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歯科止血剤「サージセル」とは?使い方や価格、保険算定まで分かりやすく解説

歯科止血剤「サージセル」とは?使い方や価格、保険算定まで分かりやすく解説

最終更新日

抜歯や歯周外科の現場で、予想以上に出血が止まらず冷や汗をかいた経験はないだろうか。高血圧の患者や抗凝固薬服用中の患者の抜歯後に、圧迫止血や縫合だけでは不安な滲出出血が続く。従来はガーゼ圧迫やスポンゼル(吸収性ゼラチンスポンジ)の使用で対処してきたが、スポンゼルは供給不安から製造中止が決定している。このような状況で改めて注目されているのが、吸収性局所止血材「サージセル」である。

本稿では、サージセルの基本から臨床での使い方、価格や保険請求のポイントまで、ベテラン歯科医師の視点で徹底解説する。出血制御の悩みを抱える読者が、臨床的価値と医院経営的価値の双方からサージセルの導入効果を判断できるようになることを目指す。

製品の概要

サージセル・アブソーバブル・ヘモスタットMD(一般的名称:吸収性局所止血材)は、ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社(エチコン)が提供する止血用の医療材料である。主成分は酸化再生セルロースという植物由来の繊維素材で、これを編状または綿状のシートに加工している。用途は各種手術時の補助的止血であり、結紮や圧迫では不十分な出血部位に貼付・充填して使用する。歯科領域では抜歯や歯周外科、小手術での止血補助が主な適応となる。サージセルは高度管理医療機器(クラスIV)に分類され、2022年末に歯科診療での保険収載が認められた比較的新しい製品である。以前から医科領域では「酸化セルロース製剤」として40年以上使用実績があったが、日本では長らく薬剤扱いで低価格に抑えられていた経緯がある。しかし2022年12月に医療機器として承認・保険適用されたことで、現在は歯科でも正式に使用・請求できるようになっている。製品ラインナップは形状によって大きく二種類に整理されており、一つは綿状の「綿型」(ふんわりしたコットン状シート)、もう一つは編まれた「織布型」(ガーゼ状およびニューニット状シート)である。それぞれ複数サイズが用意されており、小さいものは数センチ大から、大きいものは10センチ超のシートまで揃っている。歯科では主に小型サイズ(例えば綿型2.5×5.1cmやガーゼ型5.1×7.6cmなど)が扱いやすく、多く使用されている。

主要スペック・特性

サージセルの特徴を理解するには、その素材特性と止血メカニズムに着目するとよい。酸化再生セルロース製のシートは乾燥状態では白色〜淡黄色でガーゼや綿に似た質感だが、血液を含むと速やかにゲル状に膨潤する。この膨潤によって創面を物理的に圧迫し、血液成分と絡み合って凝血塊の形成を助けるのが主な作用機序である。薬剤的な凝固促進成分を含むわけではないため、本質的には物理的止血材であり、手技としての縫合や圧迫の代替ではなく補助手段として機能する点が重要だ。また、酸化セルロースはpHが酸性(血液と反応すると軽度の酸を生成)であり、この環境が血液凝固を促進するとともに殺菌的な作用を示すことが報告されている。ただし抗菌作用は試験管レベルで認められるものに過ぎず、術後感染予防のための抗生剤代替にはならないことが添付文書で注意喚起されている。

吸収性もサージセルの重要なスペックである。使用後に体内へ残留した場合でも、概ね約2週間で生体に吸収・分解されるとされている(吸収速度は使用量や部位によって若干異なる)。これは同じ止血目的で用いられるゼラチンスポンジ(スポンゼル)に比べるとやや速い吸収スピードである。スポンゼルはコラーゲン由来のスポンジで完全吸収には4〜6週間程度を要するとされており、長期的に残存すると肉芽の過剰形成を招くこともあった。サージセルは比較的速やかに吸収されるため、創部への長期残留リスクは小さい。ただし、吸収性だからと言って全て残して良いわけではない。特に骨面や狭小部位では、止血後に可能な限り除去することが推奨されている。酸化セルロース自体は生体適合性が高いものの、大量の残留は骨再生を妨げたり異物反応を引き起こす恐れが報告されているからである。したがって「必要最小限の量で確実に止血し、その後は余剰分を取り除く」という使い方が基本スペックを活かす上で重要になる。

形状別の特性としては、まず綿型(コットンタイプ)のサージセルは繊維が絡み合った綿状構造で、ふわりと柔軟なのが特徴である。手で裂いたりハサミで自由にカットしやすく、凹凸のある創面や小さな抜歯窩にも密着させやすい。綿花のように繊維がバラバラにならず薄手のシート状を保つため、細かくちぎっても扱いやすい利点がある。一方、織布型(ガーゼタイプおよびニューニットタイプ)は規則的に編まれた繊維シートで、綿型よりもしっかりしたコシがある。ガーゼ型は薄手で折り畳みやすく、広い面積の創面を覆うのに適する。たとえばフラップ手術後の骨露出面に被覆して縫合すれば、広範囲の滲み出る出血を抑えるのに効果的である。ニューニット型は繊維密度が高く厚みもあるため止血効果と強度がさらに高い。血管からの浸出が強い部位や、多少引っ張りながら固定するような使い方(例:血管断端への巻き付け)をしても破れにくいよう工夫されたタイプである。ただし、歯科の通常診療ではニューニットまで必要となる場面は限られており、メーカーの市場予測でも歯科では主に織布型(ガーゼ)が使われ、綿型の需要は一部に留まるとされている。以上のように、サージセルは迅速なゲル化による物理的止血、酸性環境による凝固補助効果、生体内で吸収される安全性といったスペックを備えつつ、形状バリエーションによって様々な術野に対応できる柔軟性を持つ点が特徴である。

サージセルの使い方と院内での運用

実際の使用方法はシンプルだが、いくつか押さえるべきコツがある。まず施術者は滅菌手袋ないし清潔鉗子でサージセルを扱う。製品は個包装の滅菌シート状で提供されるため、必要なサイズを清潔操作で取り出し、出血部位に乾いたまま直接当てる。水や生理食塩水で湿らせる必要はない。むしろ乾燥状態の方が血液を素早く吸収しゲル化が促進される。創面が血液でプールしているような状態なら、一度軽く吸引やガーゼで血液を除去し、ジワジワ出血する面が露出した状態でサージセルを貼ると効果的である。貼付後は適度な圧迫を加えて数十秒〜数分保持する。止血材自体がゲル化して創面に貼り付くため、強い力は不要だが、しっかり密着させることで短時間で止血が得られる。特に抜歯窩内に挿入する場合は、指や綿子でグッと押し込むより鉗子で軽くパッキングするようなイメージで詰め、ガーゼを被せて患者に咬合圧迫してもらうと良い。

止血達成後の処置がサージセル使用の重要ポイントである。基本方針は「過剰な残存は避ける」である。具体的には、創面から出血が止まったのを確認したら、創外にはみ出している余分な部分や、役目を終えた部分を取り除く。たとえば抜歯窩に綿型を充填していた場合、凝血が確認でき次第、ピンセットでその端をつまんでそっと引き抜く。全部抜去すると再出血しそうな場合は、一部を残してもよいが、骨面に張り付いた部分はできるだけ除去する配慮をする。縫合を併用している場合も、結節部からはみ出したサージセル片は切り取って除去する。これらの操作はすべて無理なく行える範囲で構わない。出血リスクが高い症例ではあえてサージセルを創内に残したまま縫合し、二次止血効果を狙うこともある。その際は吸収されることを前提に残置するが、上述の骨治癒への影響も踏まえ、必要性の高い部位に限定し小さい断片のみ残す方が安全である。

院内運用の観点では、まず在庫管理と使用タイミングの見極めがポイントになる。サージセルは比較的高価な材料であり、使えば保険償還されるとはいえ無制限にストックしておくのは経営上好ましくない。頻繁に外科処置を行う医院であれば箱単位で確保する必要があるが、使用頻度が低い一般的な開業医であれば、緊急用に少量だけ仕入れておく形でも良いだろう。滅菌製品ゆえに有効期限も設定されているため、使わずに期限切れで廃棄という無駄が出ないよう注意したい。在庫品は直射日光や高温多湿を避けて保管し、パッケージ破損がないか随時チェックする。スタッフへの周知としては、サージセルを使用すべき場面の判断を院内で共有することが重要だ。基本的には「通常の圧迫・縫合では不十分または不安な出血」が目安となる。抜歯後の止血で言えば、健康な若年者の単純抜歯ならガーゼ圧迫のみで済むことが多い。一方で抗血栓療法中の患者、高血圧や肝機能低下で止血が遅れがちな患者、広範囲骨削除を伴う抜歯や嚢胞摘出などはサージセルの出番といえる。術前カンファやオペ介助者との申し送りで「あらかじめ出血多そうだからサージセル準備」などと共有しておけば、術中のバタつきを防ぎスムーズである。

なお使用時の安全管理として、誤飲・誤嚥への配慮も欠かせない。サージセルは軽く小さなシートなので、麻酔下とはいえ患者の不意の動きで口腔内に落下・迷入する可能性がある。特に上顎や舌根部の処置で用いる際は、必ず開口下で鑷子(せっし)に保持した状態で操作し、離すのは確実に所定位置へ圧迫する瞬間のみとする。もし患者が咳反射を起こしたらただちに除去し、気道内への転落を防ぐ。耳鼻咽喉科や歯科でサージセルを使用する場合、患者による誤吸引に注意せよと添付文書にも明記されている。術後の患者説明では、「傷口に吸収される止血ガーゼを入れてあります」と簡潔に伝えると良い。まれに口腔内で一部溶け残った繊維片が剥がれてくることがあり、患者がそれを異物と思ってしまうことがあるためだ。「自然に溶けてなくなるもので、もし途中で少し出てきても問題ありません」と説明しておけば患者も安心する。最後に、サージセル使用後の創部は一見して安定していても、術後数日は出血再発に注意する。術後管理においては他の止血処置と同様、強いうがいや飲酒・入浴制限などの指導を徹底し、万一出血がぶり返した際は来院してもらう旨を伝えておくことが肝要である。

コストと医院経営への影響

サージセル導入に際して気になるのが費用対効果だろう。まず直接的な費用として、サージセルは歯科診療で保険算定可能な特定保険医療材料である。令和4年12月の保険収載時に設定された償還価格は、綿型(標準型)は1gあたり12,700円、織布型は1cm²あたり48円である。この面積・重量単価に基づき各サイズごとの価格が定められており、例えば綿型小サイズ(2.5×5.1cm、約0.45g)は1枚あたり5,715円、ガーゼ型小サイズ(5.1×7.6cm)は1枚1,860円といった具合である。診療報酬上は歯科では材料区分コード「歯科#035 デンプン由来吸収性局所止血材」として位置づけられ、処置に用いた枚数・規格に応じてレセプト請求できる。患者の自己負担は通常の治療と同様に1~3割となるため、例えば5,700円の材料なら患者負担はおよそ1,700円程度(3割負担の場合)となる計算である。保険請求ルール上は抜歯や手術の点数とは別に材料費として算定可能なので、医院側は実費をきちんと補填される仕組みになっている。むしろ旧来スポンゼルを使用していた頃より高額な設定であるため、製品仕入れ値によっては若干の利益が出る可能性すらある(特材には仕入れ価格と償還価格の差益が認められている場合がある)。したがって、必要と判断した症例には遠慮なく使用し請求すれば、経済的な負担が医院に残ることはない。

間接的な経営インパクトも考察してみよう。ひとつはチェアタイム短縮による効率化効果である。難治性の出血が起きたとき、サージセルなしで対応する場合は長時間のガーゼ圧迫や追加の縫合措置などで10分以上椅子を塞ぐことも珍しくない。医師とアシスタントがその間つききりになる人件費的コストもあるし、他の予約患者を待たせる機会損失も発生する。それに対しサージセルを用いれば、より短時間で確実に止血を完了できるため、結果的に診療回転率を維持できる。特に保険診療中心で患者数を多く回すスタイルの医院では、1症例あたり数分でも時間短縮できることは診療効率向上に直結する。また術後合併症の防止という観点からのメリットもある。適切に止血が行われず血腫ができたり、再出血で夜間に患者から緊急連絡が入ったりすれば、その対応に追われて本来の業務に支障をきたす。サージセルの使用でそうしたトラブルを減らせれば、患者満足度向上とスタッフ負担軽減につながり、結果的に医院経営の安定化に寄与するだろう。特に高齢患者や全身疾患を持つ患者の口腔外科処置を安心して受け入れられるようになることは、診療の守備範囲拡大につながる。以前はリスクを恐れて大学病院や口腔外科専門医に紹介していた症例も、自院で対応可能になれば、そのまま自費治療(インプラント等)へ移行するチャンスを逃さずに済む。こうした潜在的な増収効果もサージセル導入のROI(投資対効果)の一部と考えられる。

一方で留意すべき経営面のポイントもある。サージセルは前述のように高額材料であり、患者には追加費用の説明が必要だ。保険内の処置とはいえ、数千円の材料費が生じることに対して患者の理解を得る説明力が求められる。多くの場合、「出血が止まりにくいので保険で認められた止血材を使います」とひと言断れば了承されるが、中には費用を敏感に気にする患者もいる。その際は「通常より出血リスクが高いため安全策として用いる」「使わない場合、後で出血すれば再処置の負担がかかる」など、患者利益に直結する理由を示すと納得してもらいやすい。また医院によっては、保険請求の事務処理にスタッフが不慣れで最初戸惑うかもしれない。レセプトへの記載方法(材料名とコード、枚数など)はメーカーや歯科医師会から情報提供が行われているので、事前に請求方法を確認して院内マニュアル化しておくとスムーズである。総じて、サージセル導入のコストは適切に運用すればほぼ保険でカバーされるため、経営上大きな負担にはならない。そして診療効率や安心感の向上というリターンを考えれば、コストパフォーマンスは決して悪くないと言える。

使いこなしのポイント

サージセルを真に有効活用するには、単に製品の存在を知るだけでなく術式全体の中で適所に組み込む工夫が求められる。まず導入初期には、実際に使ってみる症例選びが大切だ。例えば初めてサージセルを試すなら、抜歯後の止血が不安な高齢患者などがお勧めである。抜歯と同時にサージセルを使用し、止血の具合や取扱い感覚を経験すると良い。最初は「あまり血が出ていないけど試しに使ってみる」くらいの軽い気持ちで構わない。何例か使う中で「ここで使うと効果的」というパターンが掴めてくるだろう。筆者の経験では、縫合してもジワジワと滲むような出血にサージセルを併用すると劇的に止血が安定する。また骨面からの点状出血にはガーゼ型をふわっと被せて縫合に巻き込むと、術後の腫脹や血腫形成が抑えられた。逆に粘膜表面の出血(粘膜裂傷部など)は圧迫で概ね対応可能なので、サージセルなしでも十分なことが多い。このように症例を通じて適不適を見極めることで、使いどころの勘所が養われる。

術式上のコツとしては、サージセルと他の止血手段との併用バランスが挙げられる。先に述べたように、サージセルはあくまで補助材なので基本は物理的止血操作を優先する。具体的には、明らかな出血点があれば電気メスで凝固したり糸結紮で結ぶことが先決である。その上で微細な出血が残る範囲にサージセルを当てて最終止血とすると安心感が高い。縫合との順番も工夫の余地がある。筆者はフラップオペなどで縫合前に創面へサージセルを置き、その上から縫合糸で押さえる方法をとることがある。こうすると縫合時に針で組織を貫通させる刺激で一時的に出血しても、すぐサージセルが吸収して凝固を助けてくれる。特に広範囲骨削除後のような面からの滲出に有効なテクニックだ。ただし大量のサージセルを挟み込むと逆に縫合不全になるため、薄く1層程度に留めるのがコツである。また抜歯窩への使用では併用薬剤にも工夫ができる。例えば難抜歯後の疼痛と出血対策として、サージセルに止血剤だけでなくアルギン酸Zn液や収れん性の軟膏を少量染み込ませて入れるケースもある。ただし公式には薬剤との組み合わせ効果は示されておらず、酸化セルロースと相互作用のないものを自己責任で応用する範囲となる。メーカー資料によれば硝酸銀など腐食性の薬剤と併用すると吸収が妨げられる恐れがあるとのことで、止血目的で硝酸銀焼灼を行うような場合はサージセル残置を避けた方がよい。

スタッフ体制と教育の面では、サージセルを扱うのは歯科医師だけでなくアシスタントも含めたチームである点に留意する。オペ介助の歯科衛生士や看護師には、サージセル準備の手順や開封方法を事前に伝えておく。例えば「Drが『サージセル頂戴』と言ったら○○の引き出しから未開封パックを出してミラーに載せる」等、手順をシミュレーションしておくと手際よく動ける。院内勉強会でサージセルの実物を見せ、「これが血で溶けて固まるんですよ」と説明すれば、スタッフも興味を持ちチームとして有効活用しようという意識が高まるだろう。また事務スタッフにも、材料コードやレセプト記載方法を周知しておく必要がある。新しい材料ゆえ最初は戸惑うかもしれないが、一度請求まで回せば難しいことはない。もしレセコン(レセプトコンピュータ)に未登録の場合は業者やシステム担当に連絡しコードを追加してもらうとよい。

最後に患者コミュニケーションのポイントだ。サージセル自体は術中に患者が直接目にするものではないが、術後の説明でひと言触れておくと安心につながる。特に追加費用がかかった場合、「傷口に特別な止血シートを入れてあるので少しお薬代が高くなっています」と伝えると良い。患者から「入れっぱなしで大丈夫ですか?」と尋ねられた際は、「体に吸収されるものなので心配いりません」と説明する。過度に専門的に説明する必要はないが、「従来よりもしっかり血が止まるようになっている」「自然に溶ける材料」といった安心ワードを盛り込むと患者の信頼感は高まる。筆者の場合、サージセル使用後に患者から「今回は出血もほとんどなく痛みも楽でした」と感謝された経験がある。こうしたポジティブなフィードバックはスタッフの士気向上にも寄与するため、共有して医院全体で新しい止血対策を使いこなしていきたい。

適応と適さないケース

サージセルが威力を発揮するケースとしては、まず通常の止血法では不十分な出血が挙げられる。具体的には抗凝固薬を服用している患者の抜歯は代表的だ。こうした症例では術後出血のリスクが高く、ガーゼ圧迫と縫合だけでは不安が残ることが多い。実際、抗血栓療法患者の抜歯後出血率は通常より高いが、サージセルやスポンゼルを併用すればかなりリスクを下げられるという報告もある。さらに大きな嚢胞摘出や骨造成手術など、創面が広い処置でも適応となる。顎堤形成術(骨のトリミング)では広範囲の骨面から少量出血が持続するが、ガーゼ型サージセルを貼って縫合すれば良好に止血できる。難抜歯での骨削除や粘膜剥離後も同様で、抜歯窩再掻爬術で肉芽を取った後に出血しやすい場合なども有用だろう。また口腔外科領域の小手術(小さな良性腫瘍の摘出、生検後の止血など)にも幅広く使える。基本的に「血がにじみ出て困る創面」であればサージセルは適応と考えてよい。

反対に適さないケースや注意すべき場合もある。まず明らかな大出血には向かない。動脈性の出血や静脈洞の損傷など、大量に噴出するような出血は、サージセルでの対処は不十分である。こうした場合は直ちに血管をクリップ・結紮するか、強圧子で圧迫しながら救急対応とするべきで、サージセルの出番ではない。同様に、止血できていないままサージセルを押し込むのも誤用である。サージセルはあくまで止血を補助する材料なので、出血点が大きいままでは材料が血液で飽和してしまい機能しない。適応はあくまで「通常の処置後に残る微小な出血」であることを肝に銘じたい。

次に感染創や汚染創では慎重な判断が必要だ。サージセルは異物なので、感染部位に残置すれば合併症の誘発リスクがある。急性炎症の強い患部や膿瘍開窓後の空洞などに充填するのは避けたい。どうしても必要であれば、止血確認後になるべく除去し、抗菌薬投与など全身管理も併用する。骨への影響にも注意がいる。前述の通り、骨折部や抜歯窩内にサージセルを詰めたままにすると骨再生が遅れたり嚢胞形成の報告がある。そのため将来的に骨癒合させたい部位には長期間残さないことが原則となる。例えば抜歯後にインプラント埋入や骨移植を計画しているサイトでは、サージセル残置は適さない。どうしても止血で使った場合も、後日二次手術前には残留物がないか確認し、掻爬除去してから骨造成に移るべきだろう。さらに代替アプローチがある状況では無理にサージセルを使わない判断も必要だ。例えば出血源が限局しており凝固剤の局所投与(例:トロンビン液など)で止められるならそれでも良いし、患部を高位に挙上して安静にすることで止血できるならそれに越したことはない。要はサージセルは「最後のひと押し」としての材料なので、そこまでしなくても止まる血には不要ということである。

他の止血材との比較についても触れておこう。歯科で長年使われてきたスポンゼル(吸収性ゼラチンスポンジ)との違いは、素材が動物由来コラーゲンか植物由来セルロースかという点に始まり、止血挙動にも差がある。スポンゼルは海綿状のスポンジが血液を吸って膨らみ、物理的に空隙を埋めることで止血する。一方サージセルは編布や綿が血液と反応してゼリー状に変化し、表面をコーティングして止血する。吸収速度はサージセルの方が速く、スポンゼルはしばらく傷内に残留して線維組織へ置換されるまで時間がかかる。止血効果そのものはどちらも有効だが、筆者の体感ではサージセルの方が初期の止血スピードが速く感じられる。一方でスポンゼルは膨潤力が高いため、抜歯窩のように空洞を隙間なく埋めて圧迫する用途では優れていた。実際、国内のガイドラインでも「後出血率に差がないならコストの安いスポンゼルが推奨される」とされてきた経緯がある。しかしそのスポンゼルが2026年で販売終了となるため、今後は事実上サージセルへの一本化が進む見込みだ。他に歯科で用いられる止血材料としては、止血剤含浸ガーゼ(アドレナリン含有ガーゼ等)やフィブリン糊製剤(タコシール等の組織接着シート)がある。フィブリン糊は生物学的接着で止血する高度な製剤だが、高価で操作も煩雑なため一般歯科で使われることはまずない。結局、手軽さと有効性のバランスで吸収性止血材として現時点で現実的なのはサージセルと言えるだろう。

導入判断の指針(読者タイプ別)

開業医と言っても、その診療方針や経営戦略によってサージセル導入の優先度は変わる。いくつかのパターン別に、導入判断のポイントを考えてみたい。

保険診療が中心で効率最優先の医院の場合

日々多くの患者を診察し、短時間で高回転の診療を志向するクリニックでは、サージセルは「時短アイテム」としての価値がある。このタイプの医院では抜歯や小手術も日常的に行うが、とにかくチェアタイムを伸ばさずトラブルなく終えることが肝心だ。そうした中で難治の出血に遭遇すると、その日は予約全体が狂いかねない。サージセルを導入しておけば、止血に手間取って診療が滞るリスクを低減できる。実際、圧迫止血で15分かかっていたものが、サージセル併用で5分に短縮できれば、大きな効率アップである。また保険収載済みなのでコスト回収もしやすく、純粋に止血目的であれば算定要件を満たす限り問題なく請求できる。気をつけたいのは、効率重視ゆえに「使わなくてもいいケースにまで漫然と使ってしまう」ことだ。患者の負担も増えるので、あくまで必要な症例を見極めて使うメリハリが求められる。総じて、効率重視型の医院にとってサージセルは診療の安定剤と言える存在で、導入メリットは大きいだろう。

高付加価値の自費治療を追求する医院の場合

インプラントや審美治療など自費診療中心のクリニックでは、患者は高額費用に見合うクオリティと安心感を求めて来院する。そのため術中術後の安全対策や快適性には特に気を配りたい。このタイプの医院では、サージセルは「患者満足度を高める品質投資」として位置づけられる。自費オペでは保険請求はできないものの、材料コストは治療費に内包できるため大きな問題にはならない。料金に見合う最高のケアとして、必要とあらば迷わず止血材を投入することがブランド価値の維持につながる。たとえば全顎的なインプラント手術であれば、多少コストがかかってもサージセルや他の止血デバイスを駆使して術後出血ゼロを目指すことが患者の信頼を生むだろう。また高付加価値志向の院長は、新しい材料や技術を取り入れる意欲が高い傾向がある。サージセル導入によって「うちは最新の止血対策も講じています」と胸を張れるのは、他院との差別化ポイントにもなる。ただし注意点として、自費診療の場合は混合診療の禁止に抵触しないよう留意が必要だ。保険外の処置中にサージセルを使っても保険請求はできないため、そのコストは医院負担または自費治療費に転嫁する形になる。この辺りは経営判断となるが、全体治療費に織り込める範囲であれば積極的に活用して良いだろう。結論として、付加価値重視の医院にとってサージセルは患者への安心提供と医院の信頼性向上につながるアイテムであり、導入価値は十分にある。

口腔外科・インプラント処置が中心の医院の場合

日常的に難易度の高い外科処置を行っているクリニックや口腔外科専門医院では、サージセルはほぼ必須の備えと考えられる。このタイプの医院では既にスポンゼル等の止血材を駆使してきた歴史があり、サージセルへの移行も自然な流れだろう。特に全身疾患を抱える紹介患者を多く扱う場合、些細な出血でも合併症につながるリスクがあるため、安全策を講じられるものは全て用意しておきたい。サージセル導入により、入院設備のないクリニックでも小規模手術の止血管理を院内完結しやすくなる。経営面でも、難症例を安全にこなせることは良好な治療成績と口コミに直結するため、ひいては患者増にもつながる。おそらくこの種の医院では、サージセルだけでなく他の高度止血デバイス(例えば前述のフィブリンシート「タコシール」や、自己血由来のフィブリン膜(PRF)など)も選択肢に入ってくるだろう。それぞれコストや作用機序が異なるので症例に応じて使い分ける戦略が求められる。例えば抜歯後ソケットにはサージセル、広範囲剥離創にはタコシール、骨造成時の止血はPRF膜で兼用、等である。サージセル自体は万能ではないが、他の止血法と組み合わせることで外科処置全般のリスクマネジメントが飛躍的に向上する。その意味で、外科を標榜する医院においてサージセル未導入というのは考えにくく、現時点で用意していないなら早急に検討すべきと言える。

よくある質問(FAQ)

Q. サージセルを傷口に入れたままにして本当に大丈夫でしょうか?

A. 基本的には問題ありません。サージセルは生体内で自然吸収されるよう設計された素材であり、多くの場合術後に体内で分解・吸収されて消失します。特に少量であれば約2週間程度でほぼ吸収されるため、残しておいても体内に異物が蓄積する心配はない。ただし、大量のサージセルが残留すると稀に異物肉芽や嚢胞の原因となる可能性が報告されています。そのため、止血が達成したら必要最低限の量だけ残し、余分は取り除くという使い方が安全です。また骨面にべったり貼り付いたまま放置すると骨の治りが遅れる可能性があるため、抜歯窩などでは止血後になるべく除去するのが望ましい。正しく使えばサージセル残置による有害事象は極めて少なく、世界中で安全に使用されています。

Q. スポンゼルと比べてサージセルの利点・欠点は何ですか?

A. 利点: サージセルは止血効果の発現が速く、吸収されるまでの時間も比較的短いことが利点です。酸性の作用で細菌増殖を抑える働きも期待でき、術後感染のリスク低減に役立つ可能性があります。またガーゼ状・綿状と形態のバリエーションがあるため、用途に応じて使い分けやすい点も優れています。 【欠点】一方、スポンゼルに比べて価格が高い(保険償還価格が上がった)ことがデメリットと感じられるかもしれません。ただ保険診療なら償還されるため医院負担は実質的に増えません。操作性の面では、スポンゼルはスポンジ状で歯槽孔に詰めやすい利点がありましたが、サージセル綿型も同様に充填は可能です。スポンゼルは供給終了となりますので、今後はサージセルが事実上の代替品となります。まとめると、サージセルはスポンゼルの代わりとして有効であり、若干のコスト増を除けば臨床的性能は同等かそれ以上と考えて差し支えありません。

Q. サージセルはどんな処置でも保険で算定できますか?

A. 算定できるのは保険診療の外科処置に付随する場合のみです。具体的には、抜歯や歯周外科手術、嚢胞摘出術など手術処置の際に止血目的で使用した場合に保険請求が可能です。レセプト上は特定保険医療材料として使用枚数と規格を記載して算定します。ただし、例えば自費のインプラント手術や保険外診療で用いた場合には保険請求できません(混合診療の禁止のため)。その場合の材料費は患者からの自費治療費に含めていただくことになります。また、ごく小さな処置(単純なスケーリング時の出血など)に使っても保険で認められるものではなく、あくまで外科手術に準じた場面での使用が前提です。算定要件を満たしている限り、2022年12月以降はサージセルを用いた止血は歯科でも正式に認められていますので、カルテに使用理由を記載した上で適切に請求してください。

Q. サージセルの使用で術後の痛みや治癒は変わりますか?

A. サージセル自体には鎮痛成分や治癒促進成分は含まれていません。しかし止血が安定することで結果的に疼痛や治癒経過が良好になるケースはあります。例えば抜歯後、しっかり血餅が形成されればドライソケットの予防につながり痛みも減りますし、出血が長引かなければ炎症も抑えられやすくなります。一方、サージセルを残置した場合、一時的に組織反応で軽い腫れや違和感が出ることがあります。これは異物に対する正常な反応で、数日で収まることがほとんどです。適切に除去すべき部分を除いていれば過剰な炎症を引き起こすことはまずありません。つまり、サージセル自体が特別に痛みを和らげたり傷を治したりするわけではないものの、止血を確実にすることで間接的に良好な治癒環境を整える効果が期待できると言えるでしょう。

Q. サージセルはどこで入手できますか?価格はいくらでしょうか?

A. サージセルはジョンソン・エンド・ジョンソン(エチコン)の製品で、歯科ディーラー経由で購入できます。メーカーやディーラーのカタログに「サージセル・アブソーバブル・ヘモスタットMD」として掲載されています。価格はサイズや形状によって異なりますが、前述のように保険償還価格では小さい綿型1枚が約5,700円、ガーゼ型小が約1,800円、大きいシートでは1枚1万円を超えるものもあります。実際の仕入れ値は医院とディーラーとの契約によりますが、概ね償還価格前後に設定されるでしょう。1箱あたりの枚数は製品によりますが10枚~12枚入りが多く、箱単位では数万円から数十万円の発注となります。初めて導入する際は、よく使うと思われる小サイズを1箱だけ試験的に購入し、様子を見るのがおすすめです。なお、2024年4月以降は古い薬剤版サージセルは販売中止となり、現在市場に出回っているのは全て医療機器版サージセルMDですので購入の際は注意してください。購入後は有効期限の管理を怠らず、期限内に使い切る計画でストックしておきましょう。