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歯科で使う止血剤「コラプラグ」とは?価格や保険算定、テルプラグとの違いを解説

歯科で使う止血剤「コラプラグ」とは?価格や保険算定、テルプラグとの違いを解説

最終更新日

クラウンの印象採得の直前、削合を終えた支台歯の辺縁からじわっと出血が滲み出してきた経験はないだろうか。出血によりマージンが不鮮明になり、このままでは精密な印象は望めない。焦って綿球で抑えたり、圧排糸を急いで追加しても思うように止血できず、結局再度印象を採らざるを得なかった――そんな臨床経験は、歯科医師なら誰しも一度はあるはずである。

歯肉からのわずかな出血や浸出液は、直接修復でも間接修復でも細部の精度に大きく影響する。特に保険診療でタイトなスケジュールをこなす日々では、ちょっとした出血でチェアタイムが延び、患者の待ち時間や再予約が発生することは避けたいところである。一方、自費の精密補綴では、血液による汚染が原因で修復物の適合不良や接着不良が起これば、医院の信頼にも関わる。

本稿では、そうした悩みを抱える歯科医師に向けて、ウルトラデント社の歯科用止血材「ビスコスタット」を臨床・経営両面から客観的に分析する。臨床現場での具体的な使い方や効果を示すとともに、投資対効果(ROI)の観点から導入価値を考察する。血液に悩まされない快適な処置と、効率的な医院運営の両立を目指す読者にとって、本記事が製品選定の一助となれば幸いである。

ビスコスタットの概要と基本情報

ビスコスタット(ViscoStat)は、米国ウルトラデント社が製造する歯科用の局所止血材である。主成分に硫酸第二鉄(Ferric sulfate)20%を含む黄褐色のゲル状溶液で、歯科診療における歯肉からの出血や浸出液を一時的に抑制する目的で用いられる。クラウンやブリッジの印象採得、接着修復処置、歯肉整形処置後などで生じる歯肉縁からの少量出血に対し、短時間で止血効果を発揮するよう設計されている。

本製品は日本国内では一般医療機器に分類され(「歯肉圧排キット」として薬機法に届出済み)、歯科医院で日常的に使用可能な材料である。包装形態は30mL入りの大容量シリンジ(供給用)と、そこから薬液を移し替えて実際に口腔内で適用する1.2mLの使い捨てシリンジ、および先端にブラシ状の繊維を備えた専用チップ(デントインフューザーチップ)から構成される。ゲル状の薬液を歯肉溝に刷り込むための独自のアプリケーションシステムになっており、従来から世界的に用いられてきた硫酸鉄系止血剤「アストリンジェント」(15.5%硫酸第二鉄液)をゲル状に改良した製品である。これにより操作性と即効性が高められており、少量の薬剤でも狙った部位に留まり効果を発揮しやすい。なお、同社からは透明色の塩化アルミニウム系止血材「ビスコスタットクリア」(塩化アルミニウム25%配合)も提供されており、審美領域での使用や軽度の出血にはそちらを選択することも可能である(本稿では主に硫酸鉄系のビスコスタットについて解説する)。使用期限は未開封で製造後48ヶ月と長く、頻度の少ない医院でも在庫ロスなく使い切りやすい点も特徴である。

ビスコスタットの主要スペックと臨床的特徴

成分と作用機序

ビスコスタットの主成分は硫酸第二鉄20%であり、これが血液中のタンパク質と反応して即座に凝固塊を形成する。歯肉縁からの毛細血管出血や浸出液に直接作用し、物理的に血管を封鎖することで止血効果を発揮する仕組みである。ゲル状の高粘度製剤であるため患部に留まりやすく、必要最小限の量で効果を得やすい。実際、わずか数十秒間歯肉溝に擦り込むだけで、ほとんどの微小出血を制御できる即効性を持つ。これは血管収縮薬(たとえばアドレナリン含有の圧排用薬)とは作用機序が異なり、組織の状態に左右されにくい点が特徴である。

硬組織・軟組織への影響

本剤は強酸性(pH約1)の溶液であるが、指示通りの短時間応用であればエナメル質や象牙質、軟組織に恒久的なダメージを与えることはないとされる。メーカーも「硬組織・軟組織双方に対する安全性」を謳っており、適切な使用範囲(目安として患部への適用は1〜2分以内)であれば歯肉に重大な炎症や壊死を起こすリスクは極めて低い。ただし、3分以上にわたり歯肉に留置すると局所的な炎症や組織ダメージの恐れがあるため注意が必要である。また硫酸第二鉄による止血の副作用として、一時的に歯肉が暗褐色から黒色に変色することがある。これは血液中の鉄分を含んだ凝固物による着色であり、1〜2日ほどで自然に消退する一過性の現象である。

止血性能と臨床への効果

ビスコスタットを用いることで、印象採得時に出血や滲出液でマージンが不明瞭になる事態を防ぎやすくなる。確実な止血により印象材の適切な硬化や接着操作の成功率が高まり、結果的に補綴物の適合精度向上や再印象・再製作の減少につながる可能性がある。その場での止血処置に要する時間は1分程度である一方、止血不良による印象やり直しに要する時間(追加の数十分)や材料・技工コストを考えれば、トータルで見て大きな時間短縮効果が期待できる。すなわち、本剤の優れた滲出液抑制効果は臨床の効率化にも直結するスペックと言える。

ビスコスタットの使用方法と運用上の注意

実際の使用手順はシリンジキットに同梱の取扱説明書に詳述されているが、要点を挙げる。まず30mLの供給用シリンジから付属の1.2mL詰替え用シリンジへ薬液を移し替え、先端に専用のデントインフューザーチップ(筆先状のチップ)を装着する。止血が必要な部位はあらかじめ唾液や大きな血滴を軽く除去しておき、次にこの小型シリンジを用いて歯肉溝内にビスコスタットを塗布する。ポイントは歯肉に軽い圧をかけながら円を描くように擦り込むことである。20〜30秒程度、出血部位をこすっている間は吸引と少量の水スプレーを併用し、血液と薬液が混ざった凝固物をその場で洗い流し続ける。こうすることで薬液が歯肉組織に直接行き渡り、付着している血餅を取り除きながら効果的に作用する。しばらく擦り込んで出血がほぼ止まったら、直ちに強めの水スプレーで処置部位を徹底的に洗浄する。歯肉溝内および支台歯表面に薬剤や凝固した血液片が残らないよう、丹念に洗い流すことが極めて重要である。

その後、必要に応じて歯肉圧排用の編組糸(圧排糸)を挿入し、1〜3分間圧排を行う。圧排糸を撤去したら再度水洗し、出血や浸出が完全に制御されていることを確認してから印象採得や接着操作に進む。もし洗浄後に再び少量の出血が見られた場合は、ビスコスタットを再度擦り込んで同様に洗浄すればよい。なお、メーカーは本剤を圧排糸自体に浸して使用する方法は禁止している。ゲルが糸に吸収されず局所に留まる設計であるため、糸への浸漬では効果が十分に発揮されないだけでなく、長時間酸に晒された歯肉がダメージを受ける恐れがあるからである。

他材料との相性と注意事項: ビスコスタット使用時には他の薬剤や材料との相互作用にも注意を払う。例えば、過酸化水素水などの酸化剤と併用すると有害な化学反応を起こす可能性があるため避ける。また本剤は強酸性であるため、エピネフリン(ボスミン等)など他の止血薬と同時併用すると組織への刺激が強くなりすぎる恐れがある。特にアドレナリン含有製剤と直接混合すると薬液が一時的に暗青色に変色する現象が報告されている(臨床上大きな害はないが視覚的に驚く現象である)。局所麻酔下で処置する場合、麻酔注射のボスミンが本剤と直接触れなければそのような変色は起こらないが、基本的に複数の止血手段を重ねて使う必要はないだろう。

印象材との互換性についても留意が必要である。ポリエーテル系の印象材(例えばインプリントなど)の場合、ビスコスタットの成分が完全に洗浄されず残留していると表面硬化不良を起こす可能性が指摘されている。シリコーン系印象材(PVS)では大きな問題になることは少ないが、それでも残留物は印象面の細部再現性に悪影響を及ぼす恐れがある。したがって、どの種類の印象材を用いる場合でも、本剤使用後は水洗とエアブローにより残留物ゼロを目指すクリーニングが鉄則となる。

レジン系接着操作との関係では、ビスコスタットと血液が混ざった残渣が歯面に付着しているとボンディング剤の浸透やレジンの重合を阻害するリスクがある。エッチング(リン酸処理)を行うアプローチであれば酸処理の過程でこうした有機残留物は除去される。しかしセルフエッチ系の接着システムを用いる場合は事前に酸処理ステップがないため、特に注意が必要である。メーカー推奨の通り、強力なエア/ウォータースプレー下でラバーカップやブラシを使い、歯面を研磨清拭して血液や薬剤を完全に取り除いておくことが望ましい。

最後に、感染対策上の留意点として、ビスコスタットのアプリケーター類は使い捨てであることを強調したい。患者ごとに新しい詰替えシリンジとチップを使用し、一度使用したものを再度30mL供給シリンジに接続して薬液を戻すことは厳禁である(交差汚染の防止)。薬液自体は未開封で48ヶ月の安定性があるが、開封後も長期間使用する場合は容器の清潔を保ち、直射日光を避け室温で保管するなど基本的な取り扱いに留意すべきである。万一薬液が皮膚や衣服に付着した場合は速やかに水で十分洗い流すこと。鉄分を含むため黄色〜茶色のシミになることがあるが、水溶性なので早めに洗浄すれば落とすことが可能である。

ビスコスタット導入による医院経営へのインパクト

ビスコスタットは薬剤系の製品であり、大型機器のような高額投資や保守契約は必要ない。それにもかかわらず、導入による経営面のメリットは決して小さくない。まずコスト面を見てみよう。2025年現在の標準価格では、シリンジキット(30mL薬液+チップ20本+詰替え用シリンジ20本)が税込でおよそ9,000円前後、30mLリフィル単品が約5,000円程度である。1症例あたりの使用量はごくわずか(目安1.0mL弱)で、多くの場合30mLで20〜30症例ほどに対応できる。薬液部分のコストは1症例あたり約200円、さらに毎回新しいチップと詰替えシリンジ(1セットあたり100〜150円程度)が必要となるため、総計して1症例あたり約300円前後のランニングコストと試算できる。

一方、この数百円の出費がもたらす効果は医院経営上大きな価値を持つ。例えば、印象採得時に止血不良で精度不十分な印象しか得られず後日再印象となった場合を考えてみよう。追加の印象材代(数百円)や技工所への追加依頼費用(補綴物の作り直しが発生すれば数万円規模)、そして何よりドクター・スタッフの余分なチェアタイム(10〜20分以上)と患者の再来院の手間が生じる。これらは全て医院の負担増や機会損失につながる。一方、ビスコスタットを適切に用いてその場で確実に止血できれば、一回で精密な印象を得て処置を完了できるため、上記の追加コストや時間ロスを未然に防げる。わずか数百円の材料費で数十分の時間短縮と数万円のリスク回避が得られる計算であり、投資対効果(ROI)は極めて高いと言える。

また、チェアタイム短縮はそのまま医院の生産性向上につながる。1日の診療で微小出血による無駄な待ち時間が積み重なれば、1〜2人分のアポイント枠を失うことにもなりかねない。ビスコスタットで処置時間を安定させることは、限られた診療時間内でより多くの患者に対応し、残業や診療遅延を減らす効果も期待できる。さらに、自費診療において良好な印象・接着による補綴物のフィット精度向上は、患者満足度や医院の信頼獲得に直結する。長期的に見れば、再治療の減少や患者からの紹介増加といったプラスの波及効果も見込めるだろう。

総じて、ビスコスタットの導入は低コストで始められる割に、臨床の品質向上と医院経営の効率化の双方に寄与する可能性が高い。薬液の保存期間も長く(未開封で4年)使用頻度がそれほど多くない医院でも在庫ロスの心配が少ない点も経済的である。「止血」という地味なプロセスにスポットを当てることで、結果的に医院全体のオペレーションがスムーズになり、無駄なコストを削減できる好例と言えよう。

ビスコスタットを使いこなすためのポイント

事前トレーニングとスタッフ連携

優れた器材も正しい使い方を習得してこそ真価を発揮する。ビスコスタットを臨床で最大限に活かすため、導入時には院内でのトレーニングとスタッフ間の連携が重要である。初めて使用する際は、事前に手順をシミュレーションしておくと良い。特にポイントとなるのは「擦り込み」と「洗浄」のタイミング合わせである。歯科医師は出血部位にチップでしっかり圧をかけて擦り込み、アシスタントはその間、余剰な薬液と血液をタイミング良く吸引する。20〜30秒経過したら合図をしてもらい、即座に水噴射とバキュームで洗浄するという流れを、あらかじめロールプレイで確認しておくと本番でもスムーズである。初回は止血後の洗浄で多少出血がぶり返す場合もあるが、慌てず一呼吸おいてから少量の薬液を再度塗布すればよい。過剰に長時間作用させようとせず、「短時間で効果が出なければ一旦洗浄し、必要ならもう一度塗る」という短期反復の方針が望ましい。

患者への配慮

処置中、患者が薬液の味や感覚に驚かないよう、事前に一言説明しておくことも大切である。ビスコスタットは金属イオンを含むため、口に入ると多少金属的な苦味を感じることがある。また使用後に歯肉が黒っぽく変色することがあるが、一時的なもので心配ない旨を伝えておくと良い(患者自身は気づかない場合も多いが、鏡で確認した際に驚かれないよう説明しておく)。術後の患者指導としては、当日その部位のブラッシングは優しく行うよう伝えると安心である。強い摩擦で再出血するのを防ぐためだが、通常小出血であれば唾液中の凝固で自然に止まるので、過度に神経質になる必要はない。

難症例での工夫

出血が顕著な症例では、事前に局所麻酔中のボスミン効果である程度出血を減らしておくのも有効である(もちろん患者の全身状態に留意しつつ判断する)。また、重度の歯肉炎で常に出血しやすい場合は、可能なら印象採得の前にプロービングやスケーリングで炎症を軽減しておくのが根本対策となる。しかし時間や状況の制約でそれが難しい場合でも、ビスコスタットがあればその場での応急的な止血が可能になる。どうしても止血が難航する時は、小さな綿球にビスコスタットを含ませて出血点に5〜10秒圧接し、すぐ除去して洗浄するという方法もある(あくまで短時間に留めることが肝要)。いずれの場合も、最終的な洗浄を疎かにしないことが成功のポイントである。微細な凝固片が残っていれば元も子もないため、仕上げの洗浄・清掃は丁寧に行う習慣を徹底したい。

院内体制と在庫管理

ビスコスタットは特別な設置工事も不要で気軽に導入できるが、実際に運用する際は「誰が準備し、誰が片付けるか」といった役割分担を明確にしておくと良い。チップや詰替えシリンジなど細かい備品が伴うため、アシスタントが使いやすいようトレーセットを組んでおく、余分な詰替えシリンジを事前に充填して用意しておく、といった工夫も考えられる。使用後は速やかにチップ類を廃棄し、器具やユニットに薬液が付着していないか確認する(付着箇所は水拭きしておく)。在庫に関しては、1本導入すれば数十症例は持つとはいえ、突然切らしてしまうといざという時に困る。定期的に残量をチェックし、残り容量が少なくなったら早めにリフィルを手配しておくことも、円滑な医院運営の一環である。

ビスコスタットが適しているケース・適さないケース

ビスコスタットが威力を発揮するのは、歯肉からの少量出血や浸出液が問題となる場面である。具体的には、支台歯のマージンが歯肉縁下に及ぶクラウン・ブリッジの印象採得、ラバーダムが使用できない近心・遠心マトリックスでのコンポジット修復、仮歯除去直後の支台歯周囲の出血管理、歯周外科処置後の最終印象採得などが典型例である。印象採得時に歯肉圧排だけでは滲み出る液を抑えきれない場合でも、本剤で確実に湿潤をコントロールすれば精度の高い印象を得られる。また、形成直後にわずかな出血が見られるケースでは、圧排糸を入れる前にビスコスタットで一旦止血しておくことで、圧排時に血液がにじんで糸が血液で染まってしまうのを防ぐことができる。さらに、インプラントのアバットメント周囲の軟組織から微出血がある際にも、本剤で処置すればクリアな視野で印象採得や接着操作を進められる。要するに、軽度〜中等度の歯肉出血が起こりうるあらゆる歯科処置で本剤は有用な武器となる。

一方で、ビスコスタットが効果を発揮しにくい状況も把握しておく必要がある。まず、大量の出血や広範囲の出血には適さない。本剤はあくまで毛細血管レベルの出血や滲出を止めるための局所止血材であり、抜歯窩から噴出するような出血や大きな外科的創傷に対しては効果が限定的である(そのような場合は縫合や圧迫止血、他の吸収性止血材の使用が適切である)。また、心疾患や高血圧でボスミン(アドレナリン)使用を避けたい患者に対しては有用だが、抗凝固療法中で著しく出血しやすい患者ではビスコスタットを使っても止血に時間がかかったり不十分なことがある。そうしたケースでは無理に処置を強行せず、主治医と相談の上で休薬調整を検討する、あるいは一時的な仮封で出血が落ち着いてから後日に再処置するなど、総合的な判断が必要になる。

さらに、本剤の使用を避けるべき場面としては、薬剤成分に対するアレルギーが考えられる患者が挙げられる。硫酸第二鉄自体のアレルギーは極めて稀だが、問診で金属アレルギーや特定の薬剤過敏症が疑われる場合には慎重を期すべきである。また、無カタラーゼ症患者に過酸化水素水が禁忌であるように、鉄代謝に問題のある特殊なケース(たとえば血色素症など)では本剤の使用にあたって留意が必要かもしれない(通常の使用量で全身影響が出るとは考えにくいが念のため)。加えて、本剤は歯肉圧排や印象採得といった補綴処置用途に限定した製品であり、意図しない用途には使用しないこと。例えば、根管治療中の出血や大きな露髄に対する止血目的で流用するのは推奨されない(小児歯科領域で硫酸鉄を用いた歯髄処置法の報告もあるが、本製品の適応外である)。製品添付文書に記載された適応範囲(「支台歯形成や印象採得時の歯肉圧排に一時的に用いる」など)を守って使用することが、安全かつ効果的な活用につながる。

ビスコスタット導入の判断指針(医院のタイプ別)

保険診療中心で効率重視のクリニックの場合

日々多数の患者を診療し保険診療がメインとなっている医院では、治療時間の効率化と無駄な再処置の削減が経営上の命題となる。その点でビスコスタットはコストパフォーマンスの高い投資と言えるだろう。1症例あたり数百円のコストは保険点数に照らしてもごく僅かな経費であり、仮に材料費増を忌避する場合でも院内努力で吸収可能な範囲である。

一方、これによって得られる時間短縮効果(印象やり直しの回避、処置中の待機時間減)は、1日の診療スケジュールに余裕を生み、ひいては患者回転率の向上や残業削減につながる。特にチェアユニットや人員に限りがある中小規模のクリニックでは、各処置の数分の短縮が積み重なれば1日1〜2枠の新たな予約枠を生み出す余地さえある。さらに、保険診療では補綴物の調整や再製作が医院側の持ち出しになる場合も多いが、ビスコスタットで印象精度を上げておけば補綴物の適合不良が減り、そうした無償の手直しを減らすことにも貢献する。総じて、コスト意識が高く効率最優先の院長にとって、本剤の導入メリットは大きいと言える。

高付加価値の自費診療を展開するクリニックの場合

自費率が高く精密な歯科医療を提供しているクリニックにとって、ビスコスタットはクオリティアップのための必須ツールと言っても過言ではないだろう。審美補綴やインプラント上部構造の印象採得では、わずかな血液や湿潤が最終補綴物のマージン適合や色調に影響しかねないため、細心の注意が払われる。そうしたシビアなケースでは、本剤の確実な止血・湿潤管理が「最後のひと押し」となる安心感をもたらす。高額な技工物の再製作リスクを減らし、一度でベストな結果を得ることは患者満足と医院の評判向上につながる。自費治療では患者も高い品質を期待して来院するため、処置中に出血で手間取ったり印象を撮り直したりする姿はできるだけ見せたくないものだ。ビスコスタットを使えば、そうしたアクシデントを未然に防ぎ、スマートかつクリーンな診療を演出できる。さらに、審美領域では前述のビスコスタットクリアとの使い分けにより歯肉の着色リスクも心配無用である(術者のこだわりに応じて適材適所で選択すればよい)。費用面でも、自費治療1件あたりに換算すれば微々たる額であり、患者への請求に含めず医院サービスとして提供しても惜しくない水準である。むしろ治療品質と顧客満足の向上によって、将来的なリピートや紹介患者の増加が見込める点を考えれば、積極的に導入すべきアイテムと言える。

口腔外科・インプラント主体のクリニックの場合

主に口腔外科処置やインプラント手術を行う医院では、従来から電気メスやレーザーによる止血・粘膜切除に慣れていることも多い。そのため、小規模な歯肉出血に対して薬剤を使う発想があまり馴染みがないかもしれない。しかしビスコスタットは、外科処置後の補綴段階で威力を発揮することがある。たとえば、インプラント二次手術でアバットメント周囲の軟組織をトリミングした直後や、歯周外科後の最終印象採得など、メスやレーザーでは対処しづらい微細出血に対して本剤は迅速かつ低侵襲に止血を可能にする。電気メスでの焼灼は確実だが、術後の痛みや組織収縮を招くリスクもあるため、出血量が軽微であれば薬剤で済ませるに越したことはない。

外科中心のドクターにとって本剤の使用頻度は高くないかもしれないが、一本用意しておけば「いざという時の保険」として安心感を得られるだろう。コスト負担も微々たるものであり、他の高額な手術器具類と比べても経営を圧迫するものではない。むしろ補綴フェーズまで一貫してクオリティを追求する姿勢が患者にも伝われば、信頼感の醸成につながる。外科処置が主体の医院であっても最終補綴まで責任を持って提供する以上、ビスコスタットのようなティッシュマネージメント材を備えておくことはプロフェッショナリズムの表れとも言える。

よくある質問

Q1. 従来用いてきたボスミン(アドレナリン)含浸の圧排糸や他の止血薬と比べて、ビスコスタットにはどんなメリットがあるか?

A1. 最大の違いは止血のメカニズムである。ボスミン(エピネフリン)は血管を収縮させて出血を抑える薬理作用であるのに対し、ビスコスタットは硫酸鉄によって血液を凝固させ毛細血管を物理的に封鎖する。この作用により、炎症で拡張した毛細血管からの出血でも迅速に封止できる利点がある。加えて、全身への影響がほぼ皆無であり、心血管系への負担を気にせず使える安全性もメリットである。圧排糸に含まれるアドレナリンでは止まりきらない出血も、フェリック系なら短時間で確実に止血できるケースが多い。ただし、ビスコスタット使用後は凝固塊を洗い流す手間があり、洗浄時に若干の再出血が起こることもある点には留意が必要である。総じて、即効性と確実性の面でビスコスタットは優れているが、最終洗浄まで含めたトータルの運用で真価を発揮する材料である。

Q2. ビスコスタットを使うと、レジンのボンディングや印象採得に悪影響はないか?

A2. 適切に使用すれば問題ない。肝心なのは使用後の十分な洗浄である。ビスコスタット自体は接着剤や印象材と直接反応して効果を阻害することはないが、残留する血液凝固物や薬剤が表面に付着したままだと、物理的な被膜となって邪魔をする可能性がある。したがって、止血後は高圧の水スプレーとエアで徹底的に汚れを除去し、歯面や歯肉溝を清潔な状態に戻すことが重要である。特にセルフエッチ系接着システムを用いる場合や、親水性の高い印象材(ポリエーテル系)を使う場合は、わずかな残留物が影響し得るので注意したい。きちんと洗浄さえ行えば、ビスコスタットを使用したことで接着強さが低下したり印象精度が落ちたりすることは、臨床的にも現在まで報告されていない。

Q3. 歯肉や体への安全性は大丈夫か?強い酸で組織が傷ついたり、患者が痛みを感じたりしないか?

A3. 規定通りの使い方であれば、安全性に大きな問題はない。硫酸鉄20%溶液は確かに強酸性だが、長時間放置しない限り歯肉に炎症や一部壊死を起こすことはまずない。臨床的には数十秒〜1分程度の作用時間で十分な止血が得られるため、3分以上歯肉に留めない限り有害事象は報告されていない。患者が痛みを訴えるケースも稀であり、むしろ出血が止まることで処置中の不快感は減少することが多い。ただし、適用部位以外に薬液が付着すると(粘膜や舌に付くと)ピリピリした刺激を感じる場合があるため、必要以上に広げずピンポイントで使うよう心がける。また、一時的に歯肉が黒く変色する現象については前述の通りで、数日で消える無害なものなので患者にもあらかじめ説明しておけば安心である。

Q4. 一度止血できても、時間が経つとまた出血してくることはないのか?

A4. ビスコスタットで形成される凝固物は一時的な止血栓であり、時間経過とともに溶解・除去されれば再び出血する可能性はある。言い換えれば、本剤の止血効果は処置中の短時間を稼ぐための「一時的な止水栓」と考えるべきである。したがって、印象採得や接着といった次のステップは止血が効いているうち(処置後数分以内)に速やかに行うことが望ましい。実際には止血後、印象を採り終えるまで出血がぶり返さないだけの十分な時間は確保できる。万一処置途中で再出血が見られた場合は、少量を追加塗布して再度止血すればよい。重要なのは、止血に頼り切らず可能な限り速やかに次工程に移る段取りを整えておくことである。

Q5. 1回の処置で使い切れなかった薬液はどう扱うべきか?保存して再利用できる?

A5. 基本的には使い捨てである。30mLの大容量シリンジから小分けして使用する設計上、患者ごとに新しい1.2mLシリンジとチップを使用し、処置後にそれらは廃棄するのが原則である。未使用分を元の容器に戻すことも厳禁である。ただし、同一患者の一連の処置内であれば、詰替えシリンジ内に残った薬液を数分後に再度塗布すること自体は問題ない。重要なのは、患者ごと・日ごとにディスポーザブル部品を交換し交差感染を防ぐことである。薬液自体のコストが低いため多少の廃液が出ても経済的損失は僅少である。また未開封状態で4年間は品質が保たれるので、小規模医院でも焦らず使い切ることができる。開封後も適切に保管すれば長期間にわたり使用可能であるが、容器内に唾液等が混入しないよう取り扱いには注意が必要である。