前編では
日本のカリオロジーの影なる部分を私なりに取り上げた が、後編である本稿は、未来に光を当てていきたいと思う。
カリオロジーが抱える問題は、教育と収益性の問題の2つであることは前回述べた。これらをそのまま解決するのであれば大学教育と保険制度の改革であり取り組むべきことではあるが、本稿では少し違った角度から考えたい。
上記2つの問題は主に「歯科医師」の問題である。これは歯科医療におけるヒエラルキーは、歯科医師 > 歯科衛生士 > 患者であるという前提にある。歯科医師が変わればトップダウンで歯科医療の形が変わるという考え方だ。
しかし本来の医療の姿としては、患者が主体であるべきだ。歯科医師は歯科の分野でのチームリーダーであるべきではあるが、キーパーソンであってはならない。ではキーパーソンになるべきなのは誰か。
実際にこの概念を運用し、著しくう蝕を減少させることに成功した研究がある(Fejerskov, O., escobar, G., Jossing, M., and Baelum, V.(2013). A functional natural dentitionn for all – and for life? The oral healthcare system needs revision. J. Oral Rehabil., 40, 707-722)。
このデンマークの研究では、歯科衛生士がキーパーソンとなり、う蝕の活動性や生活習慣の観察を行ってリスクを評価する教育を受け、歯科診療における責任を与えられた。歯科医師はチームリーダーではあるが、基本的に相談相手のような役割であり、必要なときのみ従来の修復治療を行った。
その結果、カリエスフリーの者が20%程度から50%以上へと著しく増加し、8歯面以上の治療を受けた者は30%から5%まで著しく減少した。特別な人材を追加したのでもなく、特別な薬剤を使用したのでもない。ただチームにおいて演じる役割を変更しただけで得られた成果なのである。
歯科医師に対する教育や収益性ももちろん大切なのだが、そもそも「ハンマーを持つ人にはすべてが釘に見える」のである。キーパーソンはハンマーを持たない人であるべきなのだ。
さて、では医療の主体であるべき患者の役割はどうか。
私は、一般ベースでカリオロジーを浸透させることこそが最も重要だと考えている。多くの人々は、むし歯予防といえば「歯磨き」だと思っている。もちろん間違ってはいないのだが、それと同じくらい「食習慣」も大切であることの認識が抜けていることが多い。
細菌の集合体であるプラークが存在しなければう蝕は発生しない。それゆえにブラッシングは間違いなく大切なのだが、深い裂溝や隣接面など、プラークの停滞しやすい場所こそブラッシングで落としきることは難しい。
そこで残ってしまう細菌をコントロールする「食習慣」の大切さを説明するのに、「生態学的プラーク仮説」がとても分かりやすいのだ。
口腔内の常在細菌は食習慣でダイナミックに変化する。糖質を含む食品を摂取するとう蝕の原因となる菌が増え、酸を産生する。その結果、酸性環境に耐えうる菌が増殖しやすい状態となる。こうして糖質の摂取から酸の産生がさらに効率的になる。この悪循環が歯の脱灰へとつながっていく。
まずそのような基礎的な知識を広く発信し、さらにはそれに取り組みやすい環境を作る。
食習慣ほど環境に左右されやすいものはない。知識と意思の力でコントロールできるなら、世の中に肥満の人は存在しないだろう。国ぐるみ、地域ぐるみで取り組みやすい環境づくりをしていく必要がある。
スウェーデンには子どもたちは土曜日だけ甘いものを解禁するキャンペーンが存在する。デンマークでは金曜日のようだ。
スコットランドでは、特に貧しい人々の暮らす地域であるグラスゴーに対してChildsmileという政策が実施されている。貧しい地域の人々に対し、無償の歯科教育と予防プログラムが提供されているのだ。それにより、スコットランドの他の地域と同程度までう蝕のレベルを引き下げることに成功している。ちなみにこの政策は保健師がキーパーソンとなっており、やはりハンマーを持たない人が担っている。
このような社会的な取り組みに加えて、う蝕はコントロールする疾患であること、切削充填をするかしないかはその後のう蝕の発生とは無関係であることなどを、広く一般に周知していく。
一般の方々が、そのう蝕を本当に削る必要があるのかを、一歩踏みとどまって考えるように我々に求めてくれば、我々はそれに応えざるを得ない。
歯科衛生士にその知識があり、責任と権利が与えられていれば、歯科医師はその手を一度止めざるを得ない。そして、カリオロジーについて学ばざるを得ない。歯科医師はキーパーソンでなくとも、やはりチームリーダーである必要があるからだ。
以前であれば、一般に情報を周知するには基本的には中央に集め、それを各地へ伝達する方法しかなかった。しかし現在はそうしたものよりも、SNSなどを通じて拡散していったほうが広がりが速い。
つまり、志高い歯科医師、歯科衛生士、そして一般の方の集団を形成し、裏付けのある確かな情報を発信していくことが、地道であれど最終的に世の中を大きく動かす可能性を持っている。
まさにここに1DというSNSがそれを担いうると私は考えているのだ。
つまりこの記事を読んでいる読者はすでに、「生態学的プラーク仮説」についておおよその知識を得ている。そして、「う蝕の活動性」という概念に気づいている。
ここで得た知識をさらに深めながら、それぞれが発信をしていけば、それがどんどん輪を広げていくことになるだろう。
歯科医師は人々の健康を守るリーダーとなり、歯科衛生士はその活動のキーパーソンとなり、人々は歯を失わず生涯自分の歯で食べることが可能になる。
カリオロジーが根底にあることで、皆が笑顔になれるのだ。
行動を起こすかどうかはその方の志と行動力次第ではあるが、私は読者のあなたを、人々をう蝕から守る仲間であると信じている。共に学び、行動していこう。
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