エラーについて触れる前に、まず「安全」とはなにかを確認しよう。JIS規格において安全は、「許容不可能なリスクがないこと」と定義されている。これが国際的な安全の定義だ。医療の世界でもそれ以外でも、「絶対的な安全」は存在しない。すべてのリスクを無くすことは不可能であり、存在する安全とは「許容できないリスクが存在しない」状態だけだ。
一方でエラーとはReasonによって「計画された精神的または身体的な一連の行為が意図した結果を達成できなかったもので、その失敗が何らかの偶然の作用には起因しない場合」と定義されている。Reasonはエラーを定義した上で分類しており(Reasonのエラー分類)、スリップ・ラプス・ミステイクで構成される。それぞれ原因が別であるため、対策法も異なる。
スリップは、「計画が正しかったが実行で失敗した」エラーである。ラプスも「計画は正しいがそれ自体を忘れてしまった」もの、ミステイクは「実行は正しかったが計画が誤っていた」エラーのことを指す。
佐久間(2022)より改変Reasonのエラー分類の他にも、術者の臨床手技への成熟度によってもエラーを分類することができる。直感的にも分かりやすいと思うが、研修歯科医が起こすエラーとベテラン歯科医が起こすエラーとでは、その原因や性質が大きく異なっている。
まずは下図をご覧いただきたい。下図は、成熟度の異なった3人の狙撃手が的をめがけて5発の銃弾を打った時の着弾パターンである。研修歯科医が起こすエラーは「ランダムエラー」、ベテラン歯科医が起こすエラーは「散発的エラー」や「系統的エラー」に分類される。以下で詳しく説明しよう。
佐久間(2022)より改変研修歯科医が起こすエラーは「ランダムエラー」が多い。スキルが不足しているため的の中心を射ることはできず、ランダムに違う着弾点に打ってしまう。まぐれで中心を射ることもあるが、あくまで偶然である。統計用語で言えば標準偏差が大きい状態だ。
ランダムエラーを繰り返す研修歯科医には、シンプルに教育・訓練が何より有効である。エラーをしたからといって、当事者を処罰することはナンセンスだ。教育・訓練を重ねることで精度は上がっていく。
一方、ベテラン歯科医が起こすエラーは「散発的エラー」であることが多い。スキルが熟達しているため高い精度で的の中心を射ることができるが、時に大きく外れることがある。散発的エラーは熟練者であっても一定の確率で発生するエラーで、教育・訓練では防ぐことはできない。
「人は誰でも間違える」ため、エラーを医療事故につなげない仕組みの構築が対応策である。ランダムエラーと同様に、散発的エラーの場合も当事者の処罰には意味がない。
最後に「系統的エラー」とは、先ほどの図で言えば銃の照準器がそもそもズレている場合などに起こる。標準偏差は小さいが、銃側の問題で平均値が大きくズレている状態といえる。系統的エラーは、ズレの原因を究明しその対策を講じることで防ぐことができる。