「フッ素は猛毒、規制すべきだ」。反フッ素を信じ続けた女性の末路
フッ化物によって、う蝕を予防することができる。これは科学的事実である。現に、フッ化物の応用による便益を、ほとんどの国民は享受している。一方で、「反フッ素」なる思想を持つ人びともいる。反フッ素は、「”フッ素はヒトにとって有害である” という基本的な考えに基づき、個人および社会に対してフッ素の危険性を訴える主張の総称」と定義できる。1D編集部では、とある女性を取材した。SNSを中心に「反フッ素」の活動を繰り広げる、A子さん(仮名)だ。彼女は過度にフッ素を嫌い、Instagramで自身の考える健康法を広める活動を行なっている。彼女はなぜ、反フッ素の思想を持つに至ったのか。「フッ素は猛毒、規制すべき」A子さんは、シンプルな服装に上品な笑顔が印象的な、見た目は至って普通の女性だ。少し話をするだけで、知的レベルが高いことがうかがえる。彼女はわれわれに、いかにフッ素が危険な物質か、歯科医師がいかにフッ素という毒を広めているのかを語ってくれた。「フッ素は猛毒です。ハロゲンって知ってますか?ハロゲンの物質は基本的に猛毒ですが、フッ素はその仲間です」。彼女は熱弁を続ける。「体内に取り込まれたフッ素は、松果体に蓄積され、脳を石灰化していきます。すると脳神経に悪影響を与え、老化や認知症、多動症、睡眠障害が起きます。フッ素の毒性は、ハーバード大学の研究でも既に明らかです」。彼女が否定しているのは、フッ素だけではない。新型コロナをはじめとする各種疾患に対するワクチン接種、原子力発電所の稼働、行き過ぎた資本主義社会。これらの事柄に対する否定が、彼女の思想だ。「政府や国際機関は、既に機能不全に陥っています。マスメディアも、ウソしか報道していない。自分の健康は自分で守るしかないと感じています」。上記にも見受けられるように、「反フッ素的なるもの」は社会に溢れている。それらは「反科学」とも総称することもできる。それではなぜ、「反フッ素的なるもの」は生まれてしまうのだろうか?なぜ、反フッ素は生まれるのか?彼女は、「頭が悪いから」反フッ素の思想に至るわけではない。「知識が足りないから」反科学になるわけでもない。こうした考え方は「欠如モデル(deficit model)」と呼ばれる。専門家が「正しい知識を与えれば分かり合える」という欠如モデルに基づいて向き合おうとしている以上、反フッ素問題は永久に解決しない。欠如モデルが前提としているのは、「知識があれば、知識に基づいて行動する」という原則だ。裏を返せば、「行動は常に知識によって導かれている」ということになる。この前提に立つと、論理的に歯科医師にむし歯は発生しないということになるから、欠如モデルが誤りであることはお分かりいただけるだろう。素朴な教育観に立てば、勉強をすればするほど「正しい」理解に到達し、誤解が解消され、意見が違う者同士でも分かり合える。しかし現実では、知識が増えても共通の理解にはつながらず、むしろ学習者の理解が偏っていく、という現象が起きる。人は、自分の思想や考え方に一致する知識を吸収する傾向があるためだ。「見たいものだけ見る」「吸収したい情報だけ吸収する」という確証バイアスが働くため、何らかのきっかけで科学的ではない考え方をするようになった人は、勉強をすればするほど「反科学的」になる。いわゆる「賢い愚か者(smart idiot)」だ。「反フッ素」への処方箋反フッ素、あるいは反フッ素的なるものに、われわれはどのように対抗していくべきか。解決策は、2つあると考えられる。1つ目は科学コミュニケーションのあり方を見直すこと、2つ目は情報設計のあり方を見直すこと、である。科学コミュニケーションのあり方を見直す科学的事実そのものが、人びとの行動を変えるわけではない。われわれ歯科医療者が注力するべきなのは、フッ化物に関するエビデンスを積み重ねることではなく、その事実でもっていかに患者さんの行動を変容できるかについて考えることである。古代ギリシアの哲学者・アリストテレスは、演説に必要なものとして3つの要素を挙げた。ロゴス(logos=論理)エトス(ethos=信頼)パトス(pathos=共感)ロゴスは、論理的に事実を説明できるということだ。エトスは、演説をする者とそれを聴く者との信頼関係を指している。そしてパトスは、聴く者が演説に対して共感できるかどうか、である。この3要素が効果的な科学コミュニケーションにも求められる要件であり、事実だけを話したところで、「信頼」と「共感」が無ければ患者さんの行動を変容することはできない。こうした科学コミュニケーションのコツの習得が必要だろう。情報設計のあり方を見直す歯科医師は、歯科医療及び保健指導を掌る。歯科医師法の一行目に書かれている文言だ。う蝕予防のために、フッ化物を適正に応用すべきである。もちろん拒否する人に無理強いできないものの、情報の設計ひとつで、解決できる部分もある。例えば、チェアサイドでフッ化物のメリット・デメリットを懇切丁寧に説明した上で、「フッ化物の塗布を受けようと思いますか?」と聞けば、拒否する人の割合は多くなるだろう。一方で、かなり簡易的に書くが、「う蝕予防のため、今からフッ化物を塗布します。よろしいですか?」というように伝えれば、ほとんどの人は拒否しない。あたかも当然のことであるような口調で話をすることで、患者さんにとって望ましい選択肢に導くことができる手法だ。デフォルトの選択肢を科学的に望ましいと考えられるものに設定するだけで、解決できるケースもあると言える。行動経済学の分野では、こうした手法を「ナッジ(Nudge)」と呼ぶ。歯科医療者が望ましいと考える選択肢に導くという点で、パターナリズム的であるものの、デフォルトの選択肢を撤回できるという選択肢も含有している点で、リバタリアン(自由主義)パターナリズムのアプローチである。こうした情報設計や伝え方の手法が、歯科医療者に広がっていくことで、より科学的に望ましい選択肢に導かれる患者さんは増えていくだろう。「反フッ素的なるもの」克服のために「反フッ素」という思想を、単なる知識不足と捉えてはいけない。「科学的根拠に基づいて事実を説明すれば、いつかわかってくれる」という直感的な患者教育観から、われわれは脱却する必要がある。患者さんにただ科学的事実を押し付けるのではなく、コミュニケーションや伝え方を見直すことで、彼らが望ましい選択をできるようになる。それは、われわれ歯科医療者の責務である。人類が誕生したのは、およそ700万年前と考えられている。700万年の人類史を365日というスケールに当てはめてみると、現生人類の誕生は12月16日ごろだそうだ。およそ400年前に科学が誕生したとするならば、12月31日の23時30分となる。科学はしょせん、400年程度の歴史しかない体系である。しかし、歯科医療は科学に立脚した学問であるし、1Dは科学を信じるメディアである。科学の成果を活かすためにも、一般市民とのより良いコミュニケーションのあり方が、今こそ求められているのではないだろうか。参考文献三井誠『ルポ 人は科学が苦手〜アメリカ「科学不信」の現場から〜』, 光文社新書, 2019.那須耕介『リバタリアン・パターナリズムとその10年』社会システム研究, 2016.ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー〜あなたの意志はどのように決まるか?〜』, 早川書房, 2014.