
レセプトの「月遅れ請求」とは?オンラインでのやり方や期限を分かりやすく解説
導入
ある朝、歯科医院の事務スタッフから「先月のレセプト請求に漏れがありました」と報告を受けたことがあるだろう。例えば、患者の保険証の確認が月末に間に合わず自費扱いにしたケースや、提出したレセプトが返戻となって戻ってきたケースなど、月遅れ請求が必要になる場面は珍しくない。診療に集中するあまり請求業務のタイミングを逃すと、本来得られるはずの診療報酬を取りこぼすことになる。本記事では、レセプトの月遅れ請求について、その定義と発生する典型的な状況、オンラインでの再請求手順、請求期限、そして安定した経営のためのポイントを解説する。臨床現場のリアルな体験と制度上のルール双方に根ざした内容で、明日からの医院運営に役立つ知見を提供する。
要点の早見表
項目 | 内容 |
---|---|
月遅れ請求の定義 | レセプトを通常の提出期限までに請求できなかった場合に、翌月以降に持ち越して請求すること。 |
月遅れ請求の主なケース | 患者の保険区分変更(途中で社保から国保に変わる等)や資格確認遅延による請求漏れ、レセプト内容の不備・誤りで提出見送りとなった場合。また提出後に返戻されたレセプトの再請求も含まれる。 |
提出期限(医科・歯科) | 診療月の翌月1日から起算して5年以内(令和2年4月以降の診療分。令和2年3月までの診療分は3年以内)。 |
提出期限(介護保険) | サービス提供月の翌月1日から起算して2年以内(介護保険法に基づく保険給付請求権の時効)。 |
請求方法 | 原則として翌月の通常請求に合わせてオンライン請求で提出する。2023年4月以降、返戻レセプトの再請求はオンラインが原則(紙再請求は2024年9月までの経過措置)。 |
過誤請求との違い | 月遅れ請求は未請求または返戻分を後日請求するもので、新規の診療報酬請求にあたる。一方、過誤請求(過誤申立)は既に支払済みの請求を訂正・返還する手続きであり性質が異なる。 |
経営上のポイント | 請求漏れを放置すると医院の収益機会を逸失する。月遅れ請求で確実に報酬を回収し、保険請求業務の精度を高めることが安定経営につながる。 |
理解を深めるための軸
月遅れ請求を理解するには、臨床現場の事情と保険制度上のルールという二つの軸から考える必要がある。臨床現場では患者対応や治療に追われる中、保険証の確認遅れやレセプト入力ミスなど人的・時間的な要因で請求が間に合わないことがある。一方、保険制度上はレセプト請求に厳格な期限と手順が定められており、それを逸脱すると診療報酬を受け取れない仕組みになっている。このギャップが月遅れ請求の発生につながる。例えば、患者の保険者情報が月途中で変わった場合、診療内容自体は同じでも請求事務は複雑化し、通常の期限内に処理できないことがある。また提出したレセプトが返戻されれば、再提出は翌月扱いとなり診療報酬の受け取りが遅延する。臨床と経営の双方の視点から、月遅れ請求が医院運営に与える影響を捉え、適切に対応することが求められる。
月遅れ請求となる代表的なケース
月遅れ請求が必要となる状況にはいくつか典型例がある。まず、患者の保険区分の変更だ。例えば勤務先の異動により月の途中で社会保険から国民健康保険に切り替わった場合や、被扶養者資格の取得・喪失が発生した場合である。本来であれば保険者ごとにレセプトを分けて作成し同月内に提出する必要があるが、情報把握が遅れると期限に間に合わず翌月以降の請求になることがある。また、保険証の確認遅延も一因である。患者が初診時に保険証を提示せず自費扱いとしたものの、後日保険証を持参したケースでは、本来その診療分を保険請求できるが提出時期は既に過ぎているため月遅れで請求することになる。次に、レセプトの不備や誤りによる提出見送りや返戻だ。レセプト作成時に入力ミスや記載漏れに気付き、修正のため提出を翌月に回すことがある。また、一度提出したが審査支払機関から返戻となった場合、そのレセプトは当月内に支払われず戻ってくる。返戻の原因を突き止め訂正した上で、翌月に改めて請求し直す必要がある。これも広義の月遅れ請求に含まれる。さらに、災害やシステム障害などやむを得ない事情で請求送信ができなかった場合も月遅れとなる場合がある。このように、月遅れ請求は主として現場での予期せぬ事情と制度上の締め切りのミスマッチから発生するものであり、どの医院でも起こりうるものだ。
オンラインによる月遅れ再請求の手順
現在、レセプト請求業務はオンライン化が進んでおり、月遅れ請求の対応もオンライン上で行うのが基本である。特に2023年4月以降、オンライン請求可能な医療機関では返戻レセプトの紙再請求が原則禁止となり、オンラインで再請求する方針が示された。実際のオンラインでの月遅れ再請求手順を概観しよう。
1.返戻データの取得
レセプトが返戻となった場合、審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金や国保連合会)のオンライン請求システムにアクセスし、当該返戻レセプトのデータファイルをダウンロードする。オンライン請求ソフト上で診療月と請求年月を指定し返戻データを取り込むと、どの患者のレセプトが返戻になったか一覧で確認できる。もし返戻データを所定期間内にダウンロードし忘れると、後日紙媒体での通知となるため注意が必要である。
2.レセプト内容の確認と修正
ダウンロードした返戻レセプトデータをレセコン(レセプトコンピュータ)に取り込み、カルテ記録と照合しながら内容をチェックする。返戻理由欄に記載されたエラー内容を参考に、不備や誤りを訂正する。例えば記載漏れ項目の追記や算定誤りの修正を行い、必要に応じて保険者番号や日付の再確認も行う。修正が完了したら、レセプト電算処理用の再請求データを新たに作成する。この時点で当該レセプトは訂正済みの電子ファイルとして再請求の準備が整う。
3.再請求データの送信
完成した再請求用の電子レセプトファイルを、通常の当月分の請求データと合わせてオンライン請求システムから送信する。締め切りは通常の請求と同様に翌月10日までである。電子データは社会保険分(協会けんぽや組合健保など)と国民健康保険分に分割されているため、送信先を取り違えないよう注意が必要だ。送信後、オンライン請求システム上で送信結果を確認し、無事受付されたことを必ずチェックする。
4.データの整理
最後に、レセコン上で返戻再請求に使用したデータを削除または区別しておくことが重要である。これを怠ると、修正前の返戻データが翌月以降のレセプト作成時に再び含まれてしまい、重複請求の原因となる。再請求が完了した返戻データは履歴として記録しつつ、通常の請求データからは除外しておく運用が望ましい。
以上がオンラインで月遅れ請求(返戻再請求)を行う大まかな流れである。なお、単に提出自体を忘れていた場合(返戻ではなく未請求)も、翌月の通常請求時にその診療月分のデータを含めて送信すれば月遅れ請求となる。レセコンで過去月のレセプトを作成し直し、次回請求ファイルに追加することで対応可能である。
診療報酬請求権の期限と注意点
月遅れ請求を行う上で特に留意すべきなのが、診療報酬請求権の時効である。つまり、どれだけ遅れて請求できるかの法的期限だ。医科・歯科の保険診療報酬については、2020年4月1日の民法改正に伴い請求権の有効期間が延長された。具体的には、2020年4月以降の診療分については診療月の翌月1日を起点として5年間、2020年3月までの診療分については従来通り3年間が請求の期限となっている。例えば2020年5月診療分であれば、2025年4月末までに請求すれば有効という計算だ。この期間を過ぎると時効により請求権が消滅し、いかなる理由があっても診療報酬を受け取ることはできない。
一方、介護保険サービスに係る請求(訪問歯科診療に関連して居宅療養管理指導料等を請求する場合など)では、保険給付請求権の時効は法律上2年間と定められている(介護保険法第200条第1項)。介護保険請求ではサービス提供月の翌月初日から起算して2年を経過すると請求権が失効する点に注意が必要だ。医療保険と介護保険で時効期間が異なるため、歯科医院が両方の請求を扱う場合にはそれぞれ管理が求められる。
期限内であっても、請求遅延が長期間に及べばレセプト内容の記憶や記録の照合が難しくなり、修正漏れのリスクも高まる。したがって、返戻や未請求が発生した場合にはできるだけ早く再請求することが望ましい。特に高額な自費材料や大きな処置が絡む請求漏れは医院の収入に大きく影響するため、早期発見と対処が重要である。請求権の期限を念頭に置きつつ、定期的に未請求の有無を点検し、期限切れによる取り損ねが起きないよう管理すべきである。
返戻・過誤との違いと対応策
月遅れ請求と混同しやすい概念に返戻と過誤がある。それぞれ性質が異なるため整理しておこう。まず返戻(へんれい)とは、提出したレセプトに不備があり審査支払機関から差し戻され、いったん支払われずに戻ってくることである。返戻レセプトは適切に修正すれば翌月以降に再請求できるが、それまでは診療報酬を受け取れない状態が続く。返戻はあくまで「支払われなかった請求」の扱いであり、今回テーマとしている月遅れ請求の一形態(返戻分の後月再請求)と言える。
一方過誤請求(かごせいきゅう)とは、既に支払が確定した請求について誤りを訂正する手続きである。例えば、本来算定できない点数を請求して支払われてしまった場合に、それを取り下げる(返金する)場合や、その逆に請求漏れ項目を後から追加する場合が該当する。医療保険では審査支払機関を通じて過誤申立という形で処理し、介護保険でも市町村に対し過誤調整の申請を行って、誤った請求の取り下げと正しい請求のやり直しを行う仕組みがある。過誤申立では、該当する明細を一度「取消し」、必要なら改めて「報告(再請求)」するという特殊な操作が必要となり、通常のレセプト請求とは別扱いになる。
要するに、返戻は「出したが戻ってきた請求」であり、過誤は「通った請求を取り下げてやり直す」処理である。月遅れ請求は前者の返戻に対する再請求や、単なる出し忘れの請求に関わるものであり、後者の過誤手続きとは異なることを認識しておかねばならない。現場では返戻への対応と過誤処理の両方が発生しうるが、ルールや手順が異なるため、それぞれマニュアルを整備しておくことが望ましい。
安定した保険請求体制の構築に向けて
月遅れ請求は医院経営に直接響く課題であるが、その発生を抑えつつ的確に処理することでリスクを最小化できる。まず重要なのは、請求漏れや返戻を発生させない仕組み作りである。具体的には、診療月の締め日に向けて保険証の確認やレセプト内容のチェックを徹底し、提出前にダブルチェックする運用を習慣化する。近年普及しているオンライン資格確認システムを活用すれば、患者の加入保険情報をリアルタイムで照会でき、保険区分変更の見落としを防ぐことが可能である。こうしたデジタルツールの導入は、月遅れ請求そのものの発生抑制につながる。
それでも返戻が避けられない場合もあるため、返戻発生時のフォロー体制も整えておきたい。毎月の請求後に審査支払機関からの返戻通知を必ず確認し、内容を分析して早急に修正・再請求の対応を行う。担当スタッフを決めておき、返戻レセプトの原因分析と是正措置をルーチン化するとよい。返戻率(提出件数に対する返戻件数の割合)を継続的にモニタリングし、高止まりするようであれば算定ルールの理解不足やシステム入力ミスがないか検証する。改善を積み重ねることで、返戻そのものを減らし月遅れ請求対応に追われる事態を減少させることができる。
また、保険請求業務の効率化も経営上の課題である。オンライン請求への完全移行が進めば、紙レセプトの印刷・郵送に伴う手間や紛失リスクがなくなり、返戻データもオンライン上で速やかに取得できるため業務効率は向上する。ただし、オンライン化に際してはインターネット環境の整備やパソコン機器の導入コストが発生するため、小規模な歯科医院では慎重になるケースもある。それでも2024年以降は原則としてオンライン請求が義務化される方向であり、早めに対応しておく方が長期的には有利である。院内のレセコンとオンライン請求システムを連携させ、一体的に運用することで、請求漏れの防止と迅速な再請求処理を実現できる。
最後に、必要に応じて専門家の力を借りる選択肢も検討したい。レセプト請求業務を外部の請求代行サービスに委託したり、歯科医師会や支払基金が提供する研修を活用したりすることで、知識不足や人的ミスによる月遅れ発生を抑えることができる。コストと効果を見極め、医院に合った請求体制を構築することが安定経営への投資となる。