
ダイレクトボンディグやコンポジットレジンの10年後の予後は?寿命について解説
日常の歯科診療で、数年前に自身が行ったコンポジットレジン修復(いわゆる白い詰め物)のやり直しに直面した経験はないだろうか。例えば、3年前に保険診療で実施した奥歯のレジン充填を、このたび二次う蝕によって除去・再充填することになり、予想より早い劣化に戸惑うことがある。一方で、10年近く前に行った同種の処置が未だに良好に機能している症例を目にし、何が寿命の分かれ目になるのかと考えさせられることもある。ダイレクトボンディングと呼ばれる歯面への直接レジン接着修復は低侵襲で利便性が高い一方、その「10年後の予後」、すなわち長期的な寿命には症例ごとの差が大きい。臨床的な成功はもちろん、医院経営上も再治療率や材料費・診療時間への影響は無視できず、治療法選択の判断に迷うポイントである。本記事では、ダイレクトボンディング(コンポジットレジン修復)の10年後の予後はどうなっているのか、その寿命を左右する要因と臨床・経営の両面への含意を解説する。翌日からの診療に活かせる、科学的根拠に基づいた知見と戦略を提示する。
要点の早見表
項目 | ポイント |
---|---|
適応症 (臨床) | 小~中程度の虫歯の充填。前歯部の審美修復(形態修正や隙間の改善)など幅広く応用可能。歯質を最小限削って修復でき、MI(Minimal Intervention)治療に適する。 |
不適応・注意症例 (臨床) | 大面積の歯質欠損(咬合面全体に及ぶ大きな虫歯)や強い咬合力がかかる部位、口腔清掃状態が悪い患者では寿命が短くなる傾向がある。適切なセルフケアが困難な場合や歯肉縁下に及ぶ深い窩洞は再発リスクが高く、注意を要する。 |
平均的な寿命 (臨床) | およそ5~7年程度と言われる。症例により2~3年で再治療が必要になることもあれば、適切な手技と管理により10年以上機能することもある。定期的なメンテナンスと患者のセルフケアが寿命を延ばす鍵となる。 |
診療時間・通院回数 (運用) | 基本は1回の来院で処置完了(30分前後が目安)。型取りや技工待ちが不要なため即日の修復が可能。精密な防湿や多色築盛を行う場合は時間を長めに要することもある。 |
保険適用と費用 (制度) | 虫歯治療として全国一律に保険算定可能(コンポジットレジン充填)。患者負担は1歯あたり数百~千円台(3割負担で約500~1,500円程度、2025年現在)。保険外の高性能レジンやハイブリッドセラミックを用いる場合は1本あたり1~5万円程度。 |
医院の収益性 (経営) | 保険診療のコンポジットレジン充填は比較的低単価であり、短時間で多くの症例をこなして採算を取る構造である。材料費は安価だが、術者の手技時間と技術に収益性が左右される。自費診療で高度なダイレクトボンディングを提供する場合、1症例あたりの収益は上がるが、そのための症例数確保や技術習得が前提となる。 |
他の修復法との比較 | 間接修復(インレー・クラウン)は複数回の通院と技工料金を要するが、長期耐久性や適合精度で優れる傾向がある。金属修復は強度が高い一方審美性に欠ける。セラミック修復は審美性・耐久性が高いが歯質削除量と費用が大きい。コンポジットレジンは歯質保存に優れる反面、経年的な変色や摩耗が生じやすく、必要に応じた再治療を前提に選択する。 |
臨床面と経営面から見るコンポジットレジンの寿命
コンポジットレジン修復の長期予後には、臨床的な要因と経営・運用上の要因の両面が影響する。臨床研究のエビデンスを紐解くと、適切な条件下でのレジン修復は10年後でも約80~90%が良好に機能するとの報告がある。一方、日常臨床のデータでは平均して5~7年前後で再治療が生じるケースが多いともいわれ、現場と理想のギャップが存在する。この差を生む主な要因は、症例選択・術式の精度・患者要因である。例えば、ラバーダムによる確実な防湿や十分な硬化時間を確保した丁寧な手技は、二次う蝕や材料劣化を防ぎレジンの寿命を飛躍的に伸ばす。一つのメタ分析では、ラバーダムを使用した症例では材料の破折が有意に減少し、10年後の生存率が向上したと報告されている。逆に、唾液汚染や不十分な重合など些細な手技の乱れが、数年以内の辺縁漏洩や脱離に直結しかねない。
こうした臨床上の品質要因は、医院経営の視点からも看過できない。保険診療の範囲内で短時間に多数の充填処置を行うために、防湿や細かいステップを簡略化すれば、一時的な効率は上がるかもしれない。しかし、その結果として再治療が早期に頻発すれば、長期的にはチェアタイムを消費し収益機会を逃すだけでなく、患者の信頼低下にもつながる。逆に、丁寧な充填で長持ちさせれば、患者満足度が向上し紹介やリピートにつながる可能性が高まる。さらに歯科医師にとっても再治療の手間が減り、生産性の向上につながる。言い換えれば、短期的な効率と長期的な品質のバランスをどう取るかが、臨床と経営の交差する課題である。
また、長期予後を考える際には「修復物の寿命」と「歯そのものの寿命」を両立させる視点も重要である。例えば、大きなう蝕に対し早期にクラウンを装着すれば修復物自体は長持ちしやすいが、そのために健全歯質を大きく削れば歯髄へのダメージや将来的な歯根破折リスクが高まり、結果的に歯の寿命を縮めかねない。コンポジットレジンによるMI治療は再治療の頻度こそ上がりうるものの、歯質保存に優れるためトータルで見れば歯の延命に寄与する可能性がある。臨床家は、修復物単体の耐久性だけでなく、患者一人ひとりのリスクプロファイルと歯の将来的な保存を見据えて材料選択・術式を判断する必要がある。こうした総合判断こそが、臨床の質と医院の持続的発展の双方に直結するだろう。
代表的な適応と禁忌の整理
ダイレクトボンディング(コンポジットレジン直接修復)の適応となる症例は多岐にわたるが、共通するのは欠損部位が比較的小規模で、確実な接着操作が行える条件である。具体的には、う蝕がエナメル質および象牙質の範囲に収まる中等度までの虫歯や、小~中規模の修復物のやり替え症例が典型例である。とくに隣接面を含まないI級や、隣接面があっても歯間乳頭より上に及ぶII級窩洞では、レジンによる機能回復が有効だ。前歯部の外傷で欠けた歯の形態修復や、ホワイトスポット・変色部のマスキング、歯間離開の閉鎖(軽度のすきっ歯治療)など審美目的の応用も多い。これらのケースでは、セラミックなど他の材料に比べて歯質削除量が少なく、短期間で治療が完結するメリットが活きる。
一方、適応外あるいは慎重に適応すべきケースも存在する。代表的なのは、大きな咬合力がかかる広範囲な修復が必要な場合である。例えば、虫歯が複数の咬頭を巻き込むほど大きい場合や、歯の大部分が欠損している場合には、レジンの物性や接着力だけで長期耐久性を確保するのは難しい。加えて、重度のブラキシズム(歯ぎしり)やクレンチングがある患者では、レジンが割れる・すり減るリスクが高く、こうした症例では初めから補強効果の高い間接修復(オンレーやクラウン)を検討した方が結果的に再治療リスクを減らせる場合が多い。また、唾液による汚染が避けられない歯肉縁下の深い窩洞や、患者のセルフケア不足でプラークコントロール不良な口腔内では、レジンを装着しても辺縁から二次う蝕が短期間で再発しがちである。特に全周にわたり歯肉縁下になるようなケースでは、接着操作そのものが難しく、まずは歯周処置やプロビジョナルで環境を整えるか、他の方法(インレー+部分的なレジン充填の組み合わせ等)も検討すべきだ。適応可否の判断に迷う症例では、歯科用CTや拡大視野で齲窩の広がり・隣接構造を詳細に評価し、複数の修復プランを想定してから最適解を選ぶ姿勢が求められる。
標準的なワークフローと品質確保の要点
コンポジットレジン修復を長持ちさせるには、基本に忠実な治療プロトコルを徹底することが何より重要である。以下に、標準的な直接レジン修復の流れと、各ステップでの品質確保のポイントを整理する。
まず、術前準備として十分な視野確保と防湿を行う。ラバーダム防湿が理想的だが、難しければロールワッテや吸唾器で可能な限り唾液・湿気を排除する。確実な防湿は接着成功の前提条件であり、これを怠ると早期に辺縁漏洩をきたし寿命を縮める。
う蝕除去と窩洞形成においては、MIの観点から削合は最小限に留め、健全な歯質を可能な限り保存する。ただし、軟化象牙質や旧修復物は確実に除去し、清潔な象牙質面を露出させる。深い窩洞で歯髄に近接する場合には、必要に応じ水酸化カルシウム系のライナーやMTAセメントで裏層し、歯髄保護を図る。これにより将来的な歯髄壊死リスクを低減し、修復の長期安定性を高める。
接着操作では、エナメル質に37%リン酸によるエッチングを行い(コンポジットレジンはエナメル質へのエッチングが強固な接着に有効)、象牙質には適合する接着システムを用いる。近年はワンボトル型の簡便なボンディング材も多いが、取扱説明書に従い充分な乾燥・重合時間を守ることが重要だ。わずかな操作の簡略化が将来的な辺縁の劣化につながりうるため、この段階では特に丁寧さが求められる。
レジン充填は、基本的に少量ずつの積層硬化で確実な重合を図る。保険適用のレジンでは1層あたり2mm以下が目安であり、硬化ライトを各層十分な時間照射する。昨今では4~5mm厚を一度に硬化できるバルクフィルタイプのレジン材も開発されている。これを用いれば手技の簡略化とチェアタイム短縮が期待できるが、深部まで光が届かないリスクや収縮ストレスによる隙間発生に注意が必要である。積層法では各層を歯の壁に沿わせるよう適切に盛り、隙間や気泡が入らないようにする。隣接面のあるクラスII修復では、マトリックスバンドとウェッジを活用し、隣接歯とのコンタクト部位を再現するとともに余剰レジンのはみ出しを防ぐ。コンタクトが弱いと食片圧入による歯肉炎や二次う蝕の誘発につながるため、十分に注意したいポイントである。
形態付与と研磨では、充填後すぐに咬合調整を行い、高すぎる部分は削合して咬合圧のバランスを整える。特に複数面にまたがる修復では、微小な高点でも長期間では破折の原因となり得るため慎重に確認する。研磨工程では、レジン専用の超微粒子ダイヤモンドポイントやラバーポイント、ディスク、ポリッシャーなどを段階的に使用し、表面を滑沢に仕上げる。表面が粗造だとプラークが停滞して二次う蝕や着色の温床となるため、最終研磨まで省略せず行うことが望ましい。近年はナノフィラー配合レジンの登場で研磨後の艶や色調安定性も向上しており、適切に仕上げれば10年経過後も良好な審美性を維持できるケースが多い。
このように、レジン修復の各プロセスを丁寧に踏むことが長期成功のカギである。医院としては、必要な機材(ラバーダムセット、適切な光重合器、研磨システム等)を整備し、スタッフも含めて手順を標準化しておくと質の均一化に役立つ。
例えば、光重合器の出力は定期的に点検し、照射不足が起きていないか確認することが推奨される。標準化プロトコルに沿った診療を行うことで、誰が担当しても一定以上のクオリティを担保でき、結果としてレジン修復全体の予後向上と再治療率低減につながる。
安全管理と患者説明の実務
コンポジットレジン修復は歯を残すための安全性が高い処置だが、長期的な安心を得るには適切な術後管理と患者への説明が不可欠である。まず、患者にはレジン修復の寿命には限りがあることを事前に伝えておく。平均5~7年程度で再治療の可能性がある旨を説明し、定期検診で状態をチェックする必要性を理解してもらう。特に自費診療で高度なダイレクトボンディングを提供する場合には、その長所(低侵襲・即日修復可能)とともに、経年的な色調変化や摩耗が避けられない点も率直に共有し、患者の期待値を適切に調整しておく。
術後の患者指導も重要である。修復物周囲のプラークコントロールが不良だと二次う蝕が早期に発生するため、歯間ブラシやフロスを用いた清掃を指導し、フッ化物応用など再石灰化促進策も案内する。また、処置当日はレジン表面にわずかな未重合樹脂層が残存する可能性があるため、念のため強い着色性の飲食物(濃いコーヒー、赤ワイン、カレーなど)は24時間程度控えるよう助言することが多い。患者によっては術後に一過性の冷温痛や咬合時痛を訴えることがあるが、通常数日〜1週間で改善する旨を説明し、必要に応じ噛み合わせの微調整や鎮痛薬の処方で対応する。
コンポジットレジン自体の生体安全性は高いが、ごく稀にレジン成分(アクリレートモノマー)に対するアレルギーを持つ患者もいる。術前問診で関連する既往がないか確認し、異常があればレジン以外の材料(セラミックや金合金修復など)への切り替えを検討する。また、重度のブラキシズム習癖がある患者では、就寝時のナイトガード装着を勧めることが望ましい。レジンのみならず歯そのものの破折予防にもなり、結果的に歯の寿命を延ばすことにつながる。
万一、ダイレクトボンディング修復後に修復物の脱離や歯の痛みなどのトラブルが生じた場合の対応策もあらかじめ想定しておく。脱離片が小さく患者が誤飲した場合でも、レジン材料は生体に害のない樹脂でありほとんどは自然排泄されるが、念のため経過観察を指示する。脱離部位については速やかに来院してもらい、感染がなければレジンの追加補填や再接着で対応する。痛みが強い場合は歯髄炎や歯根膜炎の可能性を考慮し、必要なら応急処置として麻酔下で一部レジンを除去して圧力を軽減するか、最悪の場合は根管処置に移行する判断も求められる。こうしたリスクは滅多に起こらないものの、患者には「何かあればすぐ受診してほしい」と伝えておくことで、安心感を提供するとともに医院側のリスク管理にもなる。
費用と収益構造の考え方
ダイレクトボンディングを巡る費用対効果は、患者側と医院側で異なる視点がある。患者にとってコンポジットレジン修復は保険適用で安価に受けられる治療であり、たとえば小臼歯の1面充填なら自己負担数百円~1,000円台(3割負担)で済む。一方、セラミックインレーやクラウンにすれば自費で数万円以上かかる場合が多く、費用面ではレジン充填が魅力的に映る。ただし、短期間で再治療となれば結果的に二度手間・二重の支出となる可能性もあるため、患者には「安いが永久ではない」点を理解してもらう必要がある。逆に、審美目的で保険外のダイレクトボンディングを提供する場合は、1本数万円の費用に見合った付加価値(精密な色合わせ、形態修正、ラバーダム等による高品質保証)を提示できなければ患者満足にはつながらない。価格設定に見合うクオリティとアフターケア(一定期間の保証等)を提供することが、自費症例の信頼獲得には不可欠である。
医院経営の視点では、コンポジットレジン充填の収益性は単独では高くない。1歯の充填処置に対する保険点数は決して大きくなく、術者が20〜30分を要して得られる収入としては限界がある。実際の材料コスト(レジン・ボンド・消耗品)は1症例あたり数百円程度と低廉だが、人件費と時間こそが主たるコストである。言い換えれば、レジン充填は回転率で収益を上げる治療といえる。短時間で数多くの充填をこなせばクリニック全体の収入には寄与するが、一件一件に長い時間をかけすぎると収支は厳しくなる。そのため、保険診療下ではアシスタントとのユニット同時進行や、ラバーダムを省いて時短を図る医院も少なくない。しかし先述のように、術式の簡略化は再治療率の上昇を招き、長期的には非効率になるリスクがある。経営上は、適切な品質を担保しつつ効率化する方法—たとえば最新のバルクフィル材料や効率的なマトリックスシステムの導入、経験の蓄積による手技時間短縮—を追求すべきであり、安易な手抜きは避けるべきである。
また、近年は保険適用の新素材としてCAD/CAM冠(ハイブリッドレジンブロックを用いた院内・技工所製作冠)が普及しつつある。大臼歯のレジン充填では限界があるような大きな欠損でも、CAD/CAM冠であれば金属冠に代わる選択肢として用いることができ、保険点数も比較的高いため医院の収益にもつながる。もっとも、CAD/CAM冠には専用機器の導入や技工料などの初期投資・維持費が伴い、適合精度や材料強度の課題も指摘されている。従って、各医院が自院の患者ニーズと設備投資計画に照らして、レジン充填で対応すべきか間接修復に振り分けるかを判断することになる。例えば、「欠損が大きくレジンでは再発リスクが高い症例はCAD/CAM冠に回すが、小〜中規模の欠損はできるだけレジンで低侵襲に治す」といった基準を設けておくことで、臨床方針と経営効率を両立させる戦略も考えられる。
外注・他の治療選択肢との比較
ダイレクトボンディングによる直接修復を行うか、他の手段を選択するかは、症例の種類と医院の体制によって判断が分かれる。まず、欠損が大きい症例では間接修復(インレー・アンレーやクラウン)が有力な代替手段となる。技工所で作製する修復物は適合精度や材料強度で優れる傾向があり、レジンでは不安の残る大欠損でも長期安定を期待しやすい。反面、歯型採取や装着のため通院2回以上と技工料が必要となり、歯質削除量も増えるため、歯への侵襲は大きい。患者の負担(金銭的・時間的)も考慮し、レジンで経過を見ても問題ないか、それとも早めに間接修復に置き換える方が結果的にリスク低減になるかを見極める必要がある。特に複数歯にまたがる大規模修復や、修復対象歯が歯周病で支持力低下している場合などは、無理にレジンで維持せず補綴的に再構築する方針(ブリッジ・義歯・インプラントも含めて検討)が長い目で見て得策なこともある。
一方、審美領域の症例では矯正治療やセラミック修復との比較検討が重要だ。例えば、前歯のすきっ歯をレジンで埋めるケースでは、軽度であれば即日で隙間を閉じられるメリットがある。しかし、広い隙間を複数本にわたりレジン修復すると、年月とともに境目の変色や欠けの修理が何度も必要になり、トータルコストで見るとかえって高くつく可能性がある。このような場合、時間と費用はかかっても矯正治療で歯列を整えた方が、修復物に頼らずにすむ分長期的な安定につながる。重度の変色歯に対しても、レジンではマスキングに限界があり厚い層を盛れば剥離リスクも高まるため、はじめからセラミックラミネートベニアやオールセラミッククラウンで審美回復を図る方が結果的に良好な予後を得られることが多い。
このように、症例ごとに直接修復 vs. 他のアプローチのメリット・デメリットを天秤にかけて判断することが重要である。コンポジットレジンは適応範囲が広く有用な手段だが、万能ではない。治療介入のタイミングも含め、慎重に選択すべきだ。初期の小さな虫歯であればすぐに削って詰めずに経過観察や予防処置(フッ化物塗布やアイコンによるカリエスリスクコントロール)を優先する選択もある。一方、保存可能かぎりぎりの大きな虫歯では、レジンで短期的に様子を見るより他の修復や抜歯・補綴への切り替えを早期に検討した方が患者利益に適う場合もある。自院で対応が難しい高度な症例は、保存修復専門医や補綴・矯正の専門医と連携し、それぞれの利点を組み合わせる視点も有用だ。重要なのは、一つの方法に固執せず、患者の長期的利益に照らして柔軟に治療戦略を選択することである。
よくある失敗と回避策
コンポジットレジン修復で起こりがちな失敗パターンを把握し、事前に対策しておくことは、予後不良を防ぐうえで有効である。まず、二次う蝕の発生は最も頻繁なトラブルの一つである。レジンと歯との境目から虫歯が再発する原因としては、充填時の接着不良や辺縁部の過不足、研磨不足によるプラークの停滞、患者の清掃不良などが挙げられる。対策として、接着操作を確実に行い(ラバーダムや適切なボンディング材の使用)、充填後は鋭利なエッジやオーバーハングを残さず滑沢に仕上げることが重要だ。さらに、患者へのブラッシング指導と定期的なフッ化物応用で、修復物周囲の虫歯リスクを下げる努力も欠かせない。
次に、修復物自体の脱離・破折も起こりうる失敗である。充填したレジンが塊ごと取れてしまう脱離は、接着強度の不足や咬合力の集中、あるいは充填形態が適切でなかった場合に生じる。特に大きな窩洞でアンカー効果が弱い場合や、咬頭を覆うようなレジン築盛で咬合調整が不十分だった場合に起こりやすい。これを防ぐには、可能な限りエナメル質部分に接着面積を確保する形で削合し、必要に応じレジンアンカー(小さなアンダーカットやピン状の溝)を付与する。また最終的な咬合調整を入念に行い、強すぎる当たりが残らないよう仕上げる。修復物の一部が欠ける「チッピング」は、咬合接触や外力が局所に集中した際に起こることが多い。硬質のフロアブルレジンやナノハイブリッドレジンなど、強度に優れた材料を表層に用いることである程度リスク軽減が期待できるが、根本的には力のかかり方の問題であるため、やはり噛み合わせ全体のバランス調整と必要に応じたナイトガードの併用が対策となる。
経年的な変色や摩耗も、レジン修復では避けがたい現象である。硬化直後は美しかったレジンも、年数の経過とともに表面の艶が失われ、色調が黄ばむことがある。これ自体は患者の健康被害には直結しないが、審美性の低下から再治療を希望される要因となる。予防策として、できるだけ耐摩耗性・耐変色性に優れたレジン(フィラー含有率の高いもの)を選択し、研磨をしっかり行うことで表面を滑沢にしておくことが挙げられる。また、定期健診時に表面の簡易研磨や光沢回復処置(研磨ペーストによるポリッシングや表面コーティング剤の塗布)を行えば、ある程度審美性を延命できる。完全に劣化・変色した場合でも、レジン修復は一部切削して新たなレジンを追加接着するといった修理が比較的容易なのも利点である。患者には、気になる変色が生じた際は早めに相談いただき、必要に応じ研磨や表面の再充填で対応できることを説明しておくと安心だ。
振り返れば、これらの失敗の多くは適切な術式とフォローアップで未然に防げるものである。術者側の工夫として、ルーペやマイクロスコープを用いて細部の見落としを減らす、複数歯を同日に治療する際は隣接面の形態に配慮して順番を決める(レジンの隣接面同士が接しないよう一歯おきに治療する等)、患者ごとにリスクに応じた材料を選ぶ(高リスク者にはレジンより補強効果の高い補綴を選択する)といった戦略も有効だ。術後の定期管理と早期対処を徹底すれば、たとえ問題が生じても小さいうちに解決でき、大きな失敗に発展しにくい。レジン充填は繊細な技巧を要する分、失敗パターンを熟知しておけば避けられるトラブルも多いといえる。
導入判断のロードマップ
ダイレクトボンディング技術を医院でどの程度活用するか、その方針決定には段階的な検討が有用である。まず、現状の把握から始める。自院で行っているコンポジットレジン修復の症例数や再治療率、患者からの要望(「白い詰め物にしたい」「金属を外してほしい」等)の傾向をデータで確認する。もし保険のレジン充填で再発が頻発しているようであれば、術式や時間配分の見直しが急務であるし、逆にトラブルが少なく需要も限定的であれば、無理に高額設備を導入したり自費化を図ったりする必要はないかもしれない。
次に、改善または強化すべき点を洗い出す。例えば、接着操作に不安があるならスタッフを含めた研修を計画する、ラバーダムが未導入であれば小規模なケースから導入テストを行う、古い光重合器しかなければ高出力LEDライトの購入を検討するといった具体策である。近年は歯科材料・器具も進歩しており、マトリックスシステム一つ取っても隣接面の適合性を高め作業時間を短縮できる製品が多数ある。投資コストと効果を見極め、自院の規模に見合ったツール導入を検討する。
また、提供する治療メニューとしてダイレクトボンディングをどう位置付けるかも決める必要がある。保険診療の範囲内で質を追求するのか、一部ケースでは自由診療メニューとして時間をかけた精密修復を提供するのか、医院の方針によって戦略は異なる。例えば、前歯部の審美修復では保険のレジンだと色調・形態に限界があるため、「審美目的の場合は自費で高度なレジン修復かセラミックを案内する」という運用も一つの方針である。ただし、その場合でも保険との明確な差別化ポイント(使用材料、工程、保証内容など)を設け、患者にメリットを理解してもらうことが重要だ。治療効果を過大にうたう広告は厳禁であり、あくまで科学的根拠に基づいた説明と同意取得を徹底する。
最後に、導入後の評価と調整を行う。新たな手法や機材を導入した場合、その成果(再治療率の低下、患者満足度の向上、収支への影響など)を一定期間モニタリングし、得られたデータに基づき運用を微調整する。改善すべき点があれば早期に対策を打ち、スタッフ間で情報共有して医院全体でPDCAサイクルを回すことが望ましい。ダイレクトボンディングの活用度合いは各医院で異なるが、エビデンスと自院の実績データをもとに柔軟に判断し、常に最適なバランスを追求していく姿勢が求められる。
参考文献(情報確認日: 2025年9月25日)
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