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【歯科用止血剤の種類まとめ】メーカーごとの効果や価格、用途を比較してみた

【歯科用止血剤の種類まとめ】メーカーごとの効果や価格、用途を比較してみた

最終更新日

クラウンの精密印象を採ろうとした瞬間、辺縁歯肉からじんわり出血してきて印象をやり直した経験はないだろうか。抜歯後になかなか出血点が塞がらず、患者とともに診療チェア横で長くガーゼを押さえて待ったこともあるかもしれない。歯科臨床において「出血のコントロール不足」は誰もが一度は直面する悩みである。実はこの悩み、適切な歯科用止血剤を活用することで劇的に軽減できる。

本記事では、歯科医院で使用される様々な止血剤の種類と特徴を、臨床面と経営面の双方から徹底比較する。本記事を読み進めれば、あなたの診療スタイルや医院経営方針に合った止血剤が見つかり、明日からの臨床ストレスが軽減するとともに、無駄な時間とコストの浪費を防ぐヒントが得られるだろう。

歯科用止血剤の主要製品比較サマリー

まず、代表的な歯科用止血剤について、種類・用途・コストなどを一覧表で整理しておく。臨床の状況に応じて選択できるよう、即効性や止血力といった性能面と、1症例あたりの費用感や使用上のポイントも併せて示す。

製品名 (メーカー)種類・主成分主な用途・適応1回のコスト目安※特徴・留意点
サージセル (J&J)吸収性スポンジ状止血材酸化セルロース系抜歯創や小手術部位の出血止血約5,000円/枚(保険収載あり)5分以内に止血、創部に留置可組織内で約2週間で吸収される
テルプラグ (GC)吸収性プラグ材アテロコラーゲン系抜歯窩の保護と止血約1,000〜2,000円/個(自費材料)出血部位で血液を吸収し血餅形成創傷治癒を促進、疼痛軽減効果も
ボスミン液 (第一三共)血管収縮薬 (アドレナリン0.1%液)歯肉や創部への局所止血(綿球浸漬や注射)数十円/回(薬価12円/mL)即時に強力な血管収縮作用作用切れ後の出血に再注意、全身影響に留意
歯科用TDゼット液 (東洋薬研)局所止血薬 (収れん剤)塩化アルミニウム25%+CPC+リドカイン歯肉圧排時の小出血、歯肉整形時約300円/回(1mLあたり約300円)収れん作用で組織を凝固収縮麻酔成分で処置痛軽減、殺菌成分配合
ヘモデント液 (プレミア)局所止血薬 (収れん剤)塩化アルミニウム約21%歯肉圧排時の小出血、印象前処置約200〜300円/回古くから使用される圧排液歯肉に刺激少なく安全、エピネフリン無配合
ビスコスタット (Ultradent)化学的止血剤 (ゲル状)硫酸第二鉄20%歯肉縁の出血制御(支台歯形成や印象時)約150〜200円/回(30mL約5千円)高粘度ゲルが速効で止血使用後の十分洗浄が必要(凝血残留注意)
ビスコスタットクリア (Ultradent)化学的止血剤 (ゲル状)塩化アルミニウム25%審美領域の出血制御(前歯部など)約150円/回(30mL約4千円)無着色の透明ジェルで審美向き組織への沈着物が少なく洗浄容易
※コスト目安は製品価格や薬価等から1症例で使用する概量に基づき算出(実際の購入価格により変動)。保険収載品は医科歯科の材料費算定可能。

一覧に挙げたように、一口に「止血剤」と言っても性質は様々である。吸収性のスポンジやプラグは外科処置向けで価格も高めだが確実に出血を止め、術後の管理が容易になる。一方、化学的な止血液やジェルは比較的低コストで即効性があり、補綴処置中の微小な出血制御に威力を発揮する。以下では、それぞれの特徴を深掘りし、臨床での使い分けポイントと経営面での利点・欠点を検討していく。

歯科用止血剤を選ぶ比較ポイント

効果的な製品選択のために、いくつかの比較軸を押さえておきたい。止血剤の性能差が具体的に臨床結果や医院経営にどう影響するのか、多角的に解説する。

即効性と止血効果の違い

止血剤によって血を止めるメカニズムと速度が異なる。例えば、収れん作用を持つ薬剤は血液中のタンパクを凝固させることで微小な出血を素早く止める。硫酸鉄や塩化アルミニウムを主成分とする液剤・ジェルは、この収れん作用により歯肉からの滲出液を数十秒〜数分で止めることが可能である。筆者も支台歯形成中に出血した際、これらの止血ジェルを歯肉溝に擦り込んでからわずか数十秒で出血がピタリと止まり、チェアタイムを短縮できた経験が何度もある。

一方、血管収縮薬であるアドレナリン製剤(ボスミン液)は毛細血管を強力に収縮させることで止血する。綿球に浸して歯肉に当てたり局所麻酔下で極微量を注射すれば、ほぼ即時に出血を制御できる。しかし効果が一時的で切れた後に再出血するリスクがあるため、長時間の処置には向かない。また心疾患や高血圧の患者では全身への作用に注意が必要である。

吸収性の止血材(コラーゲンやセルロース系スポンジ)は、スポンジ状のマトリックスが血液を吸収・凝固させて物理的に出血部位を塞ぐ。完全に止血するまで2〜5分程度と若干タイムラグはあるが、出血量が多い外科的な創面でも確実に血餅を形成できる点が強みだ。特に抗凝固薬服用患者の抜歯では、ガーゼ圧迫だけでなくこれらの止血材を併用することで安全に止血できる。筆者も、ワルファリン内服中の患者の抜歯でコラーゲンスポンジを使用し、術後出血トラブルを起こさずに済んだケースがあった。大量出血への備えとして、即効性重視の薬剤とあわせ吸収性止血材も在庫しておくと安心である。

操作性と組織への影響

止血剤は使い勝手や組織への副次的な影響も吟味すべきである。たとえば硫酸鉄系のジェル(ビスコスタットなど)は速効だが強酸性で、長時間歯肉に留置すると一部組織の壊死や変色を起こす恐れがある。そのため「速やかに塗布し、1〜2分で洗い流す」という使用手順遵守が重要だ。また、硫酸鉄の凝固物が歯面に残存するとレジン接着を阻害したり、後日歯質内に黒いヘモジデリン沈着を生じさせることが報告されている。そのため、止血後は強めの水洗とエアーブローで残留物を完全に除去しなければならない。術者がこの一手間を惜しむと、せっかくの接着修復が数週後に辺縁着色を起こし再治療…という残念な結果になりかねない。

塩化アルミニウム系の止血剤(TDゼット液やヘモデント液など)は歯肉への刺激が比較的少なく、収れん作用による歯肉の引き締め効果も得られるため、印象採得前の歯肉圧排に最適である。筆者も若手時代、硫酸鉄で歯肉が黒変した経験から前歯部ではアルミニウム系液剤に切り替えたところ、術後の歯肉変色が起きず安心した記憶がある。ただしアルミニウム液も長時間濡れたガーゼで覆うと粘膜に炎症を起こす可能性があるため、用途は小出血の短時間止血に限定する方がよい。なお、これらの液剤はサラサラしていて狙った部位に留めにくい欠点があるが、圧排糸や綿球に染み込ませて使うことで患部にとどまり効果を発揮しやすくなる。

吸収性スポンジ材の操作性は一長一短だ。例えばセルロース系スポンジ(サージセル)は柔軟で創面に密着しやすい反面、濡れるとゼリー状に崩れやすく、縫合時に針に絡まることがある。また酸性物質の塊であるため、大量に残置すると周囲組織に炎症を起こす可能性があり、必要最小限のサイズにカットして用いることが望ましい。コラーゲン系スポンジ(テルプラグ等)は比較的組織親和性が高く、そのまま縫合で固定しても生体に悪影響を与えにくい。しかし、吸水後に膨潤するので入れ過ぎると圧痛や違和感を患者に与える場合がある。いずれにせよ吸収性の材料であっても、術後経過で必要がなくなれば除去を検討するなど細かな配慮が求められる。

患者安全性と疼痛への配慮

止血剤選択は患者の全身状態や快適性にも関係する。局所麻酔剤添加アドレナリン(ボスミン)は安価で即効性が高いものの、心拍数の増加や血圧上昇など全身性の副作用リスクを伴う。高齢者や循環器系に不安がある患者に対しては、たとえ局所使用でも過剰な投与は厳禁である。筆者も過去に深い齲蝕処置で髄室からの出血を止める際、綿球にボスミン液を含ませて歯髄断面に当てたところ、患者が「心臓がドキドキする」と訴えたことがあった。幸い大事には至らなかったが、アドレナリンの浸透により少量でも全身作用が現れることを痛感した。以降、このようなケースでは塩化アルミニウム系の止血ジェルを用いて対応している。各止血剤の薬理を理解し、患者の状態に応じて安全な選択肢を取ることが大切である。

疼痛や不快感への配慮も品質の一部だ。硫酸鉄やアルミニウムの止血薬は酸性が強く、しみる刺激や苦味があるため患者に不評を買いやすい。TDゼット液のように局所麻酔成分(リドカイン)を含有する製品であれば、塗布部位の疼痛を抑えられ患者のストレスが軽減されるメリットがある。また、コラーゲンスポンジは止血と同時に創面を保護して術後疼痛を和らげる効果が期待できる。実際、テルプラグを用いた患者から「抜歯後もそれほど痛まなかった」と言われたことがあり、単なる止血以上の患者満足度向上効果を実感した。材料費はかかるが、処置後の痛みが少なければ患者からの信頼は高まり、口コミで医院の評判向上にもつながるだろう。

コストと投資対効果

歯科用止血剤の導入に際して経営者視点で無視できないのがコストとROI(投資利益率)である。高価な材料でも、それがもたらす効率化や収益増に目を向けると決して「高い買い物」とは限らない。

例えば、吸収性止血スポンジ1枚の価格は数千円と高額だが、保険点数で算定可能な場合があり適切に請求すれば経済的負担は一部相殺できる。仮に自費となっても、出血リスクの高い難症例を安全に行えることで得られる信頼は大きい。筆者が勤務したクリニックでは、高齢者の抜歯やインプラント手術時に積極的にサージセルを使用し「出血管理に万全を期す医院」として紹介元からの症例依頼が増えたことがある。初期在庫にはコストがかかったが、結果として治療件数増加で投資を回収できた好例である。

また、数百円の止血ジェルでチェアタイムを10分短縮できたとしよう。その10分で別の患者を診療できれば、医院の1日の売上・回転率向上につながる。保険診療で1時間あたりの収益が数千円とすれば、年間を通じて蓄積される時間短縮効果は止血剤のコストをはるかに上回る「利益」として現れるだろう。さらに、印象のやり直し防止による印象材や技工代の節約、やり直しによる患者の不満回避といった隠れたコスト削減も見逃せない。

ただし、闇雲に高価な材料に飛びつけば良いわけではない。重要なのはクリニックの症例傾向に見合った選択である。保険診療中心で外科処置が少ないのであれば、吸収性スポンジは最小限に留め、安価な止血液や日常的な圧迫止血で十分だろう。逆に自費治療や外科処置を売りにしている医院では、高機能な止血剤を揃え万全の体制を示すことが付加価値となる。筆者自身、開業当初にかけられるコストには限りがあったため、まず低コストで汎用性の高いアルミニウム系止血液とボスミンのみを常備し、徐々に症例が増えてから硫酸鉄ジェルや吸収性スポンジの導入に踏み切った経緯がある。投資のタイミングと優先順位を見極め、費用対効果が最大となるよう計画的に導入することが経営の鍵だ。

代表的な歯科用止血剤【製品別】レビュー

以上の比較ポイントを念頭に、主要な止血剤ごとに具体的な特徴と臨床価値を見ていこう。それぞれの強み・弱みを踏まえ、どんな歯科医師に適した製品なのかも考察する。

サージセル(酸化セルロース系の吸収性局所止血材)

サージセルは酸化再生セルロースから作られた白いガーゼ状または綿状の吸収性止血材である。出血部位に押し当てると血液を吸収しゼラチン状に変わって密着、約2~5分で止血効果を発揮する。止血後はそのまま創部に留置でき、約2週間ほどで生体に吸収されるため抜糸時に取り除く必要がない(必要に応じて一部除去は可能)。これは抜歯や歯周小手術の術後管理を簡便にし、患者の負担軽減にもつながる利点だ。

もともと歯科ではスポンゼルというゼラチンスポンジ製品が広く使われてきたが、近年販売終了となり、本剤が実質的な代替品となっている。スポンゼルと比べるとサージセルは植物由来で抗原性が低く、止血後の組織反応も安定しているとされる。動物由来コラーゲンに抵抗があるケースや感染リスクが懸念される症例でも安心して使用できるだろう。

臨床的な強みは抜群の確実性にある。縫合や圧迫で止血困難な出血でもサージセルを創面に置けばかなりの高確率で止まってくれる。筆者も全身抗凝固療法中の患者の難抜歯で、術後に穴を埋めるようにサージセルを詰めておいたところ、出血はすぐ鎮静化し、患者はそのまま無事帰宅できた。通常なら病院口腔外科送りとなるような症例でも、止血材があれば自院で対応可能となり、結果として患者からの信頼も得られる。

注意点としては、コストが高いことと在庫管理である。保険請求可能な手術には使いやすいが、通常の抜歯では材料費自費となるケースもあり毎回誰彼にでも使うわけにはいかない。また一箱に複数枚入っているため、滅菌状態で保存しつつ開封後は早めに使い切る工夫が必要だ(使用期限も確認したい)。ただ、サージセルのような高度管理医療機器は万が一の訴訟リスク回避という保険でもある。特に「術後に出血したらどうしよう」という不安から解放される精神的メリットは計り知れない。外科処置の多い先生や、安全第一を掲げる医院には欠かせない製品である。

こんな歯科医におすすめ

抜歯や外科処置を日常的に行う先生、抗凝固薬服用患者を積極的に受け入れている医院、安全最優先で患者の安心を買いたい経営者

テルプラグ(アテロコラーゲン製の抜歯窩保護材)

テルプラグは国内メーカーGCが提供するコラーゲン製の吸収性創傷被覆材だ。アテロコラーゲンという抗原性を極力排除したコラーゲンを円錐形のスポンジ状に加工しており、主に抜歯後の歯槽骨露出部を塞ぐ目的で使われる。創洞に挿入すると血液を素早く吸い込み、その場で血餅様のゲルを形成して止血と保護を行う。数週間かけてコラーゲンが生体吸収される間に、周囲から肉芽組織や新生上皮が侵入し創傷治癒が促進されるのが特徴だ。

臨床経験から言えるテルプラグ最大の利点は、患者の術後快適性向上である。抜歯後にこれを入れておくと、血餅が安定してドライソケットのリスクが減るだけでなく、創面が覆われることで疼痛が和らぐ傾向にある。実際、多くの患者が「今回はあまり痛まなかった」と述べ、次回以降の処置への心理的不安が軽減している。また、コラーゲンが歯槽骨表面を保護することで、治癒過程での過度な骨吸収や歯肉陥凹を防ぐ効果も期待できる。将来的なインプラント埋入や義歯安定のためにも、抜歯窩の形態維持は医院にとってメリットとなるだろう。

ただし、テルプラグは保険適用外の材料であり、1個あたり千円以上のコストが発生する。経営的には自費メニューとして位置づける戦略が必要だ。例えば「抜歯窩保護・治癒促進処置」として患者にメリットを説明し、追加費用の了承を得て提供する形が考えられる。患者満足度が高まり紹介にもつながる施術であれば、自費でも選択する人は多い。筆者の医院でも親知らず抜歯時にテルプラグ使用をオプション提案したところ、高い割合で受け入れられた経験がある。売上向上だけでなく術後トラブル減少による再診コスト低減にもつながり、一石二鳥であった。

取り扱い上の注意としては、コラーゲンに対する過敏症がごく稀にあり得る点と、感染リスクのあるケースでは使用を慎重に判断する点だ。急性炎症が強い部位にコラーゲンを入れると細菌の温床になる可能性もゼロではない。基本的に無菌的な処置下で使い、膿瘍や高度汚染創には用いないほうが賢明である。また、軟らかいスポンジなので挿入時に過度に圧迫すると千切れてしまうことがある。軽く押さえて密着させ、あとは縫合糸で留める程度で十分効果を発揮する。優しく扱うことで材料を無駄にせず最大の効果を享受できるだろう。

こんな歯科医におすすめ

自費含む付加価値の高い外科処置を提供したい先生、患者の術後ケアを徹底し紹介を増やしたい開業医、将来のインプラントや補綴も見据えて抜歯後の組織保存にこだわる方

ボスミン液(止血用アドレナリン外用液0.1%)

ボスミン外用液は歯科のみならず医科でも広く用いられるアドレナリン(エピネフリン)製剤である。交感神経作用により血管平滑筋を収縮させるため、局所に適用すると小血管がただちに締まり出血が止まる。歯科領域では昔から、麻酔薬に添加されている血管収縮薬として馴染み深いが、純粋なボスミン液自体も止血目的で利用できる。具体的には綿球やガーゼに0.1%液を浸し、出血部に圧接する方法や、浸潤麻酔後に残った少量を止血したい乳頭部に追加注射する方法などが取られる。

この製剤の最大の強みは効果発現の速さと強さである。筆者も、重度歯周病で出血しやすい歯肉に対し、麻酔カートリッジ内のアドレナリン添加液では追いつかない場合に、綿片にボスミン液を染み込ませてピンポイントに当てることで瞬時に出血点が白く変化し止血するのを何度も経験した。歯内療法の際に露出した歯髄からの出血も、ボスミン綿棒で数十秒圧接すれば大抵止まってくれる。小帯や歯肉切除後の出血にも、ガーゼに垂らしたボスミンを咬ませておけば安心だ。1瓶あたりの薬価は安価で、必要量も数滴程度と経済性も抜群である。コスト意識の高い保険診療主体のクリニックでは、「最強の味方」と言ってよい。

しかし、その反面取り扱いの難しさとリスクも知っておく必要がある。前述した全身への作用は特に注意すべきポイントだ。口腔粘膜は吸収が良いため、ボスミン液を大量に含んだガーゼを長時間留置するとアドレナリンが血中に入りこみ、患者に動悸や血圧上昇を引き起こす恐れがある。また、止血自体は一時的で、時間経過に伴い血管が再拡張するとリバウンド出血が起きることがある。これは麻酔が切れた後に傷口からまた出血してくる現象で、特に術後の注意が必要だ。対策としては、ボスミンでいったん止血しても血餅形成が不十分な場合は、必ず追加で圧迫止血や縫合など物理的な止血を補完することである。

さらに留意すべきは、ボスミン液は医薬品であり適応外使用になる場合がある点だ。例えば歯科用のボスミン液0.1%は本来「局所麻酔の作用延長や気管支痙攣の緩解」を主目的としており、「歯科処置の局所止血」は間接的な効能と言える。もちろん実際には耳鼻科領域でも粘膜収縮に用いるなど一般的に行われている使い方ではあるが、患者説明時には「麻酔のお薬に含まれる成分で出血を抑えますね」など、分かりやすく納得を得る配慮が望ましい。薬機法的な広告には注意しつつ、臨床テクニックとしては存分に活用したい切り札である。

こんな歯科医におすすめ

とにかく低コストで効果的な止血法を求める保険中心の先生、クリニック常備薬を上手に活用したい効率志向の方、全身管理に注意を払いながらもスピード優先で診療を行う必要がある場面

歯科用TDゼット液(アルミニウム収れん止血剤+局所麻酔成分)

歯科用TDゼット液(ティーディーゼット液)は、国産の歯科専用局所止血薬である。成分は塩化アルミニウム25%に、殺菌効果を持つセチルピリジニウム塩化物(CPC)と表面麻酔効果を持つリドカインが配合されている。この組み合わせにより、小出血部位での止血を速やかに行いつつ、処置時の痛みや細菌繁殖も抑えられるよう工夫された製品だ。適応は主に「歯肉圧排時や歯肉整形時の歯肉・粘膜の小出血」とされており、クラウンやインレーの印象採得での出血管理に威力を発揮する。

臨床試験では、TDゼット液塗布後の止血有効率が約99%に達し、0.1%アドレナリン外用群よりも有意に優れた成績を示したと報告されている。それだけ聞くと魔法のような薬剤に思えるが、実際に使ってみると確かに止血スピードは速い。筆者も印象中に出血した支台歯歯肉に綿球で本剤を軽く塗布し30秒ほど圧迫すると、ほぼ完全に出血が止まり以後の作業がスムーズになった。アルミニウム塩の収れん作用で毛細血管からの出血口をキュッと縮めて塞ぎ、リドカイン効果で患者の痛がる素振りも無かったのはありがたい。麻酔成分入りゆえ味も甘味・香料でマスキングされており、患者の不快感が少ない点も地味に重要である。

経営面でもTDゼットは安定したコスパを持つ。劇薬指定の医療用医薬品であり購入には薬価での仕入れが必要だが、薬価基準では1mLあたり約300円と高すぎる印象はない。10mLボトル1本で数十症例分は使えるため、1回の使用量を考えればわずか数十円~百円程度の材料費だ。これで印象のやり直しが防げるなら、技工代や再診時間の節約効果を考えるとむしろ利益に寄与すると言えよう。また本剤は1970–80年代から使われており歴史が長く、副作用発現率も0.8%程度(主に一過性の発赤や刺激感)と安全性が確立されている。国産ゆえに入手もしやすく、添付文書や情報提供も日本語できめ細かい点は臨床家にとって心強い。

注意事項としては、適切な範囲で使用することだ。塩化アルミニウムは強い収れん作用を持つが、塗布しすぎると周囲組織を脱水しすぎてしまい、処置後に一時的な歯肉退縮を引き起こす可能性がある。また、深いポケット内のような出血源には効果が限定的なので、あくまで「表在性の小出血」に留め、抜歯創出血などには別の方法を選ぶべきだろう。過度の多用は避け、適材適所でピンポイントに効かせるのが、この薬の賢い使い方である。

こんな歯科医におすすめ

クラウンやブリッジなど補綴治療で精密印象を追求する先生、保険診療下でも質を落とさず効率化を図りたい経営者、国産の実績ある薬剤で安心して臨床を進めたいベテランの方

ヘモデント液(アルミニウム収れん性の古典的圧排用液)

ヘモデント液は米国Premier社の止血剤で、塩化アルミニウム約21%を主成分とする液体だ。古くから歯肉圧排用の溶液として世界的に使用され、日本でも輸入販売されている。基本的な効果は前述のTDゼット液と同様にアルミニウムの収れん作用による止血であり、印象採得前の歯肉からの浸出液や軽度の出血を抑えるのに適している。

ヘモデントの特徴は、そのシンプルさと組織親和性にある。添加物は着色料程度で、有効成分はアルミニウム塩のみ(エピネフリンなどは無配合)であるため、歯肉に刺激が少なく安心して使える。実際、ヘモデントを含浸させた圧排糸を歯肉溝に入れておくと、ほとんど痛みもなく歯肉が引き締まって出血が止まる。インレーやクラウンのセット時に歯肉縁上の出血を抑えるのにも有用で、重篤な副作用の報告も見当たらない。いわば「縁の下の力持ち」的な止血剤と言えるだろう。筆者自身も駆け出しの頃に先輩から「まずはヘモデントと圧排糸でちゃんと止血・圧排できなければダメだ」と教わり、このオーソドックスな方法で歯肉縁を乾燥下に露出させる練習を積んだものだ。

経営面では非常に扱いやすい。輸入品ではあるが1ボトル10cc入りで価格も数千円と手頃であり、ほぼTDゼットと同等の費用感で運用できる。特にこちらは一般医療機器扱いで薬剤ではないため、薬価ルートではなく歯科ディーラーから普通に購入可能で在庫管理が容易だ。そのため開業当初から導入しやすい止血剤として適している。圧排用器材として製品カタログにも必ず掲載されており、歯科医院の当たり前の備品として浸透している。コストパフォーマンスという点では満点に近いだろう。

一方で弱点は、止血力が強すぎないことだ。アルミニウム塩は硫酸鉄ほどの凝固力はなく、ヘモデントで止まらないような大きな出血には太刀打ちできない。あくまで「歯肉圧排中ににじむ程度の出血」を対象とし、それを超える場面では他の手段を組み合わせる必要がある。また液体が低粘度で流れやすいため、用いる際は必ず綿糸やスポンジに含ませて使う工夫が求められる。ボトルから直接歯肉に垂らしてもうまく作用せず、無駄遣いになるだけなので注意したい。地味だが確実性のある道具として、他の派手な止血剤と使い分けてこそ真価を発揮する製品である。

こんな歯科医におすすめ

古典的で安全な方法を好む保守派の先生、コストを抑えつつ基本に忠実な臨床を志向する方、開業時にまず必要最低限のツールから揃えたいと考えている先生

ビスコスタット(硫酸鉄20%配合の高粘度止血ジェル)

ビスコスタットはUltradent社(日本ではヨシダなどが扱う)の止血用ゲルで、硫酸第二鉄20%を有効成分としている。名前の由来が「粘性(Viscous)止血剤(Hemostat)」であるとおり、茶褐色の高粘度ジェルが特徴的だ。印象採得時の歯肉出血やクラウン補綴時の出血点管理などに広く使われ、今日では世界中の歯科医院で見かける止血材の一つとなっている。

硫酸鉄系止血剤としての威力は折り紙付きで、速効的かつ強力な止血が可能だ。歯肉縁からの出血が多い支台歯でも、ビスコスタットを付属のブラシチップ(デントインフューザーチップ)で歯肉溝内に擦り込むように塗布すれば、わずか数十秒でピタッと血が止まる。これは硫酸鉄が組織中のタンパク質と反応して不溶性の凝固塊を形成し、毛細血管を物理的に封鎖するためである。筆者も初めて使ったとき、その瞬間止血効果に驚いたものだ。チェアサイドでアシスタントに「もう出血止まりました」と告げると、相手も半信半疑で確認して「本当ですね」と驚いていた。再印象が不要になるケースも格段に増え、臨床ストレスが軽減されるのを実感できる。

さらに本剤は粘度が高く患部に留まりやすい点も優秀だ。液体止血剤だと唾液に流されたり綿球に吸われたりしがちだが、ビスコスタットはジェルが歯肉に付着して作用するため効果を発揮しやすい。付属の1.2mLシリンジに詰め替えて使う使い切り方式で感染対策も取りやすく、1本30mL入りのシリンジから約25回分程度使用でき経済性も許容範囲と言える。

ただし、硫酸鉄ゆえの扱いの難しさもある。先述のように、本剤使用後は必ず強めの水洗とエアで凝固物を洗い流す必要がある。製品マニュアルでも「凝血塊やジェルが象牙質表面に残存すると接着阻害になる」と明記されており、特に接着修復を行う場合は念入りな洗浄が欠かせない。また、硫酸鉄は金属イオンを含むため残留すると歯や軟組織に黒褐色の着色を生む可能性がある。実際、ビスコスタットを使った直後には歯肉が黒っぽく変色するが、これは一過性の凝血沈着なので通常数日で元に戻る。しかし、きちんと洗浄しないまま仮封するとその内部で着色が進み、補綴物装着時に歯肉が黒ずんで見えることがある。審美領域ではそうした失敗談も散見されるため、使用場面は選ぶべきだろう。

また、本剤自体が酸性が非常に強い点にも注意。長時間歯肉につけっぱなしにすると、部分的に上皮剥離や壊死が起こり逆に出血・炎症を招きかねない。必ず3分以内、できれば1〜2分で洗浄除去するルールを守る必要がある。筆者は一度、圧排コードを入れる前にビスコスタットを塗布してから別処置に気を取られ、5分以上放置してしまったことがあった。案の定次回来院時にその部位の歯肉が少し退縮してしまい深く反省した。以降はタイマーで計測するくらい慎重に扱っている。

総じてビスコスタットは即効性と引き換えにテクニックセンシティブな側面を持つ材料と言える。使いこなせばこれほど心強い味方はないが、使い方を誤ればトラブルも招きかねない。臨床に自信と慎重さを持ち合わせた歯科医師が、その腕を最大限に発揮するための道具として最適である。

こんな歯科医におすすめ

精度の高い補綴・修復治療を展開している先生、多少手間がかかってもベストな結果を優先する職人気質の方、高機能な海外製材を積極的に導入している医院

ビスコスタットクリア(審美領域向け透明なアルミニウム止血ジェル)

ビスコスタットクリアは上記ビスコスタットの姉妹品で、有効成分を塩化アルミニウム25%に変えたバージョンである。名前の通りジェル自体が淡黄色透明で、使用後に歯や歯肉へ着色が残らない点をセールスポイントとしている。硫酸鉄だと前歯部に使いにくいというニーズに応え、審美歯科領域で活躍する止血剤だ。

止血効果のメカニズムは収れん作用であり、即効性の点では硫酸鉄にやや劣るものの、小出血であれば数十秒~1分程度で十分止まる。筆者も前歯部のラミネートベニア形成時に隣接乳頭から出血した際、本剤を圧排糸に染ませて5分ほど挿入しておいたところ、除去後にはきれいに止血・乾燥していた経験がある。硫酸鉄のように黒い沈着物ができないため、審美ゾーンでも安心して使えるのは大きな利点だ。セラミック修復の辺縁部に万一残留物があっても変色の心配がなく、患者への説明もしやすい。

操作性も改良されており、クリアは粘度が高めで垂れにくいジェルになっている。硫酸鉄製剤のような凝血塊ができにくく、圧排コードやチップで塗布した後の洗浄も比較的容易だ。実際に洗い流すとほぼ透明なままフッと落ちていく感覚で、後処理の確実性に安心感がある。なお、Ultradent社の資料によれば、本剤は硫酸鉄系やエピネフリン含有剤と併用しても効果が高まるものではなく、単独で使うよう推奨されている。効果不足と感じても他剤を重ね塗りせず、一度洗浄してから別の方法に切り替えるべきだろう。

経営面ではビスコスタットと同等かやや安価で、30mLあたり定価4,000~5,000円程度とされる(ディーラー価格は変動あり)。硫酸鉄に比べて賞味期限(使用期限)が短めとの情報もあるので、必要なときに必要な本数だけ仕入れるのが良いだろう。使いどころが限定される分、在庫を抱えすぎると期限切れで廃棄…というリスクもゼロではない。筆者の医院では月数本程度しか前歯部の出血ケースは出ないため、小容量パックが欲しいと感じることもある。しかし患者目線で考えれば、審美治療において歯肉が黒ずむリスクを排除する意義は大きい。費用も微々たるものなので、審美系自費診療を提供するなら標準装備とすべき材料と言えよう。

当然ながらクリアにも弱点はあり、硫酸鉄と比べると止血力がマイルドだ。大量出血時は不向きであり、そうした場合は潔く硫酸鉄系や他の方法に切り替える判断が求められる。また塩化アルミニウム系なので、長時間放置すると歯肉の一過性炎症は起こり得るし、接着面残留でボンディング不良を起こす点は共通だ。したがって使用後の洗浄・清掃は必須であることに変わりはない。硫酸鉄より扱いやすいとはいえ、止血後の丁寧な仕上げ処理まで含めて一連のテクニックとして完成させたい。

こんな歯科医におすすめ

セラミックや審美補綴を多く扱う先生、患者の目に見える部分の処置で細部まで気を配る繊細な方、クオリティ重視の自費診療で妥協のない臨床を目指す医院

よくある質問(FAQ)

Q. 抜歯や手術でサージセルを使用した場合、あとで取り除く必要はありますか?
A. 基本的にはサージセルなど吸収性の止血材は創部に残したままにして問題ない。材料は約2週間で生体に吸収される。しかし、大きな塊で残置すると異物反応を起こすこともあるため、創面に収まらずはみ出る部分はハサミで切除しておくと良い。感染が懸念される場合や、術後経過で材料が露出・脱落してきた場合には適宜除去を検討する。定期健診時に患部を観察し、残骸があれば洗い流す程度で十分である。

Q. 硫酸鉄系の止血剤を使うとレジンやセメントの接着に悪影響はありませんか?
A. 適切に洗浄すれば接着への悪影響は最小限に抑えられる。硫酸鉄止血剤(ビスコスタットなど)は血液と反応して凝固物(血餅)を作るが、これが象牙質表面に残るとレジンのボンディングを阻害し、辺縁からの着色や二次う蝕につながる可能性がある。使用後は高圧の水スプレーとエアーで徹底的に擦り洗い・洗浄し、歯面を清潔な状態に戻してから接着操作に移ることが肝要だ。術式によってはエッチング処理で残留物を除去できることもあるが、安全策として物理的洗浄を怠らないようにする。

Q. ボスミンを止血目的で使うのは危険ではないですか?心疾患の患者にも使えますか?
A. 適量・短時間の使用であれば多くの場合安全だが、持病によっては慎重な判断が必要。ボスミン液0.1%をガーゼに浸しての局所圧迫や少量の浸潤麻酔程度であれば、健常な成人では全身への影響は軽微とされる。ただし狭心症や不整脈、高血圧症など心血管系の既往がある患者では、微量でも循環器に負荷をかける可能性がある。そうした場合、止血には他の収れん剤や吸収性止血材を優先し、どうしてもボスミンが必要な場合は極めて少量をコントロール下で使う。使用中は患者の脈や顔色に注意し、異常があれば直ちに中止する。リスクとベネフィットを天秤にかけ、無理に使わない判断も重要である。

Q. 歯肉圧排時に止血剤を使うと歯肉が下がる(退縮する)ことはありませんか?
A. 一時的にごく軽度の歯肉退縮が起こるケースはある。収れん作用の強い止血剤は歯肉のタンパク質を凝固させて緊縮させるため、直後は辺縁歯肉がやや締まって下がったように見えることがある。しかしこれは多くの場合一過性で、術後の組織治癒とともに元の位置近くまで回復する。重要なのは、止血剤の作用時間を最小限に留めることだ。長く置きすぎると上皮へのダメージが大きくなり、本格的な歯肉退縮につながるリスクが高まる。適切な使用時間(数分以内)を守り、処置後は清潔な生理食塩水などで洗浄しておけば恒久的な歯肉退縮は防げるだろう。

Q. 吸収性止血剤やコラーゲンを使うと傷の治りが早くなると聞きます。本当ですか?
A. 傷の治癒を直接的に早めるというより、安定した血餅形成により結果的に治癒環境が整うと理解されている。吸収性スポンジやコラーゲンは血液を固着させ、創面を保護することで肉芽組織の形成を助ける。これにより通常よりスムーズな治癒が期待できるのは事実だ。例えばドライソケットの予防や肉芽の盛り上がりによる骨縁の保護など、間接的な治癒促進効果は確認されている。ただ、基礎疾患や口腔衛生状態など他の要因も治癒速度に影響するため、「材料を使ったから何日も早く治る」という明確なデータはない。あくまで術後経過を安定させるサポート役として考えるのが適切である。