カリオロジー。う蝕学。我々歯科医療従事者にとって最古であり最大の疾患であるう蝕。う蝕と関わらない歯科医療従事者はいないだろう。
しかし、とても不思議なことだが、そのう蝕を学問するカリオロジーを体系的に学ぶことのできる機会はほとんどない。
そもそも、本当の意味での「カリオロジー科」や「う蝕学講座」が我が国には存在しない。
読者のあなたは、現在う蝕の病因論としてもっとも妥当とされる「生態学的プラーク仮説」について説明できるだろうか。「う蝕の活動性」を日々の診療で診ているだろうか。切削介入をするかしないかを、「う蝕がどこまで進んでいるか」だけで判断していないだろうか。
G.V.ブラックが「う蝕を予防する時代が来る」と述べてから120年以上が経つ。しかし、はたして「カリオロジーを学んだ」と言える歯科関係者がどれだけいるのだろう。
この記事では、カリオロジーそのものの内容ではなく、なぜカリオロジーを学ぶことが当たり前になっていないのか、私なりの検証と、未来のために何ができるかを考えたい。
すべての大学の状況と個人個人が受けてきた教育を検証するのは私には困難なので、私自身の経験から述べていく。
まず現在の大学教育であるが、「う蝕」を扱うのは、口腔衛生学講座と保存修復学講座が主であろう。
口腔衛生学講座はう蝕のみを扱うわけではないし、切削介入の判断などについては基本的には扱わない。一方、保存修復学は主にう蝕を扱うが、修復方法に関するものが主体であり、切削介入以前の判断や取り組みについては基本的に扱わない。
この分断が、カリオロジー全体を見通す視点の欠落へと繋がるものと思われる。
本来、う蝕に対しては切削介入の判断を含め、「どこまで進んでいるか」だけでなく「活動性か非活動性か」をみる必要がある。
平たくいえば、そのままにしたら進行してしまいそうか、そうではないかということだ。非活動性であれば、仮にう窩があったとしても切削充填をしないこともある。
う蝕とは脱灰と再石灰化を繰り返し、う窩を形成する前から、う窩を形成し症状を呈するまでの連続したプロセスである。これを連続して教育することが欠落してしまっているのである。
「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」というたとえのように、切削充填の仕方を学んだ歯科医師は安易に切削充填しがちになることを十分に留意しなければならない。
卒後はさらにカリオロジーを体系的に学ぶことが困難となる。そこには「収益」の問題も上がってくる。
歯科医師になってからは、学ぶことが本業ではなく、働くことが主となるのだ。
現在の保険制度は疾病保険であるため、基本的には病気になった人々を治療することで収益を得る。最近になって初期う蝕の継続的な管理が導入されているものの、 基本的に「削って詰めてお金を得る」、「Drill, Fill, Bill」の状況を脱していない。
つまり、歯科医療従事者の良心に委ねられている側面があるのだ。これもカリオロジーの広がりにくさの大きな一因となっている。
そこで、「収益が上がるシステムを兼ね備えたカリオロジー」が登場することとなる。
カリオロジーを普及させるための必要悪であるとする意見もあるが、私はこれが日本のカリオロジーをさらに歪めさせる一因となっている、と考えている。
カリオロジーの発展は、その病因論とともにある。最も古くは、「非特異的プラーク仮説」からだ。簡潔に言えば、プラークが多ければう蝕が発生するという考え方である。
そしてその次に「特異的プラーク仮説」。う蝕には原因となる特定の細菌がいる、という考え方である。多くの方はこの考え方で止まっているのではないだろうか。
主にミュータンスレンサ球菌やラクトバシラス菌などが原因であると考える説だ。う蝕を「感染症」としてとらえるむきが強く、どれくらい「感染」しているかに重みを置いてしまう傾向がある。
そのため、唾液検査を応用し、その結果を元にリスク判定をして予防策を講じようという手法が登場した。
しかしそれらの検査は正確性が低く、本当の意味での「検査」としてはさほど有用ではない。
ただこれらの検査が保険適用外であることから、システムの一環として組み込み、収益を上げつつ人々にカリオロジーを浸透させようという考え方が存在している。
このことの弊害は、あたかも唾液検査がう蝕のリスク判定に必須であるかのような誤解を与えたり、唾液検査が将来のう蝕のリスクを正確に言い当てるものと思わせてしまうことにある。
そして、企業の利益主導型のシステムがまかり通る現状をも生み出している。
現在では、「生態学的プラーク仮説」が病因論として最も妥当とされている。
この説は、う蝕の原因とされる菌が常在細菌の一部であり、砂糖の頻繁な摂取や唾液分泌の低下による糖クリアランスの減少などの局所の環境要因によってプラーク中のpHが低下し、その常在細菌のバランスが崩れてう蝕の原因菌が優位となり、う蝕が発生しやすくなるとする。
う蝕の感染症的側面よりも、そのコントロールに重みを置いた考え方となっているのだ。
こうした学術的な変遷があるにも関わらず、この事実はさほど広まっていない。企業の利益主導型のシステムの存在も、その一因となっているであろう。学術の議論に企業利益の理論が持ち込まれることすら起きている。
つまり、カリオロジーはまず大学教育の仕組みから体系的に学ぶことを困難にしており、実臨床では収益面がその普及の妨げとなっているのである。
結果、企業の利益主導型のシステムの普及がまかり通る現状があり、しかしそれすらも広く普及しているとは言い難い。
私が尊敬している、カリオロジーを真に理解している先生方も多くいらっしゃるが、その声も残念ながら広く大きく届くものとはなっていない。
これらの問題をそのまま解決しようと考えれば、大学教育と日本の保険制度の改革ということになるのだが、これももちろん取り組むべきものではあれど、容易ではないことが想像できる。
では、どうしたらよいのか。後編では、このことについて読者の皆さんと考えていきたい。
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