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顎関節症はパノラマレントゲンでどこまで見える?

顎関節症はパノラマレントゲンでどこまで見える?

最終更新日

ある平日の午後、顎関節の痛みを訴える若い患者が来院した。開口時にクリック音があり不安を感じているという。応急的に疼痛管理を行いつつ、診断のためにパノラマレントゲン撮影を検討した。しかし、過去の経験からパノラマ画像だけで顎関節症(TMJ)の問題をどこまで把握できるのかに悩んだことはないだろうか。例えば軽度の関節雑音だけの患者に対してX線撮影をすべきか、逆に症状が強い患者でパノラマに異常所見が無ければどう判断するか。このような臨床の迷いは、診断精度と患者負担、さらに医院経営上の効率も絡む。この記事では、顎関節症におけるパノラマレントゲンの 臨床的な有用性と限界 を整理し、併せて 医院経営の視点 から設備投資や診療フローへの影響も考察する。明日からの診療で、自信を持って顎関節の評価と説明ができるようサポートしたい。

目次

要点の早見表

以下に、顎関節症の評価におけるパノラマレントゲンの要点をまとめる。

観点ポイント
臨床的役割パノラマレントゲンは顎関節を含む顎顔面の広範囲を一度に撮影できる。顎関節部の骨形態(下顎頭や関節窩、関節結節)の大まかな変化を検出し、他疾患(外傷や腫瘍など)の除外に寄与する。ただし軟部組織(関節円板や靭帯、筋)の情報は得られないため、顎関節症の初期診断の補助に留まる。
適応と限界顎関節痛や雑音、開口障害を訴える患者では鑑別診断の目的でパノラマ撮影が推奨される。下顎頭の変形・骨硬化・骨棘形成など変形性関節症の所見があれば診断に有用である。一方、初期変化や軟部組織由来の病態では正常像となることが多い。異常が見られなくても症状を否定できず、追加検査の検討が必要になる。
撮影と安全性パノラマ撮影は短時間で完了し被ばく量も低い(デジタル撮影でおおよそ10~30μSv前後)ため患者負担が少ない。開業歯科医院における基本的検査であり、撮影時には適切なポジショニングで左右の下顎頭が画角内に収まるよう留意する。妊娠の可能性がある場合は防護や代替手段を検討し、安全管理を徹底する。
費用と保険適用パノラマレントゲン撮影は保険診療で算定可能であり、デジタル撮影1枚あたり約400点(3割負担で患者負担約1,200円)の費用となる。顎関節症で更なる精密検査が必要な場合、歯科用CT撮影(約1,170点)も条件付きで保険適用可能である。MRI検査は歯科診療所では行えず、医科での検査依頼となる(保険適用には医科受診が必要)。
診療フローへの影響パノラマ撮影は診断の初期段階で結果が得られるため、その場で大まかな判断が可能になる。結果に応じて速やかに治療方針を決定したり、必要なら専門医紹介やCT/MRI依頼を行うことで、無駄のない診療フローを構築できる。ただし異常所見の有無にかかわらず、臨床症状に基づく判断が重要であり、画像所見と齟齬がある場合は過不足のない説明と対応が求められる。
設備投資と収益多くの歯科医院ではパノラマ機器を導入済みであり、初期投資(デジタル機器で約300~600万円)に対するリターンは日常診療全般で得られる。顎関節症だけのために特別な機器投資は基本不要だが、CBCTなど高額機器(800~1,500万円程度)の導入は他の診療(インプラント等)への波及効果も含め検討する。利用頻度が少ない場合、外部委託や医科歯科連携での対応が経営上合理的となる。

理解を深めるための軸

顎関節症患者の診断において、臨床的な視点と経営的な視点の両軸からパノラマレントゲンの価値を評価することが重要である。臨床的には、画像検査は診断精度と患者の安全・安心に直結する。一方、経営的には、検査導入による費用対効果や診療効率への影響を考慮しなければならない。例えば、顎関節の痛みで来院した患者に対し、パノラマ撮影を行うことで骨異常の有無を即日評価できる。これは患者への説明責任を果たしつつ重大な病変の見落としを防ぐ臨床メリットがある。同時にパノラマ撮影は保険収入となり、紹介や再診の必要性を減らすことで診療の効率化にもつながる。逆に、画像所見に頼りすぎて不必要なCT撮影や過剰投資を行えば、患者負担増大や経営負担を招く恐れがある。このように、パノラマレントゲンの活用にあたっては臨床と経営のバランスをとることが求められる。以下では、その具体的な論点を順に深掘りする。

代表的な適応と禁忌の整理

パノラマレントゲンの適応としてまず挙げられるのは、「顎関節症状を呈する患者の初期画像検査」である。顎関節症は多彩な病態を含むが、顎関節部の骨変形や関節強直、骨折、腫瘍など他の疾患を除外する目的で、初診時にパノラマ撮影を行う意義は大きい。日本顎関節学会の診療指針でも、顎関節症状がある場合には他疾患鑑別のためパノラマX線像の撮影が必要であるとされる。実際、変形性関節症(顎関節症タイプⅣ)では下顎頭の骨変化(扁平化、骨棘、骨硬化、嚢胞様透亮像など)がX線上で確認でき、診断の裏付けとなる。また顎関節脱臼や関節強直では下顎頭の位置異常や関節空隙の消失がパノラマで描出されることがある。これらの場合、レントゲン所見は治療方針(整復や観察、専門医紹介)の判断材料となる。

一方、パノラマレントゲンの限界や禁忌も踏まえておかねばならない。まず、軟部組織の異常(関節円板の転位や損傷、関節包や靱帯の炎症)はパノラマでは写らない。顎関節症の大部分を占める円板障害(クリックや開口障害の主因)は、MRI検査をしなければ確定診断できない領域である。したがって、パノラマ像に異常が無いからといって円板位置が正常とは限らず、臨床症状とのすり合わせが必要になる。また初期の変形性関節症では、下顎頭表面のわずかな骨びらんや形態変化はパノラマの解像度では検出困難である。ある研究では、CBCTで確認された下顎頭の骨変形のうちパノラマ画像だけで検出できたのは約半数程度との報告もある。そのため症状が強いにも関わらずパノラマで所見が乏しい場合、画像検査を追加する判断が求められる。禁忌というほどではないが、不要な被ばくは避けるとの原則から、明らかに一過性の筋痛だけで他覚所見もなければ経過観察を優先し画像検査を急がない判断もあり得る。また妊娠中の患者では、緊急性が無い限りパノラマ撮影自体を産後に延期することが推奨される(どうしても実施が必要なら胎児防護を講じる)。このように、パノラマレントゲンは適応症例を見極めつつ、異常が無い場合でも「見えないだけ」の可能性を念頭に置く必要がある。

標準的なワークフローと品質確保の要点

一般的な歯科医院では、顎関節症が疑われる患者に対し、問診・触診による評価の後にパノラマ撮影を行う流れが標準的である。ワークフローとしては、(1)症状の聴取(痛みの部位・強さ、雑音の有無、開口量など)、(2)顎関節部・咀嚼筋の触診と開閉口運動の観察、(3)画像検査(パノラマX線)という順序になる。パノラマ撮影時には、左右の下顎頭が鮮明に写るようポジショニングを調整することが重要である。具体的には、患者の下顎を適正位に固定し、機種によっては顎関節モードや軟組織フィルタを活用して撮影を行う。下顎頭が画像の端に位置するため、わずかな姿勢ズレで関節部が画野から外れたり不鮮明になったりしやすい。撮影後は、下顎頭や関節結節の像を左右比較し、骨皮質の連続性や形態の対称性に留意して読影する。特に骨変化の見落としを防ぐため、画面を拡大表示して下顎頭表面の輪郭を丁寧に確認する。パノラマ画像は2次元投影であるため、重なり合う影にも注意が必要だ。例えば、頬骨弓や隣接構造物の影が下顎頭に重なると偽陰性・偽陽性の要因となる。そのため、必要に応じて追加の撮影法(パノラマ顎関節専用撮影や側方斜位(シュラー法)など)を組み合わせて判断精度を補うこともある。各種追加撮影では、X線入射角度を工夫し左右の関節像の重なりを避けたり、開口時と閉口時の下顎頭の位置変化を観察したりできる。こうした複数アングルからの確認によって診断の確実性が増す。もっとも、追加撮影を行う場合はその都度被ばく線量も加算されるため、臨床的有用性とのバランスを考慮する。なお、画像の品質確保には撮影機器自体の管理も欠かせない。定期的な校正・点検を行い、解像度の低下やアーチファクト発生を防止することで、常に鮮明な画像を提供できるようにする。またスタッフにも撮影手技のトレーニングを施し、誰が撮影しても一定の品質が担保される体制を整える。適切なワークフローと品質管理の下でパノラマレントゲンを活用すれば、顎関節症の評価において迅速かつ信頼性の高い情報を得ることが可能となる。

安全管理と説明の実務

パノラマレントゲン撮影に伴う放射線被ばくは比較的少量で、安全性は高いとされる。しかし、医療被ばくである以上、患者への十分な説明と安全管理が必要である。まず患者説明では、「顎の関節の状態を詳しく調べるためにレントゲン撮影が必要」であることを伝える。肉眼では確認できない骨の内部構造や異常を画像で確認することで、より正確で安全な診断と治療計画に役立つことを強調する。加えて放射線量については、「ごく微量であり日常生活で受ける自然放射線と同程度で身体への影響はほとんど心配ない」旨を説明し、患者の不安を和らげる。事実、デジタルパノラマ1枚の被ばく量は数十マイクロシーベルト程度で、これは胸部X線写真の数分の一、東京~ニューヨーク間の航空機旅客の宇宙線被ばくに匹敵するレベルである。ただし累積被ばくを考慮し、必要最低限の撮影にとどめる配慮は重要である。特に若年者や妊娠の可能性がある患者では、適応を慎重に判断し防護エプロンや頸部のシールドを確実に使用する。撮影前チェックとして妊娠の有無確認や金属類(ピアスなど)の除去も行い、不要な再撮影を防ぐ工夫をする。

また、得られたパノラマ画像をもとに患者へのフィードバックを行うことも信頼関係の構築に役立つ。撮影後にはモニター上で患者と一緒に画像を確認し、「ここが下顎の関節部分です」と指し示しながら、明らかな所見がある場合は具体的に説明する。例えば「右の関節の骨に少し平らになっている部分がありますが、これは過去の負担で骨が変形した可能性があります」等、専門用語は噛み砕いて伝える。一方で所見がほとんど見られない場合も、「骨には大きな問題は写っていません。ただし関節の軟骨や円板はレントゲンに映らないため、痛みの原因はそこにあるかもしれません」と補足し、画像検査の限界も正直に説明する。こうすることで、患者は「レントゲンでは異常なし=問題なし」と誤解することなく、今後の治療方針にも納得しやすくなる。さらに、顎関節症の治療は保存療法(スプリントや理学療法)が主体であり、画像上の異常所見だけで治療が決まるものではないことも伝えるとよい。安全管理面では、撮影した画像データの適切な管理と保管も実務上のポイントである。パノラマ画像は診療録の一部として法定保存期間(医療法で原則5年、場合により延長)保管し、必要に応じて紹介先へ提供できるようにしておく。デジタルデータの場合はバックアップ体制を整え、機器故障や災害による消失に備える。患者への説明責任と安全配慮を徹底することで、画像診断に対する患者の安心感と信頼を獲得できるだろう。

費用と収益構造の考え方

パノラマレントゲンは歯科医院における標準的設備の一つであり、その撮影にかかる費用と収益構造を把握しておくことは経営管理上重要である。まず患者サイドの費用で言えば、パノラマ撮影1枚の保険点数はおよそ400点(デジタル撮影)であり、患者負担は1割負担で約400円、3割負担でも約1,200円程度である【※本記事の数値は2025年現在】。これは一般的な検査として比較的安価で、患者に大きな経済的負担を強いるものではない。他方、歯科医院にとってはパノラマ撮影ごとに保険点数分の収入が発生するものの、その内訳には機器減価償却費・メンテナンス費・人件費も含まれている。典型的なデジタルパノラマ装置の価格は300万~600万円前後で、耐用年数やリース期間を考慮して月々数万円から十数万円規模のコスト回収計画となる。さらに年次の保守契約料が20万円前後発生し、X線管球の交換など臨時費用も見込まれる。こうした費用は通常の保険診療におけるレントゲン算定で幅広く回収される仕組みであり、パノラマ撮影は虫歯・歯周病から親知らず・顎関節まで用途が多岐にわたるため投資効果は高いといえる。実際、パノラマ装置無しで歯科診療を行うことは難しく、開業時に優先導入される設備となっている。つまりパノラマレントゲン自体は収益貢献度の高い必須設備であり、顎関節症の診断もその活用分野の一つという位置付けである。

一方、歯科用CT(コーンビームCT)などの高額機器については、導入判断により慎重な経営判断が求められる。CT装置は800万~1,500万円以上とパノラマの数倍の初期投資を要し、維持費も高額である。しかし、2011年以降、特定の診断目的で歯科用CT撮影が保険算定可能となり、顎関節の形態異常の評価もその一つに含まれている。顎関節症の患者でパノラマでは診断困難な場合、歯科用CTを撮影して1170点を算定することが可能であり、患者負担は約3,500円(3割負担)となる。ただし算定にあたっては「通常のX線では困難な場合に必要性が認められること」という条件があり、安易な撮影は認められない。歯科用CT導入医院であれば、顎関節の高度な骨変形や関節結節の形態把握に大いに役立ち、診断精度向上と患者サービス向上につながる。一方で、顎関節症の診断だけを目的にCTを導入するのは投資過多となるケースが多い。CTの採算性はインプラントや難治性根管治療など多用途で稼働させてこそ確保できるため、顎関節への利用頻度が低い医院では導入より外部委託の方が経営合理性が高いだろう。また、歯科用CTを導入する場合、施設基準の届出や技術研修の受講、さらには設置スペース確保と防護工事など追加コストも発生する。これらを総合勘案すると、パノラマ設備は費用対効果が非常に高く必須であるのに対し、CT設備は医院の診療戦略全体を見据えて導入可否を判断すべきものと位置付けられる。なお、パノラマ・CTいずれの機器についても、経営的視点で重要なのは稼働率の最大化である。一日に何件撮影し、そのうち保険収入と自費収入がいくらになるかをモニタリングし、機器の遊休時間を減らす工夫が求められる。例えば顎関節症で撮影したパノラマ画像を用いて患者教育に活用し、追加治療や定期検診の動機付けに繋げることもできる。単に検査をして終わりではなく、その結果を診療や収益の循環に活かす発想が大切である。

外注・共同利用・導入の選択肢比較

顎関節症の診断に関連して、画像検査を自院で実施するか外部に委託するかの選択も検討事項となる。特に高度な画像検査であるCTやMRIについては、自院完結・共同利用・外注の各選択肢にメリット・デメリットが存在する。まず外部委託(外注)の場合、近隣の大学病院や画像診断センター、専門クリニックに患者を紹介して必要な撮影を行う形となる。顎関節症でMRI検査が必要と判断した場合は、口腔外科や放射線科を有する医科病院へ紹介し、MRI画像と診断所見を得る流れが典型例である。この方法の利点は、高価な設備投資が不要で最新鋭の機器と専門読影の恩恵を受けられる点にある。歯科医院の負担は紹介状作成程度で済み、患者にとっても保険診療内で高度検査を受けられる(紹介先での医科診療扱い)メリットがある。ただし欠点として、検査結果が出るまでに時間がかかること、患者が別施設へ出向く手間や心理的ハードルがあること、さらには紹介後に患者がそのまま他院で治療継続となり自院に戻らないリスクも挙げられる。特に軽症の顎関節症患者では「様子を見ましょう」と言われて終わり、患者自身が安心してしまって定期管理から離脱するケースもあり得る。

次に共同利用という形態も考えられる。例えば地域の歯科医院数軒で出資して画像診断装置を設置しシェアする、あるいは歯科医師会などが運営する共同利用施設のCTを予約して使用するモデルである。また近年では、画像診断に特化したラボラトリーがあり、歯科医師が撮影データを送付すると専門医の読影レポートを返送してくれるサービスも存在する。共同利用の利点は、設備コストや維持費を単独開業医が全て負担しなくて済む点である。利用頻度が限られる顎関節症症例でも、共同体全体で見ればCT装置の稼働率が確保でき投資を正当化しやすい。また読影に関しても専門家の見解を得られるため診断精度が向上する。一方、デメリットとしては即時性に欠けることが挙げられる。自院に装置がないため予約状況に左右され、患者に次回予約での再来院をお願いしたり結果説明までタイムラグが生じたりする。また共同設備ゆえにカスタマイズ性や操作の自由度が下がり、撮影条件の細かな指定が難しい場合もある。

最後に自院導入の選択についてである。既に述べたようにパノラマ装置はほぼ必須なので導入前提だが、CTやMRIといった高度機器を単独導入するのはハードルが高い。MRIはそもそも歯科医院レベルでは現実的でなく、顎関節症専門施設でもない限り設置例はほとんどない。一方、歯科用CTは近年中小規模の歯科医院でも導入が進んでいる。自院導入の最大のメリットは、検査から診断・説明までワンストップで完結できる点である。例えば顎関節の痛みで来院した患者に対し、その日のうちにCT撮影を行って関節の三次元画像を見せながら説明と今後の治療方針提案ができれば、患者の安心感・納得感は飛躍的に高まる。紹介による機会損失もなく、検査に付随する収益も自院に計上できる。また画像データの資産も自前で蓄積でき、将来的な症例研究やカンファレンスにも活用しやすい。デメリットは何より初期投資と維持費の負担である。装置購入費用に加え、防護設備の工事、稼働後の保守契約や法定点検など、毎年確実にコストが積み上がる。これを賄うには一定数の撮影件数が必要で、仮にCT撮影1件あたりの粗利益(保険点数から経費を引いたもの)を5,000円とし初期投資1,000万円を回収するには200件/年の撮影を10年続ける計算になる。インプラントや矯正診断も含めて達成可能な件数なのか、自院の患者層を分析して見極めねばならない。また導入したもののスタッフが使いこなせない、読影が不十分で結局専門医に頼る、といったケースでは宝の持ち腐れになる。総じて、自院完結で高度画像診断を行うことは診療の幅を広げブランディングにも寄与するが、その裏にあるコストとリスクを正確に把握しておく必要があるだろう。

よくある失敗と回避策

顎関節症の診断にパノラマレントゲンを活用する際に陥りがちな落とし穴も押さえておきたい。まず臨床面での失敗例として、画像所見の有無に対する解釈ミスがある。一例を挙げると、パノラマ像で下顎頭の明らかな骨変形を認めた場合に「骨が変形しているから痛みの原因は骨の摩耗だ」と即断し、患者に過度な不安を与えてしまうケースだ。確かに画像上の変形は変形性関節症を示唆するが、放射線学的所見と痛みの程度は必ずしも強く相関しない。患者によっては高度の骨変化があっても無痛だったり、逆に画像上異常が無いのに激しい痛みを感じたりする。画像は診断の一部情報に過ぎず、症状と照らし合わせた総合判断が必要である。従って所見を患者に説明する際は、「骨に変形がありますが現在の痛みとどの程度関連するか評価しつつ治療しましょう」といった慎重な伝え方を心がける。逆にパノラマで異常が見当たらない場合に「画像に問題ないので大丈夫でしょう」と安易に判断してしまうのも誤りである。前述の通り、円板障害などはX線では見えないため、画像に写らない問題が潜んでいる可能性を見落としてはいけない。症状が続く場合は専門医への相談やMRI検査を検討し、患者にもその旨を説明すべきだ。

また運用面での失敗としては、撮影や機器管理に起因するトラブルがある。例えばパノラマ撮影時のポジショニング不良で関節部が写っておらず、再撮影になってしまうミスは避けたいところだ。これに対しては、チェックリストに基づく撮影前確認(顎の位置、姿勢、アクセサリ除去など)を徹底し、一回で適切な画像を得る精度を上げることで回避できる。同様に、装置のキャリブレーション不良やソフトウェア不具合で画像が歪んだり感度が落ちていたりすると、診断自体を誤る恐れがある。定期点検を怠らないことはもちろん、撮影画像に違和感があれば早めにメーカー点検を依頼する姿勢が大切だ。さらに経営面での失敗例として、高額機器を導入したのに活用できず負担だけ残るというパターンが挙げられる。例えば勢いで歯科用CTを購入したものの患者説明に活かせず宝の持ち腐れになったり、月々の支払いが重荷になって他の設備投資が滞ったりする事例である。これは導入前の試算や戦略が不十分であった可能性が高い。回避策として、導入前にROI(投資収益率)の試算とシナリオ作成を行い、最悪シナリオでも経営が立ち行くか確認しておくことが挙げられる。具体的には、顎関節症だけでなく全診療で月何件CT撮影が見込めるか、保険・自費それぞれの収入予測、5年・10年後の減価償却まで含めた収支予測を立てる。また導入後はスタッフ教育や患者への周知も怠らず、せっかくの機器を有効活用して収益化する工夫を重ねることが重要だ。

人的な対応としては、専門医や先輩開業医へのコンサルテーションを積極的に行うことも失敗防止につながる。顎関節症症例で判断に迷ったとき、独りよがりに突き進むのではなく、大学病院の顎関節専門外来に紹介してセカンドオピニオンを仰ぐことは患者利益につながるし、自院の信用にもつながる。紹介先からフィードバックを得て自らの診断を振り返ることで、次回以降の診断精度向上にも役立つだろう。つまり閉鎖的にならず、外部リソースを活用する柔軟さが、臨床的・経営的リスクマネジメントの観点でも望ましい。総じて、パノラマレントゲンの運用では「写ったものだけを鵜呑みにしない」「写らないものも想像する」「設備と知識への投資バランスを保つ」ことが肝要であり、これらを徹底することで大きな失敗を防ぐことができる。

導入判断のロードマップ

顎関節症の診療に関連して自院で追加設備を導入すべきか否かを判断するには、段階的な検討プロセスを踏むと確実である。

ステップ1.ニーズの把握

自院の患者層や症例数を分析し、どの程度高度な画像診断の需要があるかを把握する。顎関節症の患者が月に何人来院し、そのうち画像検査を要するケースは何割か。また他の領域(インプラント、歯周、外科など)でCT診断の需要がどれほどあるかも洗い出す。例えば月にCTが10件以上見込めるなら、導入検討の土台に乗るが、2~3件程度では外注で十分かもしれない。加えて地域の状況も考慮する。他院との差別化ポイントとして自院でCT完備を打ち出すことで患者獲得につながるのか、あるいは近隣に充実した大学病院があり紹介ネットワークが構築できるなら無理に投資しなくてもよいのか、戦略的に判断する。

ステップ2.選択肢の比較検討

具体的には前述の「外注」「共同利用」「自院導入」のメリット・デメリットを自院の状況に当てはめて評価する。例えば技術好きで読影にも興味がある院長であれば自院導入して積極的に活用する道もあるし、診療をコンパクトにしたいなら外注で専門機関と連携する道もある。また現在パノラマのみ所有で、将来的にCT導入予定なら一体型のパノラマ+CT機を購入する選択肢も出てくる。近年は据置型だけでなく、可搬型や小型の歯科用CTも存在するため、クリニックのスペースやレイアウトに応じた選定が可能である。スペース確保や線量管理の法規要件(X線防護壁や管理区域表示、X線作業主任者の配置など)についても事前に施工業者やメーカーに相談し、実現可能性を確認する。ここで各選択肢の投資額、ランニングコスト、想定ROIを概算しておくことが重要だ。例えば、自院CT導入の場合は初期○万円、年間維持○万円で、予測利用件数では○年で回収、といったシミュレーションを行う。共同利用の場合はイニシャルコストは低いが、利用料や会費が発生するため、それと外注時の患者流出リスク等を定性的に比較する。これらの情報を一覧表にまとめると判断材料が整理される。

ステップ3.試行とフィードバックを経て最終判断

機器導入は一度決めると後戻りが難しいため、可能であれば期間限定のお試し運用やレンタル、デモ機利用を申し出て実際の診療に組み込んでみるとよい。例えばメーカーに相談し1週間試用させてもらう、あるいは既にCTを持っている同級生の医院に難症例の患者を連れて行き一緒に画像を見せてもらう、といった方法である。こうした実地体験により、本当に自院に必要な機器かどうか実感を伴って判断できる。試行の結果、想定以上に有用と感じれば導入を決断し、そうでもなければ見送る柔軟性を持つ。導入を決めた場合は、銀行融資やリース条件の交渉、院内改装のスケジュール調整、スタッフ研修計画など、実行プランをロードマップ化する。特にスタッフ教育は導入前から準備し、装置の扱い方だけでなく被ばく管理・緊急時対応まで含めてトレーニングしておく。また保険請求のルールや届出手続き(例えば歯科用CTを用いた画像診断加算や施設基準届け出)も確認し、開始初日から適切な算定ができる体制にする。導入しないと決めた場合でも、患者説明用資料を充実させる、専門医との連携ルートを明確化する、といった代替策の強化を図っておけば問題ない。以上のようなロードマップに沿って検討を進めれば、感覚や流行に流されることなく、自院にとって最適な判断を下すことができるだろう。

参考文献

  1. 日本顎関節学会 編『顎関節症治療の指針2020』公益財団法人 口腔保健協会, 2020年. (顎関節症の画像診断に関する学会指針)
  2. Kenji Hiura et al. “Improving Accuracy of Diagnostic Imaging for Osseous Change of the Mandibular Condyle.” J Oral Health and Biosciences 30(2):49-61, 2018. (パノラマ画像とCBCTの下顎頭骨変形検出率の比較研究)
  3. 和光 衛 他「顎関節症を見直す: 5.画像検査法と診断」歯科学報 102巻11号, pp.853-868, 東京歯科大学, 2002年. (顎関節症における各種画像検査法の特徴解説)
  4. ORTC『歯科レントゲンの金額完全ガイド』ORTC歯科知識ブログ, 2025年3月. (歯科用パノラマ・CTの導入コストや保険算定に関する解説)
  5. 厚生労働省『令和4年診療報酬点数表(歯科)』2022年4月. (歯科診療におけるX線撮影・断層撮影の算定点数と要件)
    ※上記内容は2025年10月時点の情報に基づいており、制度や機器仕様は今後変更される可能性があります。```