【災害歯科医療】まだ見ぬ災害に、歯科医療者はどう備えるべきか?
大規模災害が起こると、求められる身元確認。災害は特に遺体の損傷が激しいことが多く、口腔内所見をもとにした歯科的身元確認の必要性が見出される。まだ記憶に新しい2011年3月11日、東日本大震災では歯科医師による身元確認が大いに役立った。歯科医師だからこそ、社会貢献できた一例になった。しかし当時はこれほどまで大規模の災害を想定したシステムは組まれておらず、歯科医師たちは実際に作業に取り組みながら時間経過とともに課題に直面したのも事実だ。歴史の1ページとして過ぎ去るのではなく、今後予想される大規模災害に備え課題に向き合い解決策を探った文献を紹介したい。震災当時実際に身元確認にあたった東北大学大学院歯科法医情報学分野の鈴木 敏彦氏は経験を基に「人的マネージメントの課題」と「情報マネージメントの課題」を挙げている。なお、1Dでは災害歯科医療に関するオンラインセミナーを、7月21日に開催する。関心がある方はぜひお申込みいただきたい。詳細・お申込みは こちらのリンク から。人的マネージメントの課題①:大学組織の役割都道府県レベルの歯科医師会と警察等が協定によって災害時の身元確認に関する行動計画を策定していて、有事の際には歯科医師会から組織的に派遣を行う体制が整っている。しかし大学に所属する歯科医師の多くにとっては、身元確認業務にどのように参画するかの作業系統は定まっていないのが現状だという。最も回収される遺体数が多いのは、歯科医師会経由で全国から派遣される歯科医師が到着するまでであり、その間は地元の大学所属の歯科医師が貴重なマンパワーだ。特に発災直後、被災地の開業医は自身の診療所の対応に追われ身元確認作業への動員は困難だろう。もちろん大学病院の歯科医師だからといって身元確認業務を行う義務はないが、専門的知識を生かした社会貢献の一環として作業に従事できる体制を整えられたら理想的だ。そのためには診療とは異なる身元確認作業をスムースに行えるよう研修などのトレーニングが必要となる。そして個々の歯科医師に大学を離れての作業時に万一事故が生じた場合の責任の所在や補償等は事前に明確にしておかなければならない。身元確認への参加者は、活動後に思わぬメンタルストレスとなって後日影響が現れることもあるため、事後の精神面でのフォローも必須だ。募集する側もそれを念頭に置き、周囲の雰囲気に流されたり一瞬の高揚感で衝動的に参加したりすることなくあくまでも冷静な判断の下で自己の意思に基づいて参加できるような配慮が求められる。人的マネージメントの課題②:歯科法医学者の役割医学部ではすべてに法医学に関する講座が設置されているのに対し、歯学部では歯科法医学の専門教員の局在的で人員不足は否めない。教育・研究・社会実務を果たすため更に多くの専門研究者・教員の確保が必要なのは自明だ。しかし大規模災害の際の身元確認事案に対応可能な大量の専従人員の確保までは不要だろう。身元確認業務のうち、人員の大量投入が必要な死後所見の記録フェーズでは一般の歯科医師であっても対応が可能だ。歯科法医学の専門家は、有事の際に直接災害・事故現場に赴いて第一線の作業を行うことも重要だが、状況によってはより大局的観点から人材配置や物資の供給のマネージメント役に徹することも求められる。歯科法医学者は教育・研究を遂行すると共に、歯科法医学領域における地域の歯科医師の中核スタッフとして機能できるような立場として日本全国に満遍なく配備されるのが理想だ。情報マネージメントの課題①:死後情報の収集一般的に歯科的身元確認に必要な死後情報として、①デンタルチャート②口腔内写真③エックス線写真の3点が採取されるのが理想的とされている。デンタルチャートは紙とペンがあれば手書きで記録可能なため、電力供給などのインフラが破壊された被災地近くの検案所であっても最低限の記録が可能な死後記録として大きな価値を持つ。特に資機材の配備が行き届かない一方で多数の犠牲者の記録を行わなければならない急性期の対応では、最低限のデンタルチャートを確実に記録することを徹底させるのが有効だ。検案支援作業に慣れない歯科医師にとって、疲労も含め安置所での作業は相当の肉体的・精神的ストレスとなる一方で、遺体の所見を記録する機会は原則1回だけであり、検案現場での記録ミスは極力回避されなければならない。ミスを回避するデンタルチャートの要件二重・三重のチェックが自動的に行われる専門家ではない歯科医師が非日常的な作業状況下であっても記録可能な様式である冗長性・自己修復性を持たせる(図の記録・文言での所見記載・歯の有無の3項目)ほとんどの歯科医師にとって、遺体を目の前にしての作業は経験が乏しい。口腔内所見の記録そのものは日常行っている診療と変わりないが、多数の遺体が並び、チェアーサイドとは異なる厳しい作業環境のもとでの所見記録作業は平時とは異なる精神状態に陥ることが予想される。予期しないヒューマンエラーが生じることを念頭に置いた作業マニュアルの整備が必要だろう。情報マネージメントの課題②:生前情報の収集診療情報を紙ベースのカルテとして記録している歯科医院はまだ多い。しかし東日本大震災で起こったように沿岸部の多くの歯科医院が津波被害によってカルテなどの診療記録は滅失し、生前情報の収集は困難を来した。また診療記録が回収されたとしても診療情報のデータフォーマットは統一されておらず、特に紙媒体のアナログ情報であるカルテを基に身元不明候補者の検索に必要な直近の口腔内状況を読み取る作業には、人海戦術的な膨大な時間と労力が費やされる。震災を通じて明らかとなったこのような診療データの脆弱性とデータフォーマットが抱える問題は、今後起こりうる大規模自然災害のみならず、平時における様々な要因によるデータ滅失も想定し早急に対策を講じる必要がある課題だ。厚労省は2017年から「口腔診査情報標準コード仕様」を推し進め、歯科情報の標準化は着実に進んだ。捜査機関で行われる検索システムに迅速なデータ提供を図ることで、歯科医師の記憶に依存するシステムから大きな改善が期待されている。災害は突然やってくる災害はいつ起こるかわからない。そして発生してしまった犠牲者は、速やかに個人識別され、帰されなければならない。震災後の2012年、いわゆる死因究明二法が成立し、この中で歯科医師が行う身元確認が初めて法的に定義された。今後は積極的に歯科医師が介入し、法の規定の下で身元を明らかにすることが社会的にも要請されていると解釈できる。自分が誰であり、どこにいるべきか、という個人の尊厳の礎を確たるものにするためにも、歯科所見も含め DNA 型や他の身体的特徴なども統合された身元確認システムが機能するような社会を作り上げることは喫緊の課題であろう。今こそ「災害歯科医療」を考えよう日本でおこる地震は、年間約3,000回。マグニチュード6以上の震災は、世界全体の20.8%を占める。地震だけでなく津波、豪雨、活火山と、まさに日本は「災害大国」であると言える。「もし明日、災害に見舞われたら」。被災者として、歯科医療者として、覚悟はできているだろうか。1Dでは、災害口腔医学の第一人者である岩手医科大学の熊谷晶子先生をお招きし、7月21日(木)にオンラインセミナーを行う。関心がある方は、まずセミナーを詳細をご覧いただきたい。セミナーの詳細を見る参考文献鈴木敏彦, 歯科情報に基づく大規模災害時の個人識別, 日補綴会誌 Ann Jpn Prosthodont Soc 7 : 129-134, 2015厚生労働省, 歯科情報の標準化について<URL>