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歯科で使う止血剤「歯科用TDゼット液」とは?用途や効果を分かりやすく解説

歯科で使う止血剤「歯科用TDゼット液」とは?用途や効果を分かりやすく解説

最終更新日

たとえば、支台歯形成中に歯肉縁からじわりと出血が滲み出し、せっかくの印象採得が台無しになりかけた――そのような経験は、多くの歯科医師に心当たりがあるのではないだろうか。臨床現場では、わずかな出血が治療の質と効率を左右する。出血のコントロールに手間取れば、その分チェアタイムが延長し、他の患者の待ち時間増大や治療のやり直しにつながりかねない。

このような現場の悩みを解決する手段の一つとして活用されているのが、歯科用TDゼット液という口腔内局所止血剤である。

本稿では、歯科用TDゼット液の特長や臨床での使い方を紐解き、その導入が歯科医療と医院経営にもたらす利点と留意点を考察する。臨床的な有用性のみならず、経営的視点から見たコストパフォーマンスや投資対効果にも触れ、自院に導入すべきか判断する一助としたい。

製品の概要

歯科用TDゼット液は、株式会社ビーブランド・メディコーデンタルが製造販売する歯科用の局所止血剤である。1983年の発売以来、歯科診療時の歯肉や口腔粘膜の小出血を止血する目的で広く用いられてきた。正式な薬効分類名は「口腔内局所止血剤」であり、歯科医師の管理下で使用する処方箋医薬品(劇薬)に指定されている。用途として明示されているのは、支台歯の歯肉縁下形成や窩洞形成、印象採得時の歯肉圧排における出血、および歯肉整形時の出血である。要するに、補綴処置や歯周処置の際に生じる歯肉からの少量出血を局所的に止血するための薬剤だ。主成分として塩化アルミニウム、セチルピリジニウム塩化物水和物、リドカインを配合した透明な液剤で、通常10mL入りのガラス瓶で供給される。なお、同成分配合で粘稠性を高めたゼリータイプ(歯科用TDゼット・ゼリー)も市販されているが、本記事では液状タイプを中心に解説する。

主要スペックと臨床作用

歯科用TDゼット液の止血メカニズムは、有効成分の組み合わせによる総合作用である。主成分の塩化アルミニウム(25%)は組織タンパクを凝固させる収れん作用を示し、毛細血管からの出血開口部を物理的に塞ぐ働きをする。これにより表層の小出血を速やかに止めることが可能である。動物実験では、本剤の血液凝固時間は同濃度の塩化アルミニウム水溶液単独の場合より大幅に短縮されており、その速効性が確認されている。実際、国内臨床試験でも総合有効率98.9%という高い止血成功率が報告されており、臨床現場でも極めて信頼性の高い止血効果を示している。また、製品発売後の市販後調査においても有効率94.3%と裏付けられており、小出血に対する止血手段としてほぼ第一選択に位置付けられる成果を挙げている。

本剤にはさらに、局所麻酔成分リドカイン(5.25%)が配合されている。止血剤を出血部に塗布する際、収れん作用による刺激や処置そのものの痛みが生じる場合があるが、リドカインにより患部が麻痺し、患者の不快感や痛みを和らげることができる。この濃度は、歯科用表面麻酔剤(例えばリドカイン局所麻酔薬軟膏5~20%程度)と同等レベルであり、数分間の浅い表面麻酔効果が期待できる。出血部位の疼痛を抑えることで患者の動揺を防ぎ、止血操作を落ち着いて行えるという副次的な利点も見逃せない。

さらにセチルピリジニウム塩化物(CPC、0.5%)が抗菌成分として含まれる。CPCは陽イオン界面活性剤系の殺菌成分で、口腔内常在菌に対する静菌効果を発揮する。止血の際に血餅とともに細菌が創部に留まることを防ぎ、術後の感染リスク低減に寄与する。口腔内は細菌叢が豊富な環境であり、特に歯肉縁下での処置では細菌混入による炎症悪化が懸念されるが、CPC配合により止血と同時に局所の消毒が行える点は本剤の特徴である。

製剤の物性としては、無色~淡黄色透明の液体でわずかにエタノール臭があり、味は酸味を帯びた強い渋みがある。この独特の渋味は塗布時に患者にも感じ取られるため、使用後はすみやかに洗浄・吸引することで不快感の残存を防ぐ配慮が必要である。ただし、渋味の元である収れん作用こそが止血に重要な役割を果たしている。本剤はあくまで局所に留まって作用し、全身的な止血効果や循環動態への影響を及ぼすものではない。したがって歯科領域の小出血に限定すれば、高い止血成功率と低い全身リスクを両立したスペックを備えていると評価できる。

使用方法と院内での取り扱い

歯科用TDゼット液は、処置中に患部へ直接塗布して使用する。一般的には付属のスポイトやディスポーザブルの綿球・綿棒を用いて、必要な最小限量を出血部位に適用する。止血効果を高めるコツとして、薬液で湿らせた小さな綿球を出血源に軽く圧接し30秒~1分程度静置する方法が有効である。こうすることで薬液が局所に留まり、収れん作用と物理的圧迫が相乗的に働いて確実な止血が得られる。逆に言えば、多量の薬液をかけ流すだけでは効果が不十分で、過剰な薬液が他部位に流れれば不要な刺激や誤嚥リスクにつながる。「少量を確実に留めて圧接する」ことが、本剤を使いこなす上での鉄則である。

歯肉圧排を伴う支台歯形成や精密印象採得では、あらかじめ歯肉圧排用のコード(リトラクションコード)に本剤を浸透させておき、歯肉溝内に挿入するテクニックが有用である。コードによる物理圧排と薬液の化学的止血を同時に行うことで、より確実に出血と排唾をコントロールできる。この際、従来用いられてきたエピネフリン含浸コードのような全身への吸収による副作用を心配せずに済む点は、本剤の安全性上の利点である(高血圧症や心疾患のある患者にも安心して使用可能である)。印象採得直前までコードを留置し、その間に歯肉縁を安定した無出血状態に保てれば、精度の高い印象を得ることに直結する。

止血後の洗浄と除去も重要なステップである。血液が止まったら速やかに水で十分洗い流し、残留した薬液や凝固物をエアーで吹き飛ばしておく。塩化アルミニウム系の止血剤は、フェリック硫酸系(硫酸第一鉄)に比べれば印象材やレジン硬化への悪影響は少ないとされるが、異物が付着したままでは物理的に材料の適合を妨げるのは言うまでもない。したがって「止血できたらすぐ洗浄」を徹底することで、後工程への悪影響を防ぐことができる。

運用上は、薬液の誤飲防止にも注意を払う必要がある。患者が薬液を飲み込んでしまわないよう、処置中は口腔内に吸引を適宜行う。特に下顎前歯部など舌に近いエリアでは薬液が舌に触れて苦味を感じさせやすいため、綿球への含浸量を調節しつつ、必要部位にのみ作用させることが肝要である。場合によっては患者に「いま血を止めていますので、そのまま口を開けていてくださいね。薬に表面麻酔が入っているので一時的にしびれますがすぐ治まります」と声かけし、協力を得るのもよいだろう。リドカイン配合による粘膜の一過性麻痺があるため、処置直後に誤って舌や頬を咬傷しないよう患者に注意を促すなど、細かな配慮が事故防止につながる。

院内管理の面では、本剤は劇薬指定でもあるため薬剤の保管・取扱いには基本的な注意が必要だ。室温保管が可能で未開封時の有効期間は5年と長めであるが、開封後はなるべく早期に使い切ることが望ましい。長期間放置するとアルコール分が揮発し有効成分の濃度変化や結晶析出を招く恐れがある。また、ステンレス製の器具に付着すると腐食を生じる場合があるので、万一ミラーやピンセットに薬液が付いた際は流水とアルコールでよく清拭しておくと安心である。使用後の残液や薬液を含んだ綿球は感染性廃棄物として適切に廃棄し、誤飲や誤用が起こらぬよう管理したい。以上の点を踏まえれば、本剤の運用に過度な手間はかからず、日常診療に無理なく組み込めるだろう。

【経営インパクト】コストと投資対効果

材料の導入に際しては、費用対効果の見極めが経営上重要である。歯科用TDゼット液は医療用医薬品として薬価基準が定められており、1mLあたり約300円である(2025年時点)。10mL入り1瓶の薬価は約3000円前後となる計算だ。一症例あたりに使用する薬液量はごく少量で済むため、仮に0.5mL使用した場合でもコストは150円程度にとどまる。さらに本剤は保険診療下で使用した場合、処置で使用した薬剤として薬剤料の算定が可能である。そのため患者請求に転嫁でき、医院側の実質的な負担はごく小さい。少額の投資で得られる効果としては、コストパフォーマンスは極めて高い部類に入ると言えよう。

時間短縮効果も経営上見逃せないポイントである。止血に手こずっていた時間が短縮されれば、その分だけ他の診療や患者対応に時間を充てることができる。例えば、従来は出血点の止血に数分要していた場面が、本剤の活用で1分未満に短縮できれば、1症例あたり数分の削減となる。一見わずかな差だが、1日の診療全体で積み重なれば無視できない時間となる。結果として、患者一人あたりの所要時間短縮や予約枠の有効活用につながり、同じ時間でより多くの患者を診療できる可能性が生まれる。診療後の後片付けやスタッフの残業削減にも寄与し、診療効率の向上はそのまま経営効率の向上でもある。

また、再製・再診の削減という効果も見逃せない。出血のせいで印象不良が起こり補綴物を作り直す、といった事態が減れば、無駄な技工料金や材料費の浪費を防げるだけでなく、患者の信頼低下を防ぐことにもつながる。補綴物の再装着や追加処置は患者にとって負担であり、医院にとっても人件費・時間のロスである。本剤の活用で「一度で治療を完了できる」ケースが増えれば、患者満足度の向上(ひいては口コミやリピート率の向上)に貢献し、長期的に見て医院の評判や収益性を底上げする効果が期待できる。

さらに、歯科用TDゼット液を常備することで診療の幅が広がる場面もある。たとえば審美目的の軽度な歯肉整形(ガミースマイルの改善や歯冠長延長術の小規模ケース)を行う際、出血制御への不安が減ることで積極的に提供しやすくなる。また、インプラントの二次手術後に即時印象を行うケースでも、局所の止血剤があることでスムーズに補綴ステップへ移行できる。大掛かりな設備投資をしなくとも、小さなボトルひとつ導入するだけで新たなサービス提供や治療クオリティ向上につながる可能性があると言える。

以上より、歯科用TDゼット液の導入は低コストで高リターンが見込める施策と位置付けられる。もちろん、止血剤は魔法の薬ではなく基本的な止血手技との併用が前提ではある。しかし、臨床面・経営面の双方でボトルネックとなりがちな「出血トラブル」を解消することで、結果的にROI(投資対効果)を最大化できるポテンシャルを秘めた製品である。

使いこなしのポイント

実際に本剤を診療に取り入れる際、導入初期の工夫や留意点を押さえておくことで、その効果を最大限引き出すことができる。

まず、スタッフ間の情報共有とトレーニングが重要である。本剤の使用方法や注意点について、歯科衛生士・助手を含めチーム全体で理解しておく。特にアシスタントがいる場合は、歯科医師が止血操作を行うタイミングでスムーズにバキュームや照明補助ができるよう、役割分担を事前に決めておくと良い。印象採得の直前に出血が判明した場合などは時間との勝負になるため、「誰が綿球に薬液を浸すか/誰が圧接するか/誰が洗浄するか」をあらかじめシミュレーションしておくと、本番で慌てずに済む。

術式上のコツとしては、「少量をピンポイントに適用する」ことに尽きる。初めて使用する際は、まず少量から試し、その止血効果と麻酔感を実感してみると良いだろう。薬液を垂らしすぎると周囲に流れて効果が散漫になるため、必要な箇所にだけ確実に届けることが大切だ。そのためには、先述のように綿球や圧排コードを媒体に使い、薬液を含ませて患部に押し当てる方法が有効である。しっかり止血さえできれば、その後の処置は格段にスムーズになる。本剤がもたらす「治療の流れの良さ」を実感するためにも、まずは日常の少出血ケースから積極的に使ってみることをおすすめする。

患者への声かけも細やく行いたい。本剤の使用中は患者には何が行われているかわかりにくく、不安に感じることもあるため、「薬で出血を止めています」とひと言伝えるだけでも安心感が違う。特にリドカインによる痺れ感が出る場合があるので、「表面麻酔が入っていますが数分で治まります」と補足すれば、患者は異変を落ち着いて受け入れられるだろう。患者との信頼関係を保ちつつ処置を円滑に進める意味でも、こうしたコミュニケーションの工夫は大切である。

最後に、本剤を「使いこなす」ためには日々の診療で活用して慣れることが一番である。止血剤の操作自体は難しいものではないが、臨床では状況判断とタイミングが重要になる。ここぞという場面で素早く適切に使えるよう、平時から出血が少しでも気になったら積極的に手に取ってみると良いだろう。そうすることで、いざという時にも自信を持って本剤に頼ることができる。習熟すれば「出血で手が止まる」ストレスから解放され、治療に専念できるようになるはずだ。

適応と適さないケース

適応症例の範囲は基本的に添付文書に準じる。本剤が真価を発揮するのは、上述したように歯肉や口腔粘膜からのにじむ程度の小出血である。具体例としては、う蝕治療や支台歯形成でマージンが歯肉縁下に及ぶ際のわずかな歯肉出血、スケーリングやルートプレーニングで生じる点状の歯肉出血、印象採得時に観察される軽度の出血、クラウンやブリッジの適合試験時にプロービング等で生じる微小な出血などが挙げられる。軟組織の小手術(歯肉整形やメスを使った極小範囲の切除)でも、出血点が散在する程度であれば本剤が止血に有効である。実際、添付文書の国内臨床試験には抜歯後の止血例も含まれており、簡単な抜歯創からの滲出血に対しても十分な効果を発揮することが示唆されている。

一方で、本剤のみでは十分な止血が期待できない状況も存在する。動脈性の拍動するような出血、広範囲の粘膜損傷や骨面露出を伴う出血、全身性の凝固異常による出血傾向が強い患者での出血などでは、圧迫止血や縫合、電気メスによる凝固、止血材填塞、場合によっては内科的処置といった他の止血手段を優先すべきである。例えば、埋伏歯抜歯直後の広範囲な出血や、抜歯窩の深部から湧き出るような出血は、本剤の表層的な収れん作用だけでは不十分である。そうしたケースでは、まずはガーゼによる圧迫や適切な縫合で止血を図り、その上で補助的に本剤を塗布する、といった位置付けになるだろう。本剤はあくまで小出血用の「薬」であり、外科的止血処置に置き換わるものではない点を理解しておく必要がある。

また、薬剤成分に対する禁忌にも注意が必要だ。リドカインあるいはアミド型局所麻酔薬に過敏症(アレルギー)の既往がある患者には、本剤を使用してはならない。このようなケースでは、本剤と同種の製剤(ゼリータイプ含む)も使用不可であり、代替として塩化アルミニウム単剤の止血液(リドカイン無配合の製品)や、物理的圧迫のみでの止血を検討することになる。幸い、局所麻酔薬アレルギーは非常に稀ではあるが、問診等で確認しておきたいポイントである。

妊娠中・授乳中の患者についても、添付文書上は「治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ使用」との注意喚起がなされている。少量の局所使用で胎児・乳児に影響が及ぶ可能性は極めて低いと考えられるものの、薬機法上リドカインは胎盤通過性があるため慎重な判断が求められる。ただ、現実的には本剤の使用量は非常に少なく、歯科診療で必要最低限使う分には問題となることはまずない。妊娠中の患者に使用するか迷う場合は、処置の必要性と他の止血手段の可能性を検討し、どうしても本剤がベストと判断される場合のみ少量を短時間作用させる、といった慎重な対応が望ましいだろう。

その他、重篤な肝障害のある患者ではリドカインの代謝遅延により蓄積リスクが高まる可能性があるため、大量かつ広範囲の使用は避ける。メトヘモグロビン血症の素因がある患者で局所麻酔薬による発作誘発例が報告されたこともあるが、これも非常に稀なケースであり、通常の範囲で本剤を用いる限り過度に恐れる必要はない。要は、禁忌事項と基本的な注意点を守り、用途に適した症例に使う限り、本剤は安全かつ有用な止血ツールであると言える。

導入判断のポイント(医院タイプ別)

同じ製品であっても、その価値は医院の診療方針や症例構成によって異なる。ここでは歯科医院のタイプ別に、歯科用TDゼット液の導入適性を考えてみよう。

保険診療メインで効率重視の医院

患者数が多く、1人当たりの診療時間短縮による回転率向上を重視する医院では、本剤の導入メリットは大きい。上述の通り止血操作に費やす時間を大幅に短縮できるため、タイトな予約スケジュールでも治療が滞りなく進むようになる。保険診療中心の医院では材料コストにもシビアにならざるを得ないが、本剤の1症例あたり数十円~百数十円程度というコストは十分吸収可能であり、むしろその何倍もの価値を生む可能性が高い。日常的によく行う処置(例:クラウン・ブリッジの印象採得、スケーリング後のチェック等)で安定して止血が得られれば、術者・介助者双方のストレスが軽減され、結果として医院全体の生産性向上につながるだろう。また、時間に追われる保険診療の現場において「出血で治療が中断しない安心感」は計り知れず、精神的余裕が生まれることでミスの減少や医療安全の向上にも寄与し得る。

高度な自費診療・審美治療を中心とする医院

セラミック修復やインプラント、矯正治療など高付加価値の自費診療を提供する医院にとっても、本剤は強力なサポートツールとなる。例えば、オールセラミッククラウンの辺縁精度やラミネートベニアの適合は、わずかな唾液や血液によっても損なわれかねない繊細な処置である。本剤を用いて確実に乾燥・止血された状態で印象採得や接着操作を行うことで、最終補綴物のクオリティと長期予後の向上が期待できる。また、審美目的での歯肉の微調整(ガミースマイルの軽度改善やクラウンレングスニングの際の歯肉整形)でも、本剤があれば術中・術後の出血コントロールが容易になり、処置後の歯肉治癒も良好に導ける。さらに、患者への説明において「必要に応じて専用の止血剤を使用し、ベストな状態で処置しています」と伝えれば、細部にこだわるプロフェッショナルな姿勢として患者の信頼を高めることにもつながる。自費診療では結果の質が直接医院の評価に影響するだけに、本剤のような品質担保アイテムを導入する価値は大きいと言える。

口腔外科処置やインプラント手術を多く行う医院

抜歯やインプラント埋入など、出血を伴う口腔外科処置が日常的に行われる現場では、本剤の出番はやや限定的かもしれない。大きな術野での止血はガーゼ圧迫・電気メス・縫合が主体となり、本剤は補助的な位置付けにとどまるためである。しかしながら、例えばインプラントの二次手術(アバットメントの装着)や歯周外科の小規模なフラップ手術後にプロビジョナルを装着するといった場面では、本剤の迅速な止血が役立つことがある。外科処置と補綴処置を連続して行うケースでは、局所的な止血剤があることで安心して次の工程へ移行できるからである。また、抜歯直後の仮義歯装着時に、小さな潰瘍や縫合部位からの出血を抑える目的で本剤を塗布しておく、といった使い方も考えられる。外科処置中心のドクターにとって、本剤は主役の器具ではないにせよ、「余計な出血で視野や治癒を妨げられない」という安心感を与えてくれる縁の下の力持ちと言えるだろう。

一方で、フラップ手術など広範囲の処置では、本剤よりも止血スポンジや縫合が主軸になるため、導入の優先度は低めかもしれない。しかし、外科中心の医院でも補綴処置やメインテナンスは並行して行うことが多いはずだ。日常のそうした場面で活躍する本剤は、トータルで見れば外科系の医院にも有用な存在となりうる。術式毎に止血の選択肢を柔軟に持つことで、より包括的な患者ケアが提供できるだろう。

よくある質問

Q.本剤の使用で歯肉や歯に悪影響が出ることはあるだろうか?

A. 適切に使用すれば、歯肉や歯への恒久的なダメージは通常ない。塩化アルミニウムの収れん作用により歯肉表層が一時的に白濁・変色することがあるが、これは一過性の蛋白変性であり時間経過とともに元に戻る。また、極めてまれに歯肉の局所的な退縮(後退)が報告されている(全使用例の0.1%未満)が、これは主に過量塗布や長時間の接触による組織ダメージが原因と推察される。したがって用法用量を守り、必要最小限の範囲に留めて使えば安全性は高いと言える。歯質に対しても、短時間の接触で脱灰などの影響が残る可能性はほぼない(使用後に水洗すればなお安心である)。

Q.エピネフリン含浸コードや他の止血剤と比べて効果・安全性はどうか?

A. エピネフリン(アドレナリン)含浸の圧排コードは、即効性という点では非常に優れた止血効果を示すが、全身への吸収による副作用リスク(血圧上昇や頻脈など)を伴う。一方、歯科用TDゼット液は全身性の作用がなく局所で安全に使用できる利点がある。効果の面では、統計上アドレナリンほど強力な血管収縮作用は示さないものの、通常の小出血であれば十分止血可能である。むしろアドレナリン使用が禁忌となる高血圧症や心疾患の患者に対して、本剤は貴重な代替手段となる。また、硫酸第一鉄系の止血剤(フェリック系)は出血点のタンポナーデには有効だが、広い適用部位では組織への刺激が強く、褐色の沈着物が残って印象面を汚染することがある。それに比べ本剤(塩化アルミニウム主体)は無色透明で沈着物も少なく、軟組織への刺激も比較的穏やかで扱いやすい。総合的に見て、速効性・確実性ではエピネフリン含浸法やフェリック系止血剤に一歩譲る部分はあるものの、安全性と汎用性で勝り、日常的な止血用途にはバランスの取れた選択肢と言えよう。

Q.印象採得や接着操作に支障をきたすことはないだろうか?

A. 適切に洗浄・乾燥すれば、大きな支障はないと考えられる。本剤使用後は止血が確認でき次第、ただちに水で十分洗い流し、エアーで乾燥させてから次のステップ(印象材の練和・塗布や接着処理)に移ることが重要である。塩化アルミニウムはフェリック硫酸と異なり、印象材の重合を阻害するような残留物をほとんど残さないとされている。しかし、血液凝固物や薬液が歯面に残った状態では物理的に印象材やレジンの適合を妨げるため、ブラシやエアーでしっかり除去することが肝要である。要は、“止血できたらすぐ洗浄”を徹底すれば問題なく、臨床的にも本剤使用によって印象不良・接着不良が増えたとの報告はない。

Q.妊娠中や持病のある患者にも使用できるだろうか?

A. 基本的には使用できるが、慎重な判断が求められる。妊婦や授乳中の患者の場合、添付文書上は「治療上の有益性が危険性を上回る場合にのみ使用」と記載されている。もっとも、臨床で用いる極少量からリドカインや他の成分が全身に移行し胎児・乳児へ影響を及ぼす可能性はきわめて低いと考えられる。必要最小限の範囲で用いる限り、通常は問題なく止血に役立てられている。全身持病に関しては、むしろ本剤は安全性の高さから有用と言える。例えば高血圧症や心疾患を持つ患者では、圧排コードなどアドレナリン含有製剤の使用を避ける必要があるが、本剤であれば血圧や心拍への影響がなく安心である。ただし、重度の肝機能障害がある患者ではリドカイン代謝が遅延する可能性があるため、ごく小範囲で用いるか、必要に応じて使用を控えるなどの配慮が求められる。

Q.液状タイプとゼリータイプはどちらを選ぶべきだろうか?

A. 一長一短であり、使用シーンに応じて使い分けるのが理想である。歯科用TDゼット液(液体タイプ)は、リトラクションコードへの浸漬や狭い歯肉溝への浸透・流し込みに適している。一方、歯科用TDゼット・ゼリーは粘稠性が高いため患部に留まりやすく、綿球に含ませて塗布した際に周囲へ垂れにくい利点がある。例えば、抜歯後の圧迫止血ではゼリータイプのほうが患部にしっかり留まって作用しやすい。一方で、ゼリーは粘度が高い分、細かい歯肉溝などへの浸透性は液体より劣る。総じて、歯冠修復の印象採得や接着には液体タイプが使いやすく、外科処置後の表面止血や垂直圧接が難しい部位の止血にはゼリータイプが向いていると言える。余裕があれば両剤を常備し、症例に応じて使い分けるのがベストである。