静音性か吸引力か?歯科用集塵機の騒音・吸引性能・ランニングコストを比較
技工室やチェアサイドで集塵機のスイッチを入れた瞬間、思った以上の騒音に後悔した経験は少なくないはずである。ある医院では、強力な技工用集塵機を導入したものの技工室の会話がかき消され、結局出力を絞って使うため粉じんが机に残り続けているという。別の医院では静かな卓上機を選んだ結果、吸い残しが多く、模型の手直しや清掃の手間が増えてしまったという声もある。本稿の目的は、こうしたジレンマを整理し、歯科用集塵機を騒音と吸引性能とランニングコストの三つの軸で比較しながら、自院にとって最適な一台の条件を明らかにすることである。
ここでは代表的な技工用集塵機と口腔外バキュームを取り上げ、仕様に基づく客観的な比較とともに、臨床アウトカムと経営指標の双方にどう効いてくるかを検討する。静音性を優先すべきか、吸引力を優先すべきか、あるいは電気代とフィルターコストを抑えるべきかという問いに対して、条件ごとの判断軸を提示し、導入後に後悔しないための視点を提供することが本稿のゴールである。
目次
比較サマリー表(早見表)
| 製品名 | 用途カテゴリ | 騒音レベルの目安 | 吸引性能の指標 | 消費電力の目安 | 集塵方式とフィルター | 本体価格の目安 | ランニングコストの特徴 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| SJ330 フォレストワン | 技工用卓上集塵機 | 約55dB | 2300L/min | 約55W | 一次水洗フィルター+HEPAフィルター | 情報なし | 省電力かつBLDCモーター約40000時間で電気代とモーター交換コストを圧縮する設計である |
| サイレントコンパクト 日本歯科商社 | 技工用卓上集塵機 | 最大55dB | 2500L/min | 480W(連動含まず) | ファインフィルター+自動振動クリーニング+トレー方式 | 約28万円 | フィルターバッグ不要で消耗品を抑えつつ、ファインフィルター定期交換が必要である |
| サイレントEC2 日本歯科商社 | 技工用卓上集塵機(2口) | 最大55dB | 3980L/min | 1150W | ファインフィルター自動クリーニング+大容量トレー | 約65万円 | 2席同時使用で1席あたりコストを下げやすいが、電気代とフィルター代は高めである |
| へパクリーン BSAサクライ | 移動式口腔外バキューム | 約55~60dB | 吸引圧最大15kPa | 情報なし | 静電プレフィルター+HEPA+集塵フィルターの3層 | 約33万円 | 強力吸引ながら本体価格が抑えめで交換用フィルターキットを定期補充する前提である |
| フリーアームアルテオS 東京技研 | 移動式口腔外バキューム | 約65dB前後 | 風量3.0m³/min 吸引圧5kPa | 情報なし | 3層フィルター+自動クリーニング | 約94万円 | 高価だが耐久性と清掃性に優れ重症例中心の医院で投資回収を狙うモデルである |
この表は騒音レベルと吸引性能と消費電力とフィルター方式を並べることで、静音性重視か吸引力重視か、あるいは電気代と消耗品コストのバランスをどこに置くかのイメージを掴むための早見表である。技工用と口腔外バキュームでは求められる仕様が異なるため、同じ数値でも意味合いが変わる点に注意が必要である。例えば55dBという数値はいずれも会話可能なレベルであるが、技工室では常時運転の背景音になり、診療室では処置中のみの短時間稼働になるため、体感の違いが生じる。
【項目別】騒音と吸引力とランニングコストで見る集塵機選び
この章では、集塵機選定時の支配的な検討軸である騒音と吸引力とランニングコストについて、それぞれの指標が臨床アウトカムと医院経営にどう影響するかを整理する。単純な数値比較では見えにくい因果関係を明らかにすることで、製品カタログを見る視点が変わるはずである。
騒音レベルが臨床とスタッフに与える影響
騒音レベルはdB表記で示されるが、55dB前後であれば静かな事務所や普通の会話と同程度の音量である。SJ330やサイレントコンパクト、サイレントEC2はいずれも最大55dBとされ、技工室で常時使用しても会話が成立する静音性を持つ。へパクリーンは55~60dB台であり、強モード時にはやや音量が増すが診療中の会話は可能というレンジである。
静音性が高いほど、技工士やスタッフの騒音ストレスが減り集中力が保たれやすい。診療室では患者の不安軽減にもつながり、「機械音ばかりで落ち着かない医院」というマイナス印象を避けやすい。経営的には、静かな機種ほど使用頻度が下がりにくく、せっかく導入した集塵機が物置と化すリスクが低いという点が重要である。
吸引性能の数値が示す意味
吸引性能は体積流量L/minや風量m³/min、吸引圧kPaで示される。技工用では体積流量が目安になり、サイレントEC2は3980L/minと高い数値で、2口同時でも余裕のある吸引力を持つ。サイレントコンパクトは2500L/min、一人用としては十分な流量であり、手元の粉じんを安定して吸い込めるレンジにある。SJ330は2300L/minとサイレントコンパクトに近いが、消費電力が55Wと極めて小さい点が特徴である。
口腔外バキュームでは負圧kPaが重視され、へパクリーンは最大15kPaと高い負圧を公称している。これは重量のある削片や水滴混じりの飛沫を素早く引き寄せる能力に直結する。フリーアームアルテオSは風量3.0m³/min、負圧5kPaであり、広い範囲の飛沫を安定して捕集するバランス型である。吸引力が不足すると粉じんの浮遊時間が伸び、再沈着による手戻りや清掃時間の増加、エアロゾル曝露量の増加につながるため、単純な静音性だけを追いかけると本末転倒になる。
フィルター方式とメンテナンスがランニングコストを決める
フィルターバッグ方式とトレー方式
集塵機のフィルター方式は大きく紙パックなどのフィルターバッグ方式と、トレー+ファインフィルター方式、さらに電気集塵方式に分かれる。ジェットクリーナーのような紙パック方式は、ディスポーザブル紙パックで一次捕集を行い、紙パックに粉じんが溜まると静圧と流量が低下するため、吸引力の体感低下を合図に早めの交換を行う運用が求められる。フィルター自体は保護されるが、紙パックの継続的な購入が必要である。
サイレントコンパクトやサイレントEC2はフィルターバッグ不要のトレー方式で、自動振動によってファインフィルターに付着した粉じんをトレーに落とす構造である。これにより紙パックコストは不要になり、トレーの廃棄と定期的なファインフィルターの交換のみで済む。ただしファインフィルター自体は高価であり、数年単位での交換を見込んでおく必要がある。
電気集塵方式の電力効率
一般産業向け記事では、フィルター式集塵機に比べ電気集塵機の年間消費電力が20パーセント以下となる事例が紹介されており、ニードル放電式の電気集塵ユニットでは目詰まりが起こりにくいため吸気のための電力が少なく済むとされている。歯科向けでは電気集塵方式を全面採用した製品はまだ少数派であるが、CADCAM用の集塵ユニットなどでは今後選択肢となる可能性がある。電力単価の上昇とカーボンフットプリントへの関心を考えると、長時間稼働する技工室ほど電気集塵の省エネ性に注目する価値がある。
電気代と耐久性がTCOに与える影響
集塵機の電気代は消費電力kWと稼働時間と電力単価で概算できる。例えばサイレントEC2の消費電力は1150Wであり、電力単価を1kWhあたり30円と仮定すると1時間あたり約34円となる。一方SJ330は55Wであり、同条件なら1時間あたり約1.6円である。技工室で1日8時間運転すると仮定した場合、年間数万円単位の差になる可能性がある。
モーター耐久時間も総所有コストに直結する。SJ330のBLDCモーターは稼働時間4万時間とされ、サイレントコンパクトやサイレントEC2は5000時間以上が目安である。年間2000時間運転すると仮定した場合、BLDCモーターは理論上20年以上持つ一方、5000時間モーターは2年半程度で交換を見込む必要がある。モーター交換費用と電気代を合わせて見たときに、初期投資が高くても省エネかつ長寿命の機種がトータルでは有利になるケースがある。
ランニングコストの簡易試算とROI
ランニングコストは本体の減価償却とフィルターや電気代、保守費用を症例数で割ることで一症例あたり費用として可視化できる。サイレントEC2を例に、一症例あたり費用は本体価格を耐用年数で割った年間費用に、フィルター交換費用と電気代を加え、それを年間症例数で割る形で算出される考え方が紹介されている。便益側ではチェアタイム短縮や手戻り削減、粉じんを嫌う自費患者の満足度向上による売上増などを年間便益として捉え、年間便益を年間コストで割った値を簡易なROIとして評価することができる。
【製品別】代表的な歯科用集塵機のレビュー
この章では、前述の比較表で取り上げた代表的な製品について、臨床と経営の両面からもう少し踏み込んだレビューを行う。それぞれに向き不向きがあり、自院の診療スタイルや技工体制によって評価は変わる。
SJ330は静音性と省エネ性を両立した技工用集塵機である
SJ330は技工用卓上集塵機として静音性と省エネ性を前面に打ち出している。最大体積流量2300L/minで、技工用ハンドピースの研削粉じんを吸い込むには十分な性能でありながら消費電力は55Wと非常に小さい。騒音レベルは55dBで、技工室内で常時運転しても会話の邪魔にならない静音設計である。
一次フィルターは水洗い可能で、HEPAフィルターによって空気も洗浄する構造を持つため、フィルター交換サイクルを抑えつつ集塵性能と排気の清浄度を両立しやすい。BLDCモーターは稼働時間4万時間をうたっており、モーター交換までの期間が長い点はTCO低減に寄与する。省電力かつ長寿命であることから、小規模技工室やチェアサイド研削用として「電気代を増やさず粉じん対策を強化したい」医院に向く。
一方、2口同時吸引やミリングマシンとの連動などを求める場合には、サイレントEC2のような上位機の方が適している。SJ330は1席集中型の集塵機であり、規模拡大を見込むラボでは将来の増設計画も含めた検討が必要である。
サイレントコンパクトは1席向けのバランス型技工用集塵機である
サイレントコンパクトは静音設計の一人用技工用集塵機であり、最大体積流量2500L/minとSJ330と同程度の吸引性能を持つ。騒音レベルは最大55dBで、技工室だけでなく診療室の椅子横での研削にも使いやすい。ファインフィルターを自動振動でクリーニングし、集塵トレーにダストを振るい落とす構造のため、フィルターバッグが不要でランニングコストを抑えやすい。
モーター耐久時間は1000時間以上と明示されており、SJ330に比べると交換サイクルは短い。その分本体価格は約28万円と中堅クラスに収まり、中小規模の技工所や歯科医院で「まず1台静かな集塵機を導