医科・介護との連携で活かす口腔トレーニング器具とは?多職種で共有すべき評価指標と情報連携
高齢者施設で誤嚥性肺炎を繰り返している入所者に対して、医師が抗菌薬や点滴で急性期対応を行い、退院後は通所リハと通所介護、訪問歯科と訪問看護が関わるというケースは少なくない。カンファレンスでは「口腔機能訓練を強化しましょう」という方針は共有されるものの、具体的にどの口腔トレーニング器具を、どの評価指標に基づいて、誰がどの頻度で使うのかが曖昧なまま進んでしまう場面も多い。
近年はオーラルフレイルという概念が広まり、口唇閉鎖力や舌圧、嚥下機能、咀嚼機能などを改善することを目的とした口腔機能訓練器具が多様に市販されている。医科側や介護側から「この器具は使えるのか」「どの程度エビデンスがあるのか」と相談を受けても、歯科が評価指標とトレーニング器具を整理して共有できていないと、個々の担当者の好みや経験に依存した運用になりがちである。
一方で、厚生労働省はリハビリテーション、栄養、口腔の一体的な取組と多職種連携を介護報酬上も強く求めており、医科・歯科・介護が共通の評価軸を持って情報連携することが自立支援と重度化防止の鍵であると明言している。口腔トレーニング器具は、この大きな枠組みの中で位置付けることではじめて診療と経営の両面で意味を持つ。
本稿では、歯科 医科 口腔機能 連携、介護施設 口腔機能 訓練 連携、多職種 カンファレンス 口腔機能、嚥下リハビリ チーム、口腔トレーニング 情報共有という検索意図を踏まえ、口腔トレーニング器具を活かすために多職種で共有すべき評価指標と情報連携の実務を整理する。
目次
要点の早見表
| 観点 | 内容 |
|---|---|
| 対象となる患者像 | オーラルフレイルや口腔機能低下症が疑われる高齢者、嚥下障害リスクのある在宅・施設利用者、急性期退院直後の虚弱高齢者など |
| 評価指標の基本セット | 口腔衛生状態、口腔乾燥、残存歯数と義歯の適合、咬合支持、舌口唇運動、舌圧、咀嚼能力、嚥下機能、栄養状態、全身の虚弱度などを組み合わせた多面的評価 |
| トレーニング器具の位置付け | 表情筋、舌機能、口唇閉鎖、呼気筋など対象筋群別の器具を、評価結果に基づく個別計画の一要素として用いる。器具単独ではなく日常の食事場面での工夫とセットで考える |
| 多職種カンファレンスで共有する情報 | 初期評価の結果、使用している口腔トレーニング器具の種類と目的、実施頻度、介助量、観察された変化、誤嚥リスクや中止基準、今後の目標と評価タイミング |
| 情報連携ツールと記録 | リハビリテーション、栄養、口腔の計画書を一体的に記載できる様式や、ケアマネジャーと共有可能な簡略サマリー、動画や写真を活用した共有など |
| 経営・報酬面のポイント | 介護保険の口腔衛生管理加算、経口維持加算、口腔機能向上サービスなどと、診療報酬の医科歯科連携加算や周術期口腔機能管理等との関係を整理し、過剰な器具導入ではなく計画的な投資と回収を図る |
この表はあくまで俯瞰であり、実際には施設種別や患者像によって評価のウエイトもトレーニング器具の位置付けも変化する。重要なのは、歯科がこの構造を理解したうえで、各地域の医科・介護関係者と共通言語として使える評価指標と情報フォーマットを提案することである。
理解を深めるための軸
口腔トレーニング器具を多職種連携の中で活かすには、第一にオーラルフレイルや口腔機能低下症といった疾患概念と評価構造を押さえる必要がある。三学会合同ステートメントでは、オーラルフレイルは食べることや話すことに関わる軽微な機能低下が重なり、口の機能低下の危険性が増加しているが改善も可能な状態と定義されている。つまり、評価と介入のセットで考えるべき可逆的な段階である。
第二に、介護保険と診療報酬の制度設計を理解する軸が必要である。介護報酬ではリハビリテーション、栄養、口腔の一体的な計画書や、口腔衛生管理加算、経口維持加算、口腔機能向上サービスなどが整備されており、多職種が連携して評価と介入を行うことが前提になっている。診療報酬でも、医科歯科連携加算や嚥下機能に関わる評価の仕組みが整えられている。
第三に、器具そのものの特性とエビデンスを把握する軸である。口腔機能訓練器具は表情筋や舌、口唇、呼気筋など目的とする筋群によって分類され、それぞれの訓練目的と負荷設定、実施頻度が異なる。一部の器具では口唇閉鎖力や舌圧の変化を検討した研究もあるが、対象や期間によって効果にばらつきがあることが報告されており、医科や介護職に対して過度な期待を煽らない説明が求められる。
以下では、この三つの軸を前提として、具体的な評価指標と情報連携の実務を掘り下げる。
トピック別の深掘り解説
医科・歯科・介護が共有すべき口腔機能評価の枠組み
医科と歯科、介護が同じ患者の口腔機能を評価する際、専門用語や視点の違いによって情報がかみ合わないことが多い。日本歯科医師会のオーラルフレイル対応マニュアルでは、口腔衛生状態、舌苔、口腔乾燥、咬合支持、舌口唇運動、嚥下機能、栄養状態などを組み合わせた包括的な評価項目が提示されている。これらは詳細な専門評価としても使えるが、多職種で共有するには層を分けて整理することが有用である。
実務上は、構造、機能、生活の三層で整理すると分かりやすい。構造は残存歯数や義歯の適合、顎堤や口腔内の粘膜状態などであり、主に歯科が評価する。機能は口唇閉鎖力や舌圧、嚥下機能、咀嚼能力などであり、多職種が関わる。生活は実際の食形態や摂食時間、食事介助の方法、栄養状態などであり、介護職や管理栄養士、看護職が中心となる。この三層を一枚のシートの中に並べて記録することで、カンファレンスでの議論が構造化される。
オーラルフレイル評価の構成要素
オーラルフレイル対応マニュアルでは、口腔衛生状態や舌苔、口腔乾燥、咬合支持、舌口唇運動、嚥下機能などを簡便なスケールで評価する方法が示されている。例えば、舌苔は舌背を複数のエリアに分け、それぞれの付着程度を段階評価することで視覚的に分かりやすく記録できる。
歯科がこれらの評価を行う際には、数値のみに注目するのではなく、患者の生活背景と組み合わせて解釈することが重要である。食事内容や摂食時間、義歯装着時間、服薬状況などを同じシートに記録すれば、医科や介護職がそのまま活用できる情報になる。電動測定器がなくても、観察と問診を組み合わせた簡便評価を標準化することで、多職種連携の土台を整えられる。
医科で用いられる嚥下評価との橋渡し
医科領域では、反復唾液嚥下テストや水飲みテスト、嚥下造影検査、嚥下内視鏡検査などが嚥下機能評価として用いられている。歯科が行う口腔機能評価は、これらの前段階として位置付けると整理しやすい。
例えば、口唇閉鎖不全と舌圧低下が明らかな症例では、嚥下造影検査を行う前に口唇閉鎖や舌運動のトレーニングを一定期間実施し、その前後で食事観察と簡易テストを繰り返すことで、医科に対して意味のある情報提供ができる。評価指標を共通の言葉に翻訳しておくことが、医科歯科連携を具体的な行動に落とし込む第一歩である。
介護施設における口腔トレーニング器具の位置付け
オーラルフレイルを改善する口腔機能訓練器具に関する最近の総説では、表情筋、舌、表情筋と舌の組合せ、呼気筋を対象とした市販器具が整理されている。多くの器具は口唇閉鎖力や頬筋のトレーニング、舌の挙上や前方突出の訓練、口すぼめや発声を伴う運動などを通じて、摂食嚥下機能の改善を目指している。
介護報酬上の口腔機能向上サービスでは、歯科医師または歯科衛生士が評価と計画立案を行い、日常の訓練や介助は介護職が実施することが前提になっている。そのため、施設に口腔トレーニング器具を導入する場合、歯科が評価に基づいて目的と対象を明確にし、多職種に分かりやすく伝えることが不可欠である。
器具の選択は「何が流行しているか」ではなく、「どの評価指標を改善したいのか」を起点にするべきである。例えば、主な課題が舌圧低下であれば舌挙上運動に焦点を当てた器具を選び、表情筋が主な問題であれば口唇閉鎖運動に特化した器具を選ぶ。複数の器具を漫然と併用すると、介護職や利用者が目的を見失い、継続率も低下しやすい。
器具を選ぶ前に整理すべき項目
器具導入前に歯科が整理しておきたい情報は、目標とする機能、患者が実施できる手指の巧緻性や理解力、介護職の介助可能時間、安全面のリスクである。これらを整理したうえで、トレーニング器具を用いるか、日常の食事場面での工夫だけで対応するかを選択する。
例えば、認知症が進行している利用者には、器具操作が複雑なトレーニングよりも、ミールラウンドでの姿勢調整や一口量の調整、食形態の微調整などを優先する方が安全である。器具を導入するのは、本人が楽しんで継続でき、介護職も負担なく支援できる場面に絞ることが現実的である。
嚥下リハビリチームにおける評価と情報共有
厚生労働省の資料では、医師、歯科医師、言語聴覚士、管理栄養士、看護職、介護職などが一体となってリハビリテーション、栄養、口腔の取組を行う重要性が繰り返し示されている。嚥下リハビリチームにおいて、歯科は口腔機能評価と口腔衛生管理、トレーニング器具の選択と指導を担い、医科は全身状態と嚥下機能の包括的評価、栄養は食形態と栄養バランス調整、看護と介護は日常の観察と実践を担う。
このチームの中で口腔トレーニング器具を活かすには、歯科が評価結果をわかりやすく要約し、医師や言語聴覚士と目標をすり合わせるプロセスが必要である。例えば、「舌圧を何キロパスカルまで上げるか」ではなく、「ミキサー食から刻み食に安全に移行するために、口唇閉鎖と舌の送り込みをどの程度改善したいか」といった生活目標に落とし込むと、他職種にも共有しやすい。
急性期から生活期への引き継ぎ
急性期病院で嚥下造影検査や嚥下内視鏡検査が行われた症例では、その結果とともに、歯科や言語聴覚士が設定したトレーニング内容を生活期の在宅医や地域歯科、介護事業者へ引き継ぐことが望ましい。厚生労働省は地域包括ケアシステムの中で、医療と介護の情報連携を重視しており、口腔機能に関する情報もその一部として扱われるべきである。
退院時に「嚥下造影検査でとろみ付き水飲みは問題なし」といった医療情報に加え、「口唇閉鎖力が弱く、口腔トレーニング器具による訓練を週数回実施中」といった情報が共有されていれば、在宅側は訓練内容を継続しつつ生活場面での工夫を追加できる。逆に、器具名だけが列挙され、目的と評価指標が示されていない情報提供書は、多職種にとって活用しにくい。
多職種カンファレンスでの口腔情報の整理と伝え方
介護施設や在宅のカンファレンスでは、時間に限りがある中で多職種が情報を持ち寄るため、歯科が専門用語をそのまま並べると他職種が理解しにくい。そこで、歯科側の情報は「リスク」「現状」「介入」の三つに整理すると伝わりやすい。
リスクは誤嚥性肺炎や窒息の危険性、栄養低下の危険性などであり、嚥下機能だけでなく口腔衛生状態や口腔乾燥も含めて説明する。現状は口腔内の観察所見と簡便なスコアで示し、介入は口腔ケア、食事場面での工夫、トレーニング器具の使用を区別して伝える。このとき、器具の名称よりも「何を鍛えたいのか」「誰がどこでどのくらい実施するのか」を明確にすることが重要である。
カンファレンスでの合意形成を容易にするために、事前に一枚ものの「口腔機能サマリー」を作成し、評価指標とトレーニング計画を簡潔に記載しておくとよい。歯科衛生士がこのサマリーを持参し、口頭説明と併用することで、多職種がそのまま自施設の記録に転記しやすくなる。
情報連携を支える記録様式とデジタルツール
介護報酬では、リハビリテーション、栄養、口腔の計画書を一体的に記載できる様式が提示されており、口腔機能向上サービスや経口維持加算の算定要件にも多職種の情報共有が組み込まれている。歯科が単独で記録様式を作るのではなく、この統一様式に合わせた形で口腔関連情報を整理すると、ケアマネジャーや介護事業者との整合性が取りやすい。
具体的には、評価項目やトレーニングの目標、器具の種類と実施頻度を、介護計画書の該当欄に対応させる形で記載する。可能であれば、電子カルテやクラウド型ケア記録と連携し、歯科側から安全な方法で情報をアップロードできる仕組みを構築するとよい。動画や写真は、誤嚥リスク評価や器具の使用手順を共有するうえで非常に有用であるが、個人情報保護の観点から保存先や閲覧権限を明確にしておく必要がある。
地域によっては、医療・介護連携シートや地域連携パスが整備されている場合がある。その場合、既存の仕組みに口腔機能評価やトレーニング器具に関する項目を追記する形で運用を始めると、関係者の負担を最小限にしながら口腔情報の可視化を進められる。
経営と運営の視点から見た導入戦略とROI
口腔トレーニング器具は一つ一つの単価はそれほど高額ではないが、種類を増やし過ぎると在庫管理やスタッフ教育の負担が大きくなる。経営的には「どの対象に」「どの器具を」「どの程度の規模で」導入するかを明確にし、介護報酬や診療報酬との関係を整理したうえで投資判断を行うべきである。
介護施設側では、口腔衛生管理加算や経口維持加算、口腔機能向上サービスなどにより、口腔管理と機能訓練が評価されている。これらの加算を算定するためには、歯科医師や歯科衛生士が関与し、多職種で評価と計画書を作成する体制が必要である。トレーニング器具の導入は、この体制の中で、対象者や目標が明確なプログラムとして位置付けることで、収益面とケアの質向上の両方に貢献し得る。
歯科医院側にとっては、訪問歯科や周術期口腔機能管理、地域連携加算などと組み合わせて、地域包括ケアの中でのポジションを明確にすることが重要である。器具の販売や使用を前面に出すのではなく、「評価と計画立案」「多職種連携」「教育とフォローアップ」を含むサービスとして提供することで、価格競争に陥らない持続可能なモデルを構築できる。
よくあるつまずきと改善のプロセス
現場でよく見られるつまずきの一つは、器具の導入だけが先行し、評価と目標設定が不十分なままトレーニングが繰り返されるケースである。この場合、利用者や家族、介護職が効果を実感できず、数か月後には器具が棚に眠ることになる。まずはベースライン評価と目標を簡潔に設定し、それをカンファレンスで共有することが出発点である。
もう一つは、歯科が専門的な評価を詳細に行っているにもかかわらず、その内容が医科や介護職に伝わっていないケースである。報告書が専門用語で埋め尽くされていると、多職種は「異常なし」と「要注意」の区別しか認識できず、日常ケアに生かされない。評価指標のうち、他職種の行動に直結する項目を選び、具体的な観察ポイントや介入内容とセットで記載することが重要である。
改善のプロセスとしては、まず1事業所または1チームでパイロット的に口腔機能サマリーとトレーニング計画書を運用し、数か月後に関係者からフィードバックを集める方法が現実的である。実際のカンファレンスで使ってみて分かった改善点を反映させながら、その地域に合った連携様式を育てていくことが、持続可能な口腔機能管理体制につながる。
導入判断のロードマップ
口腔トレーニング器具を医科・介護との連携の中で本格的に活用するには、段階的な導入が望ましい。最初の段階では、既に行っている口腔ケアや嚥下訓練の中で、どの評価指標が記録されているかを棚卸しする。記録のばらつきが大きい場合には、オーラルフレイル評価や介護報酬のスクリーニング項目などを参考にして、自院・自施設の標準評価セットを決める。
次の段階では、その標準評価セットに基づいて、トレーニング器具を用いるべき対象者と目的を明確にする。例えば、「舌圧低下があり、嚥下造影検査で送り込みの遅延が認められた患者」「口唇閉鎖不全があり、食物残渣が前歯部からこぼれやすい利用者」など、具体的なプロファイルを設定する。ここで器具の種類と実施頻度、安全面の注意点を整理し、多職種と合意形成する。
三つ目の段階では、実際の運用と評価を通じて、器具の有用性と限界を見極める。数か月単位で評価指標の変化と生活上のアウトカムを振り返り、器具の継続、変更、中止を判断する。このプロセスを通じて、多職種が「どのような患者には器具が有効で、どのような患者には別のアプローチが必要か」を体感的に学習できる。
最後の段階として、地域包括ケア会議や医療・介護連携の場で、口腔機能評価とトレーニング器具に関する自院の実践と成果を共有する。成功例だけでなく、うまくいかなかった事例や工夫を共有することで、地域全体のレベルアップにつながる。歯科がこの議論をリードすることで、口腔トレーニング器具は単なる器具から、地域の健康寿命延伸に貢献する戦略的ツールへと位置付けを変えていく。
出典一覧
日本歯科医師会 オーラルフレイル対応マニュアル 口腔機能評価の構成と簡便なスクリーニング方法に関する資料 最終確認日2025年11月21日
厚生労働省 老健局 口腔・栄養 自立支援・重度化防止を重視した質の高い介護サービスの推進 介護報酬における口腔関連加算と多職種連携の位置付けに関する資料 最終確認日2025年11月21日
厚生労働省 老健局 介護保険最新情報 Vol.1217 リハビリテーション 個別機能訓練 栄養 口腔の実施及び一体的取組に関する通知 最終確認日2025年11月21日
厚生労働省 老健局 地域包括ケアシステムにおける歯科保健医療の役割について 地域包括ケアと口腔管理 多職種ミールラウンド等に関する資料 最終確認日2025年11月21日
厚生労働省 保険局 診療報酬改定の概要 歯科 医科歯科連携加算や口腔機能管理に関する改定ポイントをまとめた資料 最終確認日2025年11月21日
廣瀬知二 オーラルフレイルを改善する口腔機能訓練器具 日本歯科理工学会誌 オーラルフレイルと口腔機能訓練器具の分類と概要に関する論文 最終確認日2025年11月21日
日本歯科大学東京短期大学 風船トレーニングによる口唇閉鎖力および舌圧に対する影響 日本口腔保健学会誌 口腔機能訓練の効果と個人差に関する研究 最終確認日2025年11月21日