こう書いてある歯科医院のホームページを見たことがある、もしくは実際にご自身の医院のウリにしている読者もいるかもしれない。
確かに体内に体温以下の液体が注入されたら痛そうな気がする。少なくない歯科医師が局所麻酔の際にカートリッジを加温しているのではないだろうか。しかしながら、麻酔時の疼痛は「温度による差はない」という論文が実はすでに出ていた。本記事ではその論文について、加えて実際にカートリッジ加温に意味がないのかを掘り下げてみることにした。
局所麻酔時の注射に関しての論文は、少し古くなるが1995年に九州歯科大学歯科麻酔学講座が発表している。<参考文献1>
「局所麻酔注射における注射液温度と注入時疼痛」というまさしくな検証であり、25年も前になるがこのデータある程度の説得力を持つのではないか。その実験方法は以下の通りである。
1
冷蔵庫温(3~5℃)、室温(20~26℃)、保温ボックス温(36.8~37.2℃)の3種の注射液を用いる。
2
注射は下顎左右犬歯部、歯肉頬移行部から傍骨膜注射を行う。
3
それぞれの温度から取り出した注射液を注入した直後にVAS(Visual analog scale)を用いて疼痛の程度を計測した。
この実験では「局所麻酔薬注入時の疼痛において温度の違いによる有意差は認められなかった」と結論づけている。保温ボックス温は「人肌」と言えるだろうが、「人肌」でも痛みは変わらなかったということになる。
麻酔薬と温度の関係性についての医科系論文で、筆者が見つけられたのは東京医科大学による尿道麻酔時の温度に関する論文である。<参考文献3>
この実験では、尿道浸潤麻酔に常温あるい冷蔵(4℃)の2%キシロカインゼリーを用いて、上の論文と同じ様にVASで疼痛の程度を評価した。こちらも「今回の検討では尿道麻酔薬の温度差による重態の軽減は明らかではなかった」と述べられている。
薬品のほとんどは保管要件を定めており、カートリッジにも温度が決まっている。代表的な局所麻酔薬カートリッジの保管温度を添付文書から以下に引用する。
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「キシロカイン」(アスペンジャパン株式会社):室温保存
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「オーラ」(昭和薬品化工株式会社):遮光して冷所保存
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「エピリド」(ニプロ株式会社):遮光し凍結を避けて15°C以下に保存
室温とは大体20℃前後と設定されていて、つまりこの3つに関しては添付文書に「人肌に温め続ける」ことが推奨されていないということになる。もし、医院の方針で加温器が置かれている場合は、使う直前だけ温めるのがいいのかもしれない。
しかし、筆者は思うのであった。「人肌に温めると痛みが軽減する」という論文があるのではないかと。英語で論文検索してみると、ノルウェー科学技術大学医学部による2017年の論文で「リドカインの温度差による刺入時の疼痛の違い」を検証したものがあった。<参考文献7>
歯科ではあまり使われないがアドレナリンが添加されてない1%リドカインを用いているものの、8℃(冷蔵庫温)、21℃(室温)、37℃(体温)で比較し、VASで計測している点は同じである。そしてこの論文では37℃に加温されたリドカイン注射液が最も疼痛を抑制したと結論づけている。
結論として九州歯科大学の論文とノルウェー科学技術大学の論文の意見は相反している。どちらもVASを用いて実験していることから被験者の感覚による偏りが大きいことを示唆しているのかもしれない。
ともすれば人肌まで加温することで実際に痛みが軽減する患者も存在することになり、全く意味がないとは言い切れない。しかしそれは確固たるエビデンスに基づいて行われるものではなく、さらなる研究が必要なのかもしれない。
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1
仲西修, 山室宰, 岩本将嗣, 河原博, 今村佳樹, & 西正勝. (1995). 局所麻酔注射における注射液温度と注入時疼痛. 日本歯科麻酔学会雑誌, 23(3), 484-489.
2
望月美江. (2007). 口腔粘膜の温覚, 冷覚, 触覚閾値の定量的評価. 日本口腔科学会雑誌, 56(3), 275-284.
3
吉川慎一, 細田悟, 大鶴礼彦, 松本太郎, 山本豊, 松本哲夫, ... & 伊藤貴章. (2005). 尿道麻酔の温度差による疼痛に関する検討. 東京医科大学雑誌, 63(4), 361.
4
「キシロカイン」添付文書, PMDA, <URL>, 2020年4月15日閲覧 5
「オーラ」添付文書, PMDA, <URL>, 2020年4月15日閲覧 6
「エピリド」添付文書, PMDA, <URL>, 2020年4月15日閲覧 7
Lundbom, J. S., Tangen, L. F., Wågø, K. J., Skarsvåg, T. I., Ballo, S., Hjelseng, T., ... & Finsen, V. (2017). The influence of Lidocaine temperature on pain during subcutaneous injection. Journal of plastic surgery and hand surgery, 51(2), 118-121.