「売上を倍にしたい」で、新患集めから考えていませんか?――3つの事例のうち2つは、すでにある部屋の使い道の話だった
売上を倍にしたい、と院長が考えるとき、最初に浮かぶのはたいてい新患をどう増やすかである。1Dの対談動画「歯科医院の売上を倍増させる3つの戦略」で紹介される3つの医院を並べてみると、その順番が必ずしも自明ではないことが見えてくる。新患を増やした事例は3つのうち1つで、残る2つは、すでに医院の中にあった部屋の使い道を変えた話だった。売上は「客数×客単価」に分解される対談でまず置かれるのは、目標の立て方ではなく分解の仕方である。出演者は「客数×客単価ですよね」と言い、続けて「患者数×患者単価ですよね」と言い換え、さらに「保険診療の場合はレセプト枚数×レセプト点数ですよね」と重ねる。画面には「歯科診療所における売上の方程式」というテロップが出る。分解しておく意味は、打ち手を数えるのをやめられることにある。集患も、広告も、自費のカウンセリングも、並べれば無数にある。だが掛け算に直せば、動かせる変数は二つしかない。どれをやるかではなく、どちらを動かすつもりなのかが先に決まる。「保険診療の場合はレセプト枚数×レセプト点数」という言い換えは、単なる置き換えではない。枚数はその月に何人を診たかであり、点数は一人あたり何を算定したかである。そして点数は診療報酬の点数表で決まっていて、医院の側で値づけできるものではない。保険の範囲で単価を動かそうとすれば、算定できるものを漏らさないか、算定できる処置そのものを増やすか、という方向に限られてくる。対談が自費や物販の話へ進んでいくのは、この制約を前提にしていると読める。回転を上げるレバーは、診療の質とぶつかるでは客数側から、と考えたときに出演者が指摘するのは、その道の窮屈さである。患者数を増やすには「(診療を)ぶん回すか」「というレバーしかない」と述べ、それは「診療の質の担保という点においてはあまり望ましいことでは必ずしもない」と続ける。メンテナンスを30分でできたとしても、それがベストとは限らない、という言い方をしている。だから「客単価に増収の活路を見出すっていうのは理にかなっている」と整理する。ただし対談は、客数を捨てろとは言っていない。少し後で「客数も客単価も、どっちも売上を上げる」「どっちも重要なファクター」と言い直している。退けられているのは客数そのものではなく、一人あたりの診療時間を削って枠を増やすというやり方のほうである。客数を伸ばした医院は、開業前の時間を使っていた1つ目の事例は、SNS運用で新患を集めた医院である。開業前からInstagramで「開業しますよ」という発信を続け、開業前の時点でフォロワーが増えていき、内覧会の時点ですでに新患の予約が入っていた、と紹介される。開業してから集め始めたのではなく、まだ患者がいない期間を使って積み上げていた点が、この事例の要点になっている。副次的な効果として、衛生士や助手の採用が採用費をかけずにできた、「Instagram見て応募しました」という応募があった、という話も添えられる。ただしこれらは出演者が伝え聞いた個別の事例で、編集部で裏づけたものではない。同じ運用をすれば同じ結果になる、という話ではない。出演者自身も「患者集めはローカルのビジネス」であり「グローバルではない」と断り、地図に紐づくMEOは「地域性がすごく絞られてくる」と、届く範囲の違いを区別している。残る2つは、部屋を増やさずに使い道を変えている2つ目は、カウンセリングルームである。経営を指南するセミナーで「自費率を上げるんだったらカウンセリングルームを作りなさい」と言われ、なかった医院が実際に作った、という事例として紹介される。注目したいのは売上側ではなく費用側で、出演者は「人にかかる費用ってそんなに増えてない」「休憩室だったところを潰してだったら増益ですよね」と言う。新しく人を雇ったわけでも、増築したわけでもない。すでにある面積の割り当てを変えただけ、という構図になっている。3つ目は、物販と待合室である。ここで対談が面白いのは、紹介された売上額をその場で検算していることだ。歯ブラシの単価を1,000円、500円と置き直し、「2000本ですね」「歯ブラシ2,000本、無理ですね」「どんなに歯がいっぱいあっても歯ブラシの本数は一定ですからね」と確かめていく。つまり一品目では説明がつかない。帰りに「ちょっと買っていこう」とフロスなども含めて選ばれる状態、「ちょっと微増かもしれないけれども、それが全部重なる」状態が、待合室という誰の医院にもある空間で起きているという話になる。なお、この回で挙げられる金額はいずれも出演者が「曰く」「らしくて」と伝聞として述べたもので、一次資料で確かめられる数字ではない。本稿で金額を書かないのはそのためで、いくら増えるかではなく、何が変わったのかだけを受け取っておきたい。金額の話の前に、自院はどちらを動かせるか3つを並べ直すと、動かした変数は客数が1つ、客単価が2つである。そして客単価側の2つは、新しい投資というより、持っているものの使い道の再配分だった。空間が余っている医院と、人手に余裕がない医院と、開業前でまだ患者がいない医院とでは、手をつけられる場所が違う。倍にするための正解が一つあるのではなく、自院で先に動くのはどちらか、という問いのほうが先にある。出演者も、戦略の紹介にとどめて「具体的にどういうふうにすべきか」は別に学ぶ必要がある、と述べている。この動画から持ち帰れるのは手順ではなく、掛け算のどちらを動かすつもりなのかを決めておく、という一手前の整理である。元動画を見る(2025年11月6日公開)