「反フッ素」でボロ儲けする企業に、いかにして対抗すべきか?
先日、1Dでは「反フッ素」という思想を持つ女性を追った記事を書いた。>>『「フッ素は猛毒、規制すべきだ」。反フッ素を信じ続けた女性の末路』1D, 2022年1月6日.彼女はなぜ反フッ素の思想を持つに至ったのか、なぜ「科学」よりも「反科学」を信じてしまうのか、またわれわれ歯科医療者が彼女にできることはどんなことなのか、といったことについて解説を行っている。今回は、「反フッ素」について考える続編として、前回よりもさらに根深い問題について触れていこうと思う。「フッ素フリーでオーガニック」の罪今回対象としたいのは、いわゆる「オーガニック製品」を扱う企業だ。彼らは、「無添加・オーガニック」「ケミカルフリー」といったキーワードを散りばめ、「フッ化物が配合されていない歯磨剤を選択すべき」というメッセージを、一般消費者に対して投げかけている。フッ化物を配合している歯磨剤の市場占有率は、90%を超えている。世界的に見ても、市販されているほとんどの歯磨剤には、フッ化物が配合されている。健康日本21においても、「学齢期におけるフッ化物配合歯磨剤の使用率を90%以上に」という目標が掲げられており、2010年には89.1%に達している。なぜ、フッ化物配合の歯磨剤がここまで普及しているかというと、それはう蝕を予防する効果があるからだ。フッ化物が配合されていない歯磨剤と比べ、消費者に圧倒的な便益があるという事実があるから、推奨されている。しかし、前回の記事でも触れたように、科学的事実それ自体が人びとの心を動かすわけではない。消費者は、フッ化物のエビデンスをわざわざ吟味することはしない。歯磨剤を販売するメーカーへの信頼や共感といった判断軸で、購買行動に至っている。つまり、企業によるマーケティングの手法次第では、消費者にフッ化物を配合していない歯磨剤を選択させることも充分に可能なのである。歯磨剤を売るための「反フッ素」思想彼らは、「科学的である・ない」という本来あるべき軸ではなく、「オーガニック製品である・ない」という恣意的な価値軸を新たに歯磨剤の市場に持ち込んでいる。そして、「持続可能性のためにオーガニック製品を選択すべき」というキャッチーな文脈に乗せて、歯磨剤を売っている。彼らがやっていることも、立派な「反科学」だ。前回の記事の女性の場合、反フッ素を唱えているのは個人である。しかし巨大な資本を持つ企業が、自己の経済的な合理性を目的として「反フッ素」というポジショニングをした場合、その影響力・拡散力は個人の比ではない。個人が反フッ素を主張する場合、自己の正義感や使命感にドライブされてその思想を伝導する。しかし企業が反フッ素のポジショニングをしている場合、「その方が儲かるから」という理由であることが大半である。営利企業がインセンティブなく思想を伝導する理由は多くはない。「フッ化物を配合していない歯磨剤はオーガニックである」という思想を広めることで、歯磨剤を売り、利益を出す。個人の場合と比べて、そのインセンティブは明確であるし、インセンティブの強さも大きい。オーガニック志向は「煙幕」に過ぎない彼らが唱える無添加・オーガニックという訴求文言は、"歯磨剤を売りたい" という本当の意図を隠すための「煙幕」のようなものである。"歯磨剤を売りたい" という意図が透けて見えるのは、企業のブランディング上、望ましいことではない。その本当の意図を隠すために、オーガニックという新しい価値観を目くらましに使っている。もちろん、フッ化物を配合した歯磨剤が90%超のシェアを握る市場において、それ以外の製品を選ぶことができる環境は重要であるものの、煙幕の向こう側にある本当の意図を見極める必要性には変わりがない。マーケティング手法としての「反科学」個人の反科学と、企業による反科学は、分けて考えるべきである。「科学」vs「反科学」という対立図式を作り出してしまうと、話が複雑になる。個人と企業とでは、解決すべき問題は異なる。科学に反発する理由は、個人や企業によって違う。前回の記事の女性のように、反体制の思想が発展して反科学に至る場合もあれば、今回の記事のように利益を追求する手段として反科学を志向する場合もある。企業は、売れている製品を手放さない。フッ化物を配合しないことが間違ったことであると気付いたところで、その製品が売れ続ける限り、その販売戦略を変えることはないだろう。合理的な判断であり、そこに悪意はない。われわれにできることは、彼・彼女らを「反科学」と一括りにせず、この問題と向き合い、仕組みで解決する方法を模索することではないだろうか。参考文献日本口腔衛生学会フッ化物応用委員会編『フッ化物応用の科学 第2版』口腔保健協会, 2018.三井誠『ルポ 人は科学が苦手〜アメリカ「科学不信」の現場から〜』, 光文社新書, 2019.