
歯科止血剤「ゼルフォーム」とは?用途や価格、使い方について解説
抜歯後になかなか出血が止まらず、患者と共に焦った経験はないだろうか。ガーゼを何度も交換し圧迫を続けてもじわじわ滲む出血に、診療終了時間が迫る中で冷や汗をかいたこともあるかもしれない。とりわけ高齢患者や抗凝固療法中の患者では、通常以上に確実な止血策が求められる。こうした場面で頼りになるのが吸収性局所止血剤であるゼラチンスポンジ製剤だ。その代表格として長年用いられてきたのが「ゼルフォーム」である。
本稿では、ゼルフォームとはどんな製品で、臨床現場でどのように役立つのかを解説する。スポンゼルなど類似製品との違いや、もしもの代替手段、価格や保険請求上の扱い、さらには医院経営への影響まで掘り下げ、臨床と経営の両面から考察する。ゼルフォーム供給停止の背景も踏まえ、製品導入後の具体的なメリットとリスクを明らかにすることで、読者自身の診療スタイルに照らした最適な止血材選びを支援したい。
ゼルフォームはどんな止血剤か
ゼルフォーム(ファイザー製薬)は、外科処置時の局所止血を目的とした吸収性ゼラチンスポンジである。正式には「滅菌吸収性ゼラチンスポンジ剤」という薬剤区分に属し、医科・歯科問わず各科手術で広く使用されてきた。袋から取り出したスポンジ状の白いマットを出血部位に当てると、血液を瞬時に吸収して膨潤・ゲル化し、血餅形成を助けて出血を鎮める。組織内に留置しても安全に吸収されるため、抜歯窩に充填して縫合しても後日抜去の必要がない。抜歯や歯周外科など歯科領域では止血目的はもちろん、褥瘡部の肉芽形成促進を期待して褥瘡治療にも適応がある(褥瘡適応は全科共通)というユニークな一面も持つ。
ゼルフォームは医薬品扱いであり、歯科医院で使用する際も処置に伴って薬価収載された材料として保険算定が可能である。サイズは小判型の「No.12」(20×60×7mm)と大判の「No.100」(80×125×10mm)の2種類が存在する。1枚ずつ無菌包装されており、小サイズは1箱に4枚、大サイズは1箱に1枚が収められる。用途に合わせて適宜カットして使用できるが、無菌状態で保管・取扱いする必要がある。なお、類似製品としてLTLファーマ社の「スポンゼル(Spongel)」があるが、薬剤成分(ゼラチン)や効果機序はゼルフォームと同一である。スポンゼルは寸法がやや異なり、小サイズが5×2.5cm、大サイズが10×7cmとなっている。また薬価はゼルフォームより高めに設定されていた(小サイズ245円、ゼルフォーム小サイズ177.5円など)。両者の臨床効果に大きな差はなく、ゼルフォーム供給停止後はスポンゼルが事実上の代替品として使われてきた経緯がある。ただしスポンゼルも2025年に販売終了が発表されており、市場から姿を消しつつある。
ゼルフォームの主な特徴と性能
ゼルフォーム最大の特徴は、多孔質のゼラチンスポンジならではの高い吸液性と生体適合性である。凍結乾燥されたスポンジはその重量の30倍以上の水分(血液)を瞬時に吸収する。例えば抜歯直後の出血に押し当てると、スポンジ内部に血球や血小板が入り込み凝集していくことで速やかに凝血塊が形成される。これにより、通常は数分以内に滲み出る出血が落ち着き、安定した止血が得られる。凝血塊を支えるマトリックスとして機能するため、患者自身の凝固能力を補助する物理的止血と言える。
素材であるゼラチンは、コラーゲン由来のタンパク質で生体親和性が高く、体内で酵素的に分解されて最終的に吸収される。軟組織内や抜歯窩内に埋めても約2〜4週間でゼラチンは液化・吸収され、最終的に消失する。したがって、ガーゼのように後で取り除く必要がない点は患者・術者双方にとって利点である。特に口腔内はガーゼの放置による不快感や誤嚥リスクもあるため、吸収性素材である意義は大きい。また酸化セルロース系の止血材(例:SURGICEL®)と異なり生体内で酸性物質を残さないため、傷の治癒を妨げにくいともされている。ゼラチン自体には止血促進の薬理作用や抗菌作用はないが、異物反応は穏やかで組織への刺激も少ない。ただし、ごく稀にゼラチンに対する免疫反応(アレルギー)が報告されており、ショック症状など重篤な副作用の可能性はゼロではない。また脳神経外科領域などで大量に用いた場合に肉芽腫形成が報告されたことがあり、必要以上の量を充填しない、止血後は余剰分を除去するといった基本的注意は求められる。
ゼルフォームの使い方と院内での運用ポイント
ゼルフォームの使用手順はシンプルであるが、確実な止血を得るためのコツがいくつかある。まず適用部位を清潔にし、血餅形成を阻害しうる血塊や汚染物を軽く洗浄・吸引除去しておく。ゼルフォームは乾燥したままでも用いられるが、必要に応じて生理食塩水に一瞬浸して湿らせると柔軟性が増し創面への適合性が良くなる。ただし浸し過ぎると有効な吸収余地が減るため、軽く絞って水気を切ることがポイントである。出血源に対してスポンジを適当な大きさにカットして当て、圧接するように押さえて数分間保持すると止血効果が高まる。例えば抜歯窩なら、スポンジを窩壁に沿うように詰めた上でガーゼを被せ患者に咬合圧迫してもらうと良い。スポンジは柔らかく鋏で自由に裁断できるため、創の大きさ・形状に合わせて無駄なく使うとともに、過度な充填で組織を圧迫しないよう工夫する。
院内感染対策上、ゼルフォームは無菌操作で取り扱うことが重要である。製品は三重包装されており、最外層のアルミ袋と中間の紙袋は非無菌だが、一番内側の透明フィルム包装内のスポンジは滅菌済みである。そのため、開封時は内袋を無菌鉗子でつかんで清潔野に落とす、または滅菌手袋を着用して内袋から直接スポンジを摘み取るなど、外袋に触れた手指でスポンジ本体に触れない手技が求められる。万一スポンジを汚染した場合は使用を諦め、新しいものを開封すべきである。また一度開封したスポンジは再滅菌や再包装ができないため、使い切れなかった分を他の患者に使い回すことは厳禁である(余りは廃棄する)。サイズ選択はそうした無駄を減らす意味でも重要で、小サイズ(No.12)は単根歯や小さな創傷向け、大サイズ(No.100)は親知らず抜歯後や広範な粘膜剥離部位向けと使い分けると良い。なおゼルフォーム自体に止血薬理作用はないため、縫合や凝固止血法の代替にはならないことも心得ておく必要がある。例えば動脈性の出血がある場合はまず結紮・電気メス焼灼で止血し、それでもなおにじむ微細出血に対してゼルフォームを補助的に使う、という位置づけである。また感染創や膿瘍腔ではゼルフォームを安易に留置すべきではない。ゼラチンスポンジは殺菌能を持たず、細菌の温床となりうるためである(感染リスクが高い状況では、抗生剤投与やドレナージ確保など別途の処置が優先される)。
スタッフへの教育面では、止血材の存在と使いどころをチームで共有し、緊急時に素早く対応できる体制を整えておくことが大切である。特に全身疾患を抱える患者の抜歯では、あらかじめトレイ上にゼルフォームや止血剤を用意しておく、使用タイミングになったら即座に開封できるよう器具立てに指示しておくなどの段取りが有効である。患者への説明も怠らないようにしたい。ゼルフォームを創部に留置した場合、「傷口にスポンジ状の薬剤を入れてありますが、自然に溶けて体に吸収されるので取り出す必要はありません」と伝えると良い。術後に患者が口の中に白いスポンジ片を見つけて不安にならないよう、あらかじめ吸収性であることを説明して安心感を与えることも術者の務めである。
ゼルフォームが医院経営に与える影響
ゼルフォームのような止血材は、一見すると診療収入に直接寄与しない地味な存在に思えるかもしれない。しかし、適切な止血材の活用は診療効率や患者満足度の向上を通じて医院経営に好影響を及ぼす要素である。まず、1症例あたりのコストを確認してみると、ゼルフォーム小サイズ(No.12)の薬価は177.5円であり、患者負担(3割負担の場合)は約53円程度に過ぎない。歯科医院の仕入れ値も薬価より低く設定されるため、実質的な経費は微々たるものだ。一方で、この数十円の出費によって術後出血のリスク低減や止血に要する時間短縮が得られれば、コストパフォーマンスは非常に高い。仮にゼルフォームの使用で抜歯後の止血・確認に要する時間が平均5分短縮できたとすれば、月に何十件と行う抜歯処置全体で診療可能枠に大きな余裕が生まれる計算である。その時間を他の診療に充てれば収益増につながり、またスムーズな診療進行により残業削減やスタッフ疲弊防止の効果も期待できる。
さらに、患者トラブル回避による経営メリットも見逃せない。適切に止血されず帰宅した患者が、夜間に再出血して救急受診したり、後日に緊急来院する事態になれば、医院の信用問題となり得る。実際にそうしたトラブル対応には無償の時間外診療や追加処置が必要となり、経営的にはマイナスである。ゼルフォームであらかじめ止血を万全にしておけば、こうした不要な再診リスクを減らし、結果として患者満足度向上と口コミでの評価アップにつながる可能性がある。
一方で、ゼルフォームの供給停止は医院経営に少なからず影響を及ぼした。2019年以降、海外製造所の包装工程に関する規制問題でゼルフォームの生産が止まり、日本国内でも長期にわたり入手不能となっている。このため、多くの歯科医院では代替としてスポンゼルを購入せざるを得ず、小サイズ1枚245円とゼルフォームより4割近く高いコスト負担を受け入れてきた。またスポンゼル自体も供給不安定な時期が続き、ついに2025年には販売終了に至った。現在は酸化セルロース系止血材(例:ジョンソン・エンド・ジョンソン社のサージセル綿型など)や、デンプン由来の吸収性局所止血材などが代替候補となっている。しかし、これらはゼラチンスポンジと薬価や算定の扱いが異なる場合がある。例えばサージセルは医薬品ではなく医療機器扱いであり、歯科診療報酬上は処置料に含まれ追加算定できないため、医院側の実費負担になる可能性がある(使用量にもよるが1枚数百円程度)。結果として、ゼルフォーム不在の中では止血材コストが上昇し、経営面では負担増となっている。もっとも、出血コントロールは患者の安全に直結する最重要事項であるため、多少コスト高でも信頼できる止血材を揃えておくことが肝要である。止血対策への投資は、リスクマネジメントやサービス品質向上の観点から「攻めの経営戦略」とも位置づけられる。患者から「ここの歯医者で抜いたら全然出血しなかった」と評価されれば、それ自体が医院のブランディング強化につながると言える。
ゼルフォームを使いこなすためのポイント
ゼルフォーム導入直後には、その扱いや特性に戸惑うこともあるかもしれない。まず重要なのは、ゼルフォームに過度な期待をしすぎないことである。確かに有用な止血補助だが、魔法の万能薬ではない。基本はあくまで圧迫止血と適切な創処置であり、ゼルフォームはそれを後押しする役割だ。したがって、使用にあたっても他の止血手段との組み合わせがポイントになる。具体的には、抜歯窩にゼルフォームを詰めたらクロス状の圧迫縫合やフィギュアエイトサッチャー法で糸をかけ、スポンジがずれないよう固定するとより確実である。縫合できない箇所なら、ゼルフォーム貼付後にしばらくガーゼ圧迫を続けて血餅形成を待つ根気も必要だ。逆に、術者がゼルフォームの性能を信頼していないと、投入タイミングが遅れて出血量が増えることがある。「このままでは止まらない」と判断したら早めに投入する決断力も求められる。
また、院内体制としてゼルフォームを有効活用する仕組みを整えることも大切だ。例えば、抜歯や小手術の術後管理について院内プロトコルを作り、「5分圧迫しても止血しなければゼルフォーム使用」など客観的な基準を決めておくと、スタッフ間で迷いが生じにくい。新人歯科医師やスタッフにも止血材の存在意義と使い方をレクチャーし、全員が適切なタイミングで提案・使用できるようにしておく。特に複数のドクターが在籍する医院では、誰か1人に依存せず皆が止血対策を共有することが、安全な診療体制につながる。
患者対応面では、ゼルフォームを使用したことを伝えるだけでなく、「もしガーゼを外した後も少し血がにじむようならスポンジごと軽く指で押さえてください」といったアドバイスをしておくと良い。吸収性とはいえ溶けるまで多少時間がかかるため、術後数時間はスポンジが創部に留まった状態で過ごすことになる。患者が舌で触って外してしまわないよう、適切な自己管理方法を指導することも使いこなしの一環である。
さらに、近年ではゼルフォームに代わる新たな止血アプローチとして、自己血由来フィブリン(PRF)を用いた創傷被覆が注目されている。患者の血液をその場で遠心分離して作るフィブリンゲルを抜歯窩に入れる方法で、止血と治癒促進を両立する最新技術である。こうした高度な手法は導入にコストや手間がかかるが、ゼルフォーム不足が続いたこともあり、一部の自費診療志向の医院ではPRFシステムを導入する例も出てきた。ゼルフォームを使いこなす一方で、こうした新技術へのアンテナを張り巡らせておく姿勢も、将来的な医院の競争力につながるだろう。
ゼルフォームが活躍する症例と使用が難しいケース
ゼルフォームが最も威力を発揮するのは、抜歯や小手術後の点状出血や広範な毛細血管出血である。具体的には、高血圧や抗血栓薬服用者の抜歯、歯肉剥離を伴うフラップ手術後の創面、骨面が露出した処置部位(例:インプラント埋入窩や嚢胞摘出窩)などである。こうした場面では、ゼルフォームを創部に敷くことで確実な血餅形成を促し、速やかな肉芽形成・治癒へと繋げることが期待できる。特に、抜歯窩への使用ではドライソケット(乾燥症骨)の予防にも一定の有用性があると考えられる。血餅の脱落を防ぎ創穴を保護するクッションとなるためだ。また、歯周外科で広い剥離面を伴うケースでは、ゼルフォームを適宜切り貼りして生体接着剤的に出血点をカバーすると、視野が明瞭になり手技続行が容易になる。複数箇所からの小出血があるとき、一枚のゼルフォームを薄くスライスして複数のミニパッチを作り、各所に貼付するといった応用も可能である。
一方で、ゼルフォームが適さない状況も存在する。代表的なのは感染リスクが高いまたは感染下の部位である。例えば抜歯即時の急性炎症が強い膿瘍ドレナージ後の空隙などにゼルフォームを詰め込むと、排膿や洗浄を妨げる障害物となりうる。感染部位では雑菌繁殖の温床となる危険があるため、ゼルフォームの使用は控え、抗菌薬投与や開放療法など基本に立ち返った処置を優先すべきである。また、動脈性の出血や大きな血管損傷にはゼルフォームは効果不十分である。動脈から噴出するような出血は、ゼルフォームでは抑え切れず浮き上がってしまうため、まずは圧迫や結紮で止血を完了させることが先決だ。同様に、抜歯窩でも骨内の動脈(下歯槽動脈末梢枝など)が直接損傷された場合は、ただスポンジを入れるだけでは止血できない。その際は、骨孔を掘って結紮・焼灼するか、骨蝋で孔を塞ぐなどの処置が求められる。
他に、血液凝固能が著しく低下した患者(重篤な肝障害や多剤抗凝固療法中など)も要注意だ。ゼルフォームはあくまで患者自身の凝固機序が働くことを前提とした補助材なので、凝固因子が決定的に不足している場合には効果が限定的となる。その場合、全身管理側で凝固能の是正(休薬調整や製剤投与)を行った上で、局所止血材を使用すべきである。また、歯肉圧排や辺縁部の微小な出血に関しては、ゼルフォームよりも収れん剤含浸コードや止血ジェルのほうが適している。ゼルフォームのスポンジ片は大きすぎて歯肉溝に挿入できないためで、適材適所の選択が必要である。
最後に留意したいのは、ゼルフォーム自体が良質な肉芽を形成するわけではない点である。あくまで土台となるだけで、組織修復は患者の治癒力に委ねられる。例えば大きな骨欠損にゼルフォームだけ詰めても骨再生は期待できない。そのような場合は、別途骨補填材やメンブレンの使用を検討すべきで、ゼルフォームはあくまで一時的止血と空隙充填にとどめ、長期的には体積を維持しないことを理解しておく必要がある。
歯科医院のタイプ別に見たゼルフォーム導入の考え方
保険診療中心で効率重視のクリニックの場合
日々の一般歯科診療を主軸とし、多数の患者を効率よく捌くことに重きを置くクリニックでは、ゼルフォームのような手軽で安価な止血材はぜひ備えておきたいアイテムである。抜歯後の止血に時間をかけず次の患者に移行できることは、そのまま診療回転率の向上につながる。保険点数上もゼルフォームは薬剤として算定可能であり、医院の持ち出し負担なく導入できる。コスト意識の高い院長であれば、ゼルフォーム1枚当たり数十円という投資で患者の安全と診療効率を買えるメリットを見逃す手はないだろう。ただし、現在ゼルフォームは入手困難なため、代替材の確保が課題となる。スポンゼルの在庫が市場から無くなった後は、酸化セルロース製剤などを調達する必要があるが、これらは薬価収載が無かったり高価であったりするため、慎重な見極めが必要である。効率重視の医院ほど止血トラブルによる診療滞りのダメージは大きいので、確実な止血手段の確保は優先度が高い。一方で、コスト管理も重要なため、ゼルフォーム類似品の動向を注視しつつ、必要最低限のストックを切らさない工夫が求められる。
高付加価値の自費診療を志向するクリニックの場合
インプラントや審美治療など高付加価値の自費メニューを展開するクリニックでは、患者への手術体験の質にも細心の注意を払いたい。術後出血で口腔内が血だらけになったり、帰宅後にトラブルが起きたりすれば、高額治療を受けた患者の満足度に直結する。ゼルフォームのような止血材を適切に使うことは、患者に安心・快適な手術後経過を提供する一助となる。費用面でも自費治療であれば数百円の材料費は問題にならないため、必要とあらば贅沢に2〜3枚重ねて止血を万全に期すなど惜しみなく活用できる。しかし、自費志向の医院ほど新しい技術や素材への感度も高いため、ゼルフォームに固執しない柔軟さも必要だ。例えば先述のPRF(自己血フィブリン)やフィブリン糊、あるいは米国製のキトサンパッド(HemCon®)など、より先進的な止血法が取り入れられるケースもある。そうした流行の最先端を追う中では、ゼルフォームはやや古典的な位置づけに映るかもしれない。それでも、確立された安全性と実績があるという点でゼルフォームは信頼に足る基本ツールである。高難度の手術に備えて色々な止血手段を揃える中の一つとして、引き続き価値は高いだろう。
口腔外科・インプラント中心のクリニックの場合
日常的に難易度の高い外科処置を数多く行う口腔外科系クリニックでは、止血材の重要性は言うまでもなく認識されているだろう。術者自身が止血の勘所に習熟しているため、「ゼルフォームが無くとも対処できる」という考えもあるかもしれない。しかし、実際には経験豊富な術者ほど多層的な止血対策を講じているものだ。電気メスや骨蝋、圧迫ガーゼ、縫合といった基本手段に加え、ゼルフォームや酸化セルロース、トロンビン溶液、フィブリンシーラント等を症例に応じて使い分け、安全マージンを高めている。特に全身合併症を抱える患者や、抜歯即時インプラントのように確実な止血が求められる場面では、ゼルフォーム併用が術後経過を安定させる一因となる。現在ゼルフォームが手に入らなくとも、類似の止血スポンジは他に存在するため、外科中心の医院ではすでに何らかの代替品を確保しているだろう。中には、海外製のジェラチンスポンジ(例えばジェルパートなど血管塞栓用に開発された粒状製剤)を取り寄せて止血に転用する工夫をする先生もいる。もっとも、輸入品は薬機法の絡みもあり自己責任となるため推奨はできない。いずれにせよ、口腔外科領域では止血材なしで処置を行うリスクは取るべきではないという点は共通認識である。ゼルフォームが復活するなら歓迎すべきだし、そうでなくとも市場動向を把握して最適な止血材を常備することが、この種の専門クリニックでは欠かせない経営努力と言える。
よくある質問(FAQ)
Q1. 現在、ゼルフォームは入手できるのか?販売再開の予定はあるか。
A. 残念ながら、2025年現在もゼルフォームの供給は再開されていない。メーカーであるファイザー社は2019年に生産を停止して以来、海外製造工場の改善手続きに取り組んでいるが、公式には「出荷再開の見込みが立っていない」という状況である。したがって、国内の歯科医院では新品を入手することはできず、在庫が尽きた医院から順に他の止血材へ切り替えているのが現状である。販売再開時期に関する続報があればメーカーから発表されるはずなので、最新情報を定期的に確認すると良いだろう。
Q2. ゼルフォームとスポンゼルにはどんな違いがあるのか?
A. 両者はともに有効成分がゼラチンであり、止血効果や使用方法はほぼ同じである。違いがあるとすればサイズ展開と薬価で、ゼルフォームは小判型(2×6cm)と大判(8×12.5cm)、スポンゼルはそれより一回り大きい小(2.5×5cm)とやや小さい大(7×10cm)という寸法違いがある。また薬価はスポンゼルの方が小サイズ1枚245円と高めであった。製造販売元も異なり、ゼルフォームがファイザー社であるのに対し、スポンゼルはもともと武田薬品由来の製品をLTLファーマ社が承継して販売していた。しかし2024年にスポンゼルの販売中止が発表され、2025年には完全に市場流通が終了する見込みである。いずれにせよ、両製品の止血性能に明確な差はなく、在庫状況に応じて使い分けられてきた歴史がある。
Q3. 止血のために使用したゼルフォームは、後で取り除く必要があるのか?
A. 基本的に取り除く必要はない。ゼルフォームは体内で自然に分解・吸収される設計のため、抜歯窩や創部に留置したままにして問題ない。通常、数週間から1ヶ月程度でゼラチンは液化し、周囲組織に吸収・消失する。ただし、術後早期に一部が剥がれ落ちて露出してきた場合は、無理に押し込まず除去してしまって構わない。その際も創内には既に凝血塊が形成されているため、再出血することはほとんどない。また、巨大なスポンジ片を入れた場合には、周囲組織への圧迫や異物反応を避けるために止血成立後に一部取り除くといった判断もケースによってはあり得る。しかし、歯科領域の使用では通常そこまで大型のものは使わず、全量を残置して問題ないシナリオがほとんどである。
Q4. ゼルフォームを使用することで感染や合併症のリスクはないか?
A. 適切に使用すれば重大な合併症は極めて稀である。ゼルフォーム自体は殺菌作用を持たないが、生体適合性が高く無菌状態で用いれば異物による感染を誘発するリスクは低い。ただし、既に感染が存在する部位に詰め込むと膿を排出しにくくするため、感染悪化の一因となり得る。このため、感染創への使用は避け、先に感染をコントロールすることが大前提である。また、ゼラチンに対するアレルギー反応が起きる可能性も否定できないが、その頻度は極めて低い。大量使用時の肉芽腫形成なども脳外科領域で報告があるのみで、歯科で通常使用する範囲ではまず問題にならないだろう。むしろ注意すべきは、ゼルフォームに頼るあまり基本的な止血処置(圧迫や結紮)を怠ることである。ゼルフォームはあくまで補助であり、過信や誤用しない限り安全性の高い止血材だと言える。
Q5. ゼルフォーム以外に有効な止血材はあるか?代替品は何を選べばよいか?
A. 現在ゼルフォームが手に入らない状況下では、いくつかの選択肢が考えられる。まず挙げられるのは酸化セルロース系の止血材で、代表的な製品にサージセル®がある。酸化セルロースは酸性下で血液をゲル状に変化させて止血し、抗菌作用も期待できる材料である。形状は綿状やガーゼ状で、必要な大きさにカットして使用する。吸収性もあり後で除去不要だが、骨内に残すと骨癒合を遅延させる可能性が指摘されているため、歯槽骨露出部では慎重な判断が求められる。次にコラーゲン系スポンジも代替となり得る。コラーゲンはゼラチンの元になる繊維状タンパク質で、止血効果と創傷治癒促進効果がある。ただし、医科向けの高価な製品が多く、歯科で手軽に使えるものは限られる。その他、キトサン製剤(甲殻類由来の多糖類)も近年注目されており、HemCon®という製品は止血バンドエイドのように貼付して用いる。これは強力な止血性能と抗菌性を持つが、高価で保険適用外のため、主に自費診療での利用となる。最終的な選択は、それぞれの材料の特性と医院のニーズを照らし合わせて決める必要がある。どの代替品にも一長一短があるため、ゼルフォームの代わりに何を常備すべきかは院内で十分に検討し、場合によっては少量ずつ試用して使用感を確認するとよいだろう。