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「酸化亜鉛ユージノールセメント」とは?商品名や特徴を徹底比較、診療で気を付けるポイントは?

「酸化亜鉛ユージノールセメント」とは?商品名や特徴を徹底比較、診療で気を付けるポイントは?

最終更新日

ある日の補綴診療で、装着した仮歯がすぐ外れてしまい患者に何度も再来院してもらった経験はないだろうか。逆に仮歯がしっかりくっつき過ぎて外せなくなり、本歯の適合に影響して冷や汗をかいたこともあるかもしれない。また、根管治療中に使った白い仮封材から独特のクローブ(丁子)油の香りが漂い、学生実習で初めて扱った酸化亜鉛ユージノールセメントを思い出す歯科医師も多いだろう。古くから仮封材・仮着材として愛用されるこのセメントだが、近年では各社から改良型や「ユージノールを含まない」ノンユージノール系製品まで登場している。その豊富な選択肢の中で、自院に最適な製品を選ぶには何に注目すべきだろうか。

本記事では、酸化亜鉛ユージノールセメント(以下、ZOEセメント)の主要な商品名と特徴を、臨床的価値と経営的価値の両面から徹底解説する。仮封・仮着で起こりがちな失敗パターンを紐解きつつ、なぜ製品ごとに差が生まれるのか、その違いが臨床結果と医院収益にどう影響するのかを掘り下げていく。読み終えれば、自院の診療スタイルに最適な製品が見極められ、患者満足度向上やチェアタイム短縮による効率アップといった投資対効果(ROI)を最大化するヒントが得られるはずである。

主要製品一覧(早見表)

まず、代表的な酸化亜鉛ユージノールセメント製品を一覧表で比較しよう。各製品の種類(形態)、ユージノールの含有有無、操作性や硬化時間(目安)、保持力と除去のしやすさ、そして参考価格をまとめた。臨床的な特徴と経営判断に直結するポイントを併記してあるため、自院のニーズに合った候補をざっと把握してほしい。

製品名(メーカー)タイプユージノール操作性・硬化時間(目安)特徴(保持力・除去性など)参考価格(税抜)
ユージノールセメント(GC)粉液混合あり手動練和で粘度を自由に調整可能。硬化時間は約5分程度中程度の強度で仮封・仮着どちらにも使用可。硬化後は脆くなるため除去は容易粉50g ¥2,680、液25g ¥1,810前後
フリージノール テンポラリーパック(GC)ペースト2剤なしベースとアクセラレーターを等量練和。作業しやすく硬化は約2〜3分ユージノールフリーで歯肉刺激が少ない。高い保持力だが弾性があり、硬化後は比較的除去しやすい。レジン接着阻害なし1セット(ベース55g等)¥3,700前後
ユージマー(松風/Nishika)粉液混合あり手動練和。硬化時間は約4〜5分(練和稠度で調整可)弾性ポリマー配合により硬化後も適度な弾性を保持。従来品より脆さが軽減され、一塊での除去が可能1セット(粉50g+液12mL)¥5,600前後
IPテンプセメント(松風)粉液混合あり手動練和。硬化時間は約5分インプラント仮歯用に特化。被膜厚約10µmの超薄層で適合性良好。適度な強度で、水洗による除去も可能1セット(粉45g+液30g)価格未公開(※)
ネオダイン シリーズ(ネオ製薬)粉液混合 他あり粉液型は練和比で粘度を調整可/ペースト型も展開古参ブランド。歯髄鎮静・消毒作用による安心感。用途別に硬さや形態が豊富(仮着専用のTタイプ、操作性重視のEZペースト等)セット¥3,000〜¥4,000台(種類により変動)
エバダイン プラス(ネオ製薬)ワンペースト(単剤)ありチューブから直接塗布。空気中で徐々に硬化有機溶剤を含まず臭気を低減。適度な強度と弾性を持ち環境に優しい処方。練和不要で即時に使用可能1本あたり¥3,000台
カチャックス(サンメディカル)ペースト2剤なし2ペースト練和で簡便。硬化時間は約2〜3分ユージノールフリー処方で臭いが少なく歯肉刺激なし。高保持力だが硬化物に適度な柔軟性が残り、長期間の仮着でも安心。除去も容易で破断しにくい1セット(ベース35g+触媒16g)¥3,700程度
テンプボンドNE(Kerr/Envista)ペースト2剤なしペースト同量練和。硬化時間は口腔内で約2分Kerr社の世界的定番製品。非常に高い保持力を持つが、硬化後は脆性もあり一塊で除去可能。レジン硬化阻害がなく安心1セット(ベース50g等)¥5,000前後
リライエックス テンプE(3M)ペースト2剤ありペースト同量練和。硬化時間は約2分3M社製のユージノール配合タイプ。歯髄鎮静効果あり。適度な強度で仮歯を安定保持しつつ、除去時は崩壊して外しやすい1セット(ペースト25g+18g)要問い合わせ
リライエックス テンプNE(3M)ペースト2剤なしペースト同量練和。硬化時間は約2分3M社製のユージノールフリー版。レジン接着への影響がなく高い保持力。硬化後の除去性も良好で多用途に使える1セット(ペースト各20g)要問い合わせ
クイックス(BSAサクライ)粉液またはペースト (種類により)種類により手動練和型とフロータイプ有。硬化時間は数分低価格ブランド。必要十分な性能を持ち、用途に応じ硬さのバリエーションを選択可。除去性は従来のZOEセメント同等セット¥2,000台と安価

※参考価格は市場や販売ルートによって変動するため、具体的な購入時には各メーカーやディーラーに確認されたい。また「IPテンプセメント」は特殊用途の製品であり、価格が公表されていない場合がある。

酸化亜鉛ユージノールセメントを比較するための軸

ZOEセメントは古典的な材料である一方、各社の工夫により様々な特徴を持つ製品が存在する。その違いを理解するために、いくつかの比較軸で整理してみよう。臨床面での性能だけでなく、医院経営に与える影響(コストや時間効率)にも目を向けることが重要である。

物性・耐久性の比較

ZOEセメントの物理的性質は、配合成分や添加剤によって異なる。昔ながらの純粋なユージノールセメントは硬化後に硬く脆い傾向がある。仮封材としては十分な硬さだが、仮着用途では衝撃で割れやすいためクラウンが外れやすいという短所になり得る。しかし近年の製品では、この硬さと脆さを克服する工夫が見られる。例えば松風(製造販売元:日本歯科薬品)のユージマーは粉末に弾性ポリマーを配合し、硬化後も適度なしなやかさを持つ。これにより従来型より割れにくく、セメントが破砕せず一塊で除去しやすい特性を実現している。またネオ製薬のネオダインT(仮着専用タイプ)は硬度と保持力を高め、ブリッジなどの長期仮着にも耐える処方である。一方でエバダイン プラスのように硬化物に弾性を残しつつ環境配慮された製品もある。

耐久性という観点では、ZOEセメントは長期放置に不向きである点に注意したい。硬化物は経時的に口腔内で徐々に溶解・摩耗し、数か月放置すれば辺縁漏洩や二次う蝕リスクが高まる。これは弱点である反面、仮封や仮着後に容易に除去できるメリットにもつながっている。長期間にわたる仮封が予想される場合は、より耐久性の高いグラスアイオノマー系の封鎖材など代替材の使用を検討すべきである。総じて、各製品の物性は「仮の期間中に十分な強度を保てるか」「除去時に安全に破断して外せるか」のバランスとして評価でき、最新の製品ほどそのバランスが洗練されている。

操作性の比較

日々の診療オペレーションに直結するのが操作性である。ZOEセメントには伝統的な粉末・液の手練和タイプと、現在主流のペーストタイプ(二剤混合)がある。粉液タイプの利点は、練和する粉液比を術者の裁量で微調整できることである。臨床現場では「少し柔らかめに練って深い窩洞の仮封に流し込みやすくする」「固めに練って仮歯の仮着にして保持力を上げる」といった職人技的な調整が可能だ。しかしその反面、適切な計量・練和には習熟と時間を要し、個人差も出やすい。

これに対しペーストタイプ(二剤混合)の製品は、等量を練和紙(パレット)上で混ぜるだけで常に一定の粘度を得られるよう設計されている。例えばGC社のフリージノール テンポラリーパックやKerr社のテンプボンドNEは、ペースト同士を練るだけで扱いやすい適度な流動性と粘着性を持つ仮着用セメントが得られる。練和時間も短縮でき、チェアサイドで数十秒〜1分程度混ぜればすぐに使用可能だ。1症例あたり約1分の調製時間短縮は塵も積もれば大きな効率向上であり、忙しい診療のタイムマネジメントに貢献する。経営的視点では、このようなペーストタイプの時短効果は決して小さくない。

なお、粉液タイプの練和手技について補足すると、歴史的には「ガラス製の練板」と「金属製スパチュラ」を用いるのが基本とされてきた。リン酸亜鉛セメント等では練和時の発熱を抑えるために冷たいガラス板を使う必要があったが、ZOEセメントは混和反応で発熱しないため実は紙製パレット上でそのまま混ぜても問題ない。またスパチュラも金属製に限らずプラスチックでも混和自体は可能である。ただし金属スパチュラは剛直で粉塊をしっかり圧砕できるため、均一に練り上げるには適している。新人スタッフがプラスチックスパチュラで練和を始めたら先輩に「金属で練るように」と指導される場面があるのはこのためだ。一方、練和環境によって硬化時間が変動する点にも注意が必要である。高温多湿の環境ではセメントが急速に硬化するため、真夏は粉液を冷蔵保存して直前に出す、ガラス練板自体を冷却して作業時間を延ばす(ただし結露に注意)などの工夫が有効である。逆に器具に付着した水滴やアルコール分は硬化を著しく促進してしまうため厳禁である。

審美性と生体親和性の比較

仮封・仮着材はあくまで一時的な処置であり最終補綴物で隠れるとはいえ、審美性や生体親和性も無視できない。従来のユージノールセメントは不透明な白色〜黄褐色を呈し、前歯部の仮歯装着時に隙間から見えると審美的とは言えなかった。実際、セメントがはみ出すと白線状に目立ってしまうこともある。ただ、この点は最近の製品で概ね改善されている。ペーストタイプの多くは淡いクリーム色や半透明に調整され、仮歯のレジンカラーになじみやすい。例えばテンプボンドNEは薄いベージュ色のペーストで、硬化後も目立ちにくい配慮がなされている。

臭気の点でも変化がある。ユージノール(丁香油)を含む製品は独特の薬草様の匂いが強く、患者によっては「病院特有の匂い」と感じることがある。仮封時に歯冠から漏れ出たユージノールが一時的に歯肉を刺激し、ヒリヒリした感覚を訴えるケースもある。これに対し、ノンユージノール系の製品やエバダイン プラスのような低臭処方の製品では匂いや刺激が大幅に軽減されている。カチャックスは「仮詰めの匂い」をほとんど感じない処方を売りにしており、小児や匂いに敏感な患者が多い医院では地味ながら嬉しい特徴である。

生体親和性に関して言えば、ユージノールには穏やかな局所麻酔作用(鎮痛効果)がある一方で、歯髄や軟組織に対する軽度の細胞毒性も報告されている。長期間にわたり硬化物が歯肉縁下に残留すると慢性的刺激となり得るため、仮封・仮着除去時には水洗やスケーラーで残渣をできる限り除去する配慮が望ましい。文献上はユージノール残留によってごく稀に歯肉の色素沈着や軽度の退縮が起きた例もある。もっとも、一時的に付着する程度なら大きな害はなく、通常は問題なく生体に耐容される。アレルギーについては極めて稀だが、ユージノールに接触皮膚炎を起こす患者報告もあるため、既往が疑われる場合は代替材(例えば樹脂系仮封材など)に切り替えるのが安全である。

レジンセメントへの影響

昨今、最終補綴物の装着にレジン系の接着セメントを用いる機会が増えている。その際に無視できないのが、ユージノール残渣によるレジン重合阻害の問題だ。ユージノールはフェノール系化合物であり、レジンのラジカル重合反応を阻害してしまうことが知られている。このため、ユージノール系セメントで仮着した後にレジン接着セメントで本着する際、仮着材をきれいに除去したつもりでも象牙質内に浸透したユージノールが残っていると、接着強度の低下や硬化不良を招く恐れがある。実際、ユージノール系のシーラーを使った後のファイバーコア接着が阻害されたとの報告もあり、臨床的にも注意が必要な点だ。

このリスクを回避するために2つのアプローチがある。1つはノンユージノール系の仮封・仮着材を最初から使用することである。近年はユージノールを含まない製品が広く市販されており、例えばフリージノールやテンプボンドNE、カチャックス、リライエックス テンプNEなどは仮着段階でレジンへの悪影響を一切心配せずに済む。もう1つは、ユージノール系を使った場合でも十分な清掃と時間管理を行うことである。仮着材を除去する際にアルコール綿球で象牙質表面を拭ったり、トクヤマデンタルの「レジンクリーナー」に浸すことで、ユージノール成分を可能な限り洗い流すことが推奨される。完全に清掃できていれば、理論上は時間を空けずにすぐ接着しても問題ないが、臨床的には象牙質深部にわずかに残留している可能性も否定できない。余裕があれば24時間程度間隔を空けると安心である。なお、ノンユージノール系を使用した場合でも仮着材由来の油分や微細残渣が接着面を汚染する可能性があるため、清掃は必須である。専用クリーナー(例えばゾエクリーンなど)が市販されているので活用するとよい。正しく清掃すれば、ノンユージノール系で仮着した歯でもボンディング材(プライマー)の浸透効果や接着強さは十分に発揮される。

経営効率(コスト・タイムパフォーマンス)の比較

最後に、経営的観点から各製品のコストパフォーマンスを考えてみる。材料そのものの価格は前述の早見表の通りだが、「お得さ」は単に材料代だけでは測れない。真のコストは「1症例あたりの材料費 + それに伴う時間コスト」で評価すべきである。

ZOEセメントは概して安価な材料であり、粉末50gあたり数千円程度、1回の使用量はせいぜい数百ミリグラムなので1症例あたり数十円以下という低コストである。保険診療では根管治療中の仮封や補綴の仮着は個別に費用計上できる処置ではなく包括点数に含まれる経費だが、材料費が微々たるZOEセメントを適切に使うことで治療予後を安定させ、再治療リスクを下げられればコスト以上のリターンがあることになる。

さらに注目すべきは時間コストとリスク管理である。例えば、練和や除去が難しい材料を使って処置に余計な5分を要したり、仮歯脱離や術後疼痛で患者の緊急再来院が発生すれば、その都度チェアタイムを失い収益機会を逃すことになる。ZOEセメントは混ぜやすく除去もしやすいため処置時間の短縮に貢献し、仮封の脱離や術後痛による想定外の来院を減らす効果も期待できる。特に仮封中の鎮静効果によって患者の痛みや不安を和らげておけば、治療への信頼感が増してキャンセルやクレームの抑制につながるだろう。

逆に、ユージノール系セメントを在庫していない場合に起こり得るのは、代替手段では患者の痛みを十分に緩和できず信頼を損なうリスクである。例えば深い齲蝕除去後に痛みが出そうな歯に仮封するとき、ユージノールの鎮静効果が得られない材料しか手元にないと患者が不快な術後経過を辿るかもしれない。そうしたトラブル対応に追われる時間や信用の損失こそ大きなコストと言える。以上のように、ZOEセメントの活用は患者ケアの質を高めつつ無駄な時間・費用を防ぐ戦略であり、投資対効果(ROI)の高い材料と位置付けられる。

主な酸化亜鉛ユージノールセメントの製品別レビュー

それでは、市場で入手可能な主要製品について、臨床的な強み・弱みとどのような歯科医師に適するかを順に解説しよう。それぞれ製品名と簡潔な特徴を見出しに掲げる。

ユージノールセメント(GC)/粉液可調配合の汎用セメント

GC社の「ユージノールセメント」は、昔ながらの粉末と液を練り合わせて使うベーシックなZOEセメントである。粉液比を細かく調整できるため、術者の好みの粘度(ちょう度)に仕上げられるのが最大の特徴だ。例えば「少しサラサラに練って深い穴の仮封に流し込みやすくする」ことも、「粉を多めに練り込んで粘稠度を上げ、クラウンが外れにくい硬さにする」ことも自由自在である。硬化時間は約5分で、操作中に急激に硬化して困ることもない。

臨床面では中程度の強度を持ち、仮封材としても仮着材としてもオールマイティに使える万能選手だ。硬化後はやや脆性があるため、仮着用途でも除去時にはセメントが砕けて比較的簡単に外すことができる。ただし逆に言えば強度が突出して高いわけではないので、長期間の仮歯維持やブリッジ仮着には不安を感じる場面もあるかもしれない。

経営面では材料費が非常に安価でコスト意識の高い医院に向く。粉と液をセットで購入しても数千円程度で、1ボトルから相当数の症例に使い回せるためランニングコストが低い。その反面、手練和ゆえに毎回の調製に時間と技術が求められるため、人件費や手間を考慮すると決して「安いだけ」とも言い切れない。スタッフ間で練和ムラが出る可能性もあり、品質の均一化には注意が必要だ。

この製品が向いているのは、昔ながらの手法に習熟し自分で練和具合を細かくコントロールしたい歯科医師である。症例に応じて練り加減を調節し、仮封と仮着を一本で兼用したい場合に重宝する。逆に、常に安定した性能を簡便に得たい場合や、多忙で調製の手間を減らしたい場合は後述のペーストタイプ製品を検討した方がよいだろう。

フリージノール テンポラリーパック(GC)/レジンに優しいノンユージノール仮着材

フリージノール テンポラリーパックは、GC社が提供するユージノールを含まない仮着専用セメントである。黄色いパッケージが目印のペースト2剤タイプで、ベースペーストとアクセラレーターペーストを等量押し出して練り合わせて用いる。最大の特長はその名前が示す通りユージノールフリーである点だ。仮着後にレジンセメントで本着する際も、ユージノール残留による重合阻害を心配せずに済む。レジン接着主体の補綴診療において頼もしい存在である。

臨床面では操作性に優れることも見逃せない。練和後すぐ適度な流動性と粘着力を持つペースト状になり、単冠から3ユニット程度のブリッジまで隅々に行き渡る。硬化時間は約2〜3分と比較的短めで、患者を長く待たせずに仮着が完了する。硬化後の強度は高く、仮歯をしっかり固定できる保持力がある一方、弾性もわずかに残るため割れにくく除去しやすい絶妙なバランスを持つ。紙テープなどで引き抜くと一塊で外れてくれるケースも多い。色調はクリーム色で仮歯からも目立ちにくく、ユージノール特有の薬品臭がないため患者の不快感も少ない。

経営的には、粉液混合の手間を省いたペースト製品として標準的な価格帯である。1セット数千円程度で、内容量から換算すれば一症例あたりのコストは僅かだ。ユージノール系によるやり直しリスク(接着不良や仮歯脱離)がゼロになる安心料と考えれば、投資する価値は十分にある。さらにセットには専用クリーナーも付属しており、硬化した仮着材の除去もスムーズだ。

この製品を選ぶべきなのは、最終補綴にレジンセメントを用いることが多い歯科医師である。オールセラミックスやCAD/CAM冠、ラミネートベニアなど接着修復が前提の仮歯には、最初からノンユージノールで仮着しておくのが安全策だろう。逆に「仮着後はどうせリン酸亜鉛セメントで本着する」というメタル補綴主体の診療なら、ユージノール系でも問題ないため無理に置き換える必要はないかもしれない。フリージノールはレジン重視の現代補綴にマッチした製品であり、接着リスクをゼロにしておきたいニーズに応える一品である。

ユージマー(松風/Nishika)/弾性ポリマー配合で一塊除去が可能な改良型

ユージマー(製造販売元:日本歯科薬品、松風より発売)は、「硬化後も適度な弾性」を持つことで知られる粉液混合型の仮封・仮着材である。海外ではEugemerの名で50年以上改良が重ねられてきたロングセラーで、日本でも根強いファンがいる。本製品最大の特徴は、粉末成分に配合された弾性ポリマーにある。従来のユージノールセメントは硬化するとカチカチに硬くなり衝撃で砕けやすかったが、ユージマーでは硬化物がわずかにしなるため強靭さと柔軟さを両立している。結果として、仮歯の維持能力を保ちつつ除去時には探針やスプーンエキスカで引っ掛けると塊でスポッと外れる扱いやすさが評判である。

臨床的な利点は、仮封兼用で使える適応範囲の広さだ。やや柔らかめに練れば深い窩洞の仮封にも良好な封鎖性を示し、粉を多めに練れば単冠仮着にも十分耐える強度が出る。実際、痛みのある歯の仮封に用いた際にはユージノールの鎮静効果で患者の症状が緩和しやすいとの報告もある。一方、欠点を挙げるとすれば粉液の計量と練和にややコツが要る点だろう。粘度が硬すぎるとせっかくの弾性が活きないし、柔らかすぎると強度が落ちる。添付文書に推奨粉液比が明記されているので遵守することが重要である。

価格は1セットあたり5000円台と標準よりやや高めだが、その内容には松風独自の技術が詰まっている。経営面では、1本で仮封材と仮着材の両方をまかなえるため在庫管理が楽になるメリットがある。いくつも材料を揃えずに済めば、無駄な在庫コストや在庫切れのリスクも減るだろう。もちろん万能ではなく、長期仮着には専用の高強度材を使った方が安心といった使い分けの判断力は求められる。

ユージマーは、ZOEセメント特有の鎮静効果を活かしつつ使い勝手を向上させたい歯科医師に適した製品である。例えば「どうしてもユージノールの香りと効果は捨てがたいが、古典的な亜鉛華セメントでは壊れやすくて不便だ」と感じているなら、この改良型が選択肢に入るだろう。取り扱いに多少習熟が要るものの、一度適量を掴めば手放せない独特の使用感が得られる。

IPテンプセメント(松風)/インプラント仮歯専用に開発された薄膜セメント

松風のIPテンプセメントは、少し異色の存在だ。その名の「IP」とはインプラント・プロビジョナルの略で、文字通りインプラントの仮歯用に特化して開発された仮着セメントである。形態は粉液混合タイプだが、通常のユージノールセメントとは処方が大きく異なる。松風独自のS-PRGフィラー(表面反応性ガラス)を配合しているのが特徴的で、これにより非常に緻密で薄いセメント層を作ることが可能になっている。

具体的には、硬化後の被膜厚が約10µmと極めて薄く、微妙な適合精度が要求されるインプラント上部構造の仮着に最適だ。従来のZOE系では膜厚が厚すぎて仮歯が浮いてしまう懸念があったが、IPテンプならほぼ本着時と同じフィットを維持できる。また強度は適度に高く、水洗で洗い流すだけでも除去可能とされており、インプラントに過度な衝撃を与えずに仮歯を外せる点も優れている。

ただし、この製品は用途が非常に限定的であるため、万人に必要なものではない。価格も公開されておらず、必要な場合にメーカーやディーラーに問い合わせて見積もりを取る形となっている。経営面では、インプラント治療の質を高めるためのスペシャリティ材料という位置づけであり、導入によって新たな収益を生むというよりは高度な治療対応力の一環と言えるだろう。

このセメントを検討すべきなのは、インプラント補綴に力を入れており仮歯の精密な管理を追求する歯科医師である。具体的には、上部構造のフィットや審美性にシビアなケースで仮歯を使いながら治療を進める際、IPテンプセメントが役立つ。逆に通常のクラウン・ブリッジ主体の診療であれば出番は少ないため、無理に取り入れる必要はないだろう。高度専門領域のニッチ製品ではあるが、「インプラントの仮歯が外れやすく困る」「逆に外す際にインプラントにダメージを与えたくない」といった悩みを持つ先生にとっては頼れる選択肢となる。

ネオダイン シリーズ(ネオ製薬)/歯髄鎮静効果で知られる老舗ブランドの多彩な派生

ネオ製薬工業(ニシカ)が展開するネオダインシリーズは、日本の歯科界で酸化亜鉛ユージノールセメントの代名詞的存在として知られてきたブランドだ。最も基本的な「ネオダイン」に始まり、用途別に改良を加えた派生品が豊富に揃っている。長年愛用されてきただけに「ユージノールセメント本来の歯髄鎮静・鎮痛効果と象牙質の消毒作用」をしっかりと受け継ぎつつ、製品ごとに硬さや形態が最適化されている点が特徴である。

代表的なラインナップとしては、標準的な粉液タイプのネオダイン、硬化後の硬度を高め仮着専用としたネオダインT、ペーストタイプで操作性を向上させたネオダインEZペースト、さらに粉液タイプの改良版ネオダインα(アルファ)などが挙げられる。ネオダインαは練和時や除去時の操作性を改善したと言われ、硬化時間が環境に左右されにくい安定処方となっている。これらを用途に応じて使い分ければ、あらゆる仮封・仮着シーンをカバーできるだろう。

臨床的な強みは、「効いている」という安心感と表現できる。深い齲蝕後の仮封に使えば鎮静効果で患者の痛みが和らぎやすく、無髄歯の仮着では消毒効果で細菌繁殖を抑えてくれる。古くからのユーザーには「やはり仮詰めはネオダインでないと落ち着かない」という声も多い。一方で弱点を挙げるとすれば、古典的な処方ゆえにレジンへの悪影響や強度面での限界は避けられない点だ。例えばネオダインTで仮着した後にレジンセメントで本付けする場合には、上述のような清掃と時間経過に配慮する必要がある。また仮着中の仮歯が長期安定しすぎて外しにくくなるという「効き過ぎ」による困りごとも報告されており、症例によっては敢えて保持力を落とす工夫も求められる。

経営面では、国産メーカーゆえの安定供給と手厚いサポートに強みがある。万一トラブルがあっても日本語で問い合わせやクレーム対応がスムーズであり、ディーラー経由の入手も容易だ。価格は各種とも概ね1セット¥3,000〜4,000台と手頃で、輸入品に比べれば入手コストは低い部類である。取り扱い説明や添付文書も国内診療に即した内容で理解しやすく、新人スタッフの教育にも使いやすいだろう。各院で長年培ったノウハウが共有されている点も見逃せないメリットである。

ネオダインシリーズがフィットするのは、「仮封と言えばまずユージノール系ありき」と考える保守派の先生方だ。歯髄保護や鎮痛効果を重視し、ある程度製品特性を把握して使いこなせるのであれば、これほど頼もしい相棒はない。一方、接着重視の自費補綴を積極展開している場合には、ノンユージノール系の現代的製品へ切り替えた方が安心かもしれない。いずれにせよ、日本の臨床現場で長く結果を残してきたブランドであり、その蓄積された信頼は大きな価値と言える。

エバダイン プラス(ネオ製薬)/環境と扱いやすさに配慮した新世代ワンペースト

エバダイン プラスは、ネオ製薬が手掛けるワンペーストタイプのユージノールセメントである。チューブから必要量を直接塗布でき、他剤と混合する必要がないため極めて手軽だ。空気中の湿気などと反応して徐々に自己硬化していく性質を持ち、硬化時間の明確な基準はないものの、口腔内に適度な薄層で塗布すれば実用上数分で固まり封鎖効果を発揮する。

最大の特徴は、有機溶剤を含まない処方である点だ。従来のペースト系セメントには刺激臭のある溶剤が混ざっているケースもあったが、エバダイン プラスはユージノール主体で臭気を抑え、環境に優しい設計となっている。そのため開封時や塗布時のツンとした匂いが少なく、患者や術者にとって快適だ。もちろんユージノール自体の香りは若干あるが、揮発性の強い溶剤臭とは質が異なる。硬化後の強度は通常のZOE並みに適度で、仮封材として十分な封鎖性と仮着材として外しやすい脆さのバランスを備えている。またペースト1本で約3,000円台と導入しやすい価格設定も魅力的だ。

臨床的には、練和不要でワンタッチ使用できるため急ぎの処置に向いている。例えば根管治療中に綿栓の上に少量塗布して仮封したり、インレー形成後の穴を次回まで塞いでおくといったシーンで威力を発揮する。ただし、硬化に空気との接触が関与するため、あまり厚盛りにすると深部が軟らかいまま残る可能性がある点には注意が必要だ。薄く均一に塗布して使うのがコツである。また仮着用途に使う際は、ペースト単剤ゆえに練和時の粘度調整ができないため、重いブリッジ等では保持力が不足する恐れがある。単冠や小さな仮封に限定した方が無難だろう。

この製品は、診療の効率化と環境負荷軽減に関心の高い歯科医師にマッチする。スタッフに任せても混ぜ間違いの心配がなく、使いたいときにさっと取り出して塗れる手軽さは忙しいチェアサイドで助かるはずだ。加えて、有機溶媒フリーという点は医院の空気環境改善にも一役買う。逆にパワーや保持力よりも手軽さを重視した製品なので、「長期仮歯をがっちり固定したい」といったケースでは他の材料が適するかもしれない。エバダイン プラスは補助的な位置づけの新世代セメントとして、特定のニーズに応じて併用すると良いだろう。

カチャックス(サンメディカル)/国産ノンユージノールで接着リスクゼロを実現

サンメディカルのカチャックスは、国産では数少ない非ユージノール系(ノンユージノール)の酸化亜鉛仮着セメントである。商品名は「仮着(temporary cement)」をもじったものと思われる。2ペーストを混和する形式で、操作性に優れ臭いの少ない処方が売りだ。実際、ベースペーストと触媒ペーストを混ぜるとクリーミーに一体化し、糸引きも少なく塗布しやすい。ユージノールを含まないため薬品臭が抑えられており、患者が「あの独特の仮詰めの匂いですね」と感じることがほとんどない。院内の匂い環境に配慮できる点は、小児や匂いに敏感な患者が多い医院では地味に嬉しいポイントだ。

臨床的な性能では、レジンへの悪影響がない割に保持力は高いというバランスが魅力だ。ユージノールフリーなので前述の通りレジンセメントの重合阻害リスクはゼロ。例えばCAD/CAM冠やラミネートベニアなど、最終的に接着性レジンで本付けする補綴物の仮着にも安心して使える。だからといって保持力が弱いわけではなく、むしろ適度に強く硬化し長期間の仮着でも外れにくい。メーカー資料によれば、辺縁封鎖性を高める特殊フィラーを配合しており、仮封用としても使用できるほど封鎖力が高いとのこと。実際の臨床でも「カチャックスで装着した仮歯が安定しすぎて、いざ外そうとすると逆に外しにくい」と感じる声もある。しかし完全硬化後でも金属スプーン等でテコをかければ比較的容易に外せ、硬化物はしなやかで破断しにくいため歯や補綴物を傷つけにくい印象だ。

経営面では、国産メーカー製ということで安定供給とサポートに優れる。サンメディカルは接着剤「スーパーボンド」シリーズなどで有名な会社で、歯科材料の品質には定評がある。カチャックスも国内開発・生産品として信頼性が高く、不良品が少ない。価格も標準価格¥3,700(ベース35g + 促進剤16g)と、輸入ペースト系と大差ないかやや安い設定だ。万一のトラブル時にも日本語サポートを受けやすく、ディーラー経由での入手も容易で在庫管理しやすい。導入に際してはサンプル提供を相談できるため、まずは試してみる価値があるだろう。

この製品が向いているのは、やはり自費補綴の比率が高くレジン接着主体の医院だ。ユージノール系だと毎回レジン硬化への影響に気を遣うところを、「いっそ最初からノンユージノールにしてしまおう」という発想で導入するケースが多い。実際、カチャックス採用後に「本着時にレジンセメントがちゃんと硬化するかヒヤヒヤしながら仮歯を外すストレスから解放された」という院長の声もある。逆に保険のメタルクラウン主体で、本着時はレジンを使わない医院であれば必ずしも乗り換える必要はないかもしれない。要は接着重視の診療スタイルかどうかで真価を発揮する製品と言える。患者への匂いストレス軽減も含め、現代的な仮着材を求める歯科医師には頼もしい選択肢となるだろう。

テンプボンドNE(Kerr)/世界標準の信頼を持つノンユージノール仮着剤

テンプボンドNEは、米国Kerr社製の仮着用セメントで、ノンユージノール系の代表格である。もともと「テンプボンド」はユージノール入りの仮着材として古くから世界中で使われてきたが、そのレジン阻害の欠点を解消したのがこのNE(Non-Eugenol)版だ。現在では日本国内でもエンビスタジャパンを通じ入手可能で、欧米系補綴を志向する先生にはお馴染みの製品だろう。

臨床面での特徴は何と言っても非常に高い保持力である。硬化後の強度が群を抜いて高く、単冠でもブリッジでも「外れにくさ抜群」との評価が多い。その反面、除去時には硬化物がしっかり破断して剥離してくれるため、いざ外す段になると案外すんなり一塊で取れるという絶妙なバランスを持つ。これは海外の研究でも示唆されており、複数の仮着材を比較した実験でTempBond NEは保持力が特に高い一方で除去性も良好という結果を残している。さらにユージノールフリーなのでレジン系への影響が全くなく、仮着から本着への移行も安心だ。実際、海外の臨床現場では「仮着材と言えばTempBond」と言われるほど標準的存在であり、その汎用性と信頼性は折り紙付きだ。

操作性については、2ペーストを混和する一般的なスタイルで、練和後すぐはやわらかく流動する。硬化時間は口腔内でおおよそ2分程度と短めなので、単冠の仮着なら患者を待たせずに済む。一方、ブリッジのように複数ユニットを同時に扱う際にはやや時間との勝負になるため、慣れないうちは手早い操作が求められる。コツとしては必要量を一度に全部混ぜず、半分ずつ順に混和・装着していくことで硬化時間をマネジメントできる。また本製品には、褐色の触媒ペースト(通称ブラウンペースト)と白色ペーストを4:1で混ぜるタイプも提供されており、硬化速度や強度を調節できるバリエーションがある。用途に応じて使い分ければ、仮歯の早期脱離を防ぎつつ除去も無理なく行えるだろう。

経営面では、世界標準品を使うことによる安心感や情報の豊富さが強みとなる。海外論文や臨床報告が多く、エビデンス志向の医院では患者説明に引用できる材料にもなる。価格は為替レート等で変動するが、1セット数十グラム入りで数千円台後半〜1万円弱ほどと見込まれる。国産品に比べると若干高めだが、一度に使う量はごく微少なためコスト負担は大きくない。それよりも、仮歯が外れて患者の信頼を損なわないことの価値を考えれば、費用対効果は高いと言える。

この製品をおすすめしたいのは、「海外のスタンダードな手法を積極的に取り入れたい」と考える歯科医師だ。特にインプラント上部構造の仮着などで海外のプロトコルに合わせた手順を踏みたい場合、TempBond NEが指定されていることも多い。また、複雑な補綴ケースで仮歯の維持に不安がある時、最後の切り札として使うのも良いだろう。唯一、ユージノールの鎮静効果がないため深い窩洞の仮封には配慮が必要だが、その点は仮封材と役割分担すれば問題ない。総じてTempBond NEは「迷ったらこれを選べば大きな失敗はない」と言える安定感があり、国内外の多くの歯科医師に支持されている。

リライエックス テンプ E/NE(3M)/グローバル企業が提供する安心の2バージョン

3M社のリライエックス テンプシリーズは、ユージノール配合版(Temp E)とユージノール無配合版(Temp NE)の2種類がラインナップされている。どちらも2ペースト混和タイプで、硬化時間はおおむね2分程度と短い。操作感はTempBond NEなど他社ペースト品に近く、練和後すぐ軟らかく流れ込み、徐々に粘性が増して固まる挙動である。

Temp E(エウゲノール入り)は、ユージノールによる鎮静効果を期待できる仮着材だ。根管治療後の仮封や、歯髄に近い支台歯への仮歯装着で歯髄を落ち着かせたい場合に適している。硬化後の強度は適度で、必要十分に仮歯を保持しつつ除去もしやすいよう設計されている。特に他社の強力な仮着材だと外れなくなることを懸念する先生には、この3M製ユージノールタイプのマイルドな維持力が安心材料となるだろう。

一方のTemp NE(ノンユージノール)は、現代の接着ニーズに応える製品である。ユージノールを含まないため、CAD/CAM冠やラミネートベニアのように最終接着にレジンを使う症例でも重合阻害を全く心配せず仮着できる。硬化後はTemp Eよりもやや高めの保持力を持ち、長期間の仮着でも緩みにくい。にもかかわらず、除去時の破断性も良好で外れにくさと外しやすさが両立しているのはさすが3Mのバランス調整と言える。

両者とも3Mブランドの信頼性があり、世界中で使用実績が豊富な点が強みだ。価格はセットあたり要問い合わせだが、大手メーカー品としてリーズナブルな範囲に収まるだろう。経営面で言えば、3Mは製品サポートや技術資料が充実しており、使い方の問い合わせや院内勉強会のリソースなど周辺サービスを享受しやすい。この辺りは単なる材料以上に、医院全体のレベルアップにつながるメリットである。

リライエックス テンプを選ぶべきなのは、馴染みのあるメーカーのトータルソリューションを重視する歯科医師だ。普段から3Mのボンディング剤やレジンを使用しているのであれば、仮着材も同社で揃えることで相性や品質管理に安心感が生まれるだろう。また、「仮歯の間も歯髄鎮静効果を得たい症例」と「レジン接着に備えてユージノールを避けたい症例」の両方が発生する場合、Temp EとNEを適宜使い分ければ万全である。ただし日本市場ではディーラー在庫が潤沢でないケースもあるため、導入時には流通状況を確認しておきたい。

クイックス(BSAサクライ)/必要十分な性能を低価格で提供する実力派

クイックスは、BSAサクライが販売する酸化亜鉛ユージノールセメントのシリーズである。その最大の特徴は低価格にもかかわらず必要十分な性能を備えている点だ。ラインナップには手練和型の粉液タイプと、シリンジに入ったフロー状ペーストタイプが存在し、用途や好みに応じて選択できる。硬化時間はいずれも数分程度で、特段遅い・速いといった癖はない。

粉液タイプのクイックスは伝統的な処方で、練和方法もオーソドックスだ。適切に練れば仮封にも仮着にも使える標準的な強度を示す。ペーストタイプのクイックスは操作がより簡便で、注射器から直接必要量を出して混ぜ合わせればすぐに使える。粘度や硬化後の硬さにいくつかバリエーションがあり、「しっかり固まるタイプ」「やや柔らかめで除去しやすいタイプ」など製品選択で硬さをコントロールできる点がユニークである。

臨床上は、特筆すべき尖った特徴こそないものの、「困るような欠点もない」という安心感がある。ユージノール含有の有無は製品により異なるが、基本的には古典的なZOEセメントの範疇であり、鎮静効果や除去時の脆さといった性質は概ね他社品と共通している。実際に使ってみると、価格から想像するよりもしっかり役目を果たすとの評価もあり、コスト重視の医院でリピート購入されているようだ。

経営面では何と言っても導入コストの低さが魅力である。1セット¥2,000台からと非常に手に取りやすく、消耗品のコストを極力削減したいクリニックにはうってつけだ。特に保険診療主体で症例数が多く、仮封材・仮着材の消費量が多い場合、1ケースあたり数十円の差でも年間では無視できない金額になる。クイックスを用いればその点で有利だ。BSAサクライは国内の中堅メーカーで、派手さはないものの安定供給と品質管理にも定評がある。

この製品を評価したいのは、「高価なハイエンド製品でなくても構わない、とにかくコストパフォーマンス重視」という場合だ。過度な性能は必要なく、標準的に使えれば十分という考えであれば、クイックスは期待に応えてくれるだろう。また複数ユニットの仮歯を同時に多数管理する場面など、惜しげなく使える低コスト材があると心強い。注意点として、高度な接着が絡む症例ではノンユージノールタイプを選ぶなど多少の気遣いは必要だが、「安かろう悪かろう」を覆す実力派として検討する価値はある。

結論・まとめ

酸化亜鉛ユージノールセメント(ZOEセメント)は、歯科臨床において古くて新しい存在である。仮封・仮着材として長年親しまれてきた一方で、近年は各社から多様な改良品やノンユージノール系が供給され、選択肢は格段に広がった。本記事では主要製品の特徴を臨床面と経営面から比較検討してきたが、最後に要点を整理しよう。

まず臨床的観点では、各製品の保持力(強度)と除去性(脆さ)のバランスが重要だった。ユージノール系は鎮静効果という独自の利点があり、痛みを抑える役割がある反面、レジン系材料の重合阻害という弱点も持つ。一方ノンユージノール系は接着への悪影響がなく、長期仮着にも耐える強度を持つものが多いが、鎮静効果は期待できない。術者としては症例に応じてどちらのメリットを優先すべきかを判断する必要がある。例えば「次回ファイナルがレジン接着ならノンユージノール」「深い窩洞の一時封鎖で痛みが心配ならユージノール入り」など、適材適所の発想が求められる。

次に経営的観点では、1症例あたりの材料コストだけでなく、その製品を使うことで時間短縮や再治療リスク低減につながるかがポイントだった。ペーストタイプは調製時間を削減し、スタッフの負担軽減にも寄与する。強力な仮着材は仮歯脱離による緊急来院を減らし、患者満足度を高めることで将来的な増患や紹介にもつながるかもしれない。一方、性能が高すぎるあまり除去に手間取ってチェアタイムを消費するようでは本末転倒である。「ちょうど良い性能」を見極めることが医院経営上も重要であり、その基準は医院ごとの診療スタイルによって異なるだろう。

以上を踏まえ、読者の先生方には是非自院のニーズを棚卸ししていただきたい。例えば、自費補綴中心でレジン接着が多いならノンユージノール系を主力に据えるのが賢明だろう。逆に保険診療メインで歯髄保護を重視するならユージノール系のメリットが活きる。複数製品を使い分ける戦略も有効だ。実際、症例に応じユージノール有無を切り替えたり、仮封は操作性重視・仮着は保持力重視と材料を変える歯科医院も少なくない。

最後に明日から実践できるアクションプランとして、以下のステップを提案する。

現在使用中の仮封材・仮着材の評価

まず手元の製品に満足している点、不満な点を書き出してみよう。例えば「強度は申し分ないがレジンセメント使用時に気を遣う」「混和に時間がかかっている」などである。これが新製品導入の判断基準になる。

メーカーやディーラーに相談

気になる製品があれば、メーカーのカタログを取り寄せたり担当ディーラーに問い合わせてみよう。多くの場合サンプル提供やデモの相談に応じてくれる。実際に触ってみることで紙上では分からない使用感がつかめるはずだ。

院内スタッフと情報共有

新しい材料を導入する際は、事前にスタッフミーティングで周知しよう。練和方法や適応外ケースを確認し、標準作業プロトコルをすり合わせることでミスを防げる。特にユージノール系とノンユージノール系を併用する場合、誤用しないようラベル管理も徹底したい。

小さく試してフィードバック

いきなり全診療で使うのではなく、まずは一部のケースで試用し、効果を検証しよう。患者さんの反応(痛みの有無、匂いの訴えなど)や術者の所感(混ぜやすさ、外しやすさ)をフィードバックし、スタッフ間で共有する。その上で正式採用するか判断すれば失敗がない。

仮封・仮着という地味なステップにも、材料選択と工夫次第で臨床の質と経営効率を同時に高める余地がある。ぜひ本記事の内容を参考に、自院にとってベストな酸化亜鉛ユージノールセメントを見極め、明日からの診療に役立てていただきたい。

よくある質問(FAQ)

Q1. ユージノールセメントで仮封・仮着した後、最終接着までにどのくらい時間を空ければ安全か?

A. 基本的には仮着材の残渣を完全に除去できていれば、時間を空けず直後に接着操作を行っても問題ない。しかし現実には象牙質深部に多少ユージノール成分が浸透・残存している可能性もある。可能なら24時間程度は間を置くと安心だ。特に翌日以降のセットが可能なケースでは、そのくらい時間を置けばユージノールの影響はほぼ消失するだろう。また、接着直前にはアルコール綿球で象牙質表面を拭ったり、トクヤマデンタルのレジンクリーナーに浸すなどしてユージノールを可能な限り除去しておくことが重要である。

Q2. 仮封材と仮着材はどう使い分ければよいか?

A. 目的と期間によって使い分けるのが基本である。窩洞の一時的封鎖(仮封)には、軟らかく除去しやすい仮封材が適する。具体的にはユージノール系で言えばユージマーのような封鎖性重視のものや、水硬性仮封材(いわゆる「キャビトン」系)などがある。一方、クラウンやブリッジの一時装着(仮着)には、より硬く維持力のある仮着材が望ましい。例えばフリージノールやネオダインTのような高強度セメントがそれに当たる。製品によっては「仮封・仮着兼用」を謳うものも存在するが、長期間の安定性や除去のしやすさまで考慮すると用途別に専用品を使い分けるのが無難である。

Q3. ユージノールセメントが歯肉に残ったままだと本当に有害なのか?

A. 少量が短期間付着する程度なら大きな害はないと考えられている。ただ、長期間にわたり歯肉縁下に残留すると慢性的刺激となり得るのも事実だ。文献上は、ユージノール残留によってごく稀に歯肉の色素沈着や軽度の退縮が報告されている。したがって仮封・仮着除去時には、十分な水洗いや超音波スケーラーで残渣を徹底除去するのが望ましい。患者にも「仮歯周りにセメント片が残っているかもしれないので、歯間ブラシやデンタルフロスで清掃してください」と指導しておけば万全だ。

Q4. ノンユージノール系セメントを使えばプライマーの効果も落ちないか?

A. 基本的にノンユージノール系ならボンディングの効果低下は起こりにくい。ユージノールが問題となるのはレジンの重合反応への阻害であり、プライマーや接着剤そのものの化学的性能には直接影響しない。ただし仮着材由来の油分や微細な残渣が接着面を汚染する可能性は、ユージノールの有無にかかわらず存在する。そのため仮着材の清掃はノンユージノール系でも必須である。市販の仮着材クリーナー(例えばゾエクリーンなど)を使うと安心だ。適切に清掃すれば、ノンユージノール系で仮着した歯でもプライマー浸透やレジン接着強さは十分に発揮される。

Q5. 仮着中の仮歯がどうしても取れにくい時、無理に外す以外のコツはあるか?

A. いくつかテクニックがある。まず、仮歯と支台歯の隙間に超音波スケーラーの先端を当てて振動を与えると、セメントが振動で亀裂を生じ破断しやすくなる。これは特に硬くてびくともしない仮着材に有効だ。また、ユージノール系セメントの場合は仮歯の辺縁部から微量のユージノール液(クローブオイル)を染み込ませ、数分待つとセメントが再軟化して外れやすくなることがある。ただしノンユージノール系ではこの効果は期待しにくい。その代わり、専用のリムーバー溶液が市販されている場合もあるので試す価値はある(例: ミラクイックは即時重合レジンやユージノールセメントの溶解剤として利用できる)。それでも外れない時は、仮歯のプラスチック部分に細かく切れ目を入れて分割除去し、支台歯側に残ったセメントを清掃するのが安全である。決して無理な力で引っ張って支台歯やインプラントにダメージを与えないよう注意したい。なお、仮歯が毎回外しにくく苦労する場合は、今後のために仮着セメントの選択自体を見直すことも検討しよう。外れにくい=良いセメントとは限らず、適度な保持と適度な除去性が両立する製品を選ぶのが理想である。