開業の理由をたずねると、返ってくるのはたいてい診療環境の話です。使いたい機材、やりたい治療、自分の判断で進められる診療。1Dの対談動画「「こんなはずじゃなかった…」開業後に後悔しないために知るべき3つの落とし穴」は、その動機を否定しません。ただ、開業で手に入るものと、開業後に減っていくものは別の種類だ、という整理から入ります。
対談が最初に置くのは、勤務医の開業動機です。出演者は「割と勤務医の先生で多いのが」と前置きして、「自分の城で自分のこの診療環境で好きに治療ができるという」期待を挙げます。そのうえで、「自分の診療の城を持ちたい!」という意図だとうまくいかないことが多い、と続けます。
理由として置かれるのは、開業が診療の延長ではないという一点です。「会社はシンプルに起業しているわけじゃないですか」と並べられ、考えることは違う、と整理されます。出演者は「実際やってみたらそのギャップに苦しむ人は多い」と述べ、歯科医師は開業する人が7割ぐらいだという見方も口にします(この割合は出演者の発言で、動画内に出典は示されません)。
そして画面には「歯科医師が開業前後に感じるギャップ」という見出しのテロップが出て、以降は「コスト意識の違い」「スタッフマネジメントの難しさ」「採用の難しさ」という三つの小見出しが順に切り替わっていきます。落とし穴という言葉は使われていても、避けられない罠の紹介ではなく、知っていれば驚かずに済むことの列挙として語られています。
一つめ・コスト意識の違い――院長の時間は、診療以外へ流れていく
「歯科医師は診療がメインじゃないですか」。そう確認したうえで、開業すると途端にそれ以外の業務が増える、という話になります。出演者が挙げる体感は具体的で、歯科医院の院長の業務時間のうち「7〜8割は歯科医師じゃなくてもいい業務に使っている」という言い方が出ます。これは出演者の見立てであって調査の数字ではなく、本人も待っている時間なども含めたトータルの話だと補っています。
中身として挙がるのは、「非医療業務とまでは言わないけれども」という留保つきの、いろいろな雑務です。お金の扱いも入ります。診療だけに集中していたところから、「この材料は〇〇円だ」とかが自分で分かってしまう。勤務医のときは視界に入らなかったものが、開業後は診療のあいだも視界に入り続けます。「こんなはずじゃなかった…」が生まれるのは、診療が下手になったからではなく、診療に充てられる時間と注意の配分が変わるからだ、という筋です。
二つめ・スタッフマネジメントの難しさ――「人間関係」で止めると、打ち手が出てこない
二つめのテロップが出るのは、話題が人に移ったところです。
歯科衛生士も歯科助手もほぼ女性で、若い人が多く、ライフイベントによる離職も起きる。そのうえで出演者は、人間関係が原因でみんな辞めていくという研究がある、という言及をします。
対談がそこから一歩進めるのは、その人間関係が誰と誰のものかという点です。
歯科衛生士同士ではなく、院長を指しているのではないか。「原因は院長にある」という言い方まで出ますが、研究の名称も出典も動画内では挙がらないため、ここは出演者の解釈として読むのが妥当です。
いずれにしても、ここで必要になるのは診療の技術とは別の仕事です。「自分のCRだけで食っていけるという人は本当にごく一握り」で、マネジメントをしなければならない――「自分なりの診療がしたい」と意気込んで開業した人ほど、この部分が重く効いてきます。
三つめ・採用の難しさ――採れる採用と、採れない採用は別物である
三つめで対談が分けているのは、同じ「採用」でも性質が違う二つです。
開業時のオープニングスタッフは人気の求人で、「多少条件が普通でも全然応募が来る傾向にある」と言います。問題はその後で、運営していくなかで必要になる欠員の募集では、応募が全然来ない。しかも開業した後すぐ辞めてしまうアルバイトや助手もいる、という話が重なります。新規開業という珍しさが効いているあいだと、一人分の欠けを埋めたいだけの募集とでは、応募する側から見た魅力がそもそも違う、という理解になります。開業前の採用がうまくいったことは、その後の採用の予告にはなりません。
出演者は有効求人倍率が20倍を超えていると言われる、とも述べています。この数字の出典も動画内では示されていませんが、採用は本当に採れない、という言い方は対談のなかで繰り返されます。
対談の締め方は、脅しではありません。出演者は、開業前後で感じるのではないかというギャップを分解して、雑務が多い、マネジメントが大変だ、というところまで具体にしてから準備してほしい、という言い方をします。先に経験した側からは「開業前よりも想像を超えて大変だよ」という声も紹介されます。
裏を返せば、分解できたものは準備の対象になります。診療以外の時間が何にどれだけ使われるのか、開業時の採用と欠員補充の採用をどう分けて考えるのか。開業の判断そのものを止める話ではなく、「こんなことあるんだな」を開業後ではなく開業前に済ませておく、という提案です。
対談そのものは、具体的な手順書ではありません。出演者も、いろいろな問題が待ち受けていると伝えたうえで「頑張ってください」と送り出す程度の締め方をしています。それでも、開業で手に入るのは診療環境であって時間ではない、という一点だけは、開業計画のどの段階にいても自分の前提と突き合わせられるはずです。