
松風の歯科止血剤「SUスタットジェル」とは?クリア・シングルなど種類や用途、効果
歯冠修復の最終段階、精密な印象採得に臨むときに限って歯肉から滲む血液や浸出液に悩まされた経験はないだろうか。せっかく完璧に支台歯を形成しても、縁下からの出血が細部を覆い、型取りをやり直したことがある歯科医師は多いはずである。チェアサイドでのこうした焦燥感は、診療効率の低下や再製作によるコスト増にもつながる。SUスタットジェルは、まさにこの問題に対する解決策として松風から提供されている歯科用の浸出液抑制ジェルである。
本稿では、この「SUスタットジェル」とそのバリエーションであるクリアタイプについて、臨床現場の視点と医院経営の視点を織り交ぜながら詳しく解説する。出血による型採り不良に終止符を打ち、投資対効果の高い診療を実現するヒントを探っていきたい。
SUスタットジェルの概要とラインナップ
SUスタットジェルは、株式会社松風が提供する歯科用の止血・浸出液抑制材である。正式には歯科用の「歯肉浸出液抑制ジェル」という分類で、支台歯形成時や印象採得時に一時的に歯肉を圧排しながら出血や滲出液を抑制する目的で用いる一般医療機器である。歯科医院で日常的に遭遇する軽度~中等度の歯肉出血に対応し、迅速な止血とクリアな術野の確保を可能にする。
SUスタットジェルには大きく分けて2種類の製品バリエーションが存在する。標準タイプ(製品名そのままのSUスタットジェル)と、SUスタットジェル・クリアである。両者は作用成分と色調が異なり、臨床での使いどころにもそれぞれ特徴がある。標準タイプは有効成分に硫酸第二鉄を含む黄褐色のジェルで、高い止血効果を発揮する。一方、クリアタイプは塩化アルミニウムを含有した透明なジェルで、術後に歯肉が変色しにくい処方となっている。審美領域で歯肉が黒ずむリスクを避けたい症例ではクリアタイプが推奨される。
製品の形態も用途に合わせて用意されている。基本的な供給形態はシリンジ(注射器)型で、細かなブラシ付きチップを装着して使用する。1本のシリンジあたり容量は1.2mLで、必要量を直接歯肉溝に塗布できる設計である。単回使用を前提とした使い切りタイプの「シングル」包装が用意されており、こちらにはシリンジ1本と専用チップ1本が含まれる。また、クリアタイプでは経済的な複数本セット(シリンジ6本とチップ18本のセット)も販売されている。いずれの場合も、患者ごとに新品のチップを使い捨てることで院内感染を防ぎ、安全に使用できる。なお、本製品は松風の歯肉圧排システム「SUシリーズ」に属し、同シリーズの編み込みタイプ圧排糸(SUパックコード)や専用器具と組み合わせて使うことを想定して開発されている。薬機法上はクラスIの一般医療機器(医療機器届出済)であり、特別な使用制限はなく日常診療で幅広く活用できる。
主要スペックと臨床上の意味
SUスタットジェルの主要スペックは、その成分濃度・粘度・色調に凝縮されていると言える。まず標準タイプのSUスタットジェルは硫酸第二鉄20%配合のジェルである。硫酸第二鉄は強力な収斂作用を持ち、歯肉からの出血や浸出液中のタンパク質と反応して凝固塊を形成することで、出血を素早く制御する効果がある。ジェルは黄褐色を呈しており、これは有効成分由来の色であるが、実際に歯肉組織にも一時的にこの色調が移ることがある。しかしその抑制効果は高く、多少の出血なら1〜2分程度で止血が完了することが多い。臨床的には、難治な歯肉出血に直面した際に心強い味方となり、チェアタイム短縮につながり得るスペックである。ただし色が付く点は留意すべきで、印象採得後に患者の歯肉が黒っぽく変色して見える場合がある。この変色自体は一過性で数日中に消退するものの、前歯部など審美的に敏感な部位では患者説明が必要になるケースもある。
一方のSUスタットジェル・クリアは塩化アルミニウム25%配合のジェルで、名前の通り透明であることが大きな特徴である。塩化アルミニウムもまた収斂作用を有し、歯肉組織からの浸出液や軽度の出血を抑制する効果がある。濃度25%という高含有にもかかわらず、硫酸鉄系に比べて歯肉を着色させるリスクが格段に低いのが利点である。実際、クリアタイプを使用した部位では術後の歯肉変色はほとんど問題とならないため、審美領域の支台歯印象でも安心感が高い。またジェルが無色透明であることから、術野の視認性が良好で、歯肉溝内部の状態やマージン部を直接観察しながら処置を進められるというメリットもある。ただし、塩化アルミニウムは硫酸第二鉄に比べると止血力がややマイルドであるため、大きな出血点に対しては即効性で劣る場合もある。そのため小規模な出血や歯肉溝浸出液のコントロールに適し、もし活動性の高い出血がある場合には一旦圧迫止血や硫酸鉄系ジェルの使用も検討するなど、症状に応じた使い分けが求められる。
両タイプに共通するスペックとして、高い粘性が挙げられる。SUスタットジェルはどちらも垂れにくいゲル状で、歯肉溝に留まって作用するよう設計されている。サラサラした液体では出血点から流れ出てしまうが、粘稠度の高いジェルであれば歯肉溝内にしっかり留まり、必要な圧力と薬効を局所に与えることができる。さらに付属の極細ブラシ付きチップによって、ジェルを歯肉溝の隅々まで擦り込む操作が可能である。ブラシで軽くマッサージするように塗布することで、物理的に凝血塊や汚れを取り除き、有効成分が組織表面に直接作用しやすくなる。これは単に薬液を塗布するより確実な止血効果を得る上で重要なポイントである。
なお、止血後には十分な洗浄と除去を行う必要があることもスペック上重要な点である。硫酸第二鉄系のジェルは止血過程で血液と反応し不溶性の凝固物を生じるため、それらを水洗やエアでしっかり除去しないと印象材の適合に悪影響を及ぼす可能性がある。同様に、塩化アルミニウム系も長時間残留すれば周囲組織への刺激となり得るため、効果発現後は速やかに洗い流すのが望ましい。ジェル自体は水溶性で吸引や水洗により容易に除去可能なので、印象採得や接着操作に入る前に清掃を徹底することで、後工程への悪影響を避けることができる。このように、各スペックは単なる数字や性状だけでなく臨床現場での結果に直結している。成分濃度・粘性・色調というスペックを理解し、その意味を踏まえて適材適所で使い分けることが、良好な印象と効率的診療につながる。
互換性と運用方法
SUスタットジェルは歯科用材料としてシンプルな構造だが、その効果を最大限に引き出すには適切な手順と他資材との併用がポイントとなる。まずデータ互換性やデジタル連携といった概念は本製品には当てはまらない。しかし、臨床手技の面で言えば従来の歯肉圧排法との互換性が極めて高いと言える。具体的には、SUスタットジェルは従来型の歯肉圧排糸(リトラクションコード)との組み合わせ使用を前提に設計されている。ジェルの主目的は止血と湿潤面の乾燥化であり、物理的に歯肉を遠心的に押し広げる力は限定的である。そのため、明瞭なマージンの露出という目的には、やはり圧排糸による機械的な歯肉排除が必要となる場合が多い。推奨される使い方は、ジェル塗布と圧排糸挿入を組み合わせた二段構えである。
例えば支台歯形成後、まず細ブラシチップを用いてSUスタットジェルを歯肉溝内に塗布し、軽く擦り込むようにして浸透させる。この際、必要に応じて細い圧排糸(例: SUパックコードの000番など)を歯肉溝底部に予め入れておき、その上からジェルを行き渡らせる方法も有効である。ジェルを塗布して約1分ほど待つか、あるいは軽くマッサージすることで出血が治まったのを確認したら、一旦ジェルと凝固物を水で十分に洗い流す。次に、通常の太さの圧排糸を歯肉溝に挿入して辺縁歯肉を外側に圧排する。SUスタットジェルで出血が止まっていれば、糸の挿入もスムーズで出血に邪魔されず確実に行える。糸を挿入後、必要な時間圧排したら上層の糸を除去し(場合によっては下層の糸も除去する)、ただちに印象採得に移る。こうした「止血」と「圧排」の分業によって、両者を一度に行おうとするよりも確実かつ迅速に目的が達成できる。
運用面では、スタッフ教育と院内プロトコル作りもポイントになる。SUスタットジェル自体の使用手技は難しくなく、ブラシで塗るだけなので歯科医師やスタッフが習得に時間を要することは少ない。しかし緊急の止血シーンでは迅速な対応が求められるため、あらかじめ必要物品をトレイに用意し、スムーズに取り出せる状態にしておくことが望ましい。例えば印象採得を行う診療ユニットには常にSUスタットジェル(標準とクリアの両タイプ)を備えておき、必要になったらすぐアシスタントがシリンジとチップを開封して手渡せるようにする。また、術者がジェルを塗布している間に助手は洗浄用のスリーモンやバキュームを準備する、といったチーム対応を決めておくとチェアタイムのロスが最小限で済む。
感染対策の観点からは、SUスタットジェルのシリンジおよびチップは基本的にディスポーザブル(使い捨て)で扱うべきである。一度使用したジェルのシリンジには血液などが逆流・混入する可能性があり、たとえ内容が半分以上残っていても別の患者に使い回すのは厳禁である。幸い本製品は単回使用を前提とした小容量パッケージであるため、多量に無駄が出ることもなく、患者ごとに新品を下ろす運用がしやすい。未開封のシリンジの保存は室温で問題ないが、直射日光や高温を避け、表示された有効期限内に使用するのが安全である。とくに夏場の車中など高温環境に置くと成分劣化や漏出の可能性もあるため、常温管理を徹底したい。
他の器具との物理的互換性については、付属するブラシ付きチップの接続部分が標準的なルアーロック式になっているため、シリンジが同規格であれば流用も可能かもしれない。しかし基本的には製品付属の純正チップを使用することで、サイズ・剛性とも適切に設計されたブラシ圧排が行える。例えばUltradent社のInfusorチップに類似した構造で、軟らかい毛先が組織を傷つけずに薬剤を行き渡らせることができる。特殊なメンテナンスとしては、使い捨てのため日常的な校正や清掃は不要であるが、強いて言えば在庫管理と期限管理が運用上のポイントになる。忙しい診療の中で突然在庫切れとなると困る製品なので、定期的に発注し必要量を切らさない工夫も医院運営上重要である。
最後に、デジタル技術との親和性にも触れておこう。近年は口腔内スキャナーによるデジタル印象も普及しているが、スキャナーであっても歯肉からの出血や唾液がマージンを覆えば正確なデータ取得は困難になる。SUスタットジェルで確実に止血・乾湿域確保をしてからスキャンすることは、従来の印象材の場合と同様に有用である。デジタルだからといって血液に寛容になるわけではないので、アナログ・デジタルを問わずSUスタットジェルの臨床的価値は普遍的と言える。むしろ、出血が即座に画面上で視覚化されてしまうデジタル印象では、術者にとってもストレスとなるだけに、事前の止血処置で安定したスキャン環境を整える意義は大きいだろう。
経営インパクトとコスト検証
臨床材料の導入判断においては、単に「便利かどうか」だけでなく費用対効果(コストパフォーマンス)も無視できない。SUスタットジェルの経営面でのインパクトを分析してみよう。本製品の定価(希望小売価格)は、SUスタットジェル標準タイプ・クリアタイプともにシングル包装1本あたり800円(税別)である。またクリアタイプの6本セットは6本分で4,200円前後とされており、まとめ買いによる1本あたり単価は約700円に抑えられる。付属のブラシチップ代も込みの価格であり、仮に別途チップを購入する場合は20本入りで2,200円程度(1本あたり110円)となっている。したがって1症例あたりのコストは、おおよそ800円前後と見込める。これは使用量に左右されにくく、基本的に支台歯1歯あたりシリンジ1本を使い切る運用で換算している(金属製の容器に入った液剤と異なり、余剰分の長期保存は推奨されないため)。
一方、この数百円の出費が節約につながる隠れたコストも考慮してみたい。たとえば歯肉からの出血を制御できず印象を取り直す羽目になった場合、その患者には追加のチェアタイムが発生するうえ、印象材やトレー、場合によっては技工所への再依頼といったコストが二重にかかる。具体的に想像すると、高精度のシリコーン印象材は1歯の印象でも数千円の材料費がかかることがある。また金属支台築造やクラウンの再製作となれば、保険診療であっても技工料金の医院持ち出しや患者の再来院調整など、目に見えない負担が生じる。SUスタットジェル1本の投入によってこの印象やり直しを一度でも回避できれば、それだけで数倍のコスト節減につながる計算だ。
さらに時間的コストの観点からも価値を見てみよう。仮にSUスタットジェルの使用で各印象ケースあたり5分のチェアタイム短縮が実現できたとする。一日にクラウンやブリッジ等の支台歯印象を2件こなす医院であれば、1日あたり約10分、週5日診療なら週50分、年間で約40時間もの時間が捻出できる計算になる。40時間あれば、短時間の治療であれば追加の患者を何人も診ることができるし、あるいはスタッフの残業を減らすこともできるだろう。1本800円の消耗品を使うことで、40時間という貴重な時間資源を創出できるなら、その投資対効果は決して小さくない。特に保険診療中心で回転率が重要な医院にとって、各ケース数分の短縮が積み重なれば診療効率の底上げにつながり、結果的に収益アップに寄与する可能性が高い。
また、自費補綴を扱う医院にとってはクオリティコントロールのコストとも言える。高額なセラミッククラウン等では、一度の印象ミスが医院の信頼や患者満足度に響きかねない。SUスタットジェル・クリアを投入してでも確実に良い印象を得ることは、再製作リスクの低減=長期的な利益確保につながると言える。800円のコストで数十万円の補綴物の精度が守られるなら、むしろ安い保険である。加えて患者側から見ても、歯肉が黒変したり出血で処置が延びたりするより、スマートに一回で型取りが終わる方が満足度が高いに違いない。患者満足度が上がれば紹介やリピートにもつながり、間接的な増患効果すら期待できるだろう。
もちろん、経営判断としては「本当にそこまで効果があるのか」という点をシビアに見る必要はある。たとえば歯肉の健康状態が非常に良好な患者ばかりで、そもそも出血制御に苦労しない診療環境であれば、本製品の出番は少ないかもしれない。その場合、年間の使用本数も限られ費用対効果は感じにくいだろう。一方、ペリオ的にギリギリの状態でも補綴治療を進めざるを得ないケースや、全周縁下マージンの支台歯など出血リスクが高い症例が日常的にある医院では、SUスタットジェルの存在は保険のようなものと言える。万一に備えて常備しておく価値が十分ある。結局のところ経営インパクトの大きさは、その医院の患者層・症例内容と、術者の求める品質水準によって変動する。低コストで導入しやすい製品であるがゆえに、まずは少量から試用して自院での有用性を見極め、その後継続利用の是非を判断するのも賢明な戦略である。
使いこなしのポイントと導入初期の注意
SUスタットジェルを真に使いこなすためには、単に製品を購入するだけでなく臨床テクニック上のいくつかのコツを押さえておくことが重要である。まず導入初期には、小さな症例から慣らしていくのが良いだろう。たとえば比較的コントロールしやすい少量出血のケースでSUスタットジェル・クリアを使ってみて、その効果と使用感を確かめる。クリアタイプであれば万一多少手間取っても歯肉変色のリスクが低く、安心して試行できるはずだ。実際に使ってみると、ブラシチップで擦り込む操作には適度なコツがいることに気づくかもしれない。ポイントは「力任せに擦らない」ことである。 軽いタッチで歯肉溝内をなぞるように動かし、ジェルを行き渡らせる。強くこすりすぎると歯肉を傷つけて新たな出血を招いたり、せっかくのジェルを押し出してしまったりする可能性がある。適度な圧でマッサージするような感覚を掴むには、数ケースこなして感触を覚えることが近道だ。
次に洗浄の徹底が重要なポイントとなる。止血が確認できたからといって安心してすぐ印象材を流すのは禁物である。ジェルと混ざった凝固物や血液はそのままにせず、シリンジで水を注入しながらバキュームでよく吸引するなどしてできる限り除去する。特に硫酸第二鉄系ジェルの場合、残留物が印象材に触れると表面が硫酸塩で汚染され、硬化不全や細部不鮮明の原因となる恐れがある。エアブローも駆使して歯肉溝から余剰物を飛ばし、最終的には出血も薬剤も無いクリアな状態を作ってから印象採得や接着操作に進むのが理想である。ここでの手間を惜しむと、せっかく止血した意味が半減してしまうので注意したい。
患者への配慮も使いこなしには欠かせない。SUスタットジェルは薬剤の味が多少強く、特に硫酸第二鉄の溶液は金属的な渋い味がする。術中はできるだけ患者に不快な味を感じさせないよう、ジェルの流下を最小限に抑える配慮が必要だ。具体的には、チップで塗布する際に余分な量を出しすぎないこと、塗布後はすぐバキュームで吸引しつつ綿球やロールワッテで舌や頬粘膜をガードすることなどが挙げられる。もし患者が苦味を感じて顔をしかめたら、「少し薬の味がしますが大丈夫です、すぐに水で流します」と一言フォローすると良い。術後についても、硫酸鉄タイプを使った場合は歯肉が黒っぽくなることがあるため、事前に患者へ説明し了承を得ておくのが望ましい。「数日で元に戻る一時的なもの」であると伝えれば、多くの患者は安心する。クリアタイプならほぼ変色を気にせず使えるが、標準タイプを前歯部に使う際はこのコミュニケーションが医院の信頼維持につながる。
導入初期には院内ルールも決めておくと良いだろう。例えば「出血リスクが中程度以上のクラウン印象では原則SUスタットジェル使用」や、「前歯部では極力クリアタイプを使う」といったガイドラインをチームで共有しておけば、材料選択がぶれず一貫した診療ができる。特に複数ドクターが在籍する医院では、誰か一人が熱心に使っていても他が使わないのでは在庫管理が煩雑になる。全員がそのメリット・デメリットを理解し、適切な場面で活用できるよう、院内ミーティングで情報共有するのも有効である。メーカー提供の資料やデモ映像(松風は製品インタビュー動画等を公開している)をスタッフ全員で確認し、共通認識を持つことで、導入効果を医院全体で享受できるだろう。
最後になるが、「使わない」という判断も持ち合わせておくこともプロの技量である。つまり全てのケースで無闇にSUスタットジェルを使用するのではなく、本当に必要な場面とそうでない場面を見極めることである。歯肉縁上マージンで全く出血のないケースにまでルーチンで塗布するのはコストの浪費になりかねない。あくまで止血が難しい局面で頼る切り札として位置づけ、必要十分な使い方を心がけることが、長く有効に使いこなす秘訣と言える。
適応症と適さないケース
SUスタットジェルの適応となるケースは、端的に言えば歯肉からの出血・滲出により術域が不鮮明になる恐れがある処置全般である。代表的なのはやはり支台歯形成直後の印象採得であろう。特に歯肉縁下にマージンを設定したクラウン・ブリッジの印象では、辺縁歯肉からの微小な出血や滲出液が命取りになる。こうした状況ではSUスタットジェルによる止血と圧排糸での歯肉排除が威力を発揮する。同様に、レジン充填や接着修復において歯肉縁下に及ぶカリエスやクラックの処置時も適応の一つだ。ボンディングの際に出血で歯面が汚染されるのを防ぎ、確実な接着操作を行うためにSUスタットジェルで予防的に止血しておくことは有効である。また、インプラント治療におけるアバットメント装着時の歯肉出血や、歯周治療後の補綴処置など、軟組織からの浸出液が問題となる場面全般で活用できる。要は「軟組織のコンディションは悪いが補綴処置は待ったなし」というケースにおいて、本製品は一時的に環境を整えるレスキュー薬剤として適応となる。
一方で、SUスタットジェルが不得意とするケースや注意すべき状況も理解しておかねばならない。まず大量の出血を伴う外科的処置には適さない。例えば抜歯直後の出血や大きく切開を伴う手術の止血には、ガーゼ圧迫や縫合、電気メス等の止血法が優先される。SUスタットジェルはあくまで微小出血や滲出液の管理用であり、動脈性の出血や広範囲の出血には対応できない。また深部の出血源には効果が限定的である。歯肉表面から塗布できる範囲にしか作用しないため、例えば歯根破折で歯槽骨レベルから出血しているような場合、表層にジェルを塗っても根本的な止血にはならない。そのようなケースでは抜歯や根管内処置の検討が必要で、ジェルで誤魔化すのは適切でない。
さらに、適応外の使用として避けるべきは、持続的な組織浸潤や長期効果を期待する用途である。SUスタットジェルは一時的使用を想定した医療材料であり、長時間にわたって組織に留置するものではない。添付文書上も「一時的に用いる」と明記されており、例えば圧排糸に染み込ませて何時間も放置するような使い方は組織壊死や炎症悪化のリスクがある。また印象採得後に歯肉縁下にジェルが残留した状態で仮封や補綴物を装着してしまうと、封鎖された中で化学刺激が続くことになり危険である。したがって使用後は必ず洗浄除去し、何も残さないことが大前提である。
なお禁忌症として特筆すべき明確なものは製品上はないが、成分に対する患者のアレルギーが稀にあり得る点は頭に入れておきたい。硫酸第二鉄や塩化アルミニウムに対するアレルギーは非常に珍しいものの、金属アレルギーの既往がある患者の場合はクリアタイプ(アルミニウム)を避けて硫酸鉄系を使うといった配慮は考えられる。また、妊娠中の患者や全身疾患を抱える患者にも通常使用可能だが、妊婦に関しては念のため必要最小限の使用に留め、嚥下させないよう注意するのが無難である。アルミニウムや鉄が体内に微量入っても問題になるレベルではないが、患者の安心感のためにも説明と注意深い処置を心がけるべきだ。
最後に、SUスタットジェルを代替できるアプローチについても触れておく。たとえば歯肉圧排用のペースト材(他社製品で硫酸アルミニウム配合のものなど)は、圧排と止血を同時に狙った材料であり、一部のケースではそれだけで対応可能かもしれない。また近年普及している半導体レーザー(ダイオードレーザー)は歯肉を蒸散させながら瞬時に止血できる強力なツールである。しかしこれらは一長一短で、ペースト材は圧排効果はあっても激しい出血には弱く、レーザーは高額な設備投資が必要なうえ施術に習熟が要る。電気メスも古典的手段だが、熱ダメージによる歯肉退縮のリスクがある。そう考えると、手軽さ・即効性・組織温存のバランスが取れたSUスタットジェルは、多くの一般開業医にとって現実的で使いやすい選択肢であり、代替しがたい価値を持つと言える。ただし上述のように、場合によっては他の手法の方が適するケースもあることを踏まえ、常に患者の状態と治療ゴールに照らして適切な手段を選択していくことが望ましい。
導入判断の指針(クリニックのタイプ別)
どのような歯科医院・歯科医師にとってSUスタットジェルが有用かは、その診療スタイルや経営方針によって異なる。いくつかのタイプ別に、本製品の向き・不向きや活用法を考察してみよう。
保険診療中心で効率重視の医院
日々多数の患者を診療し、主に保険診療で医院を回しているようなケースでは、1つ1つの処置時間短縮と再処置の回避が経営上極めて重要となる。このような効率最優先の医院では、SUスタットジェルは「攻め」のアイテムと言える。出血に煩わされずテキパキと印象を取り、予定通りのスケジュールで患者を回すことは、保険点数の範囲で利益を出すための必須条件だ。SUスタットジェルは1本数百円のコストではあるが、例えば一日に数件の印象ケースで使用したとしても千円台で済み、その効果で予約の滞りがなくなるなら安い投資である。特にチェア台数が限られている小規模医院では、一人の治療が長引けば他患者の待ち時間が生じ、サービス低下にもつながるため、確実に処置を完了させる保険として本製品を活用できる。
もっとも、保険診療中心では材料コストにも敏感にならざるを得ないため、使い所の見極めは必要だろう。出血がほとんど無いケースでは無理に使わず、必要な症例にピンポイントで使うのが賢明である。また、コスト節減のために使い残しを他患者へ流用するようなことは厳禁である。感染リスクという重大な問題があるうえ、仮にそれで病院感染でも起こせば経営に致命傷を負いかねない。保険診療とはいえ基本に忠実な感染対策は優先すべきであり、シングルパックを適切に使い切る運用を徹底したい。効率重視の医院ほどスタッフの習熟度もばらつきやすいので、誰でも使える簡便さを活かし、マニュアル化した標準手順を整備することで、院内どこでもSUスタットジェルを同じように扱える環境を作ると良いだろう。
審美・自費診療を重視する医院
セラミック治療やインプラント、矯正など自費診療が多い医院では、治療クオリティと患者満足度が何より重視される。このタイプの医院にとってSUスタットジェルは「守り」のアイテムとも言える。すなわち、高額な治療の質を確実に保証し、手戻り(リメイク)を防ぐためのリスクヘッジ手段である。特に前歯部審美領域でのオールセラミッククラウンやラミネートべニアの支台歯形成では、周囲歯肉へのダメージを極力抑えつつ精密な印象を取る必要がある。ここでSUスタットジェル・クリアの出番だ。クリアタイプなら歯肉が黒ずむ心配なく出血だけを抑え、繊細なマージン形態をそのまま型に写し取ることができる。結果としてフィットの良い補綴物が得られ、患者にも美しい歯肉の状態で装着物を提供できる。患者からすれば処置中に血まみれになるような印象はネガティブだが、ジェルのおかげで処置がスムーズかつクリーンに進むことは、そのまま治療技術への信頼感につながるだろう。
自費中心の医院では、レーザーなど高度な設備投資も行っているケースが多い。確かにレーザーでの歯肉蒸散・止血は即効性があり一部では有用だが、前歯部で乱用すれば歯肉縁のラインに変化を及ぼし審美性を損ねるリスクがある。SUスタットジェルは組織へのダメージが少ない点で、審美症例に適する。加えて費用面でも、1ケース数百円のコストは自費診療全体の中では誤差の範囲と言える。患者に高額な治療費を頂いている以上、裏では惜しまず最高の材料を投入しているという姿勢は、スタッフの意識向上にもつながる。実際、審美補綴で成功している医院ほど細部の材料選択にこだわり、見えない所で質を追求しているものだ。SUスタットジェル・クリアのような製品は、そのこだわりを支えるツールとして位置づけられる。
もっとも、自費診療メインのクリニックでは患者ごとの前処置にも時間をかけられるため、必要に応じて印象前に歯周初期治療で歯肉の炎症を改善しておくなどの根本対策をとることも可能である。そうしたケースではむしろSUスタットジェルの出番自体減るかもしれない。しかし不測の事態やタイトなスケジュールではやはり頼れる存在であり、「無いよりあった方が安心」という位置づけになる。自費診療で培われた高付加価値志向の先生方には、患者満足度向上とトラブルリスク低減の観点からSUスタットジェルは心強いアイテムとなるだろう。
外科処置・インプラント中心の医院
口腔外科的処置やインプラントオペを日常的に行うクリニックでは、歯肉のちょっとした出血は慣れっこかもしれない。このような外科処置に強みを持つ医院にとって、SUスタットジェルはメインの止血手段ではないが有用な補助ツールとして活用できる。例えばインプラント埋入後のアバットメントや印象コーピング装着時、微少な出血がある状態でアバットメントレベルの印象を採る場面がある。外科が得意な先生なら電気メスでサッと止血ラインを焼くこともできるだろうが、繊細な軟組織を極力傷つけたくない場合、SUスタットジェルで優しく止血するのは理にかなった方法だ。特にインプラント周囲の軟組織は審美にも関与するため、余計な熱ダメージを避け、化学的に止血しながら必要な部位だけ圧排することで、理想的な型取りが可能になる。
外科中心の医院では、「小さな出血ならガーゼ圧迫で十分」という判断も多いだろう。確かに簡便なガーゼ圧迫や紗布の止血材で代替できる場面も少なくない。そのためSUスタットジェルの有用性は、出血部位が限定されていてピンポイントで薬効を届けたい場合に特に発揮される。広い創面には向かないが、「一点からジワジワと滲む血」に対してはガーゼよりジェルの方が効果的なこともある。また、外科処置後の印象採得では疲労や時間経過で徐々に出血が増えることがあるが、そうした際に最後のひと押しでSUスタットジェルを使用すれば、迅速に事態を収束できる。結果としてオペ全体の時間短縮や、患者の負担軽減にもつながるだろう。
もっとも、外科系の先生方は止血に関して豊富な引き出しを持っているため、SUスタットジェルなしでも乗り切れてしまう場面も多いだろう。必要性をあまり感じないということもあり得る。しかしコストが低く常備の負担も小さい製品なので、「念のためキットに入れておく」程度の感覚で取り入れておいて損はない。特に若手のドクターや見習いのスタッフにとっては、ガーゼ圧迫より確実な止血手段として重宝する可能性がある。ベテランにとって当たり前の術野管理も、経験の浅い人には難しいことがある。その意味で、SUスタットジェルは技術の底上げをサポートする保険と位置づけることもできる。外科処置・インプラント中心の医院では、メインツールではないもののチーム全体の安定度を高めるアイテムとして、持っておく価値はあるだろう。
よくある質問(FAQ)
Q. SUスタットジェルを使用した後、歯肉が黒く変色することはあるか?
A. 標準タイプ(硫酸第二鉄配合)のSUスタットジェルを使用した場合、処置後に一時的に歯肉が黒っぽく着色することがある。ただしこれは薬剤が血液成分と反応して生じるもので、組織が壊死したわけではない。通常は数日以内に自然に元の歯肉色に戻る一過性の現象である。一方、クリアタイプ(塩化アルミニウム配合)は歯肉変色が生じにくい処方になっており、審美的なリスクを抑えたい場合に適している。いずれのタイプでも長期的に歯肉へダメージを残すことは報告されていないので安心してよい。
Q. 印象採得や接着操作の前にジェルは洗い流すべきか?
A. はい、必ず洗い流すべきである。SUスタットジェルは止血効果発現後に水で容易に洗い流せる。ジェルや凝固した血液が歯面に残ったままだと、印象材の硬化不良や接着阻害の原因となる可能性がある。特に硫酸第二鉄系ジェルの残留物はシリコーン印象材やレジン系接着剤に悪影響を及ぼす可能性が指摘されている。そのため、止血が確認できたら速やかに水洗とエアブローでジェルを完全に除去し、清潔で乾燥した歯面環境を整えてから次のステップに進むことが重要である。
Q. SUスタットジェルの標準タイプとクリアタイプは、どちらが止血効果が高いのか?
A. 一般的には標準タイプ(硫酸第二鉄配合)の方が即効性・止血力が高いと考えられる。硫酸第二鉄20%は出血部位のタンパク凝固を強力に引き起こし、活動性の出血も短時間で鎮めることができる。一方のクリアタイプ(塩化アルミニウム25%)も高濃度ではあるが作用はマイルドで、どちらかと言えば軽度〜中等度の出血や浸出液抑制向きである。ただしクリアタイプは組織変色のリスクが少ない利点があるため、前歯部などでは止血力よりも審美面のメリットを優先して選択する価値がある。結論として、奥歯の大きな出血には標準タイプ、前歯の軽い滲出にはクリアタイプというように症例に応じた使い分けがお勧めである。
Q. SUスタットジェルを使えば圧排糸を使わずに済むのか?
A. 基本的には圧排糸との併用が望ましい。SUスタットジェルは止血と湿潤面の乾燥には効果的だが、物理的な歯肉の排除効果は限定的である。確実にマージンを露出させたい場合、やはり圧排糸を併用して辺縁歯肉を押し広げる必要がある。例えばジェルで出血を止めてから細い第1圧排糸を歯肉溝底に入れ、その後太めの第2圧排糸で歯肉を拡げるという二重圧排法を取れば、非常に明瞭な印象境界が得られる。ごく浅い歯肉縁や出血が皆無のケースであればジェルのみでも対処可能かもしれないが、多くの場合はジェル+圧排糸の併用が最も確実である。
Q. 1本のシリンジを複数の患者や複数回の処置に使い回してもよいか?
A. 推奨できない。SUスタットジェルは単回使用(シングルユース)が前提の製品である。一度患者に使用したシリンジ内のジェルは、唾液や血液で汚染されている可能性が高く、たとえ肉眼的に残量があっても他の患者に流用してはいけない。感染対策上も問題であり、また開封後に時間が経てば有効成分の劣化も懸念される。1本1.2mLは通常1症例で使い切る量として設定されているため、残っても廃棄するのが原則である。コストを気にして使い回したくなる気持ちは理解できるが、患者間での使い回しは院内感染リスクを高める行為である。経営的にも感染事故のリスクは最も避けるべきポイントであり、安全な歯科医療を提供するためにもシリンジ・チップとも使い捨てを徹底してほしい。