
歯科止血剤「スポンゼル」とは?用途や効果、代替品や算定・点数まで解説
歯科の外科処置で欠かせない基本手技の一つに止血がある。例えば、抗凝固療法中の高齢患者の抜歯で出血が想定以上に長引き、処置後になかなか止血せず冷や汗をかいた経験はないだろうか。健常者の通常の抜歯であっても、術後に椅子から降りた途端に再び出血が始まり、診療終了後の夜間に患者から緊急連絡を受ける――そんな事態は患者の安全面からも医院経営の面からも極力避けたいところである。
こうした臨床現場の不安を和らげるために広く用いられてきたのが、吸収性局所止血剤「スポンゼル」である。抜歯窩に留置できるゼラチン製のスポンジ状止血材で、術後に取り出す必要がなく確実な止血補助となる。
本記事では、スポンゼルとは何かという基礎から、その用途や止血効果、さらに代替品の選択肢や保険算定(点数)の考え方まで、経営視点を踏まえて解説する。近年スポンゼル自体が供給困難に陥り販売中止が決定されたこともあり、代替製品の情報も含めた最新の止血対策を見ていきたい。
スポンゼルの概要(歯科用止血剤の正体)
スポンゼル【Spongel】は、歯科や外科領域で用いられる吸収性の局所止血剤である。正式には滅菌吸収性ゼラチンスポンジに分類され、豚由来のゼラチンを原料としたスポンジ状の外用薬である。各種手術部位の止血目的に用いられ、適応として「外科領域における止血」および「褥瘡・潰瘍部位」が認められている。歯科では主に抜歯や小手術後の止血に利用されており、出血部位に詰めることで血液を吸収して凝固を促進し、そのまま体内で吸収される特徴を持つ。
製剤はLTLファーマ株式会社から供給されており、スポンジのサイズは2.5×5cm(小判型)と7×10cm(大判型)の2種類が存在する。それぞれ厚さは約1cm程度で、多孔質の立方体状スポンジが個別に無菌包装されている。使用時には必要な大きさに切って創面に貼付・填入し、滲出する血液を吸収しながら傷面に密着する。本剤自体には血液凝固因子は含まれていないが、フィブリン凝塊と同等の止血効果を発揮するとされ、創部に残しても約1ヶ月以内に体内で液化吸収される。そのため、術後に材料を除去する必要がなく、抜歯後の創部にそのまま埋入して安全に放置できる利点がある。
薬機法上、スポンゼルは医療用医薬品(処方箋医薬品)として扱われ、歯科医師・医師のみが使用できる製品である。日本国内では長年にわたり使用されてきたが、2021年頃から他社製品の供給停止に伴う需要急増と製造設備老朽化の影響で供給制限が続いていた。そして2025年には販売中止が正式に発表され、現在流通在庫のみの取り扱いとなっている。公的医療保険での薬価収載も経過措置品目に移行しており、2026年3月末をもって保険請求ができなくなる見通しである。したがって臨床現場では、今後スポンゼルに代わる止血材料の確保・選定が課題となっている。
スポンゼルの主要な特性と止血効果
スポンゼルの主成分は動物由来(豚由来)のゼラチンであり、このゼラチンスポンジは自身の重量の30倍以上の水分を吸収する高い吸湿性を持つ。スポンジ状のマトリックスが創傷表面に強固に付着し、出血部位において血小板やフィブリンの集積を助けることで速やかな凝血塊の形成を促す。簡単に言えば、傷口にできる血餅(フィブリン血栓)と同じような働きをスポンジが担い、自然な血液凝固をサポートする足場となるのである。特に滲み出るような毛細血管や海綿骨からの出血に対して有効で、スポンゼルを貼付・充填するだけで圧迫止血と凝固促進の二重効果が期待できる。
スポンゼルは乾燥したスポンジ状で提供されるが、その柔軟性と適応性も臨床上の重要な特性である。乾燥状態のまま使用すればスポンジが血液を素早く吸い込み、創面にピタッと貼り付く。一方で、生理食塩液で軽く湿らせてから使用すると、スポンジが柔軟になり複雑な形状の創底にも密着させやすくなる。必要なサイズ・形状にハサミ等で容易に裁断できるため、広い創面には大きく、狭い穴状の抜歯窩には細かくちぎって詰めることが可能である。傷口を塞ぐように充填されたスポンゼルは血液を吸って膨潤し、周囲組織との間隙を埋めて圧迫効果を発揮する。この膨張によるタンポナーデ作用もまた止血に寄与する点だが、裏を返せば狭小な部位に詰め過ぎると組織を圧迫するリスクがある。実際、眼科や脳神経領域では神経組織の圧迫を招かないよう使用量に注意が必要とされている。歯科領域でも下顎管付近や上顎洞内などデリケートな部位では、最小限の量にとどめる配慮が望ましい。
止血性能に加え、吸収性であることもスポンゼルの重要なスペックである。埋入されたスポンジは術後に徐々に体液で崩壊・溶解し、約2〜4週間で生体に吸収されて消失する。正常な治癒過程の中で異物として残留しないため、創部にスポンゼルを入れっぱなしにしても炎症や肉芽の異常増殖を起こしにくく、抜糸時に取り除く必要もない。ただし、大量のスポンジ片が残っていると創傷治癒が遅れる可能性があるため、必要最低限の量を使用するのが原則である。また、スポンゼルそれ自体には殺菌作用はないため、感染リスクの高い状況で用いると感染を助長するおそれがある。このため製品の添付文書でも「本剤の使用は縫合、結紮等の止血に代わるものではないこと」「感染の可能性が高い場合には、適切な処置を考慮すること」と注意喚起されている。要するに、スポンゼルはあくまで補助的な止血材であり、血管の結紮や創縫合といった基本的処置を省略するための「魔法のスポンジ」ではない。その点を踏まえた上で適切に使えば、臨床の安全マージンを大きく高めてくれる頼もしい材料である。
スポンゼルの使用方法と取り扱いポイント
スポンゼルの基本的な使用方法は、出血部位に適切な大きさのスポンジを充填・貼付することである。抜歯の場合であれば、まず抜去後の出血が続く歯槽窩を清潔なガーゼや吸引で一度きれいにし(血餅が流出しない程度に軽く)、必要に応じて創縁を圧迫止血する。次にスポンゼルを滅菌包装から取り出し、患部の大きさに合わせてハサミで裁断する。例えば大臼歯抜歯窩には2.5×5cmスポンジを半割または1/4に切って用いることが多い。乾いたまま創洞に詰め込むとスポンジが血液を即座に吸収しつつ固着するが、硬く感じる場合は予め生理食塩水でしっとり湿らせてから充填すると良い。スポンゼルを創内に入れたら、その上から滅菌ガーゼを当てて数分間圧迫するか、必要ならばクロス状の縫合糸でスポンジごと創縁を縛る。このように圧迫や縫合を併用することでスポンゼルが確実に留まり、血餅形成を安定化させることができる。なお、スポンゼルと創面との間に血液以外の液体(唾液や水)が多量に存在すると接着力が落ちるため、できるだけ出血以外の水分を除去した状態で適用するのがコツである。
取り扱い上は、まず無菌操作の徹底が重要である。スポンゼルは滅菌済み製品であり、開封時には清潔操作で直接創部に導入する。パッケージはアルミと紙の二重になっているため、内袋から清潔に取り出して使用する(必要なら無菌鉗子を用いる)。一度開封したものの未使用分が出た場合でも、残りを再滅菌したり保管して後日使い回すことは禁止されている。未使用のスポンジ片が余ったら潔く廃棄し、患者ごとに新しいものを使う。製品の保存は室温で問題ないが、高温多湿な環境では劣化する可能性があるため、クリニックでも有効期限の管理と適切な保管が必要である。
術後管理の面でも、スポンゼル特有のポイントがある。患者には「傷口に溶けるスポンジを入れて止血しています」と説明し、決して自分で触ったり取り出そうとしないよう指導するべきである。口の中に何か詰められている感覚が残るため、不安になる患者もいる。そのため「スポンゼルという吸収性の材料で傷をふさいでおり、自然に体に吸収されるので心配はいらない」と事前に伝えておくと良い。また、通常の抜歯後と同様に強いうがいや過度の運動は控えるよう説明し、必要に応じて止血用の清潔なガーゼを渡しておく(万一スポンゼルが外れて少量出血しても、ガーゼ咬合で対処できる)。スポンゼル自体が感染を防ぐわけではないため、創部が汚染されている場合には術後に抗生剤の投与や経過観察をしっかり行うことも大切である。総じて、スポンゼル使用時は通常以上に術後の説明とフォロー体制を整えることで、患者の安心感と材料本来の効果が最大限発揮される。
コストと経営面でのインパクト
スポンゼル導入による経営面への影響を考えると、その材料コストと保険請求の側面は見逃せない。スポンゼルには薬価(公定価格)が設定されており、5×2.5cmサイズ1枚あたり245円、7×10cmサイズ1枚あたり756.6円である(2025年現在の薬価基準)。この費用は外科処置と併せて保険請求が可能な投薬扱いとなっており、例えば抜歯と同時にスポンゼル小判を1枚使用した場合は約245円分の薬剤料をレセプトに追加できる。患者の自己負担3割で換算すれば約74円程度であり、患者にもクリニックにも大きな金銭的負担にはならない。むしろ、クリニック側は仕入れ値と薬価との差額分の利益が発生する場合もある(薬価収載品のため極めて僅かではあるが)。重要なのは確実に算定することで、実際「スポンゼルを使用したが算定もれで請求し忘れた」というケースも散見される。特に保険請求の経験が浅いスタッフには、スポンゼル使用時には所定の薬剤料をレセプトに計上するルールを徹底しておくと良い。
スポンゼル使用による診療効率への影響も経営視点では注目すべき点である。従来、抜歯後の止血では患者にガーゼを長時間咬合させ、その間は診療ユニットを占有されたり術者・スタッフが経過観察に付き添ったりする必要があった。スポンゼルを併用することで止血までの時間短縮が期待でき、結果としてチェアタイムの削減につながる。例えば、ガーゼ圧迫のみでは止血確認に10分要していたケースが、スポンゼルを填入し縫合することで5分程度に短縮できたとすれば、1症例あたり5分の時間を創出できる計算である。月に20件程度の抜歯がある医院なら月100分、年間で20時間もの時間を他の診療や業務に充てられる可能性がある。この時間短縮効果はスタッフの負担軽減にも寄与し、結果的に人件費あたりの生産性向上につながるだろう。
また、確実な止血によって術後のトラブル対応が減ることも経営上のメリットである。術後出血で患者が当日深夜に来院するといった事態が起これば、緊急対応のための人員手配や時間外診療などで見えないコストが発生する。スポンゼルの適切な使用によりこうした再出血のリスクを低減できれば、無償の再処置や時間外対応による収益ロスを防ぎ、患者満足度も向上する。患者からの信頼が厚まれば口コミでの評価も高まり、結果として新患増加やリコール率向上といったプラスの循環をもたらすだろう。
一方で、今後スポンゼルが入手困難となった場合には、代替として酸化再生セルロース製の止血材(例:サージセル)を用いる選択肢がある。サージセルは高度管理医療機器として保険適用された特殊な材料で、その価格(保険償還価格)はスポンゼルより大幅に高い(小サイズ1枚あたり数千円単位)※。高額な止血材を頻用すると、たとえ保険請求可能でも患者負担増や医院の立替金増加を招く。特に保険診療の範囲内ではコスト意識も重要であり、コストパフォーマンスに見合った使用判断が必要となる。もっとも、本当に出血リスクの高い症例であれば、多少コストがかかっても確実な止血を優先すべきなのは言うまでもない。小さな材料費を惜しんだ結果、大きなトラブル対応に追われては本末転倒である。スポンゼルにせよ代替品にせよ、適材適所で賢く活用することが長期的には医院の利益につながるといえる。
(※サージセル:Johnson & Johnson社の「アブソーバブル・ヘモスタット」。スポンゼルと同様に吸収性の止血材で、シート状および綿状の製剤がある。2022年より歯科領域でも保険算定可能な特定保険医療材料となったが、価格は重量当たり1g=約12,700円と高価である)
現場で使いこなすためのポイント
スポンゼルを導入する際には、単に製品を購入するだけでなく院内での活用体制を整えることが成功の鍵となる。まず、院長や実際に処置を行う歯科医師はもちろん、アシスタントスタッフにも製品の存在と使い方を周知する。具体的には「どのような症例でスポンゼルを使うか」「使用する際の手順」「使用後の患者指導」について院内マニュアルやミーティングで共有しておくと良い。例えば“抗凝固薬を服用中の患者の抜歯ではスポンゼルを準備しておく”“抜歯後10分経っても止血しない場合に使用を検討する”といった判断基準をあらかじめ決めておくことで、現場での迷いが減りスムーズに対応できる。また、在庫管理も重要で、常に必要枚数を確保しつつ有効期限切れのスポンゼルが置き去りにならないようにする。使用頻度が少ない医院では、ときどき棚卸しを行い期限切れが近いものから優先的に使うなどの工夫も求められる。
導入初期の注意点としては、最初は小規模な症例で使い勝手を確認してみることが挙げられる。いきなり難症例で初使用するよりも、比較的コントロールしやすい抜歯で一度試して感触を掴むと良い。スポンゼルが血液を吸ってどの程度膨らむか、どのくらいの大きさに切れば適切か、といった感覚は実際に扱ってみて初めてわかる部分も多い。術者自身が慣れていない場合、最初は過剰量を詰めすぎてしまうこともあるが、経験を経て「少なめで十分」という感覚が身につく。院内で複数のドクターがいる場合は、使用経験を互いにフィードバックし合い、例えば「あの症例ではもう半分のサイズでも止血できた」など情報共有すると良い。また、縫合糸との併用方法やガーゼ圧迫との時間配分など、小さなテクニックもスタッフ間で共有し、チーム全体で使いこなす意識を持つことが望ましい。
患者への声かけにも工夫があるとベターである。スポンゼルを使用した場合、受付や電話対応のスタッフにもその情報を共有し、患者から問い合わせがあった際に適切に答えられるようにしておく。例えば「まだ口の中に何か残っている感じがするが大丈夫か?」といった問い合わせに対し、スタッフがスポンゼルの存在を把握していれば「傷口に入れてある止血用のスポンジの感触だと思います。だんだん溶けてなくなりますのでご安心ください」と落ち着いて説明できる。反対に情報が伝わっていないと「わからないので診察します」となり不要な再来院を招きかねない。院内の情報共有と患者フォローまで含めて運用することで、スポンゼル導入の効果を最大化できる。
スポンゼルが有効な症例と使用を控えるべきケース
スポンゼルの適応症として代表的なのは、繰り返し述べている通り抜歯後の止血である。特に、抜歯窩が大きいケース(難治性の埋伏智歯抜歯や根尖病巣を伴う抜歯など)や、患者が抗血小板薬・抗凝固薬を内服中の場合、肝機能障害や血液疾患があり出血傾向が懸念される場合には、スポンゼルの恩恵が大きい。創傷が大きいほど表面からの滲出出血量も多くなるため、スポンゼルで広い創面を覆うことで効率よく止血できる。また、外科的処置では抜歯以外にも歯周外科手術(フラップ手術)やインプラント埋入手術時の骨出血にスポンゼルを用いることがある。削合した骨面や骨孔からの出血に対し、小さく切ったスポンゼルを貼り付けておくと、縫合後のドレッシング材の下で出血を抑えてくれる。その他、口腔内の外傷処置(舌や頬粘膜の裂傷)で縫合後に上から当てる、膿瘍掻爬後の創底に入れておく、良性腫瘍切除後の創床に貼る、といった応用も可能である。ただし感染リスクが高い状況では注意が必要なので、あくまで清潔に処置した創面の止血補助に限られる。
一方、スポンゼルの使用を控えるべきケースも存在する。まず明らかな感染創では避けるのが基本である。膿瘍や嚢胞摘出後など、創内に細菌が多い状況でスポンゼルを詰め込むと、スポンジが細菌の温床となり感染を悪化させる可能性がある。このような場合は、ガーゼドレナージや開放療法など他の方法で経過をみるほうが良い。また、大きな動脈性の出血がある場合にも、スポンゼル単独では不十分である。歯槽動脈の損傷などで拍動性の出血が見られるときは、スポンゼルを当てる前にまずきちんと血管結紮や電気メスによる止血を行うことが最優先となる。スポンゼルはそうした止血処置後の残存する細かい出血に対して使うものであり、根本的な止血処置の代替にはならない。
アレルギー体質の患者にも注意が必要だ。ゼラチンは食品やワクチンの安定剤にも使われるため稀にアレルギーの報告があり、スポンゼルでもショックやアナフィラキシーが起きた例がある(頻度不明)。過去にゼラチン摂取で蕁麻疹やアレルギー反応を起こした既往がある患者には、念のためスポンゼルは使用しないか、使用する場合も細心の経過観察を行うべきである。
さらに、将来的に骨の治癒や再生を計画している部位ではスポンゼルの使用を再考したい。例えば抜歯即時インプラント埋入を行うケースや、抜歯後に骨造成を予定しているケースでは、抜歯窩に残存するスポンジが骨とインプラント・骨補填材との間のスペースを埋めて邪魔になる可能性がある。スポンゼルは1ヶ月ほどで消えるとはいえ、その間に骨やインプラント表面への細胞付着が阻害される恐れも否定できない。したがってインプラントや骨移植を伴う手術では極力スポンゼルを使用せず、必要ならコラーゲン膜やフィブリン凝固塊など別の方法で止血・創封鎖を図ったほうが望ましい場合がある。
以上をまとめると、スポンゼルは「通常の方法ではやや止血が難しい」というシチュエーションで真価を発揮する材料である。逆に言えば「スポンゼルがなくても十分止血できる」ようなケースでは無理に使う必要はない。必要に応じて使い、不要なときは使わないというメリハリが、臨床的にも経営的にも賢明なスタンスといえる。
【読者タイプ別】スポンゼル導入の向き不向き
保険診療中心で効率重視の歯科医院
日々の診療を保険中心で回転良く行っているような医院にとって、スポンゼルの導入は効率化とリスク管理の両面でメリットが大きい。まず材料費が低価格で保険請求も可能なため、金銭面の障壁がほとんど無いことは大きい。1症例あたり数十円程度の患者負担であれば、費用面で患者の同意を得やすく(実際には患者への直接説明なしに使用しても問題ないレベルの額である)、医院側も追加コストを気にせず必要なケースに投入できる。効率重視の医院では、限られた時間で多くの患者をさばく必要があるが、スポンゼルを活用することで抜歯後の止血にかかる時間を短縮し、チェアの回転率を上げることが期待できる。特に高齢患者や持病のある患者は止血に時間がかかりがちだが、スポンゼルを使えば患者を長時間待たせずに次の処置に移行できるだろう。また、万一の再出血による予定外来院が減れば、余計な時間外労力や無償対応も減り、スタッフの疲弊防止にもつながる。総じて、保険診療の現場でスポンゼルは「安価な安心料」として機能し、効率的な診療フローを陰で支えてくれる存在といえる。
もっとも、効率を追求するあまり不必要なケースにまで闇雲に使うことは推奨できない。スポンゼル自体は低コストでも、それを準備・適用する手間は発生する。例えば出血がすぐ止まったケースでもルーチンで毎回スポンゼルを入れていては、その分の手技時間が逆にロスになる可能性もある。効率重視の医院ほど使用基準を明確化し、スポンゼルが必要な場面とそうでない場面をスタッフ全員で共有しておくと良いだろう。そうすれば無駄を省きつつ肝心な所でしっかり役立てることができる。
高付加価値な自費治療を志向する歯科医院
自費診療中心で患者一人ひとりに手厚い医療サービスを提供しているような医院にとっても、スポンゼルは患者満足度と安全性を高めるツールとなり得る。この種の医院では、インプラントや審美治療など高額な処置が多いため、術後のトラブルによる患者の不満は信用問題に直結する。たとえ小さな出血トラブルでも、「高い治療費を払ったのに大変な思いをした」と患者に感じさせてしまえば紹介やリピートにも響くだろう。そこで、スポンゼルを用いた万全の止血管理は、プレミアムな安心感の提供につながる。実際、抜歯即時インプラントなど自費の外科処置でも、創部の安定を図る目的でスポンゼルや同等品を併用するクリニックは少なくない。患者に対して「特殊な止血材でしっかり処置していますのでご安心ください」と一言添えれば、きめ細かな配慮としてプラスの印象を与えることもできる。
費用面でも、自費診療を受ける患者はある程度の出費を覚悟しているため、数百円程度の材料費増加は問題にならないケースがほとんどである。むしろ医院側が材料費をサービスとして負担しても、将来的なトラブル回避による利益のほうが大きいだろう。スポンゼル自体は保険薬剤だが、自費診療時に使用すること自体には法的な問題はなく(その場合は患者に直接請求か医院サービスとして吸収)、自由診療の質を高める裏方役として活用できる。
もっとも、広範囲な顎骨再建や高度なインプラントオペを日常的に行う医院では、スポンゼルよりもコラーゲン製剤や止血剤付きメンブレンなど、より高度で高価な材料を採用することも考えられる。スポンゼルは汎用性の高い止血スポンジではあるが、例えば骨造成部位には適さないなどの制約もあるため、症例によって最適な材料を選択する柔軟性が求められる。高付加価値志向の医院では、スポンゼルに限らず複数種の止血デバイスを使い分ける選択肢も検討すべきである。ただし、そうした高度材料は非常に高額になりがちであるため、コストと効果のバランスを見極めた導入計画が必要となるだろう。
口腔外科・インプラント中心の歯科医院
親知らずの難抜歯や顎骨手術、インプラント埋入など外科処置を中心に行う医院にとって、スポンゼルの存在はもはや手術キットの必需品と言っても過言ではない。口腔外科系の処置では、一般的な開業医が遭遇しないような大出血や広範囲の創面出血に直面することもある。そのような状況で迅速にヘモスタシス(止血)を達成するには、電気メス・止血鉗子・縫合といった基本手段に加え、スポンゼルのような吸収性止血材の併用が極めて有用である。実際、病院の口腔外科手術室ではスポンゼルや類似のゼラチンスポンジが常備され、執刀医が必要に応じて要求しながら止血を進めていく光景が日常的に見られる。それほどまでにスポンゼルは外科領域で標準的な存在なのである。
インプラント専門クリニックでも、フラップ手術時の微小出血を抑える目的でスポンゼルを細片状にして使うことがある。例えばサイナスリフト(上顎洞挙上術)で骨造成部に微出血が持続する場合、スポンゼルを薄くスライスして膜下に留置し、止血と骨補填材の流出防止を兼ねさせるテクニックも報告されている。こうした高度な応用技術まで考えると、スポンゼルはまさに外科系歯科医師にとって創意工夫の余地が大きい材料といえる。
しかしながら、スポンゼルが今後入手困難になることは、外科中心の医院にとって看過できない問題である。すでに述べたように2025年で販売中止となるため、代替品の確保が急務だ。現在考えられる代替品の筆頭は酸化セルロース系止血材のサージセルである。サージセルはシート状・綿状の製剤で、スポンゼルと同様に吸収性を持ち、外科領域の止血に有効とされる。実際に厚生労働省はスポンゼルの供給不足を受け、サージセルを歯科領域でも保険適用とした経緯がある。ただし前述の通り価格が高いことや使い勝手(形状や質感)の違いがあるため、スポンゼルと全く同じ感覚で使えるわけではない。口腔外科・インプラントを標榜する医院であれば、スポンゼル終了に備えてサージセル等の実地検証を早めに行い、自院の術式に適合する止血材を選んでおくことが望ましい。場合によっては、従来以上に電気メスや骨ワックスなど他の止血手段を駆使し、材料に頼りすぎない止血手技を研鑽しておくことも求められるかもしれない。
総じて、外科処置を日常的に行う医院ではスポンゼルは有用だが、代替材料への移行や新たな止血プロトコル策定も視野に入れた戦略が必要である。適切な止血が得られれば手術時間の短縮や術後合併症の減少につながり、それがひいては患者の信頼獲得と紹介増加という形で医院経営にも跳ね返ってくるだろう。外科系医院こそ、止血材の一つひとつにアンテナを張り、常に最善のツールを揃えておく姿勢が求められる。
よくある質問(FAQ)
Q. スポンゼルはいつまで入手できますか?保管してある在庫は使っても問題ないでしょうか。
A. スポンゼルは2025年にメーカーからの販売中止が決定されました。現在市場に出回っている在庫品については、製品の有効期限内であれば使用自体に問題はない。ただし、公的医療保険での算定は2026年3月31日まで(経過措置期限)とされています。それ以降にスポンゼルを使用しても保険請求できなくなるため、事実上2026年3月末までが使用の目安となります。在庫をお持ちの場合は期限内に使い切る計画を立て、早めに代替製品の検討・切り替えを進めることをお勧めする。
Q. スポンゼルと代替品のサージセルでは何が違うのですか?
A. 最大の違いは素材と形状です。スポンゼルはゼラチン由来のスポンジ状素材なのに対し、サージセル(アブソーバブル・ヘモスタット)は酸化再生セルロースという植物由来素材でできた綿状またはシート状の止血材です。使用感として、スポンゼルは柔らかいスポンジを穴に詰めるイメージ、サージセルはガーゼを押し当てて貼り付けるイメージに近いでしょう。どちらも体内で吸収されますが、サージセルのほうが酸性度による殺菌抑制効果がある反面、組織刺激性もわずかに報告されています。価格面では、スポンゼルが薬価ベースで数百円なのに対し、サージセルは保険償還価格が数千円と高価です(サイズによるが、おおむねスポンゼルの5〜10倍程度)。保険請求上もスポンゼルは「薬剤料」、サージセルは「特定保険医療材料」という別枠で算定します。止血効果自体はどちらも良好ですが、サージセルは薄いシート状ゆえに骨面に貼る場合などに優れ、スポンゼルはボリュームがある分ポケット状の創に詰めやすいという違いがあります。現在スポンゼルが入手困難なため、必要に応じてサージセル等への切り替えが進んでいますが、それぞれの特性を理解した上で症例に合わせて選択すると良いだろう。
Q. 健康な人の普通の抜歯でも、毎回スポンゼルを使ったほうが良いでしょうか?
A. 必要がない場合には、無理に使用する必要はない。 健康な若年者で出血量も少なく、ガーゼ圧迫だけで短時間で止まるような抜歯では、スポンゼルを使わずとも安全に処置できる。スポンゼルはあくまで補助的な止血ツールであり、毎回ルーチンで使用すべきものではない。過度な使用は材料の無駄遣いになるだけでなく、前述の通り創内に異物を残すことでかえって初期治癒が遅れる可能性もゼロではない(通常範囲の使用であれば問題ないが)。したがって、スポンゼルの使用判断はケースバイケースである。具体的には「圧迫止血に時間がかかりそう」「患者の状態的に再出血させたくない」「広範囲で縫合が不十分な部位がある」といった状況で使うと効果的だ。術者の経験上「この症例はガーゼだけで大丈夫そうだ」という場合には無理に使う必要はない。一方で、術中術後に少しでも不安を感じる点があれば遠慮なく使用し、確実な止血を図るというメリハリの効いた運用が望ましいだろう。
Q. スポンゼルを入れると傷の治りが悪くなったり、感染の原因になったりしませんか?
A. 適切に使用すれば、スポンゼルが治癒遅延や感染の原因となることは通常ない。スポンゼルは生体内で最終的に液化吸収され、組織に異物として残らないため、正常な創傷治癒のプロセスを大きく妨げない。実際、スポンゼルを使用した抜歯窩でも数週間後には肉芽が良好に盛り上がり、最終的な骨填塞も問題なく起こることが臨床的に確認されている。ただし、大量に詰め込みすぎた場合や汚染された環境で使用した場合には注意が必要である。前者ではスポンジが溶けるまで物理的に組織修復を阻害し、肉芽形成が遅れる可能性がある。後者ではスポンジに細菌が付着・増殖して感染を助長する恐れがある。要は、適量を清潔な条件下で使えば問題なく、不適切な使い方をすればデメリットが出得るということだ。スポンゼル自体は殺菌作用を持たないので、感染リスクが高いと判断した場合は術後抗生剤の投与や経過観察を徹底し、必要ならスポンゼルを取り除いて洗浄する決断も重要である(基本的にはそのまま留置して問題ないが)。総じて、正しい使用法を守ればスポンゼルが治癒の妨げになることはなく、むしろ適切な止血環境を整えることで円滑な治癒を後押ししてくれる存在である。
Q. スポンゼルの使用は保険で点数を算定できますか?条件はありますか?
A. 算定できる。 スポンゼルは医科・歯科で薬価収載された医薬品であり、使用した場合は他の投薬と同様に薬剤料として算定可能である。歯科点数表上も、抜歯などの手術に伴い使用した局所止血薬は別途算定してよいことが明記されている。算定方法は、処置を行った日にスポンゼルの薬剤名と用量(○cm×○cmを○枚)をレセプトに記載し、所定の薬価相当点数を加算する形だ。特別な条件や加算コードではなく、通常の投薬と同じ扱いで請求する。抗血栓薬服用中の患者にしか算定できないといった制限もない。実際、抗血栓療法中でない健康な方の抜歯でも、スポンゼルを使用したのであれば正当に算定可能である。稀にレセプト点検で「スポンゼル算定について再確認してください」と問い合わせが来るケースがあるが、それは不適切請求を疑われているわけではなく単なる確認事項だ。適切に使用したのであればその旨を回答すれば問題なく認められる(診療録に使用を記載しておくとより安心である)。なお、薬剤料算定に関して薬価が15円以下の極微量なものは包括され算定不可というルールがあるが、スポンゼルはそれに該当しない(245円と高額のため個別算定可)。今後スポンゼルが保険適用から外れた後は、代替品のサージセルを使用した場合に特定保険医療材料料として算定する形となる。その際も基本的には使用した分の定められた点数を請求できる。いずれにせよ、スポンゼル使用時は遠慮なく正当に算定してよいものなので、処置にかかったコストをきちんと請求し、医院経営の適正化を図るべきである。