日本では超高齢化社会が年々進展し、現在全人口における高齢化率の割合はの28%以上。さらに2040年には40%にも増加すると推測されている。
高齢化とともに平均寿命は年々延伸している一方で、健康寿命については平均寿命と比較するとおよそ10年ほど短くなっており年々その差がひらいていてきた。
健康ではない期間が延伸していくということは、同時に介護や支援が必要な人が増加している事になる。その中でも「認知症」の数は最も多く社会的問題として大きく取り上げられているのはご存じだろう。
歯科医療においても認知症患者との関わりは深く、さまざまな問題や課題に直面する。特に義歯の機能性、着脱性に関しては歯科医にとっても大きな課題であり、かなり悩ましい問題だ。
今回は認知症患者の「義歯設計」にフォーカスして、優先すべきは機能性なのか、はたまた着脱性なのか、認知症患者の義歯診療ガイドラインを基に解説していく。
認知症患者の義歯使用可否については、認知能力低下が一つの要因ではあるものの「認知症の人への歯科診療ガイドライン」でも単に認知症を理由に義歯の装着や治療が不可能と判断するべきではないとしている。
つまり認知機能低下に伴いまず第一に判断するべきは装着の可否ではなく、認知機能レベルに合わせ義歯設計について考慮するべきということだ。
そして義歯設計について慎重に判断するべきは「機能性」と「着脱性」である。
認知症患者の義歯診療ガイドラインでも、認知症患者の義歯を設計する場合、義歯本来の機能を求め従来からの健常者に対する義歯設計と同様にするのか、一日でも長く義歯を使用してもらえるよう着脱性を重視した設計にするべきかさまざまな議論が交わされている。
認知機能の低下により着脱や管理など自身で不可能な場合には、他者の介助や支援が必要不可欠となる。しかし本人の全身状態や協力度合いによっては介助者がいたとしても着脱が困難なケースもあるはずだ。
認知症患者の場合、認知機能や全身状態、介助者の理解や協力、生活環境などすべてをトータルで考慮した上で機能性・着脱性のどちらを優位にすべきか慎重な判断が重要となる。
現状「認知症患者の義歯診療ガイドライン」でも重度認知症患者においては「機能性」よりも「着脱性」の方を優先することを考慮してもよいとしているが、判断基準について明確には定められていない。
しかし着脱性を優先しすぎても、義歯としての機能が損なわれ咀嚼の妨げや誤嚥などの安全性の問題も起こり得る。
さらに歯科医師の資格も持つ認知症専門医の松本一生氏(松本診療所ものわすれクリニック理事長・院長)のデータによると、噛み合わせの回復を諦めた患者は認知症が進行し、一方義歯の使用を開始した患者は亡くなるまでほとんど認知症が進行しなかったという。
噛むことで脳へ刺激を伝達し、認知症の進行を抑制するということだ。
認知機能が著しく低下しておらず、自身で着脱できる場合には機能性・着脱性どちらも優先できればベストだ。
認知機能の低下がみられる患者は着脱性を優位にしつつも、機能性についても100パーセント諦めないことが認知症を進行させないための鍵となる。
認知症患者の場合、さまざまなケースで義歯設計については慎重な判断が必要となるが、人は誰でも噛めること食べられることに幸せを感じ生きている。
それは認知症患者もそうでない人間も同様で、認知症患者だから着脱が容易にできればいい、噛めなくてもまずは安全性を考慮するべきという偏った考えは持ってはいけない。
歯科医師として認知症患者として向き合うことも重要だが、同じ人間として安心して噛める、使える義歯設計について、多方面からの情報を適切に考慮していくことが重要ではないだろうか。
一般社団法人日本老年歯科医学会, 認知症患者の義歯診療ガイドライン2018(
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