松丸悠一、総義歯との出会いと魅力を語る

松丸悠一、総義歯との出会いと魅力を語る

文・構成:1D公式アカウント | 投稿日: 2020年07月12日

絵描きに憧れた少年時代

ーー昔から歯科医師になろうと思っていたんですか。
両親が歯科医師でしたが、歯科医師になるつもりはありませんでした。小学生の頃は絵描き、中学生の頃は歴史の先生、高校生の頃はファッション関係の仕事に就きたいと思っていました。

高校受験のときに、勉強したつもりで失敗したために捻くれてしまい、高校時代は全然勉強していませんでした。進路についてはデザイン系の専門学校へ行こうと考えていたのですが、高校3年生の夏に「父の仕事である歯科医師のライセンスを持っておけば色々と安心だろう」と思い立ち、両親に歯学部に進学したいとお願いしました。

ーーそこから歯学部を目指したんですね。
当時、高校のクラスでも下から2番目、3番目くらいの成績だったので、歯学部合格は厳しかったんです。両親は「浪人をして構わないから国立を目指せ、でも現役だったら私立でもなんとか行かせてあげられるかもしれない」と言ってくれました。兎にも角にも勉強を始めました。

ただ、私立歯学部を目指すのもギリギリ。いくつか私立の歯学部を受験しましたが、日本大学松戸歯学部のみ、なんとか補欠で合格できました。

総義歯との出会い

ーー子どもの頃の夢と歯科医師とでは、だいぶ方向が異なります。
歯学部に入学した頃は、歯科医師の免許を取った後に、やりたかったアートやファッションに関わる仕事に取り組もうと思っていました。しかし、実際に歯科医師になってからは気持ちの余裕を持てなかったように思います。

歯学部生のときは頑張っている友人に引っ張ってもらいながら進級していきました。いま思うと、歯科医師を目指すということに良い意味での緊張もあったと思います。周りに頼ってばかりのいい加減な学生でしたが、遊びにいくというよりはクラブ活動や先輩後輩、友人と過ごす時間に夢中になっていた気がします。

ーー歯科医師になってからのことを教えてください。
私の時代は研修医制度が義務化されていなかったため、最初は開業医勤務を選択しました。その時代は、職場の近所に引っ越して朝から晩まで勤務先で過ごすようにしていたのを思い出します。

そのときにライセンスだけでは何もできない、他のことをやっている場合ではない、という現実に直面しました。そしてEBMを知りたい、またパラファンクションを研究してみたいという思いを持つようになりました。そして母校の大学院に進むことを決意しました。

ーーその頃から総義歯を専門にされていたのでしょうか。
初めから総義歯にどっぷり浸かっていると誤解されることが多いんですが、そうでもなくて。最初に希望した研究テーマもパラファンクションについてでしたので、卒後3年間くらいは、ほとんど総義歯には触っていませんでしたね。大学院2年の秋、研究テーマが総義歯の臨床研究と決まり、そこで初めて無歯顎患者さんのアルジネート印象を採りました。

母校の大学院に進んでからは、精神的に苦しかったです。研究が始まらない、始まったらそれを信じるしかない。卒業して3年から5年くらいの時期でしょうか、同期と比べても全然収入がえられない、遊びにも行けない。結婚式に招待されてもご祝儀が出せない...なんて感じでした。自分の研究テーマとして始めることができた総義歯の臨床研究、これしか今の自分にはないという覚悟で当時は過ごしていたと思います。

総義歯の専門家としての第一歩

ーー現在のフリーランスのような働き方をするようになったのはいつからですか。
大学院を修了してすぐ、とある先生が私に興味を持ってくれて、スタディグループで発表する機会をくださいました。当時の僕は、自分の研究や技術にどれほどの価値があるのか正直わかっていませんでしたが、いくつかの発表の機会においてそれを評価していただけた。この体験が、現在につながるきっかけだったと思います。

もうお話ししてお気づきだと思いますが、卒業後に狙ってこのスタイルになったわけではなく、30歳の頃に「今は総義歯に対しては自信を持って臨床をやれる、だからそれで勝負しよう」と思ったのです。

ーー現在の働き方は、どうですか。
本当のところ、可能であればフリーランスでなく所定のクリニックで治療を行えたほうがそのクオリティを高く、安定して提供できることは間違いないと思うんです。

ただ、いま私が仕事をしている都市型のクリニックにおいて総義歯は頻度の高い治療ではないんです。でも必要としてる患者さんがいる。だからこそ、私が患者さんのもとへ出張に向かう価値があると思っています。

広告などで遠方からも治療を必要とする患者さんに来てもらう方法もあるかもしれません。しかしながら一般的な無歯顎患者さんのライフステージを考えると遠距離の通院は適切なのか、いつまで通院することができるのか不安があります。またかかりつけ歯科医、家族や地域との繋がりが切り離されてしまいます。

患者さんと地域、クリニックとの関係が大切です。患者さんとその家族と依頼してくださったクリニックとの関係を考えながら診療することを心がけています。

義歯の調整をどうするかといった意見もありますが、依頼してくださった歯科医師に、治療期間内において可能な範囲で立ち合いをお願いし、調整の方法はもちろん、患者さんのストーリーを共有したいと伝えています。また私が一から義歯を新製するのではなく、困った時に立ち会いしてフォローするという関わり方も大切だと思っています。歯科臨床に真摯に関わっている人に必要とされること、それが一番のやりがいです。

ーー歯科医師人生のなかで、大きな失敗はありますか。
30歳ぐらいから義歯専門の歯科医師として働くようになりましたが、不安はありました。ジェネラリストとしての歯科医師の道を捨てていいのかということについてです。でも現在は仕事の関わり方について自分を肯定できています。もし大きな失敗していたら現在の私はない、というように考えています。

常に目的意識を持って働いて自分のキャリアを積んでいく場合、失敗や計画変更はあると思うのですが、私は場当たり的に過ごしてきたのかもしれません。結果としてかなり個性的になりました(笑)。

ただそのとき、私にしかできないこと、私にしかできないと思えることを選ぶようにしています。

ーー総義歯のこれから、そして総義歯への想いを聞かせてください。
今後も高齢の患者さんは増加していくと思います。無歯顎率は低くなると思いますが、総義歯の需要はあるでしょう。総義歯は欠損補綴の選択肢の一つですが、全身に対する歯科の価値を再認識する重要な役割があるように感じています。

私は現在、ものをデザインすること、そしてそれを扱う人の歴史を考えること、そして技術を人に伝えることを仕事にしています。思えば、10代の頃にやりたかったことを歯科医師というライセンスを通して実現しているということに気づかされます。歴史が積み上げられてきたものに対して考察し、物をデザインしていくアートとしての関わりも大切にしたいです。

患者さんのQOLを高めてそれを維持する、患者さん自身に歯科の大切さを知っていただく。私たちの仕事は簡単ではありませんがやりがいがあります。

総義歯臨床の魅力はその歯科の価値が患者さんにダイレクトに伝わる、伝えられることではないでしょうか。

歯科セミナーなら「1D(ワンディー)」で!

日本最大級の歯科医療メディア「1D」では、診療に役立つオンラインセミナーを多数開催中。もっと知りたい臨床トピックから超ニッチな学術トピックまで、参加したいセミナーが見つかります。

下記ボタンから、開催中のセミナーを見てみましょう!

ユーザ登録してより快適に記事を読んでみませんか?
登録してもっと読む ログインして読む

いいねをするとFacebookで
新着ニュースが届きます

1D会員ができること

若手歯科医師の4人に1人が登録!
  • SNSで症例相談やディスカッションができる
  • 現役歯科医師によるオリジナル記事が届く
  • 症例ライブラリで今日の臨床に役立つ情報を検索
Facebookで登録 メールアドレスで登録

アプリダウンロードはこちら

記事に出てきた用語