歯肉保護材と併用するエキスパジルの、止血と被覆の活用について徹底レビュー
クラウンの印象採得直前、削合した支台歯の周囲からじわりと出血が滲み出し、マージンが不鮮明になってしまう。すばやく綿球で押さえるが、再度シリンジを構えた途端にまた出血…こうした経験はないだろうか。あるいは、オフィスホワイトニングで歯肉保護材を塗布する際、スケーリング直後の微かな出血が邪魔をして思うように光重合できず焦ったことがあるかもしれない。臨床の現場では「う蝕や補綴物の治療自体よりも、止血や歯肉の扱いに神経をすり減らしている」という声も少なくない。歯肉からの浸出液や出血は、印象材の適切な硬化や接着操作を妨げ、最終補綴物の適合や修復物の長期予後にも影響を与えうる厄介な問題である。
エキスパジル(Expasyl)は、そうした歯肉の圧排と止血を短時間かつ低侵襲で実現するために開発されたペースト状材料である。本稿では、エキスパジル(白水貿易が輸入販売、ピエールローランド社製)を歯肉保護材と組み合わせて活用する方法について、臨床的価値と経営的価値の両面から検証する。歯科医師として日々直面する「血と格闘する煩わしさ」から解放され、かつ医院経営においても有益となり得るポイントを探っていきたい。
製品の概要(低侵襲な歯肉圧排材)
エキスパジルは、歯科用歯肉圧排材(医薬品含有歯肉圧排材料)として医療機器承認を受けている歯科材料である(高度管理医療機器 承認番号22000BZX01153000)。フランス・ピエールローランド社(アクテオングループ)の製品で、日本国内では白水貿易株式会社が販売している。主な適応は、補綴処置や修復処置における支台歯辺縁部の歯肉圧排(ジンジバルリトラクション)と軽度の止血である。クラウンやブリッジの印象採得時、インレーやレジン充填の辺縁部処理、またインプラントのアバットメント装着時など、歯肉縁を一時的に開大し出血・湿潤を抑える必要がある場面で利用される。
製品形態はペースト状材料のカートリッジとディスポーザブルチップ、それを押し出す専用アプリケーター(ディスペンサー)で構成される。キット(エキスパジルミニキット)にはカートリッジ6本、先端チップ12本、アプリケーター1本が含まれている(補充用にカートリッジ6本入やチップ12本入、アプリケーター単品も販売される)。アプリケーターは金属製のガンタイプで、カートリッジをセットしトリガーを引くことでペーストを押し出す仕組みである。チップは先細形状で、狭い歯肉溝にも挿入しやすいデザインになっている。
主要スペック(組成と圧排効果の臨床的意義)
エキスパジルの主成分はカオリン(陶土)と塩化アルミニウム(AlCl_3、15%)である。カオリンは高い吸水性を持つ微細な粘土鉱物で、歯肉溝内の余分な水分や浸出液を速やかに吸収する働きがある。一方、塩化アルミニウムは血管収縮作用を持つ収斂剤で、毛細血管からの出血を止め歯肉組織をやや縮小させる作用がある。この2つの成分の相乗効果により、歯肉を物理的に開大しつつ出血と湿潤を抑えることが本製品の核心的な性能である。
実際、エキスパジルを歯肉溝に注入すると約20秒程度で歯肉縁に沿ってペーストが行き渡り、周囲の歯肉がわずかに圧排される。適切に適用すれば約1~2分間で明瞭なマージンが露出し、ペースト除去後もしばらく(1~2分程度)はその効果が持続する。注目すべきは、その圧排時に歯肉に加わる圧力が非常に小さい点である。メーカーの資料によれば、ペーストによる付着上皮への圧力は従来の歯肉圧排用コードの約1/37以下に抑えられており、それでいて十分な圧排力を発揮するという。これはペーストが歯肉溝内で均一に作用し、組織を傷つけずに開大できることを示唆している。臨床的には麻酔なしでも痛みが少なく(個人差はあるが患者の不快感は明らかに軽減する)、処置後の歯肉圧痛や出血も最小限で済む点は大きな利点である。
また、ペーストの色(一般的に淡いオレンジ~ブラウン)により、術者は肉眼で確実に歯肉溝へ充填されたことを確認できる。化学的止血効果に加え歯肉縁部の乾燥が得られるため、印象材の流動性や接着操作に悪影響を及ぼす唾液・血液の混入を抑制できる。これは最終補綴物の適合精度や接着修復の成功率に直結する重要なポイントである。スペック上は「圧排と止血・乾燥を2分で達成」と謳われており、その間に他の準備(印象材の練和や接着剤の塗布準備など)を並行して行えば、実質的なタイムロスはほとんど無い。
歯肉保護材との互換性と運用方法
エキスパジルは単独で歯肉圧排と止血を完結できるよう設計されており、基本的には他の器材を併用する必要がない。実際、通常の印象採得であればエキスパジルのみで鮮明なマージンを得ることができ、ダブルコード法のように複数の圧排手段を重ねる手間も省ける。しかし、臨床の状況によっては歯肉保護材との組み合わせが有効となる場面がある。ここで言う歯肉保護材とは、光重合型レジンなどで歯肉表面をコーティングし、ホワイトニング剤やエッチング剤から軟組織を守るための材料のことである(例えば、オフィスホワイトニング時に歯肉に塗布する樹脂バリアなど)。
例えば、重度の着色除去やホワイトニング処置では、事前のスケーリング後に歯肉縁から微小な出血が起こる場合がある。そこでエキスパジルを応用すると、短時間で出血を抑えつつ歯肉溝から湿気を除去できる。ペーストを完全に水洗・除去した後に光重合型レジンの歯肉保護材を塗布すれば、歯肉表面が乾燥・清潔な状態のためレジンが確実に付着し、隙間なく硬化させることが可能となる。エキスパジルによる圧排で歯頚部の境界が明瞭になっているため、レジンの保護範囲を適切に設定しやすいという副次的な利点もある。
修復治療でも、たとえば歯頚部う蝕に対するコンポジットレジン充填で、歯肉縁下に達する症例にエキスパジルを用いると出血・湿潤を抑制できる。続いて必要に応じて歯肉保護用の樹脂を露出歯肉にコーティングしておけば、エッチングやボンディング剤が歯肉に及ぼす刺激を最小限にできる。重要なのは手順であり、エキスパジルと歯肉保護材を併用する際は必ず圧排ペーストを完全に洗浄・除去してから保護材を適用することである。ペースト残渣が残った状態ではレジン材が歯肉に密着せず、十分な防護効果を発揮できないからだ。
エキスパジル自体の運用はシンプルである。使用に際して特別な前処理や混和は不要で、滅菌包装されたカートリッジを開封しアプリケーターにセット、チップを装着すればすぐに使用可能である。ペーストは粘性が高く垂れないため、細いチップ先端を歯肉溝に沿わせて慎重に押し込むように注入する。押し出しの圧力が高すぎると必要以上に深部へ入り込みすぎたり、逆にペーストがはじけ飛んでしまう恐れもあるため、トリガーはゆっくり引き一定速度で充填するのがコツである。適用後はタイマーで約2分を計り、その間に他の作業を進めると効率的である。除去時はエアーと水を同時に出せるスプレーで優しく洗い流す。ペーストは水と接触すると比較的容易に崩壊し、吸引で除去できる。粘土系とはいえ口腔内への残留はほぼなく、術後に患者が異物感を訴えるケースもほとんど見られない。
アプリケーター(ガン)は耐久性が高く、基本的には使い回して長期間使用できる。金属製であるため薬液消毒はもちろん高圧蒸気滅菌にも耐える設計だ。ディスポーザブルのチップ部のみ患者ごとに交換し、カートリッジも一度開封したものは使い回さず1患者につき1本の使用が原則である(残量があっても交叉感染予防の観点から使い切りとする)。なお、本製品は高度管理医療機器に区分されているため、歯科医師が責任を持って管理し、用法容量を守って使用する必要がある。
導入コストと経営インパクト(費用対効果は合うのか)
新たな材料を導入する際に気になるのは、そのコストが医院経営に見合うかどうかである。エキスパジルの標準価格は、ミニキット(カートリッジ6本・チップ12本・アプリケーター1本セット)で約53,000円、カートリッジ6本リフィルが約14,800円、チップ12本リフィルが約3,400円、アプリケーター単品が約52,000円という設定になっている。アプリケーターは一度購入すれば長期使用可能なので、ランニングコストとしては1症例あたりカートリッジ1本とチップ1本が消費される形になる。単純計算では1症例あたり約2,700~3,000円程度の材料費となる。
一見すると、保険診療のクラウン1本あたりの技工料・印象代に比して無視できないコストに思えるかもしれない。しかし、この数千円が時間短縮と精度向上にもたらす効果を考慮すべきである。従来法(圧排コード併用)では、場合によっては局所麻酔の施行・圧排操作・止血待ちに5~10分以上を要することもある。エキスパジルなら麻酔注射を省略でき、実質的な待機時間も2分程度で済む。仮に1ケースあたり5分の時間短縮が叶えば、1日に複数の処置を行う累積で診療枠をもう1つ捻出できる可能性も出てくる。例えばクラウンの印象採得が日々2件発生する医院であれば、週5日で月40件ほどになる。その全てでエキスパジルを用いて各ケース5分短縮できれば、月に約200分、つまり3~4時間の時間創出となる。この時間を追加の患者アポイントや自費カウンセリングに充てられれば、新たな収益機会につながる。
さらに見逃せないのは再製作や再治療のリスク低減である。不鮮明な印象から生じる適合不良な補綴物は、最終段階で装着不能となり型取り直し・補綴物再製作を余儀なくされることがある。これは医院にとって材料代と作業時間の二重ロスであり、患者満足度の低下にも直結するリスクだ。エキスパジルによって初回で精密な印象採得ができれば、こうした無駄なコストを未然に防げる。また接着修復においても、辺縁部の汚染が無ければボンディングが安定し、二次う蝕や脱離による無償再治療の頻度も減らせるだろう。長期的に見れば、導入費用はこれら品質向上による損失防止効果で充分に回収可能である。
患者視点で考えても、処置時間の短縮や麻酔の省略は大きな付加価値となる。患者は痛みや長時間の口開けを嫌うため、エキスパジルの活用によって「早く終わり痛みも少ない治療」が提供できれば、医院の評判向上やリピート受診にもつながりやすい。直接的に「エキスパジル使用料」を請求することはできなくとも、質の高い診療による患者増や紹介増により間接的な収益拡大を期待できるわけである。
もちろん、材料費が上乗せになる以上は無駄なく使い切る工夫も必要だ。ペーストのチューブを途中で無駄にせず、必要最小限の量で確実に圧排・止血を行うテクニックは習熟を要する。慣れないうちは1本で複数歯に使える余裕があっても、早めに廃棄してしまうこともあるだろう。導入当初はコスト計算を意識しつつ、スタッフ間で適切な使用量や手順を共有することが望ましい。幸い、エキスパジルには期限内であれば保管による劣化は少なく、急いで使い切らねばならないという性質の材料ではない。必要な症例にポイントを絞って使う運用で、コストと効果のバランスを取ることも十分可能である。
使いこなしのポイント(導入初期の注意点とコツ)
エキスパジルを最大限に活用するには、適切なテクニックと院内体制を整えることが重要である。まず導入初期には、模型や不要歯牙を使って実際にペーストを押し出す練習を行うと良い。想像以上に高粘度であるため、最初はトリガー操作に戸惑うかもしれない。ペーストが途切れたり飛び散ったりしないよう、ゆっくり安定した力で押し出す感覚を掴む必要がある。歯肉溝への挿入時は、チップ先端を歯面に沿わせつつ斜め45度程度の角度で歯周ポケット内に入れるイメージで行う。深く挿入しすぎる必要はなく、歯肉縁がわずかに持ち上がる位置で十分だ。力任せに押し込めば良いというものではなく、「なぞるように充填する」繊細さが求められる。
待機時間中の患者への説明・声かけも重要である。突然歯肉にペーストを入れると患者は驚き不安に感じるため、処置の目的(出血を抑えて精密な型取りを行うためであること)と所要時間(約2分間待機する必要があること)を簡潔に伝え、協力を得ることが望ましい。幸い痛みはほとんど無い処置だが、圧迫感に敏感な患者もいる。その場合も、これは出血を止めて型取り精度を高めるための大切な工程であると説明し、あと少し我慢してもらえるよう依頼すれば協力を得られやすい。
院内体制としては、アシスタントとの連携がポイントだ。印象採得や接着操作でエキスパジルを使うと決めた場合、術者がペーストを注入している2分の間に、アシスタントが印象用トレイに材料を練和・充填したり、ボンディング材をライト直前まで準備したりと動けるよう指示を周知しておく。つまり、エキスパジル適用をワンチームでのルーティンワーク化するのである。最初のうちは「あれ、2分間ただ待っているだけ…」となりがちだが、その時間を有効活用すれば全体の施術時間は実質増えない。むしろ、あわてて圧排コードを抜去して急いで型を流すような綱渡り的状況から解放され、落ち着いて次の段取りに集中できるようになる。
また、ペースト除去後の残留物チェックも習慣づけたい。水洗でだいたい除去できるとはいえ、狭い歯肉溝内に微小なペースト片が残っている可能性はゼロではない。そのまま印象を採ると硬化後に模型に異物が付着する恐れもある。肉眼またはルーペで一周確認し、必要ならエアーで飛ばすか、慎重に探針で掻き出すと確実である。歯肉保護材を併用する場合も同様に、ペーストの洗い残しが無いか確認してからレジンを塗布することで術後トラブルを予防できる。
なお、アプリケーターガンの管理も大切だ。高価な機器であるため、落下や衝撃で破損しないよう取り扱いに注意する。使用後は速やかに表面を清拭・消毒し、可能ならオートクレーブ滅菌を行う(耐久性はあるが頻繁な滅菌は機構部の潤滑に影響する可能性もあるため、メーカー推奨に従うこと)。動きが渋くなった場合はメーカーに相談の上、適宜メンテナンスや部品交換を検討する。
適応症例と使用を避けるケース
エキスパジルが真価を発揮するのは、歯肉縁上または歯肉縁下わずか数ミリまでの部位の処置である。具体的には、支台歯のマージンが歯肉縁ギリギリかややサブジンジバルに設定されているクラウン・ブリッジの印象採得や、クラスV(歯頚部)う蝕のレジン修復、また接着性ブリッジやラミネートベニアの辺縁処理などが挙げられる。インプラント治療では、アバットメント装着時や最終補綴物装着前の印象採得で、アバットメント周囲の歯肉からの軽度出血を抑える目的で用いることがある。これらの場面ではエキスパジルの圧排効果でクリアな操作野が得られ、処置の確実性が高まる。
一方、使用を控えた方が良いケースも存在する。まず、歯周炎が高度に進行し歯肉ポケットが深いケースでは、ペーストがポケット底部まで入り込んでも十分な圧排効果が得られない可能性がある。むしろ深部にペーストを残留させてしまうリスクがあり、こうした場合は従来通り圧排糸の併用や外科的な歯肉整形(場合によりレーザー照射など)の検討が必要である。また大量の出血を伴う創傷面には不向きである。例えば抜歯直後の部位や歯周外科処置直後の傷口に本剤を詰めても、ペーストが血液で希釈・流出してしまい止血は困難だ。こうした場合は圧迫止血や縫合、歯肉縁への圧排糸+止血剤塗布など他の手段を取るべきである。
さらに、患者に塩化アルミニウム等の薬剤アレルギーがある場合も使用禁止である(これは極めて稀ではある)。使用中に異常な痛みや不快症状を患者が訴えた場合は、速やかに洗浄・中止し原因を確認する必要がある。また、歯肉圧排材全般に言えることだが、長時間の留置は避けるべきである。2分程度で十分効果が出るよう設計されているため、うっかり取り忘れて何十分も放置すると歯肉に過度の負担となりかねない。特に極度に薄い歯肉や外科処置直後のデリケートな歯肉には慎重な扱いが求められる。
代替アプローチとしては、依然として圧排コード併用法や電気メス・レーザーによる歯肉整形が存在する。二重圧排コードは深い圧排に有効で、レーザーは半永久的に歯肉を切除・止血できる。ただし前者は手技が煩雑で患者痛みも大きく、後者は術後の治癒時間や技術習得コストがかかる。エキスパジルはそれらの中間に位置する選択肢として、適応・不適応を見極めながら使い分けることが望ましい。
読者タイプ別の導入指針(この製品は誰に向いているか)
歯科医師といっても診療方針や経営戦略は様々であり、エキスパジル導入の是非も一概には語れない。以下に、いくつかのクリニックタイプ別に本製品の有用性を考察する。
保険診療中心で効率重視の医院
日々多数の患者を回し、一般歯科診療の効率化を追求するクリニックでは、時間短縮=利益と言っても過言ではない。このような医院にとってエキスパジルのメリットは、上述したような1症例数分の時短と再処置リスク低減である。保険診療では材料費を直接請求できないが、その代わり回転率の向上によって収益アップを図ることができる。例えば、毎日ぎっしり予約が埋まっている状況で、1人あたり5分でも早く処置が終われば当日キャンセル患者の急患対応枠を作れたり、予防処置を追加で行えたりする。効率重視の院長にとって、エキスパジルは一見高価な消耗品だが、人的コストや時間コストと天秤にかければ採用の価値は十分ある。
もっとも、保険診療中心ではコスト意識も高く、一度に多量に使うことは躊躇われるかもしれない。その場合、症例を選んでピンポイントで使うのも戦略である。「明らかに出血が多そう」「マージンが深い」ケースに限定し、それ以外は従来通り圧排糸で対応するという併用戦略も可能だ。全ケースに使わずとも、本当に必要な場面で活躍してくれる安心材料として備えておけば、心理的余裕にもつながる。
高付加価値の自費診療をメインとする医院
インプラントやセラミック治療など高額な自費診療を提供するクリニックでは、クオリティ最優先の姿勢が求められる。患者も高い費用に見合った最良の結果を期待しており、たとえ数千円のコスト増であっても治療の完成度を高める手段は積極的に取り入れるべきである。このような医院ではエキスパジルの導入メリットは非常に大きい。精密印象の成功率が上がり補綴物の適合精度が向上すれば、再製作によるタイムロスや患者の失望を防げる。ラバーダムが困難なケースでも、本剤で歯肉縁だけ確実に乾燥させて接着すれば、高度な接着修復も質を保てる。
また、審美領域では歯肉の健康と形態維持が重要である。圧排コードで強く圧迫すると、場合によっては歯間乳頭が圧壊してブラックトライアングルができたり、術後に歯肉が退縮したりするリスクがある。その点ペースト圧排は歯肉への物理的ダメージが最小限で、術後早期に元の形態に戻りやすいとされる。患者にとっても「歯ぐきを切ったり糸で縛ったりせず処置できる」という安心感があり、治療中の疼痛ストレスも軽減される。このような付加価値は言葉にしなくとも確実に患者満足度に影響する。自費診療中心の医院こそ、エキスパジルを標準ツールとして組み込む価値が高いと言える。
口腔外科・インプラント主体の医院
外科処置やインプラントオペをメインに行うクリニックでは、日常的に外科的止血や歯肉マネジメントに習熟している場合が多い。電気メスやレーザーによる歯肉整形・止血にも慣れているため、エキスパジルが無くとも対応できる場面は多いかもしれない。しかし、外科処置後の補綴段階やメインテナンスにおいては、本剤が役立つケースもある。例えばインプラントの印象採得で、ヒーリングアバットメントを外した際の軽微な出血に対処する場合、わざわざ焼灼せずともエキスパジルで数分圧排すれば簡便に止血・視野確保が可能だ。また、フラップオペ後の仮歯装着や、GBR後の仮義歯調整時など、外科創傷とは別に歯肉縁の扱いが必要になるシーンで応用できる。
ただし、外科中心の医院ではエキスパジルの出番は断続的かつ限られる傾向にあるだろう。経営的には投資回収に時間がかかる可能性があるため、導入は慎重になるかもしれない。その場合でも、非常時の保険として1キット常備しておくのは一考に値する。特にインプラント周囲炎などで出血しやすい状態のスキャンや印象には威力を発揮する。滅多に使わなくとも、「あって良かった」と救われる場面が外科系でも訪れることがあるのだ。
よくある質問
エキスパジルは歯肉にダメージを与えないか?
適切に使用すれば歯肉へのダメージは最小限である。ペーストによる圧排圧は圧排コードより格段に弱く、それでいて必要な効果を発揮する設計になっている。実際、上皮付着への損傷リスクが低いことは製造元のデータでも示されており、筆者自身の臨床でも術後の歯肉の腫れや痛みはほとんど見られない。むしろ圧排コードで強く圧迫した場合に起こり得た歯肉退縮や疼痛を回避できる利点の方が大きいだろう。ただし長時間の放置や乱暴な取り扱いをすればどんな材料でも害になり得る。指示通りの使用時間と方法を守る限り、安全性は高い。
歯肉保護用レジンとの併用は具体的にどう行うのか?
手順としては、まずエキスパジルで歯肉溝の圧排と止血・乾燥を行い、それを完全に洗い流してから歯肉保護材(光重合レジン)を塗布する。この順序が重要で、ペースト残留物が無い清潔乾燥な状態だからこそ保護レジンがしっかり歯肉に密着する。ホワイトニングや酸蝕処置で歯肉を薬剤から守りたい時に有効なテクニックだ。エキスパジルで事前に歯肉の水分や血液を除去しておくことで、レジンの硬化ムラも防げる。ただし、エキスパジルと保護材を同時に使う場面は限られる。多くの場合はエキスパジル単独で十分であり、必要に応じて保護材を追加するという発想で良い。
印象材やレジンセメントへの影響はないか?
エキスパジルは正しく洗い流せば、その後の印象材や接着操作に悪影響を及ぼすことはない。塩化アルミニウムは一部の重合系材料に影響を与える可能性が指摘されることもあるが、少なくとも筆者の経験ではポリビニルシロキサン系印象材や各種レジンセメントで問題は起きていない。ポイントは徹底した洗浄である。ペーストが完全に除去されていれば、残留成分が化学反応を阻害するリスクは極めて低い。逆に不十分な洗浄で唾液や血液が残っている方がよほど有害だろう。印象や接着の前に、術者自身で目視確認し清潔な状態を担保しておけば安心である。
アプリケーターガンのメンテナンスや滅菌はどうすれば良いか?
基本的にアプリケーターは金属製で耐久性があるため、通常の手用器具と同様に取り扱えばよい。使用後は速やかに表面のペースト残渣を拭き取り、アルコールや次亜塩素酸等で消毒する。メーカーは高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)にも対応しているとしているが、頻繁な滅菌は可動部の摩耗を早める可能性もある。そこで筆者は、患者毎にディスポーザブルカバーでガン全体を包んで使用し、術後は外部のみ消毒する運用にしている。それでも定期的に滅菌処理は行い、清潔性と耐久性のバランスを図っている。いずれにせよ高価な器具である。取扱説明書に沿ったメンテナンスを心がけて長く使うことが大切である。