人間の話し言葉は、どのように形成されてきたのだろうか。一見難しいこの問題だが、我々歯科医療従事者にとって馴染み深い「咬合」が実は話し言葉の形成に深く関与していたことが明らかとなった。
そこで今回は、人間の生活スタイルの変化により咬合様式に変化が生じ、それによって発音に影響を及ぼすことを示した、非常に興味深い論文をご紹介する。研究成果は、米国の科学誌「Science」にオンライン掲載されている。
旧石器時代、ヒトの咬合ははじめは垂直方向と水平方向に重なり合っている(オーバーバイト、オーバージェットが存在する)が、狩猟生活の硬い食事の咀嚼の影響で青年期以降、次第に切端咬合へと変化していった。
以下の写真は、旧石器時代の切端咬合の写真である。オーバーバイト・オーバージェットが失われ、切端咬合へと移行していることが分かる。
しかし新石器時代が到来すると、農耕や牧畜など食料生産を自ら行うようになり、これまでと比較して柔らかい食事をとるようになった。これまでの固い食事から、柔らかい食事の変化により、オーバーバイトとオーバージェットが維持されるようになり、これまでとは咬合様式が変化したのである。
これによって、現在世界の言語のほぼ半数に存在する新しい音声、すなわち「f」「v」のように下唇を上歯に当てて発音する唇歯音が普及するようになったという仮説が立てられた。
発声の生体力学モデルで調査を行ったところ、「f」のような唇歯音は、旧石器時代に一般的だった切端咬合よりも、オーバージェットとオーバーバイトが残存している新石器時代以降の咬合の方が、30%ほど少ない筋力で発音できることが示された。
さらにオーバーバイトとオーバージェットが残存していることにより、歯と唇の距離が近くなる(本来の距離の24~70%まで減少する)ため、偶発的に唇歯音が生じやすくなるということも報告された。
このような背景による唇歯音の増加は、オーバーバイト・オーバージェットが残存する咬合を持つ集団の言語において、唇歯音の発生確率が高くなることを予想させるものとなった。
調査の結果、狩猟採集中心とされる社会では、食品生産社会の平均4分の1程度しか唇歯音が認められないことが判明した。
さらに、インド・ヨーロッパ語族の歴史における食品加工技術の増加から概算すると、唇音の存在割合が着実に増加し、原書言語(6000~8000年前)では約3%から、現存言語では76%存在していることが確認された。
狩猟中心の生活から農耕牧畜の生活へと人類のライフスタイルがシフトし、人類の音声機能に影響が及び、その結果コミュニケーションと社会的差別化の主要な手段である音声言語に影響を及ぼしていることをお示しした。
食事の変化によって咬合が変化し、発音まで影響を受ける。今回の研究で示された、生活スタイルの変化によってここまで人体の構造と機能に大きな影響があるという事実は、多くの歯科医療従事者に驚きを与えるものであったと思われる。
1. D.E.BLASI, S.MORAN, S.R.MOISIK, P.WIDMER, D.DEDIU, AND B.BICKEL, Human sound systems are shaped by post-Neolithic changes in bite configuration, SCIENCE, 15 Mar 2019, Vol363 Issue 6432