口腔トレーニング器具のペコぱんだとは?用途や主要スペック、特徴などを解説!
高齢患者の口腔機能低下症や嚥下機能低下、在宅や施設での経口維持を支えるうえで、舌圧をターゲットにしたトレーニングはすでに一般的な選択肢になりつつある。義歯や補綴で咀嚼機能を補っても、舌の力が弱いままでは食塊形成や咽頭への送り込みが不十分となり、むせや口腔残留が続くという経験は、多くの歯科医師が共有している実感である。
その中で、歯科医院と介護現場の双方で広く使用されている舌圧トレーニング用具の一つがペコぱんだである。舌と口蓋の接触力を強化するために開発された自主訓練用器具であり、患者の状態に応じて硬さやサイズを選択できる点が特徴である。
本稿では、ペコぱんだの用途、構造、主要スペック、臨床的な使いどころ、そして医院経営へのインパクトまで、歯科医療者が導入判断に用いることを想定して整理する。患者向けの一般的な嚥下説明ではなく、歯科医師や歯科衛生士、歯科技工士、経営層が、自院の診療スタイルと患者層に照らして検討できるレベルの情報提供を目的とする。
目次
ペコぱんだとは何か
開発の背景と位置付け
ペコぱんだは、嚥下に必要な舌と口蓋の接触力を強化することを目的として開発された舌圧トレーニング用具である。自主訓練用を前提とし、患者自身が自宅や施設で反復トレーニングを実施できるよう設計されている。
舌圧測定器と組み合わせることで、最大舌圧を客観的に評価し、その弱点に対してペコぱんだを用いたトレーニングを行うという一連のプログラムが構築されてきた経緯がある。舌圧の数値評価と訓練器具がセットになったことで、補綴診療や在宅歯科医療の中に口腔機能向上プログラムをシステマティックに組み込みやすくなったという位置付けである。
構造と基本コンセプト
ペコぱんだ本体は、舌で押しつぶすトレーニング部、上下顎前歯で軽く噛んで位置決めを行う位置決め部、指を通して保持し誤飲を防ぐ把持部からなる一体型の器具である。トレーニング部を舌で押し上げると弾性変形し、力を抜くと元の形に戻るため、同じ動作を繰り返しやすい構造となっている。
この構造により、舌と口蓋の接触力を反復して求めることができ、最大舌圧そのものの向上だけでなく、嚥下時の舌背挙上と口蓋への押し付けという運動パターンを繰り返し学習させることが可能である。前歯で軽く噛ませる位置決め部があるため、再現性の高いポジショニングが可能であり、把持部に指を入れて保持することで誤飲リスクを低減する工夫もなされている。
一般向けと医療機関向けの違い
ペコぱんだには、一般向けに流通している舌圧トレーニング用具としてのラインと、医療機関やリハビリテーション施設向けに位置付けられた医療用ペコぱんだが存在する。医療用は、口腔や嚥下機能の低下に対するリハビリテーション訓練器具として案内されており、医療従事者の管理下での使用を前提としている。
一方、一般向けのペコぱんだは非医療機器として案内されているチャネルもあり、あくまで口腔機能の維持向上を目的としたトレーニング用具という位置付けである。
歯科医院として導入する際には、外来で患者に販売し自宅で使用してもらう一般向けラインと、施設や病棟などで専門職が管理しながら使用する医療用ラインを、対象患者や連携先に応じて使い分けるイメージになる。
ペコぱんだのラインナップと主要スペック
硬さラインナップと臨床的イメージ
成人向けラインナップ
ペコぱんだの硬さは、成人向けではSS、S、MS、M、MH、Hの6段階が用意されている。SSは極めて軟らかめ、Sは軟らかめ、MSはやや軟らかめ、Mは普通、MHはやや硬め、Hは硬めと定義されており、それぞれブルー、ピンク、バイオレット、グリーン、オレンジ、イエローの色分けがなされている。
メーカーの案内では、初めてトレーニングを行う成人にはSの軟らかめから開始することが推奨されており、Sでも難しい症例にはSSの極めて軟らかめを選択することが示されている。
臨床的なイメージとしては、SSとSが高齢者や舌圧低下が顕著な症例の導入期に適し、MSとMはある程度の舌圧が保たれている症例や、トレーニングの中盤で負荷を上げていく段階に適する。MHとHは、舌圧が比較的保たれている症例のさらなる強化や、若年者への応用を想定したレンジと捉えると整理しやすい。
実際の症例では、舌圧測定の結果、嚥下時の食塊移送の状態、患者の疲労感やモチベーションを総合的に評価し、スタート時の硬さと最終目標とする硬さを決めておくと進行管理がしやすい。
小児向けラインナップ
ペコぱんだには小児用ラインナップもあり、やわらかめ、ふつう、かための3種類が設定されている。小児用の硬さは成人用のS、MS、Mにそれぞれ相当し、色もベリー、グレープ、ライムといった子ども向けの表現で案内されている。
小児症例では、口腔機能発達不全症、構音の問題、口呼吸や舌突出癖など、多様な課題が背景にある。ペコぱんだ自体は舌背挙上と口蓋への押し付けを意識させる器具であり、ゲーム感覚でトレーニングを行いやすい。色やキャラクター性を利用して、例えば「きょうはベリー、次のステップでグレープを目指す」といった形で、達成感とステップアップのストーリーを作ると継続しやすい。
サイズと材質と耐久性
ペコぱんだの寸法は、全長約95mm、横幅約26mm、トレーニング部の厚み約20mm、位置決め部約7mm、持ち手部約5mm、重量約9gと案内されている。
材質はスチレン系熱可塑性エラストマーであり、適度な弾性と復元性を持ち、舌で押しつぶした後に元の形状へ戻る性能を備えている。同時に、水洗いや煮沸、低濃度次亜塩素酸ナトリウムによる消毒が可能なことから、家庭や施設での日常的なメンテナンスに耐えうる素材選択となっている。
耐久性に関しては、開封後使用期間の目安が約2か月と示されており、その間は同一患者であれば繰り返し使用できる前提で設計されている。劣化の程度や亀裂の有無を視診で確認しつつ、衛生面も考慮して早めの交換を意識するのが安全である。
医療機器区分と薬機法上の位置付け
ペコぱんだは、舌圧トレーニング用具として非医療機器と明記されている資料があり、一般用ラインは医療機器ではないトレーニング用具として取り扱われている。
一方で、医療用ペコぱんだは、口腔や嚥下機能低下に対するリハビリテーションに使用する訓練器具として医療機関向けに案内されており、嚥下リハビリテーションプログラムの一部として位置付けられている。
広告や説明においては、いずれの場合も効果効能を断定する表現は避け、あくまで嚥下に必要な舌と口蓋の接触力の維持向上を目的としたトレーニング用具であること、診断や治療を代替するものではないことを明確にしたうえで情報提供を行う必要がある。
ペコぱんだの使用方法とトレーニング設計
基本的な使用手順
メーカーのQ&Aおよびトレーニングマニュアルでは、ペコぱんだの基本的な使い方が次のように整理されている。
使用前にトレーニング部を指で2〜3回押しつぶし、硬さと弾力を確認する。その後、凸部が下になる向きで口に含み、トレーニング部を舌の上に乗せ、位置決め部を前歯で軽く噛んで固定する。この状態で舌を持ち上げ、トレーニング部を口蓋方向へ押しつぶす動作を繰り返す。介助者がサポートする場合は、持ち手部を把持し、押しつぶしの振動を指先で確認できるようにする。
このとき、前歯で強く噛み過ぎると器具の破断や破片誤飲のリスクが高まるため、「軽く挟む程度」にとどめる指導が必須である。また、認知機能の低下がある症例や小児では、必ず介助者が持ち手部を確実に保持したうえで実施すべきである。
トレーニング頻度と負荷設定
ペコぱんだのメーカーQ&Aでは、トレーニングの推奨頻度として、1日3回、週3回以上のトレーニングが紹介されている。
一方、介護老人保健施設入所者を対象にペコぱんだを用いて舌訓練を8週間継続した実践報告では、週3回の頻度で訓練を行い、舌訓練開始前、8週間後、訓練終了1か月後に舌圧測定を行っている。この報告では、規定どおり週3回の訓練を継続できた群で、8週間後に最大舌圧の有意な上昇が認められたとされる。
また、老人福祉施設入居者を対象とした介入研究では、口腔ケアに加え、ペコぱんだを用いた舌トレーニングを週2回、1セット6回以下を3セットというプロトコルで12週間継続し、最大舌圧やオーラルディアドコキネシスなどを評価項目として設定している。
これらの情報から、歯科医院としては、例えば次のような現実的な設計を検討できる。導入期は週2〜3回、自宅または施設でのトレーニングを設定し、期間は8〜12週間を一つの目安とする。頻度は、患者の全身状態や介護負担を考慮しつつ、少なくとも数週間単位で継続することが重要である。
負荷設定に関しては、軟らかめのSまたはMSから開始し、1回あたり10回前後の押しつぶしを目標とする。疲労感や舌の痛みがないことを確認したうえで、反復回数や硬さを段階的に増やしていく。舌圧測定器を併用している医院では、4週間ごとなど一定間隔で舌圧を測定し、数値の変化を患者にフィードバックしながら負荷調整とモチベーション維持を図るとよい。
メンテナンスと交換スケジュール
メンテナンスについては、GCのQ&Aにおいて、使用前と使用後には毎回水洗いを行い、風通しの良い場所で自然乾燥させることが推奨されている。
消毒に関しては、煮沸消毒が約3分、次亜塩素酸ナトリウム約0.01パーセント溶液で1時間程度の浸漬が可能とされている。一方で、乾燥滅菌や高圧蒸気滅菌は材質の特性上使用できないと明示されている。
交換の目安は、開封後使用して2か月程度とされており、これを超えての使用は衛生面と材質劣化の観点から推奨されない。
歯科医院としては、カルテや口腔機能管理シート内に「ペコぱんだ開封日」と「交換予定日」を簡易に記載しておくことで、衛生管理と在庫管理の両面から運用しやすくなる。
院内指導と在宅連携
ペコぱんだは自主訓練用器具であるため、初回の院内指導が成否を大きく左右する。歯科衛生士が鏡やタブレットなどを用いて、舌と器具の位置関係、押しつぶす方向、前歯の噛み方を視覚的に示しながら指導することで、患者が狙った筋活動を理解しやすくなる。
指導時には、嚥下評価や口腔機能検査の結果と結び付けて説明することが重要である。例えば、「この値が基準より低いので、この部分の力を鍛えていきたい」といった形で舌圧の数値を提示し、ペコぱんだの役割を具体的に位置付けると、患者側の納得度と継続意欲が大きく変わる。
在宅や施設での運用では、家族や介護スタッフに対しても、使用手順、頻度、硬さの変更タイミング、体調不良時の中止基準などを記載した簡易マニュアルを渡しておくとよい。施設との連携では、チェックシート形式で実施状況を記録してもらい、定期的な歯科訪問時に回収して評価する運用を組むことで、トレーニングの継続性と安全性を担保しやすい。
ペコぱんだがもたらす臨床的メリット
舌圧向上と嚥下機能との関連
介護老人保健施設入所者を対象にした実践報告では、ペコぱんだを用いた舌訓練を8週間実施し、週3回の頻度で規定回数を継続できた群において、最大舌圧が有意に上昇したと報告されている。規定回数を実施できなかった群や途中離脱した群では、有意な変化はみられなかった。
別の介入研究や総説でも、ペコぱんだを含む舌圧トレーニングによって舌圧やオーラルディアドコキネシスが改善したという報告があり、舌圧低下とサルコペニアや認知機能低下との関連が示唆されている。
ただし、舌圧の向上がそのまま肺炎リスク低下や生命予後の改善に直結するかどうかについては、全身状態、栄養状態、他のリハビリ介入との組み合わせなど、多くの因子が影響するため、個々の症例で慎重に評価する必要がある。ペコぱんだは、嚥下リハビリテーションの一要素として位置付けるのが妥当であり、単独での効果を過度に期待すべきではない。
高齢者施設での活用イメージ
高齢者施設においては、嚥下機能低下や低栄養リスクを抱える入所者が多い一方で、専門職のマンパワーには限りがある。ペコぱんだのような自主訓練用具は、スタッフの関与時間を一定程度抑えながら、標準化された舌圧トレーニングを継続する手段として有用である。
前述の報告でも老健入所者を対象とした継続訓練が行われており、週2〜3回の頻度であれば現場で運用可能な範囲に収まることがうかがえる。
訪問歯科が関わるケースでは、舌圧測定と嚥下評価を定期的に実施し、その結果をもとにペコぱんだの硬さや頻度を調整する枠組みを組み込むとよい。施設スタッフにはトレーニングの際のチェックポイントと中止基準を共有し、問題があれば速やかに歯科側へフィードバックできる連絡系統を整えておくことが重要である。
小児と口腔機能発達不全症での応用可能性
小児向けペコぱんだは、舌圧トレーニングを遊び感覚で取り入れることを意図した設計であり、色と硬さを段階的に選べる構成になっている。
口腔機能発達不全症で舌背挙上や食塊移送に課題がある症例では、ペコぱんだを用いて舌背を口蓋方向へ押し上げる感覚を繰り返し体験させることにより、舌位や嚥下パターンの改善の一助となる可能性がある。ただし、小児症例では舌圧だけでなく、口唇閉鎖、鼻呼吸、姿勢、咬合、構音など多くの要素がからむため、ペコぱんだ単独で問題が解決するわけではない。
現実的には、口腔筋機能療法や姿勢指導、生活習慣指導、必要に応じて矯正治療と組み合わせ、その中の一つのツールとしてペコぱんだを位置付けるのが妥当である。子どもがトレーニングを嫌がらないよう、短時間で終わるミニゲームのような形式に落とし込むと良い。
ペコぱんだ導入による経営的インパクト
1症例あたりのコスト感
ペコぱんだの単品標準販売価は税抜き約924円、S、MS、Mの3本を含む基本セットは税抜き約1,733円と案内されている。
仮に単品1本を1患者に2か月間使用し、その間に週3回、1回10回のトレーニングを行うとする。この場合、2か月でおおよそ24回のトレーニングとなり、器具1本あたりのコストは1回数十円程度となる。舌圧評価や嚥下指導などのプロフェッショナルフィーに比べれば、材料費としては比較的軽微な水準であり、トレーニングプログラム全体の中で十分吸収可能な負担といえる。
保険診療では、口腔機能管理や摂食嚥下関連の算定項目、在宅歯科医療における関連点数と組み合わせることで、ペコぱんだを組み込んだプログラム全体の収益構造を組み立てることができる。自費中心のクリニックでは、機能維持型のメンテナンスプログラムや高齢者向け口腔機能トレーニングコースの一要素として位置付けることで、付加価値の高いサービスとして提供しやすい。
チェアタイムとスタッフ教育の負担
導入初期には、歯科医師が適応と禁忌、全身状態との関連、嚥下リハビリテーションの位置付けを整理し、歯科衛生士と共有する必要がある。標準的な指導手順と記録フォーマットを作成してしまえば、その後の運用は歯科衛生士主導で十分対応可能である。
初回の指導には10〜15分程度を見込み、口腔機能評価と合わせて行うと効率が良い。フォローアップ時には舌圧測定や嚥下評価のついでに、トレーニングの実施状況の確認とフォームの修正を数分で行うイメージである。院内で完結する作業時間はさほど大きくなく、むしろ在宅や施設でのトレーニングをどれだけ継続してもらえるかが成果を左右する。
スタッフ教育としては、ペコぱんだの構造、硬さ選択の考え方、嚥下リハにおける位置付け、誤飲防止の注意点、トレーニングを中止すべき徴候などを、院内勉強会で共有しておくとよい。施設スタッフ向けには、もう一段平易にしたマニュアルを作成し、口腔ケア研修の一部として伝達していくことが現実的である。
保険診療と自費メニューへの組み込み
保険中心型の一般歯科では、口腔機能低下症や摂食嚥下障害に対する評価と管理をどの程度まで自院で担うかによって、ペコぱんだの位置付けが変わる。外来のみで高齢患者を多く診ている場合には、口腔機能検査や栄養状態の簡易評価と組み合わせて、ペコぱんだを含む機能維持プログラムを提案する選択肢がある。
訪問歯科や在宅医療を積極的に行っている医院では、在宅歯科診療料や関連加算と組み合わせて、定期訪問の中に舌圧測定とペコぱんだ指導を組み込む形が考えられる。医科との連携を活用し、栄養士やリハビリ職種とともに摂食嚥下カンファレンスを行う場合には、ペコぱんだを含めた口腔機能訓練プログラムをチームで共有しておくと、他職種にも理解してもらいやすい。
自費中心のクリニックでは、インプラントや全顎補綴後の長期予後を支える要素として、ペコぱんだを用いた舌圧トレーニングをメンテナンスプログラムに組み込むことができる。単価自体は低いため、器具費を個別に徴収するよりも、自費メンテナンスの中に包括し、機能維持へのこだわりを示す一つの要素として打ち出す方が、患者の受け止め方として自然である。
他の口腔トレーニング器具との比較視点
筋力強化型とストレッチ型の違い
口腔トレーニング器具は、大きく筋力強化型とストレッチ型に分けて整理できる。筋力強化型は、特定の筋群に反復負荷をかけることで筋力向上を狙うものであり、ペコぱんだは典型的な舌圧筋トレーニング用具に属する。
一方、ストレッチ型や可動域拡大型のトレーニングでは、舌を前後左右に伸ばしたり、頬粘膜に押し当てたりする動作を繰り返すことで、舌の柔軟性や協調性を高めることを主目的とする。この種のトレーニングは、舌圧そのものよりも運動パターンや可動域の改善に焦点を当てるものである。
臨床では、最大舌圧の低下が主因と考えられる症例ではペコぱんだなどの筋力強化型を中心に、舌の動きのぎこちなさや可動域制限が目立つ症例では、ストレッチや協調運動を組み合わせるといった使い分けが現実的である。
ペコぱんだを選ぶ意義
ペコぱんだを選択する意義として、舌圧測定器との親和性、自主訓練への落とし込みの容易さ、硬さと色によるステップアップ設計、誤飲防止を考慮した構造などが挙げられる。
患者側から見ると、押しつぶしたときの感覚的なフィードバックがわかりやすく、トレーニングの効果を体感しやすい。小児ではキャラクター性と色分けにより、ゲーム感覚で「次の硬さに挑戦する」というモチベーション設計が可能である。
歯科医院側から見ると、硬さとサイズを患者状態に応じて細かく選べること、自宅や施設での使用を前提としたマニュアルとQ&Aが整備されていること、日本語の情報資源が豊富であることなどが運用上の利点である。
症例イメージと適応と非適応
適応が期待できる症例像
ペコぱんだの適応として典型的なのは、最大舌圧低下が認められ、嚥下時の食塊移送に遅れや口腔内残留がみられるものの、経口摂取が可能で、口腔内に強い疼痛や重度の認知症がない症例である。
高齢者では、口腔機能低下症の基準を満たし、舌圧がカットオフ値を下回っている症例や、脳血管障害後に軽度から中等度の嚥下障害が残存しているが、経口摂取を継続している症例がイメージしやすい。こうした症例では、ペコぱんだによる舌圧トレーニングを、口腔ケア、姿勢調整、食形態調整、他の嚥下訓練と組み合わせた包括的介入の一部として設計することが望ましい。
小児では、口腔機能発達不全症で舌の押し上げが弱い、舌背が十分に挙上できない、食塊を前方に押し出してしまうなどの所見がある症例に対して、他の口腔筋機能療法や構音訓練と併用する形で適応を検討することが多い。
慎重な適応が必要なケース
一方で、ペコぱんだが第一選択とならない、あるいは慎重な適応判断が求められるケースも存在する。
まず、重度の嚥下障害で誤嚥を頻発している症例では、舌圧トレーニングよりも先に姿勢調整、安全な嚥下パターンの確立、食形態調整などが優先されるべきである。過度な舌圧トレーニングは疲労を増大させ、かえって誤嚥リスクを高める可能性もある。
また、認知症が進行している症例や理解力が著しく低下している症例では、器具の意味や使用手順を理解できず、誤飲や破損のリスクが高まる。このような場合には、介助者が訓練全体を管理できる環境がない限り、ペコぱんだの使用は控えるべきである。
口腔内に潰瘍や腫脹、強い疼痛がある場合も同様であり、トレーニングによって症状を悪化させる恐れがあるため、原疾患の治療を優先し、炎症が落ち着いてからトレーニング再開を検討する必要がある。
医院タイプ別の導入判断のポイント
保険中心型一般歯科
保険中心の一般歯科では、まず口腔機能低下症や嚥下機能の評価をどの程度まで自院で行うかを明確にする必要がある。高齢患者の比率が高く、口腔機能低下症の疑い例が一定数いる医院であれば、舌圧測定と簡易な嚥下評価を導入し、その延長としてペコぱんだを用いた舌圧トレーニングを提案する流れが現実的である。
外来での導入では、1回の指導時に口腔機能評価とセットで行い、その場で硬さ選択と回数設定を行う。次回の定期管理時にトレーニング状況を確認し、必要に応じて硬さや頻度を調整する運用が取りやすい。
高齢者歯科と訪問歯科中心の医院
高齢者歯科や訪問歯科に力を入れている医院では、ペコぱんだは嚥下リハビリテーションの重要なツールとなり得る。訪問先での舌圧訓練は、持ち運びしやすく、誤飲リスクが低く、使用手順が明快な器具であるほど運用しやすい。
舌圧測定器を併用している場合には、訪問ごとに舌圧の経時変化を確認しながら、ペコぱんだの硬さと回数を調整することで、患者と家族にトレーニングの成果を可視化しやすい。施設と連携するケースでは、ペコぱんだを用いた標準的な訓練プロトコルと記録様式をあらかじめ共有しておき、ケアマネジャーや看護師とも情報を統一しておくと、介護現場での運用が安定しやすい。
小児歯科と矯正歯科
小児歯科や矯正歯科では、口腔機能発達不全症や口呼吸、舌突出癖、構音障害などへの介入の一部としてペコぱんだを位置付けることができる。大切なのは、ペコぱんだ単独で全てを解決しようとしないことであり、あくまで舌背挙上を遊び感覚で体験させる導入ツールと捉える視点である。
矯正治療中の小児では、装置装着に伴う舌位の変化や、口唇閉鎖困難、口呼吸傾向が重なっていることが多い。ペコぱんだによって舌背挙上の感覚を再学習させつつ、鼻呼吸指導や姿勢指導、必要に応じた装置調整と組み合わせることで、より広い意味での口腔機能の改善を目指すことができる。
自費中心型クリニック
自費中心型の補綴やインプラントクリニックでは、口腔機能、とりわけ嚥下や舌機能の維持向上を、長期予後の重要な要素として位置付けることが多い。ペコぱんだは、機能面へのこだわりを形にする具体的ツールとして機能する。
例えば、全顎補綴やフルマウスインプラント症例では、治療完了後に舌圧測定とペコぱんだを組み合わせた機能評価とトレーニングメニューを提案し、定期メンテナンスの一部として継続してもらう設計が考えられる。器具費自体は低いため、メンテナンスフィーに包括し、「噛めるだけでなく、飲み込む力も含めて口腔の機能を守る」というメッセージを前面に出すことで、自院のブランドストーリーにもつながる。
よくある質問
Q ペコぱんだを使用する際の最大のリスクは何か
A 主なリスクは誤飲と破損である。前歯で強く噛み過ぎると器具が破断し、破片が口腔内に残留したり、誤って飲み込む危険がある。そのため、位置決め部はあくまで軽く挟む程度にとどめる必要がある。また、認知機能低下がある患者や小児では、持ち手部に介助者の指を通して確実に保持し、決して一人で使用させないことが重要である。使用前には毎回亀裂や傷の有無を確認し、異常がある場合には直ちに交換するべきである。
Q どの程度の期間継続すれば効果を期待できるか
A 舌圧トレーニングの効果は個々の症例によって異なるが、少なくとも数週間単位の継続が重要である。介護老人保健施設入所者を対象とした報告では、週3回の舌訓練を8週間継続した群で最大舌圧の有意な上昇が認められており、継続介入の意義が示されている。また、12週間にわたり週2回の舌トレーニングを行う介入研究も計画されており、4〜12週間程度の継続介入が現実的な時間軸と考えられる。
Q どの硬さから開始するのがよいか
A 一律の正解はないが、メーカーの案内では、成人ではSの軟らかめから開始し、必要に応じてSSへ下げるか、MSやMへ段階的に上げていくことが推奨されている。小児用では、やわらかめが成人用S、ふつうがMS、かためがMに相当するため、最初はやわらかめで十分に押しつぶせる成功体験を優先し、その後、舌圧と臨床所見を見ながら硬さを変更していくとよい。
Q 清掃や消毒はどのように行えばよいか
A 基本は使用前後の水洗いと自然乾燥である。より衛生管理を高めたい場合は、3分程度の煮沸消毒、または約0.01パーセントの次亜塩素酸ナトリウム溶液で1時間程度の浸漬消毒が可能とされている。一方で、乾燥滅菌やオートクレーブは材質の特性上使用できないため避けるべきである。患者には、家庭での管理方法として、毎回の水洗いと定期的な消毒、劣化や変色がみられた場合の早期交換を指導する必要がある。
Q いつ交換すべきか
A メーカーの目安では、開封後使用して2か月程度が交換タイミングとされている。実際には使用頻度や保管環境によって劣化速度が異なるため、亀裂、変形、べたつき、変色などの異常があればこの目安より早く交換するのが安全である。歯科医院では、カルテや機能管理表に開封日と交換予定日を記録し、定期診療時に器具の状態確認と交換提案を行う運用が望ましい。