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歯科で使う止血剤「ビスコスタット」とは?用途や使い方、価格を解説

歯科で使う止血剤「ビスコスタット」とは?用途や使い方、価格を解説

最終更新日

抜歯後、予想以上に出血が止まらず肝を冷やした――そのような経験は歯科臨床に携わる歯科医師なら一度はあるだろう。特に高齢の患者でワルファリンやアスピリンなどの抗血栓薬を服用している場合、処置中も処置後も出血リスクとの闘いになる。明け方まで患者を院内に留めて圧迫止血を続けた記憶や、帰宅後に再出血して夜間に電話連絡を受けた経験を持つ先生も少なくないのではないか。

こうした事態を防ぎ、安心して処置を行うために役立つのが、止血剤として知られるトラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」である。

本稿では、臨床現場での判断基準と経営面の視点を交えながら、この製品の価値を客観的に検討する。読者が導入後の成功イメージを具体的に描けるよう、臨床的ヒントと経営戦略の両面から解説していく。

トラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」の概要

トラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」は、東和薬品株式会社が製造販売する内服用の止血薬である。1カプセルにトラネキサム酸250mgを含有し、医療用医薬品(要処方薬)として提供される。先発医薬品である「トランサミンカプセル250mg」と同一成分・同濃度の後発医薬品であり、1980年代から長年にわたり臨床で使用されてきた歴史がある。

本剤の適応症は広範囲に及ぶ。全身的な線溶亢進(線維素溶解の過剰活性)による出血傾向(例:白血病や再生不良性貧血、紫斑病、手術中・術後の異常出血)や、局所的な線溶亢進による異常出血(例:肺出血、鼻出血、子宮出血、腎出血、前立腺手術後の出血)に対し止血効果を発揮する。また興味深いことに、トラネキサム酸は抗炎症作用も併せ持ち、湿疹・蕁麻疹・薬疹などの皮膚疾患での紅斑・腫脹・痒みの緩和や、扁桃炎・咽喉頭炎での喉の痛みや腫れの軽減にも適応がある。歯科領域に直接関連する適応としては口内炎(アフタ性口内炎)の疼痛や粘膜潰瘍の治癒促進が挙げられる。すなわち、本剤は全身の出血抑制から口腔粘膜の炎症緩和まで担う幅広い薬剤である。

一方で、歯科診療において特に注目すべきは観血処置における止血補助への活用である。抜歯をはじめとする外科処置後の異常出血防止や、抗凝固療法中の患者に対する術後出血対策として、本剤の利用価値が高い。なお薬事分類上は「処方箋医薬品」であり、歯科医師が必要と判断すれば処方可能である(一般用医薬品ではない)。劇薬等の指定はなく、適正に使用すれば安全性の高い薬剤である。

主要スペックと作用機序が臨床にもたらす意味

トラネキサム酸は合成アミノ酸の一種で、その作用機序の核心は抗プラスミン作用である。体内で血栓(止血のための血餅)が形成された後、プラスミンという酵素がフィブリン分解を促進し血栓を溶解する。トラネキサム酸はプラスミンやプラスミノーゲンに結合してその働きを阻害し、既にできた血餅が過剰に溶けてしまうのを防ぐ。言い換えれば、止血栓を安定化させて出血の再発を抑える薬剤である。

このスペックが歯科臨床にもたらすメリットは明確である。例えば抜歯創は、唾液中の酵素や組織から放出される活性因子により線溶系が活発になりやすい部位である。せっかく形成された血餅(抜歯後の血の塊)がすぐに溶解してしまえば、再出血やドライソケット(血餅喪失による骨露出と疼痛)のリスクが高まる。トラネキサム酸の投与により血餅が安定すれば、抜歯後の止血が確実になり、創傷治癒も順調に進みやすい。実際、抗凝固薬服用患者の抜歯において、本剤の局所使用(含嗽など)を併用すると出血トラブルが有意に減少することが報告されており、国内外のガイドラインでも本剤の活用が推奨されている。

また、本剤の抗プラスミン作用は炎症や疼痛の抑制にも寄与する点も見逃せない。プラスミンは血栓溶解以外に、炎症や痛みのメディエーターであるブラジキニンの産生にも関与している。トラネキサム酸を投与するとブラジキニン生成が抑えられるため、結果的に術後疼痛や腫れの軽減効果も期待できる。これは口内炎や咽頭炎に対する適応承認が示す通り、口腔粘膜の炎症・疼痛緩和にも有効であることを意味する。臨床の実感としても、抜歯後に本剤を用いた症例では患部の腫れが穏やかで治癒経過が順調というケースが多い。

薬物動態面では、トラネキサム酸は経口投与後およそ1~2時間で血中濃度がピークに達し全身に分布する。唾液中にも移行するため、含嗽による局所作用のみならず、内服により組織からのアプローチでも止血環境を整えてくれる。血中半減期はおよそ2時間程度で腎排泄されるが、効果を十分発揮させるには適切な投与間隔(通常は1日3~4回)が重要である。主要スペックのポイントをまとめれば、本剤は「血餅を守り抜くことで止血を安定化し、あわせて炎症と痛みも和らげる」という二重の臨床メリットを持つといえる。

歯科診療での使用方法と運用上の注意

歯科医院でトラネキサム酸カプセル「トーワ」を扱うにあたり、その使用方法と運用上のポイントを押さえておきたい。本剤の標準的な用法・用量は、成人1日750~2000mgを3~4回に分割経口投与である(症状により適宜増減)。例えば抜歯周術期の出血予防目的であれば、処置当日に500mg(250mgカプセル2カプセル)を術前投与し、その後は250mg〜500mgを1日3回程度、数日間内服してもらうといった用い方が考えられる。また局所止血を重視する場合、含嗽(がんそう:うがい)による利用が有効である。具体的には、カプセルの中身を生理食塩水や水に溶かし(例:250mgを10ml程度の水に溶解して約2.5%溶液とする)、創部付近で数分含み込ませてから吐き出す方法が一般的だ。抜歯当日から数日間、1日数回のトラネキサム酸含嗽を継続すれば、創部に薬剤が直接作用して血餅維持を助ける。

運用上の注意として、まず本剤を単独で使用するだけで油断しないことが肝要である。トラネキサム酸はあくまで補助であり、基本は徹底した局所止血措置(十分な圧迫止血と適切な縫合など)が前提となる。特に抗凝固療法中の患者では、抜歯窩に吸収性スポンジや止血剤を充填し、しっかり縫合して機械的止血することが第一だ。その上で、本剤の内服や含嗽を組み合わせることで二重三重の備えとするのが望ましい。逆に本剤を使用しているからといって初期止血を疎かにすれば、効果を十分に発揮できない可能性がある。

他の薬剤との併用相性にも留意したい。トラネキサム酸は抗線溶薬であるため、局所止血剤のうちフィブリン糊製剤やトロンビン製剤との同時使用は推奨されない。血栓を一気に強固にする作用を持つ薬剤(例えばトロンビン液など)と併用すると血栓形成が過度に促進されるおそれがあるためだ(もっとも歯科の一般臨床でトロンビン製剤を使うことはほとんどない)。一方、ワルファリンやDOAC(直接経口抗凝固薬)、アスピリンなどとの併用については問題ない。むしろそれらの抗血栓薬は休薬せず継続したまま、本剤で線溶系を抑えるのが現代の推奨である。トラネキサム酸は抗血栓薬の作用機序には干渉しないため、抗血栓療法中の患者に安心して使える。患者の主治医(内科医)に確認を入れる際も「抜歯当日は抗凝固薬はそのまま服用いただき、代わりにこちらでトラネキサム酸の止血補助を行います」という説明で理解を得られることが多い。

院内での運用面では、あらかじめプロトコルを整備しておくと良い。たとえば「抗凝固薬・抗血小板薬服用患者の抜歯マニュアル」を作成し、その中にトラネキサム酸含嗽や内服を組み込んでおく。また、急な外科処置でも対応できるよう、本剤をクリニック内に常備しておくことも検討したい。薬価は1カプセルあたり約10円と低廉であり、10カプセルや20カプセル程度ストックしておいても経済的負担はわずかである(有効期限は製造後3年程度)。いざという時に患者に薬局へ走ってもらう手間を省くためにも、院内在庫があると心強い。院内処方を行わずすべて院外処方箋対応という方針であれば、術前に患者に処方箋を発行し近隣薬局で本剤を受け取ってもらう流れを想定しておくと良いだろう。

患者指導のポイントも押さえておく。カプセル剤を処方する場合はPTPシートから必ず取り出して服用するよう伝える。高齢患者ではまれにPTP包装ごと誤飲し、食道に貼り付いて穿孔を起こす事故が報告されている。本剤に限らず錠剤・カプセル剤全般の注意点だが、特に高齢者には強調したい。また、含嗽で用いる場合は「強くブクブクうがいせず、創部に薬液を溜めるように含んで静かに吐き出す」よう説明する。激しいうがいはかえって血餅脱落を招きかねないからだ。シロップ剤(小児用内用液)が手配できるならそれを処方し、含嗽後にそのまま飲み込んでもらう方法もある。患者には「この薬で傷口の血の塊を安定させ、出血しにくくします。傷の治りもよくなります」と効果をわかりやすく伝え、不安を取り除くよう心がける。

経営面の影響と費用対効果

トラネキサム酸カプセル250mg「トーワ」の導入は、臨床上の安心感だけでなく医院経営にもプラスの影響をもたらす。まず注目すべきはそのコストパフォーマンスの高さである。薬価約10円のカプセルを数日分処方したとして、1症例あたり数十円から数百円程度の薬剤費にしかならない。保険診療であればそのうち患者負担は1~3割で済み、患者にとっても経済的負担はごく小さい。一方、このわずかなコストで得られるリターンは大きい。術後出血のリスク低減により術後の緊急対応や再処置に割く時間が激減すれば、歯科医師やスタッフの労力コストが削減される。例えば、もし夜間の再出血でスタッフ総出の対応が発生すれば、人件費換算で数万円分のコストと他の患者対応機会の逸失を招く。しかしトラネキサム酸の予防的使用でそれが未然に防げるなら、投資対効果(ROI)は非常に高い。

また、患者満足度と信頼向上という経営効果も見逃せない。術後のトラブルなく治癒が進めば患者の安心感は高まり、医院への信頼が醸成される。逆に出血トラブルで救急搬送や病院紹介となれば、患者に不安と不便を与え医院の評価低下に繋がりかねない。特にご高齢の患者や全身疾患を持つ患者にとって「この歯科医院なら自分のような難しい条件でも安全に治療してくれる」という安心感は、そのままリピーター化や口コミ紹介による新患増加に繋がる無形の財産である。つまり、本剤の活用はリスクマネジメント強化による医院ブランド価値向上に直結するといえる。

さらに視野を広げれば、診療の幅を広げ売上増加に寄与する可能性もある。従来、抗凝固薬を飲んでいる患者の抜歯やインプラント手術はリスクを恐れて大学病院や専門医に紹介していたケースでも、本剤を組み込んだ安全対策プロトコルがあれば自院で対応できる場面が増えるだろう。例えば「うちのクリニックでは血液サラサラの薬を飲んでいる方でも原則休薬せず安全に抜歯処置を行っています」と案内できれば、高齢患者や内科主治医からの紹介も期待できる。結果として患者数の増加や自費診療の拡大(全身状態により断念していたインプラント治療の提供など)に繋がり、収益アップの一助となる可能性が高い。

もちろん、単に薬を使えば即座に利益が上がるわけではなく、使いこなしには院長自身とスタッフの習熟が必要だ。しかし、その学習コストも極めて低い。本剤は薬理作用や使用法が明確で、副作用管理もしやすい。重篤な副作用はごく稀(例:透析患者での痙攣誘発リスクなど)であり、通常の歯科診療で短期間使用する範囲では大きな問題は起きにくい。強いて注意点を挙げれば、血栓症の既往がある患者では投与に慎重になることくらいだ(例えば過去に深部静脈血栓症を起こしたような方には必要最小限の投与にとどめるなど配慮する)。そうした基礎知識さえ押さえておけば、導入後すぐにでもメリットを享受でき、医院全体の安全管理水準と効率が向上する。少額のコストでリスク低減と信頼獲得を実現する本剤のROIは極めて高いと言えよう。

最大限に活用するためのポイント

トラネキサム酸カプセル「トーワ」を真の戦力として使いこなすには、いくつかのポイントがある。

第一に、導入初期の院内教育だ。院長だけでなく歯科衛生士や助手も含めスタッフ全員が、本剤の効果と使い方を理解しておく必要がある。「なぜこの患者さんにはトラネキサム酸含嗽をしてもらうのか」「どのタイミングで投与するのが効果的か」などを共有し、チームで止血管理に当たることが重要である。例えばアポイント前日にスタッフが患者へ電話フォローする際、「明日は朝に通常のお薬を飲んで来院してください。こちらで止血を助けるお薬を使いますので安心してくださいね」と一言添えられるようになれば理想的だ。

第二に、術式上のコツとして本剤を適材適所で使い分ける判断力が求められる。すべての抜歯で漫然と使うのではなく、リスク評価に基づき必要なケースに集中的に使うのが合理的だ。具体的には、抜歯難易度や患者の全身状態から「明らかに出血が長引きそう」「血餅が取れやすそう」と判断した場合に、術前から本剤を投与して臨む。難抜歯では術前投薬と術後含嗽を組み合わせ、創部に血餅が形成された直後からトラネキサム酸で固め込むイメージで臨むと良い。一方、若年で健康な患者の単純抜歯など出血リスクが低いケースでは無用な投薬はしない。この見極めは経験によるところも大きいが、過去の症例を振り返って「あの時使っておけばもう少し楽だったかもしれない」と感じたケースを洗い出し、次に活かしていくと良いだろう。

第三に、患者への説明と同意取得を丁寧に行う点である。とりわけ抗血栓薬服用中の患者では、「普段血液をサラサラにする薬を飲んでいるがために出血しやすい」という不安を多かれ少なかれ抱えている。本剤を使う理由を科学的にかみ砕いて説明することが大切だ。「お薬で血を固めるわけではなく、血を溶かす働きを一時的に抑えて血の塊を守ります。いつものサラサラの薬はそのまま飲んで大丈夫です」と伝えると、患者の表情がパッと明るくなることも多い。さらに「この方法は医学的にも確立されていて、安全に治療ができるようになります」とエビデンスの存在を示唆すれば、患者の協力度も高まる。実際に含嗽を行う際も、スタッフが付き添いながら優しく指導し、「少し薬の味がしますが効いている証拠です」といった声かけで安心感を与えると良い。

最後に、失敗パターンから学ぶことも重要だ。例えば導入直後、こちらの不慣れから「本剤を処方したのに患者が薬局で受け取っておらず術後に使えなかった」などのミスが起こりうる。これは事前説明と院内連携を徹底することで防げる。また「投与したが思ったほど止血効果が実感できなかった」という場合、原因を振り返る必要がある。圧迫時間が不十分だった、投与量が少なすぎた、含嗽のタイミングが遅れた等、どこに改善余地があるか検討し、次回に活かす。トラネキサム酸自体の効果は科学的に裏付けられているため、適切に使えば必ず応えてくれる。そのポテンシャルを引き出せるかどうかは、術者側の工夫と習熟にかかっている。意識的な振り返りと改善を重ねることで、本剤を使いこなすスキルが磨かれ、クリニック全体の止血管理レベルが底上げされるだろう。

適応症例と使用を避けるべきケース

トラネキサム酸カプセル「トーワ」が威力を発揮するのは、線溶系の活性化が関与する出血リスクが高い症例である。典型的なのは、抗凝固薬や抗血小板薬を内服中の患者の抜歯・歯周外科・インプラント手術などだ。これらの患者は血が止まりにくい反面、薬を中断すると血栓リスクが高まるため休薬せず処置するのが原則であり、その際に本剤が強い味方となる。同様に、血友病など先天的な凝固障害があるケースや、肝機能低下などで後天的に凝固因子が不足している患者にも、本剤は補助的に有効である(ただし重症例では専門医との連携が不可欠だ)。また、難治性の口内炎が頻発する患者に対し、本剤の内服を数日行うと症状が緩和することが経験的に知られている。ステロイド軟膏が使いにくい部位のアフタ性潰瘍などにトラネキサム酸含嗽を試みるのも一法だ。さらに、抜歯創に限らず慢性の歯肉出血(例:抗凝固薬服用中の重度歯周病患者でスケーリング後に出血が続く場合など)に対し、一時的に含嗽を導入し出血を鎮静化させる応用も考えられる。

一方、使用を控えるべきケースや注意が必要な状況も存在する。まず、本剤の成分に対して過敏症(アレルギー)を持つ患者には当然使用できない。また、臨床上で迷うのは「血栓症の既往がある患者」への投与である。例えば過去に脳梗塞や心筋梗塞を起こした患者は血栓ができやすい体質とも考えられ、本剤で血栓を安定化させる作用が裏目に出る可能性がある。このため、そうした患者に使う場合は投与期間を最小限にとどめ、必要以上の連用は避けるべきである。実際、製薬企業の提供資料でも「血栓のある患者および血栓症の恐れがある患者には慎重投与」と記載されている。ただし、抜歯程度の短期間であれば多くの場合問題なく使用されており、医科歯科連携のガイドラインでも有用性が示されているので、ケースバイケースで主治医とも相談し判断すると良い。

使用が適さないケースとして他に挙げられるのは、緊急性の高い大出血には効果が限定的という点だ。トラネキサム酸はあくまで血餅が形成された後にそれを守る薬剤であり、動脈から噴出するような大出血を瞬時に止める薬剤ではない。急速な大出血時には、まず直ちにガーゼ圧迫や結紮による止血を行うことが最優先で、本剤の投与は二次的である。また、術中の出血コントロールには本剤ではなく局所麻酔中の血管収縮薬(アドレナリン)の効果が重要なので、術者はまず基本に立ち返った止血を行うべきである。その上で、術後の安定化に本剤を使うという位置づけを忘れないようにしたい。

さらに特殊な状況として、患者が妊娠中・授乳中の場合がある。トラネキサム酸は必要最低限であれば妊婦にも用いられる薬剤(産科領域で産後出血の治療などに使われる)だが、妊娠中の投与は有益性が明らかに上回る場合に限るという注意書きがある。歯科での投与が急を要さないなら可能な限り妊娠中の使用は避け、産後に回す判断もあり得る。授乳中も慎重投与となっており、投与中は授乳を一時中止するかどうか検討する旨が添付文書に記載されている。もっとも、これらは長期連用の場合の配慮であり、短期間の投与で深刻な影響が生じる可能性は低いと考えられる。患者と相談の上で進めると良いだろう。

最後に、トラネキサム酸を使わない代替アプローチについて触れておく。仮に本剤を用いない場合、抗血栓薬服用患者の抜歯では以下のような選択肢になる。(1) 抗血栓薬を事前に休薬あるいは減量してもらう、(2) 局所止血剤(コラーゲンスポンジや酸化セルロースなど)と縫合で乗り切る、(3) 病院歯科口腔外科に紹介し管理下で処置してもらう。いずれも一長一短であり、(1)は血栓イベントのリスク上昇から現在では推奨されず、(2)は有効だがトラネキサム酸併用ほどの安心感はなく、(3)は患者にとって大きな負担となる。本剤を適切に活用することで、これらの代替策に伴うデメリットを回避できる点は改めて強調したい。本剤の存在により、以前なら他院依頼としていたケースも自院で安全に完結できるようになってきたのが昨今の潮流である。

導入すべき歯科医院のタイプ別検討

歯科医院ごとに診療スタイルや経営方針は異なる。本製品の導入適性を、いくつかのクリニックのタイプ別に考えてみよう。

1. 保険診療中心で効率最優先のクリニック

日々多数の患者を回転させるスタイルの医院では、処置後のトラブルによるスケジュールの乱れは何としても避けたいところだ。トラネキサム酸の活用は、そうしたタイムロスのリスクを大幅に下げる保険となる。出血トラブルが減れば、予定外の急患対応に追われる頻度も低下し、結果としてチェアタイムの効率化につながる。低コストで導入でき診療報酬にも影響しないため、コスト意識の高い保険中心型クリニックでも気兼ねなく使えるはずだ。一方、患者層が若年者中心で出血リスク症例が少ない医院では、本剤の出番自体が少ないかもしれない。しかし高齢化が進む中で、今後どの医院にも抗血栓薬服用の患者は増えてくる。「備えあれば憂いなし」の精神で、万が一のためにも導入しておく価値はあるだろう。

2. 自費診療中心で質を重視するクリニック

インプラントや審美治療など高付加価値の診療を提供する医院では、患者の安全と安心を最優先に考える傾向が強い。そのようなクリニックにとって、本剤の導入はサービス品質の向上として捉えられる。たとえ出血リスクが高くなくとも、「万全の体制で臨んでいます」と患者に示すこと自体がブランド価値になる。例えばインプラント手術時に「術後のお薬に止血を助けるものを追加しておりますので安心してください」と説明すれば、患者は細部まで配慮された高品質な医療を受けていると感じるだろう。また、難症例のインプラント(全身疾患を抱えた患者やフラップを大きく開く症例)でも、本剤併用により出血コントロールが容易になればオペ時間短縮や術後腫脹軽減が期待できる。これは患者満足度のみならず術者自身のストレス軽減にもつながる。高品質な結果を安定して出すための裏方として、本剤は自費中心型クリニックでも十分役立つはずだ。

3. 口腔外科・インプラントに注力するクリニック

親知らずの埋伏抜歯やインプラント手術、歯周外科など観血処置が日常的に多い医院では、トラネキサム酸はもはや標準ツールと言っても過言ではない。経験豊富な口腔外科医ほど、その有用性を熟知しており、特に出血リスクが読みにくい症例では早め早めに使っている。もしまだ導入していない医院であれば、早急に検討すべきだろう。例えば難抜歯後の縫合部位からのにじみ出血に対し、本剤含嗽を組み合わせると速やかに止血が安定する。あるいは全顎的な抜歯を連続で行う際にも、本剤を使っておけば一ヶ所の出血に手間取っている間に他の抜歯窩の血餅が溶けてしまう、といった事態を防げる。口腔外科処置が多い医院ではおのずと高齢者や全身疾患患者の紹介も集まりやすいため、本剤なしでやっていくことはリスク管理上ますます難しくなってくるだろう。ただし外科に長けた医院ほど、本剤に過信せず基本に忠実な止血手技を徹底することも忘れない。外科のプロの現場を陰で支える縁の下の力持ち、それが本剤の立ち位置である。

以上のように、クリニックの性格にかかわらず導入によるデメリットがほとんどないのが本剤の特徴である。強いて言えば、患者数の非常に少ない新規開業直後の医院などでは活躍の場が限られるかもしれない。しかし現在歯科医院を取り巻く患者層を考えれば、どの医院にも一定割合で抗血栓療法中の高齢患者や出血リスクの高い処置は存在する。規模や診療内容を問わず、導入を前向きに検討して損はない製品と言えるだろう。

よくある質問

Q1. トラネキサム酸を使えば本当に術後出血は起こりませんか?

A1. 100%出血トラブルがゼロになると断言はできないが、エビデンス上も現場の実感としても出血リスクは大幅に低減する。本剤は血餅維持に特化した薬であり、抜歯後出血の主な原因である血餅崩壊を防ぐことで再出血の頻度を下げてくれる。ただし、完全な止血には適切な圧迫と縫合など基本手技が不可欠である点は忘れてはならない。

Q2. 本剤の使用で血栓症(例えば脳梗塞や心筋梗塞)が誘発される危険はありませんか?

A2. 通常の短期間の使用で重篤な血栓症を新たに引き起こすリスクは極めて低いと考えられている。本剤は既存の血栓を大きくする働きはないが、血餅を溶けにくくする作用上、ごく一部のハイリスク患者では注意が必要だ。過去に大きな血栓症を経験した患者などでは最低限の使用に留める、あるいは主治医と相談の上で投与判断する。しかし抗凝固療法中の患者に歯科処置の数日間投与する程度では、得られる止血上のメリットの方が圧倒的に大きいとされる。むしろ抗凝固薬を無暗に中断する方が危険なので、本剤を賢く併用して安全に処置するのが現在の主流だ。

Q3. 若くて健康な患者の親知らず抜歯でも使った方がよいでしょうか?

A3. リスクが低いケースでは通常は不要である。健常者の抜歯では、適切な圧迫止血と縫合を行えばほとんどの場合出血は問題なく止まる。本剤はあくまで出血傾向が高い場合の補助と考えるべきだ。不必要な投薬は患者負担にもなるため、ケースごとの見極めが重要だ。ただし抜歯難易度が非常に高く、出血量が多くなりそうな症例では健康な若年者でも術後に予防的に使っておくと安心な場合もある。基本的には術者の判断で、必要性の高い状況に限定して使用すればよい。

Q4. 歯科医師がトラネキサム酸を処方しても保険で算定できますか?

A4. 可能である。トラネキサム酸カプセル「トーワ」は保険医療材料として薬価基準に収載されているため、歯科で処方しても医科同様に保険請求できる。診療報酬点数上も、必要があれば処方箋料や薬剤料を算定可能だ(院内処方の場合は薬剤算定、院外処方なら処方箋料など)。もちろん歯科疾患の治療目的で使用する場合に限られるが、抜歯後の異常出血予防目的なら妥当とみなされる。患者にとっても保険適用で安価に利用できるため、安心して提案すると良いだろう。

Q5. トラネキサム酸の副作用にはどんなものがありますか?

A5. 主な副作用としては消化器症状(食欲不振、吐き気、下痢、胃部不快感など)が報告されている。ただし頻度は低く、いずれも一過性で軽度なことが多い。また、まれに皮膚の発疹や痒みといった過敏症状が出ることもあるが、これも0.1%未満の頻度とされる。重篤な副作用として添付文書に記載されているのは痙攣発作だが、これは主に人工透析患者に大量投与した場合の報告であり、歯科領域で短期間少量を用いる範囲ではまず心配いらない。総じて安全性の高い薬だが、もし長期にわたり連用する場合には定期的に経過を確認する程度の配慮はしておきたい。いずれにせよ数日~1週間程度の投与では重大な副作用は極めて稀であり、患者にもその旨を説明して過度な不安を与えないようにすると良い。