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歯科で使う「カチャックス」とは?使い方や特徴を分かりやすく解説

歯科で使う「カチャックス」とは?使い方や特徴を分かりやすく解説

最終更新日

予約でいっぱいの診療日、ようやく翌日に最終補綴物の装着を控えた患者から突然の電話が入る――「仮歯が取れてしまった」と。仮着用セメントの保持力不足による緊急対応は、臨床現場で誰もが経験する煩わしい事態である。一方、仮歯が外れないよう強力なセメントで固定しすぎた結果、除去に手こずって支台歯を傷つけてしまった経験を持つ歯科医師もいるだろう。仮歯の安定性は、最終補綴の精度や患者満足度に直結する重要な要素である。

このようなジレンマを解消すべく登場したのが、非ユージノール系仮着材「カチャックス」である。仮歯をしっかり固定しながらも除去は容易に、そして不快な臭いもないという特長を備えた本製品は、発売当初多くの臨床家の注目を集めた。本稿ではカチャックスの概要と臨床での使い方、その優れた性能がもたらす臨床的メリットを解説し、さらに医院経営の視点から仮着材選択のポイントを考察する。仮着材選びに悩む読者が、自身の診療スタイルに最適な製品を見極め、患者の安心と医院の効率向上を両立する一助となれば幸いである。

製品の概要

カチャックス(Kachax)は、サンメディカル株式会社が2018年に発売した歯科用仮着セメントである。正式には酸化亜鉛を主成分とする非ユージノール系仮着用セメントに分類され、暫間クラウンやブリッジを支台歯に一時的に装着する目的で用いられる。医療機器クラス分類は管理医療機器(クラスII)であり、「歯科用酸化亜鉛非ユージノールセメント」として国内で認証を取得していた製品である。内容はベースペースト35gとキャタリストペースト16gの2ペーストタイプで、歯科医院で手動練和して使用する。

カチャックス最大の特徴は、操作性・保持力・除去性のバランスが極めて高い点にある。従来のユージノール系仮着材が持つ薬品臭やレジン接着阻害といった欠点を克服し、術者・患者双方にとってストレスの少ない使用感を実現した。また医療機器として法規制を遵守した品質管理がなされており、管理医療機器としての安全性基準を満たしている。なおカチャックスは2022年2月にメーカーによる販売が終了しており、現在は市場流通在庫を除いて入手が難しい状況である。本記事では本製品の特性を紹介するとともに、同種の仮着材を選定する際の判断材料として解説を加える。

主要スペックと臨床的意義

カチャックスは酸化亜鉛‐有機酸系の自己硬化型セメントであり、ユージノール(クローブ油由来成分)を含まない処方になっている。ベースペーストに酸化亜鉛(ZnO)や酸化マグネシウムを含み、キャタリストペーストに脂肪酸系成分(ダイマー酸など)を含む2ペーストを等量練和することで硬化する設計である。混合後の操作時間は約2分間確保され、口腔内では概ね4~5分で硬化する。硬化時間は環境温度や混合比によって1.5~10分程度の幅があるが、平均的には短時間でシャープに硬化してベタつきが残らない。これは臨床的に、仮歯装着後に長く待たず短時間で余剰セメントの除去作業に移れることを意味し、患者の開口時間短縮や術後の不快感軽減に寄与する。

機械的強度も仮着用セメントの基準を満たしている。JIS規格に準拠した試験では圧縮強さや被膜厚(フィルム厚さ)が規格値をクリアしており、硬化物は咬合圧に耐え得る十分な強度と薄い被膜性を持つ。薄い被膜厚によってクラウン適合性を損なわずに装着でき、咬合調整や辺縁部の浮き上がりといったトラブルを防ぐ。また低溶解性のセメントであり、長期間口腔内にあっても唾液中で溶出・分解しにくい。これに関連して、抜去歯を用いた色素浸透試験では、硬化後のカチャックスが窩洞内を密封し、24時間水中浸漬後も辺縁部への染色剤浸透が認められなかったと報告されている。これは封鎖性の高さを示す所見であり、仮歯装着中の歯髄保護やう蝕予防の観点でも有益である。

保持力と除去性の両立はカチャックス最大の特長である。硬化したセメントは支台歯と仮歯の間で適度な付着力を発揮し、日常の咀嚼程度では容易に脱離しない安定性を持つ。一方で、硬化物自体の一体性が高く崩れにくい性状のため、撤去時にはセメントが細片にちぎれることなく大きな塊で剥がれ落ちる。その結果、仮歯の除去後に支台歯側へセメント残渣がこびり付きにくく、支台歯の清掃が容易である。臨床的には、最終装着前の残セメント除去に費やす時間を短縮でき、支台歯表面を傷付けるリスクも減らせる。保持力が高すぎるセメントでは仮歯撤去時にコアごと外れてしまう惨事も起こり得るが、カチャックスは適度な強度設計により支台築造や補綴物へ過剰なダメージを与えずに除去できるよう配慮されている。

非ユージノール処方であることも重要なスペックである。ユージノール系セメントに特有の強い薬品臭(クローブの匂い)がないため、患者に不快な刺激臭を感じさせない。また術者にとっても長時間扱っても匂いによる不快感や頭痛の心配が少ない。さらにユージノールはレジン系材料の重合反応を阻害することが知られているが、カチャックスはレジンモノマーを妨げる成分を含まないため、最終補綴物をレジンセメントで接着する症例にも安心して使用できる。実際、カチャックス使用後の接着強度試験では、水洗のみの場合に若干の接着阻害が認められたが、適切に清掃すれば支台歯とレジンセメント間の接着強さが十分確保できることが示されている。要するに、ユージノール系のように接着阻害因子が長く残留するリスクが低いことから、オールセラミックスなどを樹脂系接着剤で装着するケースでも選択しやすいと言える(※後述の清掃方法には留意)。

なお硬化物の色調は淡いイエローで、仮歯や歯質とのコントラストが付くよう配慮されている。この識別しやすい色によって残留セメントの見落としを防ぎ、確実な清掃を助けている。一方、審美領域で仮歯の素材が半透明な場合には、内部のセメント色が若干透ける可能性がある点には注意を要する。しかし通常のレジンプロビジョナルでは問題にならない範囲であり、色調よりもむしろ臭いや接着への悪影響が無いメリットの方が臨床価値は高いだろう。

互換性と運用方法

使用方法は従来の二ペースト型仮着材と概ね共通である。まず付属の練和紙上にベースペーストとキャタリストペーストを等長(同じ長さ)絞り出す。重量比では約2.2:1となるが、長さで揃えることで適切な割合が得られる設計である。次に塑性ベラなどで約30秒間練和し、均一な色調のペーストにする。練和時間が短すぎると硬化不良や強度低下を招くため、色ムラが消えるまでしっかり混ぜることが重要である。準備ができたら、支台歯の表面と仮歯の内面を十分乾燥させる。水分が多いとセメントの物性が安定しない場合があるためだ。ペーストを仮歯内面に適量塗布し、ただちに仮歯を所定の位置に装着する。過剰なペーストを塗りすぎないよう注意しつつも、全周に行き渡る量を入れる。装着後は指圧または患者に軽く咬合圧をかけてもらい、余剰セメントを圧出させながら位置決めする。初期硬化までの2~3分間は仮歯が動かないよう静止させて待機する。

およそ4分ほどで硬化が完了したら、露出している余剰セメントを除去する。カチャックスは先述の通り硬化後のベタつきが少なく、一塊で取れる傾向がある。へらや探針で余剰部分の端を持ち上げると、ちぎれにくく大きな片状で剥がれ落ちるため、比較的短時間で除去できる。隣接面の細部に残った部分はデンタルフロスを用いて除去する。フロスを通す際は、クラウンの脱離を防ぐため引き上げずに側方へ引き抜くようにする。なお、硬化直後に無理に除去しようとせず、十分硬化してから剥離した方が一括除去が容易である。早期に触るとまだ柔らかくちぎれて残留しやすくなるため注意したい。仮歯自体の撤去時(本番の補綴装着時)には、前述の特長によりセメントが支台歯側に残りにくいが、それでも目に見えない薄い被膜が歯面に付着している可能性がある。したがって仮歯を外した後、水洗やエアで洗浄したうえで、アルコール含浸綿や清掃用ペーストで支台歯面を清拭・研磨し、セメント残留物や油分を徹底的に除去することが望ましい。特にこの後レジン系接着セメントを用いる場合は、この清掃操作が接着力安定の鍵となる。

カチャックスの運用上の互換性という点では、ユージノールを含まないことから各種材料との親和性が高い。例えば、カチャックス使用中でもシリコーン印象材やレジン材料の硬化が阻害されないため、仮歯装着下での最終印象採得やレジン仮歯のリライン修正なども安心して行える。従来、仮着材中のユージノール成分が印象材を変質させたり、一時的とはいえ仮歯のレジンを軟化させるケースがあったが、カチャックスではそうしたマテリアル間の干渉リスクが低減している。また、仮着材特有の強い匂いが周囲に拡散しないため、診療室内で他の処置と並行して仮着操作を行っても患者に与える不快刺激が少ない点もメリットである。

保管・取扱上の注意としては、直射日光や高温多湿を避け、室温(1~30℃)で保管することが推奨されている。長期保存でペーストが硬化・劣化しないよう、使用後はチューブ先端を拭ってしっかりキャップし、所定の条件下で管理する必要がある。またベースとキャタリストは必ず購入時のペアで使用し、片方が余っても他製品とは絶対に混合しないこと。万一未硬化ペーストが皮膚や粘膜に付着した場合は、すぐにアルコール綿などで拭き取り流水で十分洗浄する。術者自身が本材に対するアレルギー既往を持つ場合には、グローブやマスクを着用して直接触れないようにし、症状が出たら直ちに使用を中止する。器具に付着して固まったカチャックスは物理的除去が基本だが、α-リモネン(オレンジオイル)主成分の洗浄液に浸漬すると比較的短時間で軟化し除去しやすくなる。印象用トレーや器具に残った硬化セメントの清掃には、専用クリーナーの活用が効果的である。

経営インパクト:コストとROIの分析

日常的に使用する仮着材であっても、その選択は医院経営に無視できない影響を及ぼす。カチャックスの価格は定価約3,700円(税別)であり、1キットに含まれるペースト量(合計51g)から考えるとおよそ100歯以上の症例に使用可能である。単純計算では、1歯あたり数十円(30~40円前後)という極めて低コストで患者一人の仮歯安定性を確保できることになる。これは歯科診療の中で微々たる材料費と言えるが、提供する価値は大きい。例えば仮歯の脱離が1件でも減れば、その再装着に充てていた15分程度のチェアタイムとスタッフリソースを他の有益な診療に振り向けられる。保険診療中心の医院では15分で数千円の診療報酬を得ることもあり、たった数十円の材料投資で数千円分の時間を節約できる計算になる。これは費用対効果(ROI)の観点から極めて優れた投資と言えよう。

また患者満足度向上による間接的な経営効果も見逃せない。仮歯が安定せず何度も外れると患者の信頼を損ね、紹介やリピートにも悪影響となる。逆に治療中の仮歯が終始安定し、匂いや不快感の訴えもなければ、患者は治療全体をスムーズで質の高いものと感じる。小さなことに思えても、こうした満足度の積み重ねが口コミやリピート率向上につながり、長期的には医院の収益増加に貢献するだろう。自費診療においては特に、仮歯期間も治療の一部として患者は評価するため、高品質な仮着材の使用は「見えないサービス向上」として高付加価値戦略の一環となり得る。

さらに、効率面でも利益がある。カチャックスは扱いやすく除去もしやすいため、補綴物装着の際のチェアタイムを短縮できる。たとえば硬く劣化した仮着セメントを小片ずつ削り取るのに5分かかっていたとしたら、カチャックスなら一塊で剥がせて1分で済むかもしれない。1症例あたり数分の時短でも、年間の補綴症例数が多ければ合計で数時間の節約となる。その時間を新たな予約枠に充てれば収益拡大につながり、そうでなくとも残業削減や休憩確保によるスタッフ満足度向上に寄与する。導入コスト自体が低廉であるため、こうした効果によって十分に元が取れるどころか大きな利益をもたらす可能性が高い。院長の判断としても、仮着材は経営インパクトの小さい消耗品と捉えがちだが、実際には診療品質・業務効率・患者評価の3側面に影響する「戦略的アイテム」であると言える。

使いこなしのポイント

カチャックスを効果的に活用するには、製品特性を踏まえた細かな配慮が必要である。まず導入初期には、従来の感覚との違いを把握しておくことが重要だ。ユージノール系の仮着材に慣れている場合、カチャックスは硬化が速く感じられる可能性がある。混合後すぐに硬化が進行し始めるため、仮歯の試適や調整は事前に済ませておき、本番は迅速にセットするよう段取りを工夫する。特に複数歯ブリッジなど広い適用面積を持つ症例では、ペーストを盛り終えている間にも硬化が進むため、手際よく操作することが肝心である。どうしても操作時間が足りない場合は、涼しい環境で練和する、練和量を小分けにするなどして調整する(ただし設計された混合比は守る)。ベースペーストとキャタペーストの押し出し量にも留意すべきである。等量よりベースを多く出しすぎると硬化が早まる傾向があるため、ノズルの太さを揃えて同じ長さを出すようスタッフに教育する。練和スペースはさほど大きくなくてよいが、練り残しがないよう確実に混合することを指導する。

術式上のコツとして、仮歯装着前に支台歯や仮歯内面をアルコールで清拭し油分や汚れを除くと接着が安定する。特にテックレジン表面に離型剤や唾液が付着していると保持力低下の原因になるため、軽く清掃してからセメントを適用すると良い。また仮歯装着時に強く咬ませすぎないこともポイントである。過度な圧力は余剰セメントの圧出を促す一方、仮歯が沈み込みすぎて咬合高径が狂う恐れがある。適正な圧で位置決めしたら、軟綿子で溢れ出たセメントを拭い取り、あとは静置して硬化を待つ。硬化後の仮歯除去は、支台歯と平行にまっすぐ引き抜くと比較的スムーズに外れる。斜め方向の力を加えると支台歯に偏荷重がかかるため、可能な限り軸に沿った方向に力をかける。前装部の単冠などではヘーベルを仮歯の辺縁下に軽く当ててこじると簡単に外れるケースも多い。もし外れにくい場合は、無理せず仮歯を分割するなど基本に立ち返った方法で除去する(カチャックスが原因で外れない場合はほとんどないが、仮歯自体のマージン形態やフェルール不足が影響することもある)。

院内体制として、歯科医師だけでなく歯科助手や歯科衛生士にもカチャックスの扱いを周知しておくことが望ましい。仮着材の練和・準備をスタッフが行う医院では、適切な混和比と練和時間、塗布量などについて事前に情報共有し、トレーニングしておく。カチャックスはノズル径が細く必要最小限の量をコントロールしやすい設計だが、取り出しの際に無駄を出さないよう習熟すると経済的である。万一、患者が仮歯装着中に強い違和感を訴えた場合は、材料に対する過敏症も念頭に置く。カチャックス自体は臭いや刺激が少ないが、まれに成分へのアレルギーを持つ患者も皆無ではない。その際は使用を中止し、ユージノール系も含め他の仮着手段を検討する。

患者への説明においては、仮歯が装着されている期間の食習慣指導と併せて、使用しているセメントの特徴を簡潔に伝えると良い。たとえば「今回の仮歯は専用の接着材で付けてあります。通常の食事で外れることは少ないですが、ガムなど極端に粘着性の高いものは控えてください」といった注意喚起をする。カチャックスの高い保持力により外れにくいとはいえ、患者には仮歯はあくまで一時的なもので強固につけたわけではないことを理解させる必要がある。また「昔の薬と違ってツンとする匂いもなく快適だった」という声が聞かれることもあるので、その際は「最新の仮着材は匂いがないんですよ」と説明すれば患者の安心感につながる。もし仮歯が外れてしまった場合の対処法(すぐ連絡をもらう、自己判断で市販接着剤を使わない等)も事前に伝えておくとトラブルを未然に防げるだろう。

適応と適さないケース

カチャックスの適応症例は、基本的にあらゆる仮歯の装着である。単冠からブリッジまで広く用いることができ、短期の仮着はもちろん数ヶ月に及ぶ中長期の仮着にも十分耐えうる。実際、歯周治療やインプラント治療の過程で数ヶ月間にわたりプロビジョナルレストレーションを仮着して経過を見たケースでも、カチャックスは脱離なく安定した結果を示している。したがって、補綴物の最終装着まで期間が延びる症例(根管治療後の観察期間や歯肉整形期間、インプラントオーバーデンチャーの治癒期間など)でも有力な選択肢となる。また、最終的にレジンセメントで合着する予定のオールセラミッククラウンやラミネートベニアの試適・仮着にも適している。ユージノール系では接着阻害が懸念されるが、カチャックスならレジンセメントを使った本接着に響きにくいためである(ただし長期仮着後は支台歯面清掃を十分行うことが前提)。加えて、嗅覚の敏感な患者や小児・高齢者など、強い薬品臭による不快を避けたいケースでも有用である。口腔や咽頭への刺激臭がほとんど無いため、嘔吐反射の強い患者でも比較的スムーズに仮歯装着が行える。

一方で使用が適さないケースや注意点も存在する。まず、永久補綴物の合着用途には使えない。カチャックスは仮着材ゆえに長期間の機械的・化学的耐久性は限定的であり、最終接着用セメントの代替にはならない。また極端な長期仮着(1年以上)を要する場合には注意が必要である。通常の数ヶ月程度であれば問題ないが、年単位で仮歯を維持するケースでは、さすがに徐々にセメントが劣化・溶出し、辺縁封鎖性が低下するリスクがある。そのため超長期にわたる場合は、途中で仮歯とセメントを新しくし直すか、あるいはレジン系の仮着材(より高強度で長期安定性が高い製品)への切り替えを検討する。ただしレジン系仮着材は除去が困難になる欠点もあるため、患者ごとの事情に応じて選択する。

保持力が高すぎても困る場面ではカチャックス以外を選ぶ判断もある。たとえば補綴物を何度も着脱して適合を調整する必要があるケース(複雑な咬合確認や患者要望による形態試適など)では、毎回強固に仮着すると外すのが大変である。その場合はごく弱い保持力の仮着法(ワセリンのみで保持、軟性モールドで覆う等)やユージノール系セメントの使用も選択肢となる。また、カチャックス成分に対するアレルギーや過敏症の既往がある患者には使用禁忌である。ごく稀ではあるが、亜鉛化合物や樹脂酸化物にアレルギーのある症例では皮膚炎等を起こす可能性がある。その際は他の仮着材(カリウム塩系など全く別系統の製品)を用いるべきである。仮封用途(象牙質の一時封鎖など)には、本製品よりも専用の仮封材(例えば水硬性の仮封用セメントや樹脂系仮封材)の方が適している。カチャックスは流動性が高く仮封穴のような窩洞内に充填して固める用途には向かないため、仮封材と仮着材は使い分けが必要である。

類似製品としては、市場にユージノール系仮着材(伝統的なZOEセメント)や他社の非ユージノール系仮着材が複数存在する。例えばGC社のフリージノール、クラレ社のテンポラリーセメントNE、海外メーカーのオートミックス型仮着材など、それぞれ特徴が異なる。ユージノール系は安価で扱いやすい反面、臭気と接着阻害のデメリットがあり、現在ではレジン接着を行う補綴には不向きとされる。一方、非ユージノール系はカチャックス同様に臭いや阻害が無いが、製品ごとに保持力や操作感が微妙に異なるため、代替品選択時には保持力や硬化速度の違いを確認しておくとよい。レジン系仮着材は最も強固だが、仮歯除去時にはほぼ破壊的になる覚悟が要る。患者のリスクや術後に備えて複数種の仮着材を院内に用意し、症例に応じて使い分けるのが理想的ではあるが、その中でも万能型の一本としてカチャックスは非常に汎用性が高かったと言える。

導入判断の指針(読者タイプ別)

1.保険中心で効率最優先のクリニックの場合

日々多数の患者を裁く保険診療主体の医院にとって、「仮歯が取れた」という予定外の来院はできる限り避けたい事態である。カチャックスの高い信頼性は、このような医院で真価を発揮する。忙しいスケジュールの中、仮歯の脱離対応に時間を割く必要が減れば、その分他の処置に時間を充当できる。特に一人の歯科医師が複数ユニットを同時進行する運用では、仮歯安定性が悪いと診療フロー全体に支障を来すが、カチャックスなら「つけたら外れない」という安心感が得られる。さらに、除去が容易なため補綴セット時の段取りがスムーズで、チェアタイム短縮と回転率向上につながる。材料費は1歯あたり数十円程度であり、保険診療報酬の中でも微々たるものだが、得られる効率メリットは大きい。保険点数内で提供する仮歯だからこそ、低コストでトラブルフリーな仮着材を使うことは医院経営上も合理的と言えよう。人件費や時間の無駄を省きつつ患者サービスを向上できる点で、効率重視の院長には非常に採算の良い投資となるはずである。

2.高付加価値の自費診療を強化するクリニックの場合

セラミック修復や審美歯科中心の医院では、治療の質と患者体験の向上が何より重視される。カチャックスは、そうした高付加価値医療を志向する医院にもマッチする製品である。まず臨床面では、オールセラミッククラウンやラミネートベニア等のレジン接着が前提の補綴において、仮着段階からユージノールフリーを徹底できるのは大きな利点だ。従来、仮着材由来のユージノール残留が原因で最終接着に悪影響が出るリスクが指摘されていたが、カチャックス使用でその不安を払拭し、最終補綴物の接着成功率を高めることができる。また、審美症例では患者が仮歯の段階から色や形態を吟味するため、長めの仮着期間を経て微調整を重ねることも多い。カチャックスなら数週間から数ヶ月に及ぶ装着でも安定が期待でき、仮歯を介した丁寧なカウンセリング期間を支える強い味方となる。

経営的観点では、上質な材料を使うこと自体が医院のブランディングにつながる側面もある。例えば患者に「匂いの少ない特別な接着材で仮歯を付けています」と説明すれば、細部にこだわる先進的な医院という印象を与えるかもしれない。治療費に直接転嫁するものではなくとも、患者満足度が上がれば紹介患者の増加やリピート率向上といった形で医院の成長に寄与する。また、自費治療は再治療が発生すると医院側の損失が大きいが、仮歯段階から安定していれば補綴物完成までスムーズに運べるためやり直しのリスクを低減できる。スタッフ教育においても、高度な自費診療を支えるチームとして細部の材料まで知識を共有することで医院全体のレベルアップにつながるだろう。以上より、付加価値を追求する医院にとってカチャックスは、品質への投資として十分検討に値すると言える。

3.外科処置・インプラント症例が多いクリニックの場合

口腔外科やインプラント中心の医院では、仮歯の役割が機能維持だけでなく組織の治癒誘導や負荷コントロールといった戦略的な意味合いを帯びることがある。例えばインプラント即時負荷で装着する仮歯は、インプラントに過度な動揺が伝わらないようしっかり固定する必要がある一方で、経過観察や本印象時には容易に撤去できなければならない。カチャックスは高い保持力で仮歯を安定させつつ、必要な時にはダメージ少なく除去できるため、インプラント仮歯にも適した選択肢となりうる。また、全顎的な長期治療計画の中でプロビジョナルレストレーションを長期間装着して咬合・筋機能のリハビリを行うケースでも、カチャックスの長期安定性と封鎖性が役立つ。仮歯周囲の歯肉や粘膜を良好に保ちつつ、患者が通常の食生活を送れるだけの保持力が確保できるからである。

外科処置後の創部保護という観点でも、本材はユージノール非含有ゆえに軟組織への刺激が少ないと考えられる。抜歯即時仮歯や歯周外科後の暫間ブリッジなどで、縫合創や歯肉に仮着セメントが触れる状況でも、刺激臭や刺激物質による炎症誘発を抑えられる利点がある。さらに、複数歯にわたる大型の仮補綴装置(ロングスパンブリッジやフルマウス暫間補綴)でも均一に確実な硬化が得られ、術者の意図した通りの保持力を発揮する点は信頼がおける。外科・補綴一体型の治療を提供する医院では、治癒と補綴の橋渡しとなる仮着段階の質が治療全体の成功に直結する。カチャックスはその要所を支えるツールの一つとして、高い有用性を持つと言えよう。

なお、もし仮着材にあまりこだわりを持ってこなかった先生がいるなら、一度自身の症例を振り返ってみてほしい。仮歯が取れて困った経験、無理に外そうとしてヒヤリとした経験はないだろうか。外科・補綴の別を問わず、仮着材の選択・使い方ひとつで術後経過やトラブル頻度が変わることを実感できるはずである。医院の治療コンセプトに合わせて最適な材料を選び抜くことが、最終的には患者満足と医院評価の向上につながる。そうした視点で見たとき、カチャックスが満たしていた要件は極めてバランスが良く、多くの医院にとって有用な製品であった。

よくある質問(FAQ)

Q. カチャックスは現在も購入できるのか?
A. カチャックスは2018年の発売後、優れた性能から多くの医院で使用されてきたが、2022年2月をもってメーカーでの販売が終了している。そのため現時点では流通在庫が残っていない限り新規購入はできない。入手が難しい場合は、代替として他社の非ユージノール系仮着材(例:GC社の製品など)を検討する必要がある。製品選択時には保持力や硬化時間などカチャックスとの使用感の違いを確認すると良いだろう。

Q. ユージノール系仮着材との違いは何か?
A. カチャックスはユージノール(丁香油成分)を含まないため、あの独特な薬品臭が無く患者の不快感を抑えられる点が大きな違いである。またユージノールはレジン系接着剤の重合を阻害することで知られるが、カチャックスはレジンの重合を妨げないので最終補綴物を接着する際にも悪影響が少ない。さらに、硬化後のセメントが塊状に取れる性質を持ち、支台歯の清掃が容易である点も従来のユージノール系製品との違いである。ただし仮着後は支台歯面の清掃を十分に行い、残留物を除去してから本接着を行う必要がある点は共通している。

Q. 長期間の仮着にも耐えられるか?
A. カチャックスは短期から中期(数週間~数ヶ月)の仮着に十分耐えうる性能を持つ。実際、症例によっては数ヶ月間仮歯を装着したまま経過観察しても脱離しなかった実績が報告されている。ただしあくまで一時的接着用のセメントであり、永久的な使用には適さない。半年~1年以上の超長期にわたる仮着が必要なケースでは、定期的に仮歯とセメントの状態をチェックし、必要に応じて再装着やセメントの交換を行うことが望ましい。状況によってはより高強度のレジン系仮着材への切り替えや、仮歯をレジン仮付けする等の代替策も検討する。

Q. 器具や補綴物に付着したセメントはどう除去すればよいか?
A. 硬化した仮着セメントは基本的に手用器具で除去可能である。カチャックスは硬化物が一塊で取れる性状を有するため、鋭匙などで端を起こせば比較的大きな塊として剥離する。細部にわずかに残った場合には、超音波スケーラーや手用スケーラーで慎重に除去する。器具表面に固着したセメントに対しては、α-リモネン(オレンジオイル)を主成分とする洗浄液に浸すことで軟化し容易に除去できる。専用のセメントリムーバー剤を用いると、トレーやミキシングスパチュラに付着した固化物も短時間で落とせるため便利である。

Q. カチャックスの保管や取り扱いで注意すべき点はあるか?
A. 保管は室温(1~30℃)で直射日光や高温多湿を避けて行う。長期間保管している間にペーストが劣化・硬化しないよう、使用後はノズル先端を拭き取って確実に蓋を閉める。万一ペーストが皮膚や粘膜に付着した場合、かぶれ等の過敏症状を起こす恐れがあるため直ちに拭き取り十分に洗浄すること(術者はグローブ着用が望ましい)。ベースペーストとキャタリストペーストは必ずセットで使用し、一方が残っても他の製品と混ぜず廃棄する。他製品と混合すると適切に硬化せず危険である。以上の点を守れば、カチャックスの性能を安定して発揮させることができる。