バーの滅菌と再使用回数をどう考えるか?感染対策と切削性能低下のバランス
バーの滅菌と再使用回数をどう設計するか全体像を整理する
支台歯形成が続く夕方の時間帯になると、ダイヤモンドバーの切れ味が落ちてきた感覚がありながらも、忙しさの中でそのまま使い続けてしまう経験は多くの術者に共通する感覚である。感染対策を考えれば患者ごとにバーを交換し、十分な洗浄とオートクレーブ滅菌を行うのが理想である一方で、バーは診療所にとっては典型的な高頻度消耗品であり、無制限な使い捨ては材料費と作業負荷の両面で現実的でない場合も多い。
一方で、一般歯科診療の院内感染対策指針では、バーやファイル、超音波チップなどは最も感染リスクの高い器材として扱われ、超音波洗浄だけでは不十分であり、洗浄後にオートクレーブ滅菌を行うことが強く推奨されている。バー類は観血処置に直接用いられることからクリティカルな器材に分類され、毎回確実な洗浄と滅菌を行わなければならないと明記されている。
メーカー添付文書を見ても、ダイヤモンドバーについては初回使用前と患者ごとの使用後に洗浄と高圧蒸気滅菌を行うことが求められており、血液や唾液に曝されたバーはできるだけ廃棄すること、再使用する場合には必ず洗浄と滅菌を行うことが注意として記載されている。 一方で、どの時点まで再使用を許容するかという具体的回数については明示されないことが多く、現場では感染対策とコスト、切削性能のバランスをどのように取るべきかが悩みとなる。
本稿では、バーの滅菌と再使用回数というテーマを単なる「何回まで使ってよいか」という問いに矮小化せず、歯科用バーのリスク分類、国内外の感染対策指針、最新の切削性能に関するエビデンス、メーカー添付文書の内容を整理したうえで、臨床と経営の両面から現実的な運用ラインを考える。そのうえで、開業医が自院の規模や症例構成に応じて、単回使用と再使用の境界をどのように設計し、スタッフと共有していくかのロードマップを提示することを目的とする。
バー滅菌と再使用の要点を早見表で確認する
まず全体像を俯瞰するために、単回使用を基本とする場合、限定回数の再使用を前提とする場合、明らかな摩耗まで使い続ける場合の違いを簡潔に整理する。
| 観点 | 単回使用を基本とする運用 | 限定回数の再使用を前提とする運用 | 摩耗や破損まで使い続ける運用 |
|---|---|---|---|
| 感染リスク | 構造上の洗浄不良リスクをほぼ排除できるが、新品でも製造時汚染の可能性があるため初回滅菌は必要になる | 洗浄と滅菌が適切であれば多くの場面で許容可能だが、プロセス不良やデブリ残存により交差感染リスクが残る | 洗浄と滅菌が不十分なタイミングが介在しやすく、再使用回数が増えるほど管理不良による感染リスクが上昇する |
| 切削性能 | 毎回新品で切削性能は安定し、発熱や形成時間のばらつきが最も少ない | 実験的には複数回の滅菌までは性能維持が可能とする報告が多いが、臨床では使用法によって低下速度が大きく変動する | 切削性能低下により発熱や形成時間の延長が生じやすく、歯髄ダメージや術者ストレスを増やす |
| 材料費のイメージ | 1症例あたりのバーコストは最大になるが、バー代は診療報酬に内包されているため安全性を優先しやすい | 例えば1本300円のバーを5回再使用すればバーコストは理論上1症例60円程度になり、材料費を抑制しやすい | 表面上のバー費用は最も低いように見えるが、再治療やチェアタイム延長に伴う機会損失を考慮すると総コストはむしろ増加しうる |
| 再処理の負荷 | 滅菌対象本数が増えるため、滅菌器容量やスタッフの作業時間がボトルネックとなりやすい | 症例数と再使用回数の設計次第で滅菌本数をコントロールでき、既存の設備でも運用しやすい | 再処理本数は少なく見えるが、切削性能のばらつきが大きく、術中に予備バーを探す手間など隠れた作業負荷が生じやすい |
| 医療安全とトレーサビリティ | 単回使用バーにロット管理を組み合わせれば、万一の不具合時に追跡が容易である | 回数管理を仕組み化すればトレーサビリティと安全性のバランスを取れるが、運用ルールが複雑になりやすい | どの症例でどのバーを何回使用したかが不明瞭になりやすく、不具合発生時の原因分析も困難になる |
表の通り、単回使用と再使用にはそれぞれ明確なメリットとデメリットがあり、どれか一つに絶対解があるわけではない。ただし、感染対策の観点からは、構造上洗浄が困難なバーや、血液や唾液に濃厚に曝される症例では単回使用を強く検討すべきである。一方で、汎用的な支台歯形成用バーについては、メーカー添付文書と国内外のガイドラインに整合する範囲で限定回数の再使用を設計することが現実的な折衷となる。
歯科用バーが感染対策上どのように分類されているかを確認する
国内の院内感染対策指針では、バーやファイル、超音波スケーラーチップなどの器具は、血液や体液に汚染されやすく、感染症を伝播させる危険が最も高いクリティカルな器材として分類されている。クリティカル器材は使用ごとに完全な滅菌が必要であり、単なる消毒では不十分であるとされる。
この指針では、超音波洗浄は付着した血液やタンパク質の除去に有効だが、それ自体は滅菌ではなく、細菌やウイルスを完全に除去することはできないとされている。一方でオートクレーブは滅菌法として信頼できるが、付着物そのものを除去する働きはない。したがって、まず洗浄により有機物を十分に除去したうえで、オートクレーブ滅菌を行う二段階のプロセスが強く推奨されている。実際に、歯科治療に使用されたバー類の残留タンパク質量を測定した研究では、超音波洗浄のみでは多くの試料で残存が認められた一方、超音波洗浄後にオートクレーブ滅菌を行うことで細菌培養で常に滅菌状態が得られたと報告されている。
海外のエビデンスレビューでも、歯科用バーはクリティカルな医療機器として扱われ、適切な洗浄と組み合わせた蒸気滅菌が最も有効な再処理方法であると結論付けられている。このレビューでは、オートクレーブ、乾熱滅菌、ガラスビーズ滅菌など複数の方法が比較されているが、オートクレーブを用いた蒸気滅菌が最も安定して高い滅菌効果を示したとされている。
さらに興味深いのは、新品のバーであってもメーカー出荷時点で微生物汚染が検出されたという報告である。ある研究では、未滅菌状態でメーカー包装から直接採取したバーのうち数パーセントで細菌の培養陽性が認められており、バーは新品であっても初回使用前に洗浄と滅菌を行うべきであると結論付けられている。 この点は、開封してそのまま使用してしまいがちな現場の習慣と相反するため、あらためてスタッフ教育の中で強調する必要がある。
クリティカル器材としてのバーと標準予防策の考え方
バーがクリティカル器材とされる理由は二つある。一つは、しばしば出血を伴う歯科処置で使用され、血液や唾液に直接曝露されることである。もう一つは、歯質や金属、セラミックなどの切削片が血液と混じって付着しやすく、表面だけでなく微細な隙間や凹凸に汚染物が入り込み、完全な洗浄が難しい構造を持つことである。国内指針では、バーや根管用器具はこのような理由から感染症伝播リスクの高い器材として位置付けられている。
標準予防策の考え方に立てば、全ての患者の血液や体液には潜在的な感染性があるとみなし、患者ごとにクリティカル器材を滅菌することが前提となる。バーを再使用するかどうかという議論は、この前提の上に成立するものであり、洗浄と滅菌プロセスの妥当性を担保できない状況で再使用を行うことは、標準予防策から逸脱することになる。したがって、再使用回数の議論に入る前に、自院の洗浄と滅菌体制がこの前提を満たしているかを冷静に点検する必要がある。
洗浄と滅菌の組み合わせが推奨される根拠
前述の指針に引用されている研究では、バーやファイルを超音波洗浄のみで処理した場合と、超音波洗浄後にオートクレーブ滅菌を行った場合で、残存タンパク質量や細菌培養結果が比較されている。その結果、超音波洗浄だけでは多くの試料で細菌の生育が認められたのに対し、超音波洗浄後にオートクレーブ滅菌を行った場合には、常に滅菌状態が得られたとされている。
海外のエビデンスレビューでも同様に、洗浄工程を省略した場合や簡略化した場合には、オートクレーブを用いても完全な滅菌が得られないことがあると指摘されている。特に、血液やタンパク質が乾燥した状態でバー表面に焼き付くと、熱が十分に伝わらず滅菌不良の原因となるだけでなく、後の洗浄でも完全には除去できないことがある。このため、使用直後の早いタイミングでデブリを除去し、超音波洗浄やウォッシャーディスインフェクターによる機械的洗浄を行ったうえで、包装しオートクレーブにかけるというプロセスが推奨されている。
ダイヤモンドバーとカーバイドバーの滅菌方法の基本を押さえる
ダイヤモンドバーとカーバイドバーは材質と構造が異なるため、滅菌方法自体は共通であっても、劣化の仕方や注意点には違いがある。まず共通する前提として、多くのメーカー添付文書は、初回使用前と各患者への使用後に洗浄と高圧蒸気滅菌を行うことを求めており、血液や唾液に曝されたバーは可能な限り廃棄し、再使用する場合は確実な洗浄と滅菌を行うよう指示している。
国内指針では、クリティカル器材の滅菌にオートクレーブを用いることが標準とされているが、バーの場合は細いシャンクとダイヤモンド層や刃部の熱ストレスを考慮する必要がある。添付文書では、例えば135度で一定時間以上の滅菌条件が示されている一方で、乾熱や化学滅菌は材質劣化の懸念から推奨されていないことが多い。
汚染直後の前処理と洗浄プロセスの現実的なステップ
実務的に重要なのは、バーをハンドピースから外した直後の前処理である。添付文書では使用後できるだけ早く血液や組織片などを除去し、ブラシや超音波洗浄を用いて洗浄することが求められている。特にダイヤモンドバーはダイヤモンド粒子の間にデブリが入り込みやすく、乾燥すると除去が困難になるため、診療終了後の一括処理ではなく、チェアサイドから中央材料室までの間に乾燥を防ぐ工夫が必要になる。
海外のレビューでは、手洗いよりもウォッシャーディスインフェクターなどの自動洗浄が残存タンパク質の除去に優れているというデータが示されており、可能であれば自動洗浄器をバー再処理プロセスに組み込むことが望ましいとされている。 しかし、小規模診療所では設備投資が難しい場合も多いため、バー専用ホルダーを用いた超音波洗浄と流水洗浄を組み合わせ、ブラシによる目視下の仕上げ洗浄をルーチン化することが現実的な対策となる。
高圧蒸気滅菌の条件とバー材質への影響
オートクレーブ滅菌はバーの再処理において最も広く用いられているが、繰り返しの滅菌が切削性能や構造に与える影響については複数の研究が報告されている。エビデンスを総括したレビューでは、繰り返しの洗浄と滅菌によりダイヤモンドバーの切削効率が低下するという報告が多数を占める一方で、一定回数までは切削効率の変化が統計的に有意でないとする研究も存在する。
例えば、ある実験では電着ダイヤモンドバーをオートクレーブまたはグルタルアルデヒドで繰り返し処理したところ、いずれの方法でも従来型バーは構造変化と切削効率低下が認められたと報告されている。 一方で、別の実験では1ブランドのダイヤモンドバーを複数回オートクレーブ、乾熱、化学蒸気で処理しても10サイクルまで切削効率に有意差がなかったとされており、材質や製造法による差が大きいことが示唆されている。
カーバイドバーについては、複数回のオートクレーブ滅菌により目立った切削性能の低下を認めなかったという報告もあるが、いずれの研究でも繰り返し使用に伴う刃部の摩耗は避けられない。 このように、滅菌サイクルが切削性能に与える影響は一定方向に単純化できないものの、「洗浄と滅菌を繰り返すほど何らかの劣化が進む」という前提に立ち、再使用回数の上限を設けることがリスク低減につながる。
ダイヤモンドバー特有の注意点
ダイヤモンドバーは、ダイヤモンド粒子を電着またはろう付けで固定した構造であり、繰り返しの使用と滅菌によりダイヤモンド粒子の脱落や結合部の疲労が生じる。あるレビューでは、電着ダイヤモンドバーでは5回程度のオートクレーブ滅菌で切削効率低下が統計的に有意となり、ろう付け型バーでは10回程度まで耐性が高いという実験結果が紹介されている。
また、メーカーの再処理ガイドでは、ダイヤモンドバーは単回使用や少数回の再処理で急速に劣化するため、摩耗や腐食、破損を毎回評価し、少しでも異常があれば廃棄することが強く推奨されている。バーの再使用可否は最終使用者の判断に委ねられ、地域の法規制と施設の責任の下で対処するよう求められている。
カーバイドバーとその他回転器具の注意点
カーバイドバーはタングステンカーバイド合金を切削部とする構造であり、ダイヤモンドバーに比べると刃部の摩耗や欠け方がわかりやすい。その一方で、根管内や金属補綴物除去など高負荷な用途では、ネック部の疲労による破折リスクが無視できない。繰り返しのオートクレーブ滅菌により金属疲労が蓄積する可能性も指摘されているが、臨床的には使用回数と切削負荷、視認可能な変形やチッピングの有無を総合して廃棄タイミングを判断することが重要である。
再使用回数を決めるための臨床的な判断基準を整理する
再使用回数をどう設定するかという問いに対して、単純に「何回までなら安全」という答えは存在しない。エビデンスは、同じ回数の滅菌であってもバーの種類や製造法によって切削効率低下の程度が異なることを示しており、さらに臨床現場での使用条件は実験と比べてはるかに多様である。
したがって実務上は、感染対策と切削性能、破折リスク、材料費を総合的に評価し、自院としての上限回数と例外ルールを明文化することが現実的なアプローチとなる。ここでは、そのための考え方の枠組みを整理する。
感染対策の視点からみた再使用上限の考え方
感染対策の観点では、バーはクリティカル器材であり、患者ごとに洗浄と滅菌を行うことが前提である。国内指針でも、バー類は交差感染リスクの高い器材として分類され、超音波洗浄後にオートクレーブ滅菌を行うことが強く推奨されている。 この前提を踏まえると、再使用回数は「適切な再処理を前提としたうえで何回までなら許容できるか」という問いになる。
海外の感染対策ガイドラインでは、再処理方法が示されていない器具は単回使用とみなすべきであり、特にバーや根管用ファイルのように構造上洗浄が困難な器材については単回使用が実務的に望ましいと述べられている。また、こうした器具では清掃と加熱滅菌により切削部が劣化し破折リスクが高まるため、その意味でも単回使用を検討すべきとされる。
この考え方を踏まえると、感染リスクの高い場面、例えば免疫抑制状態の患者、骨切削を伴う外科手術、深い根管内操作などではバーを単回使用とすることが合理的である。一方、低侵襲な支台歯形成や修復物調整などでは、適切な再処理を前提に限定回数の再使用を検討してもよいが、いずれの場合も再使用可否はメーカー添付文書の記載と矛盾しない範囲で決定する必要がある。
切削性能と破折リスクからみた再使用回数の目安
切削性能に関するエビデンスを俯瞰すると、ダイヤモンドバーでは繰り返しの使用と滅菌により切削効率が低下するという傾向はおおむね一致しているものの、具体的に何回で有意な低下が生じるかは研究によりばらつきがある。複数の実験をまとめたレビューでは、8件中6件の研究で繰り返しの再処理後に有意な切削効率低下が認められた一方、2件の研究では10回程度の滅菌では有意差がなかったと報告されている。
さらに、2025年に公表されたダイヤモンドバーの走査電子顕微鏡観察研究では、検討対象とした複数ブランドのうち単回使用品を除く全てのバーで、少なくとも5サイクルの使用、洗浄、滅菌を行っても構造的な劣化や切削性能の顕著な低下は認められなかったと結論付けられている。 一方で、別の研究では電着ダイヤモンドバーでは5サイクル程度のオートクレーブ滅菌で切削効率低下が有意となり、ろう付け型バーでは10サイクル程度まで耐性が高いという結果も示されている。
カーバイドバーについては、最大10回程度のオートクレーブ滅菌では初期の切れ味や切削効率に統計的な有意差が認められなかったという報告があるが、この研究でも繰り返しの切削そのものに伴う摩耗の影響を完全に切り分けることはできていない。 このように、厳密な「回数の正解」は存在しないが、実務上はダイヤモンドバーであれば概ね数回から高くても10回前後を上限とし、それより前で視診や触診により摩耗や破損の兆候を認めた場合には即座に廃棄するという方針が妥当と考えられる。
破折リスクの観点では、切削効率が低下したバーを無理に使用すると過大な押し付け圧が必要となり、バーの軸ぶれやネック部の疲労が進行しやすい。特に細長い形状のバーや深い窩洞、根管内での使用では、破折が即医療事故につながるため、切削感が鈍くなった段階で躊躇なく交換することが望ましい。これらを踏まえると、感染対策だけでなく切削性能と破折リスクを考慮しても、バーを延々と使い続ける運用は避けるべきである。
単回使用バーと再使用バーをどう使い分けるか検討する
感染対策とコスト、切削性能のバランスを取るうえで、単回使用バーと再使用バーの使い分けをどのように設計するかは医院経営上の重要なテーマである。近年は滅菌済み単回使用ダイヤモンドバーが各社から供給されており、包装から取り出してそのまま使用できる製品も増えている。単回使用品では、交差汚染リスクの低減や洗浄滅菌にかかる人件費の削減が期待できる一方、1症例あたりのバー材料費は上昇する。
一方、従来型の再使用前提のバーは、数本から数十本単位のパックで販売されており、例えばある国産の汎用ダイヤモンドバーでは25本入り7千数百円という価格帯が提示されている。また、海外製の業務用パックでは100本入りで数千円台の製品もあり、1本あたり数十円から数百円まで広いレンジが存在する。 このような価格構造を踏まえると、単回使用か再使用かの選択は、単純な1本あたりの価格ではなく、1症例あたりのトータルコストとリスクで評価する必要がある。
単回使用を選択しやすい症例と施設の条件
単回使用バーを選びやすい場面としては、第一に感染リスクの高い患者や処置が挙げられる。高度な免疫抑制状態、全身感染症の活動期、大きな骨切削を伴う外科手術などでは、バーの洗浄困難性とプリオンなど難分解性病原体への懸念を踏まえ、単回使用とすることが望ましい。国内の補綴関連指針でも、一般的な再処理機器では病原性プリオンを不活化できないことに注意が必要であると述べられており、その意味でも高リスク症例では単回使用が合理的である。
第二に、洗浄滅菌体制が十分に整っていない施設では、無理に再使用を前提とするよりも、単回使用にシフトした方が医療安全上好ましい場合がある。例えば、ウォッシャーディスインフェクターや十分な容量のオートクレーブを持たない小規模診療所で、多数の再使用バーを限られた時間内に処理しようとすると、どうしても洗浄不十分や乾燥不足、滅菌サイクルの短縮といった手抜きが入りやすい。このような状況では、少なくとも感染リスクの高い場面や複雑形状のバーについて単回使用品を導入し、再処理が技術的に確実に行える範囲に対象を絞ることが現実的である。
第三に、診療スタイルとしてチェアタイム短縮を最優先する医院では、常に新品のバーを用いることで形成時間のばらつきを減らし、術者のストレスを軽減する効果も期待できる。切削効率の高い新品バーを用いることで、形成時間の短縮と発熱リスクの低減が得られる可能性があり、この時間短縮がユニット回転率と売上に与える影響を考慮すれば、単回使用バーの追加コスト以上のメリットを得られるケースもある。
再使用バーの経済合理性と見えにくいコスト
再使用バーの経済的メリットは、一見すると明瞭である。例えば1本300円のダイヤモンドバーを5回再使用すれば、単純計算では1症例あたり60円のバーコストとなる。一方、単回使用とすれば1症例あたり300円であり、バー材料費は5倍となる。この差をどう評価するかが経営判断のポイントとなる。
しかし、再使用には見えにくいコストも多い。まず、洗浄と滅菌にかかる人件費と設備償却費がある。ウォッシャーディスインフェクターやオートクレーブの購入費と保守費用、滅菌バッグや洗浄剤などの消耗品コスト、スタッフが前処理と包装に費やす時間は、いずれも再使用バーの裏に隠れたコストである。さらに、切削性能の低下による形成時間の延長はチェアタイムを圧迫し、患者待ち時間の増加やユニット回転率の低下につながる。
また、切削性能の低下は歯髄温度の上昇やマージン精度の低下を通じて、再治療率の上昇リスクとも結びつく。これらの再治療やクレーム対応にかかる時間とコストは、帳簿上の材料費とは別次元の損失である。したがって、再使用バーの経済合理性を評価する際には、表面的なバー単価だけでなく、再処理コスト、チェアタイム、再治療率といった指標を含めて、トータルなROIを見積もる必要がある。
再使用バーの品質管理と運用体制をどう設計するか考える
限定回数の再使用を採用する場合、バーの品質管理と運用体制をどのように設計するかが安全性を左右する。メーカーの再処理ガイドでは、バーの再使用可否は最終使用者の判断に委ねられる一方で、摩耗や腐食、破損があるバーは直ちに廃棄することが求められている。 この「使用者の判断」を属人的な勘に任せてしまうと、忙しい診療の中で摩耗バーの見落としが起こりやすくなる。
そこで、バーのローテーション管理と点検をチームとして仕組み化することが重要になる。例えば、バーを収納するスタンドを「新品」「再使用1回目」「再使用2回目」のようにゾーニングし、使用後は必ず再使用ゾーンに戻す運用を徹底すれば、概ねの使用回数を可視化できる。また、再使用上限回数を4回と決めた場合には「再使用3回目」のスタンドから使用したバーは洗浄後に自動的に廃棄スタンドに移すなど、視覚的なルール化を行うと実務に落とし込みやすい。
バー単位の記録とローテーション管理の実務
バー単位で厳密に使用回数を記録するには、バーごとに色付きリングやマーキングを付与し、電子カルテやエクセルで管理する方法も考えられるが、現実には過度に複雑な仕組みは定着しにくい。したがって、多くの診療所では「1日ごとにバーを使い切る」「1トレーごとに週単位で入れ替える」といった、時間軸を利用した簡便なローテーションが現実的である。
重要なのは、ローテーションの単位と再使用上限を明確にし、それをスタッフ全員が同じように理解していることである。例えば「支台歯形成用の標準ダイヤモンドバーは、再使用3回までとし、4回目に洗浄に回った時点で廃棄する」と決めたのであれば、そのルールをマニュアルに明記し、定期的に運用状況を点検することが必要である。この際、実際に使ってみて「明らかに3回目で切れ味が落ちる」といったフィードバックがあれば、上限回数の見直しも柔軟に行うべきである。
スタッフ教育とルール浸透のポイント
バー管理のルールを機能させるには、歯科衛生士や歯科助手を含めたチーム全体の理解が不可欠である。特に、洗浄と滅菌を担当するスタッフが、バーの構造と感染リスク、切削性能低下のメカニズムを正しく理解しているかどうかが重要になる。国内外の感染対策指針やメーカー添付文書をベースに、なぜ洗浄を急ぐ必要があるのか、なぜ超音波洗浄だけでは不十分なのか、なぜ摩耗バーを残しておくと医療事故につながるのかを、具体的な事例を交えながら説明することが有効である。
また、ルール違反が起きた際の責任追及よりも、仕組みとしてミスを起こしにくいように設計し直す姿勢が重要である。例えば、滅菌バックへの封入漏れが起きやすいのであれば、バー用トレーのデザインを変える、チェックリストを簡略化して確実に回せる形にする、といった工夫が求められる。バー管理は地味な仕事に見えがちだが、実際には医療安全と医院ブランドを支える基盤であり、その重要性を院長自身が繰り返し言語化して伝えることが、チームの行動変容につながる。
自院のバー管理ルールをアップデートするためのステップを描く
最後に、バーの滅菌と再使用回数に関する自院のルールをアップデートする際の実務的なステップを整理する。ポイントは、エビデンスとメーカー情報、現場の実情を踏まえたうえで、シンプルで運用可能なルールに落とし込むことである。
第一に、現状把握を行う。どの種類のバーをどのくらいの頻度で使用し、どのような方法で洗浄と滅菌を行い、実際には何回程度再使用しているのかを簡単に棚卸しする。可能であれば、代表的なバーについて実際の使用回数と切削感を術者に評価してもらい、どの程度で体感的な性能低下が生じているかを把握する。
第二に、リスク分類と方針決定を行う。感染リスクと洗浄難易度、切削負荷、材質、コストなどを踏まえ、バーを単回使用グループ、限定回数再使用グループ、短期間再使用グループに分類し、それぞれに対して上限回数と再処理手順を設定する。この際、海外ガイドラインが示すように、再処理方法の指示がない器具や構造上洗浄が困難な器具は、原則単回使用とする判断が安全側である。
第三に、マニュアル化と教育を行う。決定したルールを文章と図で簡潔にまとめ、バー収納トレーや再処理エリアに掲示する。スタッフ全員を対象にショートレクチャーを行い、なぜこのルールになったのかを説明するとともに、運用上の疑問点をその場で解消する。新たな感染症や法令改正により、今後も指針が更新される可能性があるため、年に一度程度は最新情報を確認し、必要に応じてルールを見直すサイクルをあらかじめ決めておくとよい。
バーの滅菌と再使用回数の問題は、一見すると地味なテーマに見えるが、院内感染防止と医療安全、形成精度と歯髄保護、チェアタイムと医院収益といった複数の要素が密接に結びついている。クリティカル器材としての位置付けと、繰り返し使用による切削性能低下に関するエビデンスを踏まえつつ、自院の規模と症例構成に合った現実的なルールを設計し、チームで運用していくことが、これからの歯科医院に求められる姿勢である。