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口腔トレーニング器具とは?口腔機能低下症・オーラルフレイル予防における位置付けとエビデンスの概要

口腔トレーニング器具とは?口腔機能低下症・オーラルフレイル予防における位置付けとエビデンスの概要

最終更新日

高齢患者の定期検診で、残存歯数も咬合支持も十分なのに「最近むせやすい」「固い物を避けるようになった」といった訴えが増えたと感じている読者は少なくないはずである。口腔機能低下症やオーラルフレイルという概念が浸透し、評価やリハビリテーションが診療報酬や介護報酬にも組み込まれるようになった一方で、具体的なトレーニング方法や器具の選択に迷う場面は多い。

市販の口腔トレーニング器具は年々増え、舌圧訓練器、口唇閉鎖力訓練器、頬筋トレーニング器、含嗽訓練用具など多彩である。勉強会で紹介された器具を何となく取り入れているが、どの患者にどこまで勧めるべきか、エビデンスレベルはどの程度か、自院の人的資源と時間配分を考えると本当に投資に見合うのかという問いに対して明確な答えを持てていないという声も聞く。

本稿では、口腔トレーニング器具の定義と位置付け、口腔機能低下症およびオーラルフレイルに対するエビデンスの概要を整理し、歯科医院がどのレベルで器具を活用すべきかを臨床と経営の両面から検討する。

目次

口腔トレーニング器具の要点早見表

項目内容
定義舌や口唇、頬、軟口蓋などの筋機能や嚥下機能を訓練する目的で設計された専用器具全般を指す
主な対象口腔機能低下症と診断された高齢者、オーラルフレイル段階の地域在住高齢者、摂食嚥下リハビリ中の患者など
代表的器具口唇閉鎖力訓練器、舌圧訓練器、含嗽訓練用具、咀嚼訓練用グミやガム、頬部抵抗器具など
位置付け口腔機能低下症管理や口腔機能向上加算における訓練手段の一部であり、診査、口腔清掃、義歯調整、全身運動、栄養支援と併用されるべき補助的ツールである
エビデンス概要舌圧や口唇閉鎖力、オーラルディアドコキネシスなどの指標改善を示す介入研究が複数ある一方で、身体フレイルや要介護発生抑制までの明確な因果は限定的であると報告されている
経営的視点器具販売や介入プログラムは直接収益よりも患者維持と介護予防ネットワーク構築への投資と捉える方が現実的である

この表は口腔トレーニング器具が臨床と制度の中でどこに位置するかを俯瞰するものである。ここから先は口腔機能低下症とオーラルフレイルの背景を押さえたうえで、器具の活用範囲と限界を検討する。

口腔機能低下症とオーラルフレイルの整理

口腔トレーニング器具を評価する前提として、対象となる病態と診断基準を簡潔に整理しておく。

日本老年歯科医学会の見解では、口腔機能低下症は口腔衛生状態不良、口腔乾燥、咬合力低下、舌口唇運動機能低下、低舌圧、咀嚼機能低下、嚥下機能低下という7項目のうち3項目以上が該当する状態とされる。加齢や疾患により複数の口腔機能が軽度から中等度に低下した状態であり、この段階で介入することがフレイルやサルコペニア進展を抑える上で重要とされている。:contentReference[oaicite:0]

オーラルフレイルは、食べこぼし、むせ、滑舌低下、かめない物の増加、乾燥感などの軽微な症状の集積として捉えられ、口腔機能低下症と身体フレイルの橋渡しとなる状態概念である。介入研究では、口腔体操や器具を用いた訓練により口腔機能指標が改善し、身体機能や生活機能に一定の良い影響が示唆される報告もあるが、介護予防効果についてはまだ十分なエビデンスが得られていないとされる。:contentReference[oaicite:1]

理解を深めるための軸

口腔トレーニング器具を評価する軸は大きく臨床的な軸と経営的な軸に分けられる。ここでは簡潔に構造化しておく。

臨床的軸 どの機能を誰に対して高めるのか

臨床的には、どの器具がどの口腔機能をターゲットにしているかを明確にする必要がある。口唇閉鎖力訓練器は口輪筋を中心とした周囲筋の強化を目的に設計され、口唇閉鎖不全や唾液流出がある高齢者に用いられる。舌圧訓練器は舌前方や舌背の筋力を鍛え、舌圧の改善や嚥下時の舌押し出し機能の向上を狙う。

含嗽訓練用具は含嗽時の頬筋や軟口蓋、咽頭収縮の協調を高める訓練として位置付けられ、ランダム化比較試験でオーラルディアドコキネシスや舌圧の改善が報告されている。:contentReference[oaicite:2] 器具を使うかどうかは、患者の機能低下がどの項目に該当するかと、手指巧緻性や認知機能を含む全身状態から判断する必要がある。

経営的軸 どの程度器具に依存するか

経営的には、器具をどの程度プログラムの中核に据えるかが重要である。口腔機能管理や歯科口腔リハビリテーション料の算定要件では、評価と計画に基づいた訓練が求められるが、特定の器具使用が必須とされているわけではない。:contentReference[oaicite:3]

自費で器具を販売したり、通所施設と連携して器具を用いた集団訓練を提供する場合、器具の購入費と在庫管理、説明やモニタリングに要する人件費を見込む必要がある。器具依存度を高めすぎると、スタッフ入れ替え時や器具供給停止時のリスクが大きくなるため、器具を使わない代替訓練方法も含めたプログラム設計が望ましい。

トピック別の深掘り解説

ここからは具体的なトピックごとにエビデンスと実務への落とし込みを検討する。

代表的な適応と禁忌の整理

舌圧低下と舌機能訓練器

舌圧低下は口腔機能低下症の下位項目のひとつであり、舌圧測定器で定量評価が可能である。介入研究では、舌圧訓練器を用いて一定期間反復押し当て運動を行うことで舌圧の有意な増加が報告されている。:contentReference[oaicite:4]

適応は舌圧低下や舌運動機能低下が主因と考えられる咀嚼困難や嚥下困難であり、舌の構造異常や高度な認知症で指示理解が難しい症例では器具単独の効果は期待しにくい。舌に潰瘍や疼痛が存在する場合は器具による圧刺激が症状悪化を招くおそれがあるため慎重な判断が必要である。

口唇閉鎖不全と口唇閉鎖力訓練器

口唇閉鎖力訓練器は、ボタン状のパーツを口唇で挟んで引っ張るボタントレーニングや、吸引しながら引く抵抗器具などがある。介護施設を対象とした研究では、一定期間のトレーニングで口輪筋の筋力と口唇閉鎖機能が改善し、唾液流出や食べこぼしの減少が報告されている。:contentReference[oaicite:5]

ただし顔面神経麻痺や顎関節症の急性期など、過度な口輪筋負荷が望ましくない症例では慎重な適応が求められる。義歯不適合が主因の口唇閉鎖不全に対して器具訓練のみ行うのは本末転倒であり、補綴的対応との優先順位付けが重要である。

標準的なワークフローと品質確保の要点

口腔トレーニング器具を臨床に組み込む際の標準的な流れは、評価、目標設定、器具選択、指導、フォローアップという段階に分けて整理できる。

評価では口腔機能精密検査に準じて舌圧、オーラルディアドコキネシス、咬合力、嚥下スクリーニングなどを行い、どの機能がボトルネックかを明確にする。:contentReference[oaicite:6] 目標設定では、例えば舌圧を何kPa以上まで高める、オーラルディアドコキネシスを1秒あたり何回以上まで改善するなど、具体的な指標と期間を患者と共有する。

器具選択では、舌圧訓練器、口唇閉鎖力訓練器、含嗽訓練用具などから、患者の主訴と評価結果、手指巧緻性、視力や聴力、介護者の有無を加味して選ぶ。指導では歯科衛生士や言語聴覚士が中心となり、回数と秒数、セット数など具体的なトレーニングメニューを提示し、実際に患者に行ってもらう。

フォローアップでは1〜3か月ごとに再評価を行い、効果が乏しい場合はメニューの修正や器具変更、全身運動や栄養指導の併用など介入レベルを変更する。単に器具を渡しておしまいではなく、評価とフィードバックのループを回すことが質保証の鍵である。

安全管理と説明の実務

口腔トレーニング器具は、薬剤や侵襲的手技に比べれば安全性が高い印象を持ちやすいが、誤使用や不適切な適応によるトラブルは無視できない。

舌圧訓練では過度な力や頻度が舌筋の疲労や痛みを引き起こし、食欲低下や訓練への嫌悪感につながることがある。含嗽訓練では誤嚥リスクがあるため、嚥下障害が疑われる症例に対して器具を用いた含嗽を指示する前に嚥下スクリーニングを行うべきである。:contentReference[oaicite:7]

説明の場面では、器具による訓練が万能な予防法ではないこと、全身の運動や栄養、口腔清掃、義歯調整など他の介入と組み合わせる必要があることを明確に伝えることが重要である。過度な期待を煽る表現は避け、エビデンスの範囲と限界を共有することで長期的な信頼関係を構築しやすくなる。

費用と収益構造の考え方

口腔トレーニング器具そのものの価格は、一般に数千円から1万円台程度に収まることが多い。問題は器具代そのものよりも、評価と指導に要する時間と人件費である。歯科口腔リハビリテーション料や口腔機能管理料は一定の評価を与えているが、個別の器具販売を診療報酬でカバーする枠組みはない。:contentReference[oaicite:8]

そのため器具活用を医院経営の中心的収益源に据えるのは現実的ではなく、むしろ既存患者の維持と紹介、地域包括ケアでのポジション確立、介護予防事業との連携といった間接的なリターンを見込むべきである。例えば、地域包括支援センターと連携した口腔機能向上教室の開催や、通所施設への助言と器具提供などを通じて、医院を口腔機能低下の地域ハブとして位置付ける戦略が考えられる。

外注・共同利用・導入の選択肢比較

全ての診療所がすべての器具を揃え、自院だけでトレーニングを完結させる必要はない。医科のリハビリテーション科や歯科大学附属病院と連携し、嚥下障害や重度全身疾患を抱える患者のトレーニングプログラムを外部で設計してもらい、日常のフォローアップをかかりつけ歯科で担う形も現実的である。

また介護保険領域の口腔機能向上加算を算定する通所施設と情報共有し、歯科の評価に基づいて施設で器具訓練を実施してもらう方法もある。この場合、医院は評価と計画策定に注力し、日常のトレーニングは多職種と共同で行うことで人的資源を有効に活用できる。

よくある失敗と回避策

よくある失敗は、器具だけを導入しても運用体制を整えないケースである。器具を棚に並べただけで具体的な評価プロトコルやトレーニングメニュー、フォローアップの仕組みが無い場合、数か月後には誰も使わなくなる。もうひとつは、器具の効果を過大に期待し、補綴や義歯調整、全身リハビリなど他の介入を軽視してしまうケースである。

これらを避けるためには、まず口腔機能低下症の診断と評価を正確に行い、その結果に基づいて器具の役割を位置付けることが必要である。器具はあくまでトレーニング手段の一部であり、診断と予後予測、全身状態評価を含めた包括的マネジメントの中で活用するという姿勢が重要である。

導入判断のロードマップ

口腔トレーニング器具の導入を検討する読者に向けて、段階的な判断の流れをまとめる。

第1段階は、自院で既に行っている口腔機能評価とリハビリの棚卸しである。口腔機能精密検査をどの程度実施しているか、歯科口腔リハビリテーション料や口腔機能指導加算をどのくらい算定しているかを確認し、現状の患者層と介入内容を把握する。

第2段階は、器具がなくても実施できるベーシックな口腔体操や発音訓練、舌運動、ブクブクうがいなどの指導体制を整えることである。これは街の歯科医院でも比較的少ない投資で始められ、スタッフ教育にも直結する。

第3段階で、器具導入の優先順位を決める。舌圧低下や口唇閉鎖不全の患者が多いのか、嚥下スクリーニングで軽度の機能低下が頻繁に見つかるのか、地域包括支援センターや通所施設からどのような相談が多いのかを踏まえ、最初に導入する器具種を絞る。

第4段階で、評価とトレーニングのプロトコルを作成し、担当歯科衛生士や歯科医師への教育を行う。複数の器具を同時に導入せず、最初は1〜2種類から始めて運用を安定させる方が成功しやすい。

最後に、半年から1年程度のスパンで介入効果を振り返る。舌圧やオーラルディアドコキネシス、嚥下スクリーニングの結果だけでなく、摂食状況や体重、転倒歴など全身的指標も併せて追うことで、器具介入がどの程度フレイル予防に寄与しているかを推定できる。エビデンスがまだ十分ではない領域だからこそ、自院での経験とデータを積み重ねる姿勢が重要である。

出典一覧

オーラルフレイルを改善する口腔機能訓練器具 高齢者歯科誌論文 最終確認日2025年11月

オーラルフレイル予防のための口腔機能訓練器具 公益社団法人資料 最終確認日2025年11月

訓練器具を用いた口腔機能トレーニングの実際と効果検証 研究報告資料 最終確認日2025年11月

口腔機能低下症に関する基本的な考え方 学会見解資料 最終確認日2025年11月

口腔機能低下症 保険診療における検査と診断 解説資料 最終確認日2025年11月

エビデンスに基づいた高齢者口腔機能低下症管理マニュアル 研究班報告書 最終確認日2025年11月

オーラルフレイル対策における口腔機能の維持向上のための介入研究 厚生労働科学研究報告 最終確認日2025年11月

含嗽訓練は口腔機能の向上に有効か 学会発表資料 最終確認日2025年11月

口腔機能向上加算導入の手引き 研究機関資料 最終確認日2025年11月