
コンポジットレジン修復におけるフローとペーストの違いは?用途や使い分けを解説
臨床現場で誰もが一度は経験する場面を想像してほしい。例えば、臼歯のやや深い小規模なう蝕窩洞で入口が狭い症例に直面したとする。術者は、粘度の高いペーストタイプのコンポジットレジンを無理に詰めて隅々まで充填できるか不安になり、代わりに流動性の高いフロータイプの使用を検討する。しかしフロータイプのみで大部分を充填すれば強度不足や早期の摩耗につながるのではないか、と懸念も抱く。
別の日には、複数の小さなう蝕病変を短時間で処置する必要があり、操作性の良いフロータイプを活用してチェアタイムを短縮したいと思う一方で、適切な咬合面形態を付与するには最終的にペーストタイプで盛り上げる必要があると感じる。
このように、コンポジットレジン修復における「フロー」と「ペースト」の使い分けは、多くの歯科医師にとって日々の診療で直面するテーマである。
本記事では、歯科用コンポジットレジンのフロータイプ(流動性コンポジットレジン)とペーストタイプ(高粘度コンポジットレジン)の違いについて、臨床的視点と医院経営的視点の双方から解説する。材料学的な客観事実に基づき、両者の特徴や適応症例、使用上の留意点を整理するだけでなく、それらが治療成績や診療効率、収益構造に与える影響を考察する。臨床現場の判断に役立つ知見とともに、明日から実践できる具体的なアクションプランを提示する。
要点の早見表
項目 | フロータイプCR(流動性) | ペーストタイプCR(高粘度) |
---|---|---|
粘度・操作性 | 粘度が低く軟らかい。シリンジや細ノズルで直接充填でき、細部まで流れ込みやすい。 | 粘度が高く練和粘土状。器具で圧接・充填し、盛り上げて形態を付与しやすい。 |
機械的強度・耐久性 | フィラー含有量が相対的に低く、硬化後の強度・剛性・耐摩耗性はペーストより劣る。咬合力の強い部位では長期的な摩耗や破折に注意。 | フィラー含有量が高く、強度や耐摩耗性に優れる。適切に硬化すれば咬合面でも長期間形態を維持しやすい。 |
重合収縮特性 | 樹脂成分割合が高いため重合収縮量が大きい(収縮応力も高まりやすい)。厚盛りすると収縮による隙間や歯質への応力リスクが増す。 | フィラーの効果で重合収縮は相対的に小さい。ただし大きな充填では段階的硬化を行う必要があり、収縮応力管理は重要。 |
主な適応症例 | 小さなⅠ級窩洞や窩壁が薄いケース、深い窩底やアンダーカット部分の裏層、前歯の裏側のう蝕、Ⅴ級などの浅い欠損、シーラントや補修修復。複雑形態へのライニングや少量の色調調整にも有用。 | 中〜大きなⅠ・Ⅱ級窩洞、隣接面を含む修復(Ⅱ級)、咬合面全体の修復、広範囲のⅢ級・Ⅳ級修復、咬合力のかかる部位の欠損修復。形態再現や咬合調整を要する部位全般。 |
注意すべき点 | 咬合面全体など広範囲を単独でフローのみ充填するのは不適。当接点の回復にはそのままでは不向き。1層の厚みは薄くし、硬化を十分行う必要がある。 | 狭く深い窩洞では隅部に器具が届かず適合不良や気泡のリスク。必要に応じフローを併用して空隙を防ぐ。1回の充填量を欲張らず、小分割で確実に重合硬化させるテクニックが重要。 |
審美性・色調 | 一般に高透明度で光透過性が高く、少量なら自然になじむ。色調は基本色が中心で、マージン部分で薄く伸ばす使い方に適する。長期間で変色しやすい製品もある。 | 不透明度から高透明まで各種シェードが揃い、審美修復に対応可能。色調の再現性が高く、表層を研磨すれば色調安定性・耐着色性にも優れる。 |
保険適用・費用 | 歯科用コンポジットレジンとして保険算定可能(CR充填料)。材料コストは1症例あたり数十〜数百円程度で経営上の負担は小さい。 | 同左。保険診療で広く使用可能な白色充填材。材料コストはフロータイプと大差なく、使用量に応じてわずかに増減する程度。 |
処置時間・効率 | 流動性ゆえ複雑な形態にも素早く適合し、充填操作の時短につながる。細部の充填不足や気泡混入が少なく、再処置リスクの軽減が期待できる。 | 一度に充填できる量が多く、大きな空洞も比較的少ないステップで充填可能。咬合調整や研磨で形態を整えやすく、最終仕上げにかかる手間を抑えられる。 |
理解を深めるための軸
フロータイプとペーストタイプの違いを理解するには、臨床的な軸と経営的な軸の両面から整理するとわかりやすい。
臨床面では、両材料の物性差が治療手技と予後に直結する。例えば、フロータイプの高い流動性は細部への適合性を高め、充填不足や気泡を減らすことで二次う蝕や術後疼痛のリスクを低減し得る。
一方で、機械的強度の差は大きな応力のかかる部位での長期安定性に影響する。ペーストタイプで十分な強度を確保すべき場面でフローのみを多用すると、経年的な辺縁破折や咬耗による充填物の再治療が発生しやすい。逆に狭小窩洞でペーストタイプに固執すると隅角部にレジンが行き渡らず辺縁封鎖不全を招きかねない。したがって臨床的には、各症例で求められる適合性と耐久性のバランスを見極め、両者を適材適所で組み合わせる判断が重要である。
経営面の軸から見ると、材料コスト自体はフロー・ペーストいずれも一件あたりごく僅かであるため、注目すべきは診療効率と再治療リスクへの影響である。フロータイプの活用によって充填操作がスムーズになれば、チェアタイム短縮によりユニット稼働率が向上する可能性がある。また、微小な隙間や適合不良を減らせれば、充填後のやり直しやさらに大きな補綴処置への移行を抑え、無償再治療による収益機会の損失を防げる。これは患者満足度の向上にもつながり、口コミや信頼性の観点で医院経営にプラスとなる。
一方、材料選択や手技が不適切で早期脱離や痛みを招けば、患者の信頼を損ね通院中断につながりかねない。経営的視点では、臨床の質を保ちつつ効率化するツールとしてフローとペーストの特性を使いこなし、品質管理と生産性の両立を図ることが求められる。
このように、コンポジットレジン材料の使い分けは単なるテクニック上の問題に留まらず、診療アウトカムと医院の持続的な収益性の双方に影響を及ぼす。臨床と経営の両軸から全体像を捉えることで、より戦略的な材料選択と術式の最適化が可能になる。
トピック別の深掘り解説
代表的な適応と禁忌の整理
フロータイプとペーストタイプそれぞれの適応症と禁忌を整理する。まずフロータイプは、小規模な窩洞や形状が複雑な部位で威力を発揮する。具体的には、小さなⅠ級う蝕(咬合面の点状病変)や予防充填、エナメル質の一部が薄く残るケース、深い窩底の裏層、アンダーカットの多い窩洞、前歯の裏側の小さなう蝕、浅いⅤ級欠損、ダイレクトベニアの辺縁修正、修復物の気泡補修などである。こうした場面では、流動性の高さによってレジンが細部まで行き渡り、最小限の削合量で確実な充填が可能となる。MI(Minimal Intervention)の観点からも、フロータイプは必要以上に歯質を削らずに小さな病変を埋める手段として有用である。
一方、ペーストタイプは中〜大規模の修復に不可欠な材料である。Ⅱ級(隣接面を含む)う蝕の充填では、隣接面のコンタクトを回復するため最終的にペーストタイプで詰め上げることが求められる。咬合面全体に広がるⅠ級や、複数の咬頭に及ぶ大きな欠損(実質的にインレー適応に近い症例)では、ペーストタイプの高い強度と形態保持性が欠かせない。また、前歯部の広範なⅢ級・Ⅳ級レジン修復(切端を含むケース)でも、ペーストタイプなら色調や解剖学的形態の再現がしやすい。審美性が要求される場合にも、多彩なシェードを持つペーストタイプでエナメル層とデンチン層を築盛するテクニックが基本となる。
フロータイプ単独での充填を避けるべきケースとしては、咬合力が直接かかる大きな修復や隣接面の広い空洞が挙げられる。例えば、臼歯部の大きなⅡ級窩洞全体をフローのみで充填すると、術後に隣接面コンタクトの緩みや咬耗の進行を招きやすい。強度や耐久性の観点から、これらの症例ではフロータイプはあくまで裏層や補助にとどめ、咬合面やコンタクト部はペーストタイプで築盛するのが原則である。また、フロータイプは一度に厚く盛り上げると深部の硬化不良や収縮ギャップの原因となるため、厚みのある部位には使用しないか、複数回に分けて少量ずつ積層硬化する必要がある。
ペーストタイプにも注意点がある。非常に狭く深い窩洞や、アンダーカットが複雑な形態では、ペーストのみではレジンが届かず隙間が残る恐れがある。そのため、臨床では両タイプを組み合わせるケースが多い。基本戦略として、「まずフローで隅々まで適合させ、その上をペーストで覆って形態と強度を付与する」という二層構造で充填する方法が広く採用されている。このアプローチにより、それぞれの利点を活かし欠点を補うことができる。
実際、近年は材料学的進歩により「ほぼフロアブルのみで充填し、表層のみペーストでシールする」という極端な応用も報告されている。高充填率ナノフィラー配合の最新フロアブルレジンは一部で従来ペースト並みの強度を持ち、臼歯部への本格的応用も可能になりつつある。ある臨床報告では、臼歯の中程度の窩洞充填でボリュームの8割をフロアブルレジンで占め、残り表層のみペーストを盛る術式で良好な結果が得られたという。しかしこのような手法は材料特性を熟知した上で適切な症例に用いる必要がある。一般的には、フロータイプは補助的に用い、最終的な咬合調整や表面の耐摩耗性確保はペーストタイプで行うほうが無難である。大規模修復では迷わずインレーやクラウンなど間接法を選択すべき症例もあり、無理に直接法を貫こうとしない適切な判断も重要となる。
標準的なワークフローと品質確保の要点
コンポジットレジン修復の基本的な手順は、フロータイプを用いる場合もペーストタイプのみの場合も概ね共通している。まず十分な防湿を行い(ラバーダム使用が理想的)、う蝕除去後の清掃と接着処理を適切に実施する。エッチング・プライミング・ボンディングの工程を確実に踏んだ上で、必要に応じてフロータイプレジンをライナーとして適用する。深い窩底では歯髄保護の観点から、フローを0.5〜1mm程度薄く敷き詰めて硬化させておくのが望ましい。その後、ペーストタイプを小分割で充填・重合し、欠損部を完全に埋めていく。クラスII修復では隣接面マトリックスとウェッジを正しく設置し、最後にペーストレジンで隣接面のコンタクトと咬合面形態を回復させる。
高品質な修復物を得るには、各段階でいくつかの要点に留意する必要がある。まず接着操作中は唾液や湿気を厳重に遮断し、ボンディング材は薄く均一に延ばして充分な光照射を行う。フロータイプを使用する際は、一度に多量に注入しすぎないことが肝要である。特に深さのある部位では、光が届く範囲で少量ずつ充填し、各層を確実に重合する。ペーストタイプの充填では、鋭利な充填器具で窩壁にしっかり押し当て、隅角部の気泡を押し出すように操作する。必要ならばあらかじめ薄いフローを窩底に塗布し、未硬化のうちにペーストを圧接する“ウェット充填”も有効である。いずれにせよ、窩洞の形態や深さに応じてフローとペーストを使う順序や量を工夫し、重合収縮応力を最小化する積層方法を選択することが重要である。
最終硬化後の研磨・調整も品質に直結する。咬合接触を慎重にチェックし、過度な当たりがあれば咬合調整で是正する。フロータイプを表層に使用した部分は軟らかい傾向があるため、粗磨耗を避けるよう微調整し、ペーストタイプで構築した咬合小面との段差がないよう仕上げる。また、辺縁部はコンポジットの余剰をしっかり除去し、平滑に研磨してプラークの付着を防ぐ必要がある。研磨には粒度の異なるポイントやストリップスを用い、特に歯頸部や隣接面は念入りに処理する。適切に研磨された表面は変色やプラーク付着を抑制し、修復物の寿命を延ばすことにつながる。最後に術者と患者双方で修復部を視認し、欠けや気泡がないかを確認することも大切である。
安全管理と説明の実務
コンポジットレジン修復に関連する安全管理として、まず術中のリスク低減策を徹底する。レジン充填時には誤飲・誤嚥を防ぐための吸引と視野確保が重要で、特に小さなマトリックスやレジン片が脱落した際には速やかに除去する。光重合器の光は強力な青色光線のため、術者・スタッフおよび患者の眼を保護するフィルターやアイシールドの使用が推奨される。また、未重合のレジンモノマーは粘膜や皮膚に刺激を与える可能性があるので、手指や患者の口腔粘膜に付着させないよう注意する(万一付着した場合は速やかに拭い取る)。歯髄に近接する深い窩洞では、直接レジンを大量に接触させないよう、必要に応じて水硬性セメントやMTAセメントによる裏層処置を検討することもポイントである。レジン充填後の残留応力が大きい場合には、稀に歯髄炎症状や破折が生じることも報告されているため、充填法の段階で収縮応力を分散する配慮が求められる。
患者への説明においては、素材の特徴と限界を正確に伝えることが大切である。コンポジットレジンは金属修復に比べて審美的であり、比較的短時間で処置が完了するメリットがある一方、経年的な変色や摩耗、破折の可能性があることも説明しておく。特に大きな修復箇所では、レジン充填は永久的な治療ではなく、将来的に修理や再治療が必要になる可能性を患者に理解してもらう。必要に応じて、セラミックインレーやクラウンなど他の治療オプションとの予後の違いも比較し、患者が納得した上で治療方法を選択できるようインフォームドコンセントを徹底する。また処置後は、麻酔使用時の生活上の注意とともに、充填部位で特に硬い物を咬む際の注意や、定期検診で状態をチェックする必要性を説明する。これらの丁寧な情報提供によって患者との信頼関係が深まり、万一トラブルが生じた場合にも適切に対処しやすくなる。
医療広告の面でも、コンポジットレジン修復の効果を誇大に謳うことは避けるべきである。「絶対に二度と虫歯にならない」「永久に持つ」といった表現は薬機法に抵触する恐れがあり、患者説明でも使用しない。代わりに、科学的根拠に基づく表現で耐用年数の目安や再治療率の実績値を示し、あくまで中立的な情報提供に徹する。安全管理と適切な説明は、患者の安心感を高めるだけでなく、歯科医療従事者としての法令遵守と責任を果たす上でも欠かせない。
費用と収益構造の考え方
コンポジットレジン修復は、歯科医院にとって日常的な診療収入の柱の一つである。保険診療で算定されるCR充填の点数は、充填する部位(前歯か臼歯か)や窩洞の種類(単純・複雑)によって異なるが、おおよそ1歯あたり数百点から多くても600〜700点程度である(患者負担3割の場合で数百〜2千円弱の自己負担額)。この中には材料費・技術料すべてが含まれており、外注する技工料が発生しない分、短時間で処置を完了すれば医院にとって効率の良い収益項目となる。一方で、1件あたりの単価が低いため回転率に収益が左右される側面も大きい。ダイレクトボンディング修復の審美症例など自費で行うケースでは1歯数万円の料金設定もありうるが、多くの一般開業医においてレジン充填は主に保険内で大量に行われる治療であり、その採算性は処置時間とリスク管理に負うところが大きい。
材料費の面では、フロータイプとペーストタイプの価格差はさほど大きくない。市販のコンポジットレジンは、シリンジ1本(2〜4g入り)あたり数千円程度で、1歯の充填に要するレジン量は0.1〜0.5g前後である。したがって材料コストは1処置あたり数十〜数百円に収まり、診療報酬の中で占める割合はごく小さい。ただし、色調や粘度のバリエーションを揃えるには在庫本数が増えるため、複数種を管理する手間と在庫費は考慮する必要がある。とりわけ、使用頻度の低いシェードやフロー材を必要以上に仕入れると未使用のまま消費期限を迎えるリスクもあり、適切な在庫コントロールが望ましい。近年は単回使い切りのカプセルタイプ製品も普及しており、感染対策と歩留まり向上のメリットがある反面、一本あたりの単価はシリンジ大量包装より割高になる。各医院の診療スタイルや衛生管理ポリシーに応じて、コストと利便性のバランスを取った採用が求められる。
収益構造の観点では、再治療の発生がクリニック経営に与える影響も見逃せない。コンポジットレジン充填は、補綴物のように保障期間が明確に定められた治療ではないが、術後早期に脱離や二次カリエスが生じれば患者満足度の低下を招き、場合によっては無償で再充填することになり医院側の損失となる。経営効率を高めるには、初回の充填でできるだけ長持ちさせることが重要であり、そのための材料選択やテクニックへの投資は中長期的には十分見合う。例えば、わずか数百円のコストでフロータイプを併用して適合精度を上げ、再治療率を下げられるなら、結果的に医院全体の収益性向上につながる。また、スタッフ教育やマニュアル整備によって充填手技を標準化し、誰が担当しても一定以上の品質を担保できれば、院長個人の技能に依存せず安定した診療サービスを提供できる。これは医院のブランディングにも寄与し、長期的な患者数の維持・増加にも好影響を与えるであろう。
他の材料や外注修復との選択肢比較
直接コンポジットレジン充填以外の選択肢としては、間接修復物(インレー・アンレーやクラウン)による治療が挙げられる。特に虫歯の範囲が歯の大部分に及ぶ場合や、複数面にわたる大きな欠損では、無理にCR修復を試みるよりも初めから補綴処置を選択した方が長期的に安定する可能性が高い。保険診療でも、条件を満たせばCAD/CAM冠や硬質レジンインレーといった白い間接修復が適用可能であり、こうした間接修復は技工料がかかる一方で材料強度や適合精度に優れる。例えば、隣接する複数歯にまたがる広範囲のう蝕病変や、咬頭を失ったケースでは、直接法で形態を復元するよりもCAD/CAM冠などで包括的に修復した方が再治療リスクを抑えられることが多い。また、咬合力が強い患者でコンポジットの摩耗や破損が懸念される場合、ハイブリッドセラミックスやフルセラミックによる修復を提案し、自費診療で耐久性の高い材料を提供するのも選択肢となる。
一方、ごく初期のう蝕でまだ実質欠損が小さい場合は、そもそもレジン充填を行わず経過観察や予防処置で様子を見る選択もありうる。う蝕がエナメル質に限定されているなら、フッ化物塗布やシーラント処置で進行を抑制し、即時の切削介入を避けるアプローチが推奨されるケースもある。コンポジットレジン修復は削る量を最小限に抑えられるとはいえ、歯質の切削を伴う侵襲的治療であるため、その必要性とタイミングは慎重に判断すべきである。非侵襲的な充填手段として、齲蝕浸透材(レジンインフィルトレーション)を用いて初期う蝕を削らずに樹脂浸透させる方法も登場しており、症例によっては有効である。また、高齢者の根面う蝕などでは、コンポジットではなくガラスアイオノマーセメントで充填し経過を観察する選択も考慮される。GICはフッ素徐放効果と歯質接着性を有するが、機械的強度でレジンに劣るため適応は限定的である。これらの選択肢を総合的に検討し、患者一人ひとりにとって最適な治療戦略を立案することが歯科医師の責務である。
よくある失敗と回避策
コンポジットレジン充填で陥りがちな失敗パターンとしてはいくつか典型例がある。第一によく見られるのが、隣接面のコンタクト不良である。フロータイプを安易に多用しすぎると、マトリックスを十分に押し広げられず隣接面が緩くなり、食片圧入による二次う蝕や歯周トラブルにつながる。これを避けるには、Ⅱ級窩洞では最終的にペーストタイプを楔効果を効かせながら充填し、確実に隣接面接触を回復させることが重要だ。適切なウェッジとセクショナルマトリックスの組み合わせ、および充填時の指圧でマトリックスを支えるテクニックを身につけることで、多くのコンタクト不良は防止できる。
第二によくある失敗は、充填部位の辺縁漏洩と二次う蝕である。原因の多くは、十分に乾燥・隔湿できていない状態でボンディングや充填を行ったことにある。唾液や血液で汚染された状態では接着強度が著しく低下し、数ヶ月〜1年程度でレジンと歯質の間に隙間が生じてしまう。また、ペーストレジンを急いで大量に詰め込みすぎて窩壁への適合が不完全な場合や、深部で硬化不良のまま放置されたレジンが徐々に溶解する場合も、隙間から虫歯が再発しやすい。対策としては、防湿を徹底すること、充填は小さな単位で丁寧に行うこと、硬化不足が疑われる場合は追加照射を行うことが挙げられる。特にラバーダムが使用困難な下顎大臼歯遠心部などでは、ティッシュドライや吸唾器の位置工夫で可能な限り唾液を排除し、迅速に操作を完了する工夫が必要となる。
第三に、術後に詰め物が外れたり欠けたりするケースも失敗例として報告される。これは主に咬合調整不足か物理的強度の限界による。治療直後に患者が硬い物を咬んで一部が破折した場合は、事前の咬合チェックで過度な干渉を除去できていなかった可能性がある。また、広範囲をフローで置換した症例で数年後に咬耗や破断が起きるのは、材料選択が不適切であった可能性が高い。回避策として、充填後は咬合紙で精密に当たりを確認し、必要に応じ咬合調整すること、そして症例に見合ったレジン種を選ぶことが重要である。大きな力がかかる部位にはペーストタイプやハイブリッド型の高強度レジンを用い、深い咬合面の溝などはフローで埋めても表層は耐摩耗性に優れるペーストで覆うといった配慮が望ましい。
最後に、審美面での失敗も挙げておきたい。前歯部の色合わせが不十分で充填部が目立ってしまったり、研磨不足で表面が粗造だと、患者の満足度を損ねる結果となる。これへの対策は、一にも二にも十分な研磨と光沢付与である。フロータイプを表面に使うときは特に、気泡痕や段差が残らないよう追加充填と研磨を丁寧に行う。また、多色築盛が必要なケースでは無理に単一シェードで済まそうとせず、必要な色調のペーストレジンを取り寄せて対応する。色調選択では自然光下での確認を徹底し、場合によってはシェードガイドだけでなく試適用レジンで仮充填して硬化せず色を見るといった工夫も有効である。審美修復での細かな失敗は経営的にも口コミに直結しかねないため、妥協せず丁寧なプロセスを踏むことが肝要である。
導入判断のロードマップ
フロータイプの活用や適切な材料選択を検討するにあたっての判断プロセスを、段階的に整理してみよう。
ステップ1.現状分析
まず自院で行っているコンポジットレジン修復の現状を把握する。日常的に扱う症例の傾向(小さな虫歯が多いか、大きな修復が多いか、隣接面の処置頻度はどの程度か)、現在使用しているレジン材料の種類(保険収載のユニバーサルシェードを使っているか、複数シェードを使い分けているか)、過去のトラブル発生状況(充填後の脱離や二次う蝕の頻度、患者からの苦情例)などを整理する。スタッフ全員で情報を共有し、問題点や改善余地を洗い出す。
ステップ2.ニーズの特定
次に、フロータイプの導入または活用拡大によって解決したい課題を明確にする。例えば、「Ⅱ級窩洞で隣接面コンタクトが弱くなりがちなので流動性の高いレジンライナーで適合を良くしたい」あるいは「小窩洞でもっとMIに治療したい」「充填に時間がかかりすぎているので短縮したい」など、具体的なニーズをリストアップする。これにより、フロータイプをどのような位置付けで使うべきか(どのような症例で、どのような手順で活用するか)の方向性が見えてくる。
ステップ3.マーケットリサーチ
必要に応じて、市場にどのようなフロータイプ製品があるか情報収集する。近年は高強度フロアブルやバルクフィル用レジンなど各社から特徴ある製品が出ているため、その物性や色調展開、保険収載状況を調べる。信頼できる文献やメーカーの技術資料を参照し、自院のニーズに合致する製品候補を絞り込む。併せて、現在使用中のペーストレジンとの色調互換性や接着システムとの適合も確認しておく。
ステップ4.小規模導入と検証
候補としたフロータイプ材料を実際の臨床に試験的に導入してみる。まずは小規模な導入から始め、限定した症例で使用してみるのが賢明である。導入時にはメーカーからデモ品を取り寄せたり、担当者に院内説明を依頼したりして、正しい使用法のレクチャーを受ける。最初の数症例では術者自身が操作感や硬化後の仕上がりを入念に観察し、想定した効果が得られているか検証する。スタッフからも意見を集め、従来手法との差異(施術時間の短縮度、調整の手間、患者の反応など)を記録する。
ステップ5.標準プロトコルへの組み込み
試用段階で有用性が確認できたなら、フロータイプの使用法を院内の標準治療プロトコルに組み込む。具体的には「Class IIでは必ずフローライナーを使用する」「深さ4mm以上の窩洞はバルクフロー+表層ペーストにする」など、症例の種類ごとに使用有無や使用箇所を明文化する。スタッフミーティングで新しい手順を共有し、必要な器材(シリンジチップやライト照射時間など)の確認事項も取り決める。全員が理解した上で、日常の診療に適用範囲を拡大していく。
ステップ6.効果検証とフィードバック
新しい運用を開始した後も、一定期間ごとに臨床成績をレビューする。フロータイプを導入したことで再充填率が低下したか、処置時間が短縮されたか、患者満足度に変化はあったかをモニタリングする。具体的には、半年〜1年後の定期検診で充填部の状態をチェックし、問題がないか確認する。またスタッフから現場の声を集め、改善すべき点(例えば「フローを使うと研磨に時間がかかる」等)があればプロトコルを微調整する。こうしたフィードバックループを回すことで、材料と手技の導入による真のROI(投資利益率)を評価でき、継続する価値がある取り組みかを判断できる。
以上のステップを踏むことで、新たな材料や手法の導入が計画的かつ着実に進められる。フロータイプとペーストタイプの使い分けは、単なる材料選択の問題ではなく、医院全体の診療クオリティと生産性に関わるプロジェクトである。ロードマップに沿って検討と改善を重ねることで、最終的には患者と医院双方にとって最良の形でコンポジットレジン修復を提供できるだろう。
参考文献
- 二階堂 徹:「充塡用コンポジットレジン系材料の現状と将来」『日本歯科理工学会誌』41巻2号(2022)、142-146頁.
- 宮崎 真至・秋本 尚武・田代 浩史:「“Highフロー”から“Super Lowフロー”までフロアブルレジンの特性を活かしたMI臨床」『デンタルマガジン』150号(2011)、モリタ.
- ヤマキン株式会社:「歯科技工Q&A ルナウィング ボディレジン①(Q2~Q3)」ヤマキンニュース(2021年10月14日).
- 宮崎 真至:「コンポジットレジン−その選択と臨床使用の勘所」モリタメールマガジン『スマイル+』Vol.4(2017年).