戦前日本の「格差社会」と「歯磨き」

戦前日本の「格差社会」と「歯磨き」

文・構成:ミホ | 投稿日: 2019年12月02日

貧しい農村社会・日本

戦前の日本は、かなりの格差社会だったという。明治維新後、国をあげて工業化が進められたものの、日本全体をみればまだまだ「貧しい農村社会」であった。

1930(昭和5)年の調査では、農業を就いている者が1370万人にものぼっており、当時の就業人口のうちほぼ半数を占めていた。またそのうち半分近くの600万人は女性。

日本において、もっとも主要な仕事と言えば、男女関係なく「農業」だったのである。

かなりの格差社会・日本

当時都市部の人々は現在とあまり変わらないような、便利で文化的な生活を送っていた。

それに対して農村部は、上下水道が整っていないところも多く、川や井戸から水をくんでくるといった江戸時代と変わらない生活を強いられていたのである。農業に必要な水はもちろん、顔を洗ったり歯を磨いたりするための水も、すべて川や井戸からくんでくんでこなければならなかった。

水だけでなく、ガスや電気においても都市部と農村部の格差は顕著だった。

都市部では昭和初期にはほとんどの家庭に普及し電熱器などを使っていた。しかし農村部ではガスがないため薪を集めて煮炊きを行い、電気もないため家には白熱灯が1つだけ。そんな生活を送る家庭が少なくなかったのである。

農業は儲からなかったのか?

農業で儲けられなかったのか?そう思ってしまうが、当時の農家一人あたりの農地面積は、世界と比べてかなり小さかった。これは現代においても言えることである。

当時アメリカの農地面積(農家一人あたり)は13haが平均的だったのに対し、日本はわずか0.45haであった。

ちなみに1haは100m×100mの広さで、わかりやすく言うとテニスコートおよそ38面分である。つまり当時の日本の平均農地面積(農家一人あたり)はテニスコートおよそ17面分。わりと広そうだが、農業で生計を立てていくとなると狭すぎたのである。

その後農村社会・日本では、徐々に「軍部」が人気を集めるようになっていった。「軍部が勢力を伸ばすことで財政が潤い、つらい生活から救ってくれる」。格差を感じた農業者たちが、そういった錯覚をおぼえるようになったからである。

当時はなくて当然だった「洗面所」

いまは家にあって当然の「洗面所」だが、戦前の日本の家にはないのが普通だった。当時農村部の人々は近くの井戸で、都市部の人々であっても台所に洗面器を持ち出して顔を洗ったり歯を磨いたりしていた。

歯に関する知識が国民に広まっても、必要なものや空間がないと行動には移せない。歯の健康を守るため・歯磨き習慣を定着させるため、全国各地の小学校・公共施設に洗面所を寄贈する活動が広まっていった。この活動は昭和30年代まで、およそ10年以上続いたという。

1931(昭和6)年には国民に向けて、「洗面所の設計図」を懸賞付きで募集する活動も行われた。これにはプロ、アマチュア問わず多数の募集があり、およそ100年近く前とはいえど、現在でも十分に通用する設計が多かった。

国民の半分を占める農業者が近くの川や井戸から水をくんでくる生活を送っているのに、家に洗面所なんてあるはずがないのである。そもそも上下水道の設備を整えることが先で、当時のこのような活動や歯磨きを勧める活動も、効果があったのは都市部だけだったのかもしれない。

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参考文献

  1. 「歯みがき100年物語」ダイヤモンド社, ライオン歯科研究所 編, 2017
  2. 「お金の流れで読む日本の歴史」KADOKAWA, 大村大次郎, 2015
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