「アーチレングスディスクレパンシー」という言葉を聞いたことはありますか?あまり聞きなれない言葉かもしれません。しかし特に小児や矯正には非常に重要な要素であると言えます。
本記事では、アーチレングスディスクレパンシーについて詳しく解説していきます。
アーチレングスディスクレパンシーとは、歯の大きさとそれを収容する歯槽基底部の大きさとの不調和を指し、その値がプラスかマイナスかで歯列不正の種類も推測できます。
アーチレングスディスクレパンシーは、アベイラブルアーチレングスとリクワイアードアーチレングスの差によって求めることができます。
アベイラブルアーチレングスは、一側の第一大臼歯の近心面からもう一側の第一大臼歯の近心面までの歯槽部で、歯が排列可能なスペースである「歯列弓周長」を指します。
リクワイアードアーチレングスは、第二小臼歯から反対側の第二小臼歯までの歯冠近遠心幅径の和を指し、アベイラブルアーチレングスとの差がマイナスであればスペースが不足しており叢生であると判断できます。その差がプラスの場合は、スペースが余っているので空隙歯列であると判断できます。
つまりアーチレングスディスクレパンシーというのは、値がプラスであれば良くてマイナスだと悪いという単純なものではなく、その差がゼロに近い方が正常な歯列の獲得に有利といえるのです。
アーチレングスディスクレパンシーの値がー(マイナス)の場合
アーチレングスディスクレパンシーの値がマイナスの場合は、スペースが不足しているので叢生(=乱杭歯)と判断できます。ガタガタの歯並びで、1歯1歯が別々な方向を向いており、きれいな歯列弓を形成できない状態です。
アーチレングスディスクレパンシーの値が+(プラス)の場合
アーチレングスディスクレパンシーの値がプラスの場合は、スペースが余っているので空隙歯列(=すきっ歯)と判断できます。上の前歯の真ん中に不要なすき間が存在している歯並びを正中離開と呼びますが、これも空隙歯列の一種です。
歯並びがガタガタの叢生には、歯磨きしにくいというデメリットがあります。清掃性が悪く、不潔になりやすいことから、虫歯・歯周病のリスクが上昇しやすいです。
また上下の歯が正常な位置で噛み合っていないため、咀嚼能率も悪いです。一部の歯や歯周組織、顎関節に過剰な負担がかかり、さまざまなトラブルを引き起こす原因ともなります。
叢生の原因となるスペース不足は、歯と顎の大きさのアンバランスに由来することが多いです。具体的には「歯に対して顎が小さい」「顎に対して歯が大きい」場合に叢生となり、どちらも先天的な要因が関連しています。
叢生の後天的な要因としては、指しゃぶりや舌突出癖、口呼吸といった悪習癖が挙げられます。その他、乳歯から永久歯への生え変わりが正常に進まないことでもスペース不足を招いて叢生が引き起こされることがあります。
上述した先天的な要因と後天的な要因が合わさって叢生となることも珍しくあります。そもそも先天的な要因があると、口呼吸などの悪習癖が誘発されやすいだけでなく、乳歯列期のう蝕などが原因で、永久歯の萌出異常が生じるリスクも高まります。
叢生の矯正方法は、小児矯正と成人矯正で異なります。
小児矯正
小児矯正では、不足しているスペースを作り出すために、顎の幅を広げたり、前後的な顎の長さを伸ばしたりする治療が行われます。
最もスタンダードなのは「床矯正」です。急速拡大装置を用いれば、短期間で顎の側方拡大が可能となります。顎の側方拡大は、基本的に小児期でなければ効果が見込めません。
成人矯正では、不足しているスペースを作り出すために、便宜抜歯を行うことが多いです。審美面や機能面において最も影響の少ない第一小臼歯や第二小臼歯を抜いて、歯を綺麗に並べるためのスペースを確保します。
その他、歯の隣接面を少しずつ削るIPRや臼歯部を遠心に移動する方法などが挙げられます。いずれもマルチブラケット装置やマウスピース型矯正装置を使った歯列矯正で行われる処置です。
金属製のワイヤーとブラケットを歯面に設置して、歯並びを整える治療法です。ガタガタの歯並びもきれいに並べ直すことができます。
マウスピース型矯正装置
透明な樹脂製のマウスピースを使った治療法です。ワイヤー矯正ほど適応範囲は広くありませんが、軽度から中等度の叢生であれば問題なく治せることが多いです。
叢生の治療にかかる費用は、小児矯正の1期治療で300,000~400,000円程度、2期治療や成人矯正で行うマルチブラケット法では1,000,000円前後、マウスピース型矯正では800,000円程度の費用がかかります。いずれも叢生の重症度によって、費用も大きく変わります。
空隙歯列では歯列内に不必要なすき間があるため、食べ物が詰まりやすく、口腔内が不衛生になることでむし歯・歯周病リスクが上昇します。また歯間部のすき間から息が漏れることから、発音障害が現れることもあります。
多くのケースでは日常生活に支障をきたすほどの発音障害は認められませんが、人前に話す機会が多い職種の人にとっては深刻なデメリットの一つであることでしょう。
その他、食べ物を効率良く噛めない、噛み合わせのズレによって歯や顎の関節に過剰な負担がかかる、口元のコンプレックスになる、といったデメリットが空隙歯列に伴います。
特に上顎中切歯間に空隙がある正中離開は、口元の審美性を大きく低下させることから矯正治療によって改善したいと希望する人が多くなっています。
空隙歯列は、親知らずを除いた永久歯28本を並べる上でスペースが余る場合に生じる歯列不正であり、歯に対して顎が大きい、顎の大きさは標準で個々の歯のサイズが小さい、歯の本数が少ない場合に認められます。
これらは歯と顎のアンバランスという言葉で表現することができ、先天的な要素が強い、空隙歯列の原因といえます。
舌の大きさや位置は、顎の発育と深い関連があります。舌のサイズが大きいと歯列および顎の骨を拡大する力が働いて、空隙歯列を招くことがあります。口呼吸で低位舌となり、上顎の歯列が狭窄する現象とは逆のパターンといえます。
いわゆる「巨舌症(きょぜつしょう)」では、その症状が顕著に現れますがそうした極端な例ではなくても舌が標準よりも大きく、歯列内に空隙が認められる場合は要注意です。
指しゃぶりや舌で前歯を前方に押し出す癖があると、歯が外側に傾きやすく、空隙歯列を招くことが多いです。これは主に小児期における悪習癖でき、顎の発育にも大きな影響を与えます。
舌で前歯を押し出す行為自体はそれほど強い力がかかるものではありませんが、それが毎日の習慣となると歯や顎の骨の発育に異常をもたらすほどの影響力を持つようになります。その他、うつぶせに寝る癖や頬杖をつく癖なども空隙歯列の原因となることもあります。
空隙歯列の最もスタンダードな治療方法は、歯列矯正です。マルチブラケット装置やマウスピース型矯正装置を使って、歯列内のすき間を閉じるように歯を移動させます。
空隙歯列は、スペースが余っていることの方が多いので、便宜抜歯が必要となるケースは珍しいといえます。空隙歯列を根本から改善することができる治療方法であり、ほとんどのケースで症状の改善が見込めます。
空隙歯列の症状は、歯列矯正によって歯を移動せずとも、修復治療で対応できるケースもあります。セラミック製のチップを歯の表面に張り付けるラミネートベニアは、正中離開のケースでよく適応されます。
コンポジットレジンを直接、盛り付けるダイレクトボンディングも空隙歯列の症状を改善する修復治療としては有用です。いずれも修復材料で余分なすき間を埋めることが主な目的となります。
セラミッククラウンなどの補綴物を装着することでも空隙歯列は改善できます。セラミックは天然歯の色調や質感、透明感を再現する上で非常に優れた材料であり、歯の大きさや形態の異常も改善できます。ただし、歯を大きく削らなければならないというデメリットを伴います。
空隙歯列の原因が指しゃぶりや舌突出癖などの悪習癖にある場合は、それらを改善しなければ歯と歯の間のすき間も解消されません。悪習癖を改善せずに歯列矯正しても、再び空隙歯列の症状が現れてしまう点に注意しなければなりません。小児期の矯正治療では、指しゃぶりや舌癖、口呼吸を改善するための装置も存在しており、早期に対処することが望ましいです。
空隙歯列の治療にかかる費用は、治療法によって大きく変わります。歯列矯正は800,000~1,000,000円程度、修復治療は10,000~150,000円程度、補綴治療は50,000~150,000円程度となっています。小児矯正は治療のバリエーションが豊富であり、費用の目安を提示するのは難しいです。
叢生や空隙歯列などの歯列不正・不正咬合を予防するためには、まず口腔習癖に注意を払う必要があります。4~5歳になっても指しゃぶりをやめることができなかったり、舌突出癖や口呼吸、爪を噛む癖などが習慣化していたりすると、歯列や顎の発育に悪影響が及んで歯並びに異常をもたらします。
また乳歯から永久歯への生え変わりが正常に進まないことでも歯並びが悪くなることがあるため、幼児期から歯科医院の定期検診を受ける習慣を身につけることが重要といえるでしょう。
先天的な異常に関しては対処が難しい場合が多いですが、最終的には歯列矯正などによって改善することで、お口の健康維持・増進にもつながります。
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このようにアーチレングスディスクレパンシーとは、叢生の度合いを評価する上で有用な指標となります。その値がマイナスであれば乱杭歯である叢生の傾向が強く、プラスである場合はスペースが余っていることで歯列に空隙が存在していることが推測できます。
矯正治療で活用されることが多い概念ですが、修復治療や補綴治療などを検討する際にも重要な材料となることでしょう。アーチレングスディスクレパンシーの考え方や測り方も含め、詳細についてしっかり把握しておくことは大切です。