口輪筋トレーニング器具の選び方は?パタカラ系・とじろーくん系の特徴と適応の違い
診療中にぽかん口の小児や口唇閉鎖が不十分な矯正患者を見ながら、家庭でできるトレーニングを何か一つ勧めたいと考える場面は多いであろう。摂食嚥下リハビリに携わる場面でも、高齢者の口唇閉鎖力が弱く、食塊保持や流涎管理が難しい症例に対し、ベッドサイドで簡便に使える器具の需要は大きい。
市場にはパタカラをはじめとする口腔リハビリ器具や、美容目的も含めた口輪筋トレーニンググッズが多数出回っている。その中で歯科ルートで流通している代表例が、パタカラ系の口腔前庭装着型器具と、とじろーくん系のスプリング負荷型口唇閉鎖訓練器具である。これらは一見似たカテゴリーに見えるが、構造と負荷のかかり方、想定される適応が微妙に異なる。
一方で、口輪筋トレーニング全般にいえることとして、訓練効果の客観的検証はまだ十分とはいえず、多くの器具は小規模研究や臨床経験に基づく位置付けに留まる。 本稿では、その前提を踏まえたうえで、パタカラ系 とじろーくん系を中心に、構造と機能、エビデンスの範囲、歯科医療としてどのような適応と限界を設定すべきかを整理する。
目次
要点の早見表
| 項目 | パタカラ系 | とじろーくん系 |
|---|---|---|
| 主な構造 | 口腔前庭に装着するプレート型 弾性体の開く力に対して唇で閉じる | 口唇でマウスピースを挟みスプリング負荷に抗して上下方向に閉じる |
| 主な負荷様式 | ストレッチと等尺性収縮が混在 口輪筋 頬筋を広く動員 | 上下方向のクランプ運動が中心 口輪筋の閉鎖力に焦点 |
| 想定適応 | 口唇閉鎖不全 嚥下口腔期の筋協調障害 表情筋低下 | 口唇閉鎖力低下 ぽかん口 義歯支持力低下 小児から高齢者まで |
| 強度調節 | 器種や装着時間頻度で調節 主観的調整が中心 | 交換スプリングにより約50から400gなど負荷量を段階調節可能 |
| エビデンス | 高齢者や脳血管障害例で臨床報告あり 研究規模は限定的 | ばね定数測定など力学特性の報告あり 直接的な臨床研究は少数 |
| 導入のポイント | 嚥下リハやMFTの一環として位置付け 負荷許容量と認知機能を評価 | 口唇閉鎖トレーニング単独メニューとして導入しやすい 家族指導のしやすさが強み |
表は両系統の構造と負荷特性から見た大まかな比較である。いずれも口輪筋トレーニング器具ではあるが、筋活動のパターンと臨床で狙うべきアウトカムが異なることを念頭に置く必要がある。
口輪筋トレーニング器具を評価するための基本軸
口輪筋トレーニング器具を選択する際には、少なくとも三つの軸で考えると整理しやすい。
第一は力学的負荷の軸である。どの方向にどの程度の力を与える器具なのか、ばね定数や構造から推定できるかどうかが重要である。口唇閉鎖訓練器具のばね定数を測定した研究では、同じカテゴリーの器具でも負荷量が大きく異なることが示されており、対象者の筋力や耐久性に応じた選択が求められる。
第二は筋活動パターンの軸である。プレート型で前庭に装着する器具は口輪筋と頬筋を広く動員しやすく、バランスよく表情筋を賦活できる可能性がある一方、スプリング型で上下方向の閉鎖運動に特化した器具は、口唇中央部の閉鎖力に焦点を当てやすい。
第三は継続性と安全性の軸である。口唇閉鎖訓練の研究では、数週間単位の継続で口唇閉鎖力が有意に向上する一方、中止後2週間程度で効果が減弱することが示されている。 したがって、患者が日常生活でストレスなく続けられる形態であること、誤使用や過負荷による歯周組織や顎関節への悪影響を避けられる設計であることが、長期的なアウトカムの前提となる。
パタカラ系器具の構造と負荷の特徴
口腔前庭装着型としての特徴
パタカラ系の代表的器具は、上下口唇間に装着する口腔前庭プレートと、その弾性を利用した負荷構造を持つ。器具の反発力によって口唇が開こうとする力を、口輪筋と頬筋で抗して閉じる運動を繰り返すという設計である。
この構造は単純なクランプ運動ではなく、上下口唇の伸展と収縮、前後方向のストレッチを伴う点が特徴である。多くの表情筋が口輪筋と交差する解剖学的特性から、口輪筋に負荷を与えることで頬筋やオトガイ筋など周囲筋群も同時に賦活されることが期待されている。
トレーニング方法と負荷量
臨床研究では、パタカラを1回2から3分、1日3回程度使用するプロトコルが用いられている例が多い。 高齢者や脳血管障害患者を対象とした研究では、数週間から数か月の継続で口唇閉鎖が容易になり、嚥下時の舌尖位置が前歯口蓋側に安定するなど、口腔期嚥下に関連する筋協調の改善が報告されている。
一方で、ばね定数が公表されていない器具も多く、個々の患者に対してどの程度の負荷がかかっているかを客観的に把握することは難しい。前庭プレートの形態と口輪筋活動の関係を検討した研究では、プレートの高さや幅によって口輪筋の活動量が変化することが示されており、器具選択の際にはサイズと適合も重要な変数となる。
パタカラ系器具で狙うべき臨床的効果
パタカラ系器具の臨床報告では、口唇閉鎖の容易さの向上、唾液分泌の改善、構音や嚥下機能の主観的改善、さらには流涎減少や誤嚥性肺炎頻度の低下といったアウトカムが報告されている。
ただし、これらの多くは症例数が限られた研究や対照群を持たない観察研究であり、ランダム化比較試験による強固なエビデンスは限定的である。口輪筋トレーニングによる口唇閉鎖力や嚥下機能の向上は示唆されているものの、器具固有の優位性までは明瞭でない点を理解しておく必要がある。
パタカラ系器具の適応が想定される症例
嚥下障害を伴う高齢者
脳血管障害やパーキンソン病などを背景とする高齢者では、口唇閉鎖不全による流涎や食塊保持不良が問題となる。パタカラ系器具は、口腔期嚥下に関与する表情筋群を一括して賦活する目的で開発されており、実際に高齢者を対象とした研究で、口唇閉鎖力や嚥下テストの改善が報告されている。
このような症例では、摂食嚥下リハビリテーションの一環として、他の舌口唇体操や発声練習と組み合わせて使用する位置付けが妥当である。器具単独での機能回復を期待するのではなく、包括的プログラムの一部として組み込むべきである。
口唇閉鎖不全 口呼吸を伴う小児
口呼吸や開咬を伴う小児では、MFTの一環としてボタンプルや口輪筋トレーニングが行われてきた歴史がある。 パタカラ系器具は、ボタンプルよりも装着が簡便で、遊び感覚でのトレーニングがしやすいという利点がある。
ただし、小児では器具の誤飲や誤った装着による歯列や歯肉への過度な圧力が懸念されるため、保護者監視下で短時間から始め、装着感や歯列変化を定期的にモニタリングする必要がある。また、口呼吸の背景には鼻閉やアレルギーなど耳鼻科的問題が存在することが多く、器具のみで完結させない診断と連携が必須である。
とじろーくん系器具の構造と負荷の特徴
スプリング負荷型としての特徴
とじろーくん系は、上下唇で挟み込むマウスピースと、中央部のスプリング機構から成る器具である。唇でマウスピースを挟み、上下方向に閉じる運動を行うことで、口輪筋の閉鎖力に対して一定の抵抗を与える設計である。
負荷量は交換可能なスプリングによって調整でき、製品により約50gから200g 400gといった複数段階が用意されている。これにより、小児 高齢者から比較的筋力のある成人まで、対象者のレベルに応じて負荷を細かく設定できる。
トレーニング方法と負荷特性
とじろーくん系の使用方法は、マウスピースを上下唇で挟み、1回数分程度の口唇開閉運動を1日数回行うというものである。製品情報では1回3分 1日2回以上が推奨されており、高齢者でも継続しやすい簡便さが強調されている。
力学的には、上下方向の直線的なクランプ運動が中心となり、中枢唇部の閉鎖力に焦点を当てたトレーニングとなる。前庭プレート型と異なり、頬筋やオトガイ筋の伸展要素は少なく、負荷方向が一定であるため、口唇閉鎖力の測定器との関係性も比較的理解しやすい。
エビデンスの現状
とじろーくん系器具そのものを対象とした臨床研究は限定的であるが、類似する口唇閉鎖訓練器具を用いた研究では、高齢者の口唇閉鎖力が1回3分の訓練を1日おきに4週間行うことで有意に向上したことが報告されている。
また、物理的なばね定数を測定した研究では、市販の口唇閉鎖訓練器具のばね特性が定量化され、高齢者や嚥下障害者に対して適切な負荷を設定するための基礎資料が示されている。 ただし、製品ごとの具体的ばね定数がすべて一般公開されているわけではなく、実際の負荷設定は臨床家の経験に依存する部分が残る。
とじろーくん系器具の適応が想定される症例
小児の口唇閉鎖不全とぽかん口
とじろーくん系は唇を上下に動かすだけの単純な動作であるため、小児にも導入しやすい。実際に、ぽかん口の子どもに使用させた保護者から、数分の使用でも口輪筋が疲れるという感想が報告されている。
口呼吸や前歯部開咬の小児では、鼻咽頭やアレルギーなど背景因子の評価が前提となるが、安定した口唇閉鎖を習慣化するトレーニングとして、とじろーくん系は日課に組み込みやすい。注意点として、開口時に器具が口腔内に落下しないよう監督すること、過度な負荷スプリングを用いて顎口腔系に不必要なストレスをかけないことが挙げられる。
義歯安定性を高めたい高齢者
高齢義歯患者では、口唇閉鎖力低下と頬筋の緊張低下が、義歯の保持安定に影響する。とじろーくん系は、口輪筋閉鎖力をピンポイントで鍛える設計であるため、義歯支持力の補助として位置付けやすい。製品説明でも、口周囲筋トレーニングにより義歯を支える力を鍛えるというコンセプトが示されている。
ただし、義歯不適合や咬合不良を器具で補うことはできないため、義歯調整と咬合再構成を優先したうえで、補助的にトレーニングを行うという順序を保つ必要がある。
口唇閉鎖力評価との組み合わせ
口唇閉鎖力測定装置を用いた研究では、ボタンプルなどの訓練で口唇閉鎖力が数週間で有意に向上し、訓練中止後は2週間程度で低下し始めることが示されている。 とじろーくん系のようなスプリング負荷型器具は、負荷量を定量化しやすいため、口唇閉鎖力測定と併用することで訓練強度を段階的に設定しやすい。
診療所レベルで口唇閉鎖力測定器を持たない場合でも、簡易的な指標として器具のスプリング段階と患者の主観的負担感を記録し、経時的な変化をカルテに残すことで、トレーニング効果の評価とモチベーション維持に役立てることができる。
材料別 年齢別にみた選び方の実際
高齢者 摂食嚥下リハビリを主目的とする場合
高齢者の嚥下リハビリでは、発声体操 舌体操 顔面体操など複合的プログラムの一部として口唇閉鎖訓練が行われることが多い。 この場合、パタカラ系のように口腔期嚥下に近い筋活動パターンを誘導できる器具は、訓練全体の流れに組み込みやすい。
一方、とじろーくん系は負荷量の調整が容易で、1回3分という短時間のトレーニングが推奨されているため、在宅高齢者にも導入しやすい。 疲労感や認知機能を考慮すると、まずとじろーくん系で口唇閉鎖力を慣らし、その後必要に応じてパタカラ系へ拡張するという段階的導入も一案である。
小児 口呼吸矯正を主目的とする場合
小児の口呼吸や前歯部開咬では、MFTのプログラムの中でボタンプルや簡便な口唇運動が推奨されている。 器具選択では、安全性と楽しさが最優先となるため、とじろーくん系のように構造が理解しやすく、短時間で終わるスプリング型は導入しやすい。
パタカラ系は前庭への装着に慣れる必要があり、小児によっては違和感が強く継続が難しい場合もある。その一方で、舌尖の位置を上顎前歯口蓋側に誘導する効果が報告されており、舌突出癖が強い症例では有利に働く可能性がある。
実際には、鼻咽頭の評価と矯正治療の計画に基づき、MFT全体の中でどの程度器具を位置付けるかを決めることが重要である。
美容目的を主訴とする成人
美容目的で口輪筋トレーニング器具を求める成人患者も少なくない。パタカラ系は表情筋トレーニンググッズとして広く認知されており、ほうれい線や口角挙上をうたった情報も多い。
歯科医療として対応する際には、美容的効果を過度に強調せず、口唇閉鎖力や口腔機能の改善を主な説明ポイントとし、全身的な生活習慣や咀嚼嚥下機能の改善と併せて提案することが医療広告の観点からも望ましい。
とじろーくん系も表情筋や口角挙上への効果が紹介されているが、エビデンスは限定的であり、患者には「口唇閉鎖力トレーニングによる機能改善の一環として期待できる」という慎重な説明が必要である。
安全管理と患者指導のポイント
過負荷と誤使用のリスク
口輪筋トレーニング器具は一見無害に見えるが、過負荷や誤使用により顎関節や歯周組織に不要なストレスを与える可能性がある。特に高負荷スプリングを用いた長時間トレーニングは、顎位の偏位や咬筋緊張の増加を招きかねないため、顎関節症既往のある患者には慎重な負荷設定が必要である。
前庭装着型器具では、粘膜潰瘍や粘膜圧痕に注意すべきである。使用後の粘膜状態を確認し、違和感や疼痛が持続する場合には使用中止と調整を指示する。
また、小児や認知機能低下例では器具の誤飲リスクにも配慮し、必ず家族監視下で使用させる。器具に損傷や亀裂が見られる場合は直ちに使用を中止し、交換を促す。
トレーニング頻度と継続の指導
口唇閉鎖訓練の研究からは、1回数分程度のトレーニングを数週間継続することで閉鎖力が有意に向上し、中止後は数週間で効果が減弱することが示されている。
このため、患者には「短期間で終わる集中トレーニング」ではなく、「日課として続ける軽い運動」というイメージを持ってもらうことが重要である。カレンダーやアプリなどを活用し、1日あたりの実施回数と体感の変化を記録させることで、継続率を高める工夫が必要である。
導入判断のロードマップ
口輪筋トレーニング器具を医院として導入するかどうかを検討する際には、次のようなステップで考えると整理しやすい。
第1段階は対象患者層の明確化である。摂食嚥下リハビリを主軸に置くのか、矯正やMFTの補助として小児を対象にするのか、美容ニーズを持つ成人を中心にするのかによって、パタカラ系を優先するか とじろーくん系を優先するかは変わる。
第2段階は既存プログラムとの整合性である。すでに口腔体操やMFTプログラムを持つ医院では、その中のどこに器具トレーニングを挿入するのか、どの専門職が指導を担うのかを決める必要がある。
第3段階はリスクマネジメントと説明責任である。器具によるトレーニングはあくまで補助的手段であり、基礎疾患の評価や基本的リハビリを置き換えるものではないことを患者にもスタッフにも共有しておく必要がある。
最後に、自費メニューとして提供する場合、訓練回数やフォローアップの頻度、測定や評価にかかる時間を考慮し、費用設定とインフォームドコンセントの内容を明文化することが望ましい。
出典一覧
口輪筋の筋力持久力強化トレーニングに関する研究 口腔リハビリ器具 パタカラを含む口唇トレーニング法の検討 1999年から2009年に公表された国内論文 最終確認2025年11月
口唇閉鎖訓練器具のばね定数や力学的特徴に関する研究 2013年から2019年に公表された大学紀要論文など 最終確認2025年11月
高齢者に対する口唇閉鎖訓練が口唇閉鎖力 嚥下機能 睡眠覚醒リズムに与える影響を扱った研究群 最終確認2025年11月
口唇閉鎖訓練器具を用いた介護施設での実践報告やQOL改善に関するケースレポート 最終確認2025年11月
とじろーくんMメディカルを含む口輪筋トレーニング器具の製品情報と使用方法に関する資料 最終確認2025年11月
口腔体操プログラムやMFTにおける口唇舌頬の訓練法をまとめたガイドラインおよび総説 最終確認2025年11月