ユージノール系 vs 非ユージノール系歯肉パック材の違いを解説。選択のポイントは?
歯周外科の処置後、「せっかくパックしたのにすぐ外れてしまった」「患者さんからパックが痛いと言われた」そんな経験はないだろうか。術後の歯肉パック材選びは地味ながら悩ましい課題である。ユージノール系か非ユージノール系か、その違いがわからず手探りで決めている先生もいるかもしれない。しかし、その選択一つで術後の痛み具合や治癒スピード、ひいては患者満足度と医院経営にまで影響が及ぶとしたらどうだろうか。
本記事では、ユージノールの有無によるパック材の違いを臨床的・経営的両面から紐解いていく。術後の創部保護を最適化しつつ、医院のROI(投資対効果)を最大化するための戦略的な製品選びのヒントを提供したい。読み終えた頃には、自信を持って「自分の診療スタイルに合うのはこのパック材だ」と言えるようになるだろう。
主な歯肉パック材の比較早見表
| 製品(タイプ) | 主な成分・硬化特性 | 臨床上の特徴 | 1症例あたりコスト(目安) |
|---|---|---|---|
| サージカルパックN(昭和薬品) 【ユージノール系・粉液混和】 | 酸化亜鉛粉+ユージノール液。約5~10分で硬化開始。 | ユージノールの鎮痛・殺菌作用で術後痛軽減傾向。粘膜刺激はやや強めでアレルギー注意。硬化後は硬く脆いので縁から欠けることあり。 | 低コスト(粉と液のみで最大でも100円程度)。長年使用され安価だが、術後フォロー増加リスクも。 |
| コーパック レギュラー(GC) 【非ユージノール系・ペースト練和】 | ベース&触媒ペースト。練和後約2分で可塑性維持、10~15分で硬化。 | 無刺激・無臭で患者快適。適度な柔軟性で歯や創部に密着、硬化後も割れにくい。鎮痛作用はなく、疼痛管理は鎮痛薬併用。 | 中コスト(セット標準価格約1万円/約50症例分)。1症例あたり約200円。追加来院リスク低減による投資回収効果大。 |
| コーパック ハード&ファースト(GC) 【非ユージノール系・ペースト練和】 | 成分はレギュラー同等。練和後1分以内で成形開始、約5分で硬化完了と速硬化。 | 短時間で硬化し診療効率向上。硬化物はレギュラーより硬質で安定。操作時間短くテクニック要。臭いや刺激はなし。 | 中コスト(価格はレギュラーと同等)。時間短縮で人件費削減効果あり。回転率重視の医院に有利。 |
| パイテック・デンタル アルファ(金蘭兄弟) 【非ユージノール系・自己硬化ゲル】 | 医薬品添加物のみ(キトサン等高分子)。患部で体液を吸収し即ゲル化。 | 組織に強固に密着し出血を速やかに止める。生体親和性が高く刺激極少。小創傷では縫合省略も可。残渣は徐々に溶解・脱落し除去簡便。 | 高コスト(1本約3000~5000円)。高止血性能で術後合併症を減らし、再処置や救急対応コストを抑制。難症例では費用対効果大。 |
臨床性能と経営効率で見る歯肉パック材の違い
組成・硬化メカニズムの違いと操作性への影響
ユージノール系パック材は酸化亜鉛粉末とユージノール油を混ぜ合わせて用いる伝統的な組成である。混和直後はペースト状で手指で形態を作りやすいが、時間経過で急速に硬化し始める。硬化メカニズムは金属酸化物と有機油の反応で、約5~10分で硬化が進行する。一方、非ユージノール系は2ペーストを練和する化学重合型である。ベースに樹脂や脂肪酸、触媒に酸化亜鉛などを含み、練和後は可塑性を保ちながら徐々にゴム弾性を獲得する。硬化完了までの時間は製品によって異なるが、レギュラータイプで10~15分、早硬化タイプでは5分程度と調整可能である。
操作性の観点では、非ユージノール系ペーストは均一に混ざりやすく、適度な粘性で手指や器具への付着も少ない。ユージノール系は粉液比の微調整が必要で、練和ムラやペーストの粘度調整に経験が要る。硬化が始まると急激に硬くなるため、初心者には適切なタイミングで成形するのが難しく、操作時間に余裕がないことが弱点である。非ユージノール系では製品によっては長めの操作時間を確保でき、大きな創面でも落ち着いて被覆できる。これは手技エラーを減らし、結果的にやり直し等による時間ロス防止につながる。経営面では、スタッフが扱いやすい材質の方がミスによる材料廃棄も減り効率的である。特にハード&ファーストタイプは短時間で硬化するため、患者の口腔内で待機する時間を短縮でき、チェアタイム圧縮に寄与する。
疼痛緩和効果と創傷治癒への影響
ユージノール系パック材最大の特徴は、主成分のユージノール(丁香油)による鎮痛・鎮静効果である。術後に歯肉を覆う包帯として使う際、ユージノールが局所に作用し、患者が感じる疼痛を軽減するとの報告がある。実際、ユージノール系パックを使用した患者は術後の痛みが穏やかであったという経験は多くの術者が持っているだろう。しかし、この鎮痛効果と引き換えに、ユージノールは刺激性も併せ持つ。歯肉や粘膜に対して細胞毒性があり、組織の炎症反応を促進する可能性が指摘されている。事実、ユージノール系パック材の液成分が創傷に触れると毛細血管の透過性が増し、発赤・腫脹を起こしやすい傾向がある。重度の場合、接触アレルギーや組織の壊死を招くリスクも報告されている。特に骨や結合組織の再生を促す歯周再生療法(エムドゲインやGTR法等)では、ユージノールが治癒を阻害する懸念から使用が推奨されない。
一方、非ユージノール系パック材は鎮痛薬理作用こそないものの、素材自体が生体親和的で術後の炎症反応を最小限に留めるよう設計されている。粘膜が敏感な患者やアレルギー既往のある患者でも使いやすく、術後の創傷治癒を妨げにくい。たとえば、ある非ユージノール系材料では家兎を用いた試験で血管透過性への影響が従来品より少ない結果が示されている。またパイテック・デンタルのようにキトサンなど止血・創傷治癒促進効果を持つ成分を配合した製品は、出血コントロールと上皮化の促進を両立する。結果として痛みそのものはユージノールに頼らずとも、早期に創面が安定することで患者の違和感軽減につながっている。経営的視点では、術後疼痛や治癒不全で患者が緊急来院したり追加処置が必要になれば医院の負担増である。非ユージノール系の使用はそうしたリスクの低減策となり、クレーム対応や再処置に費やすコストを抑える効果が期待できる。
固定力と安定性の比較:パックの剥離・脱落リスク
歯肉パック材は術後の創部を保護するため、所定の期間剥がれず安定して付着している必要がある。ユージノール系は硬化するとセメント様の固さになり、歯面や隣在歯間部に機械的固着しやすい。適切に歯頸部に巻き付ければ比較的しっかり固定され、術後1週間程度は持つ場合が多い。ただしその硬さゆえに、口腔内での動きや衝撃で一部が割れて脱落しやすい欠点がある。特に縁辺部が薄くなると乾燥により脆くなり、食事中に欠け落ちてしまうケースが見受けられる。欠片が創面上に留まると局所刺激となり逆効果なので、場合によっては途中で除去のための受診を促すことにもなりかねない。
非ユージノール系パック材は硬化後も適度な弾性と柔軟性を保つため、縁からのひび割れが起こりにくい。例えばコーパックでは「パック後にひび割れが生じない」ことを特徴としている。歯牙や歯周組織との適合も良好で、練和ペーストを圧接することで歯間部のアンダーカットに入り込んで機械的ロックするため、所定の期間は安定を維持する。ただしユージノール系に比べ硬化後の表面硬度が低めであるため、強い咬合圧やブラッシングで表層が擦り減り、緩んでくる可能性はある。そのため術後の患者指導として、パック装着中は柔らかい物のみを咀嚼し、歯磨きも患部を避けるよう伝えることが重要になる。固定力を更に高めたい場合、パック材を載せる前に接着剤的役割の樹脂を塗布する方法や、隣在歯にフロスで緊縛して物理的に固定する工夫もある。パック脱落は患者に不安を与え、その時点での再装着が必要になれば医院側のコスト増となる。非ユージノール系の柔軟性と粘着持続性は脱落リスクを低減し、結果的に追加対応の手間を省くことにつながる。特にパイテック・デンタルのような自己ゲル化型は、組織表面に強力に付着して剥がれにくく、小さな創傷なら外力が加わっても一体化して留まるため、縫合を省略できるほどの安定性を示す。以上の点から、安定性に優れる材料を選ぶことは患者安心度を高め、医院の信頼獲得にも直結する。
患者快適性:味・臭いと審美面の差
術後に患者が最も敏感に感じ取るのは、パック材の味や臭いそして口腔内の異物感である。ユージノール系パック材は強いクローブ(丁子)油の芳香と独特の薬品味を持つ。クローブの香り自体は好き嫌いが分かれるものだが、口の中で常時感じると不快に感じる患者も多い。特に術後は創部が敏感なため、ピリピリとしたユージノールの刺激を味覚・触覚として感じ、「ヒリヒリする」「苦い」といった訴えにつながりやすい。また、ユージノール臭は周囲にも漏れやすく、装着中に患者が会話した際、独特の匂いが相手に伝わる可能性もある。これらは患者満足度を下げ、場合によっては早期に自分でパックを外してしまう原因にもなりかねない。
非ユージノール系パック材はほぼ無味・無臭であり、装着中も患者の嗅覚や味覚を刺激しないよう配慮されている。例えばコーパックでは「匂いや刺激が少ない」とされ、実際に患者からパックの存在を嫌がる声が少ない。色調も淡いピンクやオフホワイトで歯肉になじみ、口を開けても目立ちにくい審美性がある。一部製品(例:バリケード等)では光重合型の透明ジェルも存在し、審美要求の高い前歯部手術で用いるケースもある(国内では稀だが)。患者快適性の向上は、術後のストレスを軽減し術後指示の遵守にも良い影響を与える。つまり、違和感が少なければ患者はパックを我慢して維持しようとし、創部保護効果が十分発揮される。また医院経営の観点では、患者満足度が高まれば口コミやリピートにも繋がる。術後の経過が快適であれば「この歯医者の手術は丁寧で痛みに配慮している」と評価され、紹介による新患増加といったプラス効果も期待できる。逆に術後不快感からクレームになれば、その対応コストや評判低下による損失は無視できない。製品選択時には、目に見えない患者の声にも着目することが重要である。
コストとタイムパフォーマンス:医院経営へのインパクト
最後に経営的視点で総合的なコスト・時間効率を比較する。材料費だけを見れば、伝統的なユージノール系は粉とユージノール油のみで構成され単価が非常に低い。1セットを購入すればかなりの症例数に使え、在庫コストも僅少である。一方、非ユージノール系パック材は海外メーカー品も多く、1セット1~3万円程度と初期投資は高めだ。しかし上述の通り1セットで約50症例に用いることができ、1症例あたり数百円の計算になる。これは歯周外科手術の処置料や自費手術料金からすればごく僅かな割合である。パイテック・デンタル等の特殊材は1症例あたり数千円に上ることもあるが、高度管理医療機器としての付加価値とリスク低減効果を考慮すれば、重篤な全身疾患患者や難治症例ではむしろ安い投資と言えるだろう。
時間効率の面では、術中・術後双方で差が生じる。術中では練和・適用にかかるスタッフの拘束時間がポイントになる。ユージノール系は粉計量から混和・硬化待ちまで手間がかかり、練板や器具の清掃も必要である。非ユージノール系のペースト材はチューブから所要量を絞り出し練るだけで、混ぜムラも視認しやすく手早く均一なペーストが得られる。特に最近ではガンタイプの自動練和カートリッジも登場し、さらに時短が図られている。硬化時間自体は術後の患者待機に影響する。硬化が遅すぎれば患者の退出を待つ間チェアが塞がり非効率だが、速すぎると成形が間に合わない。ここは症例規模や術者の手技スピードに合わせ、レギュラーかハードタイプかを選択する柔軟性がある点で、非ユージノール系が有利である。チェアタイムの短縮は1日の診療枠に余裕を生み、増患にも対応しやすくなる。
術後面では、パック材選択が追加処置やトラブル対応の発生率に影響する。ユージノール系使用により患者が強い痛みや違和感を訴えれば予定外の問い合わせ対応や受診が発生し、スタッフの労力や時間外対応コストがかかる。パックの欠落で再装着となればそのための予約枠が必要になり、生産性が落ちる。非ユージノール系を用いておけばこうしたリスクが低減し、結果として無駄なコストを削減できる。患者満足が高ければ定期メインテナンスや追加治療への移行率も上がり、長期的な医院収益にも貢献する。
総じて、材料費だけでなく「時間」「信頼」「将来的収益」まで視野に入れたROI(投資対効果)評価が重要である。安価ゆえに旧来品を使い続けるか、初期コストに投資してでもトラブル減少と満足度向上を図るか。経営戦略としてどちらが利益につながるかを考えると、多くの場合後者のメリットが上回ることが見えてくるだろう。
主要製品の特徴と適応
サージカルパックN(昭和薬品)- 伝統あるユージノール系包帯材
「サージカルパック」は50年以上前から日本で使われてきた代表的ユージノール系歯肉包帯材である。粉末(酸化亜鉛主体)と液(ユージノール)のセットで提供され、適量を練り合わせて用いる。長所は何と言ってもユージノール由来の鎮痛効果と殺菌作用である。創部を密閉しつつ細菌繁殖を抑え、術後疼痛を和らげるという観点から、歯周外科創成期には標準的存在であった。材料コストが非常に低廉なため、大きなフラップ手術から抜歯後の簡易保護まで気兼ねなくたっぷり使えるのも強みである。実際、現在でも保険診療の範囲内でコストを抑えたいケースや、高齢の開業医が従来から愛用している例は少なくない。
一方で短所も明確である。まず、混和や適用に習熟を要しテクニックセンシティブであること。適切な粘度・硬さになるまで練るには経験が必要で、硬化開始までのわずかな時間で手早く形を作らなければならない。新人の頃、硬化の見極めに失敗し指に貼り付いてうまく盛れなかった苦い経験を持つ先生もいるだろう。また、ユージノール刺激による創部のヒリヒリ感や患者不快感は現代の患者ニーズにそぐわない。実際に「独特の匂いが辛い」と訴える患者もおり、特に若年層やアレルギー体質の患者には敬遠される傾向である。さらに、近年主流のエムドゲインや骨移植材を用いた再生治療ではユージノールの使用は禁止または非推奨であり、そうした新しい治療法との相性が悪いのもデメリットと言える。
以上を踏まえ、この製品はコスト優先で標準的な歯周手術を行いたい場合や、術後の疼痛管理を薬剤に頼れない環境(例:疼痛訴えの多い地域医療で即効性を重視する場合)には一考に値する。ただし現代では非ユージノール系への移行が進んでおり、サージカルパックを使いこなしているベテランの先生がご自身の経験則で活用する場面が中心となっている。
コーパック(GC)レギュラー - 現代標準の非ユージノール系パック材
コーパック(Coe-Pak)は世界的にも広く用いられる非ユージノール系歯肉パック材で、日本ではジーシー(GC)社が販売している。二剤練和型で、ベースペーストと触媒ペーストを等量混ぜるだけの簡便な操作が特徴である。レギュラータイプは適度な作業時間を確保でき、大きな術野でも余裕を持ってパックできる。長所はまず生体への優しさである。ユージノールを含まず、口腔組織に刺激を与えない組成のため、術後の炎症や不快感が少ない。患者からは「違和感が少なく装着しているのを忘れるほど」との声もあり、術後ストレスの軽減に寄与している。硬化後はゴム質の弾性を持ち、咀嚼や会話の動きにも追従して割れにくい。歯間部にしっかり入り込むため脱落もしにくく、予定通り創面を保護し続ける。その結果、術後1週間の経過が安定し、創傷治癒をサポートする。さらに操作性の良さも無視できないメリットだ。ペーストは手袋や器具に付きにくく、成形しやすい練質で誰でも一定の品質でパックを作れる。筆者の医院でも新人スタッフがコーパックを用いて問題なくパック材セットを行っており、教育コストの面でも助かっている。
短所としては、材料費が従来品より割高な点が挙げられる。しかし前述の通り1症例換算では数百円程度であり、むしろ術後トラブル減少によるリターンの方が大きい場合が多い。また、ユージノール系に比べると鎮痛効果は無いため、術後疼痛については適切な鎮痛剤処方や術中の麻酔管理で補完する必要がある。もっとも現在は鎮痛薬の進歩もあり、むしろ余計な薬剤を含まないクリーンなパック材として評価すべきだろう。総合するとコーパック レギュラーはオールマイティに使いやすい現代の標準品である。保険診療のフラップ手術から自費の高度再生療法まで、幅広い場面で安心して使える。患者体験を重視し、「術後の快適さ」も提供価値の一部と考える医院にとって欠かせない選択肢である。
コーパック ハード&ファースト - 短時間硬化で効率を追求
コーパックには硬化時間と硬化後硬度を高めた「ハード&ファースト(Hard & Fast)」タイプも用意されている。基本の組成や操作法はレギュラーと同じだが、触媒側の化学組成が調整され、混和開始から1~2分で硬化が始まる設計となっている。長所はなんといっても診療時間の短縮だ。例えば、全身麻酔下や鎮静下の手術で患者を長時間覚醒させたくない場合、パックが素早く固まれば速やかに術後処置を完了できる。また、通常の外科でもパックセット後に硬化を待つ間、患者も術者も緊張が解けず椅子上で過ごすことになるが、ハード&ファーストなら術直後の数分で固まり始めるため、患者を早めに退出させてあげられる。これにより術後対応に移るまでの時間が短縮され、チェアの回転を早めることができる。硬化後の材質はレギュラーよりやや硬めで、咀嚼に対する抵抗性も高い。そのため、重度の咬合圧が懸念される症例や、患者が誤って硬い物を噛んでしまうリスクがある場合でも安心感がある。
短所として挙げられるのは、操作時間が短いゆえの扱い難さだ。混和からセットまで迅速に行う必要があるため、手際が悪いと途中で硬化が進み形を作れなくなる恐れがある。特に広範囲のパックを一度に練ると間に合わない場合があり、大きな術野では部分ごとに少量ずつ練和するなどの工夫が必要になる。また硬化が早い分、盛り直しや微調整の猶予が少なく、一発で理想形に適合させるスキルが要求される。新人にはハードルが高いが、経験を積めば問題なく使いこなせる範囲だろう。総じて、この製品は効率優先の医院や術式に向いている。例えば、インプラント埋入後の簡便な保護や、日常的に歯周小手術をこなす多忙なクリニックで重宝する。限られた時間で質の高い治療を提供するための時短アイテムとして、頼もしい存在である。
パイテック・デンタル アルファ - 止血能力に優れた次世代パック材
パイテック・デンタルは、歯科用としては異色のアプローチを持つ新世代の歯肉パック材である。ユージノールはもちろん含まず、さらには酸化亜鉛さえ使っていない。代わりにキトサン(甲殻類由来の多糖類)やヒアルロン酸ナトリウム等の生体高分子を主成分とし、患部の血液や浸出液と反応してゲル化・接着するというユニークな機構を持つ。使用時はパテ状の素材を創傷面に塗布するだけで、体液を吸収すると瞬時にゼリー状に変化して傷口を覆い密着する。これにより出血を速やかに凝集させ、かつ創面を湿潤環境に保って治癒を促進する。縫合しにくい部位や出血リスクの高い症例では絶大な効果を発揮し、術者からは「出血が止まらず冷や汗をかいたケースで救われた」といった声もある。長所はその高い止血性能と組織親和性だ。抗血栓薬服用中の患者や全身疾患で出血傾向のある患者でも、パイテックを貼付することで後出血リスクを最小限にできる。また、素材が完全生分解性のため、創面が治癒する過程で徐々に溶けたり剥がれ落ちたりし、撤去のための受診が不要となる点も画期的である(創部に残ったゲルはやわらかく、うがいや清掃で容易に除去できる)。患者目線では、取り外しの痛みを心配せずに済み、装着中も柔らかなゲルがクッションとなって快適に過ごせるというメリットがある。
短所はやはりコスト面である。高機能な医療材料ゆえ価格は非常に高く、保険診療でルーティンに使うには採算が合わないだろう。また、通常のパック材とは操作感が異なるため、最初は扱いに戸惑うかもしれない。練和する必要は無いが、その分サラサラの状態から一気にゲル化するため、術者の思い描く形に盛るのが難しい場合がある。必要最低限の量で広げすぎないことや、唾液をできるだけ排除して貼付するコツなど、メーカーの提案する適切な手技を習得することが重要である。また、ゲルが軟らかいため物理的な衝撃には弱く、大きな衝撃が加わると剥がれる恐れがある(その場合も改めて塗布すればよいが)。以上を踏まえ、この製品はハイリスク症例や質を最重視する歯周手術にこそ力を発揮する。例えば、重度歯周炎で広範な外科処置を行う際に出血コントロールが鍵となる場合や、抗凝固療法中で通常なら外科をためらうような患者への施術で威力を発揮する。また自費の高度治療で「絶対に術後合併症を起こせない」場面でも、投資に見合う成果を提供してくれるだろう。医院としても、そうしたケースに備えて1セット常備しておけば、「万一の切り札」として安心感を得られるはずである。
よくある質問(FAQ)
Q: 必ず歯肉パック材を使わなければならないのか?使用しない選択肢はあるか?
A: 症例によっては歯肉パックを使用しない判断もあり得る。たとえば小規模な切除や縫合が安定している場合、あえてパックで覆わず自然治癒に任せる術者もいる。歯肉パック非使用の利点は、創部を清潔に保ちやすく異物反応を避けられる点である。ただし欠点として、術後に創部が露出したままだと患者が痛みや不安を感じやすく、舌や食べ物で傷口を弄してしまうリスクがある。特に広範囲手術では出血予防や疼痛緩和の目的でパック材を使用する意義が大きい。従って、パックを使うか否かは術式の侵襲度と患者のリスクを勘案して決定すると良い。迷う場合は、とりあえず装着して経過良好なら早めに除去するという柔軟な対応も可能である。
Q: パック材は術後どれくらいの期間、装着しておくべきか?途中で外れた場合の対処は?
A: 一般的には術後1週間程度を目安に装着し続けることが多い。1週間後の抜糸時に一緒に除去するケースが標準的である。これは上皮化が概ね1週間で進み、パックによる保護が不要になるためである。途中で外れてしまった場合は、状況に応じて対処する。術後1~2日以内に完全に脱落したなら、創部が安定する前なのでできれば速やかに再装着した方が良い。部分的な剥がれで創面の保護が不十分になっている場合も同様である。一方、3~4日以上経過後に外れた場合、すでに初期治癒が進んでいることが多く、必ずしも付け直す必要はない。患者には傷口を清潔に保つよう指導し、痛みや出血がなければ経過観察とする。いずれにせよ、外れた際に患者が不安を感じるのは確かなので、事前に説明しておくことが望ましい。例えば「もし途中で取れてしまっても慌てずにご連絡ください」と伝えておけば、不要な夜間緊急対応なども減らせる。
Q: ユージノールアレルギーの患者にはどう対応すべきか?
A: ユージノールアレルギーが疑われる患者には非ユージノール系パック材を選択するのが原則である。ユージノールは比較的アレルギー頻度の高い物質で、歯科スタッフでも長年扱ううちに感作される例があるほどだ。患者が過去に歯科治療でクローブの匂いに違和感や不調を訴えたことがある場合や、皮膚パッチテスト等で陽性が出ている場合は、決してユージノール系を使ってはならない。幸い現在はコーパックをはじめ良質な非ユージノール材料が揃っているので代替に困ることはないだろう。また、アレルギーが判明していなくとも、ぜん息やアトピー体質の患者には念のため非ユージノール系を選ぶなどリスク回避の工夫も望ましい。術者・スタッフ自身の健康管理のためにも、ユージノールの強い匂いで頭痛や不快感を覚える場合は無理せず非ユージノール系への切り替えを検討してよい。
Q: 自費の歯周形成手術ではどちらのパック材を選ぶべきか?
A: 自費診療で行う高度な歯周形成や再生手術では、非ユージノール系パック材の使用が推奨される。理由は二つある。一つめは、再生療法で薬剤(エムドゲインなど)を応用する場合、ユージノール系の刺激がそれら薬剤や新生組織に悪影響を及ぼす可能性があるためである。実際、多くの再生療法のプロトコルでユージノール系パックの使用は禁止されている。二つめは、自由診療の患者は術後経過に対する要求水準が高い傾向があることだ。痛みや不快感を最小限に抑え、治癒を促進する素材として非ユージノール系や最新のパック材(例:パイテック・デンタル)が適している。費用面のハードルも自費であれば問題になりにくく、むしろ最善の材料を使うこと自体が付加価値となる。以上より、自費治療では患者満足と術後結果を最大化できる非ユージノール系を選択するのが無難である。
Q: パック材の保管や有効期限で注意すべき点は?
A: パック材は種類によって保管方法や使用期限が異なる。ユージノール系の粉末と液は直射日光と高温多湿を避ければ比較的長期保存が可能である。ただし開封後は粉が吸湿したり液が揮発したりして品質が徐々に低下するため、蓋をしっかり閉めて保管し、有効期限内であっても6か月~1年程度で使い切るのが理想的である。非ユージノール系のペースト材は練和剤に近く、こちらも直射日光を避け常温で保管する。チューブタイプの場合、開封後に先端に硬化した残渣が詰まらないよう注意し、使用後はすぐキャップをして空気に触れさせないことが大事である。カートリッジタイプはメーカー指定のディスペンサーで押し出す際、毎回先端チップを交換し混ざり始めたペーストが中で固まらないよう管理する必要がある。いずれも有効期限を過ぎると硬化不良や接着力低下など性能劣化が起こり得るため、在庫管理を徹底し期限切れの材料は廃棄すること。また、希少な高価材料(パイテック等)は必要時に都度購入するか、期限内に使い切れる量だけ仕入れるなど、無駄のないよう工夫したい。適切な保管と在庫サイクル管理も医院経営の基本である。