
歯科で使う止血剤「ドライズ」とは?用途や使い方、価格について解説
歯科臨床でクラウンやブリッジの印象採得をする際、歯肉からの出血や浸出液に悩まされた経験はないだろうか。せっかく形成した支台歯のマージンが血で覆われ、印象が不明瞭になってしまう――そんな場面は多くの歯科医師が一度は経験する失敗である。限られたチェアタイムの中、圧排糸を使って止血しようとしても時間がかかり、患者にも負担がかかる。ドライズという歯科用の止血・圧排ペーストは、そうした悩みを解決する新しいアプローチとして注目されている。
本稿では、この「ドライズ」とは何か、その用途や使い方、価格などについて臨床と経営の両面から詳しく解説する。日々の診療で直面する出血管理のストレスを軽減し、医院経営にもプラスとなるヒントを提供したい。
ドライズの製品概要と基本情報
ドライズ(Dryz)は、米国Parkell(パーケル)社が開発し、日本ではビーエスエーサクライ社が販売している歯肉圧排用の止血ペーストである。正式には「歯科用歯肉圧排材料」という分類の一般医療機器で、歯科領域で支台歯形成や印象採得時に一時的に歯肉を圧排し、歯肉からの小出血や滲出液(スクリーニング液)の制御を目的として用いられる。要するに、歯肉縁に塗布して出血を抑えつつ歯肉をわずかに押し広げ、歯の境目(マージン)を明確にするための材料である。
ドライズはシリンジ(注射器)タイプのペースト製剤で、内容量0.85gのプレフィルドシリンジが複数本セットになって供給される。シリンジの先端に取り付ける使い捨てチップを用いて、歯肉溝内へ直接ペーストを注入できる仕組みである。ペーストの色はグリーン(緑)とブルー(青)の2種類が用意されており、好みや用途に応じて選択可能だ。ブルーは後発のカラーで、ペースト除去時の視認性が高く、より洗い残しを防ぎやすい工夫となっている。いずれの色も性能に大きな差はなく、操作性の良さが特徴である。
本製品は医薬品を成分として含まない医療機器であり、主な有効成分は塩化アルミニウムである。アルミニウム塩の収れん作用によって局所の出血を素早く止め、組織を引き締める働きがある。一方、アドレナリンなどの血管収縮薬は含まれていないため、全身的な副作用や強すぎる局所虚血のリスクが低い。歯肉圧排に際して麻酔薬を併用する必要も基本的になく(痛みがほとんど生じないため)、患者にとって無麻酔・無痛で圧排が行える点もメリットである。
また、ドライズは日本国内で2021年頃から提供が開始された比較的新しい製品である。従来、歯肉圧排と言えばコットンロールや圧排糸(いわゆる「ジンパック」)を使用するのが一般的であった。これら従来法では、止血用に収れん液を含ませた糸を歯肉溝に挿入したり、長時間待機させたりと、技術と手間、時間を要していた。ドライズはそうした煩雑さを軽減する簡便な代替アプローチとして登場したものであり、「誰でも短時間でシャープなマージンを得られる印象」を謳っている。実際、一般開業医から大学病院まで幅広い現場で、精密印象を目指す際の新たなツールとして注目され始めている。
ドライズの主要スペックと臨床での意味
ドライズの性能を語る上で、鍵となるスペックや特徴を整理する。
【塩化アルミニウム濃度】
ドライズのペーストには15%程度の塩化アルミニウムが含有されている。これは歯科領域で一般的な止血用収れん剤の濃度としては標準的で、強力すぎず適度な止血効果を発揮する。臨床的には、わずか数分で歯肉からの小出血を鎮め、唾液や滲出液による湿潤を抑制できる濃度である。これにより、印象材や接着操作の際に邪魔になる出血をコントロールし、処置の成功率を高めることが期待できる。
【ペーストの粘度と成分】
ドライズはシリカ繊維やセルロースガムなどの増粘剤を配合し、適度な粘度・硬さを持つペースト状に調整されている。この物性が重要で、歯肉溝に注入した際にペーストが流れ出さず、物理的に歯肉を外側へ押し広げる力を発揮する。結果として、単なる止血だけでなく歯肉縁を圧排し、歯と歯肉の境目を露出させることができる。これは印象採得において非常に意義が大きい。明確なマージン露出は、正確な型取りやスキャンに直結し、補綴物の適合精度向上に繋がる。
【作用時間】
ペーストを注入して約2分待つだけで効果を発揮する設計である。2分という短時間で十分な止血・圧排が可能なため、従来の圧排糸のように長く待つ必要がない。例えばダブルコード法では何分間も糸を置いたままにするが、ドライズなら全行程が数分で完了する。これはチェアタイム短縮に直結し、患者の拘束時間も減らす。忙しい臨床の中で時短が叶う点は、単なるスペック以上に現場で価値を持つ。
【水溶性で洗浄容易】
ドライズペーストは水で簡単に洗い流せる性質を持つ。これは実際に使用する上で極めて重要なポイントだ。圧排後にペーストを除去する際、水スプレーや吸引で容易に洗い流せ、歯肉や歯面に残渣を残さない。残留物が印象材に混入したり、接着面を汚染したりするリスクを最小限に抑えている。またペースト色(特にブルー)は歯とのコントラストがはっきりしており、洗浄時に見落としが起きにくい。臨床的には「除去の確実さ」は品質保証に直結するため、この洗浄性と視認性の高さは重要なスペックだと言える。
【特別な器具の不要】
ドライズのシリンジは手持ちのまま押し出して使用できるよう設計されており、他社製品で時折必要なような専用ガン(ディスペンサー)を要しない。ペーストの押し出し圧が過剰に高くないため、一般的な指の力でゆっくり注入できる。これにより、新たな器具購入コストがかからず、導入障壁が低い。加えて、シリンジ一本あたり複数回の使用が可能な容量であるため、必要量だけ使っては蓋をして保存し、再度続きから使うこともできる。先端チップさえ交換すれば1本を無駄なく使い切れる仕様となっており、経済的である。このマルチユース可能な設計は、使い捨てカプセル型の材料に比べコストパフォーマンスに優れる。
以上のようなスペックにより、ドライズは「短時間で確実な止血・歯肉圧排を実現し、印象精度を高める材料」と位置付けられる。塩化アルミニウムによる化学的止血と、ペースト自体の物理的圧排力との組み合わせが、臨床アウトカムに寄与する設計である。歯科医師にとって、こうしたスペックは具体的なメリットとして実感しやすい。例えば「マージンがくっきりとれる」「印象採得の一発成功率が上がった」「患者が痛がらないのでこちらも安心して処置に集中できる」など、日々の診療の質を底上げするポイントにつながっている。
ドライズの使用方法と他素材との互換性
ドライズの使い方はシンプルだが、適切な手順を踏むことで最大の効果を得られる。まず、印象採得や修復処置の対象となる歯と周囲の歯肉を観察し、歯肉溝の状態を確認する。炎症がひどく出血が大量の場合は、ドライズのみでの対応は難しいため、事前のプロービングやプロフィラキシなどで極端な炎症をコントロールしておくことが望ましい。
使用時には、シリンジの先端キャップを外し、新しい使い捨てアプリケーターチップをねじ込んで装着する。チップは細く曲げられるステンレス製の管で、用途に応じて緩やかに曲げて角度を調整できる。臼歯部遠心などアクセスが悪い部位では、適度に曲げることで歯肉溝へ平行に挿入しやすくなる。曲げすぎ(90度以上)や何度も折り曲げ直すことは避けるべきである(金属疲労でチップが破折する恐れがあるため)。
準備ができたら処置歯を乾燥させ、歯肉溝内をエアで軽くブローして唾液や血液を一旦飛ばす。ただし完全に乾燥させすぎる必要はない。チップ先端を歯肉溝の入口付近に当て、シリンジをゆっくり押してペーストを歯肉溝に充填する。ポイントは歯肉溝の中に無理にチップを差し込まないことである。チップ先端はあくまで溝の入口に当て、ペーストの押し出し圧で自然に歯肉内に入り込むようにする。無理に突き刺すと歯周組織を傷つける可能性があるので注意が必要だ。
歯肉溝全周にペーストが行き渡ったら、その状態で約2分間静置する。この間、表面からエアを当てて乾かしすぎないようにする(ペーストが極端に乾燥すると除去しにくくなるため)。患者には口を軽く開けて動かず待機してもらう。必要に応じて、小さな綿球や圧排用のスポンジをペースト上から当て、軽く咬合圧をかけてもらう方法も有効である。こうすることでペーストが歯肉により密着し、圧排効果が高まる。特に複数歯の同時印象時などには、この咬ませる圧排で均等な加圧をすると良好な結果が得られる。
2分経過後、ペーストの除去に移る。水スプレーで十分に洗い流し、同時にバキュームで吸引して口腔内から除去する。ペーストが水に溶け出して容易に流れてくるのが確認できるだろう。残留物がないか、歯と歯肉の境目を目視で確認する。ブルーのペーストであれば色がはっきりしているため、見落としも少ないはずだ。必要であればエアで軽く吹き飛ばすか、超音波スケーラーのチップで表面をなぞって残渣を取る方法もある。ペーストの取り残しは厳禁である。印象材への混入や、後の接着操作への悪影響を避けるため、完全除去を徹底する。
ペースト除去後、歯肉は一時的に収縮し歯肉溝が開いた状態になっている。このタイミングで速やかに印象採得(または光学スキャン、修復充填など後続処置)を行う。時間が経つと再び歯肉が元に戻り、出血も再開する可能性があるため、手早く次のステップに移ることがポイントだ。
なお、ドライズは基本的に他の歯科材料や機器との互換性の問題は少ない。例えば各種の印象材(シリコーンやアルジネート、ポリエーテルなど)とも併用可能であり、ペーストをしっかり洗浄除去すれば材料の硬化不良等は報告されていない。ポリエーテル系の印象材は湿気や血液に弱いが、ドライズで事前に乾燥環境を作ることでむしろ安心して使えるようになる。また光学スキャナーでの印象採得(デジタル印象)にも有用だ。スキャン時にも唾液や出血は大敵なので、ドライズで短時間だけクリアな露出面を確保できれば精細なスキャン画像が得られる。デジタルでもアナログでも、ドライズは印象精度向上に貢献する。
一方で、金属との長時間接触には注意が必要である。塩化アルミニウムは金属を腐食させる可能性があるため、もし器具(プローブやピンセット等)にペーストが付着した場合は、使用後にきちんと水洗・清拭しておく。口腔内では短時間の作用なので問題ないが、例えばシリンジの外側などに付いたペーストが乾燥したままだと、そこから器具が傷むことがある。使用後のシリンジはキャップを閉めて密封し、表面をアルコール系消毒液で拭いて清潔に保管する。これにより1本のシリンジを次回以降も安全に使い回すことができる。なお、チップは使い捨てであるため患者ごとに新品を用いること。繰り返し使うと感染リスクだけでなく、物理的な破損リスクも高まる。
以上が基本的な使用方法であるが、臨床状況に合わせて応用も可能だ。例えば圧排糸との併用も選択肢の一つである。ドライズ単独で十分な歯肉拡張が得られない深い歯肉溝では、細い圧排糸をあらかじめ溝底部に軽く挿入してから、その上にドライズを充填する方法もある。ペースト除去時に糸も一緒に抜去すれば、より確実に広い圧排が達成できる。逆に、ドライズで止血後に改めて糸を入れる「ダブル圧排」のような使い方も考えられる。状況に応じて、ドライズを柔軟に他の圧排手段と組み合わせることでベストな結果を導けるだろう。
ドライズ導入による医院経営への影響
新しい材料や機器を導入する際、臨床的メリットだけでなく経営的な視点から採算が合うかを考慮することは重要である。ドライズの場合、その価格帯と効果から見て、比較的少ない投資で日々の診療効率を高められる可能性がある。
まず価格面から見てみよう。ドライズの標準セットはシリンジ0.85g×7本と使い捨てチップ15本が含まれ、医院向け価格で約12,000円ほどである(税別での目安)。1本あたりに換算すると約1,700円となる。ただし前述の通り、1本のシリンジで複数回の処置に使えるため、1症例あたりの実質コストは数百円程度に収まることが多い。例えば小規模な出血なら0.2g程度の使用で済むケースもあり、その場合1本で4〜5症例使える計算になる。このように、ドライズの材料費は1ケースあたり数百円のオーダーであり、印象材や接着剤など他の消耗品と比べても極端に高い負担にはならない。
一方、時間価値の面でドライズは経営に寄与する。従来法で圧排糸を使う場合、表面麻酔→圧排糸挿入→止血液塗布→待機、といった流れでしばしば5〜10分以上を要していた。ドライズなら2分間の待ち時間のみで圧排が完了するため、少なく見積もっても1症例あたり3〜5分は短縮できる可能性が高い。この時間短縮効果を積み重ねれば、例えば1日にクラウン印象を2件行うクリニックでは1日あたり約10分の節約になる。週5日で50分、月間で3〜4時間、年間では数十時間もの診療時間を生み出せる計算である。これはそのまま増患対応や別の収益活動に充てられる時間となり、ひいては売上増加や人件費削減(残業の抑制など)につながる。
患者満足度の向上も経営にプラスとなる。ドライズを使うことで麻酔注射を省略でき、かつ圧排時の痛みや不快感が軽減される。患者からすると「何か特別な薬で出血をすぐ止めてくれた」「痛くなくて助かった」といったポジティブな体験となる可能性がある。こうした体験の積み重ねは患者の信頼度向上につながり、リピート受診や紹介増にも貢献するだろう。直接的な金銭換算は難しいが、患者ロイヤリティの向上は長期的に医院の経営基盤を強化する。
また、補綴物の精度向上による再製作リスク低減も見逃せない。印象不良による補綴物の適合不良が減れば、やり直しによる無償再製作や再診のコストを削減できる。仮にドライズの使用で再印象率や補綴物の再作製率が下がれば、その分の材料費・技工費・チェアタイム浪費が防げるため、隠れたコスト削減効果があると考えられる。例えば保険のクラウンで一度の印象で済めば技工所への追加コストは0円で済むが、やり直しになれば追加の技工代や人件費が発生する。ドライズの数百円投入によってこうした損失が未然に防げるなら、投資対効果(ROI)は高いと言えるだろう。
初期導入コストについては、ドライズは消耗品であり高額な初期投資を要しない。専用ディスペンサーも不要であるため、事実上、最初の1セットを購入する費用のみで始められる。仮に効果を実感できなかった場合の撤退もしやすい点で、経営リスクは小さい。高額機器のように減価償却のプレッシャーもないため、スモールスタートで気軽に試すことができる材料と言える。
まとめると、ドライズ導入による経営インパクトは「1症例あたりわずか数百円のコストで、診療時間短縮や患者満足度向上、補綴物品質安定による利益確保が期待できる」と整理できる。数字で示せる直接効果に加え、間接的な効用も含めれば、限られた投資で得られるリターンは十分に見合う可能性が高い。ただし、使用頻度が極端に少ない診療スタイルでは、在庫を抱えたまま期限切れになる恐れもあるため、自院の症例数やニーズに応じた発注量を検討することも大切である。
ドライズを使いこなすためのポイント
ドライズは基本的に扱いやすい材料ではあるが、その効果を最大限に引き出し失敗なく運用するためのコツがいくつか存在する。ここでは導入初期によくある注意点や、実際に使ってみて気づくポイントをまとめる。
まず初回使用時の心構えである。圧排糸に慣れた術者にとって、最初は「本当にペーストでうまくいくのか?」と半信半疑かもしれない。そのため、可能であれば比較的コントロールしやすいケースから試すと良い。例えば炎症の少ない健康な歯肉での前装冠印象など、出血リスクの低い場面でドライズを使ってみる。そうすると、驚くほど簡単に歯肉が開き、マージンが明瞭になることを体感できるだろう。この成功体験が得られれば、自信を持って他の症例にも適用できるようになる。
ペーストの量と塗布テクニックも重要なポイントだ。適量はケースバイケースだが、歯肉溝から溢れ出してくるほど大量に入れる必要はない。むしろ少なすぎて歯肉全周を覆えないと効果半減なので、歯肉溝を一周しっかり埋める量を目安に出すことが肝心である。注入中にペーストがはみ出してきたら、一旦そこで止める。無理に押し込みすぎると、かえってペーストが歯面から離れてしまう。適度に均一な厚みでペーストが歯肉溝を満たしている状態がベストで、そのためにはゆっくり丁寧に注入することがコツだ。焦って一気に押し出すと狙った箇所以外に飛び散ったり、圧排効果がムラになるので注意する。
タイミング管理も見落とせない。2分という待機時間は従来より格段に短いものの、タイマーで測るなどしてしっかり守るべきである。短すぎれば止血が不十分となり、長すぎればペーストが乾燥しすぎてしまう。おおよその感覚で計るのではなく、時計を見て正確に2分前後をキープする習慣をつけよう。また、ペースト除去後は時間勝負であることを念頭に、印象材の練和やトレー準備などは事前に済ませておくとよい。つまり、ペースト注入〜洗浄までの間に、次工程の段取りを整えておく段取り力も問われる。段取り良く進めれば、除去後すぐ印象採得に入れるため、血が再び滲む隙を与えないスムーズな処置が可能となる。
スタッフとの連携も工夫したい点だ。ドライズ自体の塗布は歯科医師が行うとしても、その周辺の補助はアシスタントに依頼できる。たとえば注入前の唾液吸引や乾燥操作を適切に行ってもらうこと、タイマーで時間を計ってもらうこと、除去時にバキュームで確実に吸ってもらうことなどだ。あらかじめスタッフにドライズの使用意図と手順を共有し、チームで臨むことで、より効果的かつ迅速な処置が可能になる。新人スタッフがいる場合は、ペーストがどのように働くのかを模型などで一度見せておくと理解が深まるだろう。
患者への声かけも忘れてはならない。口腔内に青や緑のペーストを入れるので、患者から見ると少し驚くかもしれない。「今から歯ぐきに止血用のお薬を塗ります。2分ほどこのままお待ちくださいね。」といった一言を添え、何をしているか説明し安心させることが大切である。特に、ペーストが苦味や渋みを感じることがあるため、「少しお薬の味がするかもしれませんが心配いりません」と前置きしておくと親切だ。患者が不安なく協力してくれることで、こちらも作業に集中できる。
アフターケアとしては、ペースト除去後に歯肉が一時的に白く変色(軽い蒼白)して見える場合がある。しかしこれは収れん作用で組織から水分が抜けたためで、一過性のものである。患者からその点を聞かれたら、「すぐに血行が戻って元に戻ります」と説明すると良い。また、ドライズ使用後に接着操作(ボンディングやセメント)の工程が控えている場合は、残留物が一切ないことを再確認した上で進める。念のため、アルコール綿や水で歯面を拭ってからプライマーを塗布するなど、細心の注意を払えば安心だ。ドライズ自体はしっかり流せば接着阻害は起こしにくいが、万一僅かな残りがあるとエッチングや接着剤の浸透を妨げる可能性がゼロではない。特にレジン接着の場合は注意して損はない。
最後に、継続利用の工夫として在庫管理と期限管理が挙げられる。便利だからと大量購入しても、使用ペースが遅いと未開封シリンジのまま消費期限を迎えてしまう恐れがある。ドライズの未開封での保存期間は概ね2年程度(製造ロットに記載)であり、直射日光や高温多湿を避け適切に保管すれば品質は保たれる。開封後もキャップと密封袋で適切に保管すれば次回まで問題なく使える。ただし経年的にペーストが徐々に硬くなる可能性もあるため、定期的に使用状況を把握して計画発注することが望ましい。クリニックによっては月に数回しかクラウン印象がない場合もあるだろう。その場合は無理に大容量のバリューパック(25本セットなど)を買わず、7本セット程度から始めて使い切ったらまた補充するというサイクルが適切である。適正な在庫量を維持することでコスト無駄も防ぎ、常に新鮮な状態の製品を使い続けられる。
ドライズが適している症例・適さない症例
どんな材料にも得意不得意があるように、ドライズにも適応がより好ましいケースと、使っても効果が十分に発揮できないケースがある。ここではそれらを整理しておく。
まずドライズが適している症例として代表的なのは、歯冠修復における精密印象である。前歯部から臼歯部まで、支台歯のマージンが歯肉縁付近またはやや歯肉縁下に位置するクラウン・ブリッジの印象採得時に力を発揮する。健康な歯肉であれば少しの出血や滲出液は確実に抑えられ、マージンラインをくっきり露出させた状態で型取りができる。また、デジタル印象(口腔内スキャナー)でもドライズの恩恵は大きい。スキャナーは湿潤や血液にシビアなため、短時間でもドライフィールドが確保できればスキャン精度が格段に向上する。歯肉縁下0.5〜1mm程度までのマージンであれば、ドライズだけで十分対応可能で、複雑な圧排糸操作を省略できる。
コンポジットレジン修復においてもドライズは有用だ。たとえば2級う蝕で歯肉縁まで達する窩洞を形成した場合、マトリックスを装着しても歯肉からの出血で接着・充填が難渋することがある。そうした場面で、コンポジット充填前にドライズを歯肉縁に少量塗布し止血しておけば、確実にドライフィールドが得られる。そのまま洗浄・乾燥後にボンディング操作へ移行できるため、接着不良や気泡混入のリスクを下げられる。これは特に歯肉縁下のう蝕を扱う保存修復で大きな助けとなるだろう。
さらに補綴物の装着時にもドライズは役立つ。支台歯やインプラントアバットメントへのクラウン装着時、セメント操作中に歯肉から出血してしまうと、セメントに血液が混じって辺縁不適合や着色の原因になることがある。装着直前にドライズで周囲の歯肉を処置しておけば、クリアな環境で接着セメントを操作でき、余剰セメントの除去も容易になる。インプラントの場合、アバットメント周囲の軟組織は薄く出血しやすいが、ドライズで軽く圧排して止血しておくと、不必要に歯肉を焼いたり切除したりせずに済むのも利点だ。
一方、ドライズが適さない状況もある。まず重度の炎症や歯周病で出血が多いケースでは、ドライズ単独では止血が追いつかないことがある。歯肉が腫脹しプロービングで容易に出血するような状態では、そもそも印象の前に歯周基本治療を優先すべきだろう。無理にドライズで押さえ込もうとしても効果は一時的で、ペースト除去後すぐに出血が噴出する恐れが高い。こうした場合は根本的な歯肉治療を行った後に改めて印象をとるか、どうしても急ぐなら電気メスやレーザーでの歯肉整形といった別アプローチが現実的である。
深い歯肉縁下マージン(>約1.5mm)もドライズ単独では難しい領域だ。ペーストの圧排力には限界があり、非常に深い溝の底までは届きにくい。深いマージンでは二重圧排糸など物理的に歯肉を持ち上げる処置を併用しないと、マージン全周が露出しない可能性がある。ドライズを使うことである程度の出血は止まるが、十分な空隙が確保できずに印象材が入り込めないと意味がない。このようなケースではドライズ+圧排糸の組み合わせ、あるいは前述のように外科的に歯肉縁を整形するといった対応が必要だ。つまり、ドライズは浅~中等度の歯肉縁下に最も効果を発揮し、極端に深い場合は不得手と言える。
広範囲の出血や抜歯後の止血にも基本的には不向きである。ドライズは局所的な小出血を抑えるためのもので、口腔全体の広い部位からの出血(例えばフラップ手術後の創面出血など)に用いても、量が追いつかず効果は限定的だ。抜歯窩からの出血に関しても、ペーストを詰めるような想定ではないため、ガーゼ圧迫や止血剤ガーゼ(オキシセル等)の方が確実だろう。ドライズはあくまで歯肉溝という限定された部位で力を発揮する道具であり、その適応範囲を超える使い方は避けるべきである。
その他、患者が本製品成分にアレルギーを持つ場合も禁忌である。塩化アルミニウムやシリカ、セルロース系素材に対し既往的に接触過敏症のある患者には使用しないことが求められる。ただし非常にまれなケースであり、一般的には問題にならない。念のため、使用中に異常な痛みや灼熱感、発赤などが見られたら直ちに洗浄し中止する。適応を守り、安全に使用すれば、ドライズ自体がトラブルを引き起こすリスクは極めて低い材料である。
【 価値観別】ドライズ導入の判断ポイント
すべての歯科医院にドライズ導入が有用かというと、実際には医院の診療内容や経営方針によって向き不向きがある。以下に、代表的な医院タイプ別にドライズ導入判断の考え方を述べる。
1. 保険診療中心で効率最優先の医院
多くの患者を診る保険中心の医院では、1つ1つの処置をいかに効率化するかが鍵となる。ドライズは、印象採得を従来の5〜10分から2〜3分に短縮できるため、回転率の向上に大きく貢献する。時間に余裕が生まれれば、1日あたりの診療人数を増やすことも可能だ。材料コストへの意識は高いものの、トータルで見れば収益性の向上が見込める。効率を追求する医院ほど、ドライズ導入による時間当たり利益の最大化効果を実感しやすいだろう。
2. 自費診療中心で高付加価値サービスを志向する医院
審美歯科やインプラント・セラミック治療など自費中心のクリニックでは、患者への高品質な治療提供と快適な体験が最重視される。このタイプの医院にとってドライズは、まさにクオリティアップと患者サービスの両面でフィットするツールである。印象の精度向上はそのまま補綴物の質に直結し、自費治療の完成度を高める。