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歯科で使う「フィットシール」とは?使い方や用途・目的を分かりやすく解説

歯科で使う「フィットシール」とは?使い方や用途・目的を分かりやすく解説

最終更新日

日々の臨床で、補綴処置と補綴処置の合間をつなぐ「仮封」は決して軽視できない工程である。インレーの形成と印象採得を終え、次回来院までのあいだ歯を保護する仮封材が外れてしまった、あるいは除去時に破片が残って処置に手間取った――そんな経験を持つ歯科医師も少なくないだろう。仮封の不備による患者からの急患連絡や、補綴物セット時の適合不良は、日々の診療における小さからぬ悩みである。本稿で紹介するフィットシールは、「しっかり仮封でき、しかも一塊で簡単に撤去可能」というコンセプトを掲げて開発されたレジン系仮封材であり、従来の仮封に伴う煩わしさを解消することが期待できる。本記事ではフィットシールの特徴や使い方を臨床的価値と経営的視点の両面から検証し、読者の診療スタイルに適した選択となりうるか考察する。

フィットシールの概要

フィットシールはGC(ジーシー)社が製造販売する歯科用仮封材である。正式名称は「歯科用高分子系仮封材料 GCフィットシール」で、管理医療機器クラスII(承認番号20800BZZ00213000)として2008年に発売された。インレーやアンレーの窩洞に最終補綴物を装着するまでの短期間、歯質を保護・封鎖する目的で開発された常温重合型(自己硬化型)の軟質レジンである。

本製品は粉末と液を用いる二剤タイプで、小包装には粉末50gのボトルと液剤15g入りボトル2本(計30g)に加え、練和用の使い捨て皿と筆(No.4)が同梱されている。操作時は筆積み法により少量ずつ混合し、直接窩洞内に填入する。色調はアイボリー(象牙色)1色のみで、口腔内に適用してから約3分で硬化する。

硬化後も樹脂は適度な軟性を保つため、咬合時の圧力でわずかに沈み込み、高さが原因の咬合干渉を生じにくい。また窩壁への密着性に優れ、治療中に脱落しにくい一方、次回来院時にはエキスプローラーで周囲を軽く動かすだけで仮封塊を一括で撤去でき、窩洞内に残渣がほとんど残らない。想定される使用期間は約1〜2週間程度であり、根管治療の仮封や1ヶ月以上に及ぶ長期仮封には適さない。そのようなケースでは他種の仮封材(後述)を選択する必要がある。

主要スペック・特徴

硬化時間は口腔内で約3分と短く、仮封処置にかかるチェアタイムを大幅に短縮できる。フィットシールは液剤中のモノマーと粉末ポリマーの反応によって自己重合し迅速に硬化する。練和から充填までの操作可能時間も数分程度であり、一度に大量を練らず必要な分を順次充填することで硬化開始による手技遅延を防ぎやすい。硬化時の発熱はごくわずかで、患者の不快感や歯髄への刺激となる恐れはほとんどない。

硬化後のレジンはゴムのような弾性を保ち、完全硬化しても適度な柔軟性が残る。これにより咬合圧を受けても表面が微小に歪んで衝撃を緩和し、対合歯を過度に押し上げて噛み合わせを狂わせるリスクを低減する。また材質に十分な強度があるため、従来の水硬性仮封材(仮封用セメント)に比べ咀嚼時に破断・崩壊しにくく、欠け落ちてしまう心配も小さい。一方でセメントほど硬く剛直ではないため、エキスプローラーで容易に一塊で外せる絶妙な硬さに調整されている。

練和直後のペースト状レジンは適度な流動性を持ち、筆先から窩洞内へ隅々まで行き渡るように広がる。複雑な窩形にもマージンの微細な段差まで馴染み、気密性の高い封鎖が得られる。粉液混合型だが操作中の“筆離れ”は良好で、粘性が過度に高くないため塊ごと筆についてきてしまうことが少ない。狙った部位への充填操作がスムーズに行え、硬化前であれば余剰な部分を探針や綿球で容易に除去・整形できる。硬化後に追加のトリミングや削合がほぼ不要な仕上がりとなる。

本材は酸化亜鉛ユージノール系の成分を含まないレジン系材料であり、硬化後も歯面に化学的接着はしない。そのため最終的にレジンセメントで補綴物を装着する場合でも、ユージノール残留による接着阻害のリスクがない。一方でユージノール系仮封材と異なり、硬化時にわずかな収縮が生じるため長期の封鎖性は劣るものの、前述の軟性による追随と使用期間の短さから問題は起こりにくいとされる。また、ボンディング剤やレジンライナーで象牙質をコーティングした上に直接フィットシールを充填すると、樹脂同士が強固に結合し想定通りに除去できなくなる恐れがある。カルシウム水酸化物やグラスアイオノマーなどを裏層に用いた場合にも、一部成分が硬化反応に干渉する可能性が指摘されている。メーカーではこうしたケースで仮封する際、事前に綿球を挿入するか窩壁にワセリンや水溶性セパレーターを塗布してから充填するよう推奨している。

なお、フィットシールにはX線造影性を付与する無機フィラーが含有されておらず、硬化後もエックス線写真上には写らない。万一仮封片の一部が窩洞内に遺残してもレントゲンで確認できないため、撤去時は肉眼と触感で慎重に残渣の有無を確認する必要がある。また色調はアイボリー1種類で、象牙質に近い落ち着いたオフホワイトの外観を呈する。短期間の臨時的な充填材であるため審美性は二次的だが、患者には仮封処置中であることと材料の色味についてあらかじめ説明しておけば、不安や誤解を防げるだろう。練和時にはモノマー液特有の刺激臭があるものの、硬化後は臭気も消失し、味や刺激は残らない。

互換性と運用方法

臨床でフィットシールを使用する際は、まず窩洞を十分に洗浄・乾燥し、唾液や湿気を可能な限り除去する。使い捨ての練和皿に少量の粉末を出し、筆先にモノマー液を含ませてから粉末に触れて軽く撹拌すると、筆先にペースト状のレジンが付着する。このレジンを窩洞内に運び、必要な量を順次充填していく。大きな窩洞では複数回に分けて練和・塡入し、硬化前に咬合面の形態を整える。必要に応じて患者に軽く咬合させて咬頭嵌合を確認し、飛び出した余剰な部分は素早く探針等で除去する。その後、約3分間待ってレジンが硬化したことを確認してから患者に口をゆすいでもらう。

専用の筆(No.4)は腰が強くコシのある毛質で、レジンを練り取りやすいよう設計されている。筆は繰り返し使用可能だが、使用後は付着したレジンが硬化しないうちに専用のレジンブラシクリーナー等の溶剤で洗浄する必要がある。硬化した樹脂が毛先に残留すると筆が固まり、次回以降の操作性が著しく低下するためである。ディスポーザブルの練和皿は基本的に一回の処置ごとに廃棄するが、乾燥状態であれば134℃以下の高温で滅菌処理も可能とされる。粉末ボトルや液剤ボトルは施術ごとにしっかりフタを閉め、モノマー液は揮発しやすいため使用後は冷暗所に保管する。薬液が蒸発・劣化すると硬化不良の原因となるので、開封後は有効期限にかかわらず早めに使い切ることが望ましい。

症例によっては他の器具や材料との併用が有用である。たとえば隣接面が開放した大きなⅡ級窩洞では、あらかじめ隣在歯にマトリックスバンドを装着してからレジンを充填すると、隣接面に余分なレジンが回り込んで歯間部で引っかかるのを防げる。マトリックスやウェッジで適切なコンタクトを再現しておけば、仮封中の隣接面清掃も容易になり患者の不快感も軽減する。また前述のように軟化剤や覆髄材を併用している場合は、仮封前に綿球を入れるか窩壁にワセリンや水溶性セパレーターを塗布してから充填することが推奨される。仮封期間が予定より延長しそうな場合は、一度フィットシールを除去して新たに充填し直すことも検討する。フィットシールは長期的な封鎖には向かず1〜2週間程度で劣化するため、必要に応じて仮封をやり直したほうが安全である。

液剤に含まれるモノマーは引火性があるため、使用時には火気に十分注意し換気を良好にしておく。患者には仮封中であることを説明し、とくにガムやキャラメルなど極端に粘着性の高い食品は仮封が外れる恐れがあるため控えてもらう。万が一仮封が外れて患者が誤って飲み込んでしまった場合でも、本材は生体に害のない慣用材料であり慌てず対処する。口腔内をすすぎ、喉や気道に引っかかった感覚がなければ基本的に経過観察として様子を見るよう指示する。硬化樹脂はX線には写らないが通常は消化管を無傷で通過し排泄されるため、患者に過度な心配をさせないことも重要である。いずれにせよ仮封が脱離した際は早期に受診してもらい、必要に応じて再処置を行うよう院内で周知徹底しておく。

経営インパクト

フィットシールの導入コストは歯科医院にとってごく僅かである。小包装セット(粉50g・液30g)の実勢価格は約5000円前後で、一症例あたりに換算すれば数十円程度の材料費に過ぎない。一般的な仮封材との価格差も極めて小さく、コスト面のハードルは低いと言える。専用筆や練和皿もセットに含まれており、特別な機器投資も不要である。

一方で得られる効果として、仮封処置の効率化とリスク低減が挙げられる。フィットシールは硬化時間が短く除去も容易なため、従来法に比べ処置全体のチェアタイムを圧縮できる。特に補綴物装着直前の仮封除去にかかる時間が短縮され、余計なストレスなく本来の治療に専念できる。また仮封の脱離トラブルが減ることで、急患対応のために診療スケジュールが乱されるリスクも低下する。仮封が外れて患者が再来院する状況は、保険診療では追加収入にならないばかりか他の患者の予約を圧迫し、医院にとって損失となる。フィットシールを用いてそうした事態を予防できれば、結果的に無駄なコストと時間を節約できる。

さらに、質の高い仮封による治療クオリティの向上は、長期的に見て医院の利益に寄与する。仮封中の二次う蝕や汚染を防ぎ、補綴物の適合不良や装着時の痛みといったトラブルを減らすことで再製作・再治療の必要性が下がる。これは材料費や技工料の無駄を防ぐだけでなく、治療保証などによる医院側の持ち出しリスクを軽減する。また患者にとって治療途中の不安や不快感が少ないことは満足度向上につながり、医院への信頼醸成やリピート率向上、さらには口コミによる新患増加といった好循環も期待できる。わずかな投資で得られるこれらの効果を鑑みれば、費用対効果は極めて高いと評価できる。

使いこなしのポイント

フィットシールを最大限に活用するには、いくつか押さえておくべきコツがある。まず粉と液の適切な練り加減を体得することが重要だ。モノマー液が多すぎると軟らかく流動的になりすぎて封鎖力が低下し、逆に粉が多すぎると粘性が高くなり筆から離れにくいばかりか、硬化不良を起こす部分が生じかねない。筆先に粉を含ませたとき程良くクリーム状になるバランスを目指し、少量ずつ素早く塡入する。慣れないうちは練習用模型などで操作感を確かめておくと良い。また、一度に窩洞いっぱいまで充填しようとせず、やや控えめの量で留めることもポイントである。樹脂は硬化後にわずかに膨張して窩壁に圧接する性質があり、詰めすぎると辺縁部で引っかかりが生じて除去しにくくなるためだ。

硬化後の除去は基本的にエキスプローラーで仮封塊の一端を起こし、左右に小さく揺動すれば全体が外れる。窩洞の形状によっては一方向にのみ力をかけるとうまく外れないことがあるため、前後左右から均等に緩めるイメージで力を加えると良い。一塊で外れず一部が残った場合は、無理に引きちぎろうとせず、残片を再度探針で拾い上げるか、必要なら回転切削器具で慎重に削除する。特に深いアンダーカットがあるケースでは、樹脂が強固に引っかかって除去困難になる例も報告されている。そうした失敗を防ぐには、あらかじめ隣接面や下方のアンダーカット部分に綿球やワセリンでスペースを作っておく方法も有効である。除去の容易さと脱落しにくさはトレードオフの関係にあるため、症例に応じて過不足ない充填量と形態を模索すると良い。

院内でスタッフと役割分担して仮封処置を行う場合も、適切な操作方法を共有しておくことが肝心である。実習経験の浅いスタッフには筆積み法が馴染みがないこともあるため、模型などで練習しフィードバックする。特に除去時に苦労しない形態の作り方(詰めすぎない、はみ出しをその都度除去する等)は事前に周知しておく。また患者への説明も欠かせない。仮封材特有の臭いや味が一時的にあること、そしてこれは最終的な詰め物ではなく一時的な処置であることを伝える。フロスを通す際は強くスナップさせず慎重に行うよう指導する。硬い物や粘着性のある食物は避けるべきこと、万一外れてしまった時は放置せず早めに連絡・来院してもらうことも説明しておく。患者が治療途中で感じる不安を軽減し、協力を得ることで、フィットシールの利点を最大限に発揮できる。

適応と適さないケース

適している症例

フィットシールが真価を発揮するのは、短期間で撤去することが前提の仮封である。典型的なのはインレー・アンレーなど比較的小規模の補綴処置だ。支台歯形成から次回の装着まで1〜2週間程度しか間隔が空かない場合、確実な封鎖と除去の容易さのバランスに優れるフィットシールが適している。また、う蝕除去後に直接修復を行わず経過観察とするようなケース(隣接面のカリエスで一時的に隔壁を設けたい場合など)でも、数週間以内に再介入する前提で仮封するなら本材が有用だ。とくに最終的な接着系修復を予定している症例では、ユージノールを含有しないフィットシールを使っておけば接着阻害のリスクがなく安心できる。保険診療から自費診療まで、幅広い場面で「短期決戦型」の仮封材として活躍する。

適さない症例

一方、長期間の仮封や特殊な状況ではフィットシールは第一選択ではない。根管治療中の仮封には適応外であり、これはメーカーも使用を禁忌としている。根管内の消毒薬の封入や長期仮封では、吸湿膨張して密封性を維持できる水硬性仮封材(例えばGC社のキャビトン)や、抗菌効果と機械的強度を持つ酸化亜鉛ユージノール系仮封材(例えばIRM)の方が適している。また、1ヶ月以上に及ぶような仮歯代わりの長期仮封は本来想定されておらず、無理に使えば劣化や脱離のリスクが高まる。大きく歯冠が欠けた症例や前歯部の審美領域では、フィットシールでは形態回復や審美性に限界があるため、TEC(仮着用レジン冠)など他の方法で一時補綴するのが現実的である。窩洞の形態によっても適不適がある。テーパーが強く全周的にアンダーカットのない支台歯(クラウン形成など)では、本材は固着せず落下しやすいため仮封材には選べない。逆にアンダーカットが深すぎる窩洞では、前述の通り樹脂が強固に食い込みすぎてしまい、後で除去が難渋する恐れがある。術前に窩洞形態と仮封期間を総合的に考慮し、場合によっては他材による仮封や仮着のほうが適切なこともある。

導入判断の指針(読者タイプ別)

保険診療が中心で効率重視の歯科医師の場合

日々多くの患者をこなす保険中心のクリニックでは、フィットシールの「手早く確実」な特性が診療効率の向上に寄与する。混合操作が必要とはいえ、硬化を待つ時間は約3分と短く、除去も一瞬で済むため、トータルでは従来法よりスピーディーである。チェアタイムの短縮により1日の診療サイクルに余裕が生まれ、患者待ち時間の減少や残業削減にもつながる可能性がある。

材料費も1症例あたり数十円程度と微々たるものなので、診療報酬を圧迫する心配もない。むしろ仮封脱離による再来院やトラブル対応が減ることで、本来の治療に専念できる時間が増え、結果として医院全体の生産性が向上するだろう。

高付加価値な自費診療を志向する歯科医師の場合

治療の質や患者満足度を最優先に考える自費中心のクリニックにとって、フィットシールは各ステップのクオリティを高める小さな投資と言える。最終的な補綴物だけでなく仮封段階から精度を追求する姿勢は、細部まで行き届いた診療として患者にも伝わる。

実際、セラミックインレー等の高価な自費補綴では、仮封中の二次カリエスや接着阻害は絶対に避けたい事態である。フィットシールを用いることで、ユージノール残留のリスクなく確実に窩洞を封鎖し、次回セット時も滞りなく処置を進められる。患者にとっても、治療間隔中に仮詰めが取れて不安になるような事態が起きにくく、安心して次回まで過ごせるメリットが大きい。高度な診療を標榜する医院ほど、こうした裏方の品質にもこだわる価値があるだろう。

外科・インプラント中心で保存修復の比率が低い場合

主に口腔外科手術やインプラント治療を中心に据える診療スタイルでは、小さなコンポジット修復やインレー治療自体が少ないかもしれない。そのためフィットシールの出番も限定的になるが、だからといって導入の意義がないわけではない。むしろ使用頻度が低い分、万一の仮封処置において確実に密封できる材料を用いることで、術後の感染リスクやトラブルを最小限に抑えることができる。

高額なインプラント治療を提供する医院であれば、隣在歯の小さな治療においても品質を妥協しない姿勢を示すことは患者の信頼感につながる。コスト的負担はほとんどなく、備えとしてフィットシールを常備しておけば、保存修復処置が生じた際にも安心である。ただし、使用頻度が少ない場合はモノマー液の経年劣化に注意し、必要に応じて少量パックを購入するなど在庫管理を行うことが望ましい。

よくある質問(FAQ)

Q. フィットシールの仮封効果はどのくらいの期間持続するか?
A. 推奨される仮封維持期間は約1〜2週間程度である。長期間(1ヶ月以上)や根管治療中の仮封には使用できないため、その場合は他の仮封材を用いる必要がある。

Q. 口腔内では何分くらいで硬化するのか?
A. 実際の口腔内では約3分間で硬化が完了する。練和開始から比較的速やかに重合が進行するため、手際よく充填することが求められる。

Q. X線造影性はあるのか?レントゲンに写るか?
A. フィットシールにはX線造影性がない。したがってレントゲン写真上には写らず、除去時は視診と触診で確認する必要がある。

Q. 裏層にボンディング剤や覆髄材を使っていても充填できるか?
A. 可能ではあるが注意が必要である。ユージノール系材料やレジン成分を含むライナーの上に直接塡入すると硬化不良や除去困難の原因となるため、綿球を介在させるかワセリン・分離材を塗布してから充填する。

Q. 誤って患者が飲み込んでしまった場合はどう対処すべきか?
A. 硬化したフィットシール樹脂は生体に害はなく、通常は消化管をそのまま通過して自然に排泄される。無理に吐かせる必要はないが、気道に入った疑いがある場合は速やかに医科受診すること。