哺乳類のフクザツな臼歯形態は、どのような原理で生じているのか?
チューリング・モデルによる生命の形態発生のモデル化哺乳類は、バラエティに富んだ歯の構造を持っている。その食性も、草食動物がいたり、肉食動物がいたりと多様だ。哺乳類の歯の形態は、さまざまな遺伝子が相互作用することにより形成されており、その作用は複雑で、発生過程を詳細に明らかにすることはできていない。1952年、英国の数学者であるAlan Turingは、複雑な生物の形の発生過程を、相互作用しながら拡散していく活性因子と抑制因子という2つの因子によって、大胆なモデル化を試みた。この数値モデルは「チューリング・モデル」と呼ばれ、同モデルでは一定のアルゴリズムにしたがって複雑な生命の形態が自然発生的に生じるとされている。近年までさまざまな生物の形態形成のモデル化が行われており、平面でのパターン形成において、チューリング・モデルでは「ストライプ(縦)模様」もしくは「スポット(水玉)」模様のどちらかが生じることが示されている。ストライプ(縦)模様とスポット(水玉)模様そこで国立科学博物館と九州大学から構成される研究チームは、マウスの上下顎の臼歯の形成パターンが、それぞれストライプ(縦)模様、スポット(水玉)模様に対応して形成されているのではないかという仮説を立て、モデル化をおこなった。チューリング・モデルで上下顎臼歯の形態形成をシミュレート研究チームはまず、上下顎臼歯の形態がストライプ模様とスポット模様のどちらに近いのかを示すため、3次元モデルから形状の違いを抽出して統計的に検証し、上顎臼歯はストライプ模様、下顎臼歯はスポット模様に対応することを示した。次にマウスの歯胚の成長速度を測定し、この実際の成長速度をもとに、チューリング・モデルをベースにコンピュータ内で上下顎の臼歯の形態形成をシミュレートした。そして、ストライプ模様のモデルでは上顎臼歯が、スポット模様のモデルでは下顎臼歯がうまく形成されることを示した。臼歯の形態が食性の違いを生み出した?このようなマウスで見られた上下の臼歯の形態形成パターンの違いは、哺乳類の食性の違いにも対応し多様な形態を生じさせた要因になったことを示唆している。哺乳類は進化の過程で、咬頭数が少なく単純な形の歯から、多数の咬頭が複雑に配置された歯へと変化していく。このように複雑で発達した稜線を持つ臼歯形態が草食性を可能にし、哺乳類の適応放散へとつながる。本研究が示した、歯の形態形成メカニズムにおけるスポット模様とストライプ模様の柔軟な切り替えが哺乳類の臼歯に見られる様々な形を生み出し、食性の多様化(草食・肉食に特化した動物の出現)をもたらしたと考えられる。本研究の今後の展開と展望本研究では、歯の形態形成メカニズムで働く因子を大まかに活性因子と抑制因子の2つに分けてモデル化した。このモデル化により歯の形態学的な分類の再検討や、形態の違いがどのような発生メカニズムに基づくのかについての研究が進展することが期待できる。いくつかの候補はわかってきているが、具体的にどの遺伝子や歯の形成に使われるタンパク質がモデル上の活性因子と抑制因子に割り振られるのかの検証は、今後の検討課題である。哺乳類進化の過程では歯種の分化も生じるため、歯種の違いとストライプ・スポットの違いがどのように関わっているかも今後明らかにしていくと研究チームは述べている。本研究成果は、国際的な科学誌・Scientific Reportsに6月14日に掲載されている。参考文献Wataru Morita, Naoki Morimoto, Keishi Otsu, Takashi Miura, Stripe and spot selection in cusp patterning of mammalian molar formation, DOI:10.1038/s41598-022-13539-w, Scientific Reports, 41598 Article number: 13539 (2022)