
訪問歯科用のポータブルユニットは中古でも買える?価格や評判、メーカーを解説
ある在宅療養の患者から入れ歯の不具合を訴える連絡を受けた。高齢で通院が難しいため、自院で訪問診療を試みたが、削合や調整には電動機器が必要になる。往診カバンに携帯用モーターを忍ばせ現場へ向かったが、唾液の吸引ができず誤嚥リスクに冷や汗をかいた経験はないだろうか。患者宅で十分な処置を行うには、診療チェアに備わるタービンやスケーラー、バキュームを一体化したポータブルユニットが不可欠である。しかし新品導入にはまとまった資金が必要で、使用頻度との兼ね合いに悩む開業医も多い。
本稿では訪問歯科用ポータブルユニットの中古購入の可否、価格帯、評判、主要メーカー製品について、臨床と経営の両面から解説する。明日から安心して在宅診療に臨めるよう、設備投資判断のポイントと運用のコツを提案したい。
要点の早見表
ポイント | 概要・解説 |
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臨床上の利点 | 患者宅でも診療台と同等の切削・吸引処置が可能。静音性や吸引力が向上した現行機種では、ユニット並みの吸引性能を実現。誤嚥防止のため強力なバキュームは必須であり、持ち運びやすさとのバランスで約8〜[10kg前後のモデルが多い10kg前後のモデルが多い。LED照明付きハンドピース搭載など視野確保も工夫され、訪問先でも質の高い処置が行える。逆に吸引力不足の簡易機材では、う蝕除去やスケーリング時の飛沫リスクが高まり、処置可能な範囲が制限される。 |
代表的な適応 | 通院困難な患者に対する包括的歯科診療に対応。義歯調整、齲蝕処置、簡単な抜歯や口腔ケアまで、往診先で多くの処置が可能となる。特に要介護高齢者は誤嚥性肺炎のリスクがあり、適切な吸引下での口腔清掃やう蝕処置は安全管理上も重要である。一方で口腔外科手術など大掛かりな処置は在宅環境では困難であり、適応症の見極めが必要。患者の全身状態によっては訪問診療自体の可否も慎重な判断が求められる。 |
運用・安全管理 | 訪問先での機材準備・片付け時間は数分程度と比較的短く、操作も簡素化されている。水タンクや排水ボトルを備え、電源はAC100Vが基本だがバッテリー駆動対応機種もある。持ち運びは一人で可能な重量だが、階段移動などではカートや肩掛けベルトの活用で負担軽減する。感染対策として、使用後の吸引ホース内部洗浄やボトル交換・滅菌を徹底し、患者ごとの使い捨て品(カップや吸引チップ)を用いる。医療機器として定期点検計画を策定し、安全管理責任者の下で記録を残す必要がある。中古機を導入した場合、[過去の保守状況情報の入手と自院での適切な点検が一層重要過去の保守状況情報の入手と自院での適切な点検が一層重要。 |
費用負担の目安 | 国産主要モデルの新品価格は概ね80万〜150万円台である。例えばモリタ社の「ポータキューブ+」標準タイプは定価約98万円(税込約107万円)で高吸引タイプは約110万円。日本アイ・エス・ケイ社「かれんEZ」はバッテリー非搭載で105万円(税別)、バッテリー付モデルは116万円。長田電機(オサダ)社「デイジー2」はユニット+バキューム一式で約153万円と高価格帯だが、高機能と堅牢性で定評がある。他方、海外製の簡易ユニットは新品で10万円前後から購入可能。中古市場では型落ち品が多数流通し、過去半年のネット落札平均価格は約13万円。状態良好な中国製ユニットが3〜6万円台、国内ブランド旧機種でも5〜10万円程度で落札事例がある。導入時には本体費用のほか、ハンドピースやバキュームホースなど付属品、バッテリーや充電器(オプションの場合)、さらには保守契約費用も見込んでおく必要がある。 |
収益性とROI | 訪問診療は外来より診療報酬点数が高く設定されており、同一処置なら在宅の算定は概ね外来の3倍以上、義歯調整では4倍近くになる。訪問1名あたりの収入が外来3〜4名分に相当するため、患者数や処置内容によっては十分に採算が合う。在宅歯科の設備要件として切削器具(ポータブルユニットまたは携帯エンジン)の携行が義務付けられており、これを満たさなければ保険算定できない点にも留意する。初期投資額は大きいが、例えば100万円の機器を7年リースで導入すれば月額1万円強の負担で済み、訪問診療収入で十分償却可能なケースが多い。特に高齢化が進む地域ではニーズ拡大が見込まれ、機器導入による診療機会の拡大が中長期的な収益向上に寄与する。 |
理解を深めるための軸
訪問診療用ユニットの評価には臨床的な視点と経営的な視点の両軸が必要である。臨床面では「患者安全と処置の質」が最重要であり、十分な吸引力と安定した切削性能を備えた機種を選ぶことが患者のQOL向上につながる。一方、経営面では「費用対効果と運用効率」が課題となる。高額な設備投資が稼働しなければ単なる負担となるため、自院の訪問診療件数や将来計画に見合った機種選定が求められる。例えば強力なバキュームを備えた機種は誤嚥防止に有用だが価格も高めである。逆に安価なユニットは導入ハードルが低い反面、性能不足で提供できる処置範囲が制限される恐れがある。なぜこの差が生じるのかを分析すると、開発メーカー各社の設計思想とターゲット層の違いが浮かび上がる。高価格帯の国産機は長期使用に耐える品質や手厚い保守サービスを強みとし、大量の症例を支える前提で吸引モーターやコンプレッサーもハイパワーで静音性が高い。一方、低価格帯の輸入機はスペックを絞り最低限の機能に留めることで軽量・低価格化を実現しているが、長時間稼働時の発熱や耐久性、アフターサポート体制に不安が残ると指摘される。臨床アウトカムと医院収益への影響を考慮すれば、信頼性の低い機器によるトラブル(故障による再診延期や処置不完遂)は患者の健康リスクだけでなく医院の信用低下や機会損失にもつながる。反対に、質の高い機器を活用して訪問診療に注力すれば、紹介患者の増加や在宅患者管理料の安定した算定による収益基盤強化が期待できる。こうした両面からの検討が、単なる初期費用の多寡にとらわれない最適な意思決定を導く。以下では主要トピックごとに事実情報と考察を提示する。
代表的な適応と運用上の留意点
訪問歯科用ポータブルユニットは、在宅や施設での歯科診療を可能にするために開発された機器であり、適応となる代表的なケースは通院困難な高齢者や障がい者への処置全般である。具体的には、う蝕除去と充填修復、義歯の調整・修理、簡易的な抜歯や口腔ケア(専門的口腔衛生処置)など幅広い。
【考察】
高齢者施設では義歯不適合の訴えが日常的にあり、ポータブルユニットを携えていればその場で切削調整し即日対応できる。これは患者の咀嚼機能回復を早め、嚥下障害や誤嚥性肺炎の予防にも資する。また、要介護高齢者は新たな齲蝕や歯周病リスクも高く、往診先でのう蝕除去・充填処置が在宅療養の口腔健康を維持する上で重要となる。ユニットの吸引機能により削片や唾液を適切に除去できれば、誤嚥を防ぎ安全に処置を完了できる。さらに訪問診療専用の器材として、可搬式のエックス線撮影装置や口腔内カメラを併用すれば診断精度も向上し、往診先でも包括的な歯科医療が展開可能である。
もっとも、ポータブルユニットでは対応が難しい処置や状況も認識しておく必要がある。例えば埋伏歯の開窓や外科的抜歯、複雑な根管治療などは、訪問先の衛生環境や体位確保の制約から適応外となりやすい。また全身状態が不安定な患者に侵襲の大きな処置を行うことはリスクが高く、病院歯科や専門医との連携が優先される。患者宅のスペースや電源事情によっては機器を十分に展開できない場合もあり、事前の環境確認が重要である。
【考察】
筆者の経験では、ワンルームで寝たきりの患者宅を訪問した際、ベッド周囲に機器を置く余地がなく処置に難渋したことがある。こうした場合、携行品を最小限に絞り込むか、ケアマネージャー等を通じて事前に家族へ寝室の整理を依頼するなど工夫が必要になる。また、訪問診療では患者や家族に診療内容を逐一説明し同意を得る責任が生じる。吸引音や振動が生じる処置では、その旨を事前に説明し理解を得ることで不安を和らげ、安全なケアに協力してもらいやすくなる。以上のように、適応症の範囲と訪問先の状況を踏まえ、ポータブルユニットをいつ・どこで・どのように使うかの判断が求められる。機器の能力を引き出せる場面では積極的に活用し、限界を超える場合には無理をせず他の手段を講じることが、患者のためにも医院のためにも賢明である。
標準的なワークフローと品質確保のポイント
訪問先でのユニット使用手順はシンプルにまとめられている。一般的なワークフローとしては、機材搬入→設置→診療→撤収・清掃の流れである。まず車両などで患者宅に到着後、ポータブルユニット本体と必要器材(ハンドピース、エアシリンジ、バキュームホース、フットペダル等)を持ち込み、適切な場所に設置する。多くの機種はスーツケース型やバッグ型となっており、蓋を開けて電源コードをつなぎ、ハンドピース類を所定のホルダーにセットすれば準備完了となる。給水用タンクに水道水(または生理食塩水等)を入れ、排水ボトルをセットしておくことで、外部の水道や排水設備がなくとも稼働可能である。準備が整ったら患者のベッドサイドや車椅子の横にドクター用の椅子を配置し、できる限り診療室と同じ体勢で処置を開始する。
【考察】
例えばモリタ「ポータキューブ+SV」の場合、開いた状態でドクターが椅子に座りベッド上の患者に対応しやすい高さに設計されている。また吸引チューブは長めに設計され患者体位に合わせて取り回せるため、介助者がバキューム先端を保持しながらの処置もしやすい。
診療中の品質確保では、ユニットの安定動作と感染防止策に注力する。切削器具は使用前に十分な回転確認と注油を行い、急な動作不良が起きないよう点検する。吸引ボトルが満杯に近づくと吸引力低下や液逆流の恐れがあるため、処置途中でも適宜容量を確認し必要なら一旦停止して廃液を捨てる。特に複数名を続けて訪問する場合、患者ごとにボトル洗浄やタンク水の交換を怠ると、衛生面のリスクが蓄積する。
【考察】
診療の合間に滅菌済みタービンと交換できるよう予備ハンドピースを複数本用意しておく医院もある。また、チェアサイドアシスタントが同行できない場面では、吸引と照明確保を自ら行う必要がある。最近のユニットはハンドピースを持ち上げると自動でライト点灯し照射してくれるため、片手での処置でも視野確保がしやすい。万一ユニットの動作不良や停電などが起きた場合に備え、緊急用として応急処置キット(エンジン音波スケーラーの予備や手用器具類)を携行しておくと安心である。診療後は、使用した器材の回収と機器内部の清掃・消毒を確実に行う。吸引チューブ内は水で十分にフラッシュし、必要に応じて専用の洗浄剤や次亜塩素酸水で消毒する。持ち帰った後は外装も清拭して清潔を保ち、次回使用時までにオイル交換やフィルター清掃など定期メンテナンスを実施する。品質確保にはこのように日々の小まめなケアが欠かせない。
【考察】
忙しさから清掃を怠ると、次の訪問時に悪臭や詰まりといったトラブルが生じ、患者宅で焦る羽目になる。診療の質は準備8割と言われるように、機器の事前点検と事後の手入れを標準化し、訪問診療チームでルール化しておくことが望ましい。例えば訪問出発前のチェックリストに「ユニット動作確認・水量確認・廃液ボトル空確認」などを含め、帰院後には「吸引路の洗浄済み」「オイル注入済み」といった作業項目を記録する運用が有効である。こうした地道な品質管理の積み重ねが、在宅診療における医療安全と信頼確保につながる。
安全管理と法規制への対応
訪問診療でポータブルユニットを使用する際には、患者安全の確保と関連法規の遵守が重要な責務となる。まず患者安全の観点では、誤嚥・窒息や機器事故を防ぐ対策が求められる。吸引による誤嚥防止は前提として、仮に器具の先端や破片を飲み込んでしまった場合に備えた体制も必要である。具体的には、口腔内で小器具を使用する際は誤嚥防止用ネットやデンタルダムを活用し、吸引アシスタントがいない場合でも誤飲予防具を装着する。また患者のバイタルサインにも留意し、長時間同一姿勢で負担がかからないよう適宜体位変換や休憩を挟むといった配慮も大切である。
【考察】
訪問診療では患者の自宅ベッドが診療台代わりになるため、頸部の安定が悪いケースがある。そのため日本アイ・エス・ケイ社では車椅子に装着できるヘッドレスト「安頭台」など周辺器材も提供している。こうした補助具も活用し、安全かつ楽な姿勢で処置を受けてもらう工夫をしたい。機器安全の面では、感電や火災のリスク管理が挙げられる。使用前に電源ケーブルやプラグの破損がないか確認し、延長コードを使う場合も許容電流を超えないよう注意する。バッテリー内蔵機種では、定期的に充放電テストを行い、劣化したバッテリーは早めに交換することで急な電源喪失を防ぐ。訪問先でコンセントを借用する際は、あらかじめ家人に断り、コードによる転倒事故が起きないよう配線にも気を配る。
次に法規制と届出への対応である。訪問歯科診療を保険算定するには、事前に地方厚生局へ施設基準の届出を行い、ポータブルユニット等の必要機器を保有していることを示す必要がある。また算定条件として「患者の求めに応じた訪問診療で、歯科医師が切削器具を常時携行し屋内で診療すること」が明記されており、ポータブルユニットまたは携帯用エンジンを持参しない往診は原則として保険請求が認められない。これは急な虫歯の痛みなどに応急処置できる体制を要求する趣旨であり、必ず機器一式を携えて訪問することが求められる。同時に、医療法に基づき医療機器の適切な管理体制を院内で構築する義務もある。具体的には医療機器安全管理責任者の配置、職員への機器安全使用研修の実施、保守点検計画の策定と実施などを含む安全管理体制の整備が求められる。中古で入手した機器を使用する場合、前所有者から提供される点検・修理履歴の情報に基づき、自院で計画的なメンテナンスを実施することが必要である。仮にインターネットオークション等で購入した場合、製造元から正式なサポートを受けられないケースもあるため、自己責任で点検・校正を行い、安全性を確保しなければならない。
【考察】
法律面の要求は煩雑に思えるかもしれないが、安全管理は医院のリスクマネジメントそのものでもある。実際に訪問診療中の機器トラブルで患者に障害を与えれば、医療過誤として責任問題に発展しかねない。そうした事態を避けるためにも、法で定められた体制づくりを遵守し、第三者による定期点検やメーカー点検サービスの利用も検討すべきである。なお医療広告ガイドライン上、特定の機器を用いた診療であること自体を過度に宣伝するのは望ましくない。例えば「最新のポータブル機器で安心診療」といった表現は優良誤認を招きうるため、自院サイトなどでは事実ベースで「訪問用の歯科機器を備え、在宅で虫歯治療等に対応可能」といった説明に留める配慮も必要である。総じて、患者の安全第一と法規順守を両立することが、ポータブルユニット導入の前提条件と言える。
費用と収益構造の考え方
ポータブルユニット導入の費用対効果分析は、経営判断の要となる。まず導入費用は前述したように新品で100万円前後が多く、一度の出費としては小さくない。しかし設備投資は減価償却により複数年にわたり費用配分でき、また法人であれば節税効果も見込める。例えば耐用年数を5〜7年程度と見積もれば、年間20万円前後の減価償却費に相当し、月次では数万円のコスト負担となる。この額は訪問診療で月に数名の患者を診療すれば回収可能な水準である。一方、中古品を例えばオークションで5〜10万円で購入できれば初期投資はぐっと抑えられるが、耐用残存期間が短かったり故障リスクが高い恐れもあるため、実質的なコストメリットを慎重に評価する必要がある。
【考察】
中古で安く入手できても、修理交換に数十万円かかっては本末転倒である。特にコンプレッサーやバキュームポンプなど基幹部品が劣化していると性能低下は避けられず、結果として患者対応力が損なわれる。信頼できる中古情報(前所有クリニックでの使用年数やメンテ状況)を得られる場合を除き、基本的には新品導入かメーカー整備済み中古品の購入を検討したい。
収益構造の面では、訪問診療1件あたりの収入に着目する。前述の通り訪問診療は外来より報酬が高く設定されているうえ、訪問基本料に加えて在宅患者歯科治療時医療管理料や口腔衛生処置料など在宅特有の加算も算定できる。例えば要介護高齢者宅で月1回訪問診療を行い口腔ケア指導と簡単な処置をした場合、医科の在宅医療管理料に相当する歯科疾患在宅療養管理料の算定も可能であり、トータルの点数は外来での定期管理を大きく上回る。これに介護保険の居宅療養管理指導料も併算定すれば、1訪問あたり数千円の自己負担で患者にも受けやすく、医療機関には採算の取れる収益源となる。重要なのは、導入したユニットをどれだけ活用できるかでROI(Return on Investment:投下資本利益率)は大きく変わる点である。仮に高額なユニットを導入しても、訪問診療の件数が月数件では回収に長期間を要する。逆に地域包括ケアに積極的に関与し、在宅患者を毎日受け持つような体制であれば、短期間で投資額を回収し黒字化できる。
【考察】
筆者が支援したクリニックの一つでは、週2日午後を訪問専用日にあてて1日に5〜6名程度を継続的に診療した結果、ユニット購入費用(約100万円)を1年程度で償却できたという例がある。ポイントは、設備導入と同時に訪問診療の需要開拓にも注力することである。具体的には、地域のケアマネージャーや在宅医と連携して患者紹介を受ける、施設歯科健診ボランティアに参加してニーズを掘り起こす、といった営業努力が収益に直結する。設備投資だけに頼らず、人材(訪問担当の歯科衛生士配置など)やサービス面の整備も含め総合的に収益モデルを描くことが肝要である。
外注・共同利用・機器導入の選択肢比較
訪問歯科のニーズに応える方法は、必ずしも自院で機器を購入することだけではない。外注(他機関への委託)、共同利用、自院導入という選択肢を比較検討し、自院の状況に合った戦略を取ることができる。まず外注のケースとして、地域の訪問歯科診療専門機関や大学病院の在宅歯科部門に患者を紹介する方法がある。この場合、自院では外来診療に専念しつつ、在宅が必要な患者は信頼できる訪問専門医に託す形になる。メリットは設備投資も人的リソースも不要な点だが、一方で患者との関係性が自院から離れてしまい、紹介後のフォローに制約が生じるデメリットがある。
【考察】
患者にとっては慣れた主治医に診てもらいたいのが本音であり、外注ばかりでは「最後まで診てくれない医院」という印象を与えかねない。経営面でも、本来得られたはずの訪問診療収入を逃すことになる。従って、症例が少ない開業当初以外は外注のみで済ませるのは消極的な選択と言える。
次に共同利用である。これは地域の歯科医師会や複数医院でポータブルユニットを共有する形態が考えられる。例えば歯科医師会が所有する訪問診療機器を会員が予約して借用できる仕組みがある地域も存在する。共同購入すれば個々の負担額は軽減され、使用頻度に応じた効率的運用が可能になるメリットがある。しかし現実には機器の移動や管理責任の所在、故障時のトラブル対応など課題も多い。
【考察】
ある歯科医師会では会員用にポータブルユニットを用意したものの、結局利用予約が重なったりメンテナンス管理が煩雑になり頓挫した例があった。機器は常に最新・清潔な状態でないと訪問診療に支障を来すため、共有管理には相当の手間がかかる。以上を踏まえると、自院での導入が最も確実であり、患者サービス向上と収益確保の両面で利点が大きい。初期費用の負担はあるものの、前述の通りローンやリースで平準化し、計画的に症例数を増やせば十分回収可能である。特に在宅医療への需要が高まる現在、自院で訪問診療体制を整えていること自体が医院の付加価値となりうる。ホームページや院内掲示で「訪問歯科診療を行っています」と周知するだけでも、地域の潜在需要が顕在化し、新たな患者層の獲得につながるかもしれない。
【考察】
機器導入はゴールではなくスタートである。導入を機に医院全体で在宅医療の役割について勉強会を開いたり、訪問診療用の問診票や同意書類を整備したりと、ソフト面の充実を図ることも大切だ。患者宅で使用するタービンや器具の洗浄・滅菌フローも新たに検討し、院内感染対策マニュアルに反映させるべきだろう。自院導入は責任も増すが、その分やりがいもあり、何より患者に最後まで寄り添える診療体制を築ける点で意義深いと言える。
よくある失敗と回避策
ポータブルユニット導入・運用においてありがちな失敗パターンを事前に知り、適切な対策を講じておくことは重要である。まず機種選定の失敗として多いのが、「価格の安さ優先で性能不足の機器を選んでしまう」ケースである。例えば低価格機を導入したものの吸引力が弱く、結局怖くてう蝕を削れない、という声を聞く。この場合、多少高価でも評判の良い国産機種を選べばよかったと後悔しがちだ。
【回避策】
導入前に必ずデモ機を試用し、自分が行う処置に十分な性能か確認することが有効である。メーカー各社や販売店に問い合わせれば、実機デモや貸出をしてくれる場合があるため、遠慮なく依頼したい。また、同業の先輩歯科医師に使い勝手を聞くのも参考になる。特に在宅診療経験が豊富な同窓の先生がいれば、生の評判を教えてもらえる貴重な機会となる。
次に運用面の失敗として、「導入したものの宝の持ち腐れになる」ケースがある。せっかく高価な機器を買ったのに訪問患者がほとんどおらず、年に数回しか使わないというのでは投資回収できない。これは導入前の需要予測の誤りである。
【回避策】
導入を検討する段階で、自院の患者名簿や地域の高齢者人口を分析し、おおよその訪問ニーズを把握しておく。例えば要介護認定者数や独居高齢者の分布を自治体の統計で調べれば、潜在患者規模が見えてくる。また、既存患者の中で最近来院が途絶えている高齢者がいれば、その方に連絡を取って往診希望を確認する、といったアプローチも有効だ。さらに導入後は医院の受付や地域包括支援センター等に訪問診療可能な旨を周知し、依頼を受けやすい体制作りを行うべきである。
機器トラブルへの備え不足も見逃せない失敗例である。例えば吸引ボトルのパッキンが劣化しており吸引力が出ないのに気付かず訪問してしまい、現場で慌てるといったケースだ。また、長期間メンテナンスせずコンプレッサーが故障し、訪問先で動かなくなる事故も報告されている。
【回避策】
日常点検と消耗品交換のルール化が第一である。訪問診療バッグの中に予備のパッキンやヒューズ、Oリングなど簡易修理部品を常備し、万一の際は現地で交換できるようにしておく。年1回程度はメーカーまたは専門業者による総合点検を受け、劣化部品は早期に交換することで突然の故障を防ぐ。また、出発前の機材チェックリストを必ず実施し、異常があれば予備機(もしあれば古い機種を予備として保管しておくと良い)に切り替える判断も必要だ。訪問先では代替機がない以上、出発前のチェックが最後の砦となることを肝に銘じたい。
最後に人的な面での落とし穴として、「機器に頼り過ぎて基本的配慮を怠る」点を挙げたい。具体的には、ポータブルユニットがある安心感から一人で訪問し、患者移乗や口腔ケアに手が回らず不十分な診療になってしまう例だ。在宅診療はチーム医療であり、口腔清掃ひとつ取っても歯科衛生士のサポートがあった方が質が向上する。
【回避策】
ポータブルユニット導入を機に、可能であれば衛生士や助手の訪問同行体制を整えることを検討すべきである。人員難で難しい場合も、介護スタッフにある程度バキューム補助をお願いするなど協働を図ることが望ましい。また、機器設置や撤収に気を取られていると、患者や家族への事前説明・声かけが疎かになる恐れがある。機器の操作手順を日頃から訓練しルーティン化しておくことで、患者対応の余裕を生み出せる。要は、人と機器の両面で準備を万全にし、技術とホスピタリティを両立させることが成功の鍵である。
導入判断のロードマップ
以上の知見を踏まえ、訪問歯科用ポータブルユニット導入の意思決定を行う際のロードマップを示す。まず第1に、自院の訪問診療ニーズの把握から始める。現在担当している患者で通院困難な人はどの程度いるか、また地域包括ケア会議等で在宅歯科の要望は挙がっていないかを調査する。患者数だけでなく、求められる処置の内容も洗い出し、必要な機能(例:スケーラーが要るか、バキュームの強さはどの程度か)を明確にする。第2に、機種選定と予算策定である。主要メーカーのカタログを取り寄せ、スペック・価格を比較検討する。モリタやヨシダ、長田電機、日本アイ・エス・ケイなど国内大手のほか、輸入品も含め候補をリストアップし、自院の方針に合致するモデルを絞り込む。例えば「頻繁な全顎的処置が多いから信頼性重視で国産高性能機」「口腔ケア中心なので安価で軽量な機種で十分」等、方向性を定める。そして資金計画として購入かリースかを検討し、月次キャッシュフローへの影響を試算する。金融リースなら月1〜2万円台から導入可能なプランもあり、診療報酬から充分賄える見込みが立てばGoサインが出る。第3に、届出と体制整備を行う。機器手配の目処が立ったら、速やかに地方厚生局への「歯科訪問診療料に係る施設基準届出」を済ませる。また院内で訪問診療チームを編成し、役割分担(医師・衛生士・ドライバー兼助手など)を決める。訪問用のカルテ様式や同意書、バイタルチェックリスト等の書類も準備する。感染対策用品(ポータブル滅菌パックや使い捨てエプロン等)も十分に確保しておく。第4に、試験運用とフィードバックだ。購入機器が届いたら院内でまず模擬往診を行い、一連の流れをリハーサルする。スタッフ間で機器の操作方法や万一のトラブル対処法を共有し、不安要素があればメーカーに確認する。試運転を兼ねて院内のユニット代替として使ってみるのも手である。例えば診療台の給水系統清掃中にポータブルユニットで処置してみれば、操作に習熟できるだけでなく非常時の院内バックアップ訓練にもなる。最後に第5として、本格稼働とモニタリングである。実際に訪問診療を開始したら、毎月の件数や収支をモニタリングし、計画通りROIが達成できているか検証する。想定より件数が伸びない場合は広報不足かもしれないし、あるいは機器運用の手間で訪問枠が限られているのかもしれない。状況に応じて改善策を講じ、機器を最大限活用できる体制を追求する。以上のロードマップに沿って進めることで、機器導入の成否を左右する見落としを減らし、着実に在宅歯科診療を軌道に乗せられるだろう。
出典:
- 朝日レントゲン工業株式会社「インターネットによる中古歯科医療機器の売買について」
- 日本訪問歯科協会「訪問診療の採算と報酬に関する解説」
- Morita(モリタ)「ポータキューブ+ 製品情報」
- 日本アイ・エス・ケイ株式会社「訪問診療用ユニット かれんEZ 製品概要」
- 長田電機工業(オサダ)「ポータブルユニット デイジー2 製品詳細」
- Yahoo!オークション落札データ「歯科 往診 用ポータブルユニット」
- 松島歯科通販「ポータブル診療ユニット製品一覧(BestDent, Greeloy 他)」
- dentalsupport株式会社「歯科訪問診療の算定条件解説」