をアピールするための重要なツールである。医籍に登録されていることで、患者や他の医療従事者からの信頼を得やすくなる。特に、専門分野が明記されている場合、その分野における症例や処置の依頼が増える傾向にある。また、歯科医籍は、医療機関の選択においても重要な役割を果たす。患者は、医籍を通じて歯科医師の経歴や専門性を確認し、安心して治療を受けることができる。これにより、医療の質が向上し、患者満足度も高まる。歯科医籍に関連する法律と制度歯科医籍は、歯科医師法に基づいて運営されており、法律に従った適正な管理が求められる。歯科医師法では、医籍の登録や抹消、更新に関する規定が定められており、これに従わない場合は罰則が科されることもある。また、歯科医籍は、医療の質を確保するための制度であり、定期的な研修や資格更新が義務付けられている。これにより、歯科医師は常に最新の知識や技術を習得し、患者に対して質の高い医療を提供することが求められる。歯科医籍の未来と展望今後、歯科医籍はデジタル化が進むと予想されており、オンラインでの登録や情報確認が可能になることが期待される。これにより、患者や医療機関がより簡単に情報を取得できるようになり、医療の透明性がさらに向上するだろう。また、国際的な医療基準に合わせた制度の見直しも進む可能性があり、歯科医師の国際的な資格認定や交流が促進されることが期待される。これにより、日本の歯科医療が国際的な水準に引き上げられ、患者に対するサービスの向上が図られるだろう。
1D編集部
2024年6月1日
歯科医療、すべての歴史を「365日」で表してみた

歯科医療、すべての歴史を「365日」で表してみた

歯科医療のすべての歴史を、「365日 = 1年」というスケールで表してみると、意外な発見がある。歯科医療史を身近なものに感じていただけたら幸いである。歯科医療のはじまり、元旦0時歯科医療の歴史は、紀元前1700年頃にさかのぼる。歯科医療のはじまりは、エジプト医学『パピルス・エーベルス』での、歯痛や歯肉の炎症に対する薬物治療法に関する記述が初出であると言われている。同時期の『パピルス・スミス』には、脱臼した下顎の整復固定術についての記載もある。エジプト医学は、インダス文明から生まれたインド医学と融合して、のちにヒポクラテス(B.C.4世紀頃)らを輩出したギリシア医学を形成することになる。これを元旦・1月1日の午前0時0分に置いて、歯科医療史の主要なできごとについて振り返ってみよう。古典的な医学理論が完成ガレノス(A.D 129〜A.D 216)は、医学に関する膨大な書物を残した。彼の著作『ガレノス全集』は近代に至るまでの1400年間、医学の聖典として扱われた。もちろん現代の医学体系と比べると誤りも多いものの、自然観察では足りない概念を実験で補った点が今日でも評価されている。ガレノスによる歯科医療の記述は、歯の解剖の詳解や、歯痛は「歯自身の痛み」と「歯肉の痛み」に分けられること、う蝕、歯牙漂白法、抜歯、髄腔穿通法など多岐にわたる。髄腔穿通法は現在でも行われている感染根管に対する穿通法である。そんなガレノスによる古典医学理論の完成は、歯科医学の勃興から1900年後のことである。既に時刻は、7月6日の深夜1時20分頃になっている。中世ヨーロッパからルネサンスへルネサンス以前の中世ヨーロッパの医学・歯科医学は、学問的な発展が少なく、停滞期であったと言える。この時代、「歯抜き師」や「歯科施術者(Dentature)」という職業が存在したという文献は存在するものの、不明な点が多い。歯抜き師に至っては街の広場にいたという記述もある。この時点で、10月16日の20時30分頃。まだ記事の冒頭だが、年末になってきた。ルネサンスでは、前時代と比べ自然科学の重要性が提唱され、歯科医学も科学としての道を歩み始めた。特にレオナルド・ダ・ヴィンチ(1452〜1519)とミケランジェロ(1475〜1564)は、人体を表現するために解剖学を探究し、それが新しい医学研究へとつながった。ダ・ヴィンチの『解剖図譜』には、歯の解剖に関する詳細な記述もある。ルネサンス期における歯科医学者として、アルコラーニ(生年不明〜1460)とビーゴ(1460〜1525)が挙げられる。アルコラーニはペリカンという抜歯器具や、金箔充填について言及している。またビーゴは、う蝕をノコギリやヤスリなどで除去し、金箔充填をすることを推奨している。ビーゴは、ローマ教皇ユリウス2世に招かれ、金箔充填を施したと言われている。この時代は、床屋外科医(当時は床屋で外科的処置が施されていた)や歯抜き師が「抜歯」を標榜し、実臨床を行っていた。また、大道香具師やニセ医者など技術的・学問的裏付けのない者が歯科医業を行っており、混沌とした時代だったようである。この時代は、だいたい11月5日の午前中あたりだ。近代歯科医学への道が開く前出のガレノスは「下顎骨が2つある」と主張していたが、ヴェサリウス(1514〜1564)は下顎骨が1つの骨であることを観察した。ヴェサリウスは近代解剖学の祖であり、歯の解剖学にも多大な功績を残した。歯と骨を初めて区別したこと、歯髄腔が歯に対する栄養を供給すること、智歯抜歯における切開の重要性などが主な功績である。しかし「歯は一生にわたって萌出し続ける」「永久歯は乳歯の歯根から発生する」などの誤った見解も多かった。この時代は、コロンボ(1516〜1559)による歯根膜の発見、エウスタキオ(1502〜1574)によるエナメル質・象牙質の区別、レーヴェンフック(1632〜1723)による口腔内細菌の発見(それまでう蝕は "歯の虫" が原因と考えられていた)など、近代歯科医学に続く研究が花開いた。この時代の日本では、和歌山県で世界最古の義歯が発見されている。1538年4月に没した中岡テイのもので、木でできた全部床義歯であった。木床義歯は日本独自の文化であり、その後江戸時代の鎖国時代に職人による精巧な手作業によって独自の発展を遂げた。ルネサンス後の17世紀頃、近代国家が力を持つようになると、医療も国家により統制されるようになった。1685年には、ドイツ・ベルリンに良いて医術令が発布され、歯科医学の実施者にも試験による認定を受けさせることになった。同時期にフランス・パリでも歯科医師の試験が開始された(現実的には試験は形骸化していたとの指摘もある)。職業としての歯科医師の誕生である。これが、11月28日の10時45分頃の話だ。フォシャールの登場それから時は流れ、近代歯科医学の父、フォシャール(1678〜1761)が登場する。フォシャールは歯科医師を単なる歯抜き師から独立した職業としての立場を確立し、歯科医学自体の義務と歯科医師の仕事、その名称をはっきりさせた。フォシャールの『歯科外科医ー歯に関する論文(1746)』では、う蝕の切削や窩洞形成、部分床義歯・全部床義歯に関する記述がなされている。さらに、歯肉の疾患を予防するためには歯石除去と根面滑沢化が必要であると考え、予防歯科医学を主張した。歯科用ユニットが作られたのもこの頃で、彼による開発である。同時期の出来事としては、18世紀最大の外科医・ハンター(1728〜1793)による犬歯・小臼歯の命名(彼の私塾の門下生には天然痘ワクチンを発見したエドワード・ジェンナーがいる)、ボンウィル(1833〜1899)による咬合器の開発などがある。近代歯科医学の誕生、時刻は既に、12月14日の昼頃である。世界初の歯学部が設立される1840年、米国にボルチモア歯科医学校が設立され、卒業した者にはDoctor of Dental Surgery(D. D. S)の称号が与えられるようになった。これに続いて、1859年にイギリス・ロンドンにメトロポリタン歯科医学校、1867年にハーバード大学歯学部、1884年にベルリン大学に歯科医師養成学校が誕生した。日本においては、1890年に高山紀齋(1850〜1933)によって高山歯科医学院が創設された。高山歯科医学院は1899年に血脇守之助(1870〜1947)に譲渡され、東京歯科医学校を経て現在の東京歯科大学に発展している。現代歯科医学に続く研究が出現ブラック(1836〜1915)の名を知らない歯科医師はいないだろう。彼は独学で歯科医師となり、21歳で歯科医院を開業した。窩洞形成の標準的原則である「ブラック窩洞」があまりにも有名だが、歯のフッ素症(斑状歯)、抜歯時の笑気麻酔応用、予防拡大の概念など、さまざまな分野で近代歯科医学の確立に貢献した。レントゲン(1845〜1923)によるエックス線の発見もこの頃である。1895年のことだ。1年で表すと12月19日の深夜0時15分となる。レントゲンの発見からわずか8ヶ月後、ケルズ(1856〜1928)によりエックス線が歯科医療に応用された。一方その頃日本では...アメリカを中心に現代歯科医学に続く研究が出現していたこの頃、日本は江戸時代であった。鎖国政策の影響からか、お歯黒や木床義歯、房楊枝など独特な文化が栄えた。歯痛が起こると、民衆は祈祷や厄除けに頼った。当時、浅草寺などの人が多く集まる場所には、歯痛に対する薬や歯磨剤、抜歯や木床義歯などを売る商人が存在していたという。1867年、明治新政府が誕生し、日本は近代化に舵を切ることになる。1875年には医務条例により医術試験規則が出され、小幡英之助(1850〜1909)が最初の歯科専門医となった。当時は身分上・制度上ともに歯科医師という職種は存在せず、医師の範疇で歯科医業が行われていた。しかし1884年、医業を行う者と歯科医業を行う者とが別の身分制度を確立すべき端緒が開かれ、医籍とは別に歯科医籍が誕生した。時刻は12月17日の深夜になっている。歯科医師法の公布をめぐる争い1899年、東京帝国大学医学部の関係者を中心とする明治医会は、医師法案を発表し、「歯科医師には本法を適用しない」とした。こうした医師側の情勢を鑑みて、当時の全国的歯科医師団体である大日本歯科医会は、独自の立場から歯科医師に関する特別法、すなわち歯科医師法を1904年9月27日に決定した。中心となって動いていたのは高山紀齋、血脇守之助、伊澤信平、広瀬武郎ら。一方の医師法案は1906年に第二十二回帝国議会に提出されたため、大日本歯科医会は歯科医師法案を急遽提出することを決め、衆議院に提出された。歯科医師法案は衆議院、貴族院において一部修正された上で、同年3月に通過成立し、医師法と同時交付された。歯科医師の身分を定める歯科医師法は、政府から与えられたものではなく、私塾や師弟制度から生まれたものであるというユニークな歴史がある。前述のように1890年に高山歯科医学院(現在の東京歯科大学)が創設されたが、1907年には中原市五郎(1867〜1941)によって共立歯科医学校(現在の日本歯科大学)が設立される。1911年には大阪歯科医学校(現在の大阪歯科大学)、1920年には東洋歯科医学専門学校(現在の日大歯学部)、1928年には東京高等歯科医学校(現在の東京医科歯科大学)が設立された。この頃の時刻は、12月22日の早朝あたりである。戦後、現代歯科医療の時代へ12月22日の午後には、さまざまな歯科医学に関する専門学会が誕生した。歯科医師法の制定や歯科医学教育体制の充実に伴う変化だろう。1902年には日本歯科医学会が創設され、1918年の日本歯科口腔科学会(現在の日本口腔科学会)、1926年の矯正歯科学会(現在の日本矯正歯科学会)、1931年の日本補綴歯科学会、1935年の口腔外科学会(現在の日本口腔外科学会)へと続いた。第二次世界大戦の終戦後は、GHQによる占領政策で医療制度は大きく変化した。当時の医師・歯科医師は戦時末期に急増しており養成期間も短期であったことから、その資質向上が課題となった。これまでは許認可のある大学・専門学校を卒業すれば無試験で医師・歯科医師の免許を得ることができたが、国家試験の合格が免許要件となったのもこの頃である。歯科衛生士法は、1948年に保健師助産師看護婦法とともに制定された。1年で表すと12月24日、クリスマスイブの朝である。1955年には歯科技工士法が制定され、歯科医師・歯科衛生士ともに歯科三職種の身分が明確化された。この頃のできごととして特筆すべきは、ブローネマルク(1929〜2014)によるオッセオインテグレーションの発見(1952)と、それに伴うデンタルインプラントの開発だろう。これがちょうどクリスマスイブからクリスマスに日付が変わる頃の話だ。歯学部の新設ラッシュが始まる1960年代に入ると、歯科医師不足の風潮もあいまって、全国各地で歯学部が新設されるようになった。最も新しい歯学部は1980年に開設された岡山大学歯学部と長崎大学歯学部である。両大学の開設は、1年というスケールで表すと12月27日の朝8時00分である。歯科医師臨床研修が義務化されたのは2006年だ。これは、12月29日の夜21時である。この日から現在を表す12月31日23時59分までのあいだで、歯科医師過剰問題の議論、アライナー矯正の誕生、全身の健康との関連に関するエビデンス蓄積などのできごとが発生した。紀元前1700年から受け継がれる歯科医療・歯科医学の歴史を振り返ってみると、昨今の医療技術の発展は凄まじいスピードであることが見てとれるだろう。現代を生きる歯科医療者として、日々知識やスキルのアップデートをしていかなければならない。
1D編集部
2022年1月16日
「第1回」歯科医師国家試験の「第1問目」が難しすぎる件

「第1回」歯科医師国家試験の「第1問目」が難しすぎる件

数日後には第113回歯科医師国家試験の合格発表が迫り、なかなか落ち着かない受験生も少なくないと思う。しかし、いくら考えても結果はもう変わらないので、昔話に目を向けて気を紛らわしてみてはいかがだろうか。受験生というものを経験していれば、過去問を使って勉強する機会があったと思う。それらは大体10年前後のもので、例えば100回前の問題なんて見たこともないだろう。なぜなら国家試験問題というものは数年毎に改変されていたりして、昔のものはあまり参考にならないからであり、受験生たちも当然それを理解している。この期間だからこそ、学問としてではなく歴史として”過去問”に触れてみるのもいい機会かもしれない。職業としての歯科医師の成立まず、歯科医師という職業の歴史を簡単に述べると、1874年(明治7年)に「医制」という医療制度や衛生行政に関する各種規定を定めた日本の法令が公布され、医師になるには「医術開業試験」に合格することが求められるようになった。そして医学史の講義で耳にしたであろう小幡英之助は、翌年実施された第1回の試験に「歯科」を専門に受験、合格し日本最初の”歯科医師”となった。その後1883年(明治16年)、新たに歯科医籍が作られた結果、医師と歯科医師は、法的に別個の存在となった。以上が歯科医師の成り立ちである。歯科国試は「歯科医師誕生」の70年後に始まったそれから約70年後、1947年(昭和22年)に歯科医師免許のための試験を施行することが決まった。これが現行の歯科医師国家試験の始まりである。現在(2020年)が第113回であることから逆算すると合わない気がしてしまうが、これは1985年まで年に2回施行されていたためである。第1回歯科医師国家試験は、当時医療施設等のあり方を定めていた「国民医療法」に基づき、「歯科医学専門学校」を卒業した者を対象として1947年4月1日から4月3日まで筆答試験(記述試験)形式で行われた。マークシート方式なんて存在しない時代なので当然の形式だ。ちなみに第1回歯科医師国家試験・第1問目は、下に示すような問題であった。現代の歯科医師にはさっぱり何を言っているのかわからない問題である。解説に目を通すと「エキスカベーター」など多少見慣れた単語も見受けられて、歯質を切削する手用の器具なのであろうとなんとなくは予測できた。出題数は50題で、受験者数は1123名と現在からは考えにくいほど問題も受験者も少なかった。しかし少し視点を変えて捉えてみると、50問の記述式問題を3日かけて解答するというのは相当ヘビーではないだろうか。試験時間までは調べきれなかったが、かなりのボリュームだった可能性が高い。1982年までは実地試験もあり、第1回ではそれぞれの学校にて、4月22日から4月26日まで実地された。こちらも3日間にわたり試験するとのことで、どんな内容だったのか気になるところである。将来的に臨床実地試験が再施行される可能性も、実しやかにささやかれているので今後の参考にしたいところだ。受験者数1079名となっていたが、筆答試験を受けた44名はどこへ行ってしまったのか。合格率は意外と変化していない冒頭で述べた受験者の気持ちは半世紀以上前でもきっと同じだと考えられよう。そんな運命の合格発表は6月30日と今とあまり変わらないスパンであるが、時期的に就業していてもおかしくないので、また違うプレッシャーと戦っていたに違いない。合格者数は761名で、合格率は70.52%であった。この結果は少し意外に感じるのではないだろうか。あまり近年と変わらない合格率であり、やや狭き門という感じがする。イメージに過ぎないが受験者数も少なく、当時としてはニッチであろう専攻と考えれば合格率は高く設定されている気がしてしまう。1947年当時の総人口は約7800万人であり、2019年の総人口約1億2600万人から5000万人程度少ないとはいえ、新しく登録される歯科医師の割合としては現在に比べ少ない。もちろん歯科医師国家試験施行前から従事している歯科医師も存在するので一概に少ないとは考えられないし、これを不足していると捉えるか現在が飽和状態であるかはまた別の話だろう。ただ国家試験の歴史から歯科医師の状況の変化が垣間見れたような気もする。もしかすると「昔の方が簡単だった」というのは単なる思い込みであり、現実逃避の道具だったのかもしれない。歯科セミナーなら「1D(ワンディー)」で!日本最大級の歯科医療メディア「1D」では、診療に役立つオンラインセミナーを多数開催中。もっと知りたい臨床トピックから超ニッチな学術トピックまで、参加したいセミナーが見つかります。下記ボタンから、開催中のセミナーを見てみましょう!開催セミナーを見てみる参考文献第1回歯科医師国家試験と歯科医師免許証(日本歯科医史学会第38回(平成22年度)学術大会一般演題抄録);樋口 輝雄,上瀉口 武Dent Lib Space 日本大学図書館歯学部分館のWEB部屋「展示 ”国試” (歯学部アーカイブズ②)」<URL>GC CIRCLE エッセイ No.136「歯科医師の資格」内山洋一<URL>日本歯科医師会「歯科医師の歴史」<URL>
ユースケ イシカワ
2020年3月12日
データで読み解く「歯科医師臨床研修」

データで読み解く「歯科医師臨床研修」

歯科医師臨床研修は、主に卒後ゼロ年目の歯科医師に対して、平成18年から必修化された。医療機関の開設や運用を規定している医療法の第七条によれば、臨床研修歯科医師でなければ、歯科医院を開設する際に都道府県知事の許可が必要だ。臨床研修を修了した歯科医師であれば、歯科医院の開設10日以内に届け出ればよい。原則として、というよりも現実的には、歯科医師として診療に従事するためには、歯科医師国家試験に合格して歯科医籍に登録されたら、臨床研修を修了しなければならない。臨床研修をしていない歯科医師を雇用する歯科医院が多くあるとは思えない。歯科医師臨床研修の仕組み歯科医師臨床研修を統括しているのは、一般財団法人歯科医療振興財団という団体だ。歯科医療振興財団は、歯科衛生士や歯科技工士の国家試験や登録も担っている。厚生労働省と文部科学省、日本歯科医師会、日本歯科医学教育学会などと協力し、臨床研修のカリキュラム立案や修了認定、指導歯科医講習会などを行っている。臨床研修を受ける歯科医師が、どの医療機関で臨床研修を受けるかは、歯科医師臨床研修マッチングプログラムというシステムで決定される。臨床研修歯科医になる予定の参加者は、歯科医師臨床研修プログラム検索サイト・D-REIS などで臨床研修施設を検索し、マッチングシステムの独自のアルゴリズムによって臨床研修施設とマッチングされる。そのマッチングのアルゴリズムは こちらのサイト で図解されている。歯科医師臨床研修施設は増加傾向歯科医師臨床研修施設の数は、平成18年度の必修化以降、一度も減ることなく増加している。平成18年度の臨床研修施設数は1466件であったが、平成27年には2481件となっている。この増加を牽引しているのは主に協力型臨床研修施設で、当時と比べて1166件から2069件と、倍近く増加している。充足率(募集数/合格者数)は平成18年以降100%を常に超えており、歯科医師国家試験の合格率が大きく減少した平成26年からは、180%程度を推移している。歯科医師臨床研修制度、これまでの歩み歯科医師臨床研修は、昭和61年に厚生省(当時)に設置された「将来の歯科医師需給に関する検討委員会」の提言を踏まえて制度化された。翌年の昭和62年に一般歯科医養成研修事業として、卒後1年間の臨床研修が実施されるようになった。その後、平成8年には歯科医師法が改正され、1年以上の歯科医師臨床研修が努力義務となり、平成18年4月より必修化が開始された。近年は、研修の到達目標やプログラム、指導・管理体制などのアップデートが、歯科医療振興財団など諸団体によってなされている。ベーシックな術式の習得に臨床研修は必須歯科医師臨床研修の基本理念は「歯科医師が、歯科医師としての人格を涵養し、将来専門とする分野にかかわらず、歯科医学及び歯科医療の果たすべき社会的役割を認識しつつ、一般的な診療において頻繁に関わる負傷又は疾病に適切に対応できるよう、基本的な診療能力を身につける」ことだ(歯科医師法第十六条の二第一項に規定する臨床研修に関する省令)。歯科医療は日進月歩だ。新しい術式や治療法のために日夜研究が行われており、日々高度化・専門化していく。それは歯科医療だけでなく、医学の宿命であり、避けられない流れである。術式が高度で複雑になってきた今日の歯科医療においては、ベーシックな診療に適切に対応できる歯科医師の育成という歯科医師臨床研修の理念が、ますます重要になってくるのではないだろうか。歯科セミナーなら「1D(ワンディー)」で!日本最大級の歯科医療メディア「1D」では、診療に役立つオンラインセミナーを多数開催中。もっと知りたい臨床トピックから超ニッチな学術トピックまで、参加したいセミナーが見つかります。下記ボタンから、開催中のセミナーを見てみましょう!開催セミナーを見てみる
Masahiro Morita
2019年10月11日

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