1D - 歯科医師/歯科技師/歯科衛生士のセミナー視聴サービスなら

モール

歯科の「水硬性仮封材」とは?特徴や種類、成分や注意点について徹底比較

歯科の「水硬性仮封材」とは?特徴や種類、成分や注意点について徹底比較

最終更新日

歯内療法や深い齲蝕処置の仮詰めで、「いつの間にか仮封が脱離していた」「仮封が甘く感染を再燃させてしまった」経験はないだろうか。根管治療の最中に患者が予定外に再来院する原因の多くは、仮封の封鎖不良や脱離に起因すると言われる。忙しい診療の中で、確実かつ手早く窩洞を密閉し、次回まで安定した状態を維持できる仮封材を選ぶことは臨床成績のみならず医院の効率に直結する重要課題である。

本記事では、水分と反応して硬化する水硬性仮封材に焦点を当て、その特徴や種類、成分から臨床での使い方、注意点まで徹底的に解説する。水硬性仮封材とは紙粘土状のペーストを窩洞に詰めるだけで、唾液中の水分によって徐々に硬化し石膏様に固まる仮封用材料である。混ぜる手間がなく操作が簡便で、硬化時にわずかな膨張を示すため高い封鎖性を発揮することが特徴である。一方で完全に硬化するまで時間がかかり、強度や耐久性にも限界がある。その長所と短所を正しく理解し、各製品の性能を見極めて使い分けることが、臨床トラブルの回避と医院経営上のムダ削減につながる。

この記事では、20年以上の臨床経験を持つ歯科医師の視点から、水硬性仮封材の各製品を客観データに基づいて比較検証する。さらに「封鎖性」「操作性」「コストパフォーマンス」などの軸でメリット・デメリットを分析し、読者の診療スタイルに合った最適な選択を支援する。仮封材選びに悩む先生方が、本記事を通じて臨床的ヒントと経営的戦略の双方を得られれば幸いである。

主要な水硬性仮封材の比較早見表

以下に、本記事で取り上げる主な水硬性仮封材のスペックをまとめた。臨床性能と経営効率の両面から製品を比較するために、「硬化の早さ(初期硬化までの目安)」「封鎖性と強度」「除去の容易さ」「色調(審美性)」「参考価格(目安)」といった項目を一覧にした。忙しい読者はまずこの表で概要を掴んでほしい。

製品名(メーカー)初期硬化の目安封鎖性・強度除去のしやすさ色調(種類)参考価格(税別)
キャビトン ファスト(GC)約30分で咬合可能硫酸カルシウム微粒子化で早期硬化。強度は従来比向上比較的容易(一塊で除去可)ホワイト、ピンク定価約1,200円/30g
キャビトン(従来品)(GC)約1時間で咬合注意硬化膨張8%で高い密封性。最終硬化に約3日容易(一塊で除去可)ホワイト、ピンク定価約1,060円/30g
ハイ-シール ユニバーサル(松風)約1時間で表面硬化樹脂結合材配合で表面平滑。封鎖性良好容易(粉砕せず除去可)アイボリー定価約1,000円/30g
エイチワイシー(HYC)(松風)数分で練和後徐硬化開始タンニン・フッ化物配合で歯髄鎮静効果。強度中程度普通(やや粉体残留注意)淡褐色(裏層用)定価約5,000円/15gキット
キャビシール プラス(Ciメディカル)約1時間で実用硬化操作性改善版。膨張率低めで封鎖性確保容易(やや崩れやすい)ホワイト約800円/30g
MD-Temp Plus(メタバイオメド)~1時間以内で硬化完了速硬化・高安定性を謳う。適度な耐摩耗性容易(一塊で除去可)ホワイト、ピンク約1,500円/40g
キャビットG他(3M ESPE)30~60分程度で硬化軟質タイプで短期封鎖向き。長期では強度低容易(超音波で短時間除去可)グレー、他※日本未発売(輸入品)

※初期硬化=強い咬合に耐えるまでの概算時間。価格は目安で実勢と異なる場合あり。

水硬性仮封材を比較するポイントとは

水硬性仮封材を選ぶ際には、単に「硬化する仮詰め」というだけでなく、いくつかの重要な比較ポイントが存在する。以下では臨床的な性能と医院経営への影響の両面から、代表的な評価軸ごとに解説する。

封鎖性と硬化時の微小膨張

仮封材にとって最重要とも言える性能が「封鎖性」である。水硬性仮封材は唾液水分との反応で硬化する際、体積がわずかに膨張する性質がある。例えばGCのキャビトンは硬化膨張が約8%にも達し、この微小膨張によって窩洞内壁に密着し高い封鎖性を発揮する。根管治療中の無菌的環境を維持するためには、この密封力は大きな武器である。封鎖性の高さは、治療間隔中の細菌漏洩リスクを減らし、再感染による治療遅延や患者クレームを防ぐことに直結する。

一方で膨張による封鎖性向上はメリットばかりではない。大きなインレー窩洞や薄い歯質しか残らないケースでは、硬化膨張圧が歯壁を内側から応力負荷し、ひび割れを誘発する可能性が指摘されている。特に無髄歯のように歯質脆弱な症例では、膨張による歯へのダメージも考慮しなければならない。封鎖性の高さと歯質への負担はトレードオフの関係にあり、症例に応じた材料選択が求められる。

硬化時間と初期強度(タイムパフォーマンス)

水硬性仮封材は単純充填後に唾液と接触してから硬化が進行する。混ぜる必要がない反面、完全な硬化強度に達するまで数時間から数日を要する点に留意が必要である。従来型のキャビトンでは、表層が硬化しても内部まで十分な強度が出るのに少なくとも1時間以上かかり、最終硬化は約3日後であると言われる。充填30分後では深さ0.5mm程度までしか硬化が進まず、1時間経過してもまだ最終強度のごく一部(例えば最終硬度の1/30程度)というデータもある。したがって、患者には仮封後最低30分から1時間は強く咬まないよう指示することが肝要である。特に咬頭が欠けた大きな窩洞では、早期に強い咬合力が加わると仮封材が割れたり脱離したりしやすい。

この初期硬化の遅さに対応するため、各メーカーは硬化時間の短縮を図った改良品を投入している。GCのキャビトン ファストは硫酸カルシウム粒子を微細化し、水との反応面積を増やすことで充填後30分で咬合可能な初期硬化を実現した製品である。従来は患者に「少なくとも1時間は片側咀嚼で」と指導していた場面でも、キャビトン ファストなら30分ほどで普通に食事ができ、仮封材脱離の不安も軽減される。これは患者満足度(治療後のストレス軽減)にも繋がり、医院への信頼向上という経営メリットも生む。また硬化を早めることで、仮封材が完全硬化する前に脱離してしまうリスクも低減できるため、緊急の再処置によるチェアタイム損失を防ぐ効果もある。

強度・耐久性と適用期間の限界

水硬性仮封材は最終的に石膏様の硬固な物質となり、短期間であれば十分な耐久性を示す。しかし長期的な観点では、咬合力に対する機械的強度や摩耗耐性は永久修復材料に及ばない。特に1週間以上の長期仮封には適さないとされ、それ以上放置すると辺縁から摩耗・溶解して封鎖性が低下したり、材料自体が脆くなって脱離しやすくなる。実際、3Mの水硬性仮封材キャビットGは「1週間以内の短期仮封に極めて操作性が良い一方、1週間以上の中長期仮封には不適」との評価がある。つまり水硬性仮封材はあくまで短期~中期(数日~1,2週間程度)の仮封に適した材料であり、それ以上の期間が空く場合は他の材料(例えばレジン系仮封材や長期仮封用セメント)の検討が必要である。

強度面でもう一つ重要なのは仮封材の厚みである。封鎖性を確保するには最低3.5mm以上の厚みが必要との報告があり、薄すぎる仮封は漏洩を招きやすい。また厚みが十分でも、広範囲の窩洞では仮封材中央部が咬合力で陥没・破折することがある。必要に応じてコアを併用したり、二重仮封(綿栓やガッタパーチャで底上げしてから表層を水硬性材で封鎖)を行うことで補強することが望ましい。経営的視点では、仮封の破折や脱離による再処置は余計なコストと時間を生むため、適切な材料選択と処置のひと手間でリスクヘッジすることが結果的にROI向上に繋がる。

除去の容易さと再治療への影響

仮封材は次回の治療時に除去しやすいことも求められる。水硬性仮封材は硬化後も比較的脆性があり、タービンやエキスカベーターで簡単に崩せるため除去が容易な点が臨床利点である。特にキャビトンやキャビットは一塊にまとめてポロッと取れる感触があり、根管治療再開時にストレスが少ない。除去時に粉末状に砕け散ることも少なく、残留片が根管内に落ちるリスクも低い。これは結果的に次回処置の迅速化につながり、チェアタイム短縮という経営メリットでもある。

ただし製品によって除去時の性状は微妙に異なる。樹脂系結合材を含む松風のハイ-シールは表面の滑沢性が高い半面、やや粘り気が残るため器具から離れにくいという声もある。一方で水硬性セメント粉末を水で練るエイチワイシー(HYC)は、硬化後に粉砕しやすく除去自体は難しくないが、練和時に気泡が混入すると隙間ができてそこに破片が残留しやすい傾向がある。また、硬化が不十分な状態で除去しようとするとペースト状にねっとりと残ってしまい処理に時間がかかるため、次回予約までに確実に硬化しているスケジュールで仮封することもポイントである。

歯髄への影響と生体親和性

水硬性仮封材は非ユージノール系であり、歯髄や軟組織に対する刺激が少ないとされる。酸化亜鉛ユージノール(ZOE)系の仮封材は鎮痛鎮静効果がある一方、残留ユージノールが樹脂系接着の妨害になるデメリットや、まれに歯髄刺激となるケースも報告される。それに対し水硬性材料は、主成分が酸化亜鉛や硫酸カルシウムで生体に比較的中性な物質であるため歯髄への為害性が少ない。実際GCキャビトンは「歯髄に対する刺激が少ない」ことを特徴として掲げており、無髄歯のみならず生活歯の窩洞にも幅広く使用できる安全性がある。

さらに松風エイチワイシーのようにタンニン酸やフッ化物を配合した製品では、軟化象牙質部への沈着による歯髄鎮静効果やう蝕抑制効果が期待できる。深在性う蝕で直接覆髄までは不要だが歯髄炎症が懸念されるケースでは、HYCを裏層的に敷いてから他の仮封材で封鎖するといった使い分けも有効である。但し水硬性仮封材は水酸化カルシウムやフェノール系薬剤との併用に注意が必要だ。例えば根管内貼薬材の水酸化カルシウムや、ZOE系材料と接触すると硬化不良を起こすことがある。実際、キャビトンが未硬化のまま軟らかく残ってしまった例の多くは、貼薬や裏層材との相性に起因する。薬剤を使用した部位には綿糊剤や固形物で隔壁を作る、または樹脂系仮封材を使うなど、材料同士の相互作用を考慮した処置が求められる。

経営効率(コストパフォーマンス)の考慮

仮封材は一症例あたり微量しか使わず、単価もさほど高額ではない。しかし、その選択と使いこなしが医院経営に意外な差を生む点を見逃してはならない。まず直接的な材料コストとしては、国産メーカーの30gチューブが概ね1,000円前後であり、1歯に使うのはせいぜい0.1~0.2g程度なので1症例数十円程度という計算になる。従って「材料代を節約するために安価な製品を」と過度に意識する必要は少ない。むしろ重要なのは仮封の成功率であり、材料費の差よりも仮封不良による再診リスクの方が遥かに大きな経営損失につながる。例えば安価だが性能の劣る仮封材で脱離が頻発すれば、無料の応急処置に追われる時間が増え、本来収益を生む治療に充てる時間が減少する。

一方、最近では性能とコストのバランスを追求した製品も登場している。Ciメディカルのキャビシール プラスは先発品(キャビトン)より価格を抑えつつ、ペースト硬さや粘着性を改良した製品である。レビューでは「価格は安いが器具への粘着が少なく操作しやすい」という評価がある一方、「先発品に比べペーストの粘りが弱く、窩洞に押し込んだ直後にぽろっと外れることがある」といった指摘もある。価格競争力は魅力だが、結果的に手間が増えるようでは本末転倒である。医院の方針として多少コストがかかっても信頼性重視か、あるいは工夫して低コスト材を使いこなすかを判断すると良い。ROIの観点では、仮封材そのものよりも仮封にかけるチェアタイムや患者再対応の時間こそが大きなコスト要因であることを念頭に置き、総合的な効率を考えて材料選択する必要がある。

主な水硬性仮封材の特徴と臨床レビュー

ここからは、市場で入手可能な代表的な水硬性仮封材について、それぞれの特徴と臨床評価を述べる。各製品の強み・弱みを客観データに基づき整理し、どのような価値観・ニーズを持つ歯科医師に適しているかを考察する。

キャビトン ファストは初期硬化が速く封鎖性にも優れた改良型仮封材である

キャビトン ファスト(GC)は、水硬性仮封材の短所であった初期硬化の遅さを克服するために開発された製品である。微細化した硫酸カルシウムを配合し、唾液水分との反応速度を高めた処方となっている。その結果、充填後30分で強い咬合に耐えうる初期硬化が達成され、従来1時間必要だった待機時間が半減した。実際の臨床でも、仮封して次の患者説明を行う頃にはかなり硬化が進み、患者へ食事制限を厳密に伝えなくてもトラブルが起きにくいという安心感がある。

封鎖性に関しても、キャビトンシリーズ固有の硬化膨張による高い密閉力を継承している。辺縁部の微少な段差にもペーストが流れ込み、唾液漏洩を防ぐ。メーカーQ&Aによればファストは初期硬化のスピード向上に伴い辺縁封鎖性も向上したとされ、早い段階でしっかり封鎖できる点が特徴だ。硬化後の硬度も適度に維持され、従来品より崩れにくい。実際、患者によっては次回来院まで2週間程度空いてもキャビトン ファストが原形を保っていたケースがあり、短期~中期の仮封なら十分な耐久性があると感じられる。

経営的視点では、キャビトン ファストの導入は再仮封処置の激減という効果をもたらす。仮封脱離で患者から急患連絡が入る事態が減り、予定外の時間外対応が減少したとの報告もある。1本あたりの材料コストは従来品より若干上昇するものの、その分の時間的コスト削減効果でROIは高いと言えよう。特に根管治療の症例数が多い開業医にとって、ファストの信頼性は患者満足と院内効率の両方にメリットが大きい。強いて弱点を挙げるなら、硬化が速い分ペーストの操作時間がやや短く、複数歯を一度に仮封する場合は手際よく処置する必要がある点だ。しかし総じて、「少し値が張っても仮封の確実性を最優先したい」という先生には真っ先に検討すべき製品である。

キャビトン(従来品)は高い密封力と扱いやすさで長年支持される定番仮封材である

キャビトン(GC従来品)は、日本の歯科現場で古くから使われてきた水硬性仮封材の代名詞的存在である。ピンクまたはホワイトのペーストをそのまま窩洞に圧入するだけで、特別な器具も練和操作も不要という手軽さが最大の魅力である。初めて使用する歯科医師でも違和感なく扱える適度なペースト硬さで、押し詰めれば隅々まで行き渡り、離型紙で咬合面を調整すればそのまま患者を帰せる手軽さがある。

キャビトン最大の特徴は前述のとおり硬化時の膨張による抜群の封鎖性である。実感としても、根管治療中にキャビトンで仮封しておけば、次回開けた際に綿球がほとんど乾いたままという経験が多い。それだけ細菌や唾液の侵入を防いでいる証拠と言えよう。歯髄保護の観点でも、ユージノール系に比べ歯髄刺激が少ないため、生活歯のインレー窩洞などにも安心して用いられる。除去時もエキスカベーターでエッジを引っかければ一塊でポロッと除去でき、残渣もほぼ残らない。この扱いやすさと信頼性のバランスが、キャビトンを長年にわたり多くの臨床家に支持させている理由であろう。

弱点としては、やはり初期硬化に時間がかかる点が挙げられる。充填直後は指で押せば簡単にへこんでしまう軟らかさで、強く噛めるようになるまで1時間以上は用心したいところだ。患者にしっかり説明しておかないと、早々に粘着性の食品にくっついて取れてしまうリスクがある。また、最終硬化して石膏状に固まったキャビトンは圧縮強度がそれほど高くなく、長期間放置すると咬合力で割れる場合がある。実際、「うっかり次の予約を忘れ1ヶ月以上放置したら仮封が割れていた」というケースも報告されており、やはり1〜2週間程度までの使用に留めるのが安全である。

経営面では、キャビトンは価格が安価でコスト負担が軽いというメリットがある。30gチューブ1本あたり定価約1,000円で、1本で数十~百症例は使えるため材料費は微々たるものだ。性能と価格のバランスが取れているため、「まず無難な仮封材を一本常備しておきたい」という開業医には最適な選択と言える。仮封材選びに迷ったらキャビトンを選べば大きな失敗はないだろう。ファストと比較すれば初期硬化で劣るが、患者指導を徹底すれば問題は防げる範囲であり、費用対効果に優れたオーソドックスな製品である。

ハイ-シール ユニバーサルは樹脂配合で操作性と表面滑沢性を高めた水硬性仮封材である

ハイ-シール ユニバーサル(松風)は、水硬性仮封材に樹脂系の結合材を組み合わせたハイブリッドな製品である。ペースト状で使い方はキャビトンと似ているが、触った質感はやや粘性が高くしっとりした感触が特徴だ。樹脂が配合されていることで、硬化後の表面が非常に滑らかでツルツルしており、舌触りが良いという長所がある。患者からも「仮詰めがザラザラしなくて気にならなかった」と好評なケースがある。審美的にもアイボリー一色のみだが歯に馴染む色調で、前歯部の仮封でも目立ちにくい。

ハイ-シールは樹脂の効果でペーストが窩洞壁によく粘着し、隙間無く封入できる。封鎖性も高く、膨張によるシール効果と相まって漏洩は少ない印象だ。硬化時間はキャビトン同様に徐硬化型で、概ね30分~1時間程度で表面硬化し始める。初期硬化スピード自体は特別速くはないが、ペーストに粘りがある分充填直後にポロッと取れてしまう事故が少ない。キャビトンでごく稀にある「器具を離した瞬間に塊ごと落ちる」という事態が、ハイ-シールでは粘着性のおかげで起こりにくい。これは一度に複数歯を仮封する際にも有用で、多少手間取ってもペーストが脱落せず窩洞内に留まってくれる安心感がある。

一方、樹脂配合による除去時の違いも留意点である。完全硬化後のハイ-シールはキャビトンよりもやや弾性があり、除去時に一部が伸びるように残る場合がある。エアタービンで削ると削片が周囲に飛散しやすいとも指摘される。そのため、エキスカベーターやスプーンで縁から起こして塊で取る操作を心がけたい。またX線造影性は付与されているが、実際の造影度は限定的で、レントゲン上で完全に見えるとは言い難い。仮封材の一部残存をX線で確認するのは難しいため、目視と感触で取り残しがないよう確実な除去が求められる。

価格はキャビトンと同程度であり、1本で得られる臨床上のメリットを考えればコスパは悪くない。「仮封中の患者の快適さや前歯部の見た目も気にしたい」というホスピタリティ志向の先生には、ハイ-シールの滑らかさは魅力となるだろう。また複数歯同時処置で仮封脱離に悩んだ経験があるなら、一度試す価値がある。ただし除去のコツや硬化時間の管理など、若干の慣れも必要な製品であるため、導入の際は模型などで感触を確かめると良い。

エイチワイシー(HYC)は歯髄鎮静効果を持ち併用使いもできる粉末タイプの水硬性セメントである

エイチワイシー(HYC)(松風)は、水硬性仮封材としては珍しく粉末を水で練和して使用するセメントタイプの製品である。主成分は松風独自のHY材と呼ばれるタンニン・フッ化物の合材で、これに酸化亜鉛が含まれた粉末を付属の水で練ってペースト状にする。練和後は速やかに徐硬化が始まるため、手早く窩洞に詰める必要がある。粉を水で練る手間はあるものの、その分ペースト量や硬さを調節しやすく、少量だけ裏層に敷くような使い方もできるのが特徴だ。

HYCの最大の利点は有髄歯への優しさである。タンニン酸成分が露出象牙細管に沈着して歯髄の炎症を和らげ、フッ化物が殺菌効果や再石灰化促進に寄与する。深い齲窩を形成した際に、直接覆髄は避けたいが暫間的に刺激を遮断したいといった場合に、HYCを薄く敷いてから通常の仮封材で蓋をするという二重仮封法がよく用いられる。水硬性セメントであるため、そのまま仮封材兼用として単一仮封にも使用可能だが、HYCは粉末系ゆえに硬化後の強度がやや低く、厚みを持たせにくいため単体での長期仮封にはあまり向かない。実際には鎮静目的の裏層や仮着用途(仮封材としてだけでなく一時的な仮着セメントにもなる)に使われることが多い。

HYCを仮封に使用した際の封鎖性も良好だが、練和時に混入した空気泡が残ると、その部分が弱点となり漏洩や脱離に繋がることがある。練和ムラなく練る技術が求められる点は、既製ペーストのキャビトン系よりハードルが高い。また除去時には粉末状に砕けやすいため、他の仮封材に比べ残渣が出やすい傾向がある。根管内に粉が落ち込まないよう、綿栓を併用している場合は綿ごと一緒に持ち上げて除去するなどの工夫が必要だ。

コスト面では15gの少量包装ながら定価5千円前後と高価であり、毎症例大量に使うには不向きである。しかし上述のように他の仮封材との併用で真価を発揮する材料であり、「仮封中の歯髄鎮静」や「深い齲蝕への防御壁」といった目的には替えがたい効果を持つ。「自費治療などでリスクの高い露髄近接症例に備えたい」と考える先生には、HYCを併用するプロトコルを持っておくと安心感が違うだろう。使い勝手はやや上級者向けだが、適材適所で用いれば患者の歯髄を守り、ひいては治療成功率を高める頼れる存在である。

キャビシール プラスはコスト重視で改良された操作性良好な水硬性仮封材である

キャビシール プラス(Ciメディカル)は、歯科ディーラー大手が提供するコストパフォーマンス重視の水硬性仮封材である。名前から分かるようにキャビトンのコンセプトを踏襲しつつ、ペーストの硬さや操作感に独自の改良を加えている。実際に使ってみると、キャビトンよりやや硬めのペーストで器具離れが良い印象がある。べとつきが少ないため練板や充填器に付着しにくく、無駄なく窩洞に充填できる点は作業ストレスの軽減になる。硬化スピードや封鎖性は概ね従来型キャビトンと同等で、30分〜1時間程度で実用硬さに達し、短期間のシールには十分である。

最大の特徴は価格が安いことで、市場実勢では30gチューブが1本千円を切ることもある。材料費を抑えつつ必要十分な性能を確保したいクリニックにとって魅力的な選択肢だ。実際、導入したユーザーからは「安価だが1週間以上仮封しても脱離しなかった」「キャビトンの代わりに遜色なく使えている」といった評価が聞かれる。一方で気になる点として、一部の声に「ペーストが先発品に比べ粘着力が弱く、押し込んだ際に窩洞から剥がれてしまうことがある」との指摘がある。器具離れが良い裏返しでもあり、窩縁部との付着性にやや劣る可能性がある。これは小さな窩洞でペーストがまとまりにくい時に起こりやすく、充填時は少しずつ圧接し空気を巻き込まないよう注意する必要がある。

また硬化後の質感が若干ザラつくという意見もあり、患者が舌で触るとボソボソした感じを受ける場合があるようだ。改良版(プラス)で多少改善されたとはいえ、先発品の滑沢さには一歩譲るようである。総合するとキャビシール プラスは「とにかくコストを下げつつ標準的な仮封を行いたい」ニーズに応える製品と言える。大量使用しても費用負担が少なく、保険診療中心でコスト管理を厳密にしたい医院には向いている。ただし多少の扱いのコツが要る点を踏まえ、導入初期は仮封後のチェックを徹底し、問題ないことを確認してから本格的に採用したい。上手く使いこなせれば、材料費削減による利益率向上にも貢献し得る一品である。

MD-Temp Plusは硬化時間の短さと高い安定性を備えた新世代の水硬性仮封材である

MD-Temp Plus(メタバイオメド)は、韓国系メーカーが開発した水硬性仮封材で、近年日本市場にも登場した新顔である。その特徴は硬化時間の短さ(約1時間以内でセット硬化)と、硬化後の安定した物性にある。公称では「適度な耐摩耗性と十分な圧縮強度を備え、乾燥にも強い」とされており、従来の水硬性材よりも長めの仮封期間にも耐えうる性能を謳っている。実際に使用した印象としても、硬化後の硬質感がややしっかりしており、2週間程度の仮封では摩耗や欠けがほとんど見られなかった。またペーストは白色とピンクが用意され、患者の希望や用途によって色を選択できる点も細かな配慮だ。

MD-Temp Plusは組成として酢酸ビニル系樹脂と酸化亜鉛、硫酸亜鉛を含む独自処方で、硬化メカニズムも微妙に異なる。硫酸亜鉛の作用で比較的早く硬化が進み、充填後1時間もすれば表面だけでなく内部まで相当程度硬くなる。忙しい医院では、午前に仮封して午後には補綴物セットのため再来院、といった短スパンの対応も稀にあるが、そうしたケースでもMD-Tempなら安心して対応できるだろう。高い安定性は仮封中の脱離リスク低減に直結し、結果として再治療の手間と患者不満の両方を抑えることに繋がる。

デメリットとしては、新しい製品ゆえに市場での使用経験がまだ少なく、長期的評価データが限られる点が挙げられる。また価格は40gと大容量だが1,500円程度とやや高めで、気軽に試すには少しハードルがある。しかし、「最新の高性能材料で仮封クオリティを上げたい」という意欲的な先生にとっては導入を検討する価値がある。特に自費根管治療など失敗が許されないケースでは、材料面で万全を期す意味でも頼れる存在となるだろう。最先端の水硬性仮封材が持つ可能性を、今後の臨床で検証していきたいところである。

キャビット(3M)は海外で広く使われ日本でも知られる水硬性仮封材である

キャビット(Cavit、3M)は、水硬性仮封材の元祖とも言える存在で、世界的に長年用いられてきた製品である。日本国内では現在3Mからの正規供給がなく入手性が低いが、歯内療法の文献や講演で名前を目にすることも多く、先輩歯科医から「昔はキャビットを使ったものだ」と聞いた先生もいるかもしれない。キャビットは灰白色やピンク色のペースト状で、性質的にはGCキャビトンと酷似している。実際、新潟大学の研究ではキャビトンとキャビットの封鎖性や漏洩防止効果に大差ないと報告されている。

キャビットには硬さの異なるバリエーションがあり、一般的なキャビット(ピンク)、より硬めで咬合面に適するキャビットW(白)、より軟らかく根管内に押し込みやすいキャビットG(灰色)などが存在する。中でもキャビットGは軟質タイプで操作性が良く、短期間の仮封に極めて扱いやすいとされる。実際に使用した一部の術者からは「キャビトンより外れにくい」との評価もある。一方で軟らかい分長期には向かず、「1週間以上の仮封には不適」とも言われる。これは前述の通り、強度や耐摩耗性の限界によるもので、海外でもキャビットは短期使用を前提とした材料と位置付けられている。

現在、日本の臨床現場でキャビットを使用する機会は少ないが、輸入ルートで入手して愛用している歯科医師も一部にいる。特に根管貼薬の合間の数日間だけ仮封するような場面では、非常に練り込みやすく除去もしやすいキャビットGを取り寄せて使うケースもあるようだ。キャビトンとの違いは微細なものだが、触感や硬化後の質感に好みが分かれるところでもある。いずれにせよ、現在は代替となる国産品も充実しているため、無理に海外品を使わずとも選択肢は豊富だ。「往年の名品に興味がある」「より軟らかい仮封材を試してみたい」という場合に、キャビットを取り寄せて比較してみるのも面白いだろう。仮封材への理解が一層深まる経験になるはずである。

よくある質問(FAQ)

Q1. 水硬性仮封材は最長でどのくらいの期間もちますか?
A1. 一般的には1〜2週間程度の仮封までが安全とされています。それ以上の長期間では、咬合や唾液による摩耗で辺縁封鎖性が低下し、脱離や二次感染のリスクが高まります。特に4週間以上放置するのは避けるべきです。長期に渡る場合は、長期仮封用のレジンやグラスアイオノマーセメントなど、より耐久性のある材料への切り替えを検討してください。

Q2. 酸化亜鉛ユージノール系の仮封材との違いは何ですか?
A2. 大きな違いは成分と歯髄・材料への影響です。水硬性仮封材は石膏様に硬化する酸化亜鉛主体の材料で、歯髄刺激が少なく封鎖性に優れます。一方、酸化亜鉛ユージノール(ZOE)系は鎮痛効果がありますが、樹脂系材料の硬化を阻害する可能性があり、後続処置(レジン充填など)に影響を与えることがあります。また硬化メカニズムも異なり、ZOEは化学反応で比較的速く硬化するため初期強度は出やすいですが、長期の密封力は水硬性の方が優れます。症例に応じて使い分けると良いでしょう。

Q3. 仮封後の食事で気をつけることはありますか?
A3. 仮封直後の1時間程度は特に注意が必要です。水硬性仮封材は硬化途中の段階では粘着性があり、ガムや餅などの粘っこい食べ物で引き剝がされやすいです。また硬い物を強く噛むと仮封材が割れる恐れもあります。患者さんには治療後30分〜1時間はできるだけ反対側で噛んでもらい、仮封がしっかり固まるまで柔らかいものを摂るよう説明しましょう。十分硬化すれば普通の食事で問題ありませんが、極端に硬い飴玉を噛むなどは避けるよう伝えると安心です。

Q4. 水硬性仮封材が硬化しなかったり柔らかいままだったことがありますが、原因は何でしょうか?
A4. 考えられる原因として、材料の劣化・保管不良や貼薬剤との相互作用が挙げられます。水硬性仮封材は空気中の水分でも徐々に硬化が進むため、開封後はしっかり蓋を閉め早めに使い切らないと品質が低下します。また、根管内に入れたフェノール系薬剤やユージノールがペーストに染み込むと硬化が阻害されることがあります。実際にカルシウム水酸化物と接触したキャビトンが硬化不全を起こすケースが報告されています。対策として、貼薬した部分に直接仮封材が触れないよう綿などで遮断する、あるいはその場合だけ別種の仮封材(レジン系など)を使うなどの工夫が必要です。

Q5. 仮封材は将来的にどのような改良が期待できますか?
A5. 近年はキャビトン ファストやMD-Temp Plusのように硬化速度の短縮と耐久性向上がトレンドとなっています。将来的にはさらに即時に近い硬化を示し、しかも長期間安定して封鎖性を保てる材料が開発される可能性があります。また、生体親和性を高めるために殺菌成分や再石灰化促進成分を含む仮封材も研究されています。加えて、除去のしやすさと封鎖性を両立する新しいレジン改良技術なども期待されます。いずれにせよ、水硬性仮封材は脇役ながら重要な材料であり、今後も各社が臨床現場の声を反映して改良を重ねていくでしょう。私たちもアンテナを張って最新情報をキャッチし、適宜アップデートしていく必要があります。