歯科医師は年収1億円に届くのか。対談でこの問いが出たとき、出演者の一人が「億単位のお金を稼ぎたい」と口にします。すると、もう一人がすぐに聞き返します。年商ですか、と。返ってきた答えは「所得が1億円になりたい」でした。
わずか数秒のやりとりですが、この記事の論点はここに尽きます。年収1億円という言葉は、医院に入ってくるお金の話としても、自分の手元に残るお金の話としても使えてしまう。どちらで話しているのかを決めないまま「1億円は可能か」を論じても、答えは出ません。出演者はこの先、所得のほうで話を進めます。
対談は、そこから逆算に入ります。出演者が置く前提はひとつだけです。年商のだいたい20%を自分の役員報酬にする、と設定した場合。これは業界の平均値として示されたものではなく、話を単純化するために出演者がその場で置いた仮の数字です。記事としてもそのまま持ち出すべきではありませんが、逆算の道筋を見るには足ります。
この前提を置くと、年収1億円には年商5億円の歯科医院が要る、という結論が出ます。出演者はここで、あなたが超スーパードクターだったとしても、どんなに高く自費診療を売っても、と付け加えます。腕前の話をいったん脇に置いても、割り算の答えは変わらないからです。5億円という数字について、出演者自身が「5億円もなかなかいかない」と言っています。
月4,000万円を診療日で割ると、1日いくらになるか
年商5億円を月に均すと、だいたい4,000万円ちょっと。それを診療日で割ると、1日当たり約200万円になります。対談ではこの数字が出たところで「お〜」という声が上がります。年商5億円は遠い目標として聞こえますが、1日200万円に割り戻すと、自分の診療室の風景と比べられる数字に変わるからです。
ここで出演者が挙げるのが、開業医が一人でユニット3台を回している状態です。その形で診療を続けているかぎり無理だ、というのが対談の結論でした。理由は腕でも診療単価でもなく、1日に確保できる枠の数です。逆にユニットが10台ある規模なら年商5億円は見えてくる、という見立ても示されます。ただしこれは、全員が歯科医師ではないこと、自費が上乗せされることを含んだ概算で、実際の点数や単価まで詰めた試算ではありません。
対談の終盤で、出演者は別の角度から同じことを言います。歯科医師は勉強して腕を磨けば自費の売上が上がる。医療収入を上げようと思えば、いくらでも上げられる仕組みになっている、と。
これは、腕を磨く意味がないという話ではありません。ただ、腕によって動くのは医院に入ってくるお金のほうであり、それが自分の所得になるかどうかは別の設計に依存します。冒頭で年商と所得を分けた理由が、ここで効いてきます。自費が伸びても、そのぶん人と設備が増えていれば、手元に残る割合は変わりません。1億円を所得で語ると決めた以上、追うべき指標は売上ではなく、売上のうち何%を自分の報酬として取り出せるか、という構造のほうになります。
では、どうすれば規模のほうを動かせるのか。対談で示される道は、組織を大きくしていくしかない、というものです。特に地方で、人が定着し、定期管理が回り、必要な処置がきちんと自費につながる医院をつくる。そのうえで規模を積み上げる。画面には「プレイヤーではなく経営者として組織を大きくする力が求められる」というテロップが出ます。
さらに上を見るなら、分院展開をして自分が理事長となり、役員報酬を上げていく方法もある、と出演者は言います。そして「経営者に脱皮しないと、年商10億円というものにはいかないでしょうね」と続けます。ここで語られているのは、より多く診療する話ではなく、診療する人を増やして、その全体から自分の報酬を取り出す立場に移る話です。対談では、そもそも開業そのものが最初の壁として一つある、とも確認されています。
なお、診療者のままでも高い収入に届く働き方は存在します。対談では、週2日で来ているフリーランスの矯正医の例が挙がりました。ただしこれは出演者が人づてに聞いた金額で、一次資料の裏づけはありません。そういう働き方があるという範囲で受け取るのが妥当です。
この対談が扱っているのは、年収1億円という極端な目標です。多くの院長にとっては自分の目標ではないでしょう。それでも、逆算の手順そのものは目標額を入れ替えれば同じように使えます。ほしいのは所得か年商か。所得なら、年商の何%を自分の報酬として取り出す前提なのか。その前提で必要な年商はいくらか。それを診療日で割ると、1日いくらになるか。最後に、その1日を今のユニット数と人員で受けきれるか。
この順番で降りていくと、足りないのが腕なのか、枠なのか、人なのかが分かれます。出演者が繰り返し言っていたのは、どんなに高く自費を売っても割り算の答えは変わらない、ということでした。売上を伸ばす工夫の前に、自分がどの数字を目標にしているのかを言い直してみる。対談の出発点にあった「年商ですか?」という問い返しは、1億円を目指さない医院でも同じように効きます。