「絶望」乗り越え一人前に。研修歯科医の成長プロセスに関する研究
「臨床研修生活」という困難歯学部入学、進級、卒業、歯科医師国家試験。歯科医師になるためには、たくさんの困難を乗り越える必要がある。しかし歯科医師になったとしても、臨床研修が待ち構えている。歯科医師としての考え方やキャリアを左右する、非常に大事な1年間だ。しかし、臨床研修生活にはストレスがつきものだ。歯科医師は従来からストレスの多い対人医療専門職であり、後藤田らによる研修歯科医氏の職業性ストレスに関する研究(※1)や、Choyらによる歯科医師の職業性ストレスとバーンアウト(燃え尽き)に関する研究(※2)など、歯科医師のストレスに関する研究も多い。研修歯科医は、ストレスの多い環境においても、日々直面する困難にうまく対処しながら、臨床スキルの向上に専念することが求められている。困難に屈せず成長する能力とは?困難な状況に屈することなく自分を立て直す能力として「レジリエンス」という概念がある。Mastenはレジリエンスを「困難で脅威的な状況にもかかわらず、うまく適応する過程、能力、結果」と定義している(※3)。臨床研修における困難に直面し、心理的にネガティブな状態に陥ったとしても有効に対処し、自分を立て直すことができる歯科医師が、大きな成長を得ることができる。本記事では、研修歯科医のレジリエンスに着目した研究(※4)を下敷きに、研修歯科医が臨床研修中の困難をどのようにして乗り越えてきたのかについて解説をする。そのプロセスが明らかになれば、研修歯科医に対する効果的な指導方法も浮き彫りになってくることだろう。研修歯科医を待ち構える「5つの壁」研修歯科医を待ち構えているのは、5つの壁だ。それぞれ簡単に解説をしていこう。第一の壁:経験不足の歯科治療誰だって、最初の患者さんを治療する際には緊張する。慣れるまで時間がかかるのは仕方がないことだ。苦手意識や不安感、焦燥感を抱き、悪循環に陥りがちなので気をつけたい。「感染根管治療をする際に、根管がなかなか見つけられずにずっと探していた(25歳・歯科医師)」有効な対処法は、どんどん経験を積み上げていくしかない。まずは指導医・上級医のアシストに積極的に入ることから始めてみよう。第二の壁:治療が教科書通りにいかない歯科医師国家試験における解法に使う知識と、実際の歯科臨床で使う知識は、大きく異なることがある。患者さんの口腔内は多種多様であり、定石通りにいかない現実は知っておいて損はないだろう。「例えば、「咬合採得をしましょう」と言っても、教科書通りになかなかいかない・イメージ通りにいかないことが多くてフラストレーションが溜まっていた(29歳・歯科医師)」まずは教科書は重要である。基本的な術式や定石を身体でも習得していくことが第一歩だ。第三の壁:患者さんのモチベーションが低いこれも非常に難しい壁である。患者さんの行動変容を促し、実際に行動を変えるのは容易なことではない。その難しさの壁にぶち当たるのも、臨床研修の時期である。「プラークコントロールの状態が悪いが、自分の説得力やコミュニケーション能力がないため、患者さんを納得させられなかった(29歳・歯科医師)」解決策としては、相手の立場に立って話してみることだ。また、自分のコミュニケーションに自信を付けることができれば、説得力が増していく。自信を持って話すことを心がけよう。第四の壁:あるべき姿と現実とのギャップ頭でイメージしている自分の姿と、現実の自分の姿とのギャップに苦しみ、焦りや不安が募り、やるせなさを感じることも研修歯科医あるあるである。「診療が終わった後の時間に勉強しようと思うが、診療でヘトヘトになり、帰宅してしまっていた(25歳・歯科医師)」ささいなことでもメモを取るなど、できることから始めるだけで結果は変わってくるはずである。第五の壁:歯科医師としての成長に対する不安歯科医師になったら、基本的には一生歯科医師として臨床を行う人が多い。歯科医師として成長していけるかどうかが、キャリアを左右するため、不安になってしまうことも多い。「今回はたまたま上手くできたが、ポイントや要領をはっきりとわかって治療したわけではないため、次にまた再現できるかが不安だった(27歳・歯科医師)」疑問に思った点は、なるべくその日のうちに解決するよう心がけよう。また、上手くいった治療なども「なぜ上手くいったのか」をきちんと分析することが重要である。どのようにして研修歯科医は成長するのか?上記では、研修歯科医の「5つの壁」を紹介した。続いて、こうした壁を乗り越えるためのキーポイントを3点解説する。指導医、同僚、患者さんとの関わり自分の成長をサポートしてくれる指導医・上級医や、信頼できる同僚を持つことが重要である。また、患者さんとの関わりを大事にすることも同じく重要である。信頼している指導医・上級医から評価・信頼され、的確なアドバイスをもらえることで自信が持てるようになり、モチベーションが上がるものである。信頼できる同僚は、同じ立場ならではの失敗を共感したり、自分の失敗を話すことで、感情の整理に繋がる。また指導医・上級医に聞けないことを相談できるなど、お互いに助け合うこともできる。患者さんとの関わりのなかでは、感謝や肯定的な言葉をかけてもらうことで、より歯科医師としての責任感や使命感を強めることができる。自分自身の内在的な強みを理解する感情の自己調節力、患者さんとの信頼関係の構築、明確な将来目標、向上心など、自分自身に内在する強みを把握しておこう。感情の自己調節力を身につければ、どんな局面においても冷静に失敗から立ち直ることができ、感情に左右されず診療をこなせるようになる。また、更なる信頼関係を構築するために患者さんとの協調性を持つことで、相手視点での考慮ができ、個々の性格に合わせたコミュニケーションを取れるようになる。まずは自分自身のモデルとなる「理想の歯科医師像」を具体的に言語化することから始めてみることがおすすめである。こうした一連の行動は、向上心が更に高まったと感じる要因となる。### 主体的実行を心がける社会人になって重要なことは、自分なりのストレス解消法を持ち、オンとオフの切り替えを上手に行うことである。仕事終わりのご褒美や休日の趣味を充実させることで、「また頑張っていこう」と思える活力につながる。また、仕事ができるようになると任される患者さんの数が増えるため、さらに責任感が増し、自己省察と問題が明確化され、知識や技術の自己研鑽を能動的に行うようになる。苦悩するプロセスこそが成長の証上記の3つのキーが揃うことで、万が一診療中に失敗してしまったとしても、そこから学ぶ姿勢が取れるようになる。失敗したり、つまずいた後のフィードバックを繰り返すことで、段階を経て円滑に治療が行えるようになり、やりがいや達成感を実感できるようになると言える。本記事では、エビデンスに基づく「研修歯科医の苦悩改善策」を列挙したが、感じ方や立ち直り方は十人十色である。筆者も歯科医師だが、私がこれから臨床研修を迎える皆さんに伝えたいことは、悩むというプロセスこそが自分自身の成長の証になるということである。臨床研修の1年間はあっという間に過ぎ去るため、後悔のないよう日々メリハリをつけた充実した臨床研修生活を過ごせることを願っている。参考文献Gotouda H, Ito T, Okamoto Y, et al. A Study on the Occupational Stress of Trainee Dentists in Post-graduate Dental Education. Int J Oral-Med Sci 2016; 15(2): 33-9.HB Choy, MCM Wong. Occupational stress and burnout among Hong Kong dentists. Hong Kong Med J 2017; 23(5): 480-8.Masten AS. Ordinary magic: Resilience processes in development. Am Psychol 2001; 56(3):227-38.伊藤香恋, 永松浩, 鬼塚千絵, 板家朗, 木尾哲朗『研修歯科医が困難を乗り越える心理社会的プロセス』医学教育2020, 51(2):109〜121.