イヌと人間は、お互いの口腔内細菌を相互に共有し合っている
何万年も前から、イヌはわれわれ人間とともに生活を送ってきた。もともとはオオカミから分化した種で、そのDNAの組成はオオカミとほとんど変わらない。また、イヌは最も古くに家畜化された動物、であるとも言われる。イヌの約8割が4歳までに歯周病を示すと推計されており、歯周病の重症度は年齢とともに悪化すると報告されている。また、イヌの1mmを超えるアタッチメントロスの有病率は1歳のイヌで20%であり、年齢にもよるが44〜81%が4mm以上のプロービングポケットデプスを有することが明らかになっている。イヌの歯周病菌はヒトにうつるのか?イヌの歯垢から分離されるPorphyromonas属の割合は、2歳時と比較して5歳時では6倍になり、歯周病の重症度と相関することが報告されている。人間の場合、歯周病の主要なPorphyromonas属の細菌はPorphyromonas gingivalisである。イヌの場合は、Porphyromonas gulaeという細菌が歯周病の主要な病原体であると考えられている。神奈川歯科大学の研究チームはこの点に着目し、犬の歯周病細菌のひとつであるPorphyromonas gulaeは、イヌから飼い主(人間)に伝播するのか、というテーマで調査を行った。4家族のイヌと飼い主からプラークを採取し、Porphyromonas gulae特異的プライマーを用いてPCR法を行った。その結果、4家族全てで飼い主からPorphyromonas gulaeが検出された。これらの家庭内では、日常的にイヌと口移し等を行っており、両者は濃厚な接触関係にあったという。一方で、ヒトの歯周病原細菌もイヌの口腔内から検出されており、人間とイヌの口腔内細菌が相互に伝播している可能性が示唆された。また、Porphyromonas gulaeはPorphyromonas gingivalisと同様にヒト細胞に定着する可能性が高いことを、研究チームは示唆している。「動物由来の感染症」という考え方ペットの頭数の増加や室内飼育の増加により、人間と動物との共通感染症が増加し、社会的問題になりつつある。特にイヌは日常的に人間と最も近い距離で濃厚な接触をしていることを鑑みると、動物由来の感染症予防の観点から注意しなければならないだろう。ペットからの感染経路として、人間との密接な距離と長い接触時間から接触、引っかき傷、咬傷などによる直接伝播や、粉塵などの吸収感染、節足動物などのベクターを介した伝播が考えられる。歯科に関わっていると動物由来の感染症という考え方はあまりすることはないが、社会に目を向けると動物由来の感染症はそれなりにある。ウエストナイル熱や重症急性呼吸器症候群(SARS)、そしてCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)など新興感染症は動物由来のウイルスであることが疑われている。これらの動物由来感染症は社会的に注目度が高い。他にも犬の感染症として、トキソプラズマ症やキャンピロバクター腸炎は腸炎は経口感染することがすでに知られている。口腔疾患についても、今回の研究から人間からイヌへの歯周病原細菌が伝播している可能性が確認されたことから、相互の口腔環境のケアと伝播に関する注意を払う必要が考えられる。研究チームは、「今後、更なるヒトとイヌでの口腔細菌種の伝播と歯周病の病態との関わりについて、伝播している菌種や菌株の特定を行い、同一家庭内での伝播経路について更なる検討を進めていきたい」と語っている。参考文献西山謙三, 佐々木悠, 稲葉啓太郎, 倉橋絢子, & 浜田信城. (2021). ヒトと飼いイヌにおける歯垢中の歯周病原菌の検出. 神奈川歯学, 56(1), 10-18.