お歯黒の文化史

お歯黒の文化史

文・構成:ミホ | 投稿日: 2019年11月16日
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日本には、化粧として歯を黒く染める「お歯黒」という習慣があった。これはご存知の通り既婚女性の象徴であったわけだが、江戸幕府に開国を迫るため上陸したペリーは当時こう語っている。
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お歯黒は「抜歯」が変化したもの

お歯黒という文化は日本だけでなく中国東部や東南アジアなどにも見られる風習で、その起源は定かではない。縄文人・弥生人が行なっていた、儀式としての抜歯が変化したものだとも考えられている。

平安時代では男女問わず、成人になった証として歯を黒く染める風習があった。やがて武士もお歯黒をするようになったが、この文化は戦国時代には廃れ、皇室や公家を除いては女子だけのたしなみとなった。

このようにお歯黒は徐々に変化を遂げ、江戸時代には既婚女性遊女の化粧として定着したのである。時間も手間もかかるお歯黒は、若い庶民の娘にはわずらわしかったのであろう。

悪臭を放ったお歯黒

エナメル質で覆われた歯を黒く塗るのは、簡単なことではない。はじめは草木や果実で歯を染めていたが、日本に製鉄技術が伝わってからは鉄を材料とした塗料を使用するようになった。

この鉄を材料とした塗料は、鉄の溶液を2〜3ヶ月かけ発酵させて作っていた。自宅で作ることが多く、古釘鉄くずを焼いて濃い茶に入れ、そこにを加えて発酵させていた。出来上がったものは茶色く、かなりの悪臭を放ったという。ただでさえ悪臭の放つものを歯に塗るのは大変だったであろう。

また悪臭を我慢して歯を染めても、黒々とした色は長持ちせず、ひと月に何回も塗る必要があった。しかも同居人に遠慮し、みんなが寝静まっている早朝に塗っていたというからかなりの苦労がうかがえる。それにこの溶液は組成が不安定で、歯に害を及ぼすこともあったという。

う蝕予防効果のあるお歯黒

実はお歯黒をしている人はう蝕が少なかったという報告もされている。その理由としては以下が考えられる。

  • お歯黒をする前に楊枝で歯垢を丁寧に取っていたから
  • 成分として含まれていたタンニンには、歯と歯肉のタンパク質を強化する働きがあったから
  • 成分である鉄分には、歯のリン酸カルシウムを強化する働きがあったから

手間がかかる上に悪臭のするお歯黒であったが、実は意外な効用があった。

つまりお歯黒を塗っていた人々は知らず知らずのうちに、う蝕予防もしていたのである。

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参考文献

「歯みがき100年物語」ダイヤモンド社, ライオン歯科研究所 編, 2017.
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