歯科衛生士が照射ボタンを押すだけなら、診療の補助じゃないの?
手が離せない歯科医師に「エックス線撮影しておいて」と言われ、歯科衛生士が言われるがままに照射ボタンを押すーー。これは「診療の補助」に当たるのではないか。当たらないとしたら、その法的根拠は何なのか。歯科衛生士は、「予防処置」「歯科診療の補助」「歯科保健指導」の業務を担う。これは歯科衛生士法第2条に規定されている。前提として歯科衛生士とは、歯科医師が行う「歯科医行為」の一部を歯科医師に代わって行うことができる職種である。今回は「歯科診療の補助」について、特にエックス線の照射ボタンを押すことがこれに該当するのかについて、詳しく解説していこう。 「歯科診療の補助」とは?「歯科診療の補助」は抽象的な概念だ。「診療の補助」と聞くとバキュームを持ったりセメントを練和したりといった補助的行為が連想されるが、それだけではない。 「どこまでが診療の補助なのか?」という認定は、法律上はっきりと規定することは難しい。歯科医療の枠組みや歯科衛生士教育の水準も常に変化しているなかで、その時々の社会通念に合わせて「歯科診療の補助」というやっかいな概念を解釈していかなければならないのである。 歯科衛生士法第13条の2には、「歯科医行為の禁止」として次のような文言がある。 第13条の2 歯科衛生士は、歯科診療の補助をなすに当つては、主治の歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、又は医薬品について指示をなし、その他歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない。ただし、臨時応急の手当をすることは、さしつかえない。「絶対的歯科医行為」と「相対的歯科医行為」「歯科診療の補助」の法的な取り扱いについて、詳しく考えていこう。歯科医師の業務は、絶対的歯科医行為と相対的歯科医行為とに大きく分けられる。 「絶対的歯科医行為」とは、法的に歯科診療の補助を行えることを定められた職種(歯科衛生士や看護師・准看護師・保健師・助産師、臨床検査技師、言語聴覚士、診療放射線技師など)の知識やスキルを超え、絶対的に歯科医師が行わなければ危害を生じる恐れのある行為をいう。 一方で「相対的歯科医行為」は、歯科医師の業務から絶対的歯科医行為に該当する業務を差し引いた行為のことである。歯科衛生士法における絶対的歯科医行為と相対的歯科医行為についてまとめたものを下図に示しておく。 歯科診療の補助は、相対的歯科医行為である。歯科医師の指示のもと、歯科衛生士は歯科診療の補助を行う。この診療の補助に関する指示は、その時々の状況や個々のケース、歯科衛生士の技能に応じて内容が変わっていくものである。 エックス線撮影は「診療の補助」ではないのか?冒頭でも触れたように、ここで疑問に残るのは、エックス線の撮影は「診療の補助」に当たらないのか、ということだ。 実態として、歯科衛生士や歯科助手にエックス線の照射をさせている歯科医院は存在するし、2019年には大阪の歯科医院で摘発もされている。 「照射ボタンを押すだけなら診療の補助で良いのでは?」という疑問を抱く方も少なくないだろう。エックス線の照射ボタンを押すことが診療の補助であると見なされれば、歯科衛生士によるエックス線撮影が可能となる。 診療放射線技師法を見ていくと...エックス線撮影は、医師・歯科医師・診療放射線技師の独占業務である。これは診療放射線技師法第24条に規定されている。 第24条医師、歯科医師又は診療放射線技師でなければ、第二条第二項に規定する業をしてはならない。第2条第2項この法律で「診療放射線技師」とは、厚生労働大臣の免許を受けて、医師又は歯科医師の指示の下に、放射線を人体に対して照射(中略)することを業とする者をいう。一方で、同法には次のような規定も存在する。 診療放射線技師は、第二条第二項に規定する業務のほか、保健師助産師看護師法(中略)の規定にかかわらず、診療の補助として、次に掲げる行為を行うことを業とすることができる。一 磁気共鳴画像診断装置その他の画像による診断を行うための装置であつて政令で定めるものを用いた検査(医師又は歯科医師の指示の下に行うものに限る。)を行うこと。二 第二条第二項に規定する業務又は前号に規定する検査に関連する行為として厚生労働省令で定めるもの(医師又は歯科医師の具体的な指示を受けて行うものに限る。)を行うこと。診療放射線技師法には、「エックス線の照射」に加えて「診療の補助」についても規定がある。両者は、診療放射線技師法によって法的に明確に区別されているのである。したがって、エックス線撮影は診療の補助の一環として行うことはできない。言うまでもないが、予防処置や歯科保健指導の一環として歯科衛生士がエックス線撮影を行うことも、合理的に考えて不可能である。エックス線が「特別」な理由エックス線の撮影・放射線の被爆には、電離放射線障害防止規則(電離則)をはじめとするいくつもの規制が敷かれているように、特別な注意が必要である。 歯科医院ではエックス線撮影はもはや日常の一部であり、照射ボタンを押すことにいちいち躊躇っていては診療が進まない。 しかし、見かけ上は単にボタンを押しているだけのように見えたとしても、患者さんは被爆をしているのである。読者の皆さんはこうした違法行為はしていないと思うが、エックス線照射は単にボタンを押す行為ではないということを、いま一度考えてみても良いのかもしれない。(注:本記事は、2020年10月18日に当社メディアに掲載された記事を再掲したものです。)参考文献『歯科六法コンメンタール 歯科関連法律の逐条解説』社会歯科学会 編著, ヒョーロン・パブリッシャーズ, 2018.