皆さんは、ゴシックアーチ描記装置を使用した経験はおありだろうか?
義歯の教科書や歯科医師国家試験の問題で見たことはあるけれども、実際に使ったことがない方が大多数のはずだ。
「臨床で見かけないということは、ゴシックアーチって実はあんまり必要なかったりする?」こう考える方もきっと多いはず。
そこで今回は、ゴシックアーチが本当に必要なのか考察を行った論文について、早速解説していく。なお、紹介する論文は日本補綴歯科学会誌10巻1号にてオンライン掲載されている。
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無歯顎患者の補綴治療では、インプラントオーバーデンチャーも選択肢に入ってくるものの、治療費用の問題などから全部床義歯による補綴が行われることが多いのは臨床実感と一致するところだろう。
全部床義歯の治療では、垂直的・水平的顎間関係を術者が決定する必要があり、適切な咬合採得が重要となる。
中でも特に水平的顎間関係の決定は難易度が高く、タッピング法や術者の手指による誘導が行われているものの、垂直的顎間関係の決定と異なり客観的な評価のための指標としてはやや信頼性に欠け、そこでゴシックアーチ描記法が用いられてきた。
しかし前述の通り、臨床・教育の現場でゴシックアーチを見かける機会は少なくなってきている。
世界で最も広く用いられている歯科補綴学の教科書 "Prosthodontic Treatment for Edentulous Patients"の最新版である第13版では、ゴシックアーチ自体の紹介がなされておらず、大きな変更点であるといえる。
ではゴシックアーチは、義歯臨床にとって無用の長物と化してしまったのだろうか?
本論文の著者である岡山大学病院 咬合・義歯補綴科の児玉らはこの疑問に答えを出すべく、ゴシックアーチの利点・問題点について検討を行った。
児玉らは水平的顎間関係記録の再現性について、正常有歯顎者20名を対象にゴシックアーチと術者の手指による誘導を用いて複数回水平的顎間関係記録を行い、ゴシックアーチと手指による誘導の測定誤差を比較した論文を紹介した。
結果、ゴシックアーチは手指による誘導と比較して有意に測定誤差を減らすことができ、高精度に水平的顎間関係記録を行うことが出来ることが示されており、ゴシックアーチは術者のテクニカルエラーを減らすことが出来る点で有用であると考えられた。
また、タッピングポイントとアペックスとの関係について「アペックスとタッピングポイントとの距離が大きいほど義歯の調整回数が増えて治療の難易度が上がる」との報告を紹介し、ゴシックアーチは全部床義歯治療における難易度判定に利用できることを利点として挙げている。
ゴシックアーチの問題点として、下顎運動を行うことが出来ないことが紹介されている。
適切なゴシックアーチを描記するためには、患者が前方運動・側方運動・大開口運動およびタッピング運動を行うことが出来る必要があるが、これらの運動を即座に行うことが出来る患者もいれば、十分な顎運動練習を要する場合もある。
何度も顎運動練習を行ったにも関わらずこうした運動を行えない患者や、不随意運動が多い、意思疎通が困難等の場合はゴシックアーチの適用が困難となる。
全部床義歯治療時におけるゴシックアーチの使用状況を考慮すると、水平的顎間関係にゴシックアーチを用いることは必須とはいえない。
また、次の表1に示すように、ゴシックアーチの実施には患者による顎運動の練習が必要であり、チェアータイムも延長されてしまう。
しかしながら、前述の通りアペックスとタッピングポイントとの距離から患者の咬合の安定性を評価でき、その結果によって難易度判定が可能になる。
さらに、術者の咬合採得時のエラーも減らすことができ、患者の下顎限界運動路を簡便に口腔外で確認できる点で非常に有用である。加えて、ゴシックアーチは単に下顎限界運動路を描記させるだけでなく、患者固有の下顎位を診断するためのツールとして利用可能だ。
以上のことから児玉らは「ゴシックアーチは全部床義歯治療における水平的顎間関係の診断ツールとしてこれからも必要である」と結論付けている。
これまでなかなか手が出なかった方も、この機会にゴシックアーチを義歯臨床に取り入れてみてはいかがだろうか?
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1. 兒玉 直紀, 熱田 生, 松丸 悠一, 松田 謙一, Back to the basics ~ゴシックアーチは本当に必要なのか~, 日補綴会誌 Ann Jpn Prosthodont Soc 10 : 16-22, 2018