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歯科で使う止血剤「ヘモデント液」とは?用途や効果を分かりやすく解説

歯科で使う止血剤「ヘモデント液」とは?用途や効果を分かりやすく解説

最終更新日

クラウンの印象採得直前、削合した支台歯の周囲からじわりと出血がにじむ―経験豊富な歯科医師なら、一度はこの冷や汗をかいた場面を思い出すであろう。綿球で圧迫しても止まりきらない歯肉からの出血に、アシスタントはシリンジを手に印象材の硬化時間を気にしている。わずかな出血が精密な印象を台無しにし、最悪の場合は再印象や補綴物の作り直しになれば、チェアタイムのロスやコスト増にも直結する。

このような場面で頼りになるのが、歯科用の局所止血剤である。本稿ではヘモデント液に注目し、その臨床での活用方法と効果、さらに医院経営における利点を解説する。単なる製品紹介に留めず、現場目線での実感も交え、ヘモデント液の導入によって得られる診療上の安心感と経営面の効率向上につながるポイントを探っていく。

製品の概要

ヘモデント液は、米国Premier社が製造し日本では白水貿易株式会社が扱う歯科用の止血剤(歯肉圧排材)である。主要成分は塩化アルミニウムで、その濃度は約21%とされる。インレーやクラウンの装着前、印象採得時、深いう蝕の充填処置時など、歯肉からの軽度な出血を一時的に抑える目的で使用する。歯肉を収れん(ひきしめ)させる薬剤を含有する圧排材として医療機器承認も取得済みであり、歯科医院で日常的に使用できる。エピネフリン(アドレナリン)を含まない処方であるため、心疾患のある患者にも用いやすく、使用中に全身的な影響(動悸や血圧上昇)を与えにくい点も特徴である。

本製品は無色透明の液体で、通常は10mL入りのボトルで提供されている。液体状であるため、そのまま患部に塗布するよりも、綿製の歯肉圧排用糸(いわゆる圧排コード)や綿球に浸して適用するのが一般的である。50年以上にわたり世界中で使用されてきたロングセラー製品であり、日本でも多くの臨床現場で支持されている。

主要スペックと臨床的意義

成分と止血効果

ヘモデント液の有効成分である塩化アルミニウム(AlCl3)は強い収れん作用を持つ。約21%という濃度は、歯肉組織に対し過度な炎症や壊死を起こさずに、毛細血管からの出血を効果的に制御できるバランスである。塩化アルミニウムは歯肉表面のタンパク質を一時的に凝固させ、毛細血管を縮小させることで小出血を速やかに抑える。適用後数分で一過性の虚血状態を作り出し、その間に確実な印象採得や充填操作を可能とする。また、歯肉が収縮するため歯肉縁下のマージンがわずかに露出しやすくなり、精密な型どりに寄与する。

エピネフリン非含有の利点

一部の圧排用材料ではラセミエピネフリン(アドレナリン)が用いられてきたが、全身への吸収により一時的に心拍数や血圧を上昇させるリスクがある。対してヘモデント液はエピネフリンを含まず、局所止血効果においてもエピネフリン使用時と比べ遜色がないとされる。そのため、心疾患を抱える患者や高齢者に対しても安心して適用できる安全性上のメリットがある。実際、5分程度で止血効果はほぼ安定し、エピネフリン含有糸のように止血後に反動で出血がぶり返す現象も起こりにくい。

他の止血剤との比較

ヘモデント液は無色透明であり、硫酸鉄系の茶褐色ジェル状止血剤と異なり歯や歯肉を着色しない。硫酸鉄製剤は血液と反応して黒色の沈着物を生じ、審美領域では歯肉が変色して見えることがあるが、ヘモデント液はそのような変色リスクが低い。また、緩衝処方が施されているため酸性度の割に組織刺激が少なく、使用後適切に水洗すれば印象材や接着面への悪影響もほとんど残らないとされる。保存安定性にも優れており、未開封時の有効期限は約3年と長いため、頻度の少ない医院でもボトルを使い切る前に品質が劣化する心配が少ない。

互換性と運用方法

基本的な使用手順

ヘモデント液はそのまま滴下すると流れやすいため、圧排糸や小さな綿巻(綿球)に十分に染み込ませてから歯肉に適用する。具体的には、あらかじめディスポーザブルの小皿などに数滴のヘモデント液を出し、圧排糸を浸潤させる。次に、出血している歯肉溝にその糸を慎重に挿入し、数分間留置する。必要に応じて患者に咬合圧をかけてもらうための圧排用キャップや綿巻を併用し、圧迫止血の効果を高めてもよい。2〜5分程度で止血効果が得られたら、糸を除去し、直ちに水とエアで十分に洗浄乾燥する。こうすることで、薬液成分や血液凝固物が残留せず、後続の印象材の硬化不良や接着阻害を防ぐことができる。

材料・機器との相性

ヘモデント液自体はほとんど全ての歯科材料と両立しうるが、重要なのは使用後の十分な洗浄である。特にポリビニルシロキサン系のシリコン印象材は、塩化アルミニウムや血液由来の不純物が残っていると硬化不全を起こす可能性がある。またレジン系接着操作でも、歯面に止血剤が付着したままだとボンディング不良の原因になりうる。そのため、ヘモデント液適用後は圧排糸や綿を除去した後に、水とエアで歯肉溝内部まで徹底的に洗い流すことが肝要である。適切に洗浄すれば、ヘモデント液は印象採得法(アナログ・デジタル問わず)や各種修復材の接着ステップに影響を与えない。

院内での取り扱いと衛生

ヘモデント液を院内で運用するにあたって特別な装置は不要であるが、基本的な衛生管理には注意する。ボトルから直接圧排糸や綿球を浸すと容器内が汚染される恐れがあるため、必ず一度清潔な小容器に必要量を取ってから使用する。使い残した液をボトルに戻すことも避ける。薬液が皮膚や粘膜に付着すると一時的に発赤や刺激を起こすことがあるため、取り扱い時はグローブとアイシールドを着用し、万一目に入った場合は直ちに水洗する。また、患者が薬液の味を感じないよう、吸唾器を適切に用いて口腔内に余剰な液が広がらないよう配慮する。使用後はボトルの蓋をしっかり閉め、直射日光を避けて室温保管すれば安定した効果が維持できる。

経営インパクト(コストとROI)

ヘモデント液の導入は、材料費に対して大きな診療効率向上効果をもたらす可能性がある。標準価格は10mLボトル1本あたり約3,800円(税別)である。仮に1症例の止血に0.3mL使用したとすると、1本で約33症例分、1症例あたりの材料費はわずか100〜200円程度に収まる計算になる。この数百円の投資によって印象不良や補綴物の再製作リスクを低減できれば、材料費以上のコストセーブにつながる。例えば、印象の不備で再来院が必要になれば、その患者に追加のチェアタイムを割くことになるが、保険診療では再印象に対する十分な補償は得られず、医院の持ち出しコストとなってしまう。ヘモデント液の活用で初回で精密な印象採得ができれば、こうした無駄なコストを防げる。

さらに、時間効率の面でもメリットは見逃せない。出血のコントロールに通常5分要していた処置がヘモデント液で2分に短縮できたとすれば、1症例あたり3分の時間短縮となる。一見小さな改善だが、1日に数件の処置が重なれば合計で数十分の診療時間を創出できる可能性がある。例えばクラウンやブリッジの症例が週に10件あるとすると、月間で約120分の時間節約になり、その時間で別の患者を診療したり、患者説明に充てたりできる。これは医院の生産性向上に直結する。

患者満足や医院の評判という観点でも投資対効果は高い。止血が不十分なまま無理に型どりをしてやり直しになれば、患者の信頼を損ねかねない。逆に、ヘモデント液を用いて一度でスムーズに処置が完了すれば、患者の安心感・満足度は高まる。些細に見える工夫だが、「あの先生は丁寧で処置が上手だ」という印象につながり、リピートや紹介による増患効果も期待できる。高額な機器投資と比べればごく少額で始められる取り組みでありながら、診療品質と経営効率の双方に寄与しうる点で、ヘモデント液の導入価値は大きい。

使いこなしのポイント

効果を最大限に引き出すコツ

ヘモデント液の止血効果を十分に引き出すには、適切な手順と時間管理が重要である。まず、大きな出血がある場合は最初にガーゼ圧迫などで一次止血を行い、滲み出る程度になってから本剤を適用すると良い。圧排糸を歯肉溝に挿入する際は、力任せに押し込まず、患部を傷つけないよう慎重に操作する。収れん効果が発現するまで2〜3分程度はそのまま待機し、焦ってすぐに糸を抜去しないこともポイントである。長時間(10分以上)の放置は歯肉への負担となるため避け、適切なタイミングで糸を除去して水洗する。止血後、印象採得や接着操作に移る際には、歯肉縁下に唾液や出血が再び入り込まないよう迅速に進めることが望ましい。

導入初期の留意点

初めてヘモデント液を導入する際は、院内スタッフと使用方法や手順を事前に共有しておくとスムーズである。例えば、出血の可能性が高い処置ではあらかじめアシスタントが小皿にヘモデント液を用意し、圧排糸を浸して待機する、といった段取りを決めておくと良い。また、患者への声かけも配慮したい。「歯ぐきから少し出血していますので、お薬で止血してから型を取りますね」といった一言を添えるだけで、患者は安心し処置にも協力的になる。圧排糸挿入時に痛みが強い場合は、必要に応じて表面麻酔や少量の浸潤麻酔を追加し、患者の負担を軽減する。ただし麻酔によって一時的に出血が止まっても、麻酔効果切れでまた出血してくる可能性があるため、最終的な止血はヘモデント液で確実に行うようにする。

適応症と適さないケース

ヘモデント液が威力を発揮するのは、比較的軽度な出血が生じる多くの一般歯科処置である。典型的なのは補綴領域で、支台歯形成後の印象採得や仮歯装着時の歯肉出血に有用である。また、コンポジットレジン修復において隅角が歯肉縁下に及ぶケースや、歯周治療後の止血、インプラントのアバットメント周囲のわずかな出血制御など、多岐にわたる場面で応用できる。軽微な歯肉整形や小帯切除後の出血にも、本剤を綿球に含ませて圧接すれば短時間で止血が期待できる。要するに、「少量だが止めにくい出血」が生じる場面では幅広く適応になる。

一方で、適さないケースも認識しておく必要がある。まず、大量の出血や動脈性の出血には本剤だけで対処するのは困難である。抜歯窩からの出血や広範囲の外科処置による出血では、ガーゼ圧迫や縫合、電気メスによる焼灼などの物理的止血法が優先される。また、重度に炎症が進んだ歯肉では出血傾向が強く、本剤を使っても十分な止血が得られない場合がある。このような場合、事前に炎症を抑えてから処置に臨むことが望ましい。硫酸鉄系の止血ジェル(フェリックジェル)は急激な止血力があるため、大きな出血には有効とされるが、前述の通り変色や組織への刺激が強い。従って、審美領域ではヘモデント液を優先し、奥歯部の見えない部分でどうしても止血困難な場合にフェリック系を短時間併用するといった具合に、ケースバイケースで使い分けるのが現実的である。なお、ヘモデント液の禁忌は特段公表されていないが、当然ながら歯肉以外の粘膜や体内への適用はしないこと、及び高濃度のアルミニウム化合物に対してアレルギーや過敏症のある患者には使用を避けるといった基本的注意は必要である。

導入判断の指針(医院のタイプ別)

効率重視の保険診療主体の医院の場合

保険中心で多忙な診療を回しているクリニックにとって、ヘモデント液は「安価で確実な裏方役」といえる。一処置あたりわずか百円程度のコストで数分の時間短縮が得られ、印象のやり直しによる無給の再診も防げるため、結果的に収益性の向上につながる。特にクラウンやブリッジの保険補綴は点数が低く効率勝負の面があるが、ヘモデント液の併用で再製率を下げておけば、無駄な手間とコストを削減できる。材料費を節約するあまり止血剤を使わずに処置を行い、結果としてトラブル対応に追われていては本末転倒である。ヘモデント液は導入コストも低いため、保険診療メインの医院でも気軽に試せるツールである。むしろ、生産性向上の視点から積極的に活用すべきだろう。

質を追求する自費診療中心の医院の場合

高価なセラミック修復や高度な審美治療を提供するクリニックでは、処置の精度と患者満足が最優先事項である。ヘモデント液は、そうした質を追求する現場でも大きな助けとなる。審美領域の歯肉からのわずかな出血でも、確実にコントロールしておくことで、精密な印象や接着操作が一度で成功し、最良の補綴物を提供できる。歯肉に黒変を残さないため、オールセラミッククラウンのマージン部位でも安心して使えるのも利点である。患者への術中の負担軽減という点でも、エピネフリン含有の糸で動悸を誘発したり、不快な味で顔をしかめさせたりする心配がない。本当に細部まで行き届いた丁寧な治療を演出できるため、ヘモデント液の存在は自費診療における「品質保証剤」の一つと言える。万一、再製作が発生すれば医院側の負担も大きい領域だけに、初めからリスクを減らす意味でも導入する価値が高い。

外科処置・インプラント中心の医院の場合

口腔外科やインプラントに注力している医院では、術中の止血は電気メスや圧迫止血、縫合といった外科的手段に委ねられることが多く、ヘモデント液の出番は限定的かもしれない。しかし、インプラント埋入後のアバットメント印象や、歯周外科後の仮歯装着時など、軟組織からの少量の出血を抑えて処置を円滑に進めたい場面は少なからず存在する。外科処置に慣れた術者ほど「これくらいの出血は問題ない」と思いがちだが、補綴ステップにおいては僅かな出血が命取りになることを経験的に理解しているはずだ。ヘモデント液は歯肉を焼灼したり圧壊したりせずに止血できるため、インプラント周囲のデリケートな軟組織にも安心して使える。外科中心の医院でも、少なくとも補綴処置用に1本常備しておけば、必要な時にすぐ対応できる安心材料となるだろう。長い保存期間を考えれば、たとえ使用頻度が低くても無駄にはなりにくい。

よくある質問(FAQ)

ヘモデント液を使用すると患者に痛みや刺激を与えませんか?

適切に使用すれば、ヘモデント液が原因で強い痛みが生じることはほとんどない。塩化アルミニウムの収れん作用により一時的にしみるような感覚を訴える患者も稀にいるが、圧排糸で物理的に歯肉を押圧する刺激の方が大きいため、薬液自体による不快感は軽微である。患者が知覚過敏のような反応を示した場合は速やかに水洗すれば症状は治まる。

ヘモデント液は印象材の硬化や接着操作に影響しませんか?

基本的には影響しない。ただし、ヘモデント液塗布後に十分な水洗・乾燥を行わないと、残留成分が印象材の硬化不良やボンディング不良を招く可能性がある。特にポリエーテル系やシリコン系の印象材、レジンセメントを用いる場面では注意が必要である。逆に言えば、止血処置の後に歯肉や歯面をしっかり清掃すれば、ヘモデント液を使用したことによる印象・接着への悪影響はない。

開封後の保存方法や使用期限はどうなっていますか?

ヘモデント液は直射日光を避け、室温で保管する。開封後もキャップをきちんと閉めていれば、成分が揮発したり劣化したりする心配は少ない。未開封で約3年間の有効期限が設定されているが、開封後も適切に保管すればその期間は品質が維持される。ただし、衛生的に扱うためにも、開封後はなるべく1〜2年以内に使い切ることが望ましい。使用中に容器内へ他の器具や綿を入れないなど、汚染予防に注意していれば長期間安定して使用できる。

他の止血方法(硫酸鉄ジェルやエピネフリン含有圧排糸)との違いは何ですか?

硫酸鉄系ジェルは速効性の止血が可能だが、血液と反応して黒い汚れを生じやすく、歯肉や歯を着色させるデメリットがある。また酸性が非常に強く、長時間接すると組織にダメージを与える恐れがある。エピネフリン含有の圧排糸は、一時的に血管を収縮させるが全身に吸収されると心悸亢進などの副作用リスクがある上、止血効果自体もアルミニウム塩と比べて優位性がないと報告されている。その点、ヘモデント液(塩化アルミニウム)は歯肉を変色させず、全身への影響もなく、必要十分な止血効果を発揮するバランスに優れた方法である。ただし、大量出血時には物理的処置が不可欠であることは他の方法と同様である。

心疾患や高血圧の患者にも安心して使えますか?

安心して使用できる。ヘモデント液には血管収縮薬のエピネフリンが含まれていないため、局所的な止血効果は発揮しても全身的な循環器への影響は極めて少ない。実際に心臓ペースメーカー装着患者や高血圧症の患者に対しても、本剤による止血で問題が生じたとの報告はない。もちろん、全身状態の安定しない重篤な患者ではどんな処置でも慎重を期すべきだが、少なくともヘモデント液使用が直接禁忌となる心疾患は存在しない。むしろ、エピネフリン含有製品を避けたい症例で積極的に選択される止血手段である。